激闘! 紅白対抗修学旅行
 学園生活の思い出に上げられる様々な行事。
 その中でも、『修学旅行』はメインイベントの1つと言って良いだろう。

 この学園都市アルメイスにも、当然ながら修学旅行は存在する。
 だが、アルメイスの修学旅行は、普通の学校におけるそれとはやや異なる点があった……。

 ここは学食。里帰りから戻ってきたリッチェルが、ネイと話している。
「修学旅行は全学年参加、ですの? 変わってますわね」
 不思議そうに尋ねるリッチェルに、ネイがサラダを食べながら頷く。
「別に不思議じゃないよ〜。普通の学校だと、学年によって『宿泊学習』とか『社会見学』とか名前が違うじゃない。ここは単純に、全学年統一で『修学旅行』って言う名前なだけ。やる期間も一応一緒」
 リッチェルもサラダにフォークを伸ばしながら、更に疑問をぶつけた。
「でも、全学年参加なら、その間学園に生徒はいなくなるのですの?」
「んなことないよ。だって、修学旅行は参加しなくてもいいんだもん」
 アルメイスの修学旅行は基本的に全員参加する事になってはいるが、事情が有れば届けを出して参加しない事も出来る。アルメイスには多種多様な生徒達が集まっているので様々な事情も存在し、毎年それなりの数の不参加者が存在するのだ。既に今年も、体調不良を理由に、フランが修学旅行を休むという噂がある。
「リッチェルもあと半月帰ってくるのが遅かったら、不参加だったと思うよ〜」
 ネイの言葉に、リッチェルが呟いた。
「ネーティアさんと一緒の旅行なら、参加できない方が良かったかもしれませんわ……」
「え、なんか言った?」
「何でもありませんわ。ところで……」
 話題を変えようと、リッチェルはネイに尋ねる。
「去年の修学旅行はどんな感じでしたの?」
「うーん。私は去年リットランドに行って、歴史の勉強と見学がメインだったかな。あ、そうそう」
 ネイが思い出したように手を叩く。
「体力増強の実地訓練とか言って、森の中で1日掛けてハンティングをしたなぁ。地図を持って、各ポイントを回りながら兎とかを狩るやつ。あれは疲れたよ〜」
「ふーん。体力が有り余ってるネーティアさんでも、疲れる事がおありにあるのですのね」
 リッチェルは皮肉っぽくそう言うと、ネイは手をひらひらさせながらそれを否定した。
「あー、リッチェルもやってみなよ。ハンティングのゴール地点で教官と模擬戦とか」


 そして、ついに修学旅行の日程が発表された。その発表を見た生徒達は一様に驚きと期待の声を上げる
「おい。聞いたか?」
「ああ、微妙な場所を選んだな……」
「自由時間、どれくらいあるんだろうな」


 掲示板に発表された日程には、次のように書かれていた。

 ・修学旅行は「紅組」と「白組」の2つに分かれて行う。
 ・目的地は、城砦都市イミール。歴史的施設の見学、および、実地訓練を行う。
 ・参加者は男女の区別無く、どちらの組で参加しても構わない。宿泊施設および汽車が違うのみで、内容は変わりない。
 ・期間は7泊8日(移動の車中泊含む)。「移動→施設見学→実地訓練→自由時間→帰還」の予定(変更あり)。


 その日から、生徒達は修学旅行の準備であわただしく動いていた。
「にゅふふ。きょうからもうずっとわくわくだよ〜」
 マリーの所に遊びに来ていたレダは、そう言って満面の笑みをみせる。どうやら、彼女は修学旅行を心待ちにしているようだ。
「で、マリーはどっちでいくの?」
 にこにこ笑顔のまま、マリーに尋ねるレダ。
「あ、わたしはもう白組参加で決定よ」
「何で?」
 レダが尋ねると、マリーはあっけらかんと答えた。
「ほら、私、白が好きだし」
「そうなんだ〜。ボクは紅組〜。にゅふふ」
 そういうレダの笑顔を見ると、本当に修学旅行が楽しみなのだろうなと感じさせる。と、マリーはレダに尋ねた。
「レダ。自由時間は何するか決めた?」
「えっと、近くに何だかじょうきで回るすっごく高いのりものがあるから、そこに行くんだよ〜」
 イミールの東側の山脈にほど近い地域は、大きな公園となっている。そこの目玉は、蒸気で回るすごく高い乗り物、すなわち『観覧車』。観光資源にやや乏しいイミールにとっては、押さえておきたいスポットの一つである。
「あー、あそこは私もいくつもり。あれって蒸気機関の最新技術が盛り込まれているって話だし、押さえておかないとね」
 マリーも別の意味で観覧車に興味がある様で、笑顔でそうレダに返す。
 と、ふと、思い出した様にレダが不思議そうな顔で尋ねた。
「そーいえば、ネイとかキックスは自由時間にさとがえりって言ってたけど、さとがえりって何?」
「生まれた家に帰る事よ。レダにもあるでしょ? リットランドに生まれた家が」
 マリーのその言葉に、レダはアルファントゥに抱きつきながら尋ねた。
「アル〜。ボクにも生まれた家ってあったっけ?」
 しばらくの沈黙の後、レダは突然怒り出す。
「それも思い出してほしいんだって! アルのけち〜」
 マリーはそんな様子に苦笑しながら、レダを見つめた。


 その2人、ネイとキックスは修学旅行の行き先がイミールと聞いて、学食で珍しく喧嘩をしていた。
「……俺は絶対にいかないからな!」
「なんで〜? 自由行動なんだよ? 里帰りしないの?」
「出来るか! そもそも、どの面下げてイミールに行ける? お前、そんな事もわかんねぇのか!」
「でも……それでも! キックス、帰りたくないの?! わたし……」
 ネイがそう言った途端、キックスは食堂のテーブルをバン! と叩いて立ち上がると、何も言わずにそこを立ち去る。それと入れ替わりに、リッチェルがそこへ現れた。
「ネーティアさんは、時々そう言う無神経な所がありますわね。小さい頃から、わたくしもそれで結構泣かされましてよ」
 リッチェルの言葉に、ネイは黙っていた。
「今はキリツさんの事は放っておいても良いのではなくって? たまには距離を置く事も必要なのではないかしら」
「……うん。今回はそうする……」
 リッチェルがそう言うと、ネイは珍しくしおらしい声でそう頷いた。と、リッチェルが声をひそめる。
「ところで、ネーティアさん。こんな噂は聞きまして?」
「……え? あ、謎の空飛ぶ物体が、イミールに出没してるって噂? 聞いたよ。なんか、羽の生えた動物みたいだって」
 ネイがそう答えると、リッチェルは悔しそうに言った。
「これでネーティアさんをギャフンって言わせられると思いましたのに。残念ですわ」
 そんなこんなで、結局修学旅行はネイが紅組、リッチェルは白組に参加する事となる。また、キックスは不参加と言うことになった。


 こうして準備は進み、修学旅行の日が迫る。
 生徒達は期待に胸をふくらませ、その日が来るのを今か今かと待っていた。

 “黒き疾風の”ウォルガは、修学旅行に参加するにあたってこんな決意を立てていた。
「『参加する事に意義がある』と言うのは、前向きに見えるが実は後ろ向きの発想だ! 参加するからには、勝利の二文字を手に入れる!」

 修学旅行は、学校行事の中でも思い出に残るイベントである。
 だが、学園都市アルメイスは、そんな行事にも戦う事を要求した。
 繰り返されるそんな戦いの中に、生徒達が何かを見いだす日は来るのだろうか……


■旅立つ前に■
 修学旅行は、学校行事の中でも思い出に残るイベントである。そんなイベントには自分の大切な人と参加したいというのは、自然な感情だろう。
 “怠惰な隠士”ジェダイトも、そんな思いでクレアの元に向かっていた。
(出来れば、同じ組になりたいしな)
 ジェダイトが期待と共にクレアの元に着いた時、“緑の涼風”シーナもそこにいた。
「クレアさん。修学旅行、どっちで行くか決まった?」
 シーナが尋ねると、クレアは元気なさげに首を振った。
「うーん。ちょっと今回は休もうと思うんだ。こんな状態で行っても……ね」
 列車強盗の影響か、クレアは急遽修学旅行を休む事にしたようだ。連鎖的に、ルーも休むらしい。と、ジェダイトがクレアに尋ねる。
「それなら仕方ないな。お土産を買ってくるよ。何かリクエストはあるかい?」
「あ、じゃあ、変わったお菓子とかあったら買ってきて!」
 屈託のないクレアの笑顔を見て、ジェダイトは頷く。
「任せとけって」

 “のんびりや”キーウィは放課後にキックスの元を訪れていた。
「……キックスはん、おる?」
 恐る恐る天文部の扉を開けると、意外な事にそこには先客が来ていた。
「……なんだ?」
 やや不機嫌そうに言うキックス。その前にいた先客は“闇司祭”アベル。その様子を見たキーウィは、先にアベルと話すようにキックスへ言った。
「……私もつい先程来たばかりなのだがな」
 譲られたアベルはそう言うと、早速キックスへ言う。
「今度の修学旅行の際に、私は自由時間で宗教施設を回ってくる予定でね。ついでといっては何だが、君の姉上の墓前供養をしてきたいのだが?」
 アベルは“闇司祭”と呼ばれているだけあって、見た目を含め日常が宗教的である。なので、彼がそう言うのはある意味当然なものと言えるだろう……普通に考えれば。
「先の事件で安息が妨げられてしまっただろ? 場所を教えて貰えると、手間が省けて助かる」
 そう言うアベルの言葉に、キーウィはこれ幸いと話に入る事にした。実のところ、キーウィの目的も、アベルのそれと同じだったのだ。
「ウチのお節介かもしれへんけど……キックスはんは一度気持ちをゆっくり整理してみた方がエエと思うねん。その為にっちうのも変やけど、お姉ちゃん宛に手紙を書いてみたらどうやろか?」
 そう言うキーウィ。だが、キックスの答えは単純なものだった。
「……てめぇらに教える気はねぇ。帰れ」
 静かに言うその言葉は、怒りに満ちていた。それを感じ取った2人は、これ以上の長居は無意味だと悟る。
「……怒らせてしまった事、無神経に言うてしもうてゴメンな」
 キーウィがそう謝り、2人は天文部を後にする。と、アベルが足を止め、振り返って
部室の扉を見た。
(……目的は果たせなかったが、キリツの感情の高ぶりはこの目で見る事が出来た。彼なら、感情を爆発させる事も可能だろうな……)
「その時に、フューリアはどうなるのだろうな。ククク……」
 アベルの口から邪なる含み笑いがこぼれる。

 “貧乏学生”エンゲルスは、ランカークの元を訪ねていた。昨今のランカークは疑り深くなっていたが、エンゲルスは今までの実績がものを言ってか、話だけは聞いて貰える事となる。エンゲルスは早速、こんな提案をした。
「ランカークさん。フランさんに修学旅行のお土産をプレゼントすれば、修学旅行に行かないフランさんは喜ばれるのでは?」
「……ふむ。言われてみればその通りかもしれんな」
 先の列車強盗で、ランカークもまた荷物を盗まれていた。その荷物はフランへの贈り物である事は、既に知られている所である。
「……ここでだめ押しにもう一つプレゼントを贈れば、レディフランも……」
 ランカークの皮算用専門計算機は、その提案に賛成する事をはじき出した。それを聞いたエンゲルスは、更に提案を続ける。
「僕は貧乏で修学旅行には行けないので購入のお手伝いは出来ないのですが、いくつかお土産候補をピックアップしてみました。イミールは交易商人に開放されているとの事で、ギルセア公国経由の舶来品など如何でしょうか?」
 エンゲルスの言葉に、ランカークは軽く感嘆の声を上げた。
「ほう……。既にそこまで調べをつけてあるのか……」
 ピックアップしたリストを受け取り、ランカークはエンゲルスを下がらせる。扉から出て行くエンゲルスを見ながら、ランカークは影に控えていた従者に言った。
「……お前もあそこまで気配りが出来ればな」
 従者は、その言葉に畏まるしかなかった。

