鋼鉄の車輪を破壊せよ!

 リットランドを出た最新蒸気列車、R-500Bが連絡を絶ち暴走を始めた! 乗客160名と乗務員10名を乗せた暴走列車は、学園都市を目指して猛スピードで走りつづける。事態を重く見た学園は、生徒の中から有志を募り、この暴走列車に対抗することを決定した…。

 この作戦への参加を決意した学生たちは、乗客と乗務員を救出する隊、列車を破壊する隊、そして学園都市を防備する隊の三隊に分かれて、この暴走列車にあたることになったのである。



- レンシード山脈 減速ポイント -

 暴走を続けるリットランド発、最新蒸気列車R-500B。
 さしもの暴走列車といえど、このレンシード山脈の狭い山間、そしてこの急カーブポイントではスピードを落とさざるを得ない。
 その急カーブポイントの真上に突き出た岩棚の上に、すでに臨戦態勢が整ったフューリアの一団が列車を待ち構えていた。
 その高さ、およそ1アース。列車までの距離、およそ1.5アース。

 そう。
 学生たちは、この岩棚から列車に飛び降りるのである。
 いくらカーブで列車のスピードが落ちているとはいえ、この岩棚から列車に飛び移るのはかなりの離れ業だ。
 勢いをつけすぎたり、着地した場所が悪かったりすれば、そのまま列車から転落する危険性もある。
 が、彼らには学園を守り、乗客と乗務員を救出するという使命感があった。
 ここで引くことはできない。飛び出す勇気と着地時のバランス、それさえクリアできれば、決して不可能な行為ではないのだから……


「じゃ、先に行かせてもらうわね」
 穏やかな笑顔を残し、恐れもなく岩棚から最初に身を躍らせたのはリィンだった。
 的確な読みと飛距離で3両目の屋根に着地し、すぐに姿勢を低くして体勢を立て直す。足に痺れる様な痛みが走るが、今はそれを気にする暇はない。
 リィンは姿勢を低くしたまま交信状態に入り、彼女のリエラ、Mr.サイレントを実体化させてその能力を行使した。
 その瞬間、彼女の周辺からあらゆる音が掻き消え、ほとんど聞き取れなくなる。それが彼女のリエラ、Mr.サイレントの、限定空間の音を吸収する能力だった。
 いくら飛び移りに成功しても、派手な音を立てて武装集団に気付かれてしまっては作戦は台無しになる。だから、彼女がまず先行したのだ。
「面倒だけど最低限のことはしなくちゃね…」
 ぐずぐずしてはいられない。
 他の学生たちは、『消音結界』を確認してから飛び移るわけではない。自分を信じて飛び移るのだ。
 片膝をついて体勢を安定させたリィンは、すぐに目を閉じて軽い瞑想状態に入ると、更にMr.サイレントの『消音結界』を拡大させた。


 リィンのサポートの元、次々と列車に飛び移るフューリアたち。
 しかし、いくら急カーブで減速しているとはいえ、そのスピードは学内を巡回する乗り合い蒸気自動車よりも幾分速いし、加えて客室の天井は丸型で足が滑りやすい。
 当然、着地に失敗して足を滑らし、振り落とされそうになる者が続出したが、リィンの消音作戦によって行動に余裕が出たフューリアたちは、互いに助け合って1人の脱落者も出ることなく、無事、全員が列車に飛び降りることができたのだ。
「もういいわ」
 全員、列車に飛び移ったのを確認すると、リィンがMr.サイレントの能力を解除した。
 再び周囲に音が戻ってくる。客室からは異常の発生を告げる声もなければ、連結部に飛び出して周囲の状況を確認する者もいない。

 急カーブを過ぎた列車は、またぐんぐんと速度を上げ始めた。

「リィン、お手柄ですの」
 急激な体力の消耗に、肩で大きく息をするリィンに、リルン=ヒンデルはにっこりと微笑みかけると、姿勢を低くしたまま交信状態に入った。
 本来なら充分な時間をかけてリエラを実体化させるのだが、今はそんな余裕はない。
 リルン=ヒンデルは急ぎリエラを実体化させるべく交信レベルを引き上げると、彼女のリエラ、ヒンデン=ブリッツを眼前に実体化させた。
「さぁ…」
 さすがに体力消耗がつらいのか、言葉少なくリルン=ヒンデルが指示を与える。
 実体化した甲冑を模したリエラ、ヒンデン=ブリッツは、連結部近くに歩み寄って両手を高く掲げた。その掌に紫色の電雷が集積する。
「僕も手伝いますよ、先輩」
 同じく交信状態に入り、光り輝く小さな女性型リエラ、ルシアを実体化させていたアレクは、リルン=ヒンデルが何をするつもりなのか察すると、ルシアをヒンデン=ブリッツの元に向かわせた。
 ヒンデン=ブリッツの隣に立ち、同じく両手を掲げたルシアの掌に紫色の電雷が走る。
 2体のリエラの掌でくすぶる紫電は、放電と明滅を繰り返しながら膨れ上がり、見る間に紫電の剣を形作った。
「………っ!」
「いっけぇ!」
 頃合を見計らっていたリルン=ヒンデルとアレクが同時に叫ぶ。
 紫電の剣を構えたヒンデン=ブリッツとルシアは空中に身を躍らせると、飛び降りざまに紫電の剣を一閃した。
 左右から打ち込まれた斬撃によって、強固な作りの連結部は脆くも弾け飛んだ。
 打ち込まれた衝撃の大きさに車体が揺れ、拡散した紫電がレールを伝い、紫の火花が車両の下部を走り抜ける。

「鬼姫様、派手ですね…」
 同じく連結部を破壊するべく、リエラを実体化させようとしていたハイドラが呆気に取られてそう呟く。
「さぁ、早く客室に移動するんですの」
 リルン=ヒンデルがリエラの実体化を解き、ゆっくり深呼吸して息を整えると、屋根の上をそろそろと移動しだした。
 単に立っていたり、座っていたりするだけならともかく、リエラを実体化させるなどの「深い」交信状態に入っていると、ただ歩くだけの行為にも訓練が必要となる。ましてや、リエラを実体化させたまま、揺れる列車の上を歩くことは自殺行為にも等しい。
「それより気をつけて、来るよ!」
 同じくリエラの実体化を解き、屋根の縁に移動しようとしていたアレクが警告の声を発する。
 リエラの攻撃によって異変に気付いた武装集団……焦げ茶色の軍服姿の男が、2両目の後部出口から顔を出し、中に向かって何事か叫びながら、乗務員と乗客が閉じ込められた3両目に乗り移ったのだ。
 軍服姿の男の乱入に、客室から悲鳴と叫び声が上がる。続いて、同じような格好をした2人目の男が客室に飛び移る。
 いくら連結部を切断したとはいえ、まだ後部車両との空間は人間の跳躍力で充分飛び越せる程度の開きでしかない。スピードが落ちて距離が開くには、もう少しだけ時間が必要だった。
「これ以上、させるかッ!!」
 アレクの横で身構えていたウィルが、不安定な屋根の上を勢いよく走って跳躍し、今しも後部車両に乗り移ろうとした3人目の男に飛び蹴りを食らわせた。
 そのまま、2人は車両内に転がるようにもつれ込む。
「あの、…バカッ!」
 先行したウィルに遅れじと、虎也多と鷹那城静輝、そして幾つかの影が、次第に加速をつけて離れていく車両に飛び移ったのだった。

