女神が舞い降りる夜【2】
 女神が舞い降りてから数週間。事件は有らぬ方向へと向かっていく。
 それは、3度目に女神が姿を見せなかった夜。突然、街中に爆発音の様な音が響いたのだ。
「何事だ!」
 庭から轟音が響いたのを聞き、アドリアン・ランカークが叫ぶ。その言葉に従者が急いで庭を見に行くが、珍しく驚きの表情と共に戻ってきた。よほどの事だったのだろう。
「何事だった」
 ランカークの問いに、従者はかしこまって答えた。
「……申し上げます。庭に隕石が落ちてきた模様です」
 今までの調査の結果、夜空に舞い降りている女神は隕石から学園都市アルメイスを守ってきていたという。女神が現れなかったこの夜、防がれなかった隕石がランカークの屋敷の庭に落ちてきていたのだ。
 もちろん、学内で噂になっている以上、隕石が故意に落とされた事はランカークも知っている。従者から報告を受けたランカークは、顔を紅潮させながら従者に怒鳴りつけた。
「犯人を捕まえよ! 捕まえて、私の前に連れてくるのだ!」
「ただちに」
 従者はそう言うと、夜の闇の中へと姿を消す。程なく、真犯人に懸賞金が掛けられ、隕石騒ぎは本格的な「事件」として進んでいく事になった。

 その隕石事件は、双樹会側が重い腰を上げた格好になっていた。正式に『隕石対策本部』を設置し、学生有志を募って対応にあたる事になったのだ。
 対策本部の管理官には、マリーが就任する事になった。何故、彼女が本部長ではなく『管理官』なのかと言うと……
「本部長は希望者を募るためよ。適任者がいるでしょ? それに、私は本部長とか言う器じゃないもの」
 とはマリーの弁である。
 ただ、本部長が決まるまでに、マリーは隕石対策本部の方向性として二つの行動指針を提示していた。

 1:隕石から学園都市アルメイスを守る事。
 2:隕石を落としている犯人を見つける事。

 1に関しては、そのものズバリである。隕石が人為的に落とされているものである以上、これは学園都市に対する『攻撃』と見なされる。被害を出さないよう、隕石を何らかの形で撃墜すべきであると言うのがマリーの考えだった。
「資金が間に合えば、蒸気式高速射出長距離砲『ホワイトアローEX』を数機、学校の屋上に据え付けて狙撃することも考えているわ」
 マリーが真剣な顔でそう説明をする。
 もちろん、狙撃手ばかりでは事が上手く進まないのは当然であり、観測する人も数が欲しいと、マリーはまとめた。これはすぐに募集が掛けられる事となる。
「ところで、資金が間に合えば……とは?」
 当然のように上がった疑問に、マリーはため息混じりで答えた。
「言葉通りよ。図面はあるわ。でも、お金が無くて出来ないの。今すぐにでも即金で出せる人がいると良いんだけど……」
 もちろん、そんな虫の良い話が早々あるとも思えなかった。

 2に関しては、幸いにも先日隕石を過去視した際に、マリー自身がその過去視から犯人の姿を見ていた。黒髪。褐色の肌……そして、不定形のリエラ。そこから、マリーはある糸口を見いだしていた。
「……そう言えば、あの少年はキックスに似てるわね」
 キリツ・ジャフレン。つまり、キックスはマリーの言う通り、黒髪に褐色の肌である。そして、キックスのリエラ『ロイズ・フォックナー』は、「定まった形を持たない、液体状の流動的なリエラ。どんな形にでも一瞬にして変化する」と言う特徴を持っていたのだ。
 もちろん、キックスが犯人だという証拠はない。過去視だけでは証拠として弱いのは周知の事実である。もっと言えばキックスは天文部員なので、隕石が落ちてきた時間には常に他の天文部員と一緒にいるという強力なアリバイがある。だから、本人の話を聞いて、キックス本人は捜査線上から外れる……はずだった。
「……と言うわけで、キックス。キミが犯人だとは思えないけど、キミが犯人の関係者である可能性もあるのよ。何でも良いから、心当たりはない?」
 隕石対策本部の名の下にマリーがキックスに事情を話したところ、キックスは驚いた顔を見せながら、逆に尋ね返してくる。
「……マリエージュ先輩。本当に、犯人は俺と同じ髪と肌で、リエラも俺のロイズ・フォックナーと同じ不定形ですか?」
「過去視を信用するなら、そうなるわね。もっとも、過去視がどれだけ当てになるかはわからないけど。で、どうかな?」
 マリーが尋ねると、キックスは首を振りこう答えたという。
「……いや、勘違いだと思います。俺は知りません」
「心当たりもない?」
「ありません」
 キックスがそれ以上語ろうとはしないので、マリーもこの場はキックスを信用して帰るしかなかった。


 その後、マリーが隕石事件の犯人として未だにキックスを疑っているという話は、瞬く間にネイの元へ伝わる。ネイはこの噂を聞いてから、学食で珍しく真剣な顔をして考えていた。
「……今回の事件の真相は別にあると、私の灰色の脳細胞が告げています。それに……」
 キックスはマリーからの訪問を受けた後、この話に関して一切黙して語らない。雄弁に語る事は良い事ばかりとは言えないが、このままではキックスは犯人とならないまでも、犯人を庇っている共犯者とも取られかねない。
「キックスは口べただから、代わりに私が真実を白日の下に晒してみせるのです!」
 ネイは行動を開始した。もちろん、真っ先にネイが真犯人を捜していると言う噂が広まったのは言うまでもない。
 だが、ネイの行動は裏目に出た。初めて隕石が落ちてきた日の2日前、キックスが他の生徒と喧嘩をしていたと言う証言が出てきたのだ。
「そりゃもう大げんかさ。お互い今にもリエラを出しそうになってさ」
「喧嘩の原因? 確か、ちょっかいを出されたキックスが手を上げたんだっけ。あんな剣幕のキックスは見た事がなかったな。もう、何でも壊しかねない勢いだったよ」
 それを聞いたネイは、ため息をつくしかなかった。逆上した時のキックスの怖さは、ネイが一番良く知っていたからだ……。


 空に浮かぶ女神は、生徒達の調査で四大リエラの一つ『果てなき大地のティベロン』ではないかと考えられていた。それ故、今では女神は便宜上『ティベロン』と呼ばれている。ただ、本当に女神ティベロンが地のティベロンなのかどうかは、はっきりとは判明していない。
 四大リエラとはラーナ教の創世神話に語られる、神々の統制に抗って反逆した、四大元素を冠する4体のリエラである。そのリエラ達の持つ力が神々に匹敵するとも言われているのは、アルメイスの生徒であれば授業で習う事である。

 レダは女神にティベロンという名前が付いてから、更に熱心にティベロンを見るようになっていた。ただ、あの日以降、レダはティベロンの所に行こうとするのは止めたようである。時計塔広場では、そんなレダと一緒にティベロンを観察しながら時間を過ごす生徒達も多い。
「てぃべろんを見てると、むねはもやもやするけど、何だかなつかしいようなあったかいような感じがするの……」
 そう言ってティベロンを見るレダの顔は穏やかだ。反対に、女神を見ない時のレダは時々考え込むようになっていた。
「ボク、てぃべろんの事、何でこんなに気になるの……?」
 そう言って悩むレダは、ティベロンを見ると落ち着くようで、授業を(昼寝のために)休んで夜更かしするようになっていたくらいだった。


 そして、また女神が舞い降りる夜がやってくる……。

 女神が舞い降りてから、一月半が経っていた。
 ここに来てようやく、真実を捉えようと時が動き出す。

■対策本部、始動■
 双樹会側で用意した『隕石対策本部』の部屋に、参加希望者が続々と集まる。あらかた集まったところでマリーは教壇の所に向かい、生徒達へ話を始めた。
「集まってくれてありがとう。時間がないからてきぱき行きましょう。まず本部長を決めるわ。立候補者、いる?」
 やや早口のその問いかけに手を挙げたのは、たった1人だった。マリーはその生徒に言った。
「1人? じゃ、文句なくあなたが本部長ね。名前は?」
 すると、手を挙げた生徒が立ち上がって答える。
「“風曲の紡ぎ手”セラですわ」
「じゃ、セラ。こっちに来て」
 マリーに言われるまま、セラは前に出る。すると、マリーはセラの肩に手を乗せて言った。
「あとはよろしくね。分からない事があったら聞いて」
 セラは頷くと、マリーと立ち位置を変えて話し始める。
「では、早速ですが『隕石対策実行案』を提案致します」
 すると、マリーがそれを止める。
「あ、ちょっと待って。本部長補佐と会計くらいは先に決めといた方が良いんじゃない? セラが1人で喋りながら黒板に対策案を書くわけにも行かないでしょ?」
「言われてみれば、その通りですわね」
 セラはマリーの提言を受け、まずは本部長補佐の立候補を募ることにした。
「どなたか、本部長補佐を希望される方はおられますかしら?」
 すると、これまた1人だけ手を挙げる。
「えーと、じゃ、これも文句なく本部長補佐ね。名前は?」
 マリーがやや投げやりになりながら、名前を問う。手を挙げた生徒は、手にしたメモ帳を閉じながら答えた。
「“貧乏学生”エンゲルスです」
 そして、先程と同じようにマリーに言われるまま前へ出る。
「それでは、続いて会計を……」
 セラがそう言うか早いか、別の生徒が手を挙げた。またしても1人しか上がらなかった手を見て、マリーが尋ねる。
「……名前は?」
「“蒼盾”エドウィンだ。1シナーの狂いもない金銭管理を約束する」
 そうエドウィンは即答した。こうして、隕石対策本部の執行部は2/3が貧乏コンビという事に落ち着くことになった。

 執行部が決まったので、改めてセラは話を始める。
「まず、人員を4つ……もしくは5つに分ける事を提案しますわ」
 セラはそう言うと、エンゲルスに実行案の資料を渡す。エンゲルスはそれを見て、黒板にその内容を書き始めた。必要な部分が書き上がるのを待って、セラは話を続ける。
「隕石対策の方を準備班・狙撃班・観測班の3班。犯人捜しの方を1班ないし犯人捜索班と巡回班の2班にわけますの」
 と、そこで“飄然たる”ロイドが立ち上がって発言する。
「では、我々山岳同好会は巡回班を希望します」
 セラは頷くと、他の生徒達にも言った。
「わかりましたわ。では、時間も余りありませんので、班分けは承認されたものとして、、皆様の希望部署をここでお伺いする事にしますわ」
 早速、参加希望者は自分の所属希望を告げていき、程なく5つの班が出来上がった。
「では、以降は班ごとに行動し、随時報告をお願い致しますわ」
 セラがそう言って、5つの班はそれぞれの持ち場所に移動する事となる。その様子を見ながら、セラは呟いた。
「女神よりもまずは隕石を私たちでどうにかしませんと」
 女の勘とでも言うのだろうか。その時、セラは女神ティベロンのフューリアが誰であるか、確信を持っていた。心の中で、そのフューリアにねぎらいの言葉を掛ける。
(……様も大変ですわね)