 “混沌の使者”ファントムは、今回の修学旅行で心配な事があった。
(サリーを1人で行かせるのは……)
 ファントム自身は、諸事情で修学旅行には参加しない。だが、彼の妹である“硝子の心”サリーは参加する。兄として、妹が1人で行動するのは心配なのだ。
(……でも、いつまでも過保護でいても仕方がないか)
 熟考の後、ファントムは決心を固めた。
「誰かにサリーと行動してくれるように頼みましょう」
 ファントムがそう考えた時、真っ先に思い出したのはレダだった。
(明日、見送りの際に頼んでみましょう)

 そして、いよいよ出発の日となる。


■修学旅行・1日目■
 当日の朝、ファントムは妹のサリーと共に早速中央駅に向かった。今回の修学旅行は中央駅集合、中央駅解散なのだ。
「兄さん。レダさんって、姉さんに似てるんだよね」
 駅でレダを待ちながら、サリーがファントムに尋ねる。ファントムはそれに黙って頷いた。
(思い出して、泣かないようにしないと……)
 サリーがそう心に決めた時、そこに元気な声が響いた。
「あ、ファントムだ〜。やっほー!」
 その言葉に、ファントムも軽く手を振って挨拶する。いつものようにアルファントゥに乗って、レダがやってきたのだ。その背中には大きなリュックサック。旅行の準備は万端のようである。
「おはよ〜!」
 近くまで来たレダは、改めて元気に挨拶をした。ファントムは、早速レダに事情を話し、サリーの事を頼む。
「妹の事をお願いできないでしょうか」
 すると、レダはあっさりと快諾した。
「いいよ〜。サリー、よろしく〜」
「……サリー、挨拶は?」
 ファントムがそう言ってサリーの方を見る。サリーはというと、挨拶をするのも忘れてファントムとレダを見ていた。
(兄さんとレダさん、本当に仲が良いんだ……)
 軽く嫉妬しているサリーにファントムが何度か呼びかけ、サリーはようやく挨拶をした。
「じゃ、いこ? サリー」
 レダがそう言ってアルファントゥが歩き出そうとしたその時、誰かがレダを呼び止める。
「ちょっと待ってや〜」
 レダ達が振り向くと、そこにいたのは“笑う道化”ラックだった。
「あ、ラック〜。やっほー! どうしたの?」
 レダが尋ねると、ラックは早速アルファントゥに言う。
「あんな〜。アルファントゥ。人に驚かれるかもしれへんから、もし大きさとか変えられるなら、ちょっと小さくなった方がええんちゃう?」
 エリアからしてみれば、リエラは「人知を超えた力を持つ、畏怖すべき存在」である。自存型リエラの場合は、特にその認識は強い。ましてや、修学旅行はリエラに関して比較的寛容なアルメイスを出るのだ。なので、出来る限り気をつけようと、ラックはレダとアルファントゥに注意を促した。
「じゃ、小さくなるって〜」
 レダはそう言うと、アルファントゥから降りた。その次の瞬間、アルファントゥは自らの体長を変え、小型犬並みの大きさになる。
「じゃ、早速行こう〜!」
 そう言ってレダが集合場所へと走り出すと、その横をアルファントゥがついて行く。ラックも負けじとアルファントゥの後をついて行った。更にサリーもその後を追いかけながら、自分のリエラ『カーリー』に言う。
「くれぐれも、大人しくね」

 駅に集合した生徒達は、紅組と白組に別れる。
「この旅行で良い思い出と良い経験が出来ると良いですね」
 双樹会会長のマイヤがそう宣言し、ここに修学旅行は始まった。
「では、白組出発します」
 白組の修学旅行実行委員長に立候補した“旋律の”プラチナムが、白組の生徒が汽車に乗り込んだのを確認して、マイヤにそう報告する。
「気をつけて」
 マイヤにそう送られてプラチナムが最後に汽車に乗り込むと、汽車が汽笛を鳴らしてゆっくりと動き出した。
「行ってらっしゃい!」
 見送りの歓声が上がる中、一際大きな声が汽車に向かって投げかけられた。“蒼空の黔鎧”ソウマだ。
「リッチェル! 里帰り早々戻るのは大変だが、がんばれ! 余裕があったら、地元民のセンスでお土産でも買ってきてくれ!」
 呼ばれたリッチェルは、軽く手を振って答える。
「ありがとうございますわ。先日の恩もありますし、とびきりの物を用意しますことよ!」
 そんな様子を見ていた“幼き魔女”アナスタシアは、自分も出遅れてはならないと、普段出さないような声で汽車に向かって叫んだ。
「細雪! 土産を期待しておるからの!」
 が、次の瞬間、後ろからアナスタシアに向けて返事があった。
「拙者はマイヤ殿と一緒に紅組にて候。そんなに慌てなくても良いでござる」
 それは、当の本人“深藍の冬凪”柊 細雪であった。気まずくなったアナスタシアの後ろで、ソウマが更に叫ぶ。
「街の平和は任せろ! 皆、修学旅行楽しんでこい!」
 走り出していた汽車にあわせて走るソウマを見て、マイヤが呟いた。
「彼、元気ですね」

 今回の修学旅行は7泊8日である。ただ、これには車中泊が含まれる。実際の所、車中泊は行きと帰りの2泊。何しろ、帝都ガイネ=ハイトまで汽車で1日かかるのだ。
 これだけの長い間汽車に乗っていると、当然時間つぶしの手段が必要になる。ある者はゲームに興じ、ある者は会話を楽しんでいた。
 白組の乗る列車のボックス席で、“蒼盾”エドウィンはマリーと向かい合って話していた。彼は予め出発前にマリーと一緒に行動出来るように約束をしていたのだ。もちろん、観覧車に一緒に乗るのも既にOKを貰っている。
 そのマリーはというと、何だかそわそわしている。
「どうしたの? マリー」
 マリーの横にいつの間にか座っていた“六翼の”セラスが尋ねると、マリーはさも当然という顔で答えた。
「折角蒸気機関車に乗ってるんだから、それも見学したいなぁって思ってるのよ」
 如何にもマリーらしいなと思いながら、エドウィンは2人の会話を聞く事にする。セラスは更に質問を続けた。
「そう言えば……マリーって何でそんなに蒸気機関にお熱なの?」
 セラスはその問いにロマンティックな答えを期待していた。しかし、マリーの口から出た言葉は、そんな期待を見事に裏切った。
「そうだなぁ。わかりやすく言うと『復讐』かな」
 驚いたのはセラスだけではない。そこにいたエドウィンも、穏やかではない理由に思わずマリーの方を見る。マリーはと言うと、眼鏡を外して窓の外に視線を向けながら話し始めた。
「夢、って言うのもあるにはあるのよ。大空への憧れ。空を自由に飛びたいなって言う夢。でも、その夢の根底はって自分を解析すると、やっぱり復讐なのよ」
 セラスはこの旅行でマリーからいろいろな話を聞くつもりでいた。予想とは違う話になったが、何とか話を理解しようとセラスはマリーに向かって更に質問を投げかける。
「……復讐って、誰へ?」
「誰へって聞かれると、父親って答えになるなぁ。いいの? これ以上話すと、更に暗い話になるけど」
 人の心には、踏み込まれたくない領域と言うのがある。セラスは、その領域に足を踏み入れようとしたのだ。マリーがやんわりと拒絶をしたのを見て、エドウィンが止めに入る。
「その辺にしておいたらどうだ?」
 そう言われたら、セラスも引かざるを得ない。マリーと仲良くなりたいと思っていたセラスは、話題を変える事にした。
「観覧車、乗るんだよね?」
「もちろん! 今回のメインはそれと言っても間違いないわね」
 マリーも気持ちを切り替えて、話に乗る。と、そこへ別の生徒が来た。
「そうだろうと思って……根回しをしておきました……うっ」
 そう言うのは、“不完全な心”クレイ。
「観覧車を管理している所に連絡を取って……自由時間に観覧車の見学の許可を……う゛……取りました……」
 そう言うクレイの顔は真っ青だった。
「大丈夫〜? もしかして、列車酔い?」
 マリーが尋ねると、クレイは頷いた。
「ええ……僕……列車に弱……ぅ!」
 クレイが叫ぶ。
「どうしたの!」
「頷いて顔を下に向けたら……一気に酔いが……うぐぅ!」
 ……その後、列車に地獄絵巻が展開されたのは、言うまでもなかった。

 阿鼻叫喚の図から少し離れた場所で、また別の修羅場が展開されていた。その中心人物は、“白衣の悪魔”カズヤ。そして彼の隣にいたのは、カレン。カレンの向かい側には“闇の煌星”ジークが座っている。正確には、カレンの様子を見に来たジークが、無理矢理カズヤにその席へ座らされたと言うのが真相だ。
「暗いなぁ。せっかくの楽しい旅行なんだから、楽しく行こうぜ?」
 会話のないカレンにカズヤがそう話しかけると、カレンはこう返す。
「特に話題がないけど」
「じゃ、話題を作ろう。自由時間の予定は?」
「買い物をするつもりよ。イミールは交易商人達に開放されているから、いろいろ珍しいものがあるのよ。ギルセア公国経由で入ってきている舶来品とか興味があるわ」
「そうなんだ。でも……」
 カズヤがそう言いかけた時、カレンがカズヤを手で軽く制した。そして、コンパクトを取り出して、視線を合わせずに背後を盗み見る。
「……敵か?」
 ジークが尋ねると、カレンが小さく首を振りながらコンパクトをたたんだ。
「違うわね。カズヤ。あなたの連れみたいよ」
 その言葉に、カズヤが後ろを見る。すると、3つ先の席に座っていた“福音の姫巫女”神音が、突然寝たふりをした。どうやら、神音はカズヤの様子をこっそりと伺っていたらしい。
「神音か。そんなところで寝たふりしないで、こっちで一緒に楽しもうぜ?」
 カズヤはそう言って、神音の所まで迎えに行った。だが、神音はサングラスを掛け、しらを切る。
「ボ、ボクは神音なんて名前じゃないよ?」
「いいから」
 カズヤは半ば強引に神音を連れてきて、空いていたジークの隣の席に座らせる。4人掛けのボックス席には、妙な三角関係が2つ出来ていた。
(これでどうしろと……)
 ジークが内心そう呟く。

