月闇の女王

 少女は霧を伴って現れる。
 深い深い闇の中。
 黒髪、黒いドレス、そして鮮やかな真紅のリボンの少女。
 その少女の名前を知るものはいない。
 その少女がどこからやってきたのか誰も知らない。
 暁光と共に姿を消す少女が、どこへ帰って行くのか知るものはいない。
 誰も知らなかった。
 ただ学園に流れる噂だけが、その少女の存在を示唆していた……

 学長の朝は早い。
 事前にマイヤが纏めた書類に目を通し、それが必要であれば承認の印を押しサインする。
 ただそれだけの作業であったが、この学園都市で最も重要な仕事といえなくもない。
 実質的に学園都市アルメイスの全権を任される学長が承認を出さなければ、街の増改築は行えないし、街に物資が輸送されることもない。列車も走らなければ、乗り合い蒸気自動車も動かない。
 それが帝国によって定められた、学園都市アルメイスの唯一にして絶対の掟だった。
 学園校舎施設にある学長の執務室で、いつものように書類の整理をしていた学長の動きがふと止まる。
「……マイヤ、これは?」
 学長は1枚の報告書を抜き出し、傍に控える双樹会会長、マイヤに手渡す。
 それは中央病院から出された、帝都からの医師団派遣要請書であった。
「以前に報告させていただいた『眠り病』に関する要請書です」
 学長から手渡された要請書を一目見てマイヤが即答する。
「3日程前から発生している『眠り病』ですが、確たる原因を特定できないまま、患者が増加の一途を辿っています」
「それで、音を上げた医局が帝国機関に泣きついた、という訳ね」
 学長はマイヤから返された要請書に判を押してサインした。
「今、患者はどれくらいいるの?」
「今朝の段階で32人が確認されています。ここ3日間で倍々に増加し、このままであれば明日の朝には60人近くが病院に運ばれるかも知れません」
「60人? さすがにそれは大問題ね……」
 マイヤの報告に、学長が顎に手を当てて少し考え込む。
「早急に『眠り病』を解明しないと、……患者のこともそうだけど、市民の疑惑が生徒たちに向けられるわ」
「それに関しては、既に手を打っておきましたが……、このところの騒動続きで市民たちも事件に対して敏感になっています。余り効果は期待できないでしょう」
「でしょうね」
 学長が溜め息をつきながら、今判を押した要請書をマイヤに手渡す。
「帝都から医師団が到着するのはいつ?」
「あちらの対応が早ければ、あるいは5日程で到着するでしょう」
「5日? 遅すぎるわね。私の名前を使ってもいいから、3日で到着させなさい。……この件、何だか悪い予感がするわ」
 学園都市と帝都間の往復は、最速でも2日はかかる。となると、学長の要求したスケジュールでは、わずか1日で医師団を取りまとめて重い腰を上げさせなければならない。
 この無理のある指示に対しても、マイヤは頭を垂れ素直に従った。
「貴女の望むままに、殿下」

 かくして、双樹会会長マイヤは学長の命を受け自ら帝都に発ったが、それは一般生徒にとって全く与り知らぬ所であった。

 街に蔓延する奇怪な病、『眠り病』。
 いつものことながら、その噂を最初に学内に持ち込んだのはネイだった。
「一度眠りに落ちたら、もう何があっても目を覚まさない『眠り病』。怖いですよね〜。……でも、最近ちょっと寝不足気味だから、『眠り病』にかかったふりをして学校休んじゃうってのも魅力ですよね〜〜」
「ケッ! 不謹慎なこと言ってんじゃねーよ」
 ネイの不穏当な発言に、キックスがネイの頭を小突いてツッコミを入れる。
「ちょっと、何てことするのよ、キックス! 今ので、私の虹色の頭脳の働きが悪くなったらどうするのよ」
「だったらそのオメデタイ頭で、ちょっとは『眠り病』にかかった人たちのことでも考えてみるんだな」
 にべもないキックスの口調に、ネイがぷーっと頬を膨らませる。
「何よ〜。私だって『眠り病』のこと調べてるんだから〜……」
「じゃあ、試しに言ってみろよ。拝聴してやるから」
「む〜〜…」
 キックスの挑発にちょっとムッとしたネイだったが、懐からお決まりの秘密手帳を取り出すと、それをペラペラとめくりだした。
「とりあえず、私の調べによると……。『眠り病』はエリア、フューリア全く関係なしに、夜出歩いてた人がかかるみたいなの。ほら、ちょっと前に噂があった、月夜に現れるドレスの少女ってあったじゃない? この学園じゃ、あの噂の真偽を確かめようとしてた人が真っ先にかかってたみたいだし、その他の被害者も夜警とか酒場のウエィトレスとか、夜に出歩く人ばっかりみたいだし」
「つまり……その噂の少女ってのが、この『眠り病』をばら撒いてるってことか?」
「さぁ? そこまでは分からないけど、全く無関係とも思えないのよね〜、私の読みでは。……どう? キックス。一緒に確かめてみる?」
「いや、ゴメンだね。夜は天文部の活動があるし、……それに、お前の読みを信じてロクな目に会ったことがないしな」
 キックスはネイの言葉に頭を振ると、プリプリと怒り出すネイを尻目にスタスタとその場を立ち去ったのだった。

