クレイコートの騎士達へ
 学園都市アルメイスに普通の日々が戻ってから、数週間が経とうとしていた。
 ただ、普通の日々というのは、何もない日々の事ではない。

 学食でいつものようにサラダを頬張りながら、ネイはふとキックスに言った。
「そう言えば、そろそろ夏季球技大会の季節だねぇ」
 アルメイスには「球技大会」と呼ばれる行事が夏と冬の2回ある。冬季の方は昨年から始まった比較的新しい行事だが、夏季の方は反対に割と昔からある古い行事だ。
「あー、そうだな。……で、今年は何をやるんだ?」
 キックスがやる気なくそう尋ねた時、そこにネイとは別の声が響いた。
「ネーティアさん! 勝負ですわ! 今度の夏季球技大会で、決着を付けませんこと?」
 それは、リッチェルだった。彼女の手には一枚の紙。それを見たネイは、至って冷静にリッチェルに告げる。
「リッチェル。もう演技はいいんだってば」
「そうですの? 折角雰囲気を盛り上げようと思いましたのに」
 リッチェルはネイの従者に戻り、改めて手に持った紙を見せる。それは、掲示板に貼られていた通達の写しであった。
「ネーティア様お待ちかねの、夏季球技大会の種目が発表されましたわ」
 ネイはリッチェルから紙を受け取り、目を通す。
「うーん。今年は『ノーブルクレイ』か〜」
 ネイがそう言うと、キックスがネイから紙をひったくる。
「……ようやく来たか」
 そう言うキックスの顔は、真剣だった。
「ネーティア様。キリツ様はいったいどうされましたの?」
 リッチェルはキックスの態度に驚きながら、そう尋ねる。すると、ネイはキックスの方を見ながら、ぽつりと言った。
「騎士、だね?」
「……ああ」
 頷くキックス。状況を飲み込めないリッチェルは、ネイに説明を求めた。
「……5年くらい前から、球技大会でノーブルクレイが行われたら、ただの1度も負けない人がいるの。重量とスピードを伴ったライジングショット『ルーサーンハンマー』で、並み居る強敵を打ち倒してきたんだ。その強さに敬意を表して、その人は『クレイコートの騎士』と呼ばれるようになった」
 ネイがそこまで言うと、キックスが続ける。
「……あれは2年前の夏季球技大会だ。準決勝で俺はそいつと当たった」
「どうなりましたの?」
 リッチェルの問いに、キックスは首を振る。
「……次は勝てる。その時の俺はそう思った。だから、今回は勝つ」
 そこまで聞いたネイは、こくりと頷いた。
「私のことは心配しなくていいよ? 誰か、別のパートナー見つけてダブルスに出るから」
「……んなことは心配してねぇ」
 キックスがいつものようにツッコむと、リッチェルもネイに尋ねる。
「それは、わたくしがネーティア様のパートナーと言うことですの?」
「見つからなかった時にはお願い。無理強いはしないけどね」
 こうして、今回の球技大会はキックスがシングルスに、ネイとリッチェルはそれぞれダブルスに出場することとなった。


 ものの本によると、ノーブルクレイとは『ネットを境にして相対し、ラケットを用いて所定の区画内に黄色のフェルトで覆われたボールを打ち合って得点を競う競技』とある。古くは貴族達の家の庭で行われていた球技と言うこともあり、特に貴族達の間で人気が高い。
 さて、今大会でのノーブルクレイのルールは、運営時間の都合もあってか次のようになっている。

・試合形式は、シングルスおよびダブルスの1セットマッチトーナメントとする。1ゲームは4ポイント先取。3ゲームを先取したチームがセットの勝者となる。お互いに2ゲームを取った場合は、次のゲームをタイブレーク方式で行い、勝者をセットの勝者とする。
・学生は、シングルスとダブルスのどちらか片方にしか出場出来ないものとする。
・試合は、男子・女子・混合の区別は行わないものとする。また、ダブルスにおいては「フューリアとリエラ」というペアも許可する。但し、試合中のリエラの特殊能力および技の使用は、リエラとのペアを組む組まないに関わらず全面的に禁止する。
・試合会場はアリーナに特設したクレイコートとする。また、練習用として1週間前からこのコートを開放する。
・優勝者には栄誉を讃えて『ゴールデンラケット』を贈るものとする。


 賞品が金目の「ゴールデンラケット」と聞いて俄然やる気を出した学生がいたのは、ある種当然といえるだろう。
 例えば、ランカークが「あのような高貴な輝きを持つラケットは、高貴なる者にこそ相応しい」と言って、従者に優勝賞品奪取命令を出した事は想像に難くない。事実、「ランカークがゴールデンラケットに高額の報酬を用意している」と言う噂が、早い段階で生徒の間に流れている。

 他にも、賞品に目がくらんで球技大会への出場を決意していた者がいる。誰かというと、マリーである。
「やっほー。マリー〜 球技大会、どうするの〜?」
 レダが蒸気研に来た時、マリーは奇妙な行動を取っていた。右手にはノーブルクレイのラケット、左手にはねじ回しを持ってうろうろしていたのだ。
 レダは不思議そうに尋ねる。
「……どうしたの?」
「ハイヤードの技術大祭が近いのよ〜。でも、球技大会も近いのよ〜」
 よくよく話を聞くと、数ヶ月後にあるハイヤードでの技術大祭に向け、マリーは資金調達を図ろうとこの球技大会に出場を決意したらしい。なにしろ、噂ではあのラケットの価値は10万シナーは下らないだろうとのことなのだ。
「だから、ダブルスで出て優勝賞品のラケットを2本手に入れられればと思ったわけ」
 だが、マリーは忙しかった。技術大祭用の制作に加え、蒸気式演算回路組込型自動得点掲示板改『EXカウンター2』のメンテもあり、てんてこ舞いになっているらしい。
「大祭用の制作は他の人に任せられないし、ノーブルクレイのパートナー探しや練習もしなきゃならないし……」
 困っているマリーを見て、レダは大丈夫だと頷いた。
「じゃあ、ボクが代わりにダブルスに出るよ〜。優勝賞品はマリーにあげるから」
 そう言うと、レダは元気よく蒸気研を後にし、パートナー探しにと出かけていった。


 それから数日後、ネイとリッチェルは食堂で食事をしていた。
「やっぱり、騎士みたく格好良い必殺技が欲しいねぇ。高位置からの高角度スマッシュ『メテオソード』とかどうかな」
「……それはトリムラリーの技ですわ」
 リッチェルはネイの与太話に冷静に突っ込んだ後、ネイに尋ねる。
「ところで、先日からずっと気になっていたことがあるのですけども」
 ネイが視線をリッチェルに向けると、リッチェルは自分の疑問を話す。
「クレイコートの騎士様って……どなたなのですの?」
 すると、ネイはさも当然といった顔で、こう告げた。
「あれ? 言ってなかった? アルフレッド・フォン・ライゼンバード。寮長だよ」

 その頃、キックスは球技大会の参加受付に来ていた。そこには、受付作業を手伝っているアルフレッド寮長の姿があった。
 彼はまるで誰の挑戦でも受けると言わんばかりに、受付で穏やかに微笑んでいたという。キックスはそんな寮長を鋭い目で見つめながら呟いた。
「……向こうがハンマーなら、こっちは槍だ」

■準備はしっかりと■
 “縁側の姫君”橙子は、球技大会が行われると聞いてからずっと考え事をしていた。
(残念なことに運動はさっぱりですから出場はしませんけど、ただ見るだけと言うのもつまらないものですね……)
 今回のように体育会系の行事では、この手の悩みはよく起こる。だが、橙子は他の人とは少し違う解決法を思いついた。
(そうですね。……球技大会の様子を綴ってみるのはどうでしょう)
 幸いに、橙子は文章をしたためるのが好きだった。
(どうせなら試合当日だけではなく、練習の様子や準備を行っている所から書いていくことにしましょう)
 そう考えた橙子は、早速取材に向かうことにする。

 まず取材に向かったのは、双樹会で行われている参加受付の所だった。当然、準備の風景を取材する為である。
 橙子が着いた時、そこにはマイヤ会長・アルフレッド寮長の他に数名の学生がいて、話をしていた。
「マイヤ殿。拙者、一つ提案したいことがあり申す」
 そう言うのは、“深藍の冬凪”柊 細雪。その横には珍しく“静なる護り手”リュートがいる。
「何でしょうか?」
 マイヤの問いに、細雪はこう告げる。
「当日に、観客向けの選手一覧の冊子など如何でござろう。よろしければ、双樹会として許可を頂きたく」
 マイヤはその提案に少し考えた後、許可を出した。
「選手一覧は確かに必要でしょうね。手間でなければ、お願いしましょう」
「心得てござる。では、此処暫く拙者とリュート殿で取材等行います故、しばしの間失礼をば」
 そう言うが早いが、細雪とリュートはそこを離れる。