「じゃ、準備班・狙撃班・観測班はこっち来て」
 マリーがそう呼びかける。と、そこでエドウィンがマリーに言った。なお、エドウィンはエンゲルスと共に、隕石対策側のとりまとめをする事になっている。
「マリー。こちらは別行動を取りたいのだが」
「あら。仕入れにでも行くの?」
 マリーが冗談めかして言うと、エドウィンは真剣にマリーを見つめて言った。
「ランカークの所に行ってくる」
 すると、横から別の者が顔を出した。
「貴殿もか。奇遇だな。私も同じ事を考えて提案をしに来たのだが」
 そう言うのは“紅髪の”リン。マリーも2人が何をしたいのか察したのか、止める事はしなかった。
「じゃ、お願いしようかしら。良い結果、待ってるわ」
 マリーの言葉に、2人は早速ランカーク邸へと向かう。だが、話がうまくいったのはここまで。2人は首尾良くランカーク本人と会う事が出来たが、そこからはすんなりとはいかなかった。
「隕石を撃ち落とす為の資金をよこせ……だと?」
 資金援助の話が出た途端、ランカークは静かにそう言った。その声は、明らかに怒りを含んでいる。
「そうだ。ランカーク殿の資金援助でホワイトアローEXが完成すれば、アルメイスを救った英雄としてランカーク殿の名も上がる」
「嗚呼……隕石の恐怖から逃れたアルメイスの弱きもの達は、金を出してくれた篤志家に感謝するに違いないのに……」
 リンの言葉に続いて、エドウィンがそう芝居がかった台詞回しで説得する。すると、エドウィンの言い回しが、あまりにも不自然だったからだろうか。ランカークは先程までの怒りも忘れ、きょとんとしながらエドウィンに言った。
「……最近、芝居がかった言い回しが流行ってるのか? サウル様もやっておられたし、この前の茶会ではエンゲルスも……」
「さぁ? どうだろうね」
 素に戻ったエドウィンはすっぱりとそう言うと、更にランカークへ言った。
「ところで、もし人件費も出してくれたら、砲台の名前を『ランカーク・ザ・ガーディアンアロー』に変えられるオプションもあるけど、どうするね? 名前を後世に残すチャンスだとは思わないか?」
 半信半疑のランカークは、エドウィンに聞き返す。
「その話は本当か?」
「ああ、本当も本当だ」
 ランカークはそれを受け考える。だが、すぐに考えをまとめ、従者を呼んだ。
「おい! 小切手を用意しろ」

 ランカーク邸を出たエドウィンは、山岳同好会の他の面々と合流するリンと別れ、ランカークから渡された小切手を胸にマリーの元に戻る事にする。
(こうしてマリーに恩を売っておけば、マリーがもし飛行機械とか作る時に、新たなビジネスチャンスに出会う可能性も増すだろう……)
 エドウィンは今回の件を最大限に生かそうと考えていた。その結果が、この小切手であった。
(とりあえず、余分に貰った分で対策本部のみんなに弁当を買っていこう)
 エドウィンはそう考え、帰り道を急ぐ。もちろん、自分の分は多めに買うのは言うまでもない。食費を浮かせるためには、こういう細々した努力を怠ってはいけないのだ。
 だが、この時のエドウィンは知らなかった。ホワイトアローEXの制作そのものが危うくなっている事を……。


■白い矢■
「こんにちはでーす!」
 今日も蒸気研に“燦々Gaogao”柚・Citronの声が響き渡る。彼女は準備班に配属され、ホワイトアローEXの設置・運搬などを手伝う……はずだった。
 だが、現在の所彼女に仕事はない。ホワイトアローEXの制作がストップしているのだ。やむなく、彼女は他に狙撃班や準備班に配属になった人達と共に、彼女の所属するグループ「喫茶『鳩時計』」謹製の鳩型ショートブレッドをつまむ。
「美味しいわね」
 マリーの言葉に、蒸気研へ話を聞きに来ていた喫茶「鳩時計」の店長、“拙き風使い”風見来生が応える。
「ありがとう〜。ところで……何故、作業がストップしているの?」
 来生の問いに、マリーは腰に手を当てて珍しく困った顔を見せながら答えた。
「それはね……」

 何故、ホワイトアローEXの制作がストップしているのか。資金難から、ではない。それは“福音の姫巫女”神音のこんな一言から始まった。
「ボクは、『撃ち落とす』って言う作戦には無理があると思うんだよネ」
「どういう事?」
 マリーが尋ねると、神音は自分の考えを述べ始めた。
「まず1つ。隕石確認→照準合わせ→射出って流れだとタイムラグが出るから、隕石を撃ち落としきれるかどうか分からないと思うんだ」
 すると、それを聞いた“影使い”ティルも、恐る恐るといった面持ちで話に入ってくる。
「水を差すのは心苦しいので、後で言おうと思っていたのですが……。10アーほどの石が高々度から隕石並の落下速度を伴って落ちてくるのなら、距離も考えると射撃の名手でも迎撃は難しいんじゃないでしょうか」
「……なるほどね」
 マリーは欠陥を指摘されてもくさることなく、話を聞いている。それを見た神音は話を続けた。
「2つ。もし、余り高くないところで石を打ち砕いたら、その破片でも被害が出ると思うんだよネ」
「それは私も思いました。破片が無数に落ちてくるのなら、それだけでも十分人が死ねる破壊力があると思います」
 ティルもそう言って神音に同調する。と、今度は狙撃班所属の“幼き魔女”アナスタシアが話に入ってきた。
「マリエージュ。そもそも、この蒸気式高速射出長距離砲『ホワイトアローEX』は、どれほどの破壊力と射程距離を有しておるのじゃ?」
 すると、マリーは待ってましたとばかりに嬉々として語り始める。
「良く聞いてくれたわ! このホワイトアローEXは、名前の通り『長距離砲』よ。有効射程距離は、計算上では400アース程。倍の20アーの石くらいなら木っ端微塵にしてしまう位の威力を持たせるつもりよ」
 メカマニアと言う人種の性なのか、機械のスペックを語る時はつい顔がほころんでしまうようだ。だが、そんなマリーとは対照的に、アナスタシアは冷ややかにマリーに言い放つ。
「では、その砲弾が隕石を撃墜できなかった場合、街には隕石が落ちた以上の被害が出てしまうのじゃ。今のままでは砲弾が外れても当たっても街に被害が出る。それは本末転倒じゃろう?」
「……それはそうね」
 マリーの顔から笑顔が消える。更に、追い打ちを掛けるように神音が話を続けた。
「3つ。これって、コストも制作時間もかかるよね。作っている間、隕石対策は女神に任せっきり?」
 マリーはそれに冷静に答える。
「そうは思ってないわ。私は、『何らかの形で』隕石を撃墜すべきだとは思うけど、それは必ずしもホワイトアローじゃなくてもいいのよ。何か良いアイディアがあるなら、当然それを採用するわ」
 それを聞いた神音は、自分の話のまとめとしてこう告げた。
「じゃ、射撃や飛行能力に優れたフューリアやリエラを固めて、砲台の代わりに待機して貰うのを提案するよ。リエラの『技』を使えば、フューリアなら誰でもお手伝いできるはず」
 マリーはしばし考える。だが、彼女は決してわがままではなかった。現実を判断し、こう決断を下す。
「リエラの『技』を使うには許可がいるわ。でも、それ以外ならすぐに実現可能ね。いいわ。ホワイトアローの制作は一時凍結。神音の案で行きましょう」

「……と、こうして、ホワイトアローEXの制作はストップしたわけ」
 話し終えたマリーは、お茶をすすりながら話を聞いていた来生に言った。
「あ、私にもお茶を貰えるかな」
「は〜い!」
 マリーは一息つくと、来生の入れてくれたお茶を飲む。だが、この時点でマリーはホワイトアローEXの制作を完全に諦めたわけではなかった。
(せっかくエドウィン達がこうして資金を調達してくれたんだから、有効に使わないともったいないわね)
 まったりとお茶をすすりながら、マリーは考えていた。マリーはこんなところでくすぶるような性格ではないのだ。と、そこに“不完全な心”クレイがやってくる。
「マリーさん。集めてきた廃材、どうしましょうか……?」
 彼は少しでも制作費を浮かせようと、ホワイトアローEXの制作がストップする前に、許可を得て工事現場等から廃材を回収してきていたのだ。だが、今ではそれらは本当に廃材と化している。
「そうね……。残念だけど……」
 そこまで言ったマリーは、ふとクレイの顔を見つめた。
「え、ど、どうしました?」
 クレイが尋ねるが、マリーはそれには答えず何かに取り憑かれたようにクレイに迫ってくる。
「あ、いや、そんな。僕は……」
 クレイが身の危険を感じた次の瞬間、マリーの両手がクレイの両肩をはっしと掴んだ。
「クレイ君。そういや、キミは面白い事を言っていたわね?」
 そう言うマリーの顔は、明らかに普段のにこやかな物ではない。強いて言うなら、そこに見えたのは、狂気。
「え? な、何でしょう?」
「ほぉらぁ。『蒸気式高速射出機構は複雑かつお金がかかる部分だ』って話」
 マリーに促されたクレイは、恐怖におののきながらも頷いた。
「あ、は、はい。その部分はお金がかかる部分だと思われますから、蒸気充填部分にリエラの力を借りるようにしてはどうかと……」
 次の瞬間、クレイの両肩に強烈な痛みが走る。マリーが力一杯クレイの両肩を叩いたのだ。
「それよ! 機械とリエラの協力・融合による新しい可能性の追求! ホワイトアローEXが与えられた使命は、そこにあったんだわ!」
 マリーはそう言うと、そこにいた準備班に宣言する。
「ホワイトアローEXは、以降『ハイパーホワイトアローEX−L』と改名! リエラの力を積極的に取り入れる構造に設計変更の後、制作に入るわ! これは隕石を落とす事だけが目的じゃなく、明日の科学の発展の為なのよ!」
 そう言うマリーの狂気に満ちた笑顔を見た他の生徒達は、一様に悟ったという。彼女もまた『マッドサイエンティスト』と呼ばれる人なのだと……。

 目標が出来たマリーは、まさに人間永久機関と言えるほど精力的に作業をこなしていた。そこへ“鍛冶職人”サワノバ”がやってくる。その手には何故か、大量の荷物。
「マリー嬢ちゃん、ちょっと良いかの?」
「何? 出来れば用件は手短にお願いね」
 サワノバの方に目を向けるでもなく、マリーがそう言う。サワノバはやれやれと思いながらも、話を続けた。
「マリー嬢ちゃん、ちょっと不用心じゃぞ。ホワイトアローEXが隕石を落とすという話が一般に知れ渡っておったら、相手が真っ先に破壊してくるかもしれぬ」
 それを聞いたマリーは作業の手を止めた。
「確かにそれはそうね」
「何しろ、相手は不定形リエラの持ち主じゃ。向こうの砲撃ばかり警戒しておればよいわけでもないしのう」
「で、どうするの? サワノバ」
 すっかりと仲間のようにそう問いかけるマリーに、サワノバは荷物を降ろしてこう答える。
「ワシが護衛兼製造として、現場で24時間生活させて貰うつもりじゃ」
「それは助かるわ。サワノバが手伝ってくれるなら、早くできそうね」
 マリーは今までのサワノバの働きを思いだし、彼の申し出を快諾する。