判定結果
○救出隊&リィンの消音サポート vs ●前部見張り


- R-500B 第三車両 -

「……………ッ!!」
 一方、客室に飛び移った2人の軍服姿の男は、手にした小銃を構えて乗客を威嚇しながら、聞きなれない言葉を大声でがなり立て、小走りに後部車両を目指していた。
 7両目にいるはずの、後詰の4人と合流するつもりなのだろうか。
 乗客たちは悲鳴を押し殺して身を丸め、軍服姿の男たちを刺激しないように震えている。
「………! …………!!」
 再び聞きなれない言葉で叫んだ後続の男が、車両の中ほどで急に立ち止まると、銃口を天井に向けて発砲した。
 ズドン!という大きな音が響き、車両内に硝煙の臭いが立ち込める。
「……………! …! ……!!」
 すでに先行して、3両目の後部ドアを開けて連結部へ乗り出していた男が後続の男に何事かわめき、早く来いとばかりに腕を振った。
 後続の男がわめき返し、再び通路を走り出そうとした瞬間、連結部に乗り出していた男が、車両内につんのめるようにして倒れ、手にしていた小銃が通路に投げ出された。

 屋根の上から連結部に乗り出していた男の後頭部を蹴り、素早く連結部に降り立ったのはトウヤだった。
 トウヤは間髪入れず男に組み付いたが、男は激しく抵抗し、トウヤを力で押し退けながら転がった小銃に手を伸ばす……が、さっきまで転がっていた小銃は、いつの間にか姿を消していた。  男は舌打ちし、懐に忍ばせた護身用拳銃を取り出そうとする。
 と、その時。ガツン!という鈍い音がし、組み合っていた男が力なくトウヤにもたれかかってきた。
 男は白目をむいて、完全に気絶している。
 驚いたトウヤが顔を上げると、客席で銃把を構えた美しい少女の姿が目に入った。鈴音だ。
 鈴音はリルン=ヒンデルとアレクが連結部を切断するよりも前に、後部連結部に降りて車両内に潜入し、客席に隠れていたのである。

「………! ……!!」
 あっさりと仲間が倒されたのを見た残り1人は、車両を引き返そうと走り出したが、すでに反対側の入り口はリルン=ヒンデルやアレクらが塞いでいた。
 進退窮まった男は、手近な乗客を捕まえて羽交い絞めにすると、その顔に銃口を押し付けて叫んだ!
「…………!」
 相変わらず、何と言っているのか分からなかったが、その意図だけは容易に推測できる。
 邪魔をすれば、この乗客を撃ち殺す。そういうことだろう。
「…………!」
 同じ言葉を繰り返しながら、乗客を盾に、ジリジリと男がトウヤににじり寄る。
「クッ……!」
 人質を盾に取られては、どうすることもできない。トウヤが下がろうとした、その時だった。
 鈴音が素早い動きで客室の窓を上げると、何者かが窓枠に足を掛け車両内に身を乗り入れた。
 キクスツだ。
「………!!」
 不意を突かれて思わず窓側を見た男の顔に、ケムリ玉が炸裂した。濛々たるケムリが湧き上がり、男が声にならない悲鳴を上げる。
 ケムリ玉とはいえ、至近距離で食らえば目や鼻などの感覚機能が一時的に麻痺してしまうぐらいの威力はあるのだ。
 そのままキクスツは窓枠を蹴って跳躍すると、悶える男に組み付いてその武器を奪い、そのまま組み伏せてしまった。
「協力感謝」
「どういたしまして」
 ニッと笑って親指を突き出すキクスツに、鈴音がにっこり微笑みながら答えた。

 こうして前部客室の切り離しは完了し、学生たちの制圧下に収まったのだった。

判定結果
○救出隊(トウヤ、鈴音、キクスツ) vs ●前部見張り2人


- R-500B 第六車両 -

 それよりも少し前。
 リルン=ヒンデルとアレクが行動を起こすのと機を同じくして、後部客室の屋根に着地したシーネとそのリエラ、スカーレット・フィー。そしてクレアも行動を開始していた。
「さーて、始めとするか!」
 シーネは屋根に着地すると、シーネの頭の上をふわふわ飛んでいるスカーレット・フィーを呼び寄せて、その耳元で何事かヒソヒソと囁いた。
「……え〜、ヤダよ〜」
 スカーレット・フィーが顔を曇らせる。
「そんなの、とっても疲れるし〜」
「……シーネさん? 一体何をなさるつもりなんですか?」
 スカーレット・フィーの態度に穏やかならぬものを感じたクレアが、努めて穏やかな顔でシーネに尋ねた。
「何って、突破口を開くのさ」
「突破口?」
「フィーに穴を開けてもらって」
「穴を開けて…って、そんなことできるんですの?」
 怪訝な顔で聞き返すクレアに、シーネは得意げに答えた。
「フィーは炎を操るのが得意だから、局所的に熱を放射して、この屋根に穴を開けることぐらい造作ないのさ」
「でも、」
 思案顔でクレアが言葉を詰まらせる。
「そんなことをしたら、下の乗客が……」
「大丈夫。ちゃんと手加減する」
「実際に手加減するのは、シーネじゃなくてアタシなんだけどね」
 スカーレット・フィーが呆れ顔で溜め息をつく。
「美味しいお酒でも用意してくれたら、アタシ張り切っちゃうんだけどな〜…」
「ありますわよ」
 事も無げにクレアが答え、スカーレット・フィーが目を輝かせる。
「この列車、R-500Bは最新列車ですし、加えて初めての運転ですから、車内サービス用に質の良いアルコールの類が用意されているはずですわ」
「ホント、ホントにッ!?」
「ええ。もしかしたら、この下の車両にあるかも知れませんわね」
「よ、よーし! じゃ、やるよ!!」
 言うが早いか、スカーレット・フィーは車両の天井に手を付き、掌から熱線を拡散させた。
 木や鉄が焦げる嫌な臭いがした後、白い煙が立ち上り、スカーレット・フィーの掌を中心におよそ直径0.5アースの天井が音もなく一瞬にして蒸発する。
「おっ酒、お酒♪」
 鼻歌交じりのスカーレット・フィーが、真っ先に車両の中へ姿を消す。

 シーネはスカーレット・フィーの姿が見えなくなったのを確認すると、クレアにそっと耳打ちした。
「……なぁ、酒があるって話、本当か?」
「さあ? 多分、あるんじゃないかと思いますが、それがこの車両にあるかどうかまでは分かりませんわ」
 クレアは人が良さそうにニッコリ笑うと、身を屈めて開いた穴へ身体を滑らせた。
「人命がかかっていますもの。嘘も立派な方便ですわ」

 ざわざわ、と、客席に押し込められた乗客が小さなざわめきの声を上げる。
 乗客の視線は、天井から突然現れた……クレアとシーネもそうであるが、もっぱらスカーレット・フィーに釘付けだった。
 普段からリエラという存在に慣れ親しんだフューリアにさえ、スカーレット・フィーのような常に実体化しているリエラは珍しいのだから、そもそもリエラに全くなじみのない乗客の目に奇異に映ったとしても仕方がない。
 といっても、当のスカーレット・フィーは、奇異の目で見られることを何とも思っていないようだったが。
「ねぇ! ねぇ! シーネ〜。どこにお酒あるの?! お酒〜!!」
 そして。
 騒ぎ出すスカーレット・フィー。これでは、せっかく音を立てずに潜入した意味が全くない。
 クレアは屋根から下りるや否や交信状態に入ってしまったので、やや必然的にシーネがスカーレット・フィーの相手をするハメになってしまった。
「残念だけど、フィー……」
 弱ったシーネがスカーレット・フィーを落ち着かせようと口を開いた刹那、車体が大きく揺れ、窓に一瞬だけ紫電が輝いた。
 それは前部車両の連結部を、リルン=ヒンデルとアレクが破壊した余波であったが、シーネとクレアにそれが分かるはずがない。
 乗客が不安そうに顔を見合わせ、スカーレット・フィーも騒ぐのを止めた。
と、それと同時にバタバタという足音が響き、数人の人間がこちらへ向かってくる。