 白組の1本後の汽車には紅組の生徒達が乗っていた。もちろん、こちら側も時間つぶしとして語り合いやゲームに興じる生徒が殆どである。
「エリス〜。カードゲームしなぃ?」
 エリスは紅組に参加するという事で、白組から紅組に参加を変更した“ぐうたら”ナギリエッタは、そう言って荷物からカードを取り出した。当のエリスはと言うと、汽車の窓から外を眺めている。
「……」
 何か思う所があるのか、エリスはずっと窓の外を眺めている。
「エリス〜?」
 ナギリエッタが3度目に呼びかけた時、エリスはようやく自分が呼ばれている事に気づいた。
「……何?」
「あ、一緒にカードゲームしよぅと思ったんだけど。嫌なら……」
 その言葉に、エリスは珍しく少し困った顔を見せた。
「ルール……わからないから」
「じゃ、教えるょ!」
 ナギリエッタの言葉に、エリスは頷いた。と、列車の反対側から一際大きな声が上がる。
「あーっ! また負けた……」
 それは、“銀の飛跡”シルフィスのところである。悔しそうに大きな声を上げていたのは、ネイだった。
「伊達にやりこんで無いもの」
 そう言うシルフィスの前にあるのは、先日の大会で賞品として手に入れた『素晴らしき料理の世界』と言うゲームだった。このゲームは、世界各地から食材を集め、究極のメニューを完成させるものである。卵を調達するにも命がけなのがポイントであり、料理を作る前に脱落するのも珍しくはない。なお、このゲームは現在は絶版となっている。
「もう1回いきます! 例えゲームとはいえ、料理の事で人に負けるのは、ララティケッシュ家末代までの恥!」
「時間はあるし、構わないわよ」
 ネイが大仰な理由で再戦を申し込み、シルフィスもそれを受ける。
 その横でネイに付き合ってゲームに参加していた“炎華の奏者”グリンダは、今の話に少し引っかかる所があった。
(末代までの恥って、ネイの実家は料理に関係のあるところなのかな)
 そこで、グリンダはネイに尋ねる。
「ララティケッシュ家って、料理人の家系なの?」
「それは違いますが、より料理の本質に近い所にいると言っても過言ではないでしょう。ララティケッシュ家は、初代当主よりずっと究極の味を追い求めて東奔西走して来たのです」
「……要は、食にこだわる美食家の家系って事なのかな?」
 グリンダが尋ねると、ネイは頬に手を当てて少し考える。
「短く言えばそうなるのかも知れません。食の本質は生命の真理。ララティケッシュ家の人間は、食に関して自分が出来うる限りの努力は惜しみません。私の仕送りは良く少なくなりますが、それは実家が食に対して追求の手を緩めていない確固たる証拠と言えましょう」
 グリンダはそう言うネイの様子を見て、少しほっとした。
(思ったより、元気ね。良かったわ)
 列車を降りたらネイを元気づける計画の第2段階に移行しようと思い、今はグリンダもゲームに興じる事にする。次はネイの番である。
「『絶望のマスタード』を狙います。目標値20! いっけー!」
 ネイが気合いを入れてダイスを振った。だが、そこにシルフィスの無情な声が響く。
「はい。失敗よ」


■修学旅行・2日目■
 ガイネ=ハイト付近で車中泊を終え、修学旅行一行を乗せた汽車は進んでいく。生徒達の顔には、長旅の疲れが見え始めていた。
 そんな中、白組の汽車の一角ではある一つの計画が話し合われていた。その中心にいるのは、リッチェルである。
「謎の空飛ぶ物体を探しますの?」
「ええ。謎の空飛ぶ物体の正体を掴む事が出来れば、ネイさんを出し抜けます」
 リッチェルにそう話しているのは、“影使い”ティル。
「そこで空飛ぶ物体を捕まえたりしたら、ネイをぎゃふんと言わせられるかもよ?」
 “翔ける者”アトリーズも、ティルに同調してリッチェルを煽る。援護を受けたティルは、リッチェルに畳み掛けた。
「そこで、リッチェルさんに空飛ぶ物体を捕まえる際に、リーダーになって欲しいのです」
「何故、わたくしをリーダーに?」
 リッチェルが怪訝そうな顔で尋ねると、ティルは身振りを交えてリッチェルを説得する。
「こういうものって、最後はリーダーの情熱と信念次第だと思うんです。リッチェルさんなら、優れたリーダーになってくれると思いまして」
 すると、リッチェルは冷静にティルに言った。
「……何を企んでいるかは知らないけど、あなたの策に乗ってあげますわ。どちらにしろ、わたくしも空飛ぶ物体を調べるつもりでしたから。でも、後悔しても知りませんことよ?」
 実際の所、ティルがリッチェルをリーダーに据えようとしたのは、リッチェルの二つ名から考えて、スリリングな調査が期待できると思ったからである。それに気づいたかどうかは知らないが、リッチェルは釘を刺してきたのだ。
「後悔しないように、頑張りましょう」
 ティルがそう応えて、リッチェルは飛行物体探索隊のリーダーとなる。
「ところで、一つ聞きたい事があるのだが」
 それは、ミステリー研究会の“銀晶”ランドだった。リッチェルがそちらに体を向けると、ランドは早速質問に入る。
「イミールの噂を、地元に里帰りしていたはずのリッチェル嬢とそうじゃないネイ嬢が同程度に知っているという事は、ネイ嬢の実家にも情報源があるに違いないと思う」
「……そうとも限らないと思いますけど。ネーティアさんの実家ですの?」
 リッチェルが軽く疑問を差し挟みながら、話の続きを促す。
「ああ。出来れば、ネイ嬢の実家にも話を聞きたい。だから、場所を教えて欲しい」
「それは構いませんけど、わたくしはあそこには行きませんわ」
 ランドはそれでも構わないと告げた。リッチェルはメモを取り出し、すらすらと何かを書いてランドに渡す。
「この住所はどこかと聞けば、大抵の方は教えて下さいますわ」
「わかった。ネイ嬢に話を聞いたら、そっちに合流するから」
 こうして、飛行物体探索隊は少しずつ計画を固めていく。その様子を、“タフガイ”コンポートは少し離れていた所から見つめていた。彼は空飛ぶ物体探しに興味があるわけではない。目的はただ1人。リッチェルである。
「ちょっと席を外しますわ」
 リッチェルがそう言って相談の輪から離れた時、コンポートは自分の計画を実行に移すことにした。通路を進むリッチェルの後を追いかけていって……
「あ、あの。リッチェルさん……」
 錯乱気味にリッチェルに話しかける。
「あら。何かしら。わたくし、ご不浄に行かなくては。お話なら、後で聞きますわ」
 リッチェルがそう言って先を急ごうとしたので、コンポートはそこで待つ事にした。
 程なくして、リッチェルが戻ってくる。
「あら。待っていて下さったのね。で、用は何かしら」
 リッチェルがそう言うと、コンポートは勇気を振り絞って写真機を出した。
「リッチェルさん……。一緒に写真を撮って欲しいんだ」
 コンポートはリッチェルの返事を待った。すると、リッチェルはコンポートの横に行って、写真機に手を添える。
「あら。構いませんことよ。で、何の写真を撮るのかしら。貴方が構えてわたくしがシャッター担当という事でよろしいかしら?」
 コンポートはその答えに錯乱しながらも、何とかこう答えた。
「撮るのは……自分とリッチェルさんが2人で並んでいる写真なんだ」
 すると、リッチェルは真面目な顔でこう返す。
「それ位分かってますわよ。では、写真を撮ってくれる方を探して来て下さいな」
「は、はい……」
 コンポートは言われるがままに、そこを離れた。
「リッチェルさん……あれ?」
 コンポートが人を連れて戻ってきた時には、リッチェルは自分の席で再び作戦の相談に入っていた。そして、コンポートが再びリッチェルに話しかけるタイミングは、旅行中には訪れなかった。

 列車は長旅を終え、2日目の午後にようやくイミールに入った。生徒達は疲労と共に汽車を降り、荷物を持って宿泊所へと向かう。
 流石に2日も汽車に乗っていると、体もあちこち痛くなってくるものである。なので、大方の生徒は宿泊所で荷物を降ろすと、まずは浴場に行く事にした。
 ただ、宿泊所はスペースの関係か、それぞれの部屋には風呂が無く、大浴場しか無かった。もっとも、それなりに広くて綺麗だったので、これは喜ぶべき所かも知れない。
「露天風呂じゃ無かったわね……」
 やや残念に思いながら、白組所属の“待宵姫”シェラザードは湯につかっている。と、そこへリッチェルが入ってきた。
「大丈夫ね」
 シェラザードが小さく呟く。どうやら、シェラザードは水着を着て湯船に入ろうとしている人に注意をしようとしていたらしい。だが、リッチェルはタオルだけであったので、シェラザードも譲歩する。
「へぇ。リッチェルちゃんって意外に胸あるのね」
 シェラザードはリッチェルを見ながら、妙な感心をしていた。と、リッチェルが苦々しく言う。
「……それは嫌みですの? 確かに、ネーティアさんよりは遙かに胸はあると自負してますけど、貴女には負けますわ」
(確かに、胸は勝ったわ)
 勝手な勝負を仕掛けたシェラザードがそんな自己満足に浸っていると、また別の人影が入ってくる。今度はマリーとセラスのようだ。
「やっとお風呂に入れるわね。クレイ君、大丈夫かな」
 マリーがほっとした声で早々に湯船に入る。それを見たシェラザードは、勝手な勝負の第2戦および第3戦に入っていた。
(こっちも勝ち、ね。危ない所だったけど)
 マリーの胸の大きさにひやりとしながらも、シェラザードは3連勝に気を良くして湯船の中で伸びをする。
 と、そこへまた別の人影が入ってくる。
「ふむ。元は駐留用の施設と聞いていたが、なかなかの所だね」
 その声を聞いた時、そこにいた4人は同時に叫び声を上げた。何しろ、その声はアルフレッド寮長のものだったからだ。
「きゃあっ! 何で男の人が!」
「す、すまない。間違えたか?!」
 慌てて戻っていく寮長に、シェラザード達がお湯を浴びせかける。

 その一部始終を脱衣所の陰に隠れて見ていたのは“探求者”ミリー。もちろん、男子用と女子用の浴場の案内矢印を入れ替えたのも、彼女の仕業である。
「やはり、修学旅行にはこれくらいの刺激が必要じゃな。暇つぶしにはなったわい」
 ミリーはそう言って、その場を去っていこうとする。だが……
「これは何事なのですか! ミリーさん!」
 騒ぎを聞きつけてやってきた“風曲の紡ぎ手”セラにあっさり見つかってしまう。もちろん、ミリーがこっぴどく注意を受けたのは言うまでもない。
(最初からこれでは、明日以降も不安ですわ……)
 セラは明日以降も気を引き締めて行こうと、改めて決意した。