 こうして、ホワイトアローEXは少しずつ完成へと向かっていった。もちろん、リエラで隕石を落とす案の方も準備は進んでいく。
「うーん」
 天文部から借りた資料を前に頭を抱えているのは、“海皇の娘”カイゼルと“白き風の”エルフリーデ。彼女たちは何をしているのかというと、隕石が落下する地点の予測および、打ち上げ地点の割り出しである。
「え……と、私は余り数学に詳しくないのですが、隕石の観測地点、隕石の落下するまでの時間、観測地点から落下地点までの距離が分かれば、あとは逆算していけばおおよその打ち上げ地点まで分かるのではないかと思うです」
 と、エルフリーデが推測を述べる。このことをマリーに話すと、「不可能ではないが膨大な計算が必要ね」との事だった。
「蒸気演算機の使用許可を取っておくわね。何かの役に立つと思うわ」
 マリーはそう言うが、それが当てにならないのは風の噂で聞いた事がある。あとは人海戦術で何とかするしかなさそうである。
「もう少ししたら、天文部の人も手伝いに来てくれるって話だよ。頑張ろう」
 カイゼルの言葉に、エルフリーデも頷く。そこにあるのは、女神では無く自分たちがアルメイスを守るという、確固たる信念だった。

 天に浮かぶ女神が女神ではなかったと聞いて、“深緑の泉”円は落胆していた。
(がっかりですです……)
 以前の円だったら、きっとここで終わっていただろう。だが、今の円は違う。
「がっかりしてばかりもいられないですよね。女神様が頑張ってるですのに、私がこうやってがっかりしてたらおこられちゃうですです♪」
 自分の中でそう気持ちを奮い立たせ、円は自分に何が出来るかを考えた。そして、彼女が出した結論は……
「お弁当を作るです! お弁当を作って、撃ち落とす人達に持って行ったら、喜んでもらえるですよね」
 早速、円はグループ「茶屋『山茶花』」の面々に声を掛ける。程なく、何人かが手伝いに名乗りを上げてくれた。
「そうと決まれば、早速会長さんの所に行って、調理室を貸して貰えるように頼んでみるです」
 円は精一杯の勇気を振り絞り、双樹会会長マイヤの所に行った。すると、円の予想に反して、マイヤはあっさりと許可をだす。
「先程、隕石対策本部の名前で調理室使用の申請がありましたからね。そちらと合流すると良いでしょう」
 その言葉に、山茶花の面々は早速調理室へと向かった。部屋に入ると、そこには既に食材が準備されている。
「これくらいで良いかな」
 そう言うのは、エンゲルスだった。彼もまた現場への食事の差し入れを考えていたのだ。話を聞いたエンゲルスは、差し入れ弁当の制作を山茶花に依頼する事にする。
(これで、人件費が浮きますね。後は、余った弁当を持ち帰れば食費も……)
 エンゲルスの思惑はさておき、早速山茶花の面々は調理を開始した。次々と作られていく弁当の山。
 だが、その弁当を配るには、円はやや不向きであった。何しろ、彼女は隠れるための木箱を持っているくらい、人見知りが激しいのだ。
「じゃ、私が配るよ!」
 “路地裏の狼”マリュウはそう言うが早いが、“宵闇に潜む者”紫苑と共に早速弁当を持って調理室を飛び出していく。
「山茶花特製のお弁当ですよ〜♪ 学園を守る勇者のために、なんとタダ!」
 現場に着いたマリュウ達は、元気良く愛想良くお弁当を配っていった。そして、いろいろ出される要求を、マリュウは次々と捌いていった。
「はい。お茶! それと、1つじゃ足りない食いしん坊は、遠慮無く言ってね! おかわり自由だよ〜♪」
(これで、山茶花の知名度アップするといいなぁ)
 そう思いながら、マリュウは最後に残ったマリュウお手製の弁当を紫苑に渡し、彼女たちは意気揚々と戻ってきた。すると、マリュウ達とは反対に、エンゲルスはどんよりと沈んでいる。
「お弁当が残らなかったなんて……」
 残った弁当を当てにしていたエンゲルスは、がっくりと膝をついた。


■裏切られた心■
「……そんな事、あるわけ無ぇよな……」
 昼休み。食事を終えたキックスは教室で一人空を見ていた。と、そこへ一人の生徒がやってくる。
「キックス。ちょっといぃ?」
「……何だよ?」
 それは“ぐうたら”ナギリエッタだった。顔を上げるキックスに、ナギリエッタはこう話を切り出した。
「ボクはナギリエッタ。トモダチのキーウィから、望遠鏡を貸してくれた恩人がピンチだから力を貸してって頼まれたんだ」
「……それで?」
「もし、一人で隕石落としの犯人を捜す気なら、手伝おうと思ったんだょ」
 そこまでナギリエッタが言った時、キックスはふいと横を向いた。
「何だ、そんな事か。俺は犯人探すつもりは無ぇ。俺はそんなに、あんた達のような善人じゃねぇよ」
 その言葉に、ナギリエッタは驚いた。キックスが犯人を捜すつもりでは無かったからではない。
(キックス、エリスと同じ事言ってるょ。……なんか、そっくりだね)
 ただ、そうは言っても、キックスがそう言う以上は話を続けるべきではないだろう。そう。丁度エリスがそうであるように。ナギリエッタはそう考えて、その場を離れようとした。
 と、そこへ別の生徒がやってくる。
「キックス。ちょっと良いかの?」
「……何だよ?」
 そこへ来た生徒、“探求者”ミリーにキックスはうんざりしたというような目を向ける。だが、その視線はミリーの探求心をくじかせたわけでもなく、ミリーは話を続けた。
「今回の隕石騒ぎの犯人は、そなたによく似た少年だそうじゃ」
「ああ、マリエージュ先輩がそう言ってたな」
「じゃが、犯人はそなたではない。そこで、二つほどそなたに尋ねたい」
 そこまで言って、ミリーはキックスの返事を待つ。すると、キックスはあきらめ顔でこう答えた。
「……質問があるなら、早くしろよ」
「うむ。では一つ。そなたは犯人の少年が捕らえられても構わぬか?」
「好きにしろよ。俺がどうこう言ったってしょうがないだろ」
 キックスが即答した事にミリーは軽く驚いたが、すぐに気を取り直し次の質問をする。
「犯人が捕らえられたら、その少年をそなたに会わせたいのだが、構わぬか?」
 その言葉に、キックスの表情がはっと変わる。ミリーはやや意地悪く追求をした。
「どうしたのじゃ? 何かまずい事でもあるのかの?」
「ないけど……俺が犯人に会う理由もないぞ」
「こちらにはある。その少年を確保できた場合、キリツ。そなたに会わせれば更に情報が得られるかもしれんしの」
 ミリーは「どうじゃ?」と更に問いかけた。キックスは少し黙っていたが、最後にはこう答える。
「……わかったよ。だが、俺は犯人捜しは手伝わないぜ?」
 ミリーはそれを了承し、そこを離れた。その一部始終を見ていたナギリエッタは、そっとその場を離れる。
(キックス……さっきはあんなこと言ってたけど、一人で決着をつけようと思ってるのかも……)
 そう考えたナギリエッタは、もう少しキックスの様子に気を配る事にした。
(勇気と無謀は違うょ。キックス)

