中間報告1・捕獲作戦会議
(「1:このまま玄関ホールに残り、「虹色の猫」を探して一攫千金を狙う」を選択)
「うぬぬぬ……。何と不調法な娘だ……!」
レダとアルファントゥが走り去った後、アドリアン・ランカークは再び立て看板を立て直させると、急ごしらえの壇上に上がり、大見得を切って演説を始めた。
「さて、諸君。かかる虹色の猫の件であるが、今までその存在が何度も何度も目撃されたにも関わらず、未だ誰もその手中に収め得ることはなかった。それは、なぜか?!」
アドリアン・ランカークは両手を広げて生徒を見下ろし、誰からも声が上がらないのを確認すると、満足そうに片腕を振るって断言する。
「至極簡単。組織的に動かなかったからである。勿論、単独で動いてもらって、見事捕獲に成功すれば100,000(S)はその功労者のものだ。が、なにぶん相手は物の道理が分からぬ生き物。それぞれが己の運に頼って行動していては、非常に非効率的であるといわざるを得ない」
「仮に組織的に動くとしても、リーダーがいなくては組織的に動くことは難しい、と考える者もいるだろう。確かに、将多くして軍野に迷う、とはよくいったもので、そうした君らの懸念を解消すべく、私の方で虹色の猫に関する権威を用意した!」
まだ目撃されてから12日しか経っていない新種の猫に、権威も何もあったものではないだろう、と誰もが思ったが、不用意に出資者の神経を逆撫でする必要もあるまい、という共通見地から誰もツッコミを入れず、その「権威」の登場を静かに待つ。その静けさを、期待、あるいは己に対する畏敬であると勘違いしたのか、アドリアン・ランカークはやたら得意気な顔で指を鳴らした。
「来たまえ、マリー君!」
「あ〜、ハイ、ハイ」
玄関ホールの奥に控えていた白衣の少女、マリーは、やれやれといった顔つきで、アドリアン・ランカークの代わりに壇上に上がる。
「え〜…っと。ただ今紹介にあずかった、虹色の猫、暫定権威のマリエージュ・シンタックスです。皆さん、明るい学園生活、そして自由な研究の為に、頑張って猫を捕まえよう!」
「で、とりあえず皆から集めたデータを基に作戦を立案してみました」
そういってマリーが合図すると、黒髪の少女が小型車輪付きの黒板をカラカラと壇上近くに押し運んで設置した。
「まず、猫が最初に目撃されたのは、13日前の時計塔前広場」
そういってマリーはチョークを取ると、黒板に書かれた学園都市の簡易見取り図の上に丸を付ける。
「次に目撃されたのは12日前の学園校舎施設。その後は、学生寮、研究施設、図書館………、と」
マリーは手元のメモ帳を見ながら、次々と目撃ポイントを簡易見取り図に書き込んでいく。すると、次第に「虹色の猫」の行動範囲が浮かび上がってくる。
「……で、大体見て分かる通り、猫の活動範囲は学園都市北東部に集中してるよね。更にこのデータから、日時、天気ごとの大体の巡回ルートを作成してみました。もっとも、こんな少ないデータから統計を取っても大して信憑性はないけど、そんなの気にしないよーに。で、とりあえず、このデータから推測される最良のポイントは……」
マリーは手にしていた白いチョークを、赤いチョークに交換して簡易見取り図の学生寮、図書館、研究施設、時計塔に大きく丸を付けた。
「作戦決行日は明日。明日が雨だったら明後日、とにかく晴れた日に、この4つのポイントで待ち伏せします」
「基本的に猫は、まず学生寮の周辺に出てきた後、図書館、研究施設と周辺施設を散歩し、最後に時計塔前広場で午睡することが分かっているから、その各ポイントで積極的にアプローチするのがベスト。多少トラブルが起きても、そこは猫だから大きく巡回ルートを変えることはない、でしょう。……多分」
「そして、次は捕獲方法。手っ取り早くいくなら、トリモチ+撒き餌がベストなんだけど、それだと毛並みが傷ついてしまうから、投げ網や捕虫網を使用する必要があります」
再びマリーが合図すると、黒髪の少女は、今度は銃口が妙に丸く膨らんだ奇妙な長銃を持ってきた。
「ちなみに、これは私が改良したネット発射型捕獲銃。そこそこ数はあるから、言ってくれれば貸し出しますので、そのよーに。捕獲に成功したら、すぐに携帯ネコハウスに入れてあげて、暴れたりして怪我をさせないようにすることが肝要です。……ま、これぐらいかな」
マリーが話し終えると、背後からアドリアン・ランカークが咳払いしながら進み出た。
「あー、マリー君。作戦内容は以上かね?」
「そうだけど?」
涼しげな顔のマリーとは対照的に、渋面を作ったアドリアン・ランカークが言い淀む。
「いや……しかし、作戦と呼ぶには、余りに大雑把過ぎやしないかね?」
「情報もなく無計画に動くよりは、ずっと作戦行動だと思うけど……。ま、論より証拠。スポンサーは私の研究費と賞金を用意して、椅子にふんぞり返って報告を待っててちょうだい」
