舞え! 暁の白球
『今年から、球技大会を年2度行うこととする』
 何気なく発表されたこの通達が、争乱の始まりだった。
「おい。聞いたか?」
「ああ、冬季球技大会だってな」
「誰だよ?! そんな酔狂なもの考えた奴は!」
 学生達は通達の張り出された掲示板の前で、口々に勝手なことを言い合う。
「特に深い意味はありませんよ。単純に冬の間は娯楽も運動量も減りますから、その解消が目的です」
 双樹会会長、マイヤは今回の発表に関して笑顔でそう説明した。本当にそれだけなのか誰もが尋ねようとしたその時、マイヤは言葉を続ける。
「ただ、この冬季球技大会を決めるに当たって、ある人物の尽力があったのは確かです」
「ある人物……って?」
 口々に尋ねる生徒達に、マイヤはこう言った。
「それは本人との約束で、秘密ですよ」

 冬季球技大会の準備が着々と進められる中、学生達の間に再び驚きの声が挙がった。
「よりによって、これかよ……」
 そう言う学生達の目の前には、球技大会の種目が書かれた通達が張られている。
 その種目とは、『トリムラリー』と呼ばれるものだった。

「ねぇ、マリー。トリムラリーって何?」
 蒸気研に遊びに来ていたレダは、マリーに尋ねる。すると、マリーはこう答えた。
「えっと、トリムラリーって言うのは……。ちょっと待って。辞書を引いてあげるわ」
 そして、近くにあった辞書を開く。程なく、マリーは顔を上げ、レダに改めて説明を始めた。
「辞書によると、『2チームがネットを境にコートの左右に分かれ、ボールを手で相手コートに打ち込み、得点を競う競技。1チームは2人』って書いてあるけど……わかる?」
 マリーの問いに、首を振るレダ。マリーも困り顔だ。
「要は、2人でボールをこうやって『トス!』とか『レシーブ!』とか、『アターック!』とかやって、3回ボール触る間に、相手の陣地に落とす球技……なんだけど」
 マリーは身振り手振りで説明を続ける。その熱意が通じたのか、レダはようやくトリムラリーのなんたるかを理解したようだ。
「ボクも出たい〜。アルファントゥと一緒にあたーっく! にゅふふ」
 レダがそう言って、右手でボールをはたき落とす真似をする。が、マリーは首を振った。
「リエラはダメだよ。誰か、フューリアのパートナーを見つけないと」
 その言葉に、レダがぷうと頬を膨らませながら文句をつける。
「けち〜。じゃあ、ボク、マリーと一緒に出る〜」
「あ、わたしはダメ。当日は、蒸気式演算回路組込型自動得点掲示板『エクストリームカウンター』のメンテナンス担当なのよ。誰か代わってくれれば、出られるんだけど……」
 その言葉に、レダは珍しくきりりとした表情で言った。
「じゃあ、ボク、ぱーとなーをさがす〜! マリーの代わりの人も、さがしてあげるよ!」


 更に時は進み、日程・賞品などが次々と決まっていった。
「ねぇねぇ。キックス〜。冬季球技大会の賞品、聞いた?」
 天文学部へ向かう途中のキックスを呼び止めてそう言うのは、ネイ。
「知らねぇよ。興味ないし」
 そう言って階段を上ろうとするキックスのズボンを、ネイが掴む。
「待ってよ〜。賞品、あのハイトマーのウィニングボールだよ! もちろんサイン入りで、お宝ものなんだから〜」
 ハイトマーとは、プロのトリムラリー選手である。コートを縦横無尽に動き回り、どこからでもアタックを打ち込む彼は、“白い弾丸”と呼ばれて恐れられたと言う。惜しまれながらも引退したが、その人気は今も高い。
「特に、高位置からの高速アタック『メテオソード』は、天下無双の破壊力で……って、キックスぅ?!」
 ネイが語っている間に、キックスは階段を上りきっていた。階段の下に一人取り残されたネイが、慌ててその後を追いかけようとした時。
「相変わらずですこと! ネーティアさん」
 妙に高飛車な声が、時計塔広場にまで響き渡った。ネイが振り返ると、そこには奇妙な形に頭を結った一人の少女が、高笑いしながら立っている。
 ネイは恐る恐る、彼女に尋ねた。
「失礼ですが……どちら様ですか?」
 彼女は一瞬呆然としたが、すぐに気を取り直してネイを指さした。
「このリッチェルを、忘れたとは言わせませんことよ?」
「あー! もしかして、“自滅姫”リッチェル?」
 ネイはそう言いながら、リッチェルへと指さし返す。リッチェルはその指を手で払いながら、ネイの元へと近づいた。
「その二つ名は言わないで欲しいですわね。そもそも、その二つ名を付けられたのは、あなたのせいですのよ?」
「そんな過去のことは、お互いに水に流さない?」
「今更、そんなことは言わせませんことよ!」
 衆人環視の中で言い争うネイとリッチェル。どうやら、この2人。何やら訳ありのようだ。
 2人は額をつき合わせ、舌戦で火花を散らす。そして、リッチェルが再びネイを指さした。
「勝負ですわ! 今度の冬季球技大会で、決着をつけませんこと?」
 すると、自信たっぷりの顔でネイも頷く。
「いいわよ。受けたげる。けど、『学園最強タッグ』と謳われた、私とキックスに勝てる?」
「自称の学園最強に負ける気は、更々ありませんことよ! 最強のパートナーを見つけて、その鼻をあかしてあげますわ」
 リッチェルも自信たっぷりの顔でそう言い捨てると、踵を返して学園へと向かっていく。ネイもリッチェルに背を向け、天文学部への階段を駆け上った。
「キックス〜! いっしょに冬季球技大会に出て〜!」


「そうか。ハイトマーのウィニングボールか」
 冬季球技大会の賞品を従者から聞いて、ランカークはしばし考える。だが、従者からしてみれば、次に彼が言う言葉は明らかだった。
「一流選手の物は、高貴なる者にこそ相応しい。これがどういう事か、わかるな?」
 ランカークの言葉に、従者は頷く。
 当然だが、ランカーク自身は球技大会などに出る気はない。金を積めば、協力者は現れるからだ。もっとも、最悪の場合は、従者自らが大会に出なければならなくなるだろうが。
「では、良い結果が聞けるのを待つことにしよう」
 ランカークがそう言うと、従者は行動を開始した。
 その後、学生達の間に「ウィニングボールをランカークに渡すと、報酬が出る」との噂が流れたのは、言うまでもない。


 そして、参加申し込みの日が訪れる。
 注目のネイ・キックス組は早々に受付を済ませて、申し込み会場入り口で他の参加者達の様子を見ていた。
「この面子なら、優勝はいただきなのです」
 ネイはそう呟いた。

 何故彼らは戦うのか……。
 それは人に、そして『フューリア』に与えられたられた『宿命』なのか。
 それとも、それが彼らの望みだというのだろうか。
 トリムラリーという名の戦場でも、彼らは白球を武器に戦うだろう。
 それが何を意味するかわからないまま……。

 球技大会まであと一週間……

■バトル1・出会い■

「トリムラリー、楽しそうですわ♪」
 “水月の天使”ガブリエラはそんなうきうきとした心持ちで、お手製のお弁当やクッキーを持ってトリムラリーの参加受付に来ていた。
 しかし、彼女にはまだトリムラリーに一緒に出るパートナーは居ない。友達もまだ居らず、ならばと受付で探すことにしていたのだ。
「え……っと」
 きょろきょろと辺りを見渡すガブリエラ。すると、そこには彼女の予想通り、ペアの相手探しをしていると思われる人がいる。
 ガブリエラは、早速同じようにきょろきょろと辺りを見渡していた学生に声を掛けた。
「もしかして、ペアの相手をお探しですの?」
 その言葉に、声を掛けられた“茨焔の鎖”マイティスはこっくりと頷いた。
「では、一緒に出ませんか?」
 ガブリエラの言葉に、再びこっくりと頷くマイティス。2人は早速、受付へと向かった。

 受付を終え、2人は近くにあったベンチに腰を掛ける。
「クッキーは如何ですか?」
 マイティスはガブリエラから勧められたクッキーを取る。程良く甘いクッキーが、マイティスの心を穏やかに包んでいった。
「トリムラリー。頑張ろうね」
 口から自然に出たマイティスの言葉に、ガブリエラも優しい笑顔で頷いた。と、マイティスが思い出したように言う。
「あ、当日はお弁当を作っていくね。体力が湧き出るような、スタミナの付くお弁当」
「あら。私もお弁当を作っていこうと思っていたのですけども、それなら暖かいメオティーと甘いものにしますわね」
 そんな会話を交わしながら、2人は当日の試合に思いを馳せていた。これなら、きっと楽しい球技大会になりそうだ、と。