 その日の夕方、天文部部室。夜に備えて部員達が仮眠を取る。起きているのは見習い部員と、キックスだけ。
(まさか、本当に隕石を拾えるとは思わなかったな……)
 “翡翠の闇星”ガークスは、石の欠片を見ながらその部屋で待機していた。彼が見ている石は、先日の事件で落ちてきていた隕石。もちろん、実際は人為的に落とされたただの石である事は、ガークスも知っている。
(……それにしても、こんな物をアルメイスに落とすなんて、犯人は何を考えてるんだか)
 今回の隕石事件で一番の疑問が、この『動機』であった。
「犯人はアルメイスを壊したいのか、それとも何か他に狙っている物があるのか……気になるな。どう思う? キックス」
 ガークスは何とはなしに、キックスにそう話を向けてみた。キックスは静かに観測の準備をしながら、ぼそぼそとこう答える。
「……わかんねぇ」
「でも、何か気にかかる事とか思い当たる事があるんじゃないんか?」
 そう言われたキックスは、星図を丸めながらガークスに背を向ける。
「……思い当たる事は、もう無くなったよ……たぶん」
(もう? じゃ、前はあったのか……?)
 ガークスはそう思ったが、追求はしなかった。自分に背を向けたという事は、これ以上は話したくないと言うキックスの意思の表れだろう。誰にでも人に言いたくない事はあるものだ。
 普段なら、あとはこのまま黙って作業を進め、夜になるまで静かな時が流れるはずだった。だが、その日は珍しくキックスがガークスに向き直り、反対に話しかけてきた。
「ところで……あんたは犯人が気になるのか? 昼間も、俺に犯人捜しするのかとか犯人を会わせたいとか言う奴らが来てたんだ。俺は正直興味はないんだけど」
 その言葉に、ガークスは小さく頷く。
「ああ、気になる。もし、隕石落としの犯人のせいでここが……アルメイスが無くなったりしたら……困るんだ。俺はいろいろあって……このアルメイス以外に行けるような場所がないしな」
 ガークスの言葉に、キックスははっとした顔を見せた。そして、深々と頭を下げる。
「……変な事聞いて悪かった……ごめん」
「いいさ。お互い様だ」
 そして、二人は他の見習い部員と共にまた黙って準備を続ける。しばらく作業を続けると、天文部の扉を叩く音が聞こえた。
「……いつものかな」
 キックスはそう言うと、扉を開けた。そこにいたのは、“六翼の”セラス。セラスは、先日天文部を訪れてからずっと、夜間観測の時に差し入れをしていた。
 ただ、今日はセラスの後ろにもう一人いる。“深藍の冬凪”柊 細雪である。聞けば、入り口で一緒になったとの事。
「お弁当、持ってきたよ。今日は白身魚のフライ!」
 セラスの声がすると、部員の何人かがもそもそと起き出す。
「やぁ、セラスちゃん。今日も萌えだねぇ」
 天文部の恰幅の良い先輩のそんな言葉に顔を引きつらせながら、セラスはお弁当を机に置いた。
「ところで、ちょっと良いかな。お願いしたい事があるんだけど」
 お弁当に手を伸ばそうとした先輩に、セラスが話しかける。
「何かな? セラスちゃんの頼みなら、出来る限り何でも聞いちゃうよ〜」
 そう答える先輩に、セラスは早速頼み事の内容を説明する。
「双樹会が『隕石対策本部』ってのを立ち上げたんだって。で、観測員とか数が必要みたい。天文部に手伝って欲しいんだけど」
 そこまで聞いた時、キックスが言った。
「……俺は手伝わないぞ。勝手にしろ」
 キックスは過去にもそう言った事がある。基本的に、キックスは『組織』とかが嫌いなのだ。セラが提案した体系的な組織の話を聞いたら、もっと強く拒絶した事だろう。
「じゃ、他の人は?」
 セラスの言葉に、先輩が腕を組みながら頷く。
「うーん。それについては良い話と悪い方が有るけど、どっちを先に聞く?」
「当然、良い方」
 セラスの言葉に、先輩は頷いた。
「じゃ、良い方〜。隕石対策本部からも、既に協力要請があったんだ。もう、協力すると答えてあるよぉ」
 セラスはその答えに満足して、お茶の準備を始める。が、先輩の話は終わったわけではなかった。
「で、悪い方〜。天文部全員が観測班に入るには機材が足りないから、代表して僕が行く事になってるからぁ」
 そこまで聞いたセラスは、特に落胆する事もなく準備を手早く済ませ、先輩に言う。
「じゃ、私、先に行ってるね!」
 次の瞬間、飛び出していく人のために用意していたサンドイッチを自分でつかみ、セラスは部屋を飛び出していく。その後ろ姿を見送りながら、先輩もサンドイッチに手を伸ばしていた。
「ところで、キリツ殿」
 その声に、こちらも弁当に手を伸ばそうとしていたキックスは少し驚いた。声を掛けたのは、先程からずっとそこにいた細雪である。
「……あんた。まだいたのか」
「拙者、まだキリツ殿に話を伺ってないので」
 そう言うと、細雪は話を切り出す。
「拙者は、この街が好きでござる。故に、街が攻撃されているのを見過ごすわけには行きませぬ」
「……で? そう言うならここで油を売ってないで、対策本部にでも行ったらどうだ?」
 キックスは細雪の言葉に、そう言って冷ややかな視線を向けた。だが、細雪は話を続ける。
「キリツ殿は、なにやら隕石について思うところがある様子。せめて手掛かりだけでもと思い立ち、是非にお伺いしたく候」
 細雪の言葉に、キックスは即答した。
「思うところはもう無い。だから帰れよ」
 先程のガークスへの返答と同じ言葉を、キックスは細雪にも返す。ただ、細雪はガークスとは違っていた。
「もう……? では、前はあったのでござるか?」
 手掛かりを得ようと言う意志が先立ち、先程ガークスが踏み込めなかった領域に細雪は踏み込んだのだ。だが、当然ながらそれはキックスの癇にさわった。
「……帰れ」
 その言葉の圧力に、他の者がキックスを押さえつける。もし、彼らがキックスを押さえつけなかったら、たぶん天文部の部室はキックスの怒りで滅茶苦茶になってただろう。
「落ち着けよぉ。キックス〜。ほら、星砂糖でも食べなって」
 先輩が機転を利かせて、常に持ち歩いているお菓子『星砂糖』をキックスの口いっぱいに放り込んだ。咳き込むキックスに、先輩が言う。
「……話さないと、たぶんいつまで経ってもキミに話を聞こうとする人が来ると思うよぉ。ずっと逃げられるわけじゃないんだしねぇ」
 その言葉を聞いたキックスは、口の中に残った星砂糖をどうにか飲み込むと椅子に座った。
「……じゃあ、先輩には話すっす」
 ガークスや細雪から視線を外し、キックスはゆっくりと話し始める。
「……俺には姉さんがいました。名前はファラン」
 キックスの姉の話は、それなりに知られるところであった。詳しくは説明を省くが、キックスがアルメイスに来たのも、姉に起因するところである。
「……姉さんも俺と同じフューリアでした。そして、姉さんのリエラも俺のロイズ・フォックナーと同じ形でした。もしかしたら、リエラも兄弟だったのかもしれない」
「では……今回の騒ぎは姉君と何らかの関係があると言う事でござるか?」
 細雪の言葉に、キックスがきつい視線を向ける。
「……姉さんは下衆野郎に殺されたんだ! そんなわけないだろう!」
「落ち着けよぉ。星砂糖、もっと食べなって」
 先輩がそう言って、星砂糖の袋をテーブルに置く。キックスはそれに手を伸ばすと、話を続けた。
「姉さんは、俺が子供の頃良く流星を見せてくれたんです。姉さんのリエラは石を高く高く打ち上げて、それを操る事が出来た。まるで流れ星の様に……」
「なるほど。今回と同じだ」
 ガークスの言葉に頷くキックス。
「……あの隕石の落ち方は、姉さんが昔見せてくれた流星にそっくりだった……。もしかしたら細雪が言ったように姉さんが生きていて、俺にメッセージを送ったのかもと思った……。でも、マリエージュ先輩の話で、そうじゃない事が分かった」
「どうかなぁ? 女の子だって男装すれば、まだ可能性はあるんじゃあ……」
 先輩がそう疑問を投げかけると、キックスは首を振った。
「もう良いんです。どんなに落ちぶれたって、姉さんが他の人に迷惑を掛けるわけがない……。少しでも期待した俺が馬鹿だった……。やっぱり姉さんは死んだんだ……」
 最後にそう言って、キックスは星砂糖をかみ砕く。歯ぎしりと共に聞こえるその音が、キックスの悔しさを物語っていた。そう。今回の事件は、キックスの心を裏切ってもいたのだ。
「なるほど……そうでござったか……。すまなかったでござる。ならば尚更、犯人の真意を確かめなければなりますまい」
 話を聞いた細雪は、そう言って部室を後にした。その後について、先輩も隕石対策本部へ向かうからと、部室を後にする。


■おとなこども■
(リムが第1発見者ではないのは、意外だったわ)
 “銀の飛跡”シルフィスは、そこに疑問を感じていた。
(店先に落ちて音に気づかないなんて……リエラを使って干渉したのかしら?)
 シルフィスは疑問を解き明かすべく、アッタとリムの夢工房へと向かう。するとそこには、“泡沫の夢”マーティと“銀晶”ランドのミステリー研究会コンビが先客としてきていた。
「えっと、消しゴムと鉛筆を10セット。領収証をアルメイスミステリー研究会宛で切ってね」
 リムに情報を聞くときの礼儀として、マーティが早速買い物をする。
「毎度おおきに!」
 リムは嬉々として品物を包むと、マーティに言った。
「で、なんか用があるんやな?」
「さっすが、話が早いわね。リムちゃん。えっと、隕石の第1発見者がお店に来たのが具体的にいつだったか覚えてる?」
 すると、リムは少し考えるとこう答えた。
「帳簿見てくるから、ちょっと待ってや〜」
 奥に引っ込み、アッタと共に帳簿をめくるリム。と、程なくリムが問題の日をみつけた。
「あ、これや。あの日は、人はおったけど売り上げはよう上がらへんかったんや」
 それを聞いたマーティは、横にいたランドにいつものように頼む。
「じゃ、よろしくね……えーと、ランドちゃん。『過去視』に入るから」
 マーティの過去視に関しては、既に説明するまでもないだろう。先日の銀色リエラ事件で、自らの記憶と引き替えに銀色リエラの正体を突き止めた話は、他の人にも知られるところであった。その時に代償として失った記憶の中にはランドの名前もあり、マーティは改めて覚え直したランドの名前を確認するように、そう言った。
 ランドとリム、そして話が切り出せずにそのまま立ち会う事になったシルフィスの前で、マーティは早速交信レベルを上げた。程なく、マーティのリエラ『スパイラルパスト』が映像を映し出す。今回は大体の日付と時間、そして場所が分かっているから、映像が問題の少年を映し出すまでにはそれほど時間はかからなかった。
「こ、この映像は……なんだってぇ?!」
 と、急に少年の姿を見たランドが驚いた。……見る人が見れば、その驚きは白々しいものだとはすぐ分かっただろうが。
「なんや、知っとるの?」「いや、知らないが」
 リムのツッコミをさらりと流すと、ランドはその少年の一挙一動を見逃すまいと映像を食い入るように見つめる。と、シルフィスが言った。
「リム。お金はこの映像を見終わってから払うから、紙と書くものを売って!」
 シルフィスは元々、リムの話を聞いて第1発見者の少年の容姿をスケッチするつもりでここに来ていた。だが、自分の目の前にその少年の映像がある以上、これをスケッチしないという手はない。リムからスケッチブックと鉛筆を受け取ると、シルフィスは早速鉛筆を走らせる。
 そして、映像が終わった。マーティを支えてほっと息をつくランドの横で、シルフィスがスケッチブックを見つめる。
「……デッサンだけでも何とかできたわね。色鉛筆も買うわ。リム」
 そこに描かれていたのは、確かに映像に出てきていた少年だった。


「けしからん! けしからんのじゃ!」
 “賢者”ラザルスは激怒していた。必ず彼の純粋無垢なる探求心を弄んだ犯人を捕まえると、心に誓う。ここにも一人、隕石に裏切られた者がいた。
 彼は早速、ネイの所に向かう。ネイの情報収集能力と観察力で、ラザルスが気づかなかった情報を見つけようと言うのが狙いだ。
 ラザルスがネイのいた学食についた時、そこには既に“炎華の奏者”グリンダとキーウィがいた。今は、キーウィがネイと話している。
「リムはんのところに行って、第一発見者の少年について聞いてきたんよ。ネイはん、知っとった?」
「聞いてみないと、知ってたかどうかは分かりませんね」
 ネイが冗談めかしてそう相づちを打つと、キーウィが早速リムから聞いてきた話をする。
「第一発見者の少年は、大きな帽子を被ってたんよ。その帽子、マリーはんの話と照らし合わせてみたら、どうも犯人の被ってた帽子と同じものやったんよ」
 その言葉に、ラザルスは先日の過去視のシーンを思い出した。特徴のある帽子だったので、ラザルスも覚えている。もっとも、帽子はどこでも売っているものなので、それが有力な証拠になるとは思えない。
「それがそうでもないんよ。あの帽子、アルメイスの帽子屋には売ってなくて、なんか特注らしいんや」
 キーウィはそう説明すると、絵を1枚取り出す。これはマーティの過去視をシルフィスがスケッチし、それを更にキーウィが写したものである。
 その絵を見せながら、アルメイスの帽子屋でその帽子を作った者はいなかったと、キーウィは補足した。
「背格好は犯人と同じくらい。肌は褐色や無かったけど、髪は黒かったそうや」
「肌の色とかは夜なら簡単にごまかせるからのぅ。犯人の肌が褐色でない可能性もあり得るのじゃ」
 ラザルスがそう横やりを入れ、絵を見る。
 ネイはずっと腕を組んで話を聞いていたが、そこまで聞いてようやく口を開いた。
「……同一人物かもしれませんね。私の山吹色の脳細胞がそう告げているのです」
「うちもそう思うねん。ただ、はっきりとした証拠はつかめへんかったんやけど……」
 キーウィがそう言うと、ネイはその手を取った。
「それはこれから調べましょう! ありがとうございます!」
 そう言うと早速どこかへ出かけようとするので、あわててラザルスとグリンダがそれを止める。
「まだ、話は終わってないわよ」
「おっと、そうでした。で、グリンダさんの方のご用件は?」
 ネイが改めて席に着くと、グリンダは自分の用件を話し始めた。
「今回の事件、キックスが犯人じゃないとしても、無関係とは考えにくいわ。キックスを恨んでいる人が、キックスに責任を押しつけようとしたのかもしれない」
 ネイは再び腕を組む。グリンダの言葉を聞くのに集中しているのだ。
「わしも彼がやったとは思えんのう」
 ラザルスが相づちを打ったのを受け、グリンダは話を続けた。
「で、隕石が落ちてくる前にキックスと喧嘩をしていた生徒っていたわね?」
「ええ。いました」
 ネイが頷くと、グリンダは言った。
「その生徒を調べましょう」
「ふむ。わしも同じ事を考えておったよ。わしもその生徒を調べるべきじゃと思うのう」
 ラザルスからもそう言われたネイは、すっくと立ち上がった。
「……私の緋色の脳細胞にも、ピンと来るものがありました。早速行きましょう。相手が誰かは既に知るところですので。」
「ふむ。では、相手のリエラがどんなものかも、わかっておるのかの?」
 ラザルスは一番気になったところをネイに尋ねた。ネイは首を振ると学食の出口に向かう。
「そこまでは調べてませんでしたが、行けば分かるでしょう」
 その言葉に、そこにいた生徒達もネイの後について出口へと向かった。と、そこでグリンダが尋ねる。
「ところで、その生徒の名前は?」
「名前はイザーク。イザーク・エルグロードだそうですよ」

