鋼鉄の車輪を破壊せよ!

 その知らせがもたらされたのは、見事な夕焼けが街を包み込み、時計台の三点鐘が打ち鳴らされる最中のことだった。
「それは、…本当なの?」
学園校舎施設、学長室で今期の予算組みをしていた学長は、かすかに眦を上げて報告者……、双樹会会長、マイヤー・シャットスタックを睨み付けた。
「列車が暴走状態にあるのは紛れもない事実です。僕は事実しか報告しません。“千里眼”ジェルミーのリエラ、アースナー・キュースに確認させました」
 そういって、マイヤは懐から一枚の絵を取り出した。
 絵には何かの機関室と思われる絵が鮮明に描かれている。機関室は薄暗かったが、数人の覆面の男たちと、大人がゆうに3人は入れそうな黒い物体が判別できた。
「どこかしらね…、レイドベック?」
「そう考えて、まず間違いないでしょうね。この黒い物体が……爆弾か、有毒物質か、あるいは未知の病原菌か、それは分かりませんが、中央駅と警備機関をしばらく麻痺させる威力ぐらいはある、と思いますよ」
 マイヤの言葉に学長は静かに頷くと、手元の紙にサラサラとペンを走らせ出した。
「推定時間は?」
「真夜中か、それよりちょっと遅いぐらいですかね」
「新型といっても、意外と遅いわね」
 そう言葉を締めくくって手を止めた学長は、机の中から学長印を取り出して判を押した。そして、それを無造作にマイヤに差し出す。
「はい、特別対策委員会設置許可書。必要でしょう?」
 マイヤは薄い笑みを浮かべたまま、それを受け取って懐に収めた。
「さすが学長、仕事が早い」
「どうせ、貴方のことだから、もう動き出しているんでしょうけど」
「実際には、まだ。学生の有志を集めて、待機させているだけです」
「立派な凶器準備集合罪ね」
 学長は軽く溜め息を漏らすと、中断していた作業を再開した。
「僕たちは“凶器”ですか」
「そう考えてるから、レイドベックは執拗に狙ってくるんでしょう?」
 学長はこの件に対して興味をなくしたのか、熱の冷めた声で淡々と続けた。
「学生を巻き込むのなら、くれぐれも用心してね。実戦経験はないんだから、……まだ」
「貴女の望むままに、殿下。レイドベック公国は、真夜中を待たずに己が蛮勇の報いを受けることでしょう」
 無感動な声で呟くと、マイヤは薄い笑みを張り付かせたまま学長室から立ち去ったのだった。