 同じ頃、紅組の生徒も大浴場にて移動の疲れを癒していた。今はネイとグリンダ、そして“七彩の奏咒”ルカが湯船で話している。少し離れた所にはレダとサリー、そして細雪の姿もあった。
「ところで、ネイ。ララティケッシュ家の話を少し聞かせてくれない?」
 グリンダは昨日の続きで、ネイに尋ねる。
「良いですよ。何でも聞いて下さい」
 そう言うネイに、グリンダは湯船から立ち上がって尋ねた。
「ララティケッシュ家って、ネイみたいな体型の人が多いの?」
 グリンダの予想外の口撃に、ネイは思わずグリンダを見据えながら怒鳴った。
「最低です! 人が気にしている事をいきなり言うなんて! そりゃ、私はあなたと違ってお子様体型ですよ? ですが、それはあなたには関係がないでしょう! グリンダさんの事は友達だと思っていましたが、私の目は節穴だったようですね!」
 グリンダの計画第2弾は「ネイをわざと怒らせて元気を出させよう」というものだった。だが、それは効果が出すぎて逆効果だったようだ。やむなく、グリンダは計画を全部話して、謝る事にする。だが、ネイの怒りは収まらない。
「……それにしたって、もう少しやり方はあったんじゃないですか?! 相手の欠点を突いて怒らせるのは、人として許し難き行為ですよ」
 自分を元気づけるためと聞かされて、それ以上は怒りのはけ口をグリンダに向けるわけにも行かず、ネイは後ろを向く。このまま話題が途切れるのか、と誰もが思った時、湯船の向こうから声がかかった。
「ネイ〜。気にしない方がいいよ〜。ネイがおこさまたいけいなら、ボクなんかもっとおこさまたいけいだし」
 それは意外な事に、レダだった。確かに同い年のネイとレダを見比べると、レダはよりお子様体型である。丁度、レダの方が3歳ほど年下といった辺りだろうか。
「ボクから見たら、ネイだってスタイルいいよ〜? どうやるの? おいしいものいっぱい食べるの?」
 レダの言葉に、ネイはようやく落ち着きを取り戻した。グリンダも改めて謝り、その場はようやく収まる。レダがサリーの元に戻っていったのを見て、グリンダは尋ねた。
「……ところで、今度は真面目な話を一つ聞かせて欲しいんだけど」
 グリンダの言葉に、ネイは猫のようなつり目を更に吊り上げて釘を刺す。
「2度目は無いと思ってくださいね?」
「わかったわ。キックスとリッチェルの事なんだけど。結局、みんなはどういう関係だったの?」
 グリンダの問いに、ネイはグリンダの方を改めて向いて答えた。
「特に変わった事はないですよ。リッチェルは従姉妹ですし」
「従姉妹?!」
 驚きの声が上がる中、ネイは冷静に話を続ける。
「私の父様とリッチェルの父親が兄弟ですから。リッチェル・ララティケッシュはいとこですよ」
「……そうなんだ。じゃ、キックスとは?」
 気を取り直して、グリンダは改めてそう質問した。
「キックスとは、小さい頃からの遊び友達です。もう少し詳しく言うと、私の父様が昔贔屓にしていた豪商に奉公していたのが、キックスとお姉さんのファランさんです。家もそんなに遠くなかったので、よく遊んだものです」
 ネイの答えを聞いたグリンダは、汽車の中で引っ掛かっていた事も含めてネイに尋ねる。
「不思議に思っていたんだけど、ララティケッシュ家って豪商を贔屓にしていたり、当主がいたりするのよね?」
「そうですね。今の当主は、私の父様です」
 ネイがさらりと答えるので、グリンダは更に尋ねた。
「キックスって、お金持ちが嫌いなんじゃないの? 話を聞いていると、ララティケッシュ家は結構お金持ちに聞こえるんだけど」
「キックスがお金持ちを憎むようになったのは、あの忌まわしき事件のせいですよ。昔からそうだったわけではありません。ただ……」
 ネイが顔を伏せる。
「ただ……何?」
「今のキックスが、私を嫌いじゃないと言う保証はありません……」
 再び落ち込むネイ。グリンダはしばらくそんなネイを見守ったが、話題を変える事にした。
「ネイ。良かったら、街を案内して。ネイの実家とか、見てみたいんだけど」
 キックスとの関係をネイに再認識して貰うためには、昔の懐かしい場所を回るのが必要だと、グリンダは感じていた。なので、そうネイに頼む。すると、ずっと側で聞いていたルカも、それに乗ってきた。
「あ、嫌じゃなかったら、ルカも付いていって良いですか? イミールの珍しいお土産とか、名所とか余裕があったら案内して欲しいです。ネイさんなら、きっと知ってますよね?」
「そこまで言われれば、イミール出身の私としては応えないわけにはいきません。不肖ネーティア・エル・ララティケッシュ、イミールの隅から隅までずずずぃっと案内して見せましょう……と、ああっ!」
 精一杯の元気を出して見栄をきったネイが、驚きの声を上げる。
「どうしたでござる?!」
 尋常ならざるネイの声にそう言って細雪が駆け寄ってくると、ネイは湯船の一角を指さした。
「レダ達が、あそこでゆで上がってます! レダ!」
「大変でござる!」
 そこには、ネイの話を聞いていてお湯から上がるタイミングを失ったレダと、それに付き合って一緒にのぼせたサリーの姿があった。


■修学旅行・3日目■
 宿泊所で一泊した生徒達は、いよいよ修学旅行の本題に入る。今日は多くの生徒達が余り心待ちにしていなかった行事、施設見学の日である。
「今日は1日掛けて、イミールの城砦部分と、近くにある『ルーラン砦』の見学を行う。しっかり勉強するように」
 教官の言葉に、生徒達は返事をする。もちろん、その中にはやる気のない者も多数見受けられるが、そうではない者ももちろんいた。
「イミールの城砦と言えば、過去にパンタハイム王国と幾度と無く激戦が繰り広げられた歴史の刻まれた建造物ですね」
 事前にイミールの歴史について予習しておいた“闘う執事”セバスチャンが、メモを片手に説明を熱心に聞く。今は、他に類を見ない『光輝なる障壁』と呼ばれるイミールの強大な城壁の前で、ルーラン砦に駐留する一個大隊所属の将校が説明をしていた。
「パンタハイム王国との最後の戦争は、丁度学園都市アルメイスの成立と前後します。その結果は我々帝国の圧勝であり、直後にパンタハイム王国からレイドベック公とギルセア公が離反し、パンタハイム王国は瓦解しました。以降、主立った争いはレイドベック公国へと舞台を移し、現在に至ります」
「では、現在のパンタハイムとの戦争は行われていないのでしょうか?」
 セバスチャンが尋ねると、将校は小さく頷いた。
「現在、我々帝国が考えるパンタハイムの重要性はかなり低いものです。それはひとえにパンタハイムの国力の低さによるもの。相手も自分の力をわきまえているのか、現在の所小規模な戦闘も殆どありません」
「なるほど。では、昔はどうだったのでしょう?」
 セバスチャンの質問は続く。
「昔、と言いますと?」
「そうでございますね。この城砦都市イミールが成立した辺り、とか」
 その質問に、将校はここぞとばかりに説明を始める。
 城砦都市イミールと隣のルーラン砦が現在の形になったのは、レヴァンティアース帝国が成立してから少し後の話である。帝国の技術力が上がり、鉱山都市ハンネルンにて鉄が発見された後、最前線の戦略拠点として早くに整備されたのが、この2つの砦なのだ。
「この砦は帝国の近代における要と言えるでしょう」
 将校がそうまとめる。
「もちろん、言うまでもなくここは昔から近隣諸国との争いが数多く行われた所でもあります。帝国が成立する前から」
 将校がそう言った時、セバスチャンよりもその言葉に強く反応を示した者がいた。シルフィスである。
(イミールは戦場になった地。アルメイスには無い話が聞けるかも)
 シルフィスは先日のジャングル風呂事件の時にエイムがしていた話が、ずっと気になっていた。
『彼が変わったかどうか、私にはわかりません。私が知っていることは……彼は堅実で、限りなく誇り高く、そしてとても優しい人でした』
(エイムの話だと、私にはレアンが悪人だとは断定できなくなった。レアンの行動の要因。真のフューリア。自存型リエラ……)
 シルフィスは情報が欲しかった。その為に彼女がまず欲したのは、帝国の歴史についてだった。帝国の歴史は戦いの歴史でもある。ならば戦場になったここイミールで、何か違う話を聞けるだろうと考えたのだ。
 だが、将校の話は、学校の授業で聞く歴史の話とさほど差はなかった。「始祖」と呼ばれる者との戦い。生き残ったフューリア達の力を畏れた近隣諸国の引いた圧政。そして、フューリア達の反乱。数多の犠牲の上に築き上げられたのが、現在のレヴァンティアース帝国なのだ。
「それでは、帝国の現状について聞いておきたいのですが。いつか、自分もここに派遣される日も来るでしょうから」
 セバスチャンがそう尋ねるが、それにも特に変わった情報は無い。強いて言うと、帝国の見解として次の言葉が聞けたくらいだろうか。
「パンタハイムに関しては、既に危機は去ったと考えています。こちらから攻め込むにしても、パンタハイムを手に入れる事にメリットはない。レイドベックがパンタハイムを手に入れれば話は変わるでしょうが、事情は向こうも変わらないでしょう。この地域は今が最もバランスが取れているわけです。つまり、ここは戦略的には意味のある場所ですが、現状の戦術的にはそれ程でも無いのですよ」
 そう言った将校が最後にこうまとめる。
「では、ここでイミールの城砦部分の説明を終わります。あ、そうそう。明日の紅白対抗実地訓練は、イミールとルーランの中間地点にある古戦場で行われるそうなので、移動する間に余裕がある人は見ておくと良いでしょう」
 それを聞いて驚いたのは、セラだった。彼女もまたレポートを書くべく熱心にメモを取っていたが、そのメモを放り出してしまいそうな勢いで将校に尋ねる。
「そんな場所で行いますの?! 近くの遺跡などを破損してしまっては大変な惨事になるでしょうに。それに、ルーランは現在は交易商人に開放されているのではなかったかしら?」
 だが、将校は大丈夫だと頷いた。
「アルメイスの生徒達の実地訓練は、他の何よりも優先するようにと上の方から連絡を受けています。安心して訓練に励んで下さい」
(軍隊の人が言う上の方とは……帝都でしょうかね)
 セバスチャンは最後の将校の言葉に、何かきな臭いものを感じる。それが、セバスチャンの今日の唯一の収穫だった。

 その後、ルーラン砦の見学も無事終わり、本日の予定は終了となる。
「では最後に、明日の実地訓練について発表する」
 ルーランからイミールへ戻る途中、教官がようやくそう告げた。
(わざわざ2組に分けた上に、さっきの将校は『紅白対抗実地訓練』と言っていた。学園で出来ない広域戦闘訓練なのだろうな)
 “天津風”リーヴァは教官の話を聞きながら、そう予測を立てる。果たして、その予測は正しかった。
「明日の実地訓練は、紅白に分かれて戦闘訓練を行う。敵陣にある旗を早く取るか、敵の8割を戦闘不能にさせた側の勝ち。ただし、リエラの技は使用禁止。リエラの使用そのものは推奨する」
 教官から詳しい説明を受け、大方の生徒達は宿泊所に戻る事にした。だが、何人かの生徒はこの場に残っている。リーヴァもその1人である。
(負けたらろくな事にならないだろうしな……)
 そう思った彼は、先程の時点で紅組のチームリーダーに立候補をして、承認されていた。早速、まずはフィールドである古戦場をリエラ『ヴェステ・シャイン』の能力で把握していく事にする。
(情報は戦闘の決め手だからな)
 スケッチブックに戦場のポイントを書き込んでいくリーヴァ。
 と、『遠隔視聴』に人影が1人掛かる。その手にはリーヴァと同じくスケッチブック。
(敵か?)
 そう考えたリーヴァは、しばらく彼の様子を観察する事にした。
 遠隔視聴が捉えた人影は、“憂鬱な策士”フィリップだった。彼もリーヴァと同じくスケッチブックを手にしていたが、その目的はリーヴァのそれとは違っていた。
(イミールの建築物のミニチュアを作ろう。上手くできたら、フラン嬢に見せようかね)
 そう考えたフィリップは、まず城砦都市イミール全体の外観をスケッチすべく、少し離れた場所であるこの古戦場に来ていたのだ。すらすらと鉛筆を走らせるフィリップ。
(次は少し横に行くか)
 そう思って場所を移動しようとする彼を、影から誰かが呼び止める。
「あんた、紅白どっちだ?」
「白組だけど」
 フィリップの答を聞いて、呼び止めた当人の“熱血策士”コタンクルが姿を見せる。
「白組なら教えるけど、この先には明日の実地訓練用にトラップが仕掛けてある。こっちには来ない方が良いぜ?」
 フィリップはコタンクルの忠告に従う事にして、反対側へと回る事にする。
 が、しばらく歩いた所で、フィリップはまた影から呼び止められた。
「おぬし、紅白どっちじゃ?」
「白組だけど」
 フィリップの答えを聞いて姿を見せたのは“賢者”ラザルス。フィリップは先手を打ってラザルスに尋ねる。
「ここにもトラップがあるのか?」
「その通りじゃ」
 それを聞いたフィリップは、ラザルスに言われる前にそこを後にする。
(スケッチの続きは、自由時間にするか……)

