女神が舞い降りてから数週間。事件は有らぬ方向へと向かっていく。 それは、3度目に女神が姿を見せなかった夜。突然、街中に爆発音の様な音が響いたのだ。 「何事だ!」 庭から轟音が響いたのを聞き、アドリアン・ランカークが叫ぶ。その言葉に従者が急いで庭を見に行くが、珍しく驚きの表情と共に戻ってきた。よほどの事だったのだろう。 「何事だった」 ランカークの問いに、従者はかしこまって答えた。 「……申し上げます。庭に隕石が落ちてきた模様です」 今までの調査の結果、夜空に舞い降りている女神は隕石から学園都市アルメイスを守ってきていたという。女神が現れなかったこの夜、防がれなかった隕石がランカークの屋敷の庭に落ちてきていたのだ。 もちろん、学内で噂になっている以上、隕石が故意に落とされた事はランカークも知っている。従者から報告を受けたランカークは、顔を紅潮させながら従者に怒鳴りつけた。 「犯人を捕まえよ! 捕まえて、私の前に連れてくるのだ!」 「ただちに」 従者はそう言うと、夜の闇の中へと姿を消す。程なく、真犯人に懸賞金が掛けられ、隕石騒ぎは本格的な「事件」として進んでいく事になった。
その隕石事件は、双樹会側が重い腰を上げた格好になっていた。正式に『隕石対策本部』を設置し、学生有志を募って対応にあたる事になったのだ。 対策本部の管理官には、マリーが就任する事になった。何故、彼女が本部長ではなく『管理官』なのかと言うと…… 「本部長は希望者を募るためよ。適任者がいるでしょ? それに、私は本部長とか言う器じゃないもの」 とはマリーの弁である。 ただ、本部長が決まるまでに、マリーは隕石対策本部の方向性として二つの行動指針を提示していた。
1:隕石から学園都市アルメイスを守る事。 2:隕石を落としている犯人を見つける事。
1に関しては、そのものズバリである。隕石が人為的に落とされているものである以上、これは学園都市に対する『攻撃』と見なされる。被害を出さないよう、隕石を何らかの形で撃墜すべきであると言うのがマリーの考えだった。 「資金が間に合えば、蒸気式高速射出長距離砲『ホワイトアローEX』を数機、学校の屋上に据え付けて狙撃することも考えているわ」 マリーが真剣な顔でそう説明をする。 もちろん、狙撃手ばかりでは事が上手く進まないのは当然であり、観測する人も数が欲しいと、マリーはまとめた。これはすぐに募集が掛けられる事となる。 「ところで、資金が間に合えば……とは?」 当然のように上がった疑問に、マリーはため息混じりで答えた。 「言葉通りよ。図面はあるわ。でも、お金が無くて出来ないの。今すぐにでも即金で出せる人がいると良いんだけど……」 もちろん、そんな虫の良い話が早々あるとも思えなかった。
2に関しては、幸いにも先日隕石を過去視した際に、マリー自身がその過去視から犯人の姿を見ていた。黒髪。褐色の肌……そして、不定形のリエラ。そこから、マリーはある糸口を見いだしていた。 「……そう言えば、あの少年はキックスに似てるわね」 キリツ・ジャフレン。つまり、キックスはマリーの言う通り、黒髪に褐色の肌である。そして、キックスのリエラ『ロイズ・フォックナー』は、「定まった形を持たない、液体状の流動的なリエラ。どんな形にでも一瞬にして変化する」と言う特徴を持っていたのだ。 もちろん、キックスが犯人だという証拠はない。過去視だけでは証拠として弱いのは周知の事実である。もっと言えばキックスは天文部員なので、隕石が落ちてきた時間には常に他の天文部員と一緒にいるという強力なアリバイがある。だから、本人の話を聞いて、キックス本人は捜査線上から外れる……はずだった。 「……と言うわけで、キックス。キミが犯人だとは思えないけど、キミが犯人の関係者である可能性もあるのよ。何でも良いから、心当たりはない?」 隕石対策本部の名の下にマリーがキックスに事情を話したところ、キックスは驚いた顔を見せながら、逆に尋ね返してくる。 「……マリエージュ先輩。本当に、犯人は俺と同じ髪と肌で、リエラも俺のロイズ・フォックナーと同じ不定形ですか?」 「過去視を信用するなら、そうなるわね。もっとも、過去視がどれだけ当てになるかはわからないけど。で、どうかな?」 マリーが尋ねると、キックスは首を振りこう答えたという。 「……いや、勘違いだと思います。俺は知りません」 「心当たりもない?」 「ありません」 キックスがそれ以上語ろうとはしないので、マリーもこの場はキックスを信用して帰るしかなかった。
その後、マリーが隕石事件の犯人として未だにキックスを疑っているという話は、瞬く間にネイの元へ伝わる。ネイはこの噂を聞いてから、学食で珍しく真剣な顔をして考えていた。 「……今回の事件の真相は別にあると、私の灰色の脳細胞が告げています。それに……」 キックスはマリーからの訪問を受けた後、この話に関して一切黙して語らない。雄弁に語る事は良い事ばかりとは言えないが、このままではキックスは犯人とならないまでも、犯人を庇っている共犯者とも取られかねない。 「キックスは口べただから、代わりに私が真実を白日の下に晒してみせるのです!」 ネイは行動を開始した。もちろん、真っ先にネイが真犯人を捜していると言う噂が広まったのは言うまでもない。 だが、ネイの行動は裏目に出た。初めて隕石が落ちてきた日の2日前、キックスが他の生徒と喧嘩をしていたと言う証言が出てきたのだ。 「そりゃもう大げんかさ。お互い今にもリエラを出しそうになってさ」 「喧嘩の原因? 確か、ちょっかいを出されたキックスが手を上げたんだっけ。あんな剣幕のキックスは見た事がなかったな。もう、何でも壊しかねない勢いだったよ」 それを聞いたネイは、ため息をつくしかなかった。逆上した時のキックスの怖さは、ネイが一番良く知っていたからだ……。
空に浮かぶ女神は、生徒達の調査で四大リエラの一つ『果てなき大地のティベロン』ではないかと考えられていた。それ故、今では女神は便宜上『ティベロン』と呼ばれている。ただ、本当に女神ティベロンが地のティベロンなのかどうかは、はっきりとは判明していない。 四大リエラとはラーナ教の創世神話に語られる、神々の統制に抗って反逆した、四大元素を冠する4体のリエラである。そのリエラ達の持つ力が神々に匹敵するとも言われているのは、アルメイスの生徒であれば授業で習う事である。
レダは女神にティベロンという名前が付いてから、更に熱心にティベロンを見るようになっていた。ただ、あの日以降、レダはティベロンの所に行こうとするのは止めたようである。時計塔広場では、そんなレダと一緒にティベロンを観察しながら時間を過ごす生徒達も多い。 「てぃべろんを見てると、むねはもやもやするけど、何だかなつかしいようなあったかいような感じがするの……」 そう言ってティベロンを見るレダの顔は穏やかだ。反対に、女神を見ない時のレダは時々考え込むようになっていた。 「ボク、てぃべろんの事、何でこんなに気になるの……?」 そう言って悩むレダは、ティベロンを見ると落ち着くようで、授業を(昼寝のために)休んで夜更かしするようになっていたくらいだった。
そして、また女神が舞い降りる夜がやってくる……。 |
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