中間報告1・禁忌の書
(「1:禁忌の書を解読しようとする」を選択)
古イシュファリア語。それは既に失われて久しい言葉。
レヴァンティアース帝国成立と共に複数の民族が統一され、新たなる公用語、即ち現在のイシュファリア語が作られると、帝国は厳しい言語統制を布き、この言語の普及と徹底に力を注いだ。その際、それ以前にあった書物は全て公用語で翻訳し直され、あらゆる人の目からその姿を消してしまったのである。
その代表的な言語の1つが、この古イシュファリア語だった。
「ううぅむ……しかし……」
談話室から離れた所にある司書室。イルとフランを含む学生たちはそこにこもり、リジャーゼ・ストラウブを解き放った書物を解読すべく努力していた。
しかし、古イシュファリア語に関して豊富な知識を持つイルズマリをもってすら、解読は遅々として進まなかった。語句、語法の難解さもあるが、最も大きな原因は、余りに古い書物の為に劣化が激しく、所々文字が擦れて消えてしまっていたり、ページが虫に食われてしまっているところだろう。こればかりは、もうどうしようもない。
「ううぅむ。これ以上の解読は、時間的に無理である」
結局、それほど厚くもない書物の6割強を訳した時点でイルが音を上げ、解読作業はここまでとなった。
「イル、お疲れ様」
解読内容を書き留めていたフランが、優しい声でイルをいたわる。そして、フランは手にした解読結果を要約したメモに目を走らせて、読み上げ始めた。
「『“夢の王”リジャーゼ・ストラウブは、夢を自在に操る力を持つが故に“夢の王”と呼ばれる。夢の王は夢の領域に在り、誰もがその姿を知覚し、認識することができるが、誰もその姿を捉えることはできない。夢の王にまみえるには、自らも夢の領域に足を踏み入れねばならない。されど、それは生身でなくてはならない。何故ならば、夢の世界を旅する旅人は、すべからく夢の王の支配下に置かれるからである。狭間を抜け、現を越え、夢の王を捉えることができたなら、王の意思なしに送還することができるだろう』……ここからしばらく未解読の部分が続きます」
そういって、フランは二枚目のメモ用紙をめくった。
「……『夢の世界は虚構に満ちている。答えを返すからといって、それが人であるとは限らない。暗き道を歩く時は灯火を掲げるように、夢の世界を疾く急ぐべし。なぜなら、夢には終わりがあり、夢の世界に囚われたものにとって、夢の終わりは道を失うことを意味するからである』」
「『時を告げる鐘の音に注意せよ。鐘は4度鳴り、1つは魔を誘い、2つは門を開き、3つは道を閉ざし、4つは終わりを告げるだろう。……(解読不能)……王の間への道は、我が霊珠アンリアルが照らし出す。何故ならば、アンリアルは人の心の現われだからである。“霊珠”エロンテル』……解読できた部分は、これで全てです」
そうフランがいい終えたその時、図書館の中に濁った鐘の音が響いてきた。手入れを怠って、錆びてしまった鐘を無理やり鳴らしているような、どこか人を苛立たせる響きだった。
「これが……1つ目の鐘……?」
と、その時誰かが悲鳴を上げる。見ると、司書室の影になっている部分から何かが滲み出てくる。黒い、シミのようなその影は、書棚、机、椅子、そして人……あらゆるものの影からゆっくりと染み出そうとしていた……!