 一方、隣にいて受付をしていたアレフには“光炎の使い手”ノイマンと“風曲の紡ぎ手”セラが来ていた。
(いつも寮長が色々作業をやってくれていたりするわけだが、いつまでも1人の人間に頼る体勢は問題があるだろう。寮長もいずれは卒業して、学園を去るだろうしな)
 そう考えていたノイマンは、アレフに言った。
「ここは任せて、練習でもしていてくれ。下の者としていつまでも先輩に頼っているわけにも行かない。それに、あなたを倒そうと闘志を燃やす者に答えるべく、全力を尽くして調整をするのがディフェンディングチャンピオンの務めではないか?」
 その言葉を聞いて、アレフはふむと唸った。
「正直なことを言わせてもらうと、受付が終わってからでも練習は出来ると思っていたよ。だが、それは私の慢心だったのかもしれないね」
 アレフの言葉に、セラも頷く。
「事務的な仕事は、わたくしたちで受け持ちますわ。アルフレッド様は練習に集中を。優勝者という事は他の方から追われる立場ですし、プレッシャーもあるでしょうから」
 そこまで聞いたアレフは、受付の席から立ち上がった。
「ありがとう。セラ君。ノイマン君。では、お願いしていいかな」
「もちろんだ」
 ノイマンは頷いて、アレフと席を替わる。アレフは早速、練習に向かうことにした。セラも後で替わるからとノイマンに伝え、救護班の方へと向かう。
(『戦いは既に始まっている』のですね)
 その様子を見ながら、橙子はメモにそう書き留めた。

 ノイマンは早速受付業務にあたる。彼の元には、出場希望者の学生が次々と訪れていた。
「次の人ー」
 ノイマンの声に“福音の姫巫女”神音がエントリー用紙を受け取る。が、彼女は用紙にペンを走らせる前に、ノイマンにこう言った。
「ボク、提案があるんだ!」
 ノイマンは驚いたが、すぐにこれは良い機会だと思い直した。
(これはチャンスだ。校内行事の運営業務をこなすには、こういう事態に対処出来ることも重要だからな)
 ノイマンは神音の提案を聞くことにする。神音の提案はこうだった。
「前のトリムラリーの時もそうだったけど、今回もみんな凄い必殺技とかいっぱい考えると思うんだ。だから、何か試合で負けても期待出来るような『必殺技コンテスト』みたいなのをやったらどうかなって思うんだ!」
 提案を聞いたノイマンは、神音に尋ねる。
「それだけなのか?」
「え?」
 驚く神音に、ノイマンは尋ね直す。
「例えば、そのコンテストの主催は誰なのか。提案と言うからには、双樹会側で行うのか? それとも、双樹会公認でそっちがやるのか?」
 ノイマンの問いに、神音は答えられなかった。と、そこへ別の声が掛かる。
「まぁ、そこまでにしておいた方がいいだろうね」
 ノイマンがその声に振り返ると、アレフが立っていた。
「……言い忘れた事があってね。でも、その前に」
 アレフはノイマンにそう言うと、続いて神音に言った。
「思いついて提案するだけなら誰でも出来る。その提案を受け入れて欲しいなら、受け入れられるようにもっと良く考えないといけないね」
 神音はその言葉に俯く。そこへ、救いの神の声が響いた。
「お。いたいた。探したぜ。神音!」
 それは“白衣の悪魔”カズヤだった。
「あ! カズヤクン! 良かった……」
 神音がほっと胸をなで下ろす。カズヤはそんな神音を抱き寄せながら、神音の手にあった申込用紙を取り上げた。
「お。もう用紙持ってるのか。じゃ、早速ダブルスに出ようぜ」
 先に誘われた神音は、素直に頷いた。
「じゃ、カズヤクン。ボクと付き合ってくれるの?」
「当たり前だろ? 俺達のこの愛があれば、優勝なんてもらったも同然だぜ」
 カズヤの言葉にすっかり気をよくした神音は、一緒に申込用紙に名前を書き込み、提出した。
「提案は考えておくけど、余り期待しない方が良いと思う」
 アレフの言葉に神音は頷き、受付を後にする。そんなアレフに、ノイマンは改めて言った。
「いいから、此処は任せてくれ」
「ああ。すまない。出しゃばってしまって」
 アレフは素直に謝り、練習に戻っていく。

 受付には、出場希望者の他にも何人か学生達が訪れて来ていた。大会の運営に関わりたいという者達である。
 大会の運営と一口に言っても、様々な仕事がある。“演奏家”エリオの様に看板作りなどの設営を希望する者もいれば、“創生の海”アルフィルの様に何か問題があった時の監視役を希望する者もいた。
 そんな中、ある学生が救護班に参加しようと受付を訪れる。“ぐうたら”ナギリエッタとエリスである。
「でも、良かったの? エリス。大会に参加したいなら、無理には誘わないょ」
 用紙に名前を書くエリスに、ナギリエッタがそう尋ねる。すると、エリスは首を振った。
「……大丈夫よ」
 そう言うと、エリスは自分の名前の横にナギリエッタの名前を書き込む。
「ありがとぅ。エリス。ボクの指がこんなんじゃなければ、エリスと一緒に試合に出たかったのに……」
 ナギリエッタはエリスに感謝しながら、利き腕の指を恨めしそうに見る。彼女は不注意で、突き指をしてしまったのだ。ラケットを持つことも字を書くことも、今のナギリエッタには難しい。
「……大丈夫よ」
 そんなナギリエッタへ、エリスはもう一度穏やかにそう言った。
 救護班へ登録された2人は、他の救護班の学生達が待つ部屋に通される。そこには既に“深緑の泉”円とセラが救護について話し合っていた。
「怪我の治療に、リエラを使っても大丈夫です?」
 円のリエラ『キキーモラ』は、治癒に長けている。折角のこの能力を使わない手は無い。セラは早速双樹会に問い合わせてみると、円に答えた。
「では、私は皆さんが練習で怪我しても本番に響かないように、見て回ってくるです」
 円はそう言うと、早速外回りを開始するべく部屋を出る。セラも双樹会に問い合わせをしに、部屋を出て行った。
「じゃ、ボク達はお薬の準備をしようょ。何となくだけど、必殺技を撃とうとして無茶する人が多そうだし。打ち身やねんざ用の湿布やテーピングの包帯を多めに準備しておこぅ」
 ナギリエッタの提案に、エリスも頷く。
「……そう。突き指用の湿布も準備が必要ね」

 部屋を出た円は、見回りをする前にフランの所へ行くことにした。
(他に予定がなければ、救護班を手伝って欲しいです)
 しかし、円がフランの元に着いた時、そこには先客が居た。“七彩の奏咒”ルカである。
「フランさん。球技大会はどうします?」
 どうやら、ルカも今来た所らしい。円もとりあえず、ルカの問いにフランが答えるのを待つことにした。
「特に何も予定はないのですけれども」
 フランの答えに、円とルカはほぼ同時に別の言葉を発した。
「……一緒に救護班を手伝ってもらえませんですか?」
 これは円。
「よかったら、お菓子を沢山持って観戦に行きませんか?」
 こちらはルカ。
 フランは考えた末に、ルカの方の誘いを受けることにした。仮に救護班の手伝いをしたとしても、まだ身体は本調子ではないので、万が一に途中で何か起こって自分自身が救護班の厄介になる可能性があったからだ。それは円も理解していたので、無理強いはさせられなかったし、させるつもりもなかった。
 円はフランに挨拶をして、見回りに向かう。それを見送りながら、ルカはフランにこんな提案をした。
「観戦に、ランカーク卿もお誘いしませんか? 何時もルカのご無理を聞いてもらって、随分ご迷惑をおかけしたようなので、お礼と言うことで……なんですが」
 フランはその提案に即答は出来なかった。しばし考え込むフランを見て、ルカが気を回す。
「……それでは、今のお話は……」
「待って。ルカちゃん」
 フランは結論を出そうとしたルカを止める。
「お誘いしましょう」
 結果としてランカークに色々世話になったのは、フランも同じである。そう考えてのフランの答えにルカは頷く。
「そうと決まれば、早速特等席を3人分取らないと。あとで、ランカーク卿の御屋敷にご挨拶にも行きましょう」
 ルカは後で迎えに来るからと、フランの元を去っていく。フランはその後ろ姿を心配そうに見つめていた。
 と、そこへ別の学生が姿を見せる。“自称天才”ルビィと“紫紺の騎士”エグザスだ。
「レディフラン。大丈夫ですか? 顔色がすぐれないようですが」
 エグザスが心配そうなフランの表情を見て、そう尋ねる。
「あ。いえ。大丈夫です。ルカちゃんがランカークさんの所に行ったので、少し心配になっただけですから……」
 フランは少しでも心配を掛けないようにと、そうエグザスに言った。フランの言葉にエグザスはほっとして本題に入る。
「ところで、レディフラン。球技大会のご予定は?」
 フランは先程聞いたルカの計画を素直にエグザスに話す。
「……ルカちゃんとランカークさんと3人で、観戦するつもりです」
「そうですか。私も丁度、レディフランを観戦にお誘いするつもりだったのですよ」
 エグザス自身は“銀の飛跡”シルフィスとダブルスに参加する予定だった。フランが観客席にいるのなら、それはエグザスにとっては幸いだ。
「じゃ、俺様も応援してもらおうかな。これ持って行くから」
 フランをダブルスに誘おうと思っていたルビィも、流石にここで無理にフランを誘う事はしなかった。以前あった水泳大会の優勝賞品、フランお手製のネーム入りタオルを見せ応援を頼む。
「わかりました。精一杯応援しますね」
 フランの言葉に軽く頷き、2人はフランの所を後にする。
「皆さん、頑張って下さいね」
 フランはそう2人の後ろ姿に呟いた。


■争奪戦は激しく■
 先程、橙子のメモにはこんな言葉が書き込まれていた。「戦いは既に始まっている」と。
 当然ながら、その戦いにはダブルスのパートナー争奪戦も含まれている。思い出に残るイベントを自分の大切な人と参加したいという想いは、昔も今も変わることはない。