 その頃、キックスと喧嘩していたその問題の生徒イザークの所には、自他共に学内1の地獄耳と認める2人“待宵姫”シェラザードと“七彩の奏咒”ルカがいた。彼女たちはネイに負けじとも劣らぬ噂の収集能力で、キックスと喧嘩をしたイザークの事を独自に割り出したのだ。
 “旋律の”プラチナムも少し遅れてイザークの所にたどり着くが、既にイザークはルカと話している。仕方なく、プラチナムは彼女たちの話を聞く事にした。どうも、ルカはイザークとゆっくり話をしたいと交渉をしているようである。
「ルカに少しお時間下さいませんかぁ?」
 ルカは丁寧にそう話をしていたが、イザークは余り話には乗ってこないようだ。自分の黒髪を軽く掻き上げ、面倒くさそうに応える。
「僕、忙しいんですが。どうせたいした用事じゃないんでしょ?」
 そう言うイザークを見たシェラザードは、ルカと選手交代しイザークに艶めかしく迫る。
「ねぇ。お姉さんとお話ししない? お話ししてくれたら、あとでイイ事してあ・げ・る・か・ら★」
 シェラザードの体を張った交渉に、イザークは簡単に落ちた。
「そ、そう言う事なら話を聞いてみようかな……はっはっは」
 鼻の下を伸ばすイザークの姿を見て、そこにいた他の生徒は苦笑するしかなかった、とか。
 程なく、そこにネイ達が到着する。イザークはと言うと、シェラザードから選手交代したルカと話していたところだった。
「この子はルカのリエラ、リュームです。イザークさんのリエラは、どんな子ですか?」
 だが、イザークは口ごもる。
「リエラ……ですか? 僕のリエラって、あなたのそれと違ってあんまり人に見せられるようなものじゃないんですけどねぇ?」
 すると、それを聞いたグリンダはそっとその場所を離れ、物陰に隠れた。そして、交信レベルを上げ、彼女のリエラ『アウムドラ』をイザークの元へと向かわせる。
「えー、そんな事無いですよ」
 ルカがねばり強く交渉するが、イザークは何故かリエラの事を話したがらなかった。そこへ、アウムドラが飛んでくる。
「蛍?」
 イザークがアウムドラの姿を見たその瞬間、彼の態度が一変した。アウムドラがその能力『行動操作』を発動させたのだ。
「……わかりました。じゃ見せましょ。でも、気持ち悪がって逃げたりしないで下さいよ?」
 突然の豹変ぶりに驚きながらも、そこにいた生徒達は頷いた。早速、イザークは交信レベルを上げ、リエラを呼び出す。
「来るんだ! バックス!」
 そこに呼び出されたリエラは、半透明の液体状リエラだった。そして、ラザルスはそのリエラに見覚えがあった……。

 その後、行動操作によって『正直に』なったイザークから、ネイ達は話を聞く事にする。
「先日は大変でしたね。キックスさんに喧嘩をふっかけられたとか?」
 ルカが核心に迫るべく、そう切り込んだ。すると色白のイザークの顔がみるみる真っ赤になっていく。
「ああ、あの失礼な貧乏人! 大変でしたよ!」
「あら? じゃ、喧嘩をふっかけてきたのはキックスなの?」
 シェラザードの問いに、イザークは力強く応える。
「そうですよ! 僕がお菓子を買おうと購買に並ぼうとしたら、『てめぇは後ろだ。阿呆』とか難癖つけてくるんですからね。低俗な彼は、僕の価値を理解しようともしない」
「それで、どうなったのですか?」
 プラチナムが丁寧に尋ねると、イザークは更に力説した。
「当然、『君こそ後ろに並びなさい。貧乏人』と言いましたよ。僕の方が彼より購買に対して貢献できますからねぇ。その時も、お菓子を一棚分買うつもりでしたし。そう言う客の方が優先されるべきでしょ? ですが、彼はそれを拒否して殴りかかってきたので、外に出て正義の鉄槌を食らわせてやりましたよ」
 そこまで聞いたネイは、状況を大体理解したようだ。
「キックスは金持ちが無茶をする事を、誰よりも嫌ってますからね。それはキックスから喧嘩を売られても、致し方ないところでしょう」
 だが、イザークはその言葉に、更に顔を紅潮させる。
「無茶? じゃあ、店は利益を追求するなというのですか? 彼の数千倍の利益を、僕は購買にもたらせるんですよ?」
 そこまでイザークが言う頃には、他の生徒達もあらかた状況は理解できていた。結局、イザークは自分の非を棚に上げ、キックスを逆恨みしているのだ。
「わかりました。皆さん、帰りましょう」
 ネイが話を切り上げるように提案する。これ以上会話を続けると、キックスのように切れる者が出ると判断したのだ。そして、それは他の生徒達もうすうす感じていたところではあった。
 ネイの提案は受け入れられ、ネイ達はそこを離れる。その帰り道、シェラザードはネイに尋ねた。
「ところで、一つ聞きたい事があるんだけど。キックスにお姉さん以外の兄弟っていたのかしら? もしかして双子……とか」
 ネイはその問いに、記憶のメモ帳をぺらぺらとめくって答える。
「いえ、私の知る範囲ではいないはずです。キックスは2人兄弟でした……多分」
「多分?」
 シェラザードが追求すると、ネイは腕を組んだ。
「もし、キックス自身が知らない兄弟がいたとしたら、それは私も知るところではありません。キックスが物心つかないうちに、口減らしなどで里子に出された兄弟がいないとは限りませんからね」
 それは確かな事だった。ネイにだって、知らない事はあるのだ。


■甦る記憶■
 “天津風”リーヴァは、自分の仮定を裏付けるべく調査をしていた。彼の仮定はこうである。
「女神は現れない日がある。石は毎日降るのだから、女神の主には毎日呼び出せない理由があるという事だ。それは察するに、毎晩のリエラ召還のために疲労がたまっているからではないか」
 そこで、彼は生徒の中で最近疲れている様子の者、休みが増えた者を調べる事にしたのだ。ただ、複数の教授などに話を聞いた結果、一番先に浮かび上がってきたのは……
「ああ、それならレティー・ダークよね。これだけ続くと不登校かしらん」
 ……リーヴァの調査が実を結ぶまでには、あとほんの少し時間を必要としていた。

 教授が言ったように、最近のレダは学校を休むようになっていた。
(5年前無くなった姉さん……レダはその姉さんにそっくりだった……。僕は、姉さんに続いてレダまで失うのか……?)
 他の人の何倍もレダの事が心配になった“混沌の使者”ファントムは、早速彼女のクラスに向かう。
「レダの友達はいるかな?」
 教室に着いてファントムがクラスメートにそう尋ねると、その生徒は少し悩んだ。
「うーん。あの子、みんなと仲良しだから、誰か特定の仲が良い子っていないんじゃないかなぁ」
 それは、良い事なのか悪い事なのか、ファントムには分からなかった。結局、レダには遊んでくれる仲間はいるが、心配してくれる友達はいないのかもしれなかったからだ。
 ともあれ、ファントムは自分の目的を果たすべく、更に尋ねる。
「すまないけど、誰かここ数日の授業のノートを貸してくれないか? 写したいんだけど」
 すると、その生徒はぽむと手を叩く。
「そう言えば、休み時間に熱心にノートを書き写してる人がいたわ。ちょっと待ってて。その人呼んでくるね」
 その生徒が別の生徒の所に行く。その生徒は確かに、休み時間なのにせっせとノートを書き写していた。
「アルスキール。ちょっといい?」
 その生徒、“抗う者”アルスキールは事情を聞くと、首を振る。
「このノートは、僕がレダに渡すんです」
 レダは見かけこそ幼いが、年は15歳である。同じ15歳であるアルスキールは、レダと学年が同じという事を最大限に生かし、自分のノートをレダ用にまとめていたのだ。
 アルスキールの声は、ファントムの所にも聞こえていた。ファントムはライバルの出現を感じながら、別の所を当たる事にする。

 その頃、レダはまた授業をさぼって時計塔広場で寝ていた。もちろん、その側にはアルファントゥの姿もある。
 そこへ、一人の生徒が忍び寄っていた。彼の名は“笑う道化”ラック。ラックは自分の全神経を集中させて足音を消し、脳をフル回転させて最もバレにくい位置へと回り込む。
 だんだんとレダに近づいていき、あと0.5アースで側につくといったその時。
「……?」
 ラックの気配を感じたのか、アルファントゥがラックの方に視線を向ける。見つかってしまったラックは、人差し指を唇の前に立てながらアルファントゥに小声で話しかける。
「しー! ……みつかってしもうたかぁ♪」
 アルファントゥはレダの身を守るべく、全身の体毛でレダを包む。それを見たラックは、手を振りながらアルファントゥに言った。
「あ、ちゃうねん。僕はレダじゃなくて、アルファントゥに用があるんや」