「チッ、気付かれたか。フィー!」
 シーネがスカーレット・フィーを身近に呼び寄せる。お目当てが外れて脹れていたスカーレット・フィーは、それでも渋々シーネの言葉に従った。
 同時に、クレアがそのリエラ、鋼鉄の甲冑に身を包む女騎士、アイアンメイデンを実体化させる。
「これで、迎撃の準備は整いましたわね」
「じゃ、ディフェンスは任せた。俺は……」
 シーネが言い終わる前に、後部出口のドアが蹴り破られ、焦茶色の軍服姿の男たちが姿を現した。
 1、2…。全部で3人。
 全員小銃で武装しており、3人はシーネとクレアの姿を認めるとためらいもせず小銃の引き金を引いた。
「防いで! アイアンメイデン!」
 とっさにクレアが叫び、驚くほどの俊敏さで前に飛び出したアイアンメイデンが、唸りを上げて飛来する鉛の弾を全て叩き落す。
 リエラの力を信じているとはいえ、自分に銃口を向けられ発砲される、という非日常的事態に、クレアは緊張のあまり喉の渇きを感じずにはいられなかった。
 乾いた唇を湿らせ、生唾を飲み込む。
「…………!」
「……! …………!!」
 銃弾を全て弾かれ、攻撃が全くの無為に終わったことを知った軍服姿の男たちが、聞きなれない言葉で何かを叫んだ。言葉は分からなくても、その驚愕に見開かれた目が彼らの口にした言葉の意味を雄弁に物語っている。
「次はこっちの番だ、…いくぜっ!!」
 シーネがスカーレット・フィーに叫び、同時に後部出口に向かって通路を走り出す。
「え〜〜いっ!!」
 その背後からスカーレット・フィーが眩い閃光を発し、再び発砲しようとしていた男の目を射る。
 シーネは強い光に目をやられて膝をついた男の顎を膝で蹴り上げると、そのまま流れるように同じく目をやられている男の腹部に肘を叩き込む。
 ぐらりと男の身体が揺れ、ゆっくりと床に崩れ落ちた。
 が、まだ終わっていない!
「………!」
 残った最後の1人は小銃を捨てると腰に吊ってあったサーベルを抜き放ち、シーネ目がけて袈裟懸けに切り下ろす。
 シーネはバックステップしてその攻撃を交わそうとしたが……、足が動かない!
 今さっき腹部に打ち込んでダウンさせた男が、執念としか言いようのない力でシーネの足に抱きつき、その動きを封じていたのだ!
「く、くっそう!!」
 思わず目を瞑ったシーネに、男のサーベルが振り下ろされる!!
 乗客の悲鳴と、キーン! という高い金属音が車両内に響いた。
 痛みは……ない。
 恐る恐る目を開けたシーネの眼前には、アイアンメイデンの腕と、呆然と折れたサーベルを見つめる男の姿があった。
「シーネ!!」
 スカーレット・フィーがシーネと男の間に飛び込み、呆然とする男の腹部を強打する。
 一瞬、体が空中に持ち上げられて前のめりに折れ曲がるほどの打撃を受けて、男は口から白い泡を吹き出しながら、そのまま通路に崩れ落ち細かな痙攣を繰り返した。
 本気のスカーレット・フィーの一撃とはいえ、元々が小柄で肉弾戦が不得手なスカーレット・フィーだけに、今すぐ手当てすれば死ぬことだけはないだろう。

「危なかったですわね、シーネさん」
 交信を解除して、アイアンメイデンを送り返したクレアがにっこりと微笑みかける。
「すまない…」
 同じく交信を解除したシーネが頭を下げる。
「シーネさん。落ち込むことはないですわ。結局、誰も怪我しなかったんですし…」
 クレアがそういってシーネに歩み寄った、その時。
「床に伏せろーーーっ!」
 聞き覚えのある叫び声が聞こえ、反射的にクレアとシーネが通路に身を投げ出す。
 と、ガラスの割れる音と銃声が響き、最前までクレアの頭があった箇所を、冷たい鉛の弾が通過した。
 報告にあった後部車両の武装集団は4人。その最後の1人が車両の側面を伝い、横からクレアを狙撃したのだ。
 続けてもう1発、銃声が鳴り響く。
 側面に貼り付いた軍服姿の男が2発目を撃ったのではない。
 どこからやって来たのか、後部出口に姿を現したホーキンスが小銃を発砲したのだ。
 肩口に銃弾を受けた軍服姿の男は、絶叫を上げながら列車から転落した。
「せっかく気付かれないように貨物車両に降りて、連中の背後から攻撃しようとしたのに、…前でこんな騒ぎを起こされてちゃ、連中も慌てていなくなるわけだ」
 ホーキンスは小銃の銃把で肩をポンポンと叩きながら付け加えた。
「まぁ、でもそれが結果的に役に立ったみたいだ。小銃も拾えたしな。結構、結構」

 かくして、前部車両が学生たちによって完全に制圧された頃、時を同じくして後部車両もシーネ、クレア、ホーキンスの3人によって制圧されたのだった。

判定結果
○救出隊(シーネ、クレア、ホーキンス) vs ●後部見張り4人


- R-500B 第二車両 -

 一方、前部客室の連結部切断の際に、3人目の男に飛び蹴りを食らわせ、そのまま車両内に転がるようにもつれ込んだウィルは、男から体を引き剥がして素早く体勢を立て直すと、低く身構えながら慎重に男と間合いを取った。
 男も接近戦用の短剣を取り出すと、それを右手に構えた。そして、そのままゆっくりと間合いを詰める。
 客室に先行した2人の男のことは気にかかるが、それは他の者に任せて今は眼前の敵をどうにかしなくてはならない。
 ジリジリと間合いを詰め、ウィルが今まさに攻撃を仕掛けようとした刹那。
 ウィルは右方向から膨れ上がる殺気に、確証もないまま半ば本能的に後へ飛び退った。
 突如、右手にある客席の影から白刃が煌き、ウィルのコートの裾をわずかに切り裂く。
「…ッ!」
 ウィルは短く舌打ちして体勢を立て直し、体をわずかに右方向に開きながら再び油断なく身構えた。
 やはり隠れていた。…4人目!
 この狭い通路で、2対1。敵は2人とも武器を持ち、しかも1人は客席に身を隠しながら移動し、不意をついて襲いかかる構えだ。
 絶対的不利を前に、ウィルの額を冷たい汗が伝う。だが、ここで引くわけにはいかないし、第一引くべき場所もない。
 死への怖れはない…と言えば嘘になるが、戦うことがウィルの存在意義であり、だからウィルは怖れない。
 ウィルは意を決すると、コートのベルトに手を掛けた。
「………!!」
 眼前に対峙する男が聞きなれない言葉で一声叫ぶと、手にした短剣を振りかざしてウィルに襲い掛かる。
 ウィルは繰り出される短剣を怖れずに、懐へ飛び込んで体当たりをして男を突き飛ばした。そして、抜く手も見せずに引き抜いたコートのベルトを振るい、客席の影から突き出されたもう1本の短剣を叩き落とす。
 短剣が通路に落ち、金属性の乾いた音を響かせる。だが、男の動きは止まらなかった。
 そのままウィルに掴みかかり、体格で圧倒する男はウィルを組み敷いて、力で押し潰そうとする。
「させるかぁッ……!」
 ウィルは男の胸倉を掴んだまま力に逆らわず自ら倒れ込み、床の反動を利用して男の腹部を蹴り上げて投げ飛ばした。
 男は派手な音を立てて、反対側の客席に頭から突っ込んだ。
と、今度は最初に突き飛ばした男が、短剣を逆手に構えながら倒れたウィルを狙う!
 ウィルは転がって攻撃を避け、何とか身を起こそうともがいたが…次の攻撃はこなかった。
 ウィルを追って2両目に飛び移ったマヤが、男の背後から忍び寄りサバイバルナイフ「極」の柄で後頭部を強打し、昏倒させたのである。

「先輩も、職業軍人相手に無茶するわね」
「俺の取りえは、戦うことだけだからな」
 呆れ顔のマヤに、そういってウィルは肩をすくめた。
「すまない。助かったよ」
 ウィルの言葉にマヤは静かにうなずくと、懐から懐中時計を取り出して時間を確認する。
 3、2、……
 突然、機関室へと続く前部出口から炸裂音が響き、爆風で吹っ飛んだ扉が客席に突っ込みその背もたれを破壊した。
 ウィルの助けに入る前に、マヤが連結部に仕掛けた自爆装置が作動したのだ。