 だが、彼女達は幸せな方だった。他の所では、受付に行く前から既に激しい戦いが繰り広げられていたのだ。
 戦いは主に、有名な学生の所で行われていた。
 学園内で運動が得意な学生として名の挙がることが多いクレアも、その激しい戦いに巻き込まれた内の1人である。これは致し方ない所であろう。
 “風曲の紡ぎ手”セラがルーを誘いに来た時には、既にそんなクレア争奪戦は始まっていた。今は丁度鉢合わせした学生達が誰から話を切り出すかと言う、静かな火花が散っている段階である。
「やはり、クレア様は色々な方からお誘いを受けているのですね」
 クレアの回りに広がるある種の殺気立った空間に、セラは思わずそうルーに告げる。ルーはと言うとこの状況に何も言えず、やむなくセラもその横で成り行きを見守る事にした。
 学生達の膠着状態を最初に破ったのは、“怠惰な隠士”ジェダイトであった。彼は半ば玉砕覚悟で、ストレートにこう告げる。
「クレア。俺と一緒に球技大会に出てくれないか。クレアと一緒に出たいんだ」
 だが、その言葉にクレアは黙ったままだった。ルーもそれに気づいたのか、おろおろとジェダイトとクレアを交互に見ている。
「ほらよ。次は俺の番だ」
 ジェダイトを押しのけて、今度はルビィがクレアに言った。
「クレア〜。俺と一緒に優勝目指そうぜぇ? ルーは普段出してない分、大きな声で応援しろよ!」
 反対側にいるルーに気を遣ってそう言ったまでは良かったが、ルビィに取ってもタイミングは余り良いとは言えなかった。
「ごめんね〜。今はそんな気分じゃないんだ」
 ぽつりとクレアが言った言葉に、そこにいたもう1人。“緑の涼風”シーナも一度引き下がることにする。だが、彼女の情熱は『諦める』事を選ばなかった。
(後でもう一度来ようっと。OKしてもらえるように頑張らなくちゃ!)
 彼女のそんな情熱がクレアに伝わるのか。それはまた後の話である。


 こんなクレア争奪戦より激しい戦いが繰り広げられた学生が居る。意外なことに、それはレダだった。
 まず最初にレダにアタックを掛けたのは、“血剣”嘉島・熱人だ。
(クレアに良い所を見せるためにも、レダを誘わないとな)
 どうやら、彼はレダをだしにして、クレアの気を引こうというつもりらしい。早速、触媒を使ってリエラ『断屠天』を呼び出し、それを手に取って構えた。
「いた!」
 いつもの様に時計台前広場をアルファントゥと散歩しているレダを見つけ、熱人は高速移動でレダに近づく。
「お、おおっ?!」
 気づくと、レダは熱人の腕の中にいた。早速、熱人はレダへ正直に事情を話す。
「これは秘密なんだが、俺はクレアに良い所を見せてぇ。マリーの方は俺が相手を探すから、俺と……」
 だが、彼は一つ根本的なことを忘れていた。そう。アルファントゥの存在である。
「アル〜! 助けて〜!」
 誘拐されたと思ったレダの恐怖に満ちた声を聞くやいなや、疾風と共に闇色の狼が熱人の腕からレダを取り返す。
「アル〜。向こうまで走るの〜!」
 その言葉で、レダとアルファントゥはあっという間に熱人の元から走り去った。

 時計塔前広場に戻ってきたレダ達の元には、次なる災難が襲ってきていた。広場に口笛が響き渡ったのだ。
「アルぅ〜! 急に走り出しちゃめ〜っ! なの〜!」
 レダはそうアルファントゥに言い聞かせようとしたが、時既に遅し。アルファントゥは幾重にも広がる口笛の音を聞き分け、発生元へと駆けていく。
 そこには“混沌の使者”ファントムがいた。ファントムはアルファントゥの上で目を回しているレダに近寄ろうとする。だが、アルファントゥはレダを守ろうと反射的に体毛でレダをくるんでいた。
「無理をさせてここに呼んだことは謝ります。ですけど、僕は他に当てがなかったのです」
 ファントムはアルファントゥにそう言って頭を下げた。その言葉から誠意を感じたのか、アルファントゥはファントムへ襲いかかろうとはしなかった。
「ふっか〜つ!」
 程なくレダが体を起こしたので、ファントムは改めて先程と同じようにレダに謝り、パートナーへと立候補した。すると、レダはこう告げる。
「ボク、毎日このひろばにアルと一緒にきてるよ。このまえも、ファントムとここで会ったし。わすれちゃったの〜?」
 その言葉に、ファントムは改めて思い出す。確かに、以前に会った時もこの時計塔前広場だった。良く聞くと、この広場はアルファントゥの散歩コースなのだそうだ。だから、わざわざ口笛を吹かなくても、レダに会うには広場で待っていれば良いのだ。
「あ、いたいた〜。レダ〜」
 それを知ってか、“六翼の”セラスが広場に姿を見せた。彼女もレダのパートナーへと名乗りを上げに来たのだ。そして、ファントムの方を見ると、こう提案した。
「ここは単純に、力比べでちゃっちゃか決めちゃおうよ! アームレスリングで勝った人がレダのパートナーってのはどう?」
 ファントムは少し躊躇する。セラスは話を続けた。
「女の子の提案だし、まさか男の子のキミが逃げたりしないよね〜?」
 ファントムは、格闘には少し自信があった。そして、そこまで言われて引き下がる程、レダのパートナーにかける情熱がないわけでもなかった。
 2人は早速、公園のベンチに向かい、そこで手を組む。そこへレダが手を載せた。
「れでぃ〜、ファイト!」
 レダの掛け声で、2人は力を込めた。驚いたことに、セラスとファントムはほぼ互角の戦いを見せた。そして、段々とファントムの腕がセラスによって倒され……
「そこまで〜! セラスのかち〜」
 レダがセラスの腕を高々と上げる。こうして、レダ争奪戦はセラスが勝利を収めたのだった。
「……」
 勝負に負けたファントムは、落胆の表情を見せながら夕暮れの広場を後にする。

 見事レダのパートナーの座を分捕ったセラスは、早速レダと2人(もちろんアルファントゥは一緒だが)で微風通りへ向かった。
「でも、なんで?」
「お洋服を買おうって思って。レダにも可愛くて動きやすい服、買ってあげるね」
 レダに聞かれて、セラスはそう答える。その後はしばらく、2人の間に会話はなかった。
 と、ふとレダがセラスに聞く。
「ね〜。セラスって強いの?」
「え? まぁね。さっき見てもらった通りだよ」
 レダの疑問に一瞬戸惑ったが、セラスは事実を述べた。実際の所、セラスは平騎士の権限を持つ学生である。普通の学生よりは強いといえよう。
 レダは質問を続けた。
「ね〜。強いってステキなこと?」
「え?」
 流石のセラスも、これには疑問を持った。
「何でそんなことを聞くの?」
「うん……。さっき、セラスに負けちゃったファントム、さびしそうだったから。強いとさびしくなっちゃいそう。セラスはさびしいの、へーき?」
「考えたこと無いなぁ……」
 今日のレダは何だか少しいつもと違うなと思いながら、セラスはそう答えた。と、2人は丁度目的の店の前に到着する。
「あ、ほら。ここだよ。ステキな洋服買おうね!」
「わ〜い! にゅふふ〜」
 レダがいつもの笑顔を見せる。セラスも何だかほっとしながら、店に入った。


 クレアと同様に、運動が得意な学生として名が挙げられるであろうエリス。彼女の元にも、きっと人は集まって来るだろう。それを危惧した“銀晶”ランドは、エリスの居る教室まで急ぎ足で向かっていた。
(他の連中が来たら、話がややこしくなるからな)
 そのお陰で、彼はエリスの教室に一番乗りを果たす。ランドは早速、エリスの元に近づいた。
「……何?」
 ランドがエリスの席の横に立つと、エリスはそう言って視線を向ける。ランドは開口一番こう告げた。
「この前はすまなかった……。それと、ありがとう」
 エリスが先日の事件で大人しくレアンに攫われたのは、レアンとの実力差を考慮して被害が出ない様にする為だろうとも、ランドは考えていた。しかし、エリスはその考えを察していたのか、こう応える。
「私は、お礼を言われるような事はしていないわ」
 エリスのそんな言葉に、ランドはそれ以上の説明をすべきではないと悟った。長々とした説明は、彼女との良好な関係を築く上では邪魔になるだろう。そこで、ランドは本題に入る事にした。
「ところで、今度の球技大会なんだが、予定はあるか?」
「特に無いけど」
「では……」
 ランドがそう言いかけた時、のんびりとした声がそこに響く。
「エリス〜」
 それは、“ぐうたら”ナギリエッタだった。彼女のほんわりとした笑顔は、太陽のように少しずつわだかまりという名の雪を溶かしていく。エリスも幾分穏やかに、彼女へと視線を向けた。
「……何?」
「あのさ。ボクと一緒に……球技大会の準備を手伝ってもらえないかな?」
 その言葉を聞いて、ランドは正直な所不覚を取ったと感じていた。彼の本題もナギリエッタのそれと全く同じだったからだ。
 そして、更に追い風が吹いた。
「エリスさん」
 その声は、“餽餓者”クロウのものだった。エリスが同じように視線を向けると、クロウはナギリエッタと同じようにエリスを球技大会の準備へと誘う。
「折角学園に戻ってきたんだから、大会に出なくてもイベントには参加しようよ」
「……そうね」
 エリスは特に悩むでもなく、短くそう答えた。それは、もしかしたらクロウに対してエリスが借りを返そうと判断したからかもしれない。だが、そんなことを考える前に、思わずナギリエッタがエリスに抱きつこうとしていた。
「ありがとう! 一緒に頑張ろぅ」
 ナギリエッタの声が、再び教室に響き渡る。