「リットランドを出た最新蒸気列車、R-500Bが連絡を絶ち暴走を始めた!」

 その情報が学生掲示板に張り出されたのは、六点鐘よりもほんの僅かに前のことだった。
 寮長アルフレッド・フォン・ライゼンバードを通して、全学生に双樹会が有志を募っていることが伝えられ、その会場となる双樹会総会場に多くの学生たちが詰めかけた。
 あなたも、その中の1人である。
 やがて総会場が落ち着きを見せ、詰めかけた学生が全て椅子に腰を下ろすと、寮長アルフレッド・フォン・ライゼンバードが現れ、壇上に上った。
「事態は急を要する。一度しかいわないので、心して聞くように」
 寮長は、普段は見せない緊迫した面持ちで続けた。
「君たちも知ってのように、リットランドを発した最新蒸気列車、R-500Bが規定のスピードを大きく上回る速度で暴走を始めた。このままでは、約3刻でこの学園都市に暴走列車が突っ込む計算になる。そうなる前に、この暴走列車の脅威を除去するのが今回の作戦の趣旨だ。君たちの力を結集すれば、この暴走列車を、ただの鋼鉄の塊に変えることは難しくないだろう。しかし、R-500Bには乗客160名と乗務員10名が確認されており、彼らを無事に救出しなければならない。また、列車内には、この暴走を引き起こしたと思われる武装した集団と、正体不明のブラックボックスも確認されている。この武装集団の撃退と、ブラックボックスの除去も行わなければならない」
 そこまで一息に続けた寮長は、奥から多少年代がかった垂れ掛け式の地図を運ばせ、授業に用いる銀の指示棒で作戦を告げた。
「そこで、我々は3隊に分かれて、この暴走列車を迎え撃つことにした。まず1隊はここ」
 寮長が指示棒で差したのは、学園から程近くの山肌の、線路がきつめのカーブを描く地点だ。
「このカーブは、必ずある程度の減速を行わなければ抜けられない。スピードが落ちた瞬間を見計らって屋根に飛び移り、武装集団を撃退して制御を回復すると同時に、乗客と乗務員の安全を確保する。最悪の場合、機関部を切り離して乗客と乗務員の安全だけは確保するように」
「2隊目はこの先、学園に続く最後の直線で待ち受け、列車が制御を取り戻していなかったら、この列車を攻撃。脱線させて学園都市への突入を阻止する」
「3隊目は学園都市外壁を警戒。怪しい動きをする者を、全て捕縛する。暴走が人為的に行われ、この学園都市を対象としたものであるのなら、それ以外にも何かあるのかも知れない。それを未然に防ぐことも考慮しなくてはならない」
 寮長は3つの隊の配置箇所を指し示すと、指示棒を置いてこちらに向き直った。
「最後に。君たちは強大な力を操るフューリアであるが、武装した敵と向かい合い、命のやり取りをする実戦は始めてのはずだ。普段の模擬戦と同じに考えずに、人命を、そして第一に自分の命を大事にしてもらいたい」
 そういって寮長は静かに目を閉じた。
「以上である、君たちの健闘を祈る!」

 あなたは……
 1:乗員救出の任務につく
 2:列車の破壊の任務につく
 3:学園都市防備の任務につく

中間報告1・乗客救出部隊

(「1:乗員救出の任務につく」を選択)

 微かな月明かりに照らされたレンシード山脈。
 鉄道が敷設されているすり鉢状の隘路に、覆いかぶさるように突き出た岩棚。その広い岩棚の上に、乗客救出の任を負った学生たちが、息を潜めながら列車を待っていた。
 真夜中まで、あと半刻ほど。そろそろ列車がこの下に差しかかる時間だ。学生たちは不安に顔を見合わせながら、その時が来るのを堪え忍んでいた。
 普段は気にも留めない1セグという時間が、まるで1エストにも、10エストにも感じられる。失敗は許されない。その緊張感と、飛び移るのに失敗すれば、列車に弾き飛ばされて山肌に叩き付けれられる……その恐怖感が、時の流れを何倍にも感じさせているのだ。
 そうした学生たちの集団から離れ、1人岩棚の西の端に立っていた生徒が、1枚の紙片を手に走ってきた。
「ジェルミーからだ。後、10エストで来るぞ」
 その生徒が持ってきたのは、“千里眼”の異名を持つ、ジェルミーからの報告だった。
「車両は前から順番に、機関部・客室6両・貨物2両の9両編成。乗客と乗務員は、3両目、4両目、5両目にまとめて押し込まれていて、その出口を銃で武装した工作員が4名ずつ見張っている。後、機関部にも工作員が2名配置され、中央に置かれた黒い箱を囲んでいる」
 ジェルミーの、まるで全てを見てきたかのような報告。しかし、疑問を持つ者は誰もいない。ジェルミーのリエラ、アースナー・キュースは、戦う力を持たない代わりに、全てを見通す「目」を持っていることを、誰もが知っているからだ。
「後、7エスト」
 懐中時計を見ていた生徒が、緊張した声で残り時間を告げる。すると、その言葉を裏付けるように、遠くから汽笛の音が響いてきた。
 ……暴走列車だ。
 学生たちは岩棚の縁に移動し、身を屈めてその瞬間を待った。遠く聞こえていた汽笛の音が、だんだんと、しかし確かな勢いで近づいてくる。
「みんな、気をつけて……、来るよ!」
 岩棚の西の端で列車を見張っていた生徒が警告の声を上げる。
 そして、まさにその瞬間。闇を切り裂く轟音とともに、リットランド発の最新蒸気列車、R-500Bが姿を現したのだった。