 これで、暴走を続けるのは機関室のみ。一応は……任務達成である。

判定結果
○救出隊(ウィル、マヤ) vs ●前部見張り2人


- R-500B 機関部 -

 マヤが仕掛けた自爆装置の振動は、当然ながら機関部にも伝わった。
「……おい、ランディス。さっきから何が起こってると思う?」
 謎の黒い箱。そして縛り上げた軍服姿の男2人を前に、神秘研究会カオス広報委員長のゼロが努めて平静な声で尋ねる。
「さぁ? 何しろここからでは、外の様子が分かりませんしね」
 ゼロの言葉にランディスが首を傾げる。
「さっきも振動がありましたし、ひょっとしたらこの列車。攻撃を受けているのかも知れませんね」
「受ける理由としたら……、これしか考えられないな」
 そういってゼロはブラックボックスと、猿ぐつわをされ、荒縄で縛り上げられた2人の男を見下ろしながら呟いた。

 そもそも、どうして2人がこの機関部にいるかというと、話はこの事件以前にさかのぼる。
 新型の蒸気列車が建造され、その試運転が終わったことをアルメイス・タイムズで知った2人は、運転開始予定地のリットランドに出かけ、R-500Bに乗車したのだ。
 そして「後学のため」と車掌にゴリ押しして機関室を見学させてもらっていた最中に、謎の武装集団による襲撃を受けたのである。
 武装集団は瞬く間に列車を占拠すると、見るからに怪しげな黒い鉄製の箱を数人がかりで機関部に運び込み、見張りを2人残すと後は機関部から退去してしまった。
 石炭置き場に隠れたゼロとランディスは、武装集団が緊張を解いて状況が沈静化するのを見計らって攻撃し、首尾よく機関室に残った見張りの2人を取り押さえることはできたのだが…。

「まさか連中、仲間を残したままにして、機関室の扉を溶接するとは思いませんでしたね」
 ランディスが溶接跡を指でなぞりながら悔しそうに呟く。
 いくら急いで溶接したとはいえ、人間の力でどうこうできる代物ではない。
 リエラの力を行使するにも、蒸気機関に重大な損失を与えてしまう可能性もあるし、自分たちが無事でいられる保障もない。
 端的に言うなれば、現時点でゼロとランディスに打つ手はなかった。つまり、八方塞がりである。
「もし本当に、これが原因で攻撃されているとしたら……」
「まずいですね。…もの凄く」
 ゼロとランディスは顔を見合わせて、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
 捕らえた軍服姿の男は、2人とも生粋のレイドベック公国人であり、レイドベック公国公用語しか解さなかった。
 レイドベック公用語に関してほとんど知識がないゼロとランディスは、早々に尋問を諦めて2人の身体検査をくまなく行った結果、どうやらこのブラックボックスに関すると思わしきメモ用紙を発見したのだった。
 メモ用紙には、ご丁寧にもレヴァンティアース公用語とレイドベック公用語の2つの言葉で注意書きが記されており、それによればこの正体不明のブラックボックスは、レイドベック公国が実験的に作り出した爆発物であることが推測された。
 コードネームは「永遠の炎」。強い衝撃を与えると爆発し、「消えない炎」で辺りを焼き尽くす……らしい。
 メモは余りに抽象的すぎて、何がどう「消えない炎」なのかさっぱり分からなかったが、とにかく危険な代物であることだけは容易に理解できた。
 もしも、これが爆発したら……
「攻撃しているのが軍隊じゃなくて、フューリアだったら……」
 考えられない話ではないが、もしもそうだとしたら最悪だ。

 軍隊は溶接された扉を工作班で開くが、フューリアはリエラの超常的破壊能力で扉を吹っ飛ばさないとも限らない。いや、十中八九そうするだろう。少なくとも、自分なら。


- R-500B 機関部入り口 -

「お、おい。これ見ろよ」
 客室を他の者に任せて、鷹那城静輝、リーネらと共に機関部へと急いだ虎夜多は、機関部最奥の扉が溶接されているのに気付いて小声で他の者に話しかけた。
「溶接されてるぜ」
 怪訝な顔をした鷹那城静輝が、溶接跡を指でなぞりながら虎夜多の言葉を確認する。
「本当だ」
「でも、中には見張りがいるんでしょ?」
「“千里眼”ジェルミーの報告では、そうらしいけど……」
 虎夜多はちょっと呆れたように溜め息をついた。
「中に見張りを閉じ込めて、するかね? 溶接なんて」
「それだけ、この機関室にあるブラックボックスが重要ってことなんだろ? 問題は、…さて、どうするかだ」
「……ノーブルケイオス?」
 リーネが自分の影の中に潜むリエラ、ノーブルケイオスに問いかける。
「ダメだな」
 リーネの影の中から重々しい声が聞こえてきた。
「我が運ぶことができるのは、リーネ、お前だけだ。それに、中には敵対する者が待ち構えているのだろう? 我は好んで人と争うつもりはない」
「じゃあ、扉をぶっ飛ばすか? 簡単でいいぜ」
「機関部やブラックボックスも一緒に? 私はブラックボックスにすっごく興味があるんですけど…」
 そして、3人とも黙り込んでしまう。

 と、その時、機関部と2両目の連結部の方から爆発音が響いてきた。
 マヤが別れ際に「連結部を破壊する」と口にしていたし、あっちは首尾よく任務を完了したのだろう。
 元々心配はしていなかったが、これで敵の援軍を心配する必要は全くなくなったわけだ。
「まぁ、とりあえず…」
 思いあぐねた虎夜多がコートの内から催涙爆弾を取り出した。同じく鷹那城静輝も催涙爆弾を取り出して虎夜多の言葉を続けた。
「反応をみてみますか」
 そして2人は手にした催涙爆弾を、同時に機関部の換気口に投げ込んだのだった。


 機関部だけとなった暴走列車は、今、山間部を越え、学園都市に向かう最後の直線に差し掛かっていた。

最終防衛ラインまで、後5エスト。


- 学園都市アルメイス郊外 最終防衛ライン -

「あれが爆弾なら、学園を守るためにもここで確実に食い止めねばならない! 学園に近づく前に列車を攻撃して、爆発させるんだ!!」
 マリーの言葉に、ファルクスが大声でそう主張した。
「それがどれぐらいの威力か分からないから、うかつにそうできないんだろ?!」
 ファルクスに真っ向から反対意見を出したのはウィリアだ。
「どれくらいの威力か分からないから、少しでも学園から遠い位置で爆発させるんだ!」
「だが……!」
 いつもは根性なしで通っているウィリアが、今回は語気も荒く猛然と食い下がった。
「俺たちが乗り込んで、制御を回復させれば…」
「制御を回復させるっていっても相手は新型蒸気列車だ。ここにいる、誰が確実に制御を回復させられるんだ?!」
 ファルクスはそういってマリーに顔を向ける。
 マリーは慌ててブンブンと首を横に振った。
「やればできるかも知れないけど、……自信なんてないよ。R系はよく分からない制御系使ってるらしいし」
「……と、いうわけだ。失敗して学園都市がメチャクチャになるよりは、今、ここで何とかしてしまった方がいい」

「ダメだよ」
 力説するファルクスの隣に、ふわりと小柄な影が降り立った。
 盲目にして、全てを見通す者。“千里眼”ジェルミー。
 どこから、いつやってきたのか? ジェルミーは体重を感じさせない動きで進み出ると、徐々に近づいてくる列車を指差した。
「乗客の退避と切り離しは成功したけど、機関部にまだ人がいる。……外に3人。中に4人。閉じ込められているみたいだ」
「じゃあ、どうすればいいんだよ!」
 そのファルクスの言葉に呼応するように、大空に舞い上がる1つの影があった。
 魔竜……、そして彼のリエラ、D・ドラゴンだ。