 そして明くる朝。
 『眠り病』の被害者はマイヤの予想を超えて70人に達し、その中には多くの学生たちに混じってキックスとネイの姿があった……。
 これだけ騒ぎが大きくなると、全く気にならないというのも嘘になる。
 前日の、ネイとキックスのやり取りを又聞きしたあなたは、意を決して行動を起こすことにしたのだった…………

 1:街で情報を集める
 2:街に出て噂の少女を捜索する
 3:過去の文献を調べる

中間報告1・宝飾品店「蒼月の都」

(「1:街で情報を集める」を選択)

「月夜に現れるドレスの少女? 悪いけど、聞いたことないな」
「『眠り病』? 夜出歩くとかかるっていうアレだろ? 全く怖いね〜」
 中央繁華街、微風通り。
 街に急増する『眠り病』の正体を調べる為、それに深く関与していると思われるドレスの少女に関する情報を集めようとしたのだが……。その結果は芳しいものではなかった。
 「窓からチラリと覗いたことがある」とか、「遠目に霧の中を歩く人影を見た」という程度の情報はあったのだが、その少女に接触を試みた者はおろか、その少女がどんな顔をしているのか、どこへ向かって歩いているのか、そういう手掛かりとなる情報すら一切なかったのである。
 苦労して得たのは、霧の中に現れる少女の目撃例だけ。