 “凛々しき瞳”ティアリスは、ランド達よりやや遅れてエリスの教室に着いた。が、その時には既に、エリスは大会の準備に参加することを決めていた所だった。
「ありがとう! 一緒に頑張ろぅ」
 ナギリエッタの声に、ティアリスは自分が出遅れたことを理解した。エリスを誘うのはまたの機会にしようと思い直し、彼女は自分の兄の所へ向かう。
 彼女の兄、“優しき氷皇”ファルコは、マリーの元にいた。他にマリーを誘いに来ていたのは、“ザ・フォレスト”MAXである。その他に数名の学生がマリーの元を訪れていたが、彼らは、
「蒸気式演算回路組込型自動得点掲示板『エクストリームカウンター』(以下、EXカウンター)の仕組みをじっくりと調べてみたいのだ」
 と言う機械好きの面々であったため、マリーのパートナー候補はファルコとMAXの2人に絞られていた。
 まず、MAXが意を決してマリーに告白する。
「なぁ、俺と一緒に大会に出てくれないかな? あ、一緒が嫌でも大会には出てみると良いと思うよ。ランカークさんに賞品のウィニングボール渡したら、お金もらえるって話だし」
「それは聞いてる〜。お金があると、次の研究も出来るよね〜」
 マリーはMAXの言葉にそう答えた。どうやら、マリーは次の研究に掛かりたいらしい。まだ見ぬ次の発明品にマリーは想いを膨らませるが、すぐに気を取り直してファルコの話を聞く事にする。
「僕も是非マリーさんと出場したい。もちろん、マリーさんの意思は尊重するよ。だから、マリーさんの意志を聞かせて欲しい。出場するのかどうか。もしするのなら、誰と組みたいか」
 ファルコが優しい笑顔でそう言うと、マリーはすぐにこう切り返してきた。
「じゃ、聞くけど。もし優勝したら、賞品はどうするつもり?」
 ファルコは少し考えた後、こう答えた。
「もしウィニングボールを欲しがっているハイトマーのファン、特に子供が居たらその子にあげるよ。でも、欲しがっているのが賞金目当ての人ばかりなら、自分でランカークに渡して賞金をもらうつもり」
 その言葉を聞いて、マリーは心を決めたようだ。結果をこう告げる。
「MAXくん。君と一緒に出ることに決めたから〜」
 その言葉に、MAXは驚きと喜びの入り交じった顔を見せながら、マリーに問い掛けた。
「お、俺でいいのか?」
 MAXの問いに、マリーは笑顔を見せる。
「ええ。少なくとも、君は優勝したら賞品か賞金を真っ先に私へくれそうだから。お金に汚いと思うかも知れないけど、なんだかんだ言っても研究費は欲しいのよ」
 その言葉に、ファルコは自分の敗北を認めざるを得なかった。2人を残し、ファルコは部屋を後にする。
 扉を開けると、そこにはティアリスの姿があった。
「……」「……」
 互いの状況を理解した2人は、黙って歩き出す。その後、大会出場チームの中に、2人が組んだチームがエントリーされていたと言う話である。

 部屋に残っていたMAXは、マリーに尋ねた。
「ところで、EXカウンターの方はいいのか?」
 マリーは抜かりないと頷くと、先程からEXカウンターの方に溜まっている学生達へ視線を向けた。
「じゃ、これからEXカウンターの構造説明をするからね」
 マリーは手早く裏蓋を開けると、学生達を呼ぶ。すると、“飄然たる”ロイドが驚きの声をあげた。
「……なるほど。蒸気式演算回路のスループットの遅さを、並列処理で解消しようとしたのですか」
 その言葉に、マリーが笑顔で応える。
「良く気が付いてくれたわね! そう。このEXカウンターは……」
 マリーとロイドはしばらく蒸気演算回路の談義に花を咲かせる。そんなマリーの顔を、MAXはややうらやましそうに見ていた。
(やっぱり、マリーさんはこういう会話をしている時の方が良い笑顔をしてるなぁ)
 と、どうやら2人は話を終えたらしい。マリーがそこにいた他の学生にこう宣言する。
「そんなわけで、EXカウンターのメンテナンスはロイド君に……」
「ちょっと待ってもらえませんか」
 マリーの言葉を遮ったのは、他ならぬロイドだった。
「どうしたの?」
「いえ。他の方も一緒にメンテナンス出来たら、より良い整備が出来るかなと思いまして。マリーさんさえ良ければ、他の方も採用してもらえませんか?」
 ロイドの言葉に、マリーは腰に手を当てて考えを巡らせる。が、蒸気式演算回路と違い、彼女の脳内演算回路はすぐに答をはじき出した。
「わかった。じゃ、みんなにお願いするわね」
「任せとけ。マリー嬢ちゃん。大会までに一通りの動作チェックと慣らしをやっておけば、これ位なら問題なかろうて」
 “鍛冶職人”サワノバの言葉に、マリーが頷く。

 こうして、学生達は次々とパートナーを決めていった。
 試合当日まで……あと5日。


■バトル2・準備■
 申し込み会場前で、リッチェルは少し困った顔をしていた。
 パートナーが見つからないわけではない。逆に、パートナーを決めあぐねていたのだ。
 彼女の前には3人の男性。リッチェルは彼らの言い分を聞くことにした。
「運動も得意だし、格闘の心得もある。俺に任せろ。参加するからには、絶対優勝だ!」
 そう言うのは、天の導きを感じてここに来ていた“黒き疾風の”ウォルガ。
「わたしも、運動には自信があります。それに、人よりは身長が高いですし。わたしをパートナーにして頂ければ、きっと良いコンビが組めると思いますよ」
 礼儀正しくそう言うのは、“旋律の”プラチナム。と、ウォルガが横やりを入れる。
「ちょっと待て。身長なら俺の方が高い」
 その言葉に、リッチェルは2人を見比べる。確かに、ウォルガの方が2アーほど高い様だが、そこにいたもう1人よりは、遙かに身長が高い。
 そのもう1人“蒼空の黔鎧”ソウマは、熱き魂を胸に秘めながらリッチェルにこう言い放った。
「俺は、最強ペアと言われるネイとキックスを倒したい。そして、俺にはその為の秘策があるぜ!」
「秘策? 一体どんなのかしら?」
 リッチェルはソウマの『秘策』に興味を示した。そこまで言うからには、普通の策でないのは明白だからだ。
「秘策だから、簡単に明かすわけに行かないからな」
 ソウマはそう言うと、リッチェルに近づき秘策を耳打ちする。すると、リッチェルは驚きの顔をソウマに向けた。
「そんなこと、本当に出来ますの?!」
「もちろん、努力は必要だ! もし俺を選ぶなら、すぐにでも猛特訓を始めるぜ」
 リッチェルはその言葉に、再び悩み始めた。そんな様子を見たプラチナムは、こう提案する。
「悩まれるのでしたら、誰がリッチェルさんのパートナーに相応しいか、実際にトリムラリーで勝負をして決めましょう」
 だが、その提案は受け入れられることはなかった。
「その必要はありませんことよ。ソウマ。あなたにパートナーをお願い致しますわ」
 悩み抜いたリッチェルが、そう決断を下したのだ。
 ソウマとリッチェルはがっちりと固い握手を交わす。そして、申し込み会場入り口でこちらの様子を見ていたネイとキックスを指さした。
「ネーティアさん! きっとあなたをぎゃふんと言わせてみせますわ!」
「そっちこそ、自滅しない様に気をつけた方が良いよ?」
 ネイの言葉に、リッチェルは「フン」とそっぽを向いた。
「行きましょう、ソウマ。あなたの言う『秘策』、きっとものにして見せますことよ」
 リッチェルはそう言うと、ネイ達の横を過ぎていく。ネイもキックスと少し会話を交わした後、その場所を後にした。