 同時に、マリーが乗ってきた蒸気自動車のエンジンが唸りを上げる。
「閉じ込められた人間は必ず助け出す! 後のことは任せた!」
 助手席に乗ったロキがそう言い残し、そして、マリーが操る蒸気自動車が土煙を上げながら爆走した。暴走列車の機関部目指して……


- 学園都市アルメイス 都市外周 -

 月明かりに照らされた静かな学園都市周辺の平原は、リエラの超常的破壊能力が嵐のごとく吹き荒れ、戦場さながらの朱色に染まっていた。
 この見晴らしの良い平原で、リエラの超常的破壊能力を制限するものは何もない。それは…、およそ戦いとは呼べぬ代物だった。
 引き裂かれた大地が人を飲み込み、竜巻が人を巻き上げ、鋼鉄の騎士が一撃で人を粉砕する。
 本気のフューリアと、正面からまともに戦える軍隊などこの世に存在しない。
 リエラとは神。そして荒れ狂う神の力の前に、人は抗う術もなくただ永々と地に伏すのみである。
 そしてなお悪いことに、学園都市防衛に当たったフューリアたちは全くの新兵だった。武装した軍隊を前に、彼らは恐れ、不安を抱き、極限まで自己の能力を解放したのだ。
 それは普段行われている制約に縛られた模擬戦とは比べ物にならない、純粋な破壊の力となって敵兵に襲い掛かり、この惨状を現出せしめたのである。
 1人、また1人と、精神力と体力を使い果たしたフューリアが力尽き、学園都市の防壁の上に崩れ落ちた。命に別状はないだろうが、彼らが次に目を覚ますのは2日先か、あるいは3日先か…。
 実戦経験を持ち、兵士としての訓練を受けたフューリアであれば、ある程度力を加減してもっと効率よく戦い、昏倒するまで精神力や体力を使い果たすことはなかっただろう。だが、彼らは兵士ではなく、学生なのだ。
 中にはもっと冷静に対処し、敵兵の捕縛や情報収集を行おうとした者もいたが、味方の広範囲攻撃に巻き込まれる危険を冒してまで戦場に飛び出すことはできなかった。


「…………」
 静まった平原に立つ1つの影。“不滅なる闇”の二つ名を持つシャザインが、静まり返った戦場を歩いていた。
 リエラによる破壊の爪痕が生々しく刻まれた平原は、驚くほど静かで、そして驚くほど何もない。
 草も木も、そして平原に現れた人影も、全てが幻であったかのように消え失せていた。
「まるで荒地だな…」
 低く呟いたシャザインは、ふと、何かを聞いたような気がして足を止めた。
 目を閉じて、辺りに漂う音に意識を集中する……
 やはり、何か聞こえる。
 シャザインは聞こえてくる微かな音を頼りに、荒れた平原を走り出した。
 声…… 苦しげな呻き声…… 人間だ!
 シャザインはその並外れた聴力を頼りに、戦場の端の端。わずかに草が残るかっての平原の名残に倒れ伏す人影、軍服姿の兵士を発見した。
「…おい、大丈夫か」
 シャザインは兵士を抱き起こし、軽く揺すってみる。
 反応は…、ほとんどない。兵士は繰り返し何かを呟いていた。
 シャザインは兵士の口元に耳を寄せると、その言葉を何とか拾い集めようとしてみる。
 だが、辛うじて聞き取れたのは「ラウラ」「イス」「ハル」の三言だけで、後は全く言葉になっていなかった。
「ラウラ……イス……ハル……」

 シャザインはすでに事切れた男を横たえると、今得た情報を何度も何度も繰り返した。
「ラウラ……イス……ハル……」

「ラウラ……イス……ハル……」

判定結果
○学園都市防衛隊 vs ●学園都市襲撃部隊


- R-500B 機関部 -

 ガラン! ゴロン! ロン!
 機関部の換気口から、派手な音をたてて何かが投げ込まれた。
 それは床に落ちると同時に、勢いよく白い煙を噴き上げる。

「何だ?」
 ゼロとランディスが反射的に白い煙を噴き上げる物体から飛び退った。
「こ、これは……催涙爆弾ですよ!!」
「……の、ようだな」
 ゼロは素早く交信状態に入ってクロウ・クルーウァッハを実体化させると、床に転がった催涙爆弾を包み込むようにリエラを展開させた。
 多少煙が漏れてしまったが、この程度であれば人体への影響はほとんどない。
 ゼロは額に浮かんだ脂汗を拭いながら、床に大の字に寝転んだ。ちゃんとした手順を踏まずにリエラを実体化させるのは、準備運動なしで6アーリス走るようなものだ、とはよく言われるが、催涙ガスで無理やり涙腺を刺激されるよりは…疲れた方がまだマシであるに違いない。
「済みませんね。僕のリエラは、こういう時には役立たずで。…大丈夫ですか?」
「訓練しだいでリエラへの交信時間は短縮できるらしいが、…今度、真面目に訓練することを考えた方がいいかも知れないな」
「まだそんなことをぼやけるのなら、もうひと頑張りできそうですね」
ランディスは寝転がったゼロに肩を貸して、ゼロをゆっくりと立ち上がらせた。
「突然、催涙爆弾が投げ込まれたってことは、外で何か大きな状況の変化があったと考えていいでしょう」
「まだしばらく交信を続けて下さいね。その間は、僕が責任持って守りますから」
「期待してる……が、早速お客さんだ」
 ランディスの肩を借りたゼロが、床の1点を指し示す。

 ブラックボックスの影になった床の一部が盛り上がり、黒い影に身を包まれた少女が姿を現す。リーネと、彼女のリエラ、ノーブルケイオスだ。
「あ、ちょ、ちょっと、何であなたたちがここにいるの…?!」
 ゼロとランディスに気付いたリーネが驚きの声を上げる。
 いつまで待っても換気口から吐き出されない催涙ガスに不審を覚えたリーネが、他の2人の反対を押し切って1人先行してきたのだった。
「…何だ、君らの仕業だったのか」
 ゼロは大きく息を吐くと、クロウ・クルーウァッハで催涙爆弾を包み込んだまま換気口に移動させ機関部の外へ排出した。
 そしてリエラの実体化を解くと、ランディスの肩から体を離して床に座り込んだ。
「さて。できれば我々は、外の状況を説明して欲しいのだが」
「ちょっと待って。その前に、外で待ってる2人に中の状況を説明してくるから」
そういい残してリーネが再び影の中に沈み、しばらくして再びゼロとランディスの前に姿を現した。

 リーネは、外にいる2人が何とか穏やかにこの鉄の扉を破る努力をすることを告げ、そしてかいつまんで現在の状況をゼロとランディスに説明した。
 学園側の作戦のこと…、武装集団のこと…、そして後部車両の切り離しが成功していること…。
「で、これがジェルミーの言ってたブラックボックス?」
一通り話し終えたリーネは、ブラックボックスに歩み寄り、指でちょいちょいとつついてみた。
「手を出すのは止めた方がいい。それは、爆弾だぞ」
「えっ…? 爆弾?!」
 リーネは思わず指を引っ込め、ゼロの顔をまじまじと見つめた。
「僕らは嘘をいってません。衝撃を与えると爆発して、……消えない炎で燃やされてしまうらしいですよ」
「なに? その消えない炎って?」
「さぁ。ネーミングについては、そこにいる兵士に聞いた方がいいですね。尤も、レイドベック公用語しか話せないみたいですが」
 ランディスは床に転がされている男を指差しながらそういった。

 ガン!
 と、その時。分厚い鉄を、鈍器で殴りつけるような鈍い音が機関部内に響いた。同時に微細な振動が走り、溶接された鉄の扉が内側に凹まされる。続けて、2撃。3撃……
「できれば、もう少し静かにやるように注意してくれるとありがたいんですが」
 ランディスの言葉にリーネは何回も勢いよくうなずくと、再びノーブルケイオスと共に影の中へ潜行したのだった……


