『今年から、球技大会を年2度行うこととする』 何気なく発表されたこの通達が、争乱の始まりだった。 「おい。聞いたか?」 「ああ、冬季球技大会だってな」 「誰だよ?! そんな酔狂なもの考えた奴は!」 学生達は通達の張り出された掲示板の前で、口々に勝手なことを言い合う。 「特に深い意味はありませんよ。単純に冬の間は娯楽も運動量も減りますから、その解消が目的です」 双樹会会長、マイヤは今回の発表に関して笑顔でそう説明した。本当にそれだけなのか誰もが尋ねようとしたその時、マイヤは言葉を続ける。 「ただ、この冬季球技大会を決めるに当たって、ある人物の尽力があったのは確かです」 「ある人物……って?」 口々に尋ねる生徒達に、マイヤはこう言った。 「それは本人との約束で、秘密ですよ」
冬季球技大会の準備が着々と進められる中、学生達の間に再び驚きの声が挙がった。 「よりによって、これかよ……」 そう言う学生達の目の前には、球技大会の種目が書かれた通達が張られている。 その種目とは、『トリムラリー』と呼ばれるものだった。
「ねぇ、マリー。トリムラリーって何?」 蒸気研に遊びに来ていたレダは、マリーに尋ねる。すると、マリーはこう答えた。 「えっと、トリムラリーって言うのは……。ちょっと待って。辞書を引いてあげるわ」 そして、近くにあった辞書を開く。程なく、マリーは顔を上げ、レダに改めて説明を始めた。 「辞書によると、『2チームがネットを境にコートの左右に分かれ、ボールを手で相手コートに打ち込み、得点を競う競技。1チームは2人』って書いてあるけど……わかる?」 マリーの問いに、首を振るレダ。マリーも困り顔だ。 「要は、2人でボールをこうやって『トス!』とか『レシーブ!』とか、『アターック!』とかやって、3回ボール触る間に、相手の陣地に落とす球技……なんだけど」 マリーは身振り手振りで説明を続ける。その熱意が通じたのか、レダはようやくトリムラリーのなんたるかを理解したようだ。 「ボクも出たい〜。アルファントゥと一緒にあたーっく! にゅふふ」 レダがそう言って、右手でボールをはたき落とす真似をする。が、マリーは首を振った。 「リエラはダメだよ。誰か、フューリアのパートナーを見つけないと」 その言葉に、レダがぷうと頬を膨らませながら文句をつける。 「けち〜。じゃあ、ボク、マリーと一緒に出る〜」 「あ、わたしはダメ。当日は、蒸気式演算回路組込型自動得点掲示板『エクストリームカウンター』のメンテナンス担当なのよ。誰か代わってくれれば、出られるんだけど……」 その言葉に、レダは珍しくきりりとした表情で言った。 「じゃあ、ボク、ぱーとなーをさがす〜! マリーの代わりの人も、さがしてあげるよ!」
更に時は進み、日程・賞品などが次々と決まっていった。 「ねぇねぇ。キックス〜。冬季球技大会の賞品、聞いた?」 天文学部へ向かう途中のキックスを呼び止めてそう言うのは、ネイ。 「知らねぇよ。興味ないし」 そう言って階段を上ろうとするキックスのズボンを、ネイが掴む。 「待ってよ〜。賞品、あのハイトマーのウィニングボールだよ! もちろんサイン入りで、お宝ものなんだから〜」 ハイトマーとは、プロのトリムラリー選手である。コートを縦横無尽に動き回り、どこからでもアタックを打ち込む彼は、“白い弾丸”と呼ばれて恐れられたと言う。惜しまれながらも引退したが、その人気は今も高い。 「特に、高位置からの高速アタック『メテオソード』は、天下無双の破壊力で……って、キックスぅ?!」 ネイが語っている間に、キックスは階段を上りきっていた。階段の下に一人取り残されたネイが、慌ててその後を追いかけようとした時。 「相変わらずですこと! ネーティアさん」 妙に高飛車な声が、時計塔広場にまで響き渡った。ネイが振り返ると、そこには奇妙な形に頭を結った一人の少女が、高笑いしながら立っている。 ネイは恐る恐る、彼女に尋ねた。 「失礼ですが……どちら様ですか?」 彼女は一瞬呆然としたが、すぐに気を取り直してネイを指さした。 「このリッチェルを、忘れたとは言わせませんことよ?」 「あー! もしかして、“自滅姫”リッチェル?」 ネイはそう言いながら、リッチェルへと指さし返す。リッチェルはその指を手で払いながら、ネイの元へと近づいた。 「その二つ名は言わないで欲しいですわね。そもそも、その二つ名を付けられたのは、あなたのせいですのよ?」 「そんな過去のことは、お互いに水に流さない?」 「今更、そんなことは言わせませんことよ!」 衆人環視の中で言い争うネイとリッチェル。どうやら、この2人。何やら訳ありのようだ。 2人は額をつき合わせ、舌戦で火花を散らす。そして、リッチェルが再びネイを指さした。 「勝負ですわ! 今度の冬季球技大会で、決着をつけませんこと?」 すると、自信たっぷりの顔でネイも頷く。 「いいわよ。受けたげる。けど、『学園最強タッグ』と謳われた、私とキックスに勝てる?」 「自称の学園最強に負ける気は、更々ありませんことよ! 最強のパートナーを見つけて、その鼻をあかしてあげますわ」 リッチェルも自信たっぷりの顔でそう言い捨てると、踵を返して学園へと向かっていく。ネイもリッチェルに背を向け、天文学部への階段を駆け上った。 「キックス〜! いっしょに冬季球技大会に出て〜!」
「そうか。ハイトマーのウィニングボールか」 冬季球技大会の賞品を従者から聞いて、ランカークはしばし考える。だが、従者からしてみれば、次に彼が言う言葉は明らかだった。 「一流選手の物は、高貴なる者にこそ相応しい。これがどういう事か、わかるな?」 ランカークの言葉に、従者は頷く。 当然だが、ランカーク自身は球技大会などに出る気はない。金を積めば、協力者は現れるからだ。もっとも、最悪の場合は、従者自らが大会に出なければならなくなるだろうが。 「では、良い結果が聞けるのを待つことにしよう」 ランカークがそう言うと、従者は行動を開始した。 その後、学生達の間に「ウィニングボールをランカークに渡すと、報酬が出る」との噂が流れたのは、言うまでもない。
そして、参加申し込みの日が訪れる。 注目のネイ・キックス組は早々に受付を済ませて、申し込み会場入り口で他の参加者達の様子を見ていた。 「この面子なら、優勝はいただきなのです」 ネイはそう呟いた。 |
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