 パートナーが決まった学生達は、それぞれ練習に入っていた。中には、リッチェル達の様に『特訓』を行う者達もいる。
 “路地裏の狼”マリュウと“宵闇に潜む者”紫苑の『宵闇を踊る狼』チームも、そんなペアの1組だった。
「誘ってくれてありがとう♪ シオンさん。どーせなら優勝目指そうね★」
 試合会場となる体育館の床の感触を確かめながら、マリュウは紫苑にそう感謝する。紫苑は、受付周辺でパートナーを見つけられず困っていたマリュウを誘って、今ここにいるのだ。
「では……練習を始めましょうか」
 紫苑の言葉に、マリュウがゴム球を取り出す。
「はいっ!」「はいっ!」
 マリュウはレシーブ中心に練習を重ね、そこに向かって紫苑がアタックの練習を重ねる。時々織り交ぜられるクイック攻撃を見ると、このチームの基本能力の高さがうかがい知れる。
 一通りの練習を終えると、マリュウと紫苑は体育館の裏に行った。これから行う練習は流石に恥ずかしいから、人目に付かない所でと紫苑が頼んでいた。
「じゃ、行くよ! 宵闇を踊る狼に!」
 マリュウが拳を握りながら叫ぶ。そう。2人は今決め台詞の練習をしているのだ。
「……半端な技は通じません……」
 だが、紫苑の台詞は照れがあった。マリュウは明るく紫苑に言う。
「もう一回行くよ! 宵闇を踊る狼に!」
「半端な技は通じません……」
「うん。さっきよりイイ感じ! その調子その調子!」
 そんなマリュウと紫苑の決め台詞特訓は、遅くまで続いたという。

 “闇の輝星”ジークは自分の僥倖に感謝をしていた。彼は、パートナーにカレンを誘うのに成功していたのだ。正直な所、何度も足を運んで頼み込む覚悟をしていた彼は、一度の申し込みでカレンが受けた事を、驚きすらした。
「カレン。君の力を見込んで頼みがある。俺のパートナーとして球技大会に出場してくれないか? 俺は優勝賞品に興味はないから、君にやるよ」
 カレンはその言葉に軽く考えを巡らせた後、承諾の返事をした。もしかしたら、カレンはマリーの様に賞品や賞金目当てで出場を決めたのかも知れなかったが、ジークにとってそれは些細なことだった。
 だが、彼は目当ての学生と組めたことで驕るほど、不真面目ではなかった。優勝に向け足固めをすべく、カレンと特訓を積む事にする。
 2人はトリムラリーのコートに足を運んだ。横では、先程のマリュウ・紫苑組が練習をしているところだった。
「個人プレーだけでは勝ち抜けはしない。お互いのコンビネーションこそ重要だ」
「そうね」
 カレンは短く答え、ジークと向き合う。まずは、ボールに体を慣らす為に、軽いラリーを行うことにした。
「はっ!」「はっ!」
 互いの運動能力が高いのか、ラリーは良い具合に続いていく。この調子で行けば……と構えていたジークが思ったその瞬間、ボールが空中で他のボールとぶつかった。あらぬ方向へ飛んでいく2つのボール。
「何だ?」
 ジークがボールの飛んできた方を見ると、“銀の飛跡”シルフィスがボールを取りに来た。
「ごめんね〜。エグザスが変な方向に飛ばしちゃって」
 ジークは何も言わず、自分の所へ転がってきていたボールを、シルフィスに投げ返した。シルフィスはそれを受け取ると、パートナーの“黒衣”エグザスの方に戻る。
「エグザス! 何であんな所に飛ばすのよ!」
 シルフィスの文句に、エグザスは謝るでもなく言い返した。
「これも練習だ! 俺は『アレ』をするのは嫌だからな」
「なんですって?! そっちがその気ならこっちだって!」
 シルフィスはそう言うと、無回転のサーブをエグザスに向かって打った。変化の掛かったボールは、エグザスの手をすり抜け、地面でバウンドする。
「いきなり打つな!」
 エグザスがそう文句をつけると、シルフィスは当然の様に言い返す。
「これも練習の1つよ! 私だって『アレ』をやるのはまっぴらごめんよ!」
 2人の話を聞いていると、どうやら2人は賭をしているらしい。球技大会で足を引っ張った方が、『アレ』をさせられるらしいのだ。
 そんな2人の様子を見ていたジークは、やれやれと息をつきながら呟く。
「……あれじゃダメだな。何事も基本が大事だ」
 そして、彼は再びカレンとラリーの練習を始めた。


 球技大会に参加しない学生達も、ただその日を漫然と待っていたわけではない。世の中には、様々な準備というものがあるのだ。
 “タフガイ”コンポートは、今回の大会に事件の匂いを感じていた。それはもしかしたら名探偵の嗅覚と呼ばれるものかもしれなかったが、彼はまだその領域まで達していたとは言えない。漠然とした勘の様なものであり、今の彼にはその勘だけで動く理由としては十分だ。そして、事件を起こさない事が、彼の美学であった。
 今回の大会は、あくまで学校行事である。故に、主催は学園側。コンポートは早速、大会の主催者として一番分かりやすい双樹会の会長、マイヤの所に出向いた。
「マイヤ会長。賞品の強奪や会場襲撃に備えたいんですが」
「ふむ。で、具体的には、どのようなことを考えていますか?」
 冷静にそう問い掛けるマイヤに、コンポートは一枚の紙を渡した。
「これが、警備の計画書です」
 マイヤは早速その紙に目を通す。その間に、コンポートは話を続ける。
「もし、この他に決められた警備計画があるなら、私もそれに従う準備があります。そして、万が一ですが警備を行う予定がなければ、私以外にも数人の人員を……」
 そこまで言ったコンポートを、マイヤが制止した。
「人員は程なく集まることでしょう。警備計画はその時に集まった案をまとめて、そこから決めればいいと思います。学園は、基本的に学生達の自主的な活動を制限することはありませんよ。コンポート君」
 コンポートはその言葉に従い、ここでしばらく他の希望者が来るのを待つことにする。だが、それは決して長い時間ではなかった。
 その頃、今回の大会で一つの心配事があった“踊る影絵”ジャックは、マイヤの所へ足を運んでいる最中だった。
(往年の名選手ハイトマー……。そんな有名選手のサインボールが優勝賞品と言うことは、それだけでも何か争乱の種になりかねませんね……)
 程なく会長室に着いたジャックは、早速自分の考えを訴える。
「会長。円滑な大会運営の為に、優勝賞品の警備をしたいのですが」
「ふむ。で、具体的には、どのようなことを考えていますか?」
 マイヤは先程のコンポートと同じ様に、冷静に問い掛けた。ジャックは頷くと、自分の計画を話し始めた。
「まずは、受付や審判、警備全員にスタッフ腕章を付けさせます。大会全体の警備や各スタッフの配置に関しても案がありますが、僕は賞品の警備をしたいので、他の方に管理はお任せしたいと考えています」
「他にはありますか?」
「はい。当然ですが腕章やマイヤ会長の許可がない者は、賞品に近づけさせません。また、素行が怪しい者は今からチェックをしておきたいと思います」
 そこまで聞いたマイヤは、部屋の奥にいたコンポートに声を掛ける。コンポートが姿を現すと、マイヤは2人に向かって言った。
「君達に警備の方は任せても大丈夫でしょう。よろしくお願いします」
「はい!」


 双樹会会長のマイヤの所には、警備希望者以外にも沢山のスタッフ希望者が訪れていた。
「皆さん。整列をお願いします」
 余りに多いので、臨時の受付所が作られ、希望者はそこに列を作る。“笑う道化”ラックもその列に並んだ1人である。
 だが、彼は他のスタッフ希望者とはひと味違っていた。
「ゴホッ……。ボク、この通り運動とか苦手やけど、みんなと一緒にイベントを楽しみたいんや」
 受付所に付くなり、彼はそう言うと口に手を当て咳き込む。だが、彼の手で受け止めきれなかった血が、彼の腕を、そして受付の紙を赤黒く染めていった。他のスタッフ希望者は彼のそんな様子を見て思わず後ずさりするが、マイヤだけは冷静にラックへと言う。
「その血は演技ですね? そこまで小細工をしなくても、別にスタッフ希望者を断りませんよ」
 すると、ラックはけろりとした顔で頷いた。
「あ、ばれた?」
「ええ。さすがに不自然ですので。それに、冗談としては悪質だと思いますよ。ほら。あちらの女性は……」
 怖がってますよ、と言いかけて、マイヤは言葉を途中で止めた。そこで怖がっていた女性は、ルーだったのだ。
「おや。ルーさん。わいもスタッフに誘おうと思っとったけど、遅かったか」
 ラックはそう言って口を拭くと、ルーに謝った。
「ごめんな〜。折角のお祭り騒ぎやから、皆に楽しんでもらえるかと思ったんやけどな」
 ルーはふるふると首を振った。どうやら、もう気にしては居ないらしい。横にいたクレアも、ルーは大丈夫と頷いて見せた。
「ところで、ここにいると言うことは、二人ともスタッフに参加希望なのか?」
 “天津風”リーヴァが尋ねる。だが、クレアは明るく首を振った。
「にゃ〜。あたしは、シーナと一緒に選手として参加するよ」
 そう言うクレアの後ろには、確かにシーナが居る。どうやら、彼女の情熱はクレアに届いた様だった。
「ルー様は、私がお誘い致しましたの。クレア様の側にいるのなら、とのことでお誘いを受けて下さいましたわ」
 そう説明するのはセラ。
(さすがに、ルー君本人もわかっていたようだな)
 リーヴァはそう思いながら、改めて列に並ぶ。彼の番になり、リーヴァは早速自分の名前と希望箇所を告げた。
 他に問題もなく、受付は滞りなく進んでいった。

