時計塔広場にある天文台。そこに集う天文部の面々。今日も彼らは望遠鏡と温かい飲み物を手に、天体観測に励む。 天文部所属のキックスもそんな先輩達と一緒に、望遠鏡を覗いていた。春はもう少し先の話。今はまだ冬の星座が夜空を彩っている。 (……でも、だいぶ星座も交代してきたな) そんなことを考えていたその時、キックスの望遠鏡が奇妙な物を捉えた。 「赤い……流星? それにしちゃ、遅い……」 キックスの言葉に、他の部員達も夜空を見上げる。そこには確かに、小さな赤い光を放つ点が星空を滑る様に動いていた。 「おい。でも、この軌道、おかしくないか?」 天文部員の言葉に、キックスも頷く。普通の流星というのは綺麗な軌道で落ちてくるものなのだが、この赤い流星は少しずつ少しずつ進行方向を変えているのだ。それも、不規則に。 だが、天文部で観察できたのはそこまでだった。結局、赤い流星は街の方へと消えてしまったのだ。 「……何だったんすかね。先輩」 キックスの言葉に、天文部員は全員首をひねる。
だが、その答は意外な形でキックスの元にもたらされることとなった。 もたらしたのは、他でもない。ネイである。 「キックスキックス〜。聞いた〜? 微風通りの夢工房前に隕石が落ちたんだって」 翌朝、キックスはネイのそんな言葉を聞き、慌てて微風通りへと向かう。キックスが着いた時には、そこには既に黒山の人だかりが出来ていた。 「まったく、どないやっちゅうねん。これじゃ営業妨害や。もうちっと離れてや!」 客が増えるのは大歓迎のリムだったが、野次馬が多い現状では文句の一つも出ようと言うもの。リムは店の前を空ける様に野次馬に言うが、聞き入れられない。 キックスはそんな人だかりを掻き分けて中へと進む。すると、そこには白衣の女性が居た。マリーである。 「これは興味深いわ! 新素材としての価値は計り知れないわね! もしかしたら、新しいエネルギー源としても期待できるかも……」 その横には、カマー教授の姿も見える。どうやら、「怪しいものはとりあえず蒸気研に調査を依頼」と誰かが考えたらしい。 「マリエージュ。お喋りはあとよ。とりあえず隕石を回収して、研究室で研究するわよ」 カマー教授の言葉に、マリーが手袋をはめる。隕石の大きさは直径10アー程で、女性のマリーでも何も道具や機械を使わずに持ち上げられるほどの軽さだった。 「あらっ? 何だかまだ温かい感じね」 マリーがそう驚きの声をあげた時、キックスは思わずこう叫んでいた。 「それを持って帰るのは、やめた方が良いぜ?」 「あら。何で?」 マリーとカマー教授が同時に尋ねる。だが、キックスはそれ以上言葉は継げなかった。 (まさか、その隕石が不自然な落ち方してきたからとは言えねぇよな……。言ったらむしろ、喜んで持って帰りそうだし) キックスが黙ってしまったので、マリーとカマー教授は予定通り隕石を持ち帰った。それを見送りながら、ネイが尋ねる。 「どうしたの? 何かあったの?」 「何でもねぇよ」 キックスはそうごまかした。だが、その日の夕方には、ネイによってキックス達の見た出来事が噂となって流れていたということである。
隕石が落ちた日の次の夜。キックスは大忙しだった。 いや、正確に言えば天文部が。もっと言うと『天文台が』大忙しだったと言うべきだろう。噂を聞きつけた者達が、今日も流星が見られるかもと天文台に押しかけたのだ。 その中には、意外にもレダの姿もあった。 「ここに来たら、おほしさまがとれるかもって」 レダはアルファントゥと共に、笑顔でそう言った。 (ネイのせいだな……) キックスはネイに昨日の出来事を話したことを心底後悔した。だが、今更言っても仕方がない。 「……にしても、これじゃ身動きとれねぇ」 あふれかえる人を見ながら、誰かがそう呟く。 このままでは通常の観測に支障が出る。赤い流星が出た時にも、満足な観測が出来ないかも知れない。そう考えた天文部の面々は決断を下した。 「キックス! 鍵掛けろ!」 その言葉に、キックスが何とか人を追い返し、扉を閉じて内側から鍵を掛ける。天文台から追い出された者達は、意気消沈して階段を降りていった。 その時、レダが驚きの声をあげる。 「あーっ! おそらになにかいる〜!」 他の者は、その言葉に一斉に空を見上げた。 そこにあったのは、淡い緑色に輝く女神の姿だった。女神は夜空を舞う様に移動し、程なく姿を消す。 「何だったんだ……」 夜空を見上げていた者達は、唐突な出来事に言葉を失っていた。
次の日の朝、世間の興味は当然の様に隕石から女神へと移っていた。 「キックスキックス〜」 「言わなくても分かってる。俺達も見てたからな」 うわさ話を聞きつけてやってきたネイの言葉を、キックスが遮る。 当然ながら、空に浮かんでいた女神の姿は天文部も観察していた。正確な距離を測定したわけではないが、浮いていた位置は概ね校舎の上空であったことまでは、キックス達もつかんでいる。 「だけど、女神は俺達の専門外だ。天文台に押しかけない様に、お前からはっきり言え。こっちは流星の観測で忙しいんだからな」 「え〜? ……キックスのケチ〜」 当てが外れたネイは、すねた声を出しながら時計塔を去る。 (ったく。これ以上観測を邪魔されちゃ困るんだよ) キックスはネイを見送りながら、そう心の中でつぶやいた。
実際の所、昨晩も赤い流星は観測されていた。 だが、前の日よりもっと悪いことに、上空に淡い緑色の光を放つ物体があった為か、天文部はより早い段階で流星を見失っていた。幸いに隕石が落ちたと言う噂がない為、辛うじて被害が出なかったことがわかった位である。 「観測して、事実をつかまないと」 それが天文部員の思いだった。 だが、その夜から流星と女神はほぼ同じ時刻に出現する様になり、流星観測は遅々として進まなかった。
一方、レダは女神に逢った夜から、少し夜更かしをしている様だった。夜の時計塔前広場で、アルファントゥと共に出歩く姿がよく見られる様になったのだ。 「あれ? どうしたの?」 そう尋ねると、レダはふるふると首を振ってこう答えていた。 「あのね。なんでもないの。めがみさま見たいなぁ〜って、アルと2人で話してただけなの〜」 そう言って、レダは夜空を見上げる。それ以上のことは話さなかったが、レダが何らかの目的で女神を見ているのは間違いなかった。
最初の隕石騒ぎから一週間。学園都市アルメイスの夜は相変わらず賑やかだった。 天文部の観測では赤い流星は相変わらず訪れているし、女神も相変わらず姿を見せている。そして、蒸気研の隕石解析結果はまだ出ないと言う。 「一体、何が起ころうとしてるんだ?」 街の人達も、不安な夜を過ごし始めたのだった……。 |
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