マリーはドンと胸を1つ叩き、笑顔を見せたのだった。
中間報告2・レダの隠れ家にて
(「2:消えたレダと、キックスの後を追う」を選択)
キックスとネイ、そしてそれを追った学生たちは、時計塔前広場から少し離れた廃屋でレダを発見した。結構な昔に学園都市に別荘を建てた貴族が、金策に困ったのか、それともどんな理由があったか分からないが、手放して放置状態にあった所にレダが入り込み、寮の自室に入りきらない宝物(ガラクタ)の隠し場所としていたのだ。
「やっぱりここに居たのか」
多少老朽化して、建て付けが悪くなった部屋のドアを開きながら、キックスが声をかける。
「……あっ、キックス……」
剥げた絨毯の上に丸まったアルファントゥにもたれかかるようにして座り込んでいたレダが、キックスの姿を認めて元気なく返事を返す。
「どうしたの?」
「そろそろ、あの猫のことを教えてもらおうと思ってね。レダは最初から何か知ってるみたいだったしな」
そういってキックスは、レダの正面に腰を下ろした。キックスの後からついてきた他の生徒たちも、レダを取り囲むように腰を下ろす。古いとはいえ、さすがは貴族の別荘。部屋自体は充分な広さがある。
「で、どうなんだ?」
キックスの言葉に、レダが不安そうにソロソロと顔を上げる。
「……ネコさん?」
キックスが軽く頷く。レダは不安そうにキックスを、そして周囲に腰を下ろした他の学生を見回すと、アルファントゥの首にギュッと抱きついてその白い胸毛に顔を埋めた。レダがそうやってアルファントゥと会話することは誰もが知っている。集まった生徒たちは、レダがアルファントゥと話し終えるのを静かに待った。
しばらくして、レダはゆっくりとアルファントゥから身を離し、周囲の生徒たちをゆっくりと見回した。
「あのね、アルがね。おてつだいしてくれるのなら、話してもいいんだって」
レダの言葉にキックスが躊躇なく即答する。
「あぁ。それは別に構わねぇよ」
レダはキックスの言葉にうなずくと、少しだけ明るさを取り戻した声で先を続けた。
「あのネコさんは、……ホントはネコさんじゃないの。ネコさんみたいに見えるけど、アルとおんなじリエラなの」
「リエラ?」
レダの言葉に、ネイが驚きの声を上げた。
「でも、あの猫とは交信できないんでしょ?」
「ううん。むずかしいことはよく分かんないけど、あの子はまだ生まれてないリエラだから、声がきこえないんだ、ってアルがいってたよ」
「まだ生まれてないリエラ?」
「そうだよ。あの子はずっとまってたんだけど、だれかに呼ばれて出てきちゃっただけなの」
「…………??」
キックスもネイも、そして周囲の生徒たちも、レダの言葉の真意が分からずに困惑の表情を浮かべる。
「呼ばれた、って、誰に?」
「それは……分かんない」
「じゃあ、生まれてないリエラが、何で俺たちの目に見えるんだ?」
レダがぶんぶんと大きく首を横に振る。分からない、ということらしい。というよりも、レダ自身、自分の言葉をどれくらい理解して喋っているか甚だ疑問ではあったが。
キックスは大きく溜め息をついて立ち上がった。
「まぁ、よく分かんねぇーけど、はぐれリエラみたいなモンらしいし、『高天の儀』であっちへ送り返せばいいんだな」
「……ううん。アルが、それだけじゃダメだって。ネコさんはね、だれかをさがしているの。自分を呼んだだれかを。その人をみつけてあげないと、ネコさんは帰り道が分からなくなっちゃうんだって」
「??……?」
「でも……その誰か、ってのは分からないんだろ? どうやって見つけるんだ?」
レダが困ったように首を横に振る。これではさすがに……処置なしだ。
「まぁ、普通に考えれば、まだリエラと交信したことがないフューリア……よねぇ。普通、私たちは最初に交信したリエラとずっと関係を持ち続けるものだし」
「そうすると、近くに住んでる子供って可能性が高いな……」
幼いフューリアの中には、リエラと交信する能力はあるが、リエラを実体化させる力が備わっていない者も多い。外から学園に連れて来られた生徒は、まず間違いなくリエラを実体化させる能力を持っているが、この学園の卒業生で、卒業後、学園に戻り家庭を持ったフューリアも少なくなく、そうした家庭の子供であれば条件を満たしている可能性が非常に高い。
「まぁ、『高天の儀』ってのは6人ぐらい必要だし、猫を捕まえてくるのと、その誰かを探してくるのと、儀式を行うのと、手分けした方がいいみたいだな……」
「そうね」
キックスの言葉にネイも賛同すると、その場に集まった全員で作戦会議を始めたのだった……
(結果小説へ続く)
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