 受付が済むと、希望に従って人員配置が行われ、さらに仕事の割り振りが行われる。先程の罪滅ぼしか、ラックが仕事を割り振っていた。
「ほな。次の人はこっちを……お?」
 ラックが軽く驚きの声をあげる。
 そこにいたのはエリスだった。側にはナギリエッタ達もいるが、エリスはあくまで自主的にここにいる様だ。
「ほな、エリスさんはこれをお願いするわ」
 そこにいた人数を見て、ラックは表彰台の移動を割り振った。
「わかったわ……」
 早速、エリスは体育館へ向かう。ナギリエッタ達もその後を追いかけた。


 学園は学生達の自主的な活動を制限することはない。だが、犯罪を助長する活動まで制限されないと言うことではない。
「あーあ」
 “天駆ける記者”カリンは、学園新聞部に戻って来るなりそう溜息をついた。新聞部部長の“喧噪レポーター”パフェは、原稿に筆を走らせながらカリンに溜息の訳を尋ねた。
「どうしたの?」
「どうしたもこうしたもないよ。トトカルチョの申請、却下された」
 その言葉に、パフェの手が止まる。
「ええーっ?! もう、原稿は書き始めちゃったよ! 今回の新聞のメイン、これなんだよ?」
「そんなこと言っても、『万が一の場合に私が責任を取れないものへは、許可は出せません』って言われたら、どうしようもないよ」
 カリンはそう言うと再び溜息をついた。もっとも、カリンは今回のトトカルチョの儲けを持ち逃げするつもりだったのだから、先手を打たれたと言うべきか。
「それに、『トトカルチョをするなら学園側で公式大会と同じように行いますから、わざわざ新聞部主催のトトカルチョに許可を出す必要性はないと思いませんか? 賞品はこちらの方が良い物を提供できますよ』って言われたし……」
 まさに、八方塞がりである。パフェも、無言のまま無駄になりかけていた原稿に目を落とした。
 だが、そこで気を落としている時間はなかった。例え1つの記事がダメになっても、他の記事を全部ダメにするわけにはいかない。それが新聞を発行すると言うことなのだ。
「インタビューを中心に、記事を差し替えるよ。勝利者インタビューの準備!」
 早速、改めて出場選手の資料に目を通すパフェ。
 と、彼女はある事に目を留めた。
「リッチェルって……リッチェル・ララティケッシュって言うんだ……」
 何かのネタに使えるかも知れないと思い、パフェはメモにその名前を書き留める。


 準備は着々と進み、会場の設営も滞りなく行われていった。
 明日はいよいよ……決戦の日。


■バトル3・試合開始■
 試合当日は、気持ちの良い青空だった。
 もう少し暖かければ球技大会は外で行われたかも知れないが、この地域で冬の晴れわたった日と言うのは、寒いものと相場が決まっている。
 学生達は寒空の中を、体育館へと向かう。だが、その胸の中には、寒空を吹き飛ばす程の熱い何かが流れているに違いなかった。

 見学者が集まる中、体育館では最終準備が着々と行われている。今回は試合数が多いので、同時にコートを4つ使って試合を行うこととなっていた。
 その横にある観客席の真ん前には机と椅子が据え付けられている。何でも、試合を解説したり、試合の様子を活動写真の弁士よろしく説明する人が座るのだそうだ。
 これは球技大会史上初めての試みだが、学生側から希望が多かった為に急遽設けられた席とのことである。なお、この席は便宜上『実況席』と呼ばれ、解説の担当を『解説者』、弁士よろしく説明する人を『実況担当』と呼ぶこととなっていた。

 会場の準備を離れ、マイヤは部屋でいつもの様に仕事をしていた。如何に学校行事とは言え、彼には別にすべき事がある。今は、学園に来ていた手紙をチェックしている所だ。
 と、一通の手紙が彼の目に止まった。
 あからさまに『予告状』と書かれたその手紙を、マイヤは慎重に開く。そこには、こう書かれていた。

『今宵、優勝賞品を頂きに参る』

 マイヤはすぐにジャックとコンポートを呼びに行かせる。程なく姿を見せた2人に、マイヤは予告状が来たことを告げた。
「わかりました。賞品の警備はお任せ下さい」
 そう言うジャックに、マイヤはさらに告げる。
「こういう時の為に、もう一つの警備計画を用意してあります。今からそれを2人にはお話ししましょう。時間がないので、手短に」
 そして、マイヤはその計画を話した。
「……なるほど」
 コンポートは説明された計画に頷く。マイヤはその他の書類を揃えると、椅子から立ち上がった。
「では、そろそろ行きましょうか。球技大会が始まりますよ」
 3人は、予告状が単なる悪戯であることを願いながら、部屋を出る。

 会場では全ての準備が済んだことを確認し、セラがリエラを呼び出していた。彼女は両の手の間に現れたオルゴール『ムーサ』のゼンマイを巻くと、ムーサは会場に声を響かせる。
「皆様。これより選手の入場ですわ」
 その言葉で、会場が静まりかえる。選手入場口に注がれる視線。そこにまず姿を現したのは……ラックだった。
「レディースアンドジェントルメーン! これより、冬季球技大会を開始するよ♪」
 それが開会の合図だった。ラックに続き、出場選手達が次々と会場入りする。全員が入場を完了した所で、マイヤが一段高い所から選手に向かって言った。
「みなさん。頑張って下さい」
 選手達は大きく返事をすると、4つのコートへと散っていった。ここに、熱戦の火ぶたが切って落とされたのだ。


 それでは、早速試合の方を見ていくことにしよう。まずは第1コート第1試合。実況席では、早速実況担当による説明が始まっていた。
「全国数千万のトリムラリーファンの皆様、こんにちは。実況担当は私、“影使い”ティル。解説はアルフレッド寮長です。寮長、今日はよろしくお願いします」
「ああ、よろしく頼むよ」
 ティルの挨拶に、寮長も礼儀正しく挨拶する。ティルは実況を続けた。
「ここ第1コートの右コートでは、マリーとMAXペアが相手チームの来るのを今か今かと待っております。どうしたのでしょう。相手チームは準備が遅れているのでしょうか? 参加者名簿では、相手チームは“熱血策士”コタンクルと“狭間の女王”コトネの『双紅』チームとのことですが……」
 ティルがそう言った瞬間、会場にどよめきと歓声が沸き起こる。観客の視点が一点に集中する中、ティルも驚きのあまり自分の実況ペースを保つのに精一杯だ。
「おおっと! 何と、水着です! コトネさんは大胆にも水着で登場です! 外では身を切る様な寒さだというのに、左コートは一気に夏真っ盛りなのでしょうか?! 派手な柄の水着が眩しく体育館を彩ります!」
 寒さをしのぐためか、コトネの水着はやや露出少なめのワンピースだが、それでも背中など出来うる限りでの肌の露出を心がけている。その割合からは、水着のデザインをした者の苦労が感じられた。
「やはり、イベントには『華』が必須よね?」
 コトネはそう言うと、観客によく見える様に華麗にくるりと一回りする。観客の大半はコトネのそんな大胆な格好に言葉を失っていた。
「ふん。セクシーと破廉恥の区別も付かぬ愚か者が、紛れ込んで居る様じゃの」
 彼女の水着を見て、中にはそんなヤジや嫌みを言う者もいた。
「ええぞ〜。もっとやれ〜」
 もちろん、反対に好意的な歓声を上げる者も居た様だが、結局の所呆気に取られている者が圧倒的に多い。
 そんな中、ティルは努めて冷静に実況を続ける。
「情報によりますと、コトネさんはどうやら開運ドリンクを使って寒さをしのいでいる模様! 傾城の美貌を保つには、こういった努力も必要なのでしょう。寮長。あの格好をどう思われますか?」
「そうだな。『傾城の美貌』とはその文字通り、城主がその美貌に迷って城を滅ぼす程のと言う意味だ。自分の美貌に自信があるなら、あの格好を作戦として使うのは構わないと思うよ。ただ……」
 寮長がそこで言葉を少し切る。
「ただ?」
「ああ。この作戦は相手が必ず引っかかるとは限らない、リスクのある作戦だ。実際に見てごらん」
 寮長の言葉に、ティルは改めて試合に目を向ける。そこには、マリー・MAXペアが一方的に試合を進めている図があった。どうやら、一度はコトネの色香に迷ったMAXだが、マリーの叱咤で立ち直ったらしい。よく見ると、MAXの耳に、マリーが引っ張ったと思われる赤い跡が付いていた。
「強い! 圧倒的な強さです! 反対に、コトネ・コタンクル組は、寒さで体の動きが鈍ってきたか?!」
 ティルがそう言う頃には、試合の大勢は決していた。
 試合開始から1ザーも経たずに審判が試合終了の笛を鳴らすと、マリーがコトネ達に向かって台詞を決める。
「わたしだって脱いだら凄いんだからね!」
「そ、そうなんですか?」
 MAXがマリーのそんな大胆発言に、思わず赤面する。最後にティルが試合の結果を告げた。
「マリー・MAX組、勝利です!」
「その様だね。『策士、策に溺れる』とはよく言ったものだ」
 寮長が試合をそうまとめた。