 その一部始終を遠隔視聴で見ていたリーヴァは、スケッチブックに丸を書き込んだ。
(この辺とこの辺は怪しい、と)
 リーヴァはスケッチブックを閉じ、古戦場の自陣に向かう。彼もまた、トラップを仕掛けるつもりなのだ。
 こうして、実地訓練は前日から激しい火花が散らされる事となった。


■修学旅行・4日目■
 次の日、白組の生徒達が古戦場の自陣に集まった時、そこにいくつかの木箱が置いてある事に気づいた。大きさは丁度人が1人入るくらい。見ようによっては、今回の実地訓練で討ち死にした生徒を入れるための棺桶にも見えなくはない。
「……これは何だ? 縁起でもない」
 生徒の1人が尋ねると、その木箱の1つがガタガタと動き出す。生徒達が驚く中、木箱はすっと立ち上がり、中から“深緑の泉”円が姿を現した。
「今日の演習で、カモフラージュと撹乱のために、いつも被っている木箱と同じものを用意したです。ダミーも用意したので、凄い面白い事になるですよね♪」
「良いアイディアだぜ。円」
 そう言って、別の箱から姿を現したコタンクル。箱の見かけはともかく、カモフラージュと撹乱という意味では悪くない作戦であると言う事になり、希望者には木箱が配られる事になった。
「他にもいくつか策を用意してあるぜ」
 コタンクルは“熱血策士”の二つ名の通り、自分が用意したトラップの説明を始める。。
「まずは『騎士殺』。紅組には高速移動に長けたレダとアルファントゥがいる。その顔面に当たるように、ロープを仕掛けておいた」
「ずいぶん限定された罠だな」
「もちろん、馬などで飛び越えた位置の足下にもロープを仕掛けてある」
 それを聞いた“黒衣”エグザスがコタンクルに質問した。
「それはこちらでも引っ掛かる可能性はあるのだな? こちらには馬を調達してあるから、場所を教えておいて欲しい」
 コタンクルはエグザスに場所を教えると、次のトラップの説明に入る。
「『漢罠』。自軍の旗を目立つようになびかせながら、降参の言葉を書いた箱に催涙爆弾を仕掛けたものを、敵の前に置いてくる。油断して箱を開けたら催涙爆弾が爆発する仕掛けだ」
(……そんなの、引っ掛かる奴いるのか?)
 だんだんと不安になってくる生徒を置いてきぼりにして、コタンクルは更に説明を続けた。
「そして、『キャスリング』。“自滅姫”リッチェルと白組の重要人物を変装で入れ替えれば、事が有利に運ぶはず。その後、偽リッチェルと陽動員で奇襲だぜ」
 そう言った時、当の本人リッチェルが冷静に言い放つ。
「そんな作戦、認められませんわ」
「どの辺が?」
「まず、わたくしと重要人物を入れ替えると『何故』有利に運ぶのですの? それはわたくしに対する侮辱と言う事かしら」
 コタンクルがそれに答える隙を与えず、リッチェルは更に畳み掛ける。
「そもそも、白組の重要人物が誰かも判らない以上変装なんか出来ませんし、わたくしがこの話に協力をする事が前提になっているのも気に入りませんわ。貴方の思った通りに他の人間が動くと思ったら、大間違いですわ」
 リッチェルがそこまで言った時、意外な人物がそこに現れた。
「白組の重要人物が誰か。そんなものは決まっているだろう。このチーム、私以外にチームリーダーを務められるものがいると思っているのか?」
 それは、ランカークだった。次の瞬間、ランカークとリッチェルはほぼ同時に相手を指さし、こう叫ぶ。
「そんな私が、何故この様な輩に変装しなければならんのだ!」
「わたくしだって、こんな人には変装したくありませんわ!」
 こうしてコタンクルの策は2人から却下を食らい、ランカークは白組のチームリーダーへと収まる事になる。

 そんな混乱の中、マリーは白組の後方で何かを組み立てていた。
「マリー、何やってるの?」
 マリーと協力体制を引こうとそこにやってきたセラスが、マリーの組み立てている物を見て尋ねる。
「ずばり、武器を作ってるわ。私が得意なものって、やっぱり科学だしね」
 マリーはあくまで前向きに、そう答えた。と、どうやらその武器が組み上がったらしく、早速それを持ち上げようとする。だが……
「と、とと……バランスが悪いわね」
 長い筒に四角い箱が付いているような形のその武器は、マリー1人で持ち上げるとよろけてしまう。そこへ、エドウィンがやってきた。
「後ろは俺が持とう」
 そう言うと、エドウィンはその筒のような武器の後ろを押さえた。
「ありがとう。エドウィン。これで行けそうね」
 マリーはそう言うと、不敵な笑みを浮かべる。

 白組が混乱に包まれている間、紅組は作戦を練っていた。紅組にグループの面々で参加している至高倶楽部は、欠席した部長の代わりに“鍛冶職人”サワノバが代理として、相談を行う。
「今回有効そうな能力は……と、アベルの飛行と変化。シルフィス嬢ちゃんの閃光、ノイマンの自爆かの」
 サワノバの言葉に、至高倶楽部に移籍したばかりの“光炎の使い手”ノイマンはやや困惑していた。
(自爆屋として活躍を期待されてもな……。『』の力を使う機会はそうそう無いと思うが)
 ノイマンのリエラ『』は自爆する事により破壊光線を放出する能力を持っている。だが、自爆はリエラに伴うデメリットの中でもかなり重い部類に入る。そうそう使えるものでもない。
(いずれにしても、実績を示すチャンスとして使わせて貰おう)
 ノイマンは気を取り直して、至高倶楽部の面々と相談を続ける。
 そこから近い所で、“自称天才”ルビィはネイに発破を掛けていた。
「ネイ! リッチェルに連敗しないように気合い入れろよ! 勝って堂々と実家に凱旋だぜ!」
「はい! 今度はこっちがギャフンと言わせる番です! 頑張りましょう!」
 その顔には、落胆の色はもうない。ネイの落ち込みは、今のでどこかに吹き飛んだようだ。ルビィはそれを見て、だめ押しにネイのこめかみで拳をぐりぐりと回す。
「元気注入だ!」「はい!」
 と、そこへサワノバの声が聞こえてきた。
「ルビィ。話し合いを続けるぞぃ!」
 そう。ルビィも至高倶楽部の部員なのだ。ネイに軽く手を振り、ルビィは至高倶楽部の相談の輪に戻っていく。

 そして、実地訓練開始の時間になった。
「始め!」
 号令と共に号砲が一発鳴り響く。エグザスはシーナと一緒に、本陣からやや離れた所で待機していた。
(始まった途端に、何か仕掛けてくる輩がいそうだな)
 そう考えたエグザスは、手を組むとリエラ『ディウム』の特殊能力で上空から戦況を見る。果たして、彼の視覚に1人の生徒の姿が飛び込んできた。
(まさか……1人で突っ込んできているのか?! しかも、あんな無防備に)
 その視覚の先にいたのは“狭間の女王”コトネだった。彼女はハイヒールを履き、戦場をずかずかと歩いていく。前衛の生徒がすぐさまそこに向かうが、彼女はそれを言いくるめとチョーク投げで圧倒した。
(たったあれだけの装備で……。気迫の差……なのか?)
 驚くエグザス。だが、彼女の舞台はすぐに幕を引かれる事となる。『傾城の美貌』と自負する位彼女は目立つので、標的に成りやすいのだ。
「行くわよ! 道を空けて!」
 白組の方からマリーの声が上がる。見ると、彼女はなにやら筒のような物を肩に乗せていた。先程作っていた武器を撃とうというのか。
「ランカーク・ザ・ガーディアンアロー零型! 発射!」
 マリーの言葉と共に、筒から雷が打ち出される。目にもとまらぬ速さで、それは確かにコトネを撃った。黒こげになりながら、コトネはその場から逃げ出す。
「覚えてらっしゃい!」
 と、その一部始終を見ていたエグザスに、シーナが尋ねる。
「何があったの?」
「……マリーが紅組の生徒を1人撃退した」
 自業自得だと思いながら、エグザスは視線を別の所に移した。

 砲撃を終えたマリーの元に、ランカークが来る。
「それが、ランカーク・ザ・ガーディアンアローか」
 これは隕石事件の時にホワイトアローEXに名付けると、エドウィンとランカークが約束を交わしていた名前である。
「そう。資金提供して貰ったのに名前を付けるのを忘れていたのは謝るわ。だから、折角だし、より改良した物にその名前をつける事にしたの。これはその試作零号機。完成したら改めて知らせるから」
 マリーが筒を降ろしながらそう答えると、そこにラザルスがやってくる。
「と言っても、普通の筒に箱をくっつけただけに見えるがの」
 ラザルスが尋ねると、マリーは嬉々として説明した。
「試作零号機だから、構造は簡単よ。蒸気で動かしているのは照準部分だけ。打ち出したのは、私のリエラ『ジェロキス』の電撃。リエラと機械の融合の最も簡単な形ね」
 そう言った直後に、筒からジェロキスが顔を出す。
「おつかれ。ジェロキス」
 マリーがそう言うと、ジェロキスは姿を消した。

 こうして白組が紅組の初手を撃破した頃、紅組の陣にちょっとした混乱が襲ってきていた。
「おい。あれ、何だ?」
 後方の旗近くで待機していた“マッハ人生”ガッツが、旗に向かってくる奇妙な生き物を見つけて指さす。
「……熊、か?」
 チームリーダーのリーヴァが確認すると、どうやらそれは熊の着ぐるみを着た誰かの様だった。間が抜けている事に、その後ろから律儀に女性が付いてきている。
「がおおっ!」
 そんな熊の鳴き声も聞こえてくるが、良く聞くとそれは後ろの女性が発しているようだ。明らかにおかしい。
「な、何だ? あれ……」
 だが、ガッツはその鳴き声を聞いて、何とも言えない恐怖に襲われていた。
「撃ってもいいか?」
 ガッツのリエラ『パック』は、よほど切羽詰まった状況にならない限りは力を貸してくれない。だから、ガッツは武器として空気銃を携帯していた。
「……聞くまでもないだろう」
 およそ戦場らしくない状況にあきれかえったリーヴァがそう言うと、ガッツは恐怖に震えながらも空気銃を構えて、熊の着ぐるみに向けて撃つ。
「こ、これは……」
 撃ったのが空気銃だったので、着ぐるみの布に守られて中の人に影響は無かったが、それでも中の人は予想外の攻撃に驚いた。
(用は済んだので、ここで退散する事にしましょうか)
 そう考えた中の人は、あくまで熊の着ぐるみとして、かわいい仕草で手を振る。
「さよならです」
 だが、そう言った次の瞬間、着ぐるみの横で何かが炸裂する。なんと、ガッツが催涙爆弾をそこに向かって投げたのだ。
「これくらい使っても良いだろ。あ、でも、自陣じゃまずかったか」
「当たり前だ!」
 リーヴァは頭を抱えたが、すぐに気を取り直す。ここで負けるわけにはいかないのだ。
「例の場所にあの熊を追い込め」
 リーヴァの指示に、ガッツは空気銃を構える。そこにいた他の生徒も手伝って、熊の退路はだんだんと狭まれていった。
(これは、どうしましょうかね)
 着ぐるみの中の人が焦りを見せたその時、彼の視界に細雪の姿が入ってきた。
(彼女を驚かして、その隙に逃げることにしましょう)
 中の人の指示で、改めて後ろの女性が熊の鳴き声を上げる。細雪にも確かに恐怖を与えたはずだが、彼女はその程度でひるむような性格ではなかった。
「なにやら判らぬが、怪しげな輩にて候」
 木刀を構えにじり寄ってくる細雪。そこに、一瞬逃げ遅れた熊の着ぐるみの隙を見逃さず、リーヴァの指示が飛ぶ。
「今だ!」
 ガッツが近くにあったロープを切ると、仕掛けられていた網が見事に熊の着ぐるみと女性を捉えた!
 網の中で身動きが取れない上に、着ぐるみの重さで首が変な方向に曲がっていく。その痛みに耐えかねた中の人こと“滅盡の”神楽は、女性こと神楽のリエラ『零姫』と協力して、やむなく着ぐるみの首を何とか脱いだ。
 その次の瞬間……
「何ですか?!」
 小さな音と共に、一瞬の光が神楽を照らす。
「いい写真が撮れたな。……タイトルは『莫迦の末路』だ」
 写真機を手にして、リーヴァはそう神楽に言い捨てた。