- 学園都市アルメイス郊外 最終防衛ライン -

 暴走する列車の機関部でそんなやり取りが行われているとは露知らず、列車破壊の任についた学生たちは大急ぎで作業を進めていた。
 学園の手前2アーリスまで防衛ラインを後退させ、そこでレールを切断すると、ネジレッタのリエラ、アイアンジャイアントが巨大な穴を穿っていた。
 キョウジ、ルシアスの発案により、残った戦力で列車を冷気の力で攻撃し、その機能を停止させる作戦が急ピッチで進められていたが、もしもそれで止められなかった場合、この穴に落としてせめて爆破エネルギーを周囲に拡散しないようにしなければならない。

 これが、真の意味での最終防衛ラインとなる。
 新たな作戦の準備は整った。後は、ロキたちがうまくやってくれることを祈るしかない。


- 学園都市アルメイス郊外 -

 その背に魔竜を乗せ、月夜の空を飛行するD・ドラゴン。
 だが、その魔竜の横には招かざる客が腰を下ろしていた。“正義構築者”トリプルJである。
 魔竜がリエラを実体化し、列車に向かって飛び立ったその直後、驚くべきことにトリプルJが物干し竿を使い、棒高跳びの要領でD・ドラゴンに飛び乗ったのだ。

「驚くべき放埓者だな。断りもなく俺のリエラの背に相乗るとは」
「細かいこと気にするなよ。機関部に乗り込むつもりなんだろ? 俺も付き合わせてもらうぜ」
 トリプルJの申し出に、魔竜はその眼鏡の奥で金色の瞳をわずかに細める。
「それは構わないが、俺の邪魔だけはしないようにしてもらいたいものだ」
「俺の目的は、黒い箱を確保、鑑定し、公国の仕業であると言う物証を得ること。それに仇なす行為を行うつもりがあるなら、…悪いことはいわん。今すぐ降りた方がいい」
(だから、他の連中が列車を攻撃して爆破しよう、と言い出したら、慌てて飛び出したのか)
 魔竜の言葉にトリプルJは1人納得すると、魔竜に向かって大きくうなずいた。
「俺はみんなの仕事がやりやすくなるように、爆弾を解除して無力化したいだけだ。ブラックボックスに興味はないし、解除が終わったら確保するなり、鑑定するなり、好きにしたらいい」
「ま、それはともかくとして、どうやって機関部に乗り込むつもりだ? まさか、……リエラを実体化させたまま飛び移るつもりなんじゃ…」
「そんな自殺行為はしない」
 魔竜の言葉にトリプルJはホッと胸を撫で下ろすが、次の言葉を耳にしてサッと顔色が変わった。
「D・ドラゴンで屋根を引き剥がす」
「お、おいおい。ブラックボックスは衝撃を与えたら爆発するんだろ?」
「激しい衝撃、ならな。D・ドラゴンはそんなに不器用ではない」

 ムチャクチャだ。

 自信たっぷりに答える魔竜の姿に、トリプルJは心の底から不安を覚えずにはいられなかった。
 魔竜のいう通り、早めにD・ドラゴンから降りた方がいいのかも知れない。
 ここに来てトリプルJは、魔竜のD・ドラゴンに飛び乗ったことを後悔し出したのだった。


- 学園都市アルメイス 時計塔前広場付近 -

 深く、静かな夜。寝静まった学園都市を学園校舎施設に向けて走る人影があった。
 seintoとラムスールである。
 2人はこの暴走列車と学園都市強襲という一連の流れの下に、何か別の目的があるのではないか…と薄々考えていた。
 そう。具体的にいえば、これは一種の陽動作戦なのではないか、と考えていたのだ。
 暴走列車の一件にしても、本気で成功させるつもりなら暴走などさせずに学園都市に近づき、もうどうにも止められない距離になるまで正体を隠していた方がはるかに成功率は高い。
 学園都市襲撃にしても、どうして堂々と平原に姿を現したのか気にかかる。第一、本気で学園都市を制圧するには、いくら何でも人数が少なすぎた。
 そう考えると、どこが仕掛けてきたのかは知らないが、余りに「本気」が感じられない。
 と、すれば、やはりこの2つは陽動なのだ。

「敵の狙いは…、学長か? それとも、マイヤ…か?」
 seintoが隣を走るラムスールに呼びかける。
 学園都市アルメイスの学長は、代々皇帝家から輩出され、学園ばかりかこの学園都市自体の運営まで任される最重要人物である。そして、マイヤはそれを補佐する双樹会の会長。この学園都市で上から2人重要な人物を挙げるのなら、まず間違いなくこの2人がそうであった。
「マイヤだな。俺の勘だと」
「まぁ、どっちにしろ……」
 そう。どちらにしろ、学園校舎施設に行けば問題ない。学長とマイヤは、学園校舎施設の学長室で報告を待っていると、事前にそう伝えられていたのだから。


 それと同じ頃。
 学園の中央付近、時計塔前広場にあるベンチに座り、ナターシャが上がった息を整えようとしていた。
 彼女はその病弱故に戦闘の過負荷に耐えられず、戦線を抜け出して静かな場所で休息を取っていたのだ。
「大丈夫…ですか?」
 1人で満足に歩くこともできないほど消耗したナターシャに肩を貸し、ここまで付き添ってきた小夜が懐からハンカチを取り出し、ナターシャの額に浮かんだ汗を拭ってやった。
「済まない…」
 言葉少なげにナターシャが謝る。
「…………」
 小夜は何もいわずハンカチをしまい、ナターシャの隣に腰を下ろした。
 空を見上げると、満天の星空が広がっていた。さっきまで戦っていたのが、まるで嘘だったかのように涼やかな空だ。
 と、その空を過ぎる影。
 影は時計塔前広場に腰を下ろす2人を発見すると、まるで滑るように地上に降りてきた。対策本部と戦場のパイプ役となり、空を駆け回っていた“銀の鍵”リディだ。
「どうしたんですか、ナターシャさん? 顔色悪いですよ」
 リエラの実体化を解いたリディが2人に歩み寄り、ナターシャの顔を覗き込みながら心配げに話しかけた。
「大丈夫。心配するな……すぐ治る」
 ナターシャが気丈に微笑み返す。
「ところで、戦闘はどうなった? まだ続いているのか?」
「あの、もう終わりました。敵もいなくなりましたし、みんな疲れて眠っています」
「そうか……」
 リディの言葉に、ナターシャは安心したように目を閉じた。
 心地よく冷たい風がそよそよと流れる。

 と、その風の中に、ナターシャは微かな異音を聞いた。
 静かな足音。静かな息遣い。忍び寄る、人の気配。
「誰!」
 ベンチから立ち上がったナターシャは、周囲を見回しながら誰何の声を上げた。
答える声はない。誰だろう……学生なら、姿を隠す必要はないはず。
 もしかしたら、学園に工作員が潜入したのか…?
「小夜、あの茂みを!」
 小さくうなずいた小夜は、手にしたフック付きロープからフック部分を外し、それをナターシャが指し示した茂みに投げつける。
 フックは何に当たったのか、乾いた音を立てて弾かれ地面に転がった。
 ナターシャ、小夜、リディの3人が身構える。