 隣の第2コートでは、クレア・シーナ組と、“風天の”サックマン・“爆裂忍者”忍火丸の隠密同好会組が対戦を始めようとしていた。
――ピーッ!
 主審のリーヴァが、試合開始の笛を鳴らす。線審としてこの試合を見ているルーの横で、クレアがボールを構えた。
「いっくよーっ!」
 クレアは普通にボールを打った。ごく普通にボールは飛んでいき、ごく普通にレシーブされた。
 しかし、残念なことに、相手は普通に試合をする気はなかった。
「サックマン殿! 行くでござる!」
 忍火丸がそう掛け声と共にトスを上げる。アタックを警戒してクレアがブロックの体勢に入るが、それと同時に、忍火丸が『煙玉』を破裂させた。
「くっ……ごほごほっ!」
 煙をもろに吸い込んだクレアが、体勢を崩して咳き込む。その間にサックマンがアタックを打とうとしたが、こちらも煙に阻まれて結局ボールを打つことが出来ない。
 ボールはてんてんと転がり、審判台のところまで来ていた。リーヴァは素早く台を降りると、ボールを拾って忍火丸に投げつける。
「この、馬鹿ものぉぉぉっ! 何をやっとるか! 没収だ!」
 だが、忍火丸には反省の色は見られなかった。リーヴァを指さし反論する。
「ルールに煙玉や鉄菱を使ってはいけないとは書いていないはずでござる!」
 だが、リーヴァは忍火丸に跳ね返って戻ってきていたボールを拾うと、再びボールを投げつける。
「ごふぅっ!」
 吹っ飛ぶ忍火丸。駆け寄るサックマンに、リーヴァが言い放つ。
「今、このコートでは私が法律だ。……何か異論でも?」
 リーヴァはそれ以上は言わなかったが、これは即ち異論のある者は即刻退場という圧力だった。
 改めて、隠密同好会の2人はボディチェックを受け、持っていた鉄菱やら煙玉は全て没収となる。
 普通に試合をする気が無かった者が、普通に試合をするとどうなるか。……言うまでもなく、クレア組の圧勝であった。
「ゲームセット! マッチウォンバイ、クレア・シーナペア!」
 リーヴァがそう試合終了を告げると、ルーがクレアの横に駆け寄る。
「……よかった」
 ルーの言葉に、クレアは笑顔で頷いた。
「そーだねっ!」


 第3コートでは、“深藍の冬凪”柊 細雪・“福音の姫巫女”神音ペアとレダ・セラス組の試合が始まっていた。
「コメットセイバーっ!」
 セラスの放つ超威力のアタックサーブ『コメットセイバー』に向かって、神音がダッシュする。
「来た球は……体当たりしてでも止めるっ!」
 その言葉通り、体を張ってレシーブする神音。ボールは少し外れた所へと飛んでいく。
 細雪はこの様な状態を想定して、何回も何万回もトスを上げる練習をしてきた。
(どのような体勢でもアタックの打ちやすいトスを上げるのが、拙者の務め!)
 その想い通り、細雪のトスは絶好の位置に上がっていた。
「全力で叩き落とすから!」
 その言葉通り、神音のアタックはレダの横をすり抜けて、コートに落ちる。
「セラス選手のサーブを見事に受け止め、神音選手のアタックが見事に決まりました!」
 実況席でそう実況をするのは、“闇司祭”アベル。その横には、解説者としてマイヤの姿もあった。アベルは、この機会を幸いと、実況の台詞に織り交ぜてかまをかける。
「やはり、彼女の様に不断の肉体鍛錬を行う事こそが、真のフューリアのあるべき姿なのか?!」
「そうですね。彼女は良く鍛錬されていると思いますよ」
 だが、マイヤが早々有益な情報を出すはずもなく、実況は進んでいく。と、第3コートEXカウンターの担当、“悪博士”ホリィがこっそりとアベルに紙を渡した。
 その紙には、こう書かれていた。
『この冬季球技大会の発案者は、やはりマイヤ会長とのこと。しかし、それ以上の裏はつかむことが出来なかった』
 そこで、アベルはやはりそれとなく話題を振る。
「そう言えば、この大会では男女のペアも何組かあるようですね。共通の苦難を乗り越えることによって、より強い絆が結ばれていくのでしょうか」
 だが、絡め手ではマイヤの方が上手であろうことは、容易に想像が付く。
「そうですね。これを機に恋仲にでもなったら、応援したいと思いますよ」
「学園公認カップル……とかですか?」
「学生達の自由を尊重しているだけですよ。それよりも、ほら」
 マイヤにはぐらかされている内に、試合は細雪・神音ペアが勝利を収めていた。
「力のペアをバランスの取れたペアが倒す。柔よく剛を制すと言った所でしょう」
 アベルは実況をそう締めた。


■バトル4・勝利者は誰?■
 勝者と敗者を出しながら、試合は続いていく。ここで、観客の視線は第4コートに向けられていた。
「は〜い。全校生徒の皆さん、お待たせしました。いよいよ冬季球技大会、別名『ハイトマーのウィニングボール争奪戦』も佳境! 実況担当はわたくし『イイ男は大歓迎』の“待宵姫”シェラザードでお送りしま〜す!」
 実況のせいか、観客もより高いテンションで試合に注目する。シェラザードは更に実況を続けた。
「ここ第4コートでは、3回戦にてついにこのカードが実現! 右コートに居るのは、優勝候補の一角とも噂されるキックス&ネイコンビ! 腐れ縁から生み出されるコンビネーションを侮ってはいけません!」
 シェラザードの実況に反応する様に、右コートにいたネイが観客席に向かって手を振る。
「左コートには、“自滅姫”リッチェルと“蒼空の黔鎧”ソウマペア! 自滅姫の二つ名を持つリッチェル嬢の実力が、ついに白日に晒されようとしているぅ!」
 そう。因縁のこの2組が、ついに直接対決と相成ったのだ。
「では、選手は集まって」
 この試合の審判を務める“光炎の使い手”ノイマンが、選手達を呼び集める。コイントスの結果、ネイチームが先攻と言うことになった。
――ピーッ!
 ホイッスルの音と共に、キックスがボールを構える。

 ノイマンには一つ気になることがあった。
(何か、ネイの様子が怪しい様な気がするんだよな。妙に自信たっぷりというか……)
 普通の人が見ると、ネイは運動が苦手には見えないが、得意に見えるかというとそうでもない。人並みと言った所だろう。
 だが、噂に聞いた所では、ネイとキックスは例え自称とは言え『学園最強タッグ』を名乗っているという。ノイマンは、ネイのその根拠のない自信に疑いを持ったのだ。
(学食で食いっぱぐれない様にこっそりとリエラを使っていたりしたし、注意しておくか)
 審判を務めながら、ノイマンはそれとなくネイの方に気を配る。ネイはと言うと、相手コートの前にいるリッチェルと何やら小声で言い争いをしている様だが、会場の騒々しさからか彼の位置からは聞き取れない。だが、リエラを呼び出している訳ではない様だ。
「……審判。ちゃんと見てるか?」
 ボールを構えていたキックスがそう言う。ノイマンははっと気を取り直すと、キックスの方に言った。
「すまない。試合を続けてくれ」
「……たく。行くぞ!」
 キックスが気合いを入れるかの様に一声あげ、サーブを打った。その時、ノイマンの耳に、場違いな言葉が聞こえてくる。
「では、その様にお願いしますわ。ネーティア様」
 ノイマンは驚くが、試合は進んでしまっている。ノイマンもこれ以上は追求できず、試合に集中せざるを得なかった。
 キックスの打ったサーブは、リッチェルがレシーブしていた。どうやら、リッチェル組は、ソウマが基本的にトスを上げる役目らしい。基本に忠実なトスを上げ、リッチェルも基本に忠実に打ち込む。
 一方、ネイ組の方はネイの性格からか、トリッキーな戦法を多用していた。2アタックやフェイントなどを絡め、リッチェル組と戦っている。だが、ノイマンが心配していた『リエラの使用』はしていない様だった。