 “求むるは真実”ラシーネは、今回の修学旅行に参加するにあたって、こういう希望を出していた。
「人数の少ない組に入った方が訓練になると思うので、そうしたいのですけど」
 すると、ほぼ即答でこういう答えが返ってきたという。
「じゃあ、白組だ。紅組はグループでまとめて参加が多いからね」
 実地訓練が始まってから、ラシーネはその時言われた事を如実に感じる事になる。
(結構……戦力差がありますね。でも、ここでくじけていては、真実を知るなんて……)
 押され気味の戦場を見渡しながら、ラシーネは先日エイムに言われた事を思い出す。
『落ち着いて……少し考えるのをお止めなさい。違うことを考えるといい。私のせいでしょうけれど、君にはまだ早い』
(真実を知るには、もっと自身の能力を高めなくてはいけないという事なのでしょうね)
 そう思い直して、ラシーネは気合いを入れ直す。
 と、彼女の視線に、“路地裏の狼”マリュウの姿が入ってきた。そのすぐ後ろには、ノイマンを先頭とした至高倶楽部の面々。どうやら、紅組は一気呵成に決着をつけるべく、ここを通って攻め上っているようだ。
 今回の古戦場はいわゆる廃墟である。自分の得意なフィールドとは若干違うが、マリュウはそこでくじけるわけにはいかなかった。
「私、強くなるって決めたんだ! ラジェッタちゃんに約束したんだ!」
 そして、もう一つ。彼女の中には言葉に出せない別の思いがある。
(いつか……レアン先輩の『真実』が何か、たどり着きたいの)
 その為には、自身が強くならなければ。それがマリュウの今の目標だった。
 そんな思いを持ったラシーネとマリュウが戦場で相まみえたのは、偶然なのだろうか。崩れた建物から状況を把握していたラシーネの姿を、マリュウが見つけた。
「そこっ!」
 マリュウは横に飛ぶと、死角から跳び蹴りを喰らわせる。だがその攻撃は、ラシーネのリエラ『知識の鏡』の障壁が防いだ。
(自身を高めなくては!)(強くならなきゃ!)
 戦いの中で2人の思いは交錯していく。そんな2人の様子を見た紅組の面々は、マリュウにその場を任せる事にした。
「先に行くわ!」
 至高倶楽部のしんがりを務めるシルフィスが、マリュウにそう声をかけて先へと進む。そう言うシルフィスの心の中にも、エイムの言葉が刻まれていた。

 マリュウ達が戦っていた場所とは反対側を、別の紅組生徒が駆け抜けていく。
「一気に行きますわ〜」
 それは“双面姫”サラだった。その横には、元の大きさになったアルファントゥに乗るレダ。こちらもこのまま一気に敵陣深く突貫するらしい。白組の旗を二方向から強襲するつもりである。
「にゅふふ」
 軽快にスピードを上げていくレダとアルファントゥ。と、サラが前を見て叫ぶ。
「レダ、危ないですわ〜!」
 そこには、コタンクルの仕掛けてあった『騎士殺』のトラップがあった。サラがリエラ『キラ』を伸ばして助けようとするが、それより先にアルファントゥがトラップを通過する!
「切るよ! アル!」
 次の瞬間、レダは体勢を低くし、アルファントゥの毛皮がレダを包んだ。アルファントゥの毛皮は、非常時にはその一本一本を鋭利な刃物と化して、鋼鉄の壁をも切り裂く事ができる。ロープの1本や2本を切るのは、たやすい事なのだ。
「このまま一気に行くよ〜!」
 何事もなくトラップを抜けたレダを見て、サラもその後を追いかける。

 白組は最初の頃の混乱で受けたハンデを何とか乗り切り、押せ押せで攻めてくる紅組と戦いを繰り広げる。だが、差を完全に取り戻すまでには至らず、最後には至高倶楽部やレダ達の援護を受けたノイマンに旗を取られてしまった。
「そこまで!」
 始まった時と同じように号砲が戦場に響き渡り、実地訓練は紅組の勝利に終わった。生徒達は手当を受けている者を除いて、古戦場の中央に集まる。
「以上で実地訓練は終了だ。予想より早く決着がついたので、明日の予備日は休息日とする」
 教官が生徒達にそう宣言する。と、生徒は口々に教官に尋ねた。
「では、明日は自由時間ですか?」
「あくまで『休息日』だ。そこをわきまえて行動するのなら、外出自体は構わん」
 教官の答えは、明日が実質自由時間である事を意味していた。歓声を上げる生徒達に、教官は釘を刺す。
「誰かが問題を起こしたら、あさっての自由時間は取り上げるからな」
 生徒達は、その言葉に素直に返事をした。

 その帰り道、ジークはカレンの所に行った。二人きりで話がしたいと宿泊所の裏にカレンを呼び出そうとしたのだ。
「何故?」
 カレンがそう返す。夜に男性が女性を呼び出して2人きりになりたいと言われれば、普通の女性なら警戒して行かないだろう。そして、それはカレンも同じだった。
「それは……その、俺は君の強さばかりじゃなく、1人の女性としての君にも惹かれてるようなんでね。明日の自由行動を一緒に回らないかと思ったんだが」
 それは、ジークの告白だった。カレンはほんの少し考えた後、こう答える。
「前に言った通り、明日はルーランに行くんだけど。それで良かったら」
 カレンはそう言って、そこを去っていく。それを見て、ジークも今日は休む事にする。


■修学旅行・5日目■
 思いがけない休日となった修学旅行の5日目。宿泊所で休息を取る者はほとんど無く、生徒達はあちこちへと出かけて行く。
「お、カレン。出かけるのか?」
 宿泊所の入り口でカレンの姿を見かけたカズヤは、ここぞとばかりに声を掛けた。
「ええ。前に言ったけど、ルーランに行こうと思って」
 昨日ジークへ言ったのと同じように、そう答えるカレン。
「じゃ、それが終わったら、観覧車にでも行かないか?」
 カズヤがそうナンパするが、カレンは首を振る。
「今日は1日買い物をするつもりだから。それに……」
「じゃ、明日でもいいよ。たまにはゆっくりしたらどう?」
 食い下がるカズヤ。が、カレンが応える前にそこにジークが来た。
「待たせてすまない」
 ジークがそう言うのを聞いて、カレンはカズヤに言う。
「この通り、先客がいるのよ」
 カレンはそう言うと、ジークと一緒に宿泊所を後にした。カズヤ、ここに敗北する。
(折角買ったこれ、どうするかな……)
 カズヤは、あとでカレンに渡そうとしたプレゼントを手の中で転がした。

 カレン達が向かったのは、ルーラン砦。一昨日に来た時は砦の内部を見学しただけだったが、今日は逆に砦の外で開かれているバザールが目当てである。
 バザールには朝早くからアルメイスの生徒の姿がちらほらと見られた。その中で一際大きな声を上げているのは、他ならぬネイのグループである。
「お土産ならやはりこのバザールです。良く、掘り出し物があるんですよ」
 そのネイ達のグループはというと、ネイの案内で早速ルカやルビィがお土産を物色している。
「フランさんのお土産って、どんな物が良いんでしょうね?」
「任せろ。ネイにもばっちり情報聞いたし、味にうるさい俺様が厳選してやる」
 ルカの問いにルビィはそう言うと、ネイから教えて貰ったいくつかの食べ物を試食した後に、一つのお土産を選び出した。
「これだ! 間違い無ぇ」
 ルカはと言うと、食べ物ばかりではなく部屋に飾る事が出来る物を、と考えて民芸品の壁掛けや人形を選んでいく。と、ルカは突然何かを閃き、手をポンと叩いた。
「ここも写真に撮って帰ると、フランさんも喜ぶと思うです」
「いいアイディアだ」
 ルビィが賛成したので、早速ルカは荷物を降ろすと辺りをきょろきょろと見回した。写真を撮ってくれそうな人を探しているのだ。
「あ、あの人にしよう」
 ルカが見つけたのは、写真機を提げてお土産のお菓子を試食している“喧噪レポーター”パフェ。早速、ルカはパフェに写真を撮ってくれるように頼む。
「いいよ。これ?」
 写真機を受け取り、パフェは早速それを構える。
「はい。チーズ!」
 そのかけ声に、ルカとルビィはポーズを取った。写真機が小さな音を立て、思い出の瞬間を切り取る。
「ルカ、次は観覧車に行きたいです。ネイさん」
 ルカのリクエストに、ネイは頷いて応える。

 近代のイミールを象徴する物が2つの砦だとすると、現代のイミールを象徴する物は観覧車と言っても良いだろう。将来的には蒸気の遊具を増やし、イミールに『遊園地』を作る計画であると言う話が、信憑性のある噂としてイミールには流れている。
「よっしゃ、一番乗り〜♪」
 朝早く起きて現地に向かったラックが、観覧車の元に着いた。だが、次の瞬間、ラックは敗北する事になる。
「甘いな。俺なんか、日が昇るのと同時にここに来た」
 そう言って姿を見せたのは、ウォルガだった。今ここに、ウォルガは確かに勝利を収めたのだ。
 その後、2人は他の人が来るのを待った。なにしろ、あまりに早く来過ぎたため、管理会社の人も来ていなかったのだ。
 日が昇って行くと共に、人が次第に集まってくる。その中にはもちろん、レダの姿もあった。
「あ、ラック。やっほ〜!」
 レダのいつもの挨拶に、ラックも応える。
「やっほー! お菓子持ってきたけど、皆、一緒に遊ばへん?」