 レダは困っていた。ある程度予想はしていたが、彼女のパートナーとして2人が立候補してきたのだ。1人は“抗う者”アルスキール。もう1人は“笑う道化”ラック。
「ノーブルクレイは経験あります。大会の優勝賞品には興味ありません。レダの手伝いになるならそれで十分です」
 アルスキールはそう宣言する。
「ボクはレダと一緒に試合に出たいだけやから、賞品はマリーにあげていいよ♪」
 ラックも負けじとそう宣言した。すると、アルスキールはラックに言う。
「目的は同じようですね。でも、目的が同じ『優勝』ならなおのこと、人を選ぶ必要があります」
「そうやね。マリーの為にも優勝目指さなあかんしね」
「そこで、連携を重視するならレダに決めてもらうべきでしょうが……」
 アルスキールはそこまで言って言葉を切った。次に発せられる言葉は、2人とも分かっていたからだ。
 少し間をおいて、確認するかのようにラックが尋ねる。
「ほな、練習がてらノーブルクレイで勝負して、勝った方がレダと組むと言うことで」
「良いでしょう」
 アルスキールも同意し、2人はアリーナの特設クレイコートに向かった。レダも2人の勝負を見届けるべく、その後を追いかける。
 2人はネットを挟んで立った。レダは審判の位置に座り、ゲーム開始を告げる。
「行きます!」
 アルスキールのサーブで、レダを巡る戦いは幕を開けた。
 2人の戦い方は、いわゆるパワータイプではない。相手の隙をつく、どちらかというとテクニカルな戦い方をする。
 しかし、試合に対するアプローチは全く逆だった。アルスキールは相手の陣形を崩し、自分の有利なポジション取りを心がけるのに対し、ラックは逆に猫も顔負けの身軽な動きでコート中を飛び回り、ボールを拾って攻めていく。
 試合が進むに連れ、アルスキールは自分が不利な状況に追い込まれている事に気づいた。何しろ、隙をついて打ち込んでいるはずのボールが、ラックのアクロバティックスタイルでことごとく拾われるのだ。
(あれだけ動いているのに、少しも動きに乱れがありません。必殺技を温存している余裕はないようですね……)
 アルスキールはそう判断し、勝負を賭けることにした。ラックが横っ飛びで拾い上げた高めのロブを見て、アルスキールはジャンプする。
「『コメットスナイプ』!」
 上空から相手の届かない所へと狙って、一筋のボールを打ち込む。しかし、不幸にも球威が弱いのが仇となり、ラックは体勢を整えてそのボールを拾った。反対に、アルスキールはジャンプをしたせいで反応が遅れ、ラックからのボールを相手コートに返すのが精一杯だ。
「これで終わりっと!」
 ラックはお返しとばかりに、自分の必殺技『死点打ち』を繰り出した。死角から強力なショットをラインいっぱいに打ち込む。アルスキールのラケットは届かず、ボールはクレイコートに転がった。
「アウト! ゲームセット。ラックの勝ち〜」
 審判席でレダがコールする。こうして、レダのパートナーはラックと決まった。
「頑張って下さい。しっかりサポートしますので」
 アルスキールがそう言って手を差し出し、ラックと握手する。
「じゃ、頑張ろう〜」
 審判席から降りてきたレダが、そう言って2人の手の上に自分の手を重ねた。と、そこへ“夢の罪人”アリシアが姿を見せる。
「レダ〜。パートナー決まった? 決まったらアリシア達と一緒に練習しょぅ?」
 その言葉に、レダはラックの方を見る。
「ボクなら大丈夫や〜」
 それを確認し、アリシアは自分のリエラ『アイシーラ』にラケットを持たせ、自分もラケットをとる。レダとラックもラケットを持ち、早速クレイコートで打ち合いを開始した。
「それっ!」
「よっと!」
 良い感じでラリーが続く。と、アリシアの脳裏にこんな考えが浮かんだ。
(そぅだ。必殺技、ちょっとやってみよぅ)
 アリシアは反対の手にラケットを持ち、ボールが返されるのを待つ。まるでコートのセンターラインに鏡が置かれているかのように、アリシアとアイシーラは線対称にコートに立っていた。
「ぃくょ! ユニゾンショット!」
 アリシアとアイシーラは、そのかけ声で線対称のままボールを返しに行く。最終的にアイシーラがボールを返すが、アリシアもカモフラージュの為一緒にラケットを振った。
(どっちのラケットに当たるかで、ボールの軌道がまるっきり逆になるから読みにくいはず)
 だが、驚いたことにレダとラックは、打ち合わせ無しで同時に反対側へ走った。結果として、レダがボールをアリシア側のコートに打ち返す。
「ぅぁ! レダ達反射神経ょすぎ!」
 必殺技を返されたアリシアは、不意を突かれて不運にもラケットを落としてしまう。取れなかったボールは、アリーナの壁に当たってその動きを止めた。
「ボクらはつながってるからね。二人一緒なら、誰にも負けへんよ♪」
 ラックの言葉に、アリシアは笑顔で頷く。
「試合の時はこうは行かないょ。ぉ互い、手加減無しだからネ★」
 アリシアはラケットとボールを拾い、レダ達は練習を再開した。


 “黒き疾風の”ウォルガは、どういうわけかある衝動に囚われていた。
(無性にレアンと組みたい……)
 その衝動に突き動かされ、ウォルガはサウル邸を訪れる。
「……レアンと組んで球技大会に出たいんだが」
 ウォルガは、自らの想いと意気込みを以て頼み込む。だが、ウォルガの願いはこんな言葉のもとに、文字通り門前払いを喰らった。
「球技大会は、学生しか参加出来ないんじゃないかな」
 凄く当然の話である。球技大会は双樹会の行事だし、レアンはアルメイスの学生ではない。それはウォルガも判っていたことだった。
「じゃ、これでもつけて、こっそり見学してくれ、と伝えてくれ」
 レアンへの窓口になっていたサウルにサングラスを渡し、ウォルガは颯爽と逃げていく。
「……何だったんだろうね」
 サウルは肩をすくめて、家の中へと戻っていく。と、“春の魔女”織原 優真が廊下で心配そうに待っていた。
「すみません。お手間を取らせてしまって」
「いや、いいよ。忙しそうだったからね」
 サウルの言葉に、優真は少し申し訳なさそうに頷いた。
 ただ、厳密に言えば、実際に忙しいのは優真ではない。彼女のリエラ『シャルティール』である。シャルティールは“真白の闇姫”連理と組んで、ノーブルクレイ・ダブルスに出るべく、練習をしているのだ。だが、アルメイスの原則として自存型リエラであるシャルティールから長時間目を離すわけにはいかず、優真は空いた時間を縫って2人の練習を見に行ってたのだ。
「ところで、サウルさんは球技大会を見に行かれないのですか?」
 優真がそう尋ねると、サウルはいつもの表情で答える。
「そうだなぁ。行きたいのはやまやまだけど、ここを空けるわけにもいかないしなぁ」
 優真は、球技大会当日は運営を手伝う予定だった。本調子ではないレアンを、1人で放っておくわけにはいかないと、サウルは言った。優真は納得して頷く。
「お茶、入れてきますね」
 そう言うと、優真は台所へ向かう。
 その頃、サウル邸の庭では連理とシャルティールが練習を続けていた。
「違うのじゃ! あの場面は妾の打つところだと言っておろう!」
「そう言う言葉は、間に合ってから言えよな」
 だが、彼女達の練習は概ねこの調子だ。なにぶん、連理とシャルティールは優真を巡ってのいわばライバルだからだ。
 2人が喧嘩をしている所に、お茶を入れ終わった優真がやってくる。優真の姿を見つけた連理は、何故シャルティールと組んでいるかを思い出し、喧嘩をやめた。
(そうじゃ。あやつと組むのは確かに不本意じゃが、その辺の者より身体能力は高い。やるからには勝って、優真に良い所を見せると決めたのじゃった)
 大切な人と参加するのではなく、大切な人へ自分をアピールする。それもまた、球技大会の一面なのだ。


「ダブルスの優勝、狙うわよ!」
「うん! 頑張ろう! シーナ」
 “緑の涼風”シーナとクレアは、何の迷いもなく早々にダブルスにエントリーしていた。
「早速、ダブルスの練習しようよ」
 シーナとクレアは、アリーナにクレイコートが特設されるのを待ちきれず、他の場所で練習に励んでいた。
「ところで、ルー君」
 “天津風”リーヴァは、先日の騒動の後もルーの側を離れることはしなかった。自然と、シーナとクレアを含めた4人で行動することも多い。今も、リーヴァはルーと一緒にクレア達の練習を見ている。
「ルー君は、球技大会に参加しないのかな?」
 リーヴァはルーを誘うべく、順を追ってまず尋ねる事にした。
「……しないわよ」
 ルーはそう答える。だが、リーヴァにしてみればむげにされるのは予想の上だ。リーヴァはここからがルーを誘う戦いの本番だとばかりに、言いくるめで攻め立てる事にした。
「……まず、その弱気な所を直すべきではないのかね。直さない限りは、ルー君の遠大な目標を達成するなんて夢のまた夢だ」
 が、もちろんルーもこれ位で落ちるほど甘くはない。基本的な言葉の一撃をリーヴァに撃ち返す。
「……それは今は関係がないでしょう?」
「いや、クレイコートの上でルー君が頑張って居る姿を見せる事に、重要な意義がある」
 リーヴァはそう返しながら、心の中ではこんな計画を立てていた。
(クレイコートの上でルー君が頑張っている姿は、是非写真に撮って記録に残しておこう)
 何だか言葉の雲行きが怪しくなってきたと感じつつ、ルーはなおも反撃する。
「……ノーブルクレイなんて、数えるほどしかしたことがないわ」
「その辺は私がフォローする。世に伝わりし古の紅き選手の如く、常人の3倍は動いて見せよう」
 念のために言っておくと、ノーブルクレイ史上にそんな伝説はない。これはリーヴァの創作だ。
 ルーは胡散臭さを増したリーヴァの言葉にあきれて、黙り込んだ。そこでリーヴァは後一押しとばかりに、用意しておいた服を取り出す。
「ノーブルクレイのウェアなど、必要な物は揃えた。安心して、私と一緒に参加して欲しい」
 ルーは以前にこんな状況に遭遇したことがあった。水泳大会の時である。あの時も、リーヴァはルーのサイズに合った水着を渡している。そこから考えれば、このウェアもサイズは適正だろう。ルーは何とも言えず後味の悪い感情をリーヴァに対して抱く。
 リーヴァはいつものように少し怯えているルーを見て、最後にこう告げた。
「これは上着。こっちはスコート。さぁ。このウェアを着て、私とダブルスで弱気な心を打ち払うのだよ」
 それを聞いたルーは思わず叫ぶ。
「それを着るなんて、絶対嫌よ!」
 そして、ルーは身の危険を感じたのか、脱兎のようにその場を去っていった。
 その後もリーヴァとルーの激しい攻防は続いたが、結局ルーは首を縦に振らなかったと言う。
「……上手いことをいって、私にあの服を着せるつもりね?」
 結果、この勝負は時間切れでリーヴァの負け、となった。


