失われた聖域 第2話

 “遠見の”クレアらの活躍により、“夢の王”の結界から脱出した生徒たちは、1人の脱落者を出すこともなく現実世界へと帰り着いた。
 “運命改変者”レアン・クルセアードの手に落ちた、クレアとルーの2人を除いては。
 結界の中へ取り残された2人を救出し、“夢の王”リジャーゼ・ストラウブを討ち果たさなければならない。
 双樹会会長マイヤは、至急有志を募って図書館資料室に集めたのだった。
「それでは、簡単に本作戦を説明します」
 集まった学生たちを前に、マイヤが腰の後ろで手を組みながら言葉を発した。
 いつもの冷静沈着な会長らしくなく、その言葉の端には焦りの色が感じられる。
「本作戦の最終的な目的は以下の3つです。まず、最も優先すべきはクレア・エルグライド、並びにルチアル・ティンダーズ、2人の救出です。次いで、拉致者であるレアン・クルセアードの撃退。そして“夢の王”リジャーゼ・ストラウブの再封印です」
 そこで言葉を切り、マイヤはエリスとフランの2人を前に呼び出して説明を続けた。
「夢の世界は、あくまで敵の領域。固まって行動しても、単独で行動しても、我々の行動は敵に筒抜けとなるでしょう。いずれにしろ危険が軽減されないのであれば、3つの目的を迅速に達成すべく、隊を3隊に分けたいと思います」
「“運命改変者”レアン・クルセアード。まだ詳しくは話せませんが、我々の同胞にして、この学園の卒業生である彼に対しては、エリスに当たってもらいます」
 マイヤの言葉を受けて、エリスが軽く頷く。
「レアン・クルセアードは四大リエラの1つ、水のアークシェイルと交信する恐るべき難敵です。彼が何を企んでいるのかは分かりませんが、彼を打ち倒さないことには2人の救出すらままならないことは間違いありません」
「“夢の王”の再封印には、事情をよく知るフランに行ってもらいます。“夢の王”の本体がどこに隠れているか分かりませんが、現実世界から乗り込めばリエラの力が通じるはずです。見つけ出して、これを撃退して下さい」
「最後に、クレア・エルグライドとルチアル・ティンダーズの救出には、……僕が当たります。これは、レアン・クルセアードの動きと直接絡みますので、なるべくエリス隊と連動しつつ、器用に、そして素早く立ち回れる者の力が必要です」
 マイヤは説明を終えると、数人の生徒に手伝ってもらい、注意書きの書かれた紙を生徒たちに配布したのだった……。

 あなたは……
 1:マイヤ隊に志願する
 2:エリス隊に志願する
 3:フラン隊に志願する

中間報告1・マイヤ隊、出撃

(「1:マイヤ隊に志願する」を選択)