中間報告2・這い寄る「音」
(「2:外界と連絡を取ろうとする」を選択)
外部のフューリア、あるいはリエラと連絡を取るべく、談話室で円陣を組み交信を行っていたルーたちであったが、結論から言えばその試みは失敗であった。“夢の王”リジャーゼ・ストラウブがこの図書館に施した封印、あるいは呪詛は強力であり、寄り集めたフューリアの力をもってしてもその結界を越えて、声を届けることすらできないほどであった。
リエラとの交信が完全に絶たれているのであれば話は分かるが、この図書館内において自分のリエラと交信することは容易に行えるし、さらに実体化させることもできるのに、外部と連絡を取ることだけは何故かできないのである。
かといって物理的手段では、どうやってもこの図書館の外へ抜け出せないことは既に実証済みであった。
「ふ〜〜、少し休憩するか」
最前から交信レベルを最大まで高めて頑張っていた男子生徒が、疲れたような声を出してソファーにもたれかかる。
実際、疲れているのだろう。いくら戦闘行為を行わない、といっても、長時間交信し続ければかなりの体力を消耗する。その男子生徒に習うように多くの生徒が交信を中断する。誰の顔にも、うっすらと疲れが浮かんで見えた。
その様子を見て、ルーの表情がわずかに曇る。まださほど時間が経っていないから誰も気にしていないが、このまま図書館に閉じ込められ続けたら、食料や水、仮にこの世界に夜が来るのであれば毛布、など様々な問題が浮上してくる。
フューリアの体力は無限ではない。体力を回復できる保証がない状態で、徒に体力を消耗し続けたら……その先に待っているのは……。ルーは頭を振って、その不吉な考えを頭から追い払った。
だが、このままではいけない。リジャーゼ・ストラウブと呼ばれる、太古のリエラが作り出した結界をどうしたら打ち破れるのか……。
リジャーゼ・ストラウブは“夢の王”と呼ばれているが、その二つ名の由来は定かではない。夢を見せるのか、夢を見ている者を支配するのか、あるいはそのどちらもできるのか……、もしかしたら、既にリジャーゼ・ストラウブの夢の世界に囚われているのかも知れない。
もし、そうだとしたら……。ルーの額を冷たい汗が滑り落ちる。
もし、そうだとしたら……。
と、その時、図書館に鐘の音が響いた。錆び付いた鐘を鳴らしたかのような、聞く者を不快にさせる音。
それに続いて、談話室の南の扉、図書館の入り口から続く通路から、大きな足音と、何か重たい物を引きずるような、不気味な音が響いてきた。奇妙な唸り声が扉をビリビリと振るわせる。高く、低く、唸りを上げる音。
「気をつけろ! 何か来るぞ!」
誰かが叫び声を上げ、生徒たちが身構え、リエラを実体化させる。
不気味な音は扉の前で止み、一瞬の静寂の後、轟音と共に扉が破られ異形の怪物が姿を現した。その余りの禍々しい姿に、正視した生徒が吐き気を催し、目を逸らして手で口を塞ぐ。
生徒の誰かが叫び声を上げ、翼を持つリエラから熱線を走らせる。 熱線は異形の怪物を貫き、跡形もなく蒸発させた。
「や、やった……?」
生徒が肩で息をしながら膝をつく。が、まだ終わっていなかった。先ほどと同じ不気味な音が、再び聞こえてきたのだ。今度は、南の扉だけでなく、四方全ての扉、そして吹き抜けになっている階上から。
「くっそう! 技が使えれば……!!」
誰かが舌打ちし、再びリエラから熱線を走らせる。技を使えば、周囲から這い寄る「音」を一掃するのは容易いだろう。しかし、同時にこの談話室に集まった他の生徒を一掃してしまうのも、同様に容易いことなのだ。
「バリケードだ! 椅子を積み上げろ!」
扉の近くで誰かが叫び声を上げる。談話室は、一瞬にして混迷の渦に巻き込まれたのだった……。
中間報告3・扉の向こう側
(「3:壁を破壊して、脱出口を作ろうとする」を選択)
「よっし、こんなところでどうかな?」
クレアはそのリエラ、ニムロードの実体化を解除すると、へなへなとその場に崩れ落ち、冷たい石畳の床に尻餅をついた。