 このように、戦いはコートの上だけで行われるわけではない。ラケットの代わりに口を武器にしての舌戦も、パートナー争奪には必要だ。
 “不完全な心”クレイはそんな戦いに勝つべく、蒸気研入り口の前で気合いを入れた。
(今日こそはマリーさんをダブルスに誘います)
 意を決し、クレイは蒸気研の扉を開く。
「マリーさん! あ、あのう、一緒にダ、ダダ、ダブルブルブル……」
 勢いをつけて最後まで誘いの言葉を言おうとしたが、あっという間に失速し、いつものようにクレイは口ごもってしまった。
「……ブルーマリー?」
 そこへいつものようにマリーのツッコミが入るが、その声にはいつもの元気さは無い。クレイは驚いて、マリーの方を見た。
「どうしたのですか?」
 心配そうに尋ねるクレイに、マリーが答える。
「球技大会に出るか出ないかで迷ってるのよ」

 クレイが来る少し前、マリーの元に“鍛冶職人”サワノバと“蒼盾”エドウィンが訪れてきた。2人は別の観点から、マリーにこんな指摘をする。
「嬢ちゃん。毎回毎回自分でメンテをしないといかんような状態では、完成された品とは言えんぞ。作品のマニュアル作りっちゅうものはしないのかの?」
「それに、研究に必要な金額は計算してあるのか? ゴールデンラケットを資金の当てにする前に、まずそこの確認だろう」
 2人の指摘はもっともな話だったが、マリーにとってはどちらも不得手な分野だ。それは2人も理解していた。
「今回のEXカウンター2のメンテや試合中の操作は、わしとロイド殿で代わりにやっておこう」
 サワノバがそう言うと、エドウィンもそれに続く。
「金稼ぎの算段は俺がやろう。マリーは研究を続けるんだ」
 マリーは2人の優しさに感謝した。
「ありがとう。私……」
 そうマリーが言いかけた時、サワノバがマリーを諭す。
「いや、それはどうかのぅ。球技大会で研究発表の資金稼ぎをしたいなら、ちゃんと自分も参加せんと。他人の褌だけ当てにするようじゃ、ろくな大人にならんぞぃ」
 すると、エドウィンが反論した。
「最終目的はあくまで技術大祭だって事を忘れちゃ駄目だ。二兎を追う者は一兎をも得ず、と言うし、マリーは開発に集中すべきじゃないか?」
 だが、サワノバはこう続ける。
「研究室に籠もってばかりではなく、身体を動かした方が新鮮な空気も脳にまわり、良いアイディアも浮かぶじゃろうて」

 と、ここまで2人が話した所で、クレイが来たと言うわけである。
「2人とも、言ってることは正しいと思うのよね……」
 クレイはそんなマリーにアドバイスは出来なかった。代わりに、差し入れに持ってきた甘いお菓子をマリーに渡す。
「疲れているかも知れませんし、お菓子でも食べて少し休んでください」
 その言葉に甘え、マリーはクッキーをつまむ。と、そこへ“闘う執事”セバスチャンがやってきた。
「マリー様。ハイヤードの技術大祭に出品なさると聞きましたが」
 セバスチャンの言葉に、マリーはようやくいつもの調子を取り戻す。
「そうなのよ〜。今回の作品はちょっと自信ありなんだから」
 生き生きとそう語り始めるマリーに、セバスチャンは懐から封筒を取り出した。
「私も今後の技術がどう進歩するかは、大変興味深く思います。そしてそれは私めの主も同じでございます。これは、主から言付かって参りました。どうぞ、お役立て下さい」
 そう言うと、セバスチャンは封筒をマリーに渡す。
「何? これ」
 そう言いながら、マリーは封筒の口を開く。すると、中からは真新しいクロンドル札が5枚。
「50000(s)?! こんなに?!」
 事を理解したマリーは封筒にクロンドル札をしまい、条件反射的にエドウィンに渡す。そんな様子を見ながら、セバスチャンは穏やかにこう伝えた。
「球技大会の賞品ほどの値打ちはありませんが、多少なりともお役立て下さると幸いです」
「多少なりともなんてとんでもない! 大助かりよ!」
 喜ぶマリーに、セバスチャンは更にこう申し出る。
「EXカウンター2のメンテナンス、私にもお申し付け下さい。機械の心得は多少なりともございますし、どんな複雑な回路でも理解して見せますから。マリー様はどうぞ、大祭に出品する物の開発に専念下さいませ」
 その言葉を聞いた時、マリーの思考は先程の二者択一に立ち戻った。彼女の中で、その選択の答えが出たのだ。
「サワノバ。エドウィン。さっきは色々ありがとう。考えたけど、私、やっぱり球技大会に出るよ」
 マリーは自分の出した答えをそう宣言した。
「大丈夫なのか?」
「そうでございます。球技大会のことは気にせず、どうぞ開発を」
 エドウィンとセバスチャンが心配そうに尋ねると、マリーは頷く。
「大丈夫じゃないから、球技大会に出て発散するのよ。このままじゃ、気になって開発どころじゃないしね」
「でも、今からの付け焼き刃の練習じゃ、百戦錬磨の連中を押しのけて優勝することは難しくないか……?」
 エドウィンがそこまで言った時、別の声が掛かる。
「それなら、わしと一緒に出ぬか? わしにとっては、絶対に負けられない戦いだからの。悪いようにはせぬのじゃ」
 それは“陽気な隠者”ラザルスだった。聞けば、どうやらラザルスはこの球技大会でエグザス達と賭をしているらしい。
「勝たぬと、『アレ』をやらされる。だから、わしは勝つ為にマリー君と出る。わしから見て、ウマも合うしの」
 その意気込みに、マリーは乗ることにした。クレイはあっさりと着いた争奪戦の勝敗に、がっくりと崩れ落ちる。
「……あぅぅ……色々作戦とか特訓とか考えてきたのに……」
 マリーはそんなクレイに優しく問いかけた。
「どんなこと考えてたの?」
「え? そうですね。蒸気機関でノーブルクレイの球をぱかぱか打ち出す機械を作って、そこから球を打って返球の練習とか」
 すると、マリーはあっさりとこう答える。
「な〜んだ。それ位なら簡単にできるわよ。要は、ランカーク砲でノーブルクレイの球を打てばいいんだから」
 ランカーク砲。正式名称はランカーク・ザ・ガーディアンアロー。かつて、ペガサス事件の時に使われた、装弾部分を蒸気で回転させて多弾連射を可能にした高速射出砲。
「でも、ランカーク砲だと装弾部分が大きくて不向きね。もう少し小さい筒を使って……」
 マリーはすっかりといつもの発明好きの顔に戻り、構想を巡らせようとする。すると、また別の声が掛かった。
「それならば、零型の大きさのを使えばよいのではないでしょうか」
 それは、“飄然たる”ロイドだった。彼はサワノバに誘われ、EXカウンター2のメンテナンスに当たろうとここに来たのだ。
 彼が言う『零型』とは、ランカーク・ザ・ガーディアンアロー零型の事である。普通のランカーク砲と違い、こちらは携行が可能な大きさだ。連射機能はないが、それはこれから付ければ良いことだとマリーは説明した。
「じゃ、早速制作に取りかかるわ!」
 結局、マリーを巡る争奪戦は、大いなる不安を抱えながらも決着した。その副産物として、新しい発明品が1つ生まれることとなる。