 その夜、ファントムとアルスキールは、別々かつ同時にレダの元を訪れる。が、そこにいたのは……
「えへへ……いっぺんやってみたかったんや……♪」
 ……レダと一緒にアルファントゥにくるまって萌えまくっていたラックの姿だったとか。
 と、そこに別の生徒がやってくる。
「お、先客がいたとはねぇ」
 それは“白衣の悪魔”カズヤだった。小脇には毛布を抱えている。
「その毛布は?」
 ファントムが尋ねると、カズヤは毛布を広げながら言った。
「これか? レダって、毎日夜更かししてるんだろ? だから、レダが休めそうな時にすぐに寝れるように、ってな」
 だが、その毛布は他の誰が見ても、レダに掛けるには不自然に大きい。誰言うと無くそのことを尋ねると、カズヤはレダとラックを見ながら答える。
「ま、個人的にはレダと一緒に寝たいんだけどな」
「寝る……って?」
「おいおい。最後まで言わせんなよ」
 カズヤのその言葉に、周りの者は引きつった笑いを見せるしかなかった。
「ところで、そろそろ起こさなくて良いのか?」
 また別の生徒が、そう言ってやってくる。“銀嶺の氷嵐”サキトである。辺りはすっかり暗くなり、星も瞬き始めていた。サキトはレダの頭を優しくぽむぽむと叩くと、レダに話しかける。
「レダ。そろそろ起きた方がいいぞ」
 その言葉に、レダはむにゃむにゃ言いながらも、ようやく目を覚ました。
「うにぃ〜。おはよう〜。おやすみ〜」
 まだ寝ぼけているらしいレダに、ファントムがコーヒーを差し出す。言われるままにコーヒーを飲んだレダは、目をぱっちりと見開いた。
「苦い〜!」
 あわてて、アルスキールが『山茶花オリジナルお茶飴』をレダに渡す。口の苦さが中和されたレダは、ようやくいつものレダに戻った。アルスキールはほっと胸をなで下ろすと、早速レダに話しかける。
「いくつか、聞きたい事があるのですが。レダとアルファントゥに」
「いいよ〜。な〜に?」
 レダがいつもの笑顔で言うと、アルスキールはまずレダに尋ねた。
「どうして、ティベロンにそこまで執着するのですか? 何か、心当たりのようなものでもないですか?」
 が、これは愚問だったと言っていいだろう。それが分かっていれば、今頃レダはもう少し穏やかな生活を送っていたはずだ。ぶんぶんと首を振るレダを見て、アルスキールは質問の相手を変える事にした。
「では、次はアルファントゥに……」
「ちょっと待った。俺もアルファントゥに話を聞きてぇ。ってーか、アルファントゥはレダがこんな状態になってるのに、女神を観るのを止めたりしないんだな。その辺聞きたいから、交信させて貰えねぇか?」
 そう言うのはカズヤ。だが、レダがアルファントゥにそれを伝えると、レダは首を振った。
「アルは出来れば話したくないって」
 すると、アルスキールは少し怒ったような口ぶりで、アルファントゥに向かって言う。
「何故、レダにティベロンの事をしっかり教えないんですか。この状態が続くとレダにとって精神的にも身体的にも良くないんですよ」
 その次の瞬間、アルファントゥが驚く。いや、確かにそこにいた生徒達には、アルファントゥが驚いたように感じられたのだ。
「……アルが、2人に謝りたいって。交信するから、ボクと手をつないで、目を閉じて」
 アルファントゥに埋まりながら言うレダの言葉に従い、アルスキールとカズヤはレダと手をつなぐ。
「いくよ……」
 レダの声と共に、繋いだ手から何かが体を駆け抜ける。それは、無形なる力場の流れとでも形容するべきものだった。その力場の中に、漆黒の巨躯が浮かび上がる。アルファントゥだ。
「ようこそ。私の名はアルファントゥ。アルスキールとカズヤと言ったか。先程はすまなかった」
「謝るべきは僕達ではなく、レダへだと思います」
 アルスキールの言葉に、アルファントゥは頷く。
「では、話を聞こう。アルスキール」
 アルファントゥの言葉に、アルスキールは先程と同じ事を問いかけた。アルファントゥはゆっくりとこう答える。
「私がレティーにティベロンの事を教えなかったのは、思い出して欲しかったから。私が教えては、レティーの為にならないと思ったから。だが、それは誤りだったようだ」
「思い出す? そもそも、アレは本当にティベロンなのかよ?」
 カズヤが問うと、アルファントゥはこくりと頷いた。
「そうだ。彼女は果てなき大地のティベロン」
「じゃ、レダが女神を観ている理由って何なんだ?」
 カズヤがそう尋ねると、アルファントゥは少し躊躇した後にこう答えた。
「この期に及んでも、私はレティーに彼女の事を思い出して欲しいと思う。レティーが彼女を観ているのは、レティーがレティー・ダークという一人の人として大切な記憶を思い出そうとしているからに他ならない」
「では、答えを教えてはくれないのですね」
 アルスキールの問いにアルファントゥはこくりと頷くと、最後の言葉を告げる。
「人の子よ。まもなく輪が閉じる。レティーの事を頼む……」
 その言葉と共に力場は暗闇に包まれ、アルファントゥの姿は闇にと消えていく。交信の時間が終わったのだ。
 ゆっくりと目を開くアルスキールとカズヤは、アルファントゥの言葉を伝えた。
「うーん。でも、ボク、てぃべろんが何だか思い出せないよ……」
 悩むレダの頭をぽむぽむと優しく叩きながら、サキトが呟いた。
「あれは本当にティベロンだったのか……」
「どういう事〜?」
 レダが尋ねるが、サキトは微笑んで答えてくれなかった。
(流石に、突飛すぎたかな……)

 その後、レダ達は女神が現れるまでいつものように待つ事にした。お茶や料理を飲み食いしながら、和やかな時間が過ぎる。ただ、レダはというと……
「うう……。勉強、むずかしいよ〜」
 ファントムとアルスキールが作ったノートを前に、頭を抱えていた。と、そこへ……
「いや〜。遅れてすまへん。女神を見るお茶会はこっちやな?」
 そう言って“轟轟たる爆轟”ルオーが現れた。両手いっぱいに抱えた酒瓶を降ろしながら、ルオーは空いている場所に腰を下ろす。
「ラジェッタちゃん誘おうと思うて話つけに行ったんやけど、いや〜、エイムはん厳しいわ」
 笑いながらルオーが遅れた理由を説明する。どうやら、ラジェッタを誘おうとして、父親のエイムに断られたらしい。ただ、ルオーの嗜好を考えると、エイムは賢明な判断をしたといえるだろう。
「まぁ、親子水入らずを邪魔するのもなんやし、しゃあないなぁ」
 そこまで言ったルオーに、レダが尋ねる。
「らじぇったって、誰?」
 ルオーは先日の銀色リエラ事件の事を、事細かにレダに伝えた。街を徘徊していた銀色リエラは、自存型リエラ研究員のエイムだったこと。そして、レアンが連れてきた少女ラジェッタは、そのエイムの娘であり……銀色リエラのフューリアだったこと。
「えっと、じゃ、らじぇったはリエラの子供なの?」
 ルオーは笑いながら否定した。
「ちゃうちゃう。どう説明したらええんかなぁ。ラジェッタちゃんは、エイムはんが昔人間やった時の子供や」
「そうなんだ〜。なるほど〜」
 レダが納得する。
 と、今の話を聞いていたサキトの中に何かが走った。どういうわけか。自分の仮説が決して突飛なものではないと強く感じたのだ。サキトは意を決して、話し始めた。
「ところで……死者が、リエラとして蘇るのは突飛な話か?」
 レダは、何の事か分からずサキトにきょとんとした顔を見せる。サキトは、ゆっくりと話を続けた。
「俺は過去の事は知らねぇけど……女神って、もしかしてティベロンの姿をした、レダの母親、とか……」
 サキトは、レダに母親がいるかどうかを調べたわけではなかった。もし、レダに母親がいれば、ものすごく失礼な事を言っていた事になる。だが、次の瞬間、サキトはこれまでに見た事もない位の、レダの笑顔を目にした。
「……わかった! わかったよ〜!」
 レダはサキトに抱きついた。そして、次にアルファントゥに抱きつく。
「わかったよ! アル! ボク、思い出したよ! ティベロンの事……ママの事!」
 それを聞いたアルファントゥは頷いた。カズヤが驚いて尋ねる。
「ちょっと待った。じゃ、レダってティベロンの……リエラの子供なのか?」
 ラジェッタは父親がリエラではあるが、ラジェッタが生まれたのは父親がリエラになる前の話である。だが、ティベロンが昔人間だったという記録はない。よしんばあったとしても、それはラーナ教の創世神話の時代まで遡るだろう。
 ただ、その辺の事をレダに聞こうとしても、レダはまだ興奮状態だった。
「えっと、ママなの〜! ティベロンとママなの!」
 やむなく、他の者はレダが落ち着くまで待つ事にする。お茶やルオーの持ってきたお酒を飲んでようやく落ち着いたレダは、自分が何を思いだしたかをこう伝えた。
「ママは、ティベロンと一緒だったの」
「なるほど。つまり、ティベロンのフューリアが、レダの母親かもしれへんいうわけやな?」
 ラックはそう言うと、レダに持ちかけた。
「今、ティベロンって、お星様が落ちてきて街が壊れないように頑張ってくれてるんやって。だから、一緒にそのお星様を落としている犯人を捜さへん? ティベロンのフューリアにも途中で会えるかもしれんし、ティベロンやみんなのお手伝いにもなるしね♪」
「うん。じゃ、行こう〜!」
 レダは早速アルファントゥに飛び乗る。すると、ずっと話を聞いていたファントムが、レダの首に『幸運のペンダント』を掛けた。
「貴女に、幸運が訪れますように……」
「ありがと〜。ファントム。じゃ、行こう!」
 レダを乗せアルファントゥは走り出す。その後について、ラック達も走り出した。すると、まるでそれを待っていたかのように、女神……果てなき大地のティベロンが夜空に姿を現す。


■女神の真実■
「一つ、俺様を無視した事。一つ、俺様を騙した事。一つ、俺様に無駄な労力を働かせた事。以上により、女神使いは俺的裁判で極刑に決定だ!」
 “自称天才”ルビィは怒っていた。ティベロンの持ち主を捜すべく、何かを知っているらしいレダの所へ向かおうとする。だが……
「あっちなの〜」
 彼の目の前を、そのレダが駆け抜けていった。ルビィはあわてて、その後ろからついて行っていた生徒に合流し、話を聞く。
「どうした? 女神使いでもみつけたのか」
「女神使い……ティベロンのフューリアは、レダの母親かもしれへんって話までは聞いたけど、探すのはこれからや」
 ラックの問いに、ルビィは少し考えた。
(女神使いが子持ちってのは予想外だが……美女だったら仲良くなろう!)
 結局、ルビィは先程までの怒りも忘れて、まだ見ぬティベロンのフューリアに期待を掛ける事にする。と、空を見ていたレダが叫んだ。
「あーっ! おそらになにかいる〜!」
 他の生徒達も、ティベロンの横に何かが近づいたのは気づいていた。ただ、にわかに信じたい話ではあったが……。
「ふうせんだ〜〜!」
 レダの言葉で、他の生徒達は確信する。ティベロンの横に近づいているのは、熱気球だ。そして、まるで悪い冗談を聞いているかのように、その気球から高笑いが響く。

 その頃、“闇司祭”アベルはリエラ『天狗』と共に夜空にいた。
「守護者ティベロン、反逆者のリエラか。ククク……守護が反逆とはな。この矛盾、過去の支配者側の黒い思惑が伺えると言うものよ」
 アベルは混沌とした事態に失笑を禁じ得ない。その矛盾に興味を引かれ、アベルは空から夜のパトロールを続ける。目的は唯一つ……女神使い。
 程なく、アベルの視界にティベロンの姿が映る。女神使いの位置を探るべく、まずはそちらに近づこうとした時、彼とリエラの前にどこからともなく熱気球が近づいてきた。
 アベルは熱気球に近づくと、中に乗っている女性に話しかけた。
「何をやってるのだ?」
 その女性、“双面姫”サラは丁度地上にいるレダ達の姿を見て、高笑いをしている最中だった。
「お〜〜っほ〜っほ〜っほぉ〜っ!」
「何をやってるのだと聞いているのだが」
 二度目の問いかけで、サラはようやく後ろにいたアベルに気づいた。
「あ、あら。こうして熱気球で空からティベロンのフューリアと隕石の犯人を捜しているのですわ〜」
 アベルはそれだけを聞くと、熱気球から離れる。あまりにあきれて、物も言えなかったのだ。
(これだけ目立つように空から探したら、見つかる物も見つからぬわ)
 アベルは半ば諦めの境地で、そこを離れる。ティベロンも、サラが高笑いをしている最中に姿を消したようだ。
 次の瞬間、サラは空に赤く輝く点を見つけた。
「隕石ですわ〜! 回避〜!」
 だが、熱気球の移動能力で回避が間に合うはずもない。見切りの達人だとしても、限界という物がある。
「かわしきれない〜!」
 サラがそう思った次の瞬間、隕石は空中で停止した。
「な、なにがあったんですの〜?」
 サラはほっと胸をなで下ろしながら、辺りを見回す。すると、校舎の屋上に人が集まっているのが見えた。その中には白衣の女性もいる。
「あれは、マリーさん……?」