 試合は進み……
「これが、因縁の対決というものなのかーっ! 試合はついに大詰め! リッチェルペア、あと1点で勝利をもぎ取ります!」
 シェラザードの熱のこもった説明に、観客もヒートアップする。
 トリムラリーは3セットマッチ制である。第1セットはネイペアが取ったが、第2セットはリッチェルペアが取り返し、運命の第3セットは14−13となっていた。
 その時、ソウマが動いた。
「秘策を使うぜ」
 ソウマの言葉に、リッチェルが頷く。
 サーブはネイである。ボールを構え、オーバーハンドでサーブを放つネイ。
「これで……どう?!」
 ネイのサーブは、やはりトリッキーな変化球サーブだった。だが、それは既にリッチェルペアの予測範囲である。
「ソウマ!」
 リッチェルはソウマへ近づく様に、ネイのサーブをレシーブする。
「任せろ!」
 リッチェルのレシーブを、ソウマは天にまで届くかと言う程高くトスした。
「来い! リッチェル!」
 その言葉を合図に、リッチェルが飛び上がる。ソウマはその側にかけより、リッチェルをレシーブの様に打ち上げた!
「そんなことが出来るのかーっ?! リッチェル選手、ソウマ選手の助けを借りて2段ジャンプだぁっ!」
 シェラザードの声が響く中、ネットの遙か上でリッチェルはボールをとらえる!
「これが、俺達のメテオソード(仮)だ!」
 ソウマの声と共に、リッチェルは超高角度の高速アタックを相手コートに叩き込んだ!
「ええっ?!」
 ネイはその動きに反応できず、コートの中を白いボールが転々と転がる。
 それを見て、ノイマンが試合終了のホイッスルを鳴らす。今ここに、リッチェルペアが勝利を収めたのだ。
 そこへ、シェラザードの声が響いた。
「ああっと! ソウマ選手、リッチェル選手をお姫様抱っこで受け止めていたぁっ! リッチェルペア、感動的なラストで勝利を収めました!」
 観客の拍手の中、ソウマは抱きかかえていたリッチェルを下ろすと、2人でネットに向かった。そこには、ネイとキックスも来ている。
「リッチェル。すごかったよ」
 ネイは言葉少なげにそう言うと、右手を差し出す。
「ネーティアさんも、よく頑張っていたと思いますわ」
 そう言って、リッチェルも右手を出し、握手をしようとした瞬間、
「へぶっ?!」
 リッチェルは目測を誤って、ネットに顔をぶつけていた。ネイが思わずツッコむ。
「やっぱり、“自滅姫”だよ!」
「ネーティアさんがもう少し前に出てきて下されば良かったのですわ!」
 言い争いが始まるかと回りの人間は身構えたが、ネイとリッチェルは笑顔だった。この試合で、2人のわだかまりも解けたのだろう。
「次の試合、頑張って」
 ネイの言葉に頷き、2組のペアはコートを後にする。
(結局、ネイはリエラを使わなかった。気になったのはあの声だけ……か)
 無事試合が済んだのを見て、ノイマンも控え室に戻った。


 球技大会は数々の熱戦と共に進み、残りは1つを残すのみとなっていた。
 その決勝戦は、誰もが予想しないカードとなっている。
「左コートには、まさに文字通りのダークホース。カレン・ジークペア! 右コートには“蒼盾”エドウィンと“貧乏学生”エンゲルスの、まさに文字通り貧乏学生ペアです!」」
 決勝の実況担当“七彩の奏咒”ルカが、そう選手達を紹介する。優勝候補としてあげられていたネイ・キックスペアを打ち破ったリッチェル・ソウマペア。マリー・MAXペア。シーナ・クレアペア……。そんな名だたるペア達は、彼らの前に負けを喫していたのだ。

「残り12sであと10日間食いつなぐのは無理……。だから、何としても俺達は勝つしかないんです」
 先日の事件にて署名運動したせいでバイトが減ったエンゲルスにとって、球技大会は遊びでもレクリエーションでもない。死活問題だった。だから、彼はなりふり構っては居られなかった。
「明日の食費の為……俺達は決して負けられないんだ!」
 エドウィンも気合いを入れる。そのハングリー精神を良い方向に昇華させ、2人は難敵を撃破してきた。
 だが、ジークにも優勝という名誉への純粋な欲求がある。そして、エドウィン・エンゲルスペアに負けない位の難敵を、ジークペアも撃破してきたのだ。
 そんな2組が、コートに入る。審判台には“探求者”ミリーが立っていた。コイントスの結果、サーブはカレンペアからとなる。
「カレンさんのサーブで試合開始です!」
 ルカがそう実況する。
 カレンはボールを構えると、テクニカルなジャンプサーブを放った。
「……集中しろエンゲルス。アレはボールじゃない……ステーキなんだ!」
 エンゲルスは自分にそう言い聞かせると、ボールに飛びつく。ふわりと浮いたボールをみて、エドウィンが2アタックの体勢に入った。
「赤貧傷心拳奥義! 虎馬撃!」
 得意の格闘を生かしたオリジナルアタックが、左コートの床を抉るかの様な勢いで襲い来る。だが、ジークはそれを冷静にさばいた。
「はっ!」
 カレンがトスを上げる。エドウィンは66アーの身長を生かしたブロック体勢に入った。
 だが、ここはジークの方が一枚上手だった。ジークはブロックへのフェイントをかけ、ボールを相手コートに押し込んだのだ。
「おっと! ジークくん、スパイクと見せかけてフェイントぉっ! だが、エンゲルスくん、ボールに向かって再びダイビングぅっ!」
 ジークのフェイントに、エンゲルスが超反応を見せる。それも全て、明日の食費の為なのだ。
「落とすなんて勿体ないっ!」
 そんなエンゲルスの手の甲で、ボールは高く跳ね上がる。

 2組の実力は、ほぼ互角だったと言っていいだろう。ルカの実況も、自ずと熱を帯びてくる。
「エンゲルスくんのフェイントアタック! ジークくん届かない! しかし、惜しくもラインの外だあっ! 線審の旗が無情にも振られる!」
「エドウィンくんの強固なブロック! カレンさんのスパイクが通らないぃぃっ!」
「お返しとばかりにエドウィンくんの必殺スパイク! ジークくん、大きく横っ飛びだぁ!」
「カレンさんの意表をついたレシーブ! エンゲルスくん、ボールに届かないっ! 無情にもEXカウンターはポイントを刻むぅ!」
 一進一退の攻防を繰り返す2組。その様子に、会場はいつしか、水を打った様に静まりかえっていた。聞こえるのは、2組の息づかいとボールを打つ音。そして、ミリーの鳴らす笛とルカの実況だけである。
 だが、終わりのない試合は無い。運命はたった1組だけ勝者を選び取る。
「ああーっと! エンゲルスくん取れない! ボールは無情にもコートに突き刺さるぅーーっ!」
 ルカの言葉と同時に、ミリーが試合終了のホイッスルを吹いた。
「20対18、マッチウォンバイ、カレン・ジークペア!」
 ルカの実況を聞いて、観客は惜しみない拍手を2組に浴びせた。その拍手の中、エンゲルスはがっくりと膝を付く。
「あ……明日からどうやって暮らせば……」
 だが、捨てる神あれば拾う神ありとはよく言ったものである。そんな彼に声を掛ける者が居たのだ。
「お疲れの様ですね♪ グルーメルやルオティは如何ですか? 御菓子もありますよ」
 それは“拙き風使い”風見来生だった。エンゲルスが顔を上げると、遙か向こうには確かにメオティや喫茶『鳩時計』謹製の鳩型ショートブレッドなどが並べられていた。
 エンゲルスは10日間分の食いだめをしようと、そこに駆け寄る。だが、流石に御菓子だけでは足りなかった。
「では、お弁当は如何ですか?」
 そこに、もう一人の拾う神が声を掛けてきた。“弦月の剣使い”ミスティである。
 卵焼き・唐揚げ・フライ・サンドイッチ……。ミスティの作ってきたお弁当はあらかたエンゲルスの腹に入り、残りはお土産用となった、とか。

 こうして、球技大会は終わりを告げた……かの様に見えた。
 だが、波乱づくしの大会は、最後まで予断を許さなかった。


■バトル5・戦い済んで……■
 表彰式の準備を済ませ、セラが再び会場に声を響かせる。
「皆様。これより表彰式を行いますわ」
 その言葉で、会場の真ん中に設置された表彰台に注目が集まった。
 表彰台の真ん中には、カレンとジークが立っている。そこから少し離れた所には豪勢な飾り付けをされた台があり、その上には優勝賞品であるハイトマーのウィニングボールが2つ鎮座していた。
「優勝者に、マイヤ会長から優勝賞品が授与されますわ!」
 セラがそう告げると、ジャックがボールの載った台を動かし、マイヤと共にジーク達の前に立つ。
 事件はその時起こった。
――パーン!
 観客席から甲高い爆発音が響く!
「なんだなんだ?!」
 観客が混乱する中、1人の男がボールの載った台を目掛けて走り始める。その男、“滅盡の”神楽は、黒色火薬をフラスコで爆発させ会場の混乱を誘ったのだ。
 神楽は台までの最短距離を進んでいった。襲い来る警備を怯ませる為に、ご丁寧にも爆竹を鳴らしながら。
「このサインボールは頂きますよ」
 警備のジャックが向かってくるのをかわし、神楽は台に載った2つのボールを素早く奪い去ると、手紙をマイヤに投げつけた。
「では、さらばです」
 そう言って神楽は催涙爆弾を破裂させようとしたが、それより先にボールの載った台が不自然に倒れる。
「何事?!」
 神楽が一瞬怯んだその隙に、台の中から“安全信号”紅楼・夢と、彼女のリエラ『停止信号』紅楼・妖が姿を現した。彼女は台からボールを奪おうとするであろう泥棒に奇襲を駆ける為、朝からずっとこの台の下に隠れていたのだ。そして今回は、完全に彼女の読みが当たっていた。
 紅楼・妖が神楽を取り押さえようと動く。同時に、ジャックも犯人を取り押さえようと必死に動いていた。
 神楽はここから逃げるべく催涙爆弾を爆発させようとしたが、こんな状況では諦めざるを得なかった。この距離で爆発させては、自分が逃げるのが遅れて被害を受けるだろう。
 結局、2人に挟まれた神楽はすぐに逃げ場を失い、取り押さえられることとなる。
「観念してください!」
 ジャックが神楽の腕を締め上げる。リエラとの交信を解除した夢が、苦虫を噛み潰したような顔の神楽に向かって言った。
「こうやって犯人とっつかまえれば、人気上昇知名度爆発! 個人事務所開設も夢じゃないんだよ!」
「くっ……!」
「ついでに言えば、今あんたが持ってるボールは私の用意した偽物だよ。残念だったね」
 そんな夢の言葉に、神楽は負けを認めざるを得なかった。
 こうして、事件は防がれた。大勢の観客の前で捕まった神楽にとっては、全て後の祭りであった。