■特訓はこっそりと■
 アリーナに特設クレイコートが出来てから、出場する学生達は一層練習に励んでいく。選手一覧用の取材を続けていた細雪とリュートは、そんな各学生の練習風景を見て回っていた。
 練習といっても、人それぞれである。ひたすら壁打ちを続け、基本スキルに研きを掛けるもの。練習試合を申し込むもの。
 そんな中、アリーナの片隅で奇妙な訓練をしている者がいることに、リュートが気づいた。“泡沫の夢”マーティと“銀晶”ランドの所である。
「あれ、何をしているんでしょう?」
 リュートの問いに細雪も首をひねる。何しろ、ランドはただボールをマーティに投げつけ、マーティはそれを避けもせずにただ立っているだけなのだ。2人は早速、そちらへ向かう事にした。
 近くに来てみると、2人の訓練は更に奇妙だった。
「4よ!」
「でたらめを言うな! もっとよく見るんだ!」
 2人の間で交わされる会話は概ねこんな調子なのだ。細雪は球を投げつけているランドの方に、何をしているのか聞いてみることにした。
「これか? 何でも、相手が打ったボールのスピンを見切れるように、マーティが志願してきた」
 ランドはそう言うと、投げつけようと準備していたボールの山を見せる。そのボールには全て違う文字が書かれていた。
「投げたボールに書かれている文字を読み切れれば、スピンも見きれると思ったわけなのよ」
 マーティも、ランドの元に来て今回の訓練の趣旨を説明する。その顔は、既に痣だらけだった。
「よし。休憩にしよう。俺は他の所を見てくる」
 ランドはそう言うと、クレイコートの方に向かう。
「じゃ、私は壁打ちしてるわよん」
 マーティは文字の書かれたボールを1つ取り上げ、壁に向かった。
「……この2人からは、気迫が感じられるでござる」
 細雪とリュートは、練習の邪魔をしないように次の所へ向かうことにした。


 クレイコートの横で、“翔ける者”アトリーズはリッチェルを見つけて声を掛ける。
「姫君。ちょうど良かった。練習相手になって貰えないかな」
 しかし、リッチェルの様子はいつもと少し違っていた。いつもなら文句を付けつつも返事をしないことはないのだが、今日のリッチェルは無言だ。不思議に思いつつも、アトリーズは更にリッチェルへ話しかける。
「姫君はダブルスに参加すると聞いたよ。俺はシングルスに出……」
 アトリーズがそこまで言った時、リッチェルがようやく口を開いた。
「あそこをご覧なさいな」
 リッチェルが指さす先を、アトリーズも見る。丁度コートを挟んで反対側に、見学者達の前で細雪達のインタビューを受けている“炎華の奏者”グリンダとネイの姿があった。
「ネーティアさんにパートナーが見つかったから、わたくしは暇なのですわ……」
 リッチェルは寂しげにそう言った。が、次の瞬間、吹っ切れたのかアトリーズに向かって言う。
「こうなったら、とことんまで付き合って差し上げますわ! さあ、おいでなさいな!」
 そう言うと、リッチェルは空いているクレイコートに向かう。その後ろ姿を、アトリーズは興味深く見つめていた。
(姫君については、まだまだ知る事がありそうだね)
「興味を持った以上、逃がすつもりはないよ。未来視の姫君」
 アトリーズが呟くように言うと、リッチェルがコートの上で叫ぶ。
「早くなさいな! はっきりしない方は嫌いですわ!」

 そのネイは、しばらくの間グリンダと一緒に細雪達のインタビューを受けていた。必殺技の温存などで他の選手は余り細雪達のインタビューを受けたがらなかったのだが、ネイ達は別だった。
「そうですね。どこまで私達の力が通用するのかわかりませんが、一所懸命に頑張るつもりです」
 ネイは嫌がるどころか、全ての質問に丁寧に答えていたのだ。
「ところで、ネイさん達には必殺技とかあるんですか?」
 リュートがそう尋ねると、ネイは笑顔を見せながら頷く。
「ええ。やはりこれしかないと思いまして、高位置からの高角度スマッシュ『ノーブル・メテオソード』を練習しています」
 あっさりと手の内を明かすネイに驚きながら、リュートはペンを走らせる。
 実は、このインタビューはネイとグリンダの策であった。
「こういう大会って、精神的なプレッシャーとか周囲の応援も重要な要素だと思うのよね。私達、純粋な体力とかだとちょっと劣ってるし、周囲を味方に付けましょ」
 そんなグリンダのアイディアにネイが乗ったのだ。と、言っても、ネイ達は「普通に」周囲を味方に付けるつもりは無かった。
「じゃ、ネイ。情報コントロールはお願いね♪ わたしは『アウムドラ』を使うから」
 ネイの情報コントロールとは、夢の子事件の時に実際に行ったアレである。本職にはとうてい適うはずもないが、普通の人を誘導するには十分だ。
 そして、グリンダのリエラ『アウムドラ』の能力は『行動操作』であった。彼女はこの力を使って、自分とネイに対して好意を持つ行動をとるように仕向けたのだ。実際、今のインタビュー中も、アウムドラは周囲を飛び回って行動操作を実行している。
「頑張りますので、応援よろしくお願いします!」
 インタビューの最後にネイ達はそう言って、周囲の人達に向け手を振る。すっかりと行動を刷り込まれた観客は、ネイ達に拍手喝采を送った。
(……グリンダ……恐ろしい人ね……。敵じゃなくて良かったよ……)
 横で手を振るグリンダを見て、ネイはほっと胸をなで下ろした、とか。


「この辺で休憩にしよう」
 “闇の輝星”ジークは、コートの向こうに居るカレンにそう声を掛けた。この2人は、ダブルスに出場することになっていた。
「『君と一緒に』もう一度優勝を掴みたいからな」
 ジークはカレンを誘った時、そう語ったという。確かに、ジークとカレンは栄えある第1回冬季球技大会の優勝者だ。実績や実力を考えても、今回のダブルス優勝候補筆頭であろう。
 ジークはカレンと共に、コートの横で休憩を取ることにした。早速、ジークが手製の弁当を取り出す。
「栄養第一だからな。味の方はあまり期待しないでくれ」
 ジークはそう謙遜するが、味の方もなかなかである。カレンはその弁当を複雑な表情で食べていた。
「……」
「……」
 食事は無言のまま終わり、練習を再開しようとジークは立ち上がる。だが、カレンはコートには戻ろうとしなかった。
「屋敷に戻るわ」
 カレンはジークに告げる。
「何かあったのか?」
 ジークの問いに、カレンは意外な答えを口にした。
「今日から、キックスが屋敷の庭で練習してるのよ」

 話は少し前に遡り、ランカークの屋敷に“闇司祭”アベルが尋ねてきた所から始まる。
(すっかり影が薄くなったが、まだ使い道はある。今回も賞品獲得の為に一役買ってやるか)
 アベルは以前に行われた水泳大会で、ランカークに優勝賞品を渡すと持ちかけたことがある。その時のアベルはランカークとの約束を守り、賞品である蒸気式トロフィーをランカークにもたらした。
「『高貴なる物は高貴なる者へ』と言う考えに賛同し、今回も協力いたしたく」
 もちろん、口だけの約束なら誰でも出来る。アベルは優勝賞品を手に入れるべく、今回の計画を説明した。
「独自に調査を進めた結果、幸いにも黄金のラケットそのものに興味がある者は少ないようです。これならば、代替品として例えばプロ仕様サイン入りラケットなどを用意すれば、交換は容易いでしょう」
「なるほど」
 ランカークが納得したのを見て、アベルは更に説明を続ける。
「ダブルスにおいては、優勝候補に上げられる面々を考え合わせると、手に入れるのは難しくはないでしょう。問題は、シングルスです」
 アベルは、シングルスの優勝候補をアレフかキックスと予想していた。アレフは交渉の余地がまだあるとして、最大の問題はキックスが優勝した場合である。金持ち嫌いのキックスが、こちらの交渉に応じるとはとうてい考えにくい。
「そこで、一計を案じました。その為にも、貴公の庭を貸して頂けないでしょうか?」
 アベルは自分の計画を説明した。
「……大丈夫なのか?」
 ランカークが尋ねると、アベルは心配ないとばかりに頷く。

 ランカークとの交渉が成立し、アベルはその足でキックスの元に向かった。
「……何だ?」
 最初からけんか腰で対するキックスに、アベルは冷静にこう告げた。
「ノーブルクレイ・シングルスで、ノーブルクレイの騎士に勝ちたいのだろう? 確実に勝つ為に練習場と練習相手を提供しよう」
 そう言われてはいそうですかと言う程、キックスはお人好しではない。
「……何が目的だ」
 アベルは掛かったと思いつつ、条件を提示する。
「優勝したら、賞品をランカークに譲って欲しい」
「帰れ。クソ貴族にやるくらいなら、俺の墓石にでもした方がよっぽどましだ!」
 ランカークと聞いた次の瞬間、キックスはアベルに怒鳴りつける。しかし、キックスのこの答えはアベルの計算通りだった。
「……そう言うのなら、ここで帰っても構わない。だが、キックス。そうやってすぐ激情する様では、寮長は一生越えられないだろうな」
「なんだと?」
「寮長にあってお前にないもの。それは冷静さだ。クールに状況を見つめる事が出来なければ、何度やっても勝つことは出来ないだろう」
 キックスはその言葉に黙ってしまった。実際にアレフと戦ったことがあるキックスは、アベルの言っていることが真実だと理解出来たからだ。
「判ったようだな。そこで、キックス。冷静さを会得する為に、嫌悪する金持ちと組んで練習をすることを私は勧める」
 キックスがもっとも冷静さを失うのは、金持ち貴族がその金に飽かせて無茶をしようとする時だ。だから、アベルはキックスをわざとその状態に置いて、そこで練習することを提案したのだ。
 キックスはその提案に少し考え込んだ。だが、思う所があったのか、結局アベルの提案に乗ることにする。
「……気にくわねぇが、いいだろう」
「では、交渉成立だ。ランカークには話を付けてあるから、明日からでもランカークの家の庭で練習といこう」
 そう言って、アベルはキックスの元を去っていく。その次の日から、約束通りキックスはランカーク邸の庭で練習を始めたのだった。