「隕石、空中にて静止!」
 校舎の屋上で、クレイが夜空を観察しながら叫ぶ。
「ありがとう! シュレイアー」
 クレイの言葉を聞いたカイゼルが、自分のリエラ『シュレイアー』にそう感謝する。その後ろで、マリーが指示を出した。
「じゃ、水華。よろしくね」
 “せせらぐ流水”水華はその言葉に頷くと、自分のリエラ『クリア』にこう頼んだ。
「お願い。あの隕石を、ここまで持ってきて」
「了解しました。水華様」
 クリアは早速、自らの能力を発動させ、隕石を移動させる。あっという間に、隕石は校舎の屋上へとやってきた。
「ありがとう。これ、メオティーよ」
 水華が感謝と共にクリアにメオティーを渡す。見事に、隕石対策本部の策は成功したのだ。
「第二撃に備えて、各自待機。多分、2発目は来ないと思うけどね」
 隕石を見ながら、マリーはそう指示をだした。

 リーヴァは調査の仕上げをするべく、街に出ていた。彼の調査は、もう少しで実を結びそうなところまで来ていたのだ。
(しかし……本当にそうなのか……?)
 だが、リーヴァは自分の調査結果に疑問も持っていた。学園の生徒で休みがちな者の中に、気になる名前があったのは確かだ。だが、その生徒本人がティベロンの持ち主であるとは考えにくかったのもまた事実である。
(彼のリエラには、飛行能力も衝撃波能力もない。幻覚能力を持つリエラが協力しているのか……?)
 そう考えながら、リーヴァは自分のリエラ『ヴェステ・シャイン』を呼び出した。『遠隔視聴』なら、相手に気づかれず向こうの行動を知る事が出来る。
 果たして、リーヴァの元に幸運が舞い降りた。自分が当たりをつけていた生徒の姿を捉える事が出来たのだ。更にはその生徒は交信レベルを上げている。周りを見回すと、彼のリエラとおぼしきものはいない。これは間違いないだろう。
(思ったより近いな。川の辺りか?)
 周りの風景からそう判断し、リーヴァがそこへ向かおうとした次の瞬間、その生徒は交信をやめ、なんとリーヴァがいる方向に向かって来た。幸運に感謝しながら、リーヴァはその生徒が目の前を通るのを見計らって、名前を呼んだ。
「ちょっと話を聞かせて欲しい。アルフレッド・フォン・ライゼンバード」
 呼ばれたその生徒……アルフレッド寮長は、自分が呼ばれた事に驚く様子もなくリーヴァの方を向いた。
「何かな? リーヴァ君」
 リーヴァは初手で単刀直入に切り込む事にした。
「あんたが、果てなき大地のティベロンのフューリアか?」
 その言葉に、寮長は特に狼狽する様子もなかったが、珍しくリーヴァから視線を外す。
「君がそう思うのなら、私は否定も肯定もしないよ」
 結局、寮長はそう答えた。なので、リーヴァは肯定されたものとみなして話を進める。
「女神……果てなき大地のティベロンが観測されたのは、事件の2日目。だが、石は初日も不規則な軌道だった。これは、ティベロンの衝撃波で軌道が変わったから。つまり、初日の晩も女神は召還されていたのだ。おそらく、夜空にではなく地上で」
「ふむ……それで?」
 寮長が促し、リーヴァは話を続ける。
「では、何故女神の主は石が降る事を知り得たのか。それは犯人と女神の主の間に繋がりがあるからではないか?」
「なるほど」
「そこで、もしキミがティベロンのフューリアなら、犯人を止めるために協力してくれないか」
 リーヴァがそう言うと、寮長は視線を向け直して答える。
「推測に間違っているところもかなりあるが、結論は正しい」
「では、協力してくれるのか?」
 リーヴァが問うと、寮長は頷いた。
「わかった。協力しよう。協力しなくてはならない理由が、私にはあるからね」
 それを聞いたリーヴァは、それ以上はティベロンについて追求しなかった。

 その夜から、隕石対策本部の本格的な隕石対策が始まった。それと入れ替わるように、ティベロンは姿を見せなくなる。結果として、ティベロンのフューリアを見つけようとしていたレダを含む生徒達の大部分は、重要な手掛かりを失う事となった。


■決着■
 事件は大詰めを迎えていた。対策本部長のセラは犯人捜索班のまとめ役である“悪博士”ホリィや、“闘う執事”セバスチャンと共に、情報の最終整理を行う事にする。
「まずは、この絵をご覧下さいませ」
 セラはそう言うと1枚の絵を取り出した。
「これは、マーティさんがリムさんの店で過去視を行って、それをシルフィスさんがスケッチした第1発見者の似顔絵ですわ。帽子で目の辺りは見えておりませんけど、顔の下半分が見えているだけでもかなりの証拠となりますの」
 セバスチャンは頷いて、話を引き継ぐ。
「この少年は、私の調査が正しければ、キックス様と喧嘩をされていた方『イザーク・エルグロード』様とほぼ断定されます。ネイ様を初めイザーク様とお会いになった複数の方が、2人は同一人物であると判断されました」
「そして、このイザークさんが、今回の犯人であると考えられますわ」
 セラがそう言うと、ホリィが横やりを入れた。
「それは何故だ?」
 すると、セバスチャンがメモを取り出して説明を行う。
「はい。まず、イザーク様には『キックス様への私怨』と言う動機がございます。ただ、その私怨の内容は、逆恨みなのでしたが」
 そして、ひとしきりキックスとイザークの喧嘩について説明を行う。
「続いて、イザーク様のリエラはキックス様のリエラと同様、不定形である事が判明しています」
「それは、イザークとやらが犯人だというのと、どうつながるのだ?」
 ホリィが疑問を投げかけると、セバスチャンはこう説明する。
「仮に以前マーティ様が行った過去視が幻影だと仮定しますと、リエラが幻影を使ったと考えられますので、実際に隕石を飛ばす事はよほど能力の高いリエラでない限りは不可能と思われます。ですので、過去視に現れていたリエラは幻影などでカムフラージュされていないと考えられ、犯人は不定形リエラを持つフューリアと考えられるのです」
「幻影能力を持つリエラが共犯と言う可能性は?」
 ホリィの疑問に、セラが助け船を出す。
「それは調査中ですわ。ただ、イザークさんにその時間帯のアリバイはないという話ですので、イザークさんが何らかの形で今回の事件に関わっていると思われますの」
 セラはそこまで言うと、少し困った表情を見せた。
「もっとも、ここまでの話は状況証拠だけなのですわ。イザークさん本人は、今のところ犯行を否認しているそうですの。ですので、出来れば現場を押さえたいのですけども」
「なるほど。では、我が輩の出番のようだな」
 ホリィは立ち上がり、地図を探しながら言った。
「我が輩のリエラは遠見の能力を持っている。犯人は人通りが少なく、学園を狙いやすい場所に現れる事だろう。そう言う場所をピックアップして、遠見で見張ろう」
 セラは頷くと、本部長として最後の指示を出した。
「今夜、犯人を追いつめますわ!」

 その夜、カレンを誘って巡回班に参加していた“闇の輝星”ジークも、犯人を追いつめるとの事で気を引き締めて巡回に当たる。もちろん、ただの巡回だけではなく、犯人と思われるイザークの目撃情報や、隕石が打ち上げられたと思われる現場の痕跡など、最後の情報集めも忘れない。
「なにか気づいた事はないか? カレン」
 ジークはカレンの洞察力や状況判断能力が今回頼りになると考えていた。だが、カレンは首を振る。
「あまりにもあり過ぎて、怪しい部分が特定できないわ」
 カレンの言葉を信じるのなら、犯人は自らを変装した事以外は証拠隠滅に執心したわけではなさそうだ。変装で十分だと思ったのだろうか。それとも……故意に怪しい部分を強調しているのだろうか。
「とにかく、現場を押さえよう。現場を押さえられれば、これ以上ない証拠になるだろう」
 ジークの言葉にカレンは頷くが、ふとジークに尋ねた。
「ところで、その針金は何に使うの?」
 ジークは手にした長さ3アースほどの針金を見ながら答える。
「これか。トイフェルリュストゥングの能力で針金を操って、犯人を拘束しようと思ってる」
 ジークのリエラ『トイフェルリュストゥング』は、磁場を操る事が出来る。その磁場を調節して、鉄製の針金を操るというのだ。
「なるほどね」
 カレンは短くそう返事すると、道を急いだ。ジークもそれ以上は語らず、カレンと共に見回りを続ける。

 ジーク達とは別の小隊として、山岳同好会も巡回に当たっていた。小隊長のロイドが早速指示を出す。
「リエラの使用許可は出ています。エグザスさん。始めてください」
 その言葉に、“黒衣”エグザスは早速交信レベルを上げ、両手を組んだ。彼のリエラ『ディウム』は光を屈折させる事により、通常では見る事の出来ない位置を視認する事が出来る。今回は丁度良い事に月明かりがあったので、上空で光を屈折して街を見下ろす様に屈折の度合いを調整した。
「……」
 他の面々は固唾をのんで、エグザスを見守る。沈黙が辺りを包むが、それはさほど長い時間ではなかった。
「……いたぞ。相手は交信中だ。間違いない」
 エグザスの視線が広いアルメイス市街の1点に隠れていた、犯人の姿を捉えたのだ。黒い髪に褐色の肌。そして、その横には不定形のリエラ。
「場所は?!」
 “緑の涼風”シーナの言葉に、エグザスは指さした。
「あっちだ」
「では、行きましょう!」
 ロイドの指示で、山岳同好会は現場へ急行する。その目の前で、赤い光を纏った隕石が天へと昇っていった。

 複数の班が、その光を合図にしたかのように現場へと集まる。だが、誰よりも早く現場に着いていた生徒がいた。“蒼空の黔鎧”ソウマである。それはひとえに、彼に正義と幸運の女神が微笑んでいたからに他ならない。
 ソウマは隕石が打ち上げられたその瞬間、犯人がいる路地裏の建物の屋根の上にいた。早速、彼は犯人に向かって決め台詞を言い放つ。
「悪事もそこまでだ! 悪の匂いが漂う街で、怯える声が正義を呼ぶ! 俺の正義が貴様を挫く! 街を騒がす小悪党、覚悟しやがれ!」
 そして、颯爽と飛び降りるソウマ。だが、相手も馬鹿ではない。ソウマが口上を述べている間に逃げ出そうとしていたのだ。
「……何なんでしょうね。アレは」
 犯人がそう言った次の瞬間、犯人の目の前にシーナが現れた。山岳同好会がそこに到着したのだ。
「キミが犯人だね!」
 シーナが犯人を捕らえようとするが、相手は必死にそれをかわす。しかし、他の山岳同好会とのコンビネーションで、犯人は次第に追いつめられていった。
「来るんだ! バックス! 思い切り広がれ!」
 犯人は最後の悪あがきとばかりに、交信レベルを上げる。だが、最後尾でリエラと共に控えていた“暴走暴発”レイは、ここぞとばかりに彼のリエラ『土鬼』の能力を犯人に向けて使った。
「う、うわあっ! 地震だ!」
 犯人はその場にしゃがみ込む。もちろん、地震が実際に起きているわけではない。これこそが土鬼の能力である『地面が揺れる幻覚』なのだ。
「そこか!」
 しゃがみ込む犯人の所に、針金が飛んでくる。ジーク達もそこに着いたのだ。針金はジークが先程言ったように、犯人を縛る。これで、犯人は完全に捕らえられた。
「この世に悪がまかり取る道理はないぜ!」
 もはや身動き一つ取れない犯人に、ソウマが最後にそう言った。