「……良い耳をしているな、娘」
 ざわ… ざわ…
 先程まで穏やかに流れていた風が突然ざわめいた。
 銀色の月の光に照らされる時計塔前広場。木陰の中から、敷き詰められたレンガの床に足を踏み出したのは、腰まである長髪に、焦茶色の軍用コートを着た男だった。
「だが…その良い耳のために、命を落とすことになる」
男は冷たく言い放つと、腰のサーベルをスラリと引き抜いて歩を進めた。
「くっ…!」
 3人は武器になりそうなものを探して、慌しく周囲に目を配らせる。が、そんな都合のよいものがそうそう転がっているはずがない。
「私が、リエラを呼びます」
 ジリジリと後退しながら、小夜がナターシャにそう耳打ちする。
 フューリアの能力を極限まで使用すれば、一瞬でリエラを呼び出すことも不可能ではない。しかし、これを行うと体力のほとんどを消耗してしまい、長くリエラと交信できないというデメリットも存在する。
 状況的に見れば、誰かがリエラの力を行使しなければ切り抜けられない局面ではあったが、ナターシャやリディは最前までリエラと交信しており、特にナターシャは体力的にこの荒業を使用するのは不可能だった。
 と、すれば自分がやるしかない。
 小夜は目を閉じて交信状態に入ると、無理やりリエラを実体化させた。リエラの実体化に伴い、頭の中に不協和音が鳴り響き、急速に体力が奪われていくのを感じる。
 それと同時に、彼女の眼前に透明な液体が収束して猫の形を象った。

「リエラを呼んだか…」
 男は動じた様子もなく、サーベルを目の高さに水平に持ち上げ、逆手をサーベルの刀身に添えて目を閉じた。
「セルクルカ!」
 小夜が叫ぶと、液体の猫が形を変え、槍のように細長く伸びて男の胸を刺し貫こうと迫る。
 セルクルカの攻撃に、男は眼前にサーベルを振るった。その刃の軌跡から、輝く水が溢れ出し紗幕を作り出す。細く伸びた槍は、その軌跡から生み出された輝水の紗幕に跳ね返されてしまった。
「ま、まさか! リエラ?!!」
 ナターシャが驚きを隠せない声で叫ぶ。
 当たり前だ。リエラとはフューリアだけが交渉を持てる存在。そして、全てのフューリアはこの学園の仲間のはずなのだから。
 薄い水の紗幕の向こうで、男が口の端を歪ませた。
「…そうだ、リエラだ」



 魔竜の乗るD・ドラゴンが列車の屋根に爪をかけ、ギリギリと列車の屋根を引き剥がしにかかっている。
 高速で併走しながら、更に衝撃を与えないように丁寧に引き剥がさなければならない。どう考えても、それはかなりの離れ業だ。

「無茶をする!」
 揺れる車体の助手席で、ロキが小さく舌打ちする。
 蒸気自動車は、ようやく機関部を射程内に捕らえつつあった。
「ところで、どうするの! ロキ!」
 性能限界ギリギリの速度で爆走する蒸気自動車を巧みに操りながらマリーが叫ぶ。
 もうすでにサスペンションがいかれてしまったのか、ちょっとした段差にもガタン、ガタン、と車体が激しく揺れる。
「列車の後に付けてくれ!」
「りょーかいッ!!」
 マリーがグイッとハンドルを切り、蒸気自動車は飛び跳ねながら列車の後方に滑り込み、レールの上にタイヤを乗り上げた。
 ボウン!!というもの凄い音がして、今までになく車体が大きく飛び跳ねる。
「そいやッ!!」
 マリーが華麗なテクニックで車を枕木に乗せると、そのままスピードを上げて列車にグングンと迫る。マリーお手製の改造蒸気自動車は、彼女とロキの要求によく応えていた。

「お、おい。アレ!」
 機関部の後方に顔を出し、蒸気自動車で迫るロキを発見した鷹那城静輝が驚きの声を上げる。
 鷹那城静輝は中へ向かって声をかけ、虎夜多、リーネ、そしてゼロとランディスが姿を現した。
 マリーが急いで蒸気自動車を機関部の破壊された連結部にピッタリと貼り付ける。もの凄い運転技術だ。
「飛び移れ!」
 ロキが立ち上がってそう指示すると、鷹那城静輝、虎夜多、リーネ、そしてランディスが飛び移った。
 ロキは彼らを空中で受け止めて支えると、後部座席とエンジン部の隙間に次々と彼らを押し込んだ。元々個人用でしかない蒸気自動車は、たちまち足の踏み場もない程人で溢れかえる。
「どうした、ゼロ! 早くしろ!」
「いや、俺はダメだ」
 ゼロの意外な言葉にロキが言葉を失った。
「そこは満席だ。それに……」
 ゼロが天井を指差す。丁度、器用に屋根を剥がし終えたD・ドラゴンから、魔竜を背負ったトリプルJが飛び降りる所だった。
「あの連中の面倒をみてやらないとな」
「馬鹿を言うな! すぐにもリエラの攻撃が始まる。確実に巻き込まれるぞ!」
「そうか。リエラで攻撃するのか。……なら、なおさら見捨てられんな」
「ロキ、頼みがある。俺があの連中をここまで連れて来るから、後ろを切り離してくれ!」
 ゼロはそういい残すと機関部の奥へ消えていった。
「………マリー。車を列車に横付けしてくれないか?」
 ほんのわずかな間、ゼロの後姿を見送ったロキは苦しげな声でマリーにそう伝えた。


- 学園都市アルメイス 時計塔前広場付近 -

「こんな所で、何をやっているんですか?」
 突然の声に、seintoとラムスールが思わず足を止めた。時計塔前広場を少し過ぎた辺り、学園校舎施設に続く橋の上。声の主は、…マイヤだった。
 双樹会会長、マイヤが、いつになく緊張した面持ちで走ってくる。あのマイヤが走っているのだから、余程の緊急事態なのだろう。そして、マイヤの隣には黒髪の少女、エリスの姿があった。

「会長、あなたの護衛に来たんだ」
 いささか毒気を抜かれたようにラムスールが答える。
「僕の? 僕なら大丈夫です。それよりも、学園に敵が侵入しました」
「敵は二手に分かれて、研究施設と学園校舎施設に向かっています。学園校舎施設を目指していた男は、今、時計塔前広場で、数人の学生が食い止めてくれています。君たちも僕と一緒に、時計塔前広場に来て下さい」
「でも、研究施設の方は?」
「研究施設の方には、寮長を始め寮に残っていた生徒たちに行ってもらいました。多分、大丈夫でしょう」
 マイヤはそういって走り出した。
「急ぎましょう。時計塔前広場の敵は強敵です。心して下さい」


「ハァーーーッ!!!」
 大きく息を乱した小夜が、再びセルクルカを槍状に変形させて男を攻撃する。
 が、攻撃はまたも無駄に終わった。
 男がサーベルで描く軌跡。そしてそこから溢れ出す輝水の紗幕に防がれ、セルクルカは弾かれて形を失う。
 男の防御術は完璧だった。
 小夜が、そして小夜が時間を稼いでいる間にリエラを実体化させたリディが、いかに攻撃を仕掛けようと、男は最小限の動きでガードしてしまう。
 こうなったら、リエラの技を使用するしかないのだろうか?
 小夜はブンブンと頭を横に振って、その考えを頭から追い出した。それはできない。勿論、体力的な問題もあるが、根本的な問題は相手もフューリアであるという事実だ。
 認めたく、そして信じたくないことだが、相手もフューリアであるならリエラの技を使用することは相討ちを意味する。
 リエラの超常的破壊能力は、本来の能力とは別に「技」という形で解放され、その神のごとき力を発揮するのだが、フューリアに形成される力場はそのリエラの攻撃を完全に防いでくれるわけではないのだ。
 こちらが技を使えば、相手も即座に技を使うだろう。そこに待つのは互いの破滅。下手をすれば、今戦いに参加していないナターシャを巻き込んでしまう可能性もある。
 そうなると、技を使用せずにリエラの特殊能力を駆使した、フューリア本来の戦闘力で戦うしかないのだが、その戦闘力は相手の方が一枚も二枚も上手だった。