「ふにぃ〜。いい加減疲れたよ〜〜」
そして、そのままバッタリと大の字に寝転ぶ。
「おっと、足元失礼しますよ」
クレアと入れ代わるように男子生徒が進み出ると、破壊された壁の残骸をバケツリレーで撤去し始める。
もう、これで何度目の試みになるだろうか。壁を破壊して新たな脱出口を試みたクレアたち別働隊は、1階、2階、踊り場、裏口、およそ考えられる全ての方向性からアプローチを繰り返し、そしてことごとく失敗し続けていた。
普通に歩いて出るのはもちろん、走ろうが、跳躍しようが、飛び降りようが、まるで鏡の中の世界に飛び込むかのように、気が付けばアプローチした方法で図書館の中に足を踏み入れている自分に気が付くだけのことであった。
しばらくして瓦礫の撤去が終わると、クレアがガバッと勢いよく起き上がり、破壊された壁際に近づいた。今破壊した壁は2階の北側、資料室の奥の奥。壁の向こうからは明るい日差しと、太い木の幹がのぞいている。クレアは周囲の生徒にうなずいて合図を送ると、助走をつけて壁向こうに見える幹目がけて跳躍した。
一瞬の光。何かが通り過ぎる、奇妙な感触。
「と、とと……」
クレアは石畳につまづきそうになりながらも、微妙なバランス感覚で体勢を立て直した。そこは、先ほどと同じ薄暗い司書室の一角。さっきまで眼前にあったはずの景色は、一瞬にしてクレアの背後に回っていた。
「ダメだ、キリがないよ〜」
クレアは本棚にもたれかかりながら、大きな溜め息をついた。図書館の中へ流れ込む風が、汗に濡れた肌に心地よい。
「にゃ〜、どうしてダメなのかな〜。……風は入ってきてるのにな〜」
クレアは無造作に本棚から本を掴み、それを壊れた壁の向こうへ投げつける。が、壁の辺りで、本はまるで外から投げ込まれたかのように不自然な軌道を描き、そのまま資料室の床に落ちた。
「外から入る分には大丈夫だけど、中から出ることだけはできないんだな」
床に落ちた本を拾い上げながら男子生徒がボソリと呟く。
「どうする? まだ続ける?」
「これ以上やっても、何か同じ気がするな〜。それに、あんまり穴だらけにしても、後で図書館の人が困るだろうしな〜」
これだけ穴を開けてしまったら、後2つ3つ開けても大して変わらない、と誰もが思ったが、クレアのいう通り、これ以上無目的に穴を開けても意味がないのは確かだった。
「やっぱりルーのいった通り、壁に穴開けてもダメだったにゃ〜」
クレアが頭の後ろで手を組みながら溜め息をつく。
「壁に穴開ける前に、非常階段とか試した方がよかったみたい」
「非常階段?」
クレアの何気ない一言に、図書館で司書のバイトをしていたことがある女子生徒が反応した。
「クレア、非常階段……って?」
「えっ? 資料室の奥にある扉って、非常階段じゃないの?」
クレアがキョトンとしながら、資料室の東奥を指差した。そこは、あの本を手渡した男と会った場所だ。
「そんな……。図書館の周囲を見れば分かるけど、非常階段なんて作ってないし、まして壁側に扉があるなんて話は……」
「じゃ、行って見てこようよ。すぐそこだし」
かくして別働隊はクレアの案内で、所狭しと本棚が並べられた、まるで迷路のように入り組んでいる通路を通って、資料室の東の壁にたどり着いた。
そこには……確かに、扉があった。ところどころ赤錆に侵食された鉄の扉。昨日、今日作られたような、そんな真新しさは欠片も感じない。
クレアが取っ手を握り、グイッと回して少し引いてみる。鍵はかかっていなかった。
「いい、みんな?」
クレアの言葉に、全員身構えながらうなずいた。それを確認すると、クレアは深呼吸してからゆっくりと扉を開いた……
鉄の扉の向こう側。クレアたち別働隊の前に姿を現したのは、上へと続く石造りの階段。そして、天に張り付く上空から見た図書館の姿だった……。
(結果小説へ続く)
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