 そんな捕り物が行われている間、隕石対策班も忙しく動いていた。
「12時の方向、隕石、来ます!」
 観測班を手伝っていたルカの言葉に、マリーが頷く。その前には、完成したばかりのハイパーホワイトアローEX−Lの姿があった。
「ハイパーホワイトアローEX−L、発射用意!」
「了解じゃ。頼んだぞ、嬢ちゃん達」
 サワノバがそう言って、ホワイトアローから離れる。2つある射手席の片方に座っていたアナスタシアは、それを確認して照準を合わせた。
(意志も持たぬ打ち上げられただけの岩塊を狙撃するなど、ただの単純作業に過ぎぬわ!)
 そう心の中で叫ぶアナスタシアの後ろで、もう一人の射手セラスは自分のリエラ『フィムライズ』を発現させている。フィムライズはその持ち主の行動を補い、促し、導くリエラなのだ。
 2人の準備が整ったのを見て、マリーが隕石を力強く指さした。
「ホワイトアロー、てーっ!!」
 轟音と共に、漆黒の夜に放たれる2発の砲弾。次の瞬間、派手な爆発音と共に赤い光は完全に消失した。
「……成功です! 隕石の消滅を確認!」
 観測班が報告すると、歓声が巻き起こった。その中でアナスタシアはゆっくりと射手席から降りる。
「任務……完了、じゃ」

 上空で隕石が砕け散る瞬間は、ソウマ達もしっかりと見ていた。
「これで、お前の悪事は完全に潰えた!」
 ソウマの言葉に、犯人はがっくりとうなだれた。ソウマは間髪を入れず、犯人を追求する。
「何故、こんな事をした!」
 だが、犯人はその問いに答えず、黙っている。
「……じゃ、お前はキックスと関係があるのか!」
 犯人はやはり答えない。ソウマは3つめの質問をした。
「お前は、ティベロンとなんか関係があるのか?」
 と、犯人はようやく口を開いた。
「知らないよ。でも、ティベロンさえいなければ、もう少しで……」
「もう少しで、何だ!」
 ソウマが追求するのを見て、リンが止めた。
「ちょっと待て。そんな風に追求したら、話すものも話さなくなる」
「だが、こいつは悪だ! 悪に情けは無用!」
 だが、リンはソウマのその言葉を半ば無視して、犯人に話しかける。
「もし良かったら、サンドイッチを作ったので食べないか?」
 縛られた状態の犯人がこっくりと頷いたので、リンは山岳同好会用に作っておいた夜食のサンドイッチを犯人に食べさせる。
 食べ終わったのを見て、改めてリンが尋ねた。
「落ち着いたか? 何でこんな事をしたのか、聞かせてくれないか。何か悩みがあるなら、私はその悩みを少しでも軽減してあげたいんだ」
 すると、犯人は消えそうな小声でこういった。
「キリツを社会的に抹殺しようとしたんですよ……。僕に屈辱を与えた、あの愚かな貧乏人をね」
 それを見ていたカレンが、ハンカチを取り出す。
「そう言えば、一つ確認をしていなかったわね」
 そう言って、ハンカチで犯人の顔を拭く。するとみるみるうちに肌の色が落ちていき、最後には元の……イザークの肌の色に戻る。イザークは演劇用の化粧で肌の色を変えていたのだ。
 そこへ、ホリィと“伊達男”ヴァニッシュがやってきた。もちろん、ホリィは状況を遠隔視聴で見ていた。
「何やってるんだ。犯人を捕まえたら、こんなところで油を売っている場合じゃないだろう」
 ホリィがそう言うと、ヴァニッシュがリエラ『ヒガンバナ』を呼んで、イザークに触れる。その次の瞬間、電撃がイザークの体を走り、イザークは気絶した。


 その後、イザークは隕石事件の犯人として双樹会に引き渡される事になった。流石に反省しているのか、彼は黙ってそれに従う。
「ご苦労様。この件に関しては、後はこちらで引き取ります」
 本部長のセラから報告を受けたマイヤは、そう言って対策本部の生徒およびその他事件解決に尽力した生徒達をねぎらった。と、リンが尋ねる。
「彼はどうなるんだ? 出来れば犯人の罪の軽減に当たりたいのだが……」
 だが、マイヤは首を振る。
「今回は情状酌量の余地は一切無いと言っていいでしょう。それに、犯人の処遇に関してある人が自分に一切を任せて欲しいと言ってきていますので、僕は彼に任せるつもりでいます」
「それは誰ですか?」
 リンがそう言うと、マイヤは後ろを見るように言う。そこには、アルフレッド寮長がいた。
「リーヴァ君にも頼まれたし、私もイザークには改めて言いたい事があるからね」
 寮長はそう言うと、イザークを引き取った。そして、マイヤが補足する。
「アルフレッド君はイザーク君の従兄弟なのですよ。3ヶ月前にイザーク君がここに来たのも、アルフレッド君の勧めだったそうです」
「今回イザークがこんな事件を起こしたのには、私の教育が至らなかったのもあるだろう。責任を取って、イザークは私が再教育するよ」
 そう言うと、寮長はイザークを引き連れて、会長の部屋を出る。すると、そこにはルビィの姿があった。その声は、怒りに満ちている。
「おい。寮長。あんたに聞きたい事としたい事がある」
「何かな?」
 ルビィは寮長の胸ぐらを掴んだ。
「この前女神が現れた時に、女神と交信していたフューリアをアベルが見ている。俺はそこに行って『過去視』をした。そしたら、その時間そこにいたのはあんただった。あんたが女神のフューリアなのか?」
 だが、寮長はルビィの掴んだ手を簡単に外すと、ルビィに逆に尋ね返す。
「もし、そうだとしたらどうするのかな?」
 すると、ルビィは拳を握りながらこう答えた。
「大体、自分一人で街を守ろうっていう姿勢が気にいらねぇ。危険を排除するためなら、俺達にも協力を求めるべきなんだ。エリスだって俺達と一緒に行動してる。何も遠慮するところはないのに。俺達はそいつに保護を受けなきゃならない程の弱者か? え?」
 ルビィの言葉に、寮長は冷静に言った。
「話は分かったが、まだ私からの問いに対する答えは出ていないようだね」
 答えを急かされたルビィは、怒りを更に倍増させながら答える。
「もしあんたが女神のフューリアなら、俺はあんたを殴る。鉄拳制裁だ」
「では、殴るといい」
 それが寮長の答えだった。ルビィは遠慮無く寮長を殴り、鈍い音と共に寮長の顔がゆがむ。だが、寮長は殴られた頬を押さえるでもなく、ルビィに言った。
「……用事が済んだのなら、私達は行くよ」
「それだけか。言いたい事はないのか?」
 ルビィが問いかけると、寮長は言った。
「いいわけをする気はないよ」
 すっかりと毒気を抜かれたルビィは、その言葉に素直に道を空けるしかなかった。と、そこへ別の生徒がやってくる。
「アレが犯人じゃ」
 それは、約束通り犯人イザークと会わせようと、キックスを連れてきたミリーであった。キックスの姿を見つけたイザークは、先程までのしおらしさも何処へやら、凄い剣幕でキックスに向かって叫ぶ。
「キリツ! この僕に恥をかかせた上に、まだ何かあるのですか!」
 すると、キックスは静かに言った。
「……無ぇな。最後の希望も……あんたに会って完全に無くなった。俺は……あんたに裏切られた気分だ」
「はっ! そう言う事ですか。大方、姉に会えるとでも思ったのですかね。噂は聞いてますよ。姉マニアのキリツくん」
 イザークがそう吐き捨てると、キックスが切れた。
「てめぇ……ぶっ殺す!」
 イザークはイザークで、寮長の手を振り解こうとしながら叫ぶ。
「それはこっちの台詞だ! 何ならここで決着を……」
 だが、次の瞬間、イザークは地面に倒されていた。なんと、寮長がイザークをはり倒したのだ。
「いい加減にするんだ。イザーク! 悪いのは君だ」
「だって、あいつは……はぅぁ!」
 イザークが立ち上がりながらそう言うが、寮長に再びはり倒される。
「もう一度言う。悪いのは君だ。イザーク!」
 そこにいた生徒達は、そんな風に怒っている寮長を見たのは初めてだった。唖然とする生徒達の目の前で、寮長はイザークを連れて自分の部屋へと戻っていく。

 こうして、今回の事件は終わりを告げる。結局の所、キックスを逆恨みしたイザークが、キックスに罪を被せようと変装して隕石を打ち上げていたと言うのが、今回の事件の真相だった。


 真実はいつも綺麗なものとは限らない。知らなかった方が良い真実もある。
 だが、それでも人は真実を知りたがるものである。
 それは、人としての性、なのだろうか。

 そしてここにも一人、真実を知ろうと目覚めた者がいた。
「……ママ……パパ……」
 女神の舞い降りなくなった夜空を見上げて、レダが呟く。

参加者

“福音の姫巫女”神音 “飄然たる”ロイド
“眠り姫”クルーエル “天津風”リーヴァ
“蒼盾”エドウィン “怠惰な隠士”ジェダイト
“せせらぐ流水”水華 “白衣の悪魔”カズヤ
“探求者”ミリー “永劫なる探求者”キサ
“光炎の使い手”ノイマン “弦月の剣使い”ミスティ
“翔ける者”アトリーズ “笑う道化”ラック
“朧月”ファントム “風曲の紡ぎ手”セラ
“双面姫”サラ “光紡ぐ花”澄花
“ぐうたら”ナギリエッタ “闇司祭”アベル
“紫紺の騎士”エグザス “風天の”サックマン
“銀の飛跡”シルフィス “黒き疾風の”ウォルガ
“暴走暴発”レイ “硝子の心”サリー
“自称天才”ルビィ “待宵姫”シェラザード
“鍛冶職人”サワノバ “伊達男”ヴァニッシュ
“幼き魔女”アナスタシア “六翼の”セラス
“闇の輝星”ジーク “銀晶”ランド
“深緑の泉”円 “餽餓者”クロウ
“悪博士”ホリィ “闘う執事”セバスチャン
空羅 索 “熱血策士”コタンクル
“海星の娘”カイゼル “氷炎の奏者”シンキ
“抗う者”アルスキール “陽気な隠者”ラザルス
“路地裏の狼”マリュウ “蒼空の黔鎧”ソウマ
“紅髪の”リン “土くれ職人”巍恩
“竜使い”アーフィ “炎華の奏者”グリンダ
“宵闇に潜む者”紫苑 “拙き風使い”風見来生
“緑の涼風”シーナ “彷徨い”ルーファス
“銀嶺の氷嵐”サキト “翡翠の闇星”ガークス
“貧乏学生”エンゲルス “慈愛の”METHIE
“七彩の奏咒”ルカ “久遠の響”キーリ
“のんびりや”キーウィ “白き風の”エルフリーデ
“深藍の冬凪”柊 細雪 ラシーネ
“旋律の”プラチナム “燦々Gaogao”柚・Citron
“轟轟たる爆轟”ルオー “影使い”ティル
“憂鬱な策士”フィリップ “泡沫の夢”マーティ
“不完全な心”クレイ