 程なく、観覧車の営業が始まった。朝早くから並んでいたので、ラック達の順番はすぐに回ってくる事になる。が、一つ問題が起こった。
「……この観覧車は、4人乗りやね」
 レダと一緒に乗るのは、ラック、サラ、サリーのはずだった……つい、さっきまでは。
「アリシァも、一緒に乗るの♪」
 今は、公園の入り口で会った“夢への誘人”アリシアが加わって、ここには5人いたのだ。
「……どないしよう……?」
 ラックがそう言った時、救いの手が意外な所から差し伸べられた。
「どうしたんだい?」
「ぁ、アレフだ〜」
 困っていた5人を見て、何事かと寮長とセラがそこに来たのだ。ちなみに、寮長とセラは協力して、生徒達が羽目を外さないようにとあちこちを見回り中である。
「アリシァ、アレフと一緒に乗るょ♪ 一緒に乗ろぅ? 人数は多ぃ方が楽しぃもんね」
 そうアリシアが言って、この場は丸く収まった。
「ほな、みんなで乗った後、お菓子でも食べよ♪」
 ラックがそうまとめて、観覧車に乗る事になる。
「じゃ、行ってくるね〜」
 観覧車は流石に動物お断りな上に乗るスペースも無いとの事で、アルファントゥやカーリーはキラと共に下で待つ事になった。レダ達4人は自分のリエラ達とアリシア達に手を振ると、ゴンドラに乗り込み短い間の空の散歩を楽しむ事にする。
「そう言えば、サリー〜」
 ゴンドラの中で、レダがサリーに話しかける。ファントムに「妹をよろしく」と言われたからか、この旅行の間、レダはサリーの側で色々と話しかけたりしていた。
「?」
 サリーがレダの方を見ると、レダは何だかわくわくしている。
「カメラで写真とろうよ〜」
 レダの言葉に、サリーはなるほどと自分の持っていた写真機を見る。
「カメラ〜。カメラって、あちこちくるくる動いたりぱしゃぱしゃ言ったりして、楽しいよね〜」
 レダは、サリーの持っていた写真機を見て更にわくわくしていた。
 レダには宝物がある。機能的に意味がない非生産的なギミックで動く、様々の道具。どういうわけか、レダはそんな道具が好きなのだ。そして、レダからしてみると、写真機というのはそんなギミックの沢山ある素敵な道具の1つだったのだ。
「写真、とってもいい?」
 レダが期待いっぱいにそう頼むと、サリーも嫌とは言えない。早速、レダはサリーからカメラを受け取ると、向かい側に座っているラックとサラに向けた。
「いくよ〜。せーの!」
「チーズ!」
 シャッター音がゴンドラに響く。サリーはそんな無邪気なレダの笑顔を見て、姉の事を思い出しながら涙をこらえていた。
「じゃ、次はサリーとるよ〜」
 レダが写真機を向けたので、サリーは心の中の涙を拭いて、笑顔でレダの方を向く。

 観覧車に乗り終わった後は、みんなでお茶会という事になった。アリシアがさっき誘ったので、珍しくそのお茶会に寮長とセラも入る事となる。
「かんらんしゃ、高かったね〜。楽しかった〜」
 未だ興奮気味のレダ。観覧車には乗れなかったアルファントゥが、そんなレダをみて心配そうに寄り添う。と、アリシアがピクニック用のバスケットを取り出した。
「最近、リットランドの郷土料理がマイブームなんだ♪ みんなもどぅ?」
 リットランドの言葉に、レダが反応する。
「あ、ボク、食べる〜」
 手を伸ばすレダ。と、アリシアが先程から黙って見ていた寮長に言った。
「アレフもどう?」
「私かい? では、頂こうかな。リットランドの料理は、昔修行に行っていた時によく食べたものだよ。懐かしいね」
 そう言って手を伸ばす寮長。が、アリシアは何故か驚きの顔を見せた。
「え? アレフって、リットランド出身じゃなぃんだ」
「そうだね。私はリットランド出身じゃない。修行で2年ほどいたことはあるが」
 じゃ、出身はどこなの? とアリシアが尋ねようとしたが、それより先に寮長が立ち上がる。
「む。あそこにいるのは……」
 寮長の視線の先にいた者に、セラも気づいたようだ。
「それでは、私達は見回りに戻るよ」
 寮長達はそう言うと、慌ただしく去っていった。

 それより少し前、クレイの計らいで設備の見学を終えて列に並んでいたマリー達は、ようやく観覧車に乗ろうとする所まで来ていた。
「ところで、来生。ホントに乗らなくて良いの?」
 マリー達のグループに付いてきていた“拙き風使い”風見来生に、マリーは心配そうに尋ねる。と、来生は少し震えながら答えた。
「は……はい。私は見るだけで……」
 どうやら、来生は観覧車の予想外の大きさに驚いた様だ。ちなみに、この観覧車は高さが25アースある。並の高さの建物よりは、余程高いのだ。もちろん、イミール付近でこの観覧車より高い建物は無い。
「じゃ、乗り込みましょ。また後でね」
 マリーは来生に手を振ると、エドウィン、セラス、ラザルスと共にゴンドラに乗り込む。4人を乗せたゴンドラは、ぎしぎしという金属音と共に空へ向かって行った。
「いやぁ。より効率を高めた蒸気機関を使うと、ここまで大きな物も回転するのじゃな」
 見学してきた設備の感想を述べるラザルス。エドウィンはと言うと、折角高さが25アースもあるのだからと、双眼鏡を使って噂の空飛ぶ生き物を見ようとしていた。
「あれか……? 空飛ぶ馬のようだな。マリー、ちょっと見てくれないか」
 それらしき影を見つけたエドウィンは、もしかしたら空飛ぶ生き物が機械仕掛けなのではと疑い、マリーの見解を聞こうとしたのだ。
「どれどれ……」
 そう言ってマリーが双眼鏡を受け取ったその時、突如ゴンドラが揺れる。
「な、何?!」
 驚く間も無く、ゴンドラはその動きを止めた。どうやら、何か問題が発生して観覧車が止まったらしい。しかも悪い事に一番上で止まった為か、上空を吹く風に煽られてゴンドラは不規則に揺れ続いていた。
 ゴンドラの中は、まるで空気が凍り付いたかのように重い雰囲気に包まれていた。そんな中、マリーがぽつりと呟く。
「……空って意外に怖いわね……。こんな時だから……分かるのかも知れないけど」
 その言葉に、エドウィンはマリーの方を見る。確かに、マリーは少し震えているようだった。
 だが、その次の瞬間観覧車が再びゆっくりと動き出す。どうやら、問題が解消されたらしい。マリーはほっとため息をついた。

 実際の所、観覧車が止まったのは、観覧車に登ろうとした生徒がいたからだった。それを見つけたセラと寮長が、現場に駆けつける。
「君。何をしているんだ。降りてきなさい!」
 下の方で寮長が叫ぶと、その生徒こと“爆裂忍者”忍火丸は渋々ながらも程なく降りてきた。
「あんなところに登っては危険だと言う事がお判りにならないのですか? ここで問題を起こしたら、どうなさるおつもりですか」
 早速、セラが忍火丸に注意をすると、忍火丸はこう言い訳をした。
「いや、登り甲斐のある塔でござったので、忍びの修行に……」
 もちろん、その後こっぴどく忍火丸が叱られたのは言うまでもない。

 そして、ようやくマリー達も無事地上へと戻ってきた。
「お帰りなさい♪」
 お茶と喫茶『鳩時計』謹製ショートブレッドを用意して出迎えてくれた来生に、マリーは言った。
「今なら、来生の気持ちもわかるかも知れないわ」
 と、その後ろで元気な声が上がる。
「ぱぱ。もう1かいのるの〜」
 見ると、そこにはラジェッタとエイム。そして、“轟々たる爆轟”ルオーがいた。ルオーは父親のエイムを何とか説得し、ようやくこの3ショットを実現したのだ。
「ラジェッタちゃんは元気やなぁ。もう、3回目やで」
 ルオーが満足げな顔でそう言って、3人は列の最後尾に並んでいく。そんな様子を見てマリーはため息混じりに呟いた。
「父親……かぁ」


■修学旅行・6日目■
 イミールでの最終日は、無事に自由時間となった。ネイはかねてからの予定通り、実家に里帰りする。もちろん、グリンダ達も昨日に引き続き一緒である。
「もしかして、ネイさんのお家ってあれですか? おっきいですね」
 ネイが向かっている先には、ちょっとしたお屋敷とでも言えるような立派な家があった。ルカがそう尋ねると、ネイが頷く。
「そうです。あそこに見えるのが、私の家です……あれ?」
 先頭に立って案内していたネイが、自分の家の門で誰かが話しているのを見つける。門の外にいるのは、アルメイスの学生。門の中にいるのは1人の女性である。
「母様。どうしたの?」
 ネイはそこまで駈けていって、門の中にいる女性に話しかけた。
「あら。ネーティア。どうしたもこうしたもありませんよ。この方は、本当にネーティアのお友達ですの? 貴方を狙ってる怪しい人じゃないでしょうね?」
 ネイの母親は外にいた学生ことランドを指してそう尋ねる。ランドは先回りしてネイの実家から飛行物体について話を聞こうとしていたのだが、ネイの母親が1人で来たランドを怪しんで、家の中に入れなかったのだ。
 ネイはそんな様子を見て苦笑しながら言った。
「多分、大丈夫だよ。母様」

 ランドも含め、ネイに付いてきた生徒達は客間に通される。程なく、ネイと母親がお茶を入れて持ってきた。ランド達はお茶を受け取り、改めて挨拶をする。
「いらっしゃい。ララティケッシュ家にようこそ」
 母親もそう挨拶をすると、ネイが母親に尋ねた。
「母様。父様は?」
「新しい食材の噂を聞きつけて、どこかに行きましたよ。今度は何を持ってくるのか、今から楽しみ」
「新しい食材?」
 ネイが尋ねると、母親はランドが持ってきたピラコッテに手を伸ばしながら、話を続けた。
「ほら。手紙にもちょっと書いたでしょう? 最近出た空を飛ぶ動物。動物なら食べられるだろうって」
 と、その言葉にランドが反応する。
「という事は、おじさんは今頃その空飛ぶ動物を捕獲しに行っているのでしょうか?」
「そこまでは分かりませんよ。誰かが捕まえた動物を買ってくるかも知れません」
「では、実際にその動物を見たわけではないのですね?」
 ランドが尋ねると、母親はそうだと頷いた。ランドが質問を続けるが、ネイの母親は曖昧な返事しか返さなかった。
「イミールの殆どの人は、噂はあくまで噂だとしか思っていません。本当にその物体を見た人はごく限られているし、特に被害が出たわけでもありませんから。うちの人だって食材を探しに行ったけど、空振りに終わるかも知れません。この手の話は、そう言うものじゃないかしら」
 母親はそう言うと、客間を後にしようとする。
「食事の支度をしなくてはね。お友達もご一緒に如何?」
 元々ネイに付いてきていたグリンダ達は頷いたが、ランドだけは断った。
「次に行く所があるんでね」