 エリス隊が扉をくぐって先発した後、マイヤは自分の下に集まった学生たちを振り返り、もう一度だけ注意事項を繰り返した。
「狭間を抜けるまでは一緒に行動しますが、夢の世界の図書館に到達したら、2人がどこに捕らわれているかも分からないし、その先は各自バラバラに動いて構いません。ただ……」
 マイヤの語気が微かに強まり、次の言葉の重要性がひしひしと伝わってくる。
「今回の僕たちの目的は、あくまで人質となっている2人の救出です。それを最優先させて下さい。仮にレアン・クルセアードや“夢の王”リジャーゼ・ストラウブと直接対面する機会があっても、激突は避けて他の隊の生徒たちに任せて下さい」
 マイヤの極端な指示に、思わず生徒たちが互いの顔を見合わせた。
 敵の首魁ともいえる連中と遭遇しても、それを回避して人質の救出を優先する。
 遭遇した時に首尾よく倒してしまえば、人質救出の障害が一つ減るというのに、なぜマイヤがそこにこだわるのか全然分からなかった。
 ……だが、マイヤにはマイヤの考えがあるのだろう。双樹会会長として、陰に日向に辣腕を振るってきたマイヤなだけに、生徒たちからの信頼は非常に篤い。生徒たちは大人しくマイヤの次の言葉を待った。
「……そして、無事2人を救出した場合は即時撤退を行うこと。覚醒下で夢の世界に乗り込めば、“夢の王”に余り干渉されることなく、リエラの力を十分発揮できると思います。救出に成功したら、どのような方法でもいいですから“夢の世界”を脱出し、他の生徒に作戦の成功を伝えて下さい」
 マイヤは生徒たちの顔を見回し、そして大きく頷いた。
「大丈夫なようですね。では、最後に注意点を。“霊珠”エロンテルの言葉にもあるように、夢の世界は虚構に満ちています。夢の世界は“夢の王”が作り出した、“夢の王”の意のままになる世界。夢に流されず、虚構を打ち破る力、即ちアンリアルとは、自分の中にある意思の力を指しているのでしょう。それだけは、忘れないで下さい。では、出発しましょう!」
 全ての注意事項を伝え終えたマイヤは、先頭を切って歩き出した。その足取りに恐れや不安は翳りも見えない。あるのは、ただ強い意志を表す力強い足音だけ。
 マイヤに続いて、生徒たちも鉄の扉を潜り抜け、その姿は扉の先に見える乳白色の闇の中へ消えていった。

中間報告2・エリス隊、出撃

(「2:エリス隊に志願する」を選択)

 “運命改変者”レアン・クルセアードを倒すべく集まった学生たちは、夢の世界への扉を潜り抜け、エリスと共に夢の世界の狭間へと足を踏み入れていった。
 狭間……それは、白いミルク色の闇に覆われた世界。あるのはただ濃密な霧と生暖かな風。その閉ざされた世界に、あなたは一人立っていた。
 ……一緒に乗り込んだ他の生徒たちはどこにいったのだろう。ふと気がつけば、周囲に誰もいない。
 あなたは一歩踏み出そうとして、その先に何もないことに気づいて悲鳴を上げそうになった。上も下も、右も左も、分からぬ世界が生み出す、果てしなく続く落下感。いつの間にか此岸を越え、彼岸に達してしまったかのようだ。反射的にあなたは目を閉じ、足裏に感じる自分の体重、唯一確かなその重みにすがろうとする。
「下を見ない方がいい」
 そんなあなたの背後から、誰かの声が聞こえた。振り向いたあなたの目に映ったのは、長い黒髪の少女……エリスだった。他の生徒のことを尋ねるあなたに、エリスは小さく頭を振った。
「さっき何人かに会ったけど……、この霧だと一度はぐれるとお終いね。……どっちにしろ、目指す敵は同じなのだから、図書館に辿り着けばまた会えるわ。それには、まず狭間を抜けないとね」
 そう言って、エリスがまるでそこに床があるかのように、無造作に歩を進める。歩を踏み出すことを躊躇するあなたに、エリスが言葉を投げかけた。
「怖れないで……夢の世界は嘘と虚構の世界。この世界で信じるべきは自分だけ。この先に道があると信じることが重要よ……」
 エリスの言葉に後押しされて、あなたは強い意志を持ってその一歩を踏み出した。落下は……しない。目に見ることはできないが、そこには確かに床があった。
 あなたはエリスに追いつき、その隣に並んで歩きながら、レアン・クルセアードについて尋ねてみた。
「……そうね。マイヤは隠しておきたかったみたいだけど、私も倒すべき相手のことを知らないのは問題だと思うわ」
 あなたの言葉にエリスは軽く頷きながら、静かに言葉を続けた。
「“運命改変者”レアン・クルセアード。彼は5年前にこの学園を卒業し、上級仕官として対レイドベック公国、ライジング・ロード戦線に配属されたエリートだった。彼は皇帝家の忠実な騎士であり、後退していた戦線を再び盛り返した功績者だった」
「でも、ある偶然から彼は知ってしまったの。皇帝家が進める計画、その秘密を……。計画の漏出を恐れた皇帝家は、彼を死地に追いやり、そして同胞の手を持って彼を殺そうとした……」
「だけど、彼は死ななかった。復讐か、……それとも、彼が手にした皇帝家の秘密が理由なのか……それは分からないけれど、彼は生き延び、そして学園を攻撃してきた。……これが、彼にまつわる一連の事件の裏話」
 そこでエリスは言葉を切り、あなたの目をじっと見つめた。
「傍から見れば、彼は被害者なのかも知れない。マイヤは……皇帝家は、私たちに何も知らせぬまま彼を倒し、全てを闇に葬ろうとしている。……それでも、自分に彼と戦う理由があると思えるのなら……」
 エリスはそれだけ告げると、止める間もなく足早に霧の中へ姿を消してしまった。もう、彼女の姿を探すことはできない。
 彼女がなぜそんな行動に出たのか分からないが、もしかしたら、あなたに一人で考えて、選択する余地を与えたくて姿を消してしまったのかも知れない。
 あなたは暫し立ち止まって、エリスの言葉をじっくりと反芻すると、意を決して行動に移ったのだった……