 微風通りの縁石に腰を下ろし、落胆するあなたの背を誰かが軽く叩いた。赤毛の少女クレアと、ルーである。
「どったの? そんな暗い顔しちゃって!!」
 あなたはクレアに向き直ると、今までの経緯を話し、ドレスの少女について何か知っていることはないかと尋ねてみた。
「ん〜〜……にゃ。知らないよ」
 顎に人差し指を当てながら考え込んでいたクレアだったが、やはり心当たりはないようだった。ルーにも尋ねてみたが、彼女も首を横に振るばかりで手掛かりは得られない。
「う〜ん、暗い。暗いなぁ〜。そんなんじゃダメだよぅ!」
 重い溜め息をつくあなたを見かねたクレアが、あなたの手をぐいぐいと引っ張りながら微風通りを歩き出した。勿論、あなたの抗議の言葉などどこ吹く風。
 そうしてズルズルとクレアに引っ張られ、あなたが連れられたのは「蒼月の都」と看板が出された宝飾品店だった。
「最近、ここに遠方から行商人が来るようになって、すっごく珍しい品とかも入るようになったんだって。ま、見てるだけでも面白いから、ちょっと入ってみようよ!」
 相変わらず強引なクレアに引っ張られて、店内に入ったあなたを黒髪の少女が出迎えた。
「いらっしゃいませ」
 ルーのように切り揃えられたショートカットではなく、ちょっとクセのある黒髪に、赤い瞳が印象的な少女だった。
「にゃ〜。久しぶり、カレン!」
 クレアがいつものように少女に抱きつき、彼女独特の挨拶を済ませる。
「あっ、紹介するね。彼女はカレニア・アークライト。この店でずっとバイトしてる、私の顔見知りだよ」
 クレアの紹介に、黒髪の少女、カレンがペコリと頭を下げる。
「カレンです」
 あなたはカレンと簡単な自己紹介を済ませると、店内を歩き回った。ガラス張りのショーケースには、色とりどりの珍しい宝石があしらわれた指輪やネックレス、ブローチといったものが並んでいる。
 あなたがショーケースを眺めて回る間、クレアとカレンは楽しげに会話を続けていた。
「ところでカレン、最近の調子はどうなの? あの指輪は?」
「指輪って、あの黒玉の宝石が埋められた指輪? あれなら、この前売れちゃったから、もうこの店にはないの」
「え〜〜…ざ〜んねん。誰が買ったの〜?」
「アドリアン・ランカーク」
「う、うぅ〜。よりによって、一番イヤなヤツが……。すっごい綺麗な指輪だったのにね〜〜。アレってもの凄い値段がついてたから、そんなに簡単には売れないと思ったのに〜〜」
 …………よくは分からないが、またアドリアン・ランカークが金にあかせて何かやったらしい。とりあえず店内を一通り見て回ったあなたは、興味本位でそのことを尋ねてみた。
「ん? あぁ、あの黒玉の指輪のこと?」
 詳細な説明に困ったクレアが、横目でチラリとカレンを見る。
「4日ほど前に訪れた行商人の方が置いて行ったんです。何でも、この指輪には力があり、自分が所有するのは危険だから、と言って」
 4日ほど前といえば、丁度街に『眠り病』が流行りだした時期と一致する。あなたは更に詳しくその黒玉の指輪について尋ねたが、カレンが知っていたのは、もの凄い価値がある(と、「蒼月の都」の主人が判断した)のと、その黒玉の指輪を持ってきた行商人は、北のユニシリア地方からやってきたことぐらいだった。それ以上は、実物を見てみないことには何とも調べようがない。
 が、その黒玉の指輪を買って行ったのはアドリアン・ランカークらしいし、果たして事情を説明しても素直に見せてくれるかどうか……。
 ともかく、このままここに居ても新たな情報を得ることはできそうにない。あなたはクレアとカレン、そしてルーに簡単に挨拶すると、「蒼月の都」を後にしたのだった。


中間報告2・黒衣の少女

(「2:街に出て噂の少女を捜索する」を選択)

 夜。月明かりに照らされた学園都市。
 謎の奇病、『眠り病』が流行って以来、好き好んで夜に出歩く人間はいない。中央繁華街にある一般成人の娯楽施設、酒場や賭博場も早々に店を閉じてしまい、夜の街は活気を失ってしまっていた。
 その静かな夜の街を動く集団が1つ。噂の少女と霧の真相を解明すべく行動を起こした生徒たちである。
「さて。時間としては、……大体、これぐらいよね。場所も問題なし」
 懐中時計で時間を確認しながら繁華街の裏道を先導しているのは、白衣の少女、マリエージュ・シンタックスだった。
「霧だか何だか知らないけど、見てなさいよ……。ネイやキックスを巻き込んだことを後悔させてやるんだから」
 マリーはうっすらと霧がかかる中央繁華街の裏道を抜け、メインストリートへ足を踏み入れた。
 月が空の中央に輝き、次第に霧が濃くなり始める。
 その霧の中に映る人影。それは、黒いドレスに身を包んだ少女だった。噂の断片からマリーが弾き出した時間、場所に、噂通り少女がその姿を現したのである。
「出てきたわね……」
 マリーは白衣のポケットから何本か茶色の濁った液体が入った試験管を取り出すと、ドレスの少女の前に立ちはだかって行く手を遮った。
「待ちなさい! 貴方ね……。街に霧を放って、『眠り病』を撒き散らしているのは!」
 そのマリーの声が聞こえないのか、それとも理解できないのか、少女はマリーを無視してゆっくりと近づいてくる。
「待ちなさい! それ以上近づくと……無事は保障できないわよ!」
 マリーが試験管を構えながら警告の声を発する。しかし、少女はマリーの警告を黙殺し、先に攻撃を仕掛けてきた。少女の周囲を取り巻く霧が、まるでそれ自体が意思を持っているかのように蠢く。
「警告はしたわよ!」
 身の危険を感じたマリーは、手にした試験管を地面に叩きつける。試験管が割れ、中味の液体が爆発して激しく燃え上がった。
 それは、霧を追い払う古典的な手段の1つだったが、少女が放った霧は普通の霧ではなかった。巻き上がる上昇気流をものともせず、マリーを取り囲み、包み込む。大した抵抗もできず、マリーは倒れて、そして眠ってしまった。
 少女は霧を手元に手繰り寄せると、残った生徒たちを冷たい、ガラスのような瞳で見つめながらクルリと背を向ける。
「略奪者に伝えなさい。2日後の深夜、月が満ちるまでに我が一族の秘宝を返さぬ限り、誰も眠りから覚めることはない、と」
 感情の欠片も感じられない冷たい声でそういい捨てると、少女はゆっくりと歩き出し、そして霧の中に姿を消したのだった。