 ランドを除いた飛行物体探索隊は、前日からあちこちで調査に当たっていた。“飄然たる”ロイドに至っては、汽車の車掌からイミール駅の駅員、宿泊所の従業員、土産物の店員まで、あらゆる人物に聞いて情報を蓄えようとしたくらいである。
「情報は錯綜してますわね……。種類も目撃された場所もバラバラですこと」
 探索隊の面々が集めてきた情報を聞いて、リーダーのリッチェルがため息をつく。
「ただ、これが全部本当の情報とすると、おおよその見当はつけられそうじゃな。行動範囲を考えると、中心に何かがあるのは明白じゃ」
 ミリーはそう言うと、地図のある部分を指さした。
「わかりましたわ。では、そこまで案内致しますわ」
 リッチェルの言葉に、探索隊は早速出動する。
「ここか……」
 探索隊が着いたのは、イミールの城壁を出て西に少し行った所だった。観覧車のある公園からは、丁度城砦都市イミールを挟んで反対側にあたる。端的に言うと、イミールで最も開けていない場所と言っていいだろう。“泡沫の夢”マーティが城壁を出る前に付近の住民に聞き込むと、確かにこの辺りでは他の場所より高確率で飛行物体を見た事がある人がいる。
 マーティは近くを見渡して、自分の予想を述べた。
「もし、飛行物体が動物なら、食事や水分補給も必要よね? でも、この辺にそれが出来そうな所、あるかしら?」
「近くに川がありますわ。人間なら飲めませんが、動物なら問題ないと思いますわ」
 リッチェルの答えに、早速探索隊はその川に当たりをつけて、様子をうかがう事にする。
 だが、なかなか飛行物体は姿を見せない。と、そこで“春の魔女”織原 優真が一つの提案をした。
「空を飛んでいるなら、上から探した方が見つけやすいと思いますので、この辺には高い建物もありませんし、シャル君にお願いしてみます」
 そう言うと、優真はリエラ『シャル』に上空を探してくれるようお願いした。
「それなら俺も探しに行くよ」
 そう言うのはアトリーズ。リエラ『ディスケンス』も既に準備万端である。
「じゃ、俺のリュンも行かせるか」
 そう言うのは何故か忍びの黒装束を着ている“風天の”サックマン。格好は変だが言っている事はまともだったので、リッチェルは早速3体に上空を探して貰うように頼んだ。
「頼んだぞ。リュン」
 サックマンの言葉に、近くの川からたっぷりと水を吸収しリュンは空へと舞い上がる。
「すぐ見つけてくるからね」
 シャルもそう言うと、リュンの後を追った。最後にディスケンスも飛び立って行く。上空を飛び回る3体のリエラ。と、程なくディスケンスがある方向へと向かった。飛行物体を見つけたのだ。
「あそこだ」
 その言葉に、リュンとシャルもそちらに向かう。そこにいたのは……
「ペガサス……?!」
 そこにいたのは、全身が真っ白な羽の生えた馬だった。早速3体のリエラで周りを囲み、飛行物体を逃がさないようにする。と、地上でシャル達を追ってきた探索隊が、真下に着いた。
「クッキー、食べますかー!」
 優真はそう下から叫んで、クッキーを取り出す。だが、元が馬だからだろうか。クッキーには興味を示さない。一向に降りてくる様子もないので、やむを得ず優真はシャルに能力を使う様に言った。
「仕方ないね」
 シャルはそう言うと、飛行物体を呪縛する。翼を動かせなくなった飛行物体は、すぐに重力に引かれて落ちてきた。それを追って降りてくるリエラ達。
「フニクラ!」
 その下でミリーがリエラ『フニクラ』を展開し、落ちてきた飛行物体を無事捕獲する。
「これが、謎の飛行物体か……」
 フニクラを元に戻し、ミリーが飛行物体を撫でる。“弦月の剣使い”ミスティは、呪縛の解けない今のうちにと、飛行物体の写真を撮り始めた。
(かわいいというか……りりしいというか……)
 ミスティがそう思いながら何枚目かの写真を撮りおわった所で、マーティとランドがやってくる。
「この子に、過去視をかけるわよ」
 時間もないので、マーティは早速その飛行物体に触れた。リエラ『スパイラルパスト』が、飛行物体の過去を遡っていく。程なく、その映像を見ていた者は驚きの声を上げた。
「これは、普通の白馬……?!」
 それはどこかの部屋に閉じこめられている白馬だった。だが、その部屋での映像は次第に気味の悪い物になっていく。白馬の側に現れた悪魔が白馬に触れると、まるで蝋細工のように、その背中に翼が出来上がっていったのだ。
「この悪魔は……リエラか……?」
 ランドがそう言った時、過去視は終わった。気力を使い果たしたマーティの後ろで、ずっと呪縛を掛けていたシャルも力を使い果たす。
「興味深いものじゃが、これ以上はわからぬな。時間切れじゃ……」
 ミリーは沈んでいく夕日を見ながら、残念そうにそう言った。呪縛が解け再び空へ舞い上がる飛行物体を見ながら、リッチェルも残念そうに宣言する。
「……調査はここまでと致しますわ。でも、絶対ここに来て調査を続けますわよ」
「ちょっと待って。またここに来なくても、この子を連れて帰れないかしらん」
 そう言うのは、ランドに支えられていたマーティである。
「こんな大きな生き物、どうやって連れて帰るつもりですの?」
 リッチェルが尋ねる。
「ほら。生徒の中にいたじゃない。動物好きな幻覚使いが。あの子を丸め込んで、幻覚で隠して貰えば、誤魔化せるわよ」
 マーティがそう主張すると、リッチェルは一言だけこう突っ込んだ。
「あの子って、誰ですの?」
 マーティは何とか『あの子』の名前を思い出そうとしたが、ついぞその名前は出てこなかった。そう。今回スパイラルパストは、その名前の記憶を喰らったのだ。
「忘れちゃってるわ。喰われたみたいねぇ」
 こともなげに言うマーティの言葉を聞いて、リッチェルは驚いた。
「あなた、記憶を……」
「いつもの事よん」
 マーティはこともなげに言うが、リッチェルは深刻な顔を見せる。
「……何かを得るには、犠牲を払わなければいけない……」
 リッチェルはそう言うと、近くにいたティルに言った。
「ティル。あなたの期待に応える事にしますわ」
 突然名前を呼ばれたティルは、何の事かと尋ねる。すると、リッチェルはこう答えた。
「わたくしが何故“自滅姫”と呼ばれるのか、その本当の理由を教えてあげますわ。期待していたのでしょう? わたくしが自滅するのを」
 そう言うと、リッチェルはリエラを呼び出した。それは、いわゆる水晶玉である。リッチェルはその水晶玉を両手でもって、胸の前に掲げる。
「わたくしのリエラ『ミンピ』は、こうやって持って質問をすると未来を教えてくれますの。その代わり、1つの質問ごとに1回、ミンピが自爆するのですわ」
「え? それって……」
 ティルは予想以上の事態に驚く。それには構わず、リッチェルは叫んだ。
「ミンピ。あの飛行物体の未来を教えなさい! 次は何処に行くのですの?!」
 その問いに、ミンピは己の体からどこかの風景を映し出す。それを見たランドは、いつも以上に驚いた。
「何だと! これは……アルメイスの時計塔じゃないのか?!」
 その風景には、確かに見慣れた時計塔が映っていた。その後ろには、アルメイスの校舎なども見えるので、これは間違いない。
「伏せなさい!」
 映像が消えるのを見て、リッチェルが叫ぶ。他の生徒達が地面に伏せた次の瞬間、リッチェルの体が光と爆発音に包まれ、彼女はその場に倒れた。


■旅の終わりに■
 イミールでの日程を全て終え、生徒達はイミール駅に集まる。残りの2日間は、汽車の中だ。行きとは反対に、紅組が先に汽車に乗る事となる。
「では、あとはお願いしますよ」
 紅組の汽車に最後に乗り込んだマイヤが、プラチナムに言った。
「了解です」
 プラチナムは紅組の汽車を見送ると、白組の生徒達に最後の注意を行う。
「家に帰り着くまでが修学旅行です。汽車の中で余り羽目を外さないように」
 その横には、昨日の自爆の後、手当を受けて事なきを得ていたリッチェルがいた。
「特に、リッチェルさんは静かにしていて下さいね」
「……わかってますわ」
 ぼろぼろになった体を押さえながら、リッチェルは素直に返事をする。

 行きに比べて、帰りの汽車の中はだいぶん大人しかった。中には、疲れて早々に眠ってしまう者もいる。円もそんな中の1人だった。
「……ず〜っと、コタンクルさんと一緒にいられたらいいな、ですです……♪」
 円は安らかな寝顔を見せながら、そんな寝言を呟いている。コタンクルはこの数日の事を思い出しながら、円をそっと抱き寄せた。

 ナギリエッタも、ここ数日の事を思い出していた。意外な事にエリスと一緒に行動したいという生徒がナギリエッタしか居らず、2人はまさに2人きりの思い出をこの旅行で作っていたのだ。
(帰ったらパフェに頼んで、写真を分けて貰おうっと)
 途中、2人きりで撮った写真は、ナギリエッタの大切な宝物だった。と、ナギリエッタの記憶に、ある夜の事が鮮明に浮かび上がる。
(実地訓練から帰る時に月明かりの下で見たエリスの姿……凄く綺麗だった)
 エリスのしなやかな曲線を思い出したナギリエッタは、自分の小さな胸を両の手で押さえつける。
(どうして、ボク、こんなにドキドキするんだろう……)
 その胸のときめきが『恋』というものなのかどうかナギリエッタが理解するには、今少し時間が必要なようである。

 帰りの汽車でも同じ席の並びで座っていたマリーとエドウィンとセラス。と、マリーがふと尋ねる。
「お土産、何買ったの?」
 すると、エドウィンは1本の瓶を取り出した。
「買ってない。イミールの土を瓶詰めにしたのをエンゲルスに持って帰るだけだ」
 さすが貧乏コンビ、と言いかけそうになったが、マリーは何とか踏みとどまった。反対に、エドウィンが尋ねる。
「マリーは何を買ったんだ?」
「観覧車よ。もちろん本物じゃなく、1/144スケールの模型だけど。これをベースに、何か発明が出来そうな気がするのよ」
 マリーがそう言った時、エドウィンは頭の中で算盤をはじいた。
(観覧車をアルメイスの新名所にするのも悪くないな。イミールの観覧車だって、借金はすぐに返せそうだって言ってたしな)
 エドウィンの夢は、大きく膨らんでいく。


 沢山の思い出を詰め込んで、汽車はアルメイスを目指して走る。

 アルメイスに着けば、いつもの生活が待っている。
 解決すべき事件も、待ちかまえている。
 そして、これから起こる事件も……

参加者

“福音の姫巫女”神音 “飄然たる”ロイド
“眠り姫”クルーエル “天津風”リーヴァ
“蒼盾”エドウィン “怠惰な隠士”ジェダイト
“白衣の悪魔”カズヤ “探求者”ミリー
“光炎の使い手”ノイマン “弦月の剣使い”ミスティ
“翔ける者”アトリーズ 神楽
“喧噪レポーター”パフェ “笑う道化”ラック
“朧月”ファントム “風曲の紡ぎ手”セラ
“双面姫”サラ “ぐうたら”ナギリエッタ
“闇司祭”アベル “紫紺の騎士”エグザス
“風天の”サックマン “銀の飛跡”シルフィス
“黒き疾風の”ウォルガ “タフガイ”コンポート
“硝子の心”サリー “自称天才”ルビィ
“待宵姫”シェラザード “鍛冶職人”サワノバ
“伊達男”ヴァニッシュ “幼き魔女”アナスタシア
“六翼の”セラス “闇の輝星”ジーク
“銀晶”ランド “深緑の泉”円
“餽餓者”クロウ “闘う執事”セバスチャン
“熱血策士”コタンクル “抗う者”アルスキール
“陽気な隠者”ラザルス “路地裏の狼”マリュウ
“蒼空の黔鎧”ソウマ “土くれ職人”巍恩
“竜使い”アーフィ “炎華の奏者”グリンダ
“狭間の女王”コトネ “拙き風使い”風見来生
“緑の涼風”シーナ “完璧主義者”レイディン
“爆裂忍者”忍火丸 “貧乏学生”エンゲルス
“慈愛の”METHIE “七彩の奏咒”ルカ
“のんびりや”キーウィ “深藍の冬凪”柊 細雪
ラシーネ “旋律の”プラチナム
“燦々Gaogao”柚・Citron “轟轟たる爆轟”ルオー
“影使い”ティル “憂鬱な策士”フィリップ
“泡沫の夢”マーティ “黒い学生”ガッツ
“不完全な心”クレイ “夢の中の姫”アリシア
“春の魔女”織原 優真