 会場の混乱が収まった後、気を取り直して表彰式が再開される。改めて、ジャックからマイヤへボールが渡された。もちろん、今度は本物のウィニングボールである。
「おめでとう」
 マイヤがそう言うと、最初にカレンへ。そしてジークへボールを渡す。それを見ながら、ジャックはほっと胸を撫で下ろしていた。
(無事ボールは優勝者の手に渡されました。これで僕の役目も終わりです)
 優勝賞品を受け取ったジーク達に、再び惜しみない拍手が降りかかる。その拍手の雨の中、ジークは約束通りカレンへボールを渡した。
「……今日はありがとう。優勝も嬉しいが、何よりこの数日間楽しかった」
 ジークはそうカレンに話しかける。カレンはこの数日間で初めて愛嬌のある笑顔を見せ、その言葉に応えた。
「こちらこそ、ありがとう」
 そして、カレンは2つのボールをしまう。ジークは更にカレンへ話しかけようとしたが、パフェ達学園新聞部のインタビューが始まったので、諦めざるをえなかった。

 表彰式が終わり、マイヤが最後に宣言する。
「お疲れさまでした。これにて冬期球技大会を終了します」
 選手達が、そして観客達が帰ろうとしたその時、会場に三度セラの声が響いた。
「皆様、後片付けも忘れずにお願いしますわ」
「えーっ?!」」

 そして、会場の後片付けが始まる。
 そんな中、ミスティは困惑の表情を見せていた。先程エンゲルスにお弁当を全部食べられたが、ある一つのサンドイッチだけは、流石に出すのを躊躇っていたのだ。
「この罰ゲーム用サンドイッチも片づけないと……どうしましょう」
 そう呟くと、一人溜息をつくミスティ。と、その呟きを聞いた“賢者”ラザルスがミスティを呼び止めた。
「罰ゲーム用サンドイッチなら、エグザスの所に行けば食べてくれるじゃろうて」
 その言葉に、ミスティはラザルスと一緒に早速エグザスの所へ向かう。
 エグザスは他の山岳同好会のメンバーと共に、会場の外でお弁当を食べていた。が、ラザルスの顔を見て表情が強ばる。
「エグザス。これが『アレ』じゃ。中身は聞かずに、一気に食べるのじゃよ」
 そう言って、ミスティの作ったサンドイッチを渡す。エグザスも約束だからと、サンドイッチを一気に頬張った。
「ぐ?! が?!」
 目を白黒させるエグザス。ラザルスはそんな様子を見ながら、ミスティにサンドイッチの中身を尋ねた。ミスティは戸惑いながらこう答える。
「え? ええ。ラージェンを1瓶まるごと挟んであるのですが……」
 それを聞いたエグザスは、悶絶しながら倒れた。


 準備委員であったエリスは、先程まで使っていた表彰台をクロウ達と一緒に元の位置に動かしていた。
 そんな中、クロウがエリスに尋ねる。
「もしかして、エリスは大会に参加したかった?」
 今更聞いても遅い質問ではあったが、エリスは幸いにも首を振った。
「そうなんだ。よかった〜」
 クロウが胸を撫で下ろす。その話を聞きながら、ナギリエッタは思っていた。
(エリスって模擬戦で剣を見切っちゃう位だから、出場したらきっと優勝だょ)
 と、急にナギリエッタが声をあげる。
「あ、ちょっと止まってょ♪」
 何事かと他の者が驚く中、ナギリエッタがエリスに言う。
「エリス。一緒に表彰台の上に立ってみなぃ?」
 だが、エリスは首を振った。
「私はここに立つべきではないわ……」
「そっか……。でも、いつか、エリスとボクと……たくさんの『トモダチ』と一緒に、表彰台に立とうょ♪ それまでは、たくさんた〜くさんのトモダチが、エリスに出来ますよう……祈っておくね」
 ナギリエッタの言葉に、エリスは困惑の表情を見せながら小さく頷いた。


「いつもこうだと良いのだがな。もっとも、払う必要のない金を使わなかったことは、評価してやらんこともない」
 大会の終わったその夜。椅子に優雅に座りながらそう言うランカークの手には、ハイトマーのウィニングボールが2つあった。もちろん、夢の用意した偽物ではない。正真正銘の本物である。
「恐れ入ります」
 従者は影に控えながら、そう答えた。
「見るが良い。本物だけが持つこの重み。表面の傷や渋みが、彼と共に幾多の戦いを乗り越えた事を物語っている……」
 ランカークがボールを持ちながら、満足げに語り始める。従者もその語りを黙って聞きながら、ここ数日の事を思い出していた。
(……名前位は覚えておこうか。何かに使えるかもしれない)
「……聞いているのか?!」
 だが、すぐにランカークの怒鳴り声が響く。従者は思い出した名前を頭の片隅に追いやると、ランカークに返事をした。
「申し訳ありません」


 良く、戦いは何も生み出さないと言われる。
 だが、ここ数日間の様々な『戦い』は、確実に何かを生み出していた。
 学生達の新たな絆。今まで見せなかった表情。そして、幾つかの謎。

 もし、今回の戦いに意味があるとしたら、そんな『種』を未来という畑に蒔く為だったのかもしれない。

 生み出され、蒔かれた種は、これからどう育っていくのか。
 それは、また別の話である。

参加者

“福音の姫巫女”神音 “飄然たる”ロイド
“眠り姫”クルーエル “麗しの翼”華瑠螺
“天津風”リーヴァ “蒼盾”エドウィン
“怠惰な隠士”ジェダイト “探求者”ミリー
“光炎の使い手”ノイマン “弦月の剣使い”ミスティ
“舞い踊る斬撃”慈音 “翔ける者”アトリーズ
神楽 “喧噪レポーター”パフェ
“笑う道化”ラック “朧月”ファントム
“風曲の紡ぎ手”セラ “ぐうたら”ナギリエッタ
“闇司祭”アベル “優しき氷皇”ファルコ
“紫紺の騎士”エグザス “風天の”サックマン
“銀の飛跡”シルフィス “黒き疾風の”ウォルガ
“暴走暴発”レイ “タフガイ”コンポート
“硝子の心”サリー “自称天才”ルビィ
“待宵姫”シェラザード “鍛冶職人”サワノバ
“伊達男”ヴァニッシュ “幼き魔女”アナスタシア
“六翼の”セラス “闇の輝星”ジーク
“銀晶”ランド “安全信号”紅楼・夢
“凛々しき瞳”ティアリス “深緑の泉”円
“踊る影絵”ジャック “餽餓者”クロウ
“悪博士”ホリィ “悠久の奏者”アルベルト
“闘う執事”セバスチャン “血剣”嘉島・熱人
“見守られる者”リーリア “時刻む光翼”ショコラ
ユリシア=コールハート “熱血策士”コタンクル
“海星の娘”カイゼル “天駆ける記者”カリン
“抗う者”アルスキール “陽気な隠者”ラザルス
“水月の天使”ガブリエラ “頑健強固”アミー
“路地裏の狼”マリュウ “蒼空の黔鎧”ソウマ
“ザ・フォレスト”MAX “茨の城主”フォルシアス
“紅髪の”リン “土くれ職人”巍恩
“竜使い”アーフィ “宵闇に潜む者”紫苑
“狭間の女王”コトネ “拙き風使い”風見来生
“緑の涼風”シーナ “彷徨い”ルーファス
“完璧主義者”レイディン “唱喚士”エセル
“爆裂忍者”忍火丸 “貧乏学生”エンゲルス
“魔弾”カイ “七彩の奏咒”ルカ
“茨焔の鎖”マイティス “のんびりや”キーウィ
“深藍の冬凪”柊 細雪 ラシーネ
“旋律の”プラチナム “燦々Gaogao”柚・Citron
“轟轟たる爆轟”ルオー “影使い”ティル
“乾坤一擲”紅龍