中間報告3・フラン隊、出撃

(「3:フラン隊に志願する」を選択)

 目の前に広がるのは、白く彩られた濃密な霧。上下左右、どこまでも無限に広がる、現実と夢の間に横たわる狭間の世界。
「ここが、狭間……」
 誰かがそう呟き、濃密な霧を掻き分けるようにして一歩踏み出す。霧が静かにざわめき、ぬるり、と、まるで液体が押し出されるように重い空気が動いた。
「気持ち悪いなぁ、……まるで、生きているみたいだ……」
「おい! それよりも、今俺たちがやってきた入口はどこなんだ?!」
 周囲をキョロキョロと見回していた生徒が大声で怒鳴る。確かに、今通ってきたはずの鉄の扉……現実世界へ続く口はどこにも見当たらない。
「……本当だ。どうなってるんだ、一体?!」
 帰るべき道を失い、フラン隊の中に動揺が走る。
「ええい、静まるのである!!」
 その様子を見て、フランの肩から飛び上がったイルが一喝する。
「この世界は、“夢の王”リジャーゼ・ストラウブが作り出した夢の世界。入口などなくても、“夢の王”を倒せば、この世界は自ずと崩壊するだろう。……それに、禁忌の書に書かれた予言を思い出すのである」

『時を告げる鐘の音に注意せよ。鐘は4度鳴り、1つは魔を誘い、2つは門を開き、3つは道を閉ざし、4つは終わりを告げるだろう』

「既に鐘は2つ鳴っている。3つ目が鳴れば、夢の世界の図書館への道、即ちこの狭間が閉ざされることを意味しているのではないか? もしそうであれば、見失った入口を探して徒に時を費やすは愚挙ではないだろうか?」
 そうしたイルの言葉によって、騒ぎ立てていた生徒も落ち着きを取り戻した。イルは満足そうに頷くと、再びフランの肩に舞い降りて翼を休める。
「では、出発しましょう」
 フランがゆっくりと歩を踏み出し、それに合わせて他の生徒たちもゆっくりと動き出す。狭間の先にある、夢の世界の図書館を目指して。

「それにしても気になるのは……」
 行軍の最中、イルがフランに話しかけた。
「この事件を企んだ者は、なぜこの図書館を選んだのだろうか? そもそも図書館に、夢の世界へと続く扉……普通に考えたら使うあてもない扉が、なぜか遥かな昔からあったのも気にかかる」
「……気にしすぎじゃないの、イル?」
「そうであろうか……?」
 フランの言葉に、イルが不承不承頷く。言われてみれば確かに変な話ではあるが、それが今回の事件とどう関わってくるか……確かに、よく分からない。杞憂に過ぎなければいいが……。
 イルの言葉を吟味しつつ、あなたは歩を早めたのだった。

(結果小説へ続く)