中間報告3・夜闇の一族

(「3:過去の文献を調べる」を選択)

 過去、帝国正史には『眠り病』と呼ばれる奇妙な病が2回ほど登場する。
 1回目は、帝国黎明期。帝国の東に流れるアミル川の下流、フェズラント王国との国境に程近いルーテミア地方。
 そして2回目は、それからおよそ200年後。今度は帝国西の海辺に程近い「雪の都 ロランド」で発生している。
 いずれもの場合も、決定的な治療法を発見することはできず、『眠り病』にかかり、そのまま目を覚ますことなく衰弱死した患者が百数十人という単位で確認されており、伝染病としては、その異常性を別とすれば被害は比較的軽微だったといえる。
 仮に、今学園都市で流行っている奇病が、本当にこの『眠り病』と同一のものだったとしたら……。
 今は昔と違って医療が発達しているから、ひょっとしたら帝都の優秀な医師にかかればこの奇病を治療することができるかも知れない。
 だが、楽観視はできない。この奇病にはもう1つの可能性がある。即ち、リエラの力が関与しているかもしれないのだ。
 実際、過去2回の『眠り病』がどういう経緯で発生したのかは不明だが、少なくともこの学園都市では時期を同じくして「夜に現れる少女」、そして「街を覆う霧」の2つのキーワードが存在している。もしかしたら、人を眠らせる力を持つ霧状のリエラがいて、それを悪意あるフューリアが行使しているのかも知れない。
 そう考えた生徒たちは、談話室にいたフランとイルズマリに尋ねてみることにした。
「ふむ。霧のような姿を持ち、人を眠りに誘うリエラ……」
 何とか記憶の糸を手繰り寄せようと、しかめっ面で考え込んでいたイルは、突然ある1つの、帝国成立前の古い文献を持ってくるように命じた。手近にいた生徒が、指示された文献を持って帰ってくると、イルはそれをパラパラとフランにめくらせながら、その内容に目を走らせる。
 と、イルがフランの手を止めさせた。
「……これだ」
 イルが示した箇所に書かれていたのは、『夜闇の一族』と呼ばれる、霧状のリエラと交信する一族に関する伝承だった。
 文献によれば、この『夜闇の一族』は「眠りの霧」と呼ばれるリエラ、ロシュコースと代々交信を行っているフューリアで、森羅万象、この世に存在するあらゆるものを眠らせる力を持っていると伝えられている。が、その『夜闇の一族』は、レヴァンティアース帝国成立と共に行方をくらまし、以後その一族を見た者はいない、とされていた。
「眠りを司るロシュコース。『夜闇の一族』は『夜闇の真玉』と呼ばれる指輪を使用して、強大なロシュコースの力を制御する、と聞く。が……仮に、この『夜闇の一族』がこのロシュコースの力をもってして学園を襲ったのであれば、大変由々しき問題である」
 イルの言葉にフランがうなずいた。
「その伝承にある『夜闇の一族』が、理由もないのにこの学園を襲うというのも、変な話です。この奇病が流行り病にしろ、『夜闇の一族』の仕業にしろ、もう少し情報を集めてみるのがいいと思います」
「ふむ。全く、その通りである。幸いにも帝都のエルメェス家にある吾輩の蔵書には、『夜闇の一族』に関するもう少し詳しい文献があった筈。一度帝都に戻り、『夜闇の一族』について更に詳しく調べてみる手もあろう」
 イルはフランの言葉にうなずくと、そう話を締めたのだった。


(結果小説へ続く)