 カレンがアリーナからランカーク邸に戻ってきた時も、キックスはアベルと練習をしていた。
「……」
 キックスは無言で、ひたすらアベルの放つショットをレシーブして返す。静まりかえった庭でボールの跳ね返る音だけが、不気味に響き続いていた。カレンはその様子を見て、何かあったときのために球技大会まで此処にいると、ついてきていたジークに告げる。
「わかった。何かあったら呼んでくれ」
 ジークはカレンの邪魔にならないよう、人目に付かない所で特訓をするといってそこを後にした。カレンは従者としての役目を果たすべく、アベル達を影から見張る。

 日は進み、球技大会前日。なおも特訓を重ねるキックスの元を、“のんびりや”キーウィが訪れた。
「ここにおるって聞いたから……キックスはん、ちょっとエエ? ちょっぴり話があるんよ」
「……わかった。いいだろ?」
 キックスの問いにアベルは頷き、キックスとキーウィはランカーク邸の庭の隅に行く。
「で、話って何だ?」
 キックスが尋ねると、キーウィは俯きながらこう尋ねる。
「……そ、その、好きな食べ物とか合ったら教えて貰えへんかな? キックスはんが嫌やなかったら……大会当日のお弁当を作らせて貰いたいんやけど……」
 すると、キックスはあっさりと答えた。
「……辛くなければ何でも食べられる。作ってきたら食べる」
 キックスはキーウィの提案を了承した。キーウィは嬉しくなって、ついキックスを抱きしめる。
「……じゃ、もう少し特訓してくる」
 キーウィはキックスの言葉に頷いて、抱きしめていた腕を解いた。


■試合開始はさわやかに■
 球技大会当日は、初夏のさわやかな風が吹き抜ける絶好の運動日和だった。
 他の学生がそうであるように、“轟々たる爆轟”ルオーも大会当日は気分が高揚していた。もちろん、彼の高揚した気分はラジェッタへの想いによるものである。
(そういや、ラジェッタちゃんがここアルメイスに来たのは、第1回冬季球技大会のすぐあとやったな……)
 その後の球技大会は、多発した事件のせいでやむなく中止となっている。しかし、今回は事件もなく、大部分の学生にとっては久しぶりの球技大会となっていた。
(ラジェッタちゃんにとっては、初めての球技大会や。よっしゃ! 俺がラジェッタちゃんを連れてったろか!)
 早速、ルオーは女子寮に向かって許可をもらうと、ラジェッタを呼ぶ。
「ラジェッタちゃん。球技大会行こか」
 すると、ルオーの後ろから“猫忍”スルーティアがひょっこり顔を出した。
「ラジェちゃん。球技大会行くの? 行くなら、ちょっとお願いがあるんだ」
 いつものようにしゃがんで目線を合わせるスルーティアに、ラジェッタは尋ねた。
「おねがい?」
「そう。私、球技大会に出るんだ。もし、ラジェちゃんが暇だったら、応援に来てくれないかな? 来てくれたら私、がんばるから!」
 ラジェッタはそのお願いに、素直に頷いた。それを聞いたルオーは、当のスルーティア以上に喜ぶ。
「ほな、早速行こか! 折角の初体験なんやから、エエ席で応援せんと」
 結局、ラジェッタはルオーに手を引かれて球技大会会場へと向かうことになった。スルーティアも気合いを入れ直し、試合へと向かう。何しろ、彼女の順番は第1試合なのだ。

 ルオーは道すがら、球技大会の説明やらノーブルクレイの説明をラジェッタにする。
(この機会に、ラジェッタちゃんがノーブルクレイに興味持ってくれたらええんやけど……)
 ルオーは、ラジェッタがノーブルクレイをプレイする姿を想像する。
(ラジェッタちゃんのミニスカ……やなくて、元気にスポーツしとる姿を見られる日が来るのが楽しみやなぁ)
 そうこうしながら、ルオー達は会場であるアリーナに着いた。入り口ではリュートが完成した冊子を配っていたので1冊受け取り、2人は客席へと向かう。早めに行動したお陰で、2人は比較的良い席をとることが出来ていた。観客席を軽く見渡すと、自分たちの少し前にはルカとフラン、そしてランカークの姿もあった。
「お、ラジェッタちゃん。ジュース飲まへんか? 俺、買うてきたる」
 ルオーは観客席の間にあったスタンドを見つけると、ラジェッタを席に待たせてスタンドまで走る。
「いらっしゃいませ」
 そのスタンドの店員はエドウィンだった。そう。これこそマリーにエドウィンが言った「金稼ぎの算段」の正体なのだ。早速ルオーはジュースを2本買い、すぐに席に戻る。

 観客も概ね入り、会場は開始前の緊張感で静まりかえっていった。暫く見ていると、アリーナの真ん中にエリオが出てきて、見事なトランペットを吹き鳴らす。それに続いて、マイヤ会長が球技大会の開会を宣言した。
「これより、夏季球技大会を行います。皆さん、正々堂々と頑張って下さい」
 こうして、ここに熱戦の火ぶたが切って落とされた。

 今回は参加人数が多く試合数も多いので、シングルスとダブルスは同時に行われる。コートはそれぞれ4面ずつあった。
 では早速、試合の方を見ていくことにしよう。
 まずはシングルス第1コート第1試合。先程言った通り、スルーティアがコートに入っている。運命の悪戯なのか、対するのは同じ忍びの道を歩む“爆裂忍者”忍火丸だ。
 コートに入ったスルーティアは、気合いを入れた。
(水泳大会の時は失格になったけど……今こそ隠密の力を示すチャンス!)
 忍火丸もスルーティアに向かって宣言する。
「拙者の情熱あふれるプレイを見るでござるよ!」
 スルーティアはそんな忍火丸の様子をみて、少し躊躇した。
(……やっぱり、相手を負かすのって苦手だなぁ……)
 そんな中、試合開始が告げられる。試合はスルーティアが押し気味に進める。正確には、忍火丸の動きが悪いのだ。
 1ゲームとられた時、そんな忍火丸が宣言した。
「やはり、封印を解除するしかないでござるな」
 そう言うが早いが忍び装束と覆面を取り、彼女は体操服姿になる。それを見たスルーティアは思い直した。
(本気で試合をするのが最大の礼儀、だよね?)
 本気を出した2人は、それまでとは見違えた動きを見せた。だが、スルーティアには忍火丸にはないものが2つあった。1つは必殺技、もう1つは応援の声。
「おねえちゃん、がんばって〜」
 ラジェッタの声援を受け、スルーティアはラケットを両手で持つ。
「必殺! 『神火飛鴉』!」
 トップスピンの掛かったそのショットは大きく跳ね上がり、忍火丸の上を越えていく。
「ゲームセット! マッチウォンバイ、スルーティア!」
 勝者のコールを受けたスルーティアは、ラジェッタの方に手を振りながら言った。
「私だって、やる時はやるんだから!」

 隣の第2コートでは、“貧乏学生”エンゲルスと“冒険BOY”テムの対戦が行われていた。
 この試合、他のどの試合よりも鬼気迫る試合だったという。それと言うのも、エンゲルスとテムにはそれぞれ、負けられない理由があったからだ。
(この大会でゴールデンラケットを入手出来れば、貧乏学生な僕の懐は当然助かる! その為にも、この聖戦を制さないと!)
 テムは冒険の資金不足に悩まされていた。それも、優勝すれば全て解決する。テムは野獣の如き殺気を放ち、闘志をむき出しにする。
(ひい爺ちゃんがギャンブルで使い込んだ、俺の学費を取り戻さないと……)
 一方、そう自分に言い聞かせるエンゲルスは、今月の残金が15(s)だったと言う。以前の球技大会でもそうだったが、エンゲルスにとっては球技大会は遊びでもレクリエーションでもない。死活問題だった。彼はなりふり構わず勝ちに行く為に、ルールすれすれの大きさのラケットを入手したと言う。
 こうして、『貧乏対決』は始まった。テムは速攻で決着を付けようと、変化球を多用して攻め立てる。エンゲルスは長期戦に持ち込もうと、防御に徹しつつ相手を左右に振る。
 その結果、ゲームを支配したのはエンゲルスの方だった。テムはエンゲルスの壁を攻めきれず、次第に失速していく。
「黒・レン・ミャー!」
 エンゲルスが基本に忠実なショットを、体制の崩れたテムの横を狙って打ち込んだ。
「ゲームセット! マッチウォンバイ、エンゲルス!」
 テムのコートに転々とするボールを見て、審判がそう宣言する。貧乏対決を制したのは、エンゲルスだった。


 今度はダブルスの方に目を向けてみよう。
「……出来る限り返す事に集中しますが……」
 ダブルス第1コート上で少し不安げにそう言うのは、“拙き風使い”風見来生。
「大丈夫だって。俺様と美女のチームはめっぽう強いんだ。前例もあるしな」
 そう言って励ますのは、ルビィ。実際に、ルビィは2度ほど美女と組んで大会優勝を成し遂げたことがある。フランを誘うのは前述の通り断念したが、申し込み場所に飛び入りで来ていた来生を見て、彼は自分にツキが来ていると感じたのだ。
「槍でも斧でも持ってきやがれってんだ」
 ルビィは絶対の自信と共にそう言う。だが、ルビィ・来生ペアの前に出てきたのは、槍でも斧でもなかった。
「俺達の『愛の列車砲』は、誰にも止められねぇぜ!」
 そう言うのは、カズヤ・神音ペアだった。
 早速、試合が始まる。最初に勢いに乗ったのは、カズヤ組だった。最初に彼らが言った通り『愛の列車砲』と名付けられたカズヤの必殺ショットに、ルビィ組は手こずった。ルビィがネットプレイを仕掛けようとしても、そのショットで押し返される。
(……持久戦だな)
 ルビィは状況をそう見切った。来生のフォローをしつつ、ラリーを長引かせようと仕掛ける。試合運びの巧みさや勝負勘は、ルビィの方が上だったのだ。
「一球入魂っ!」
 神音が返したそのボールの甘さを、ルビィは見逃さなかった。
「ルビィクラッシュ!」
 カウンターで相手コートにボールを打ち込むルビィ。この一球で、流れは逆転する。ルビィ・来生組は次々と得点を重ねていった。
「2年前の俺様とは、違うってな!」
 勝利を決めた最後の一球も、またルビィクラッシュであった。