「そらッ!」
 男がサーベルを水平に振り抜き、その軌跡から生まれた輝水が放射状に広がって木々を打ち抜きなぎ倒す。
 小夜はセルクルカで氷の盾を作り出して身を守り、同じくリディもニャーを楯状に変化させてナターシャと自分を防御した。が、すでに疲労が足に来ている小夜は、その攻撃を受けきれずに吹き飛ばされてしまう。
 男が小夜に向けてサーベルを振り下ろそうとしたその時、時計塔前広場に飛び込んだ1つの影が男を攻撃した。
 白刃が煌き、鋭い斬撃が男の腹部を狙う。
 男はサーベルを立てると、その横なぎの一撃を受け止めて後へ飛び退った。
 リエラと交信しているとは、到底思えない運動能力である。
「おい、大丈夫か?」
 その隙に男と小夜の間に割り込んだseintoとラムスール、そしてマイヤが、倒れた小夜を起き上がらせる。
 外傷はない。単に、疲れているだけだ。
「……チッ。また、ゾロゾロと出てきたな」
 男が憎々しげに舌打ちする。
「単身潜入とは、随分と甘く見られたものです。……あなたが、レイドベック公国をそそのかしたのですね?」
「そそのかした? 下らないな。風はどこにでも吹くし、水は……どこにでも流れるものだ」
 そういいながら、男がわずかに後退る。
「エリス!」
 マイヤが叫ぶよりも数瞬早く、エリスが再び白刃を煌かせる。
 と、男が身を沈めて迫り来る白刃を交わすと、サーベルを水平に払いつつ跳躍した。
「ちぃ……ッ!」
 エリスが振り向きざまに手にした片刃剣を投げる!
 だが、男の姿はすでにそこにはなかった。男は放射状に伸びる輝水の上に乗り、もの凄いスピードで時計塔前広場を離脱していたのだ。

「あれが、水のアークシェイル…」
 エリスは男が消えた方角を見つめ、そして白くなるぐらいに拳を握り締めたのだった。

判定結果
○ナターシャ、小夜、リディ、ラムスール、seinto vs ●謎の男


- R-500B 最後の一幕 -

 魔竜を背負ってD・ドラゴンから飛び降りたトリプルJは、猫顔負けの軽業で音もなく機関部に降り立った。しかも、D・ドラゴンに飛び乗るのに使用した物干し竿も忘れていない。
 機関部には問題のブラックボックスと、荒縄で縛り上げられた軍服姿の男が2人転がされていた。
 トリプルJの背から下りた魔竜は、リエラの実体化を解いて交信を解除する。どうせこのブラックボックスを運ぶ時は、再びD・ドラゴンを実体化しなければならないのだが、大型のリエラであるD・ドラゴンとの交信は通常のリエラの何倍も体力を消耗してしまう。
 解除にどれくらいの時間がかかるか分からないが、目処が付いてから交信した方がいい。
「これが件の黒い箱か」
「おいおい、調べるのは後だ。まずは解除しなきゃ」
トリプルJが機関部に転がっていた、メンテナンス用工具箱の中から適当な工具を見繕いながらそういった。
「本当に解除できるのか? 壊すんじゃないだろうな」
 魔竜が少し身を引きながら、まじまじとブラックボックスの外観を眺める。
 見た目は……ただの鉄製の箱だ。外からはほとんど何も分からない。だが、これは……
 魔竜はその箱に指で触れてみる。肌触りは驚くほど滑らかだった。
 鉄の精錬技術もさることながら、高度な精製技術がなければ、これほど滑らかな鉄の箱は製作できない。レイドベック公国の仕業かと思っていたが、果たしてあの国にこんな技術があるのだろうか…。
「何なのだ、この箱は…」

「永遠の炎だ」
 魔竜の言葉に答えるように、ゼロが姿を現した。
「コードネーム、永遠の炎」
「永遠の、炎……?」
「それより、何をしているんだ?」
「何って……」
 ブラックボックスの解体に取り掛かろうとしていたトリプルJが手を止めてゼロを見る。
「爆弾の解除だ」
「最新科学便覧を見ながら? ただの爆弾ならともかく、仮にも公国の秘密兵器をか?」
「公国の秘密兵器であるなら、なおさら確保しなければならん」
 ゼロは食い下がる魔竜を一瞥すると、懐から一枚の紙切れを取り出して魔竜に渡した。
「そこの連中が持ってたメモ用紙だ。この箱のこととか、何か色々書いてある。そいつで我慢しておいた方がいい。……ロキに聞いたんだが、もうすぐリエラの攻撃が開始されるそうだ」
「俺たちがいるのにか?」
「ああ。すぐにも、だ」
 本当のところ、自分たちがまだいるのに攻撃が仕掛けられるかどうかは分からなかったが、ゼロは敢えてそう言い切った。
「仕方ない、脱出だ!」
 トリプルJは立ち上がりゼロの言葉にうなずくと、まだ不満そうな顔をしている魔竜を引っ張って機関部の出口へ向かった。
「おい、これを持ってけ」
 ゼロがトリプルJの持ってきた物干し竿を放り投げる。
「何に使うんだ、こんな物……?」
 トリプルJが怪訝な顔をしてそれを受け取る。
「よし、いいぞ!! ロキッ!!」
 それを確認したゼロが、大声で叫んでロキに合図を送った。いくら屋根がなくなっているとはいえ、普通に考えればロキにゼロの声が届くわけがない。だが、ロキはゼロの声を聞いた。
 すでにリエラ、ハティを実体化させていたロキは、ハティの能力『月喰らい』で機関部の後部の一線を削り取った。

 機関部の後部と前部が綺麗に切断され、重心を失った前部が前のめりに倒れ火花を散らしてレールを滑りながら減速する。
「メチャメチャするな、アイツも!」
 トリプルJは後部が前に倒れて投げ出されるよりも早く、手にした物干し竿を壁に突き立てて支えにすると、角度のついた後部車両を滑り落ちないように体を固定した。
 魔竜もトリプルJが突き立てた物干し竿に掴まり、何とか滑り落ちるのを免れている。


「さて、次は俺の番か」
 2人を見送ったゼロは目を閉じて交信状態に入ると、ゆっくりとクロウ・クルーウァッハを実体化させるのだった。


「駄目だ! これ以上は危険だ!」
 最終防衛ラインで攻撃命令を待っていたフューリアたちは、リエラに命じてその恐るべき冷気の力を一斉に解き放った。
 列車の表面が一瞬にして凍りつき、吹き上げる蒸気は奇妙な形の氷柱に変わる。
 だが、列車の心臓部、蒸気機関を完全に止めることはできなかった。
 衝撃を与えたら爆発する、という警告が、無意識にリエラのパワーを減じさせていたのかも知れない。
 列車はゆっくりとレールを進むと、ネジレッタが作った大穴に落ち、そして……

 爆発した。


…………
……
「おい、ゼロ。生きてるか?」
 ゼロは肩を揺さぶられるのを感じて、ゆっくりと目を開けた。
 空には満天の星空が広がっている。そして、その空を赤く染める炎……
 大穴の中で列車が燃えていた。いや、それはすでに列車と呼べる形状をしていなかったが。
 一歩間違えば、あの燃え盛る炎が自分の送り火になったかも知れない。
 最後の瞬間、ゼロは自分のリエラ、クロウ・クルーウァッハに包まって脱出したのだ。
 耐久力、そして対衝撃に優れたクロウ・クルーウァッハでなければ、あるいはダメだったかも知れない。
「お前のせいで酷い目にあった」
 ゼロは交信を解くと、ロキにぐったりともたれ掛かった。
「また、貧乏くじだ」
「今回、俺は何も関係してないんだがな」
 ロキはゼロに肩を貸すと、2人でゆっくりと歩き出した。
「あの捕まえた連中には悪いことをしたな。助けてやれなかった」
「連中?」
「……何でもない」
 目を開けて空を見上げたゼロは、もう一度だけ同じ言葉を繰り返した。何でもない…と。


 かくして、暴走列車に始まる一連の事件は終わった。

 列車の暴走を引き起こし、学園都市を混乱におとしめたレイドベック公国。
 シャザインが聞いた謎の言葉「ラウラ……イス……ハル……」。
 学園に潜入した、リエラと交信する力を持つ謎の男。
 本当に新型爆弾は、レイドベック公国が作り出したものだろうか?

 それらは、また別の話で語られることがあるだろう。今は、これで……