中間報告2・列車破壊部隊

(「2:列車の破壊の任務につく」を選択)

 最終阻止ライン。
 学園に続く最後の直線の中ほどで、暴走列車を迎え撃つ学生たちが終結していた。
 あなたたちの任務は、暴走列車の機関部を攻撃して学園内への突入を阻止すること。同時に、乗客と乗務員の退避が終わっていなかった場合、機関部と客室の連結部を攻撃して切り離さなければならない。もし万が一、切り離しが遅れるようなことがあれば、機関部を脱線させても客室が学園内に突入してしまう可能性もある。
 学生たちはそれぞれの思いでレールの先、もうまもなく現れる筈の蒸気機関車の出現を待ち構えていた。
 真夜中まで、あと四半刻もない。予定では、先行した隊が暴走列車に飛び移り、上手くすれば機関部を切り離していてもおかしくない。
 不安と期待、そして焦燥感の入り混じった、滅多に味わえない複雑な感情に戸惑いながら、学生たちはその瞬間を今か、今かと待ち構えていた。
 と、その時、学園側から1台の蒸気自動車が、暴走列車に勝るとも劣らない勢いで突っ込んできた。暴走自動車は慌てて避ける学生たちの真ん中に突っ込むと、三回転ほど勢いよくタイヤを滑らしながら回転し、そして停車した。
 暴走自動車から姿を現したのは……眼鏡に白衣の少女、マリーだ。
「大変、大変、大変なのよ!!」
 慌しく懐から、何かのレポートの束を取り出したマリーは、それを手で叩きながら「とにかく大変」を10回ぐらい繰り返してから言葉を続けた。
「寮長の方から、ブラックボックスがどうのって話があったでしょ? その後、あれの透過図をジェルミーからもらって科学部で調べてたんだけど、あれが近年、火薬に代わる爆薬として期待されている……って、そんな細かい話は後にして、とにかく激しい衝撃を与えると爆発する、多分、もの凄い高性能な爆弾らしいことが分かったの」
「正直、どれくらいソレが凄いのかまでは分からなかったけど、機関部を脱線なんてさせたら、まず間違いなく爆発しちゃう!!」
 突然の事態の急変に呆気に取られた学生たちを、無理やりにも現実に引き戻したのは蒸気列車の汽笛の音だった。
「……と、とにかく、やり方は分からないけど、なるべく衝撃を与えないようにして列車を止めないと!」
 だが、他の方策を考える時間はなかった。蒸気列車が、その黒い弾丸の様な姿を現したのである。


中間報告3・都市防衛部隊

(「3:学園都市防備の任務につく」を選択)

 学園都市周辺は、嫌になるぐらい静まり返っていた。月明かりに照らされた平野に、動く影は何1つない。
 寮長の思い過ごしだろうか? そんな疑問がふと頭を過ぎる。
 寮長の思い過ごしであれば、それはそれで問題ない。ただ、乗客救出と列車破壊に向かった生徒たちの安否が気にかかる。
 あなたはそんなことを考えながら、時計台で時刻を確認した。

 真夜中まで、後……1刻。何事もなく時間が過ぎる。

 真夜中まで、後……半刻。
 依然として、学園都市周辺に異常は見られない。学生の中には、列車破壊を応援しようと抜け出す者も出始めた。

 真夜中まで、後……4半刻。
 もう、今から向かったのでは、乗客救出や列車破壊を手伝うことは、多分できないだろう。残った学生の多くは、都市の西の入り口に集まり、他の生徒たちの首尾を確認しようと躍起になっていた。

 …………そして、その時。事態が急変した。
 今まで、何もなかった平野に突然溢れ出す影、影、影。
 人だ。どこに隠れていたかは分からないが、それは人影だった。集団で移動する、かなりの数の人影。
 音もなく、整然と、完全に規律の取れた動きで近づいてくるのは、紛れもなく訓練された軍隊に他ならない。
 誰かが警告の声を発し、それがこの事態の収束への引き金となったのだった……


(結果小説へ続く)