 隣の第2コートでは、シーナ・クレア組とランド・マーティ組の試合が行われていた。だが、第1コートでの熱い試合と違い、不気味なほど静かに試合が進んでいく。
 コート上では奇妙な事が起こっていた。
「そこよっ! ウィンドアローっ!」
「甘いわよっ!」
 シーナやクレアのショットを、何とマーティだけがレシーブしているのだ。ランドはと言うと、ラケットを構えたまま動かない。既に1ゲームは取られており、2ゲーム目も40−0まで進んでいた。
(ランドちゃん……まだなの?)
 クレアのサーブを返しながら、マーティは後ろのランドに心の中で問いかける。すると、ランドはぽつりと呟いた。
「……その技、覚えたぞ」
「待ってたわ! ランドちゃん!」
 マーティはそう言うと、ポジションを前に上げる。
「行くぞ! マーティシールド!」
 ランドの言葉に頷くマーティ。
(私は鉄壁の盾。次の球は絶対返すわ!)
 シーナの放った必殺ショット『ウィンドアロー』を、マーティは全身全霊で返す。クレアが反応してボールを返してきたが、ランドはここぞとばかりに矢のようなショットを放った。
「そこだっ! ウィンドアローっ!」
 何と、ランドは相手の必殺技を真似して、相手に返したのだ。本物よりも威力やスピードは落ちるものの、相手の意表を突くには十分すぎる効果があった。
 試合の流れは変わった。シーナ達のワンサイドゲームから、シーソーゲームへ。
 結局、タイブレークまでもつれ込み……盾を得た物真似の矢が、本物の矢を打ち砕いたという。
「ゲームセット! マッチウォンバイ、ランド・マーティペア!」


 アルフィルは“お気楽翻弄”ケイと共に会場の監視にあたっていた。不審者の乱入。観客席での暴動。心配しすぎて損はない。
 出来れば、彼らの出番は無いに越したことはない。だが、それは儚い願いだった。“三色”アデルが試合に『閃光爆弾』を持ってきていることが判明したのだ。
「道具に規制はないんじゃないのか?」
 アデルがそう言うが、これは規制の問題以前の話である。危険物を持ち込んだ時点で、テロと判断されても仕方のないことを彼はしたのだ。審判の協議を待つまでもなく、アデルは失格となった。
(これで終わればいいのだが……)
 だが、実際にはそれで終わりはしなかった。

 シングルス第3コートでは、“幼き魔女”アナスタシアと“暇人”カルロの試合が丁度終わった所だった。アナスタシアは試合終了後の握手をしながら、不思議そうに自分を見ているカルロに諭す。
「敵の動きを読み、己の感情を制御し、必要なタイミングで必要な技術を必要なだけ行使する。完璧なタイミングを手にしているのならば、そこには力も速度も要らぬ。そう言う事じゃ」
 どこか哲学的なアナスタシアのその言葉に、カルロは正直な所意味を理解しかねていた。だが、自分が負けた事実には変わりがないので、コートを後にしようとする。
 その時、隣の第2コートから声が上がった。だが、歓声ではない。むしろ罵声に近い声だ。
「……これは、何があったのじゃ?」
 アナスタシアがそちらに視線を向ける。明らかに異常な声に、他の選手達も試合を一時中断して第2コートへ注目した。

 シングルス第2コートでその時試合をしていたのは、キックスと“黒い学生”ガッツだった。
 ガッツが高いロブを上げ、キックスがそのボールに合わせようと視線を上に向けた瞬間、事件は起こる。何と、ガッツは視線が自分から離れた瞬間を見計らい、キックスの顔面めがけてラケットを投げつけたのだ。
「ぐあっ!」
 ガッツの投げつけたラケットは、キックスに命中した。うずくまるキックスは、額の辺りから血を流している。
 審判を務めていた“探求者”ミリーはすかさず自分のリエラ『フニクラ』を呼び出し、ガッツを拘束した。
「おぬし、何をしておるのじゃ!」
 だが、ガッツは薄ら笑いを浮かべながら、こう答えたという。
「ラケットを投げてはいけないといったルールは無かったはずだ」
 ミリーはルールを完全に覚えていたので、すかさず反論する。
「ラケットを放り投げたりして相手プレイヤーのプレーを故意に妨害することは、思い切り反則じゃ! 相手を怪我させておいて、その言いぐさは無かろう!」
 ガッツにしてみれば、今回の攻撃はもちろん故意だ。蒼雪祭の時に天文部室でキックスに受けた仕打ちを逆恨みしての事なのだ。
「おぬしは反則を犯した。この試合はキックスの……」
 ミリーはガッツに反則負けおよび退場を宣告しようとした。だが、それを意外な人物が止める。
「……ちょっと待て」
 それはキックスだった。ガッツはキックスが殴りかかってくるのを予想し、拳を固める。だが、キックスは更に意外な事を言った。
「手が滑ったんだろう」
 それはガッツが用意しておいた、もう1つの言い訳の台詞そのままだった。
「故意じゃなきゃ良いんだろ? 試合続けるぞ」
 キックスは冷静にそう言う。アベルとの特訓が意外な形で役に立っているようだ。
(……どういう事だ?)
 ガッツはキックスの行動が自分の予想と違っている事に、少なからず疑問を抱いていた。だが、キックスが試合をするといっている以上、ガッツもラケットをとる。
 キックスの怪我の応急手当が終わった後、試合は再開された。ミリーはガッツに警告をする。
「今度やったら、即刻退場じゃ」
 ガッツも、2度同じ技を使う気はなかった。先程の行為で集中力が削がれれば、彼にとって十分有利な状況になるはずだったからだ。
 だが、キックスの集中力は途切れなかった。アベルと冷静さを会得する特訓をしたのだから、この状態は当然とも言える。
「まだまだだな。……今度はこっちから行くぞ」
 キックスはそう言うと、ボールを高く打ち上げた。ガッツは逆襲を警戒しながら、そのボールをスマッシュで返そうとする。だが、その時キックスはスマッシュを警戒してポジションを後ろに下げていた。ガッツはもらったと言わんばかりに、ボールを前の方に打ち込む。
 次の瞬間、キックスは前方に飛び出しながら、両手打ちでボールを捕らえた。
「『ロードフリートハルバート』!」
 対寮長用にキックスが考えたショットが、ガッツのコートに突き刺さった。

 結局、キックスは最後まで試合を続け、この戦いに勝利を収めた。
「キックスはん! 大丈夫?!」
 駆け寄ってきたキーウィに、キックスは黙って頷く。しかし、次の瞬間、キーウィの叫び声がコートに響いた。
「キックスはん! 血ぃでとる……!」
 額の傷から再び血が流れだし、キーウィはキックスを救護班の元へ連れて行く。早速、円がキキーモラでキックスを治癒して事なきを得た。
 だが、次の試合、キックスの動きはやはり鈍っていた。先程の試合は気力でカバーしたものの、今のキックスは集中力が下がってしまっていたのだ。
 結局、キックスは“蒼空の黔鎧”ソウマと戦い、破れてしまった。
「……ちっ……」
 無言で舌をうつキックスは、誰の目から見ても悔しそうだった。キーウィはそんなキックスに少しでも元気を出してもらおうと、作ってきたお弁当を渡す。
「……こんな時になんやけど……これ食べて元気出してや……」
 キックスはキーウィの心遣いに感謝し、黙って弁当を受け取った。


■決戦は熱く■
 “待宵姫”シェラザードは、自分の出番を待っていた。
 彼女の役目は去年の冬季球技大会と同じ、実況担当。ただ、今回は同時に進行する試合が多いにも関わらず、実況担当を希望してきたのが彼女だけだったので、実況はシングルスとダブルスの決勝のみ行われることとなっていた。
 シェラの目の前では、シングルス準決勝第2試合が行われていた。他の準決勝は既に終わっており、この試合で全てのファイナリストが決まる。
 そのコートに立っていたのは、アレフと“旋律の”プラチナムだった。だが、アレフは流石の貫禄でプラチナムをマッチポイントまで追いつめる。すると、プラチナムは諦めることなくアレフにこう言った。
「寮長! ルーサーンハンマーで来い!」
 アレフはその誘いに言葉で答えることはしなかった。だが、ラリーが続き、プラチナムに隙が出たと見ると、アレフはすかさずルーサーンハンマーの体勢に入る。
(地道な努力と飽くなき反復練習こそが勝敗を分けると言うことを、今こそ証明して見せましょう!)
 プラチナムは、対ルーサーンハンマー用の練習を積んできていた。アレフの放った必殺ショットを、ラケットを両手持ちにして打ち返そうとしたのだ。そして、彼の努力は想像を実現させた。
「寮長必殺のルーサーンハンマーが、破られた?!」
 試合を見ていたシェラが思わず実況口調で叫ぶと、その横で試合を見ていたリッチェルがシェラに言う。
「……まだですわ」
「な……。わかるの?! リッチェル」
 シェラが驚いている目の前で、今度はアレフがラケットを両手持ちにし、プラチナムの放った両手打ちライジングショットを返す。
「本来ルーサーンハンマーとは竿に槍と鎚を取り付けた、両手持ちのポールウェポンのことですの。だから、両手で放つあのショットこそ、真のルーサーンハンマー……『リアルルーサーンハンマー』なのですわ! ……多分」
 リッチェルが説明した通り、アレフが放ったショットはルーサーンハンマーと同じ軌道を描き、プラチナムの最後の希望を打ち砕く。
「ゲームセット! マッチウォンバイ、アルフレッド!」

 決勝進出者が出そろい、シェラは実況席に向かった。
(学園に平穏が戻ってから初のイベントだし、盛り上げなくちゃ)
 シェラは実況席に着き、試合が始まるのを待つ。その横の席には、先程の解説の腕を買われて、リッチェルが座っていた。
 決勝はまずダブルス。続いてシングルスの順で行われることになっていた。審判を務める“影使い”ティルが、ダブルスのコートに姿を見せる。シェラは早速実況を始めることにした。
「復活した球技大会もいよいよ大詰め! ここダブルスのコートでは選手が姿を見せるのを、今か今かと待っています!」
 それと同時に、決勝進出の選手が姿を見せた。
「群雄割拠のダブルスで、勝ち上がってきたのはこの2組! まずは、栄えある第1回冬季球技大会の覇者、ジーク・カレンペア!」
 運動能力の高さでは定評のあるカレンとジークが、順当に勝ち上がってくる。準決勝ではネイ・グリンダ組をジークの重爆ショット『ツヴァイハンダー』で撃破している。
「対するは、兄妹の息のあった所でここまで勝ち抜いて来た、エグザス・シルフィスペア! 多彩な攻めで優勝を手にすることが出来るか!」
 守備に特化したエグザスと、スピードのある攻めのシルフィスはペアとしてのバランスが良い。準決勝ではラック・レダ組に競り勝っていた。
 コイントスの結果、サーブはジーク・カレンペアからとなっていた。早速、ジークがラインに下がってボールを手にする。
「はっ!」
 ジークのサーブは綺麗にエグザスの元へと打ち込まれる。エグザスはそれを丁寧に返す。カレンがそれを撃ち返した時、シルフィスが動いた。
「ここでっ!」
 スピードに乗ったボールが、カレンの足下を抜ける。
「早くも決まったぁ! 必殺技の1つ、『スナイパーショット』!」
 エグザス・シルフィスペアには、決勝戦までに繰り出してきた必殺技が2つあった。1つが精度とスピードのスナイパーショット。1つが重さのみを追求したエクスプロージョンショット。
「エグザス・シルフィスペアは、もう1つ必殺技を出さずに決勝まで勝ち残って来ているとの噂です。この舞台で、3つめの必殺技は出るのか!」
 その後、試合は互角に進んでいた。バランスで言うのならば身軽にコートを駆け回ってボールを拾うカレンと、重厚な攻撃で相手を打ち崩すジークも相手には負けていない。
「はっ!」
 エグザスが守備を捨てて放ったエクスプロージョンショットを拾おうと、カレンが飛ぶ。だが、振り切るまでにはいたらず、ボールは絶好のロブでシルフィスの元に返ってきた。
「決めるわ! 『スカイダンシング』!」
 シルフィスは飛び上がると、変則的なスイングでボールを相手コートに返す。カレンは体勢が崩れており、ボールに届かない。抜けた! と思ったその時、今までパワーを重視する為に両手でラケットを握っていたジークが、片方の手をラケットから離した。
「勝負だ! 『アインハンダー』!」
 体勢が崩れているという意味では、飛び上がったシルフィスも同じである。そこを突くように、ジークはボールを打ち込んだ。
「文字通りの隠し球というやつは、最後までとっておくものさ」
 エグザスとシルフィスの後方に転がるボールを見て、ジークはそう呟いた。

 試合は長期戦になった。そうなった時に最後に物を言うのは、体力である。互いに死力を尽くして戦った結果、先に体力の尽きたのはエグザス・シルフィスペアだった。
「これで終わりだ!」
 ジークの『ツヴァイハンダー』が、エグザス達の勝利への道を断ち切る。
「シルフィス、届かない! ジーク・カレンペア、再び頂点に上り詰めました!」
 シェラが実況をそうまとめると、審判のティルが勝者をコールする。
「ゲームセット! マッチウォンバイ、ジーク・カレンペア!」


 ダブルス決勝戦の興奮冷めやらぬまま、息つく間もなく決勝コートではシングルス決勝の準備が始まっていた。シェラは飲み物を1口口にして、実況席で実況を続ける。
「続いて、シングルスの決勝です。やはり、シングルスの優勝候補筆頭が、順当にここまで勝ち上がってきました! 『クレイコートの騎士』ことアルフレッド・フォン・ライゼンバード寮長! 果たして彼の牙城を切り崩す漢は現れるのかぁっ!」
 先にコートに入ったアレフはラケットを持ち、相手コートの選手が来るのを待った。
「その相手は、まさにダークホース! 誰がこの選手が勝ち上がる事を予想したでしょう! “蒼空の黔鎧”ソウマ。正義の名の下に、今、ここに見参!」
 シェラの実況に呼ばれるように、ソウマがコートに入る。準決勝ではエンゲルスを必殺のバックスピンショット『ジャスティスリターン』で倒しての決勝進出である。
「燃えてきたぜ!」
 コイントスの結果、サーブはソウマからとなった。ボールを受け取ったソウマはサーブ位置に立つ。
「最初から全開で行くぜ!」
 ソウマはラケットを構え、サーブを放つ。その球はアレフのコートに落ちると同時に、アレフの顔めがけて跳ね上がる。慌ててラケットで防いだが、ボールはあらぬ方向に飛んでいった。
「ツイストサーブだ!」
 ソウマの言葉に、アレフは感嘆の声を上げる。
「……驚いたよ。独創的な上に、強力だ。では、こちらも一層気を引き締めていこう」

 その後は一進一退の攻防が続いた。アレフの攻撃は的確だが、ソウマは圧倒的な運動量でその球を拾っていく。だが、アレフも負けては居ない。
「ジャスティスリターン!」
 正義の必殺ショットの2つ目、ジャスティスリターンは、バックスピンで相手コートに落ちてからネットに戻る動きを見せる。だが、アレフは猛ダッシュでそのボールを拾い、相手に返した。
「くっ……ジャスティスリターンが返されたか! だが、まだまだこれからだ!」
 ソウマは胸に更なる熱き炎を燃やし、次の攻撃に備える。
「ああっと! 寮長の新必殺技『リアルルーサーンハンマー』が炸裂! このゲームも寮長が取りました!」
 シェラの実況も、会場の熱気に合わせてヒートアップする。現在の所、2−1でアレフが勝っている。勢いではアレフの方に分があるように観客達は感じていた。
「逆境に追い込まれるほど、俺は燃えるぜ!」
 ソウマはアレフからのボールを返す。だが、それは今までの熱いショットとは違い、勢いとしてはむしろ弱い方だった。
「おおっと! ソウマ君、ミスショットか! ネットにあたって……いや! 幸運にも相手コートに落ちました」
 ソウマの放ったショットは、ネットを引っかけて相手コートに落ちる。流石のアレフも、これはとることが出来ない。
「再び寮長のサーブ! ソウマ君は落ち着いてリターン……あっ!」
 ソウマが返したボールは、再びネットを引っかけて相手コートに落ちる。
「……そうか。狙って落としてきているのだな」
「そうだ! 必殺、ジャスティススナイプだ!」
 アレフの言葉に、ソウマが呼応する。だが、種が判ってしまえば対処出来ない技ではない。中央駅で迫り来る汽車から子供を救うことが出来るくらい、アレフの足は速いのだ。
「このまま形勢逆転か! このゲームは接戦の末ソウマ君が取りました! 試合はついにファイナルセット! タイブレークゲームです!」
 だが結局、そのゲームはソウマがアレフを翻弄して奪取する。これで条件は対等だ。
「……まだ負けるわけにはいかないな」
「それはこっちも同じだ!」
 2人は気力を振り絞り、最後の戦いに臨む。ソウマは3つの必殺技を繰り出すが、アレフも負けじと2つのルーサーンハンマーを振り下ろす。
 膠着したこの試合で、仕掛けたのはソウマだった。
「寮長がレシーブしたボールを……おおっと! この技は!」
 ソウマはボールを押しつけるようにリターンする。すると、そのボールはライン際に突き刺さり、そのまま跳ね返ることなくころころと転がっていった。
「あの球は!」
 解説のリッチェルが、思わず叫ぶ。
「な……。わかるの?! リッチェル」
 シェラが再び尋ねると、リッチェルは自分の役目を果たすべく解説した。
「原理は簡単ですわ。通常とは違う回転を掛けることで、ボールの跳ねようとする力を打ち消しますの。でも、ラケットのタッチを間違えるととんでもない所に跳ね返る、諸刃の剣ですわ!」
「そうだ! これが奥義、ジャスティスドライブだ!」
 ソウマは4つの必殺技を駆使し、アレフを追い込む。最後は、ジャスティスドライブがアレフの足下を抜けていった。
「ああっと! 無敗を誇ったクレイコートの騎士が、今ここに敗れました!」
 シェラが実況席から立ち上がって叫ぶ。ソウマはラケットを握りしめたまま、勝者のコールを受けた。
「ゲームセット! マッチウォンバイ、ソウマ!」
 すると、アレフがネットに近づき、ソウマを呼ぶ。
「見事だったよ。ソウマ君」
 そう言うと、手を差し出す。ソウマもコートに駆け寄り、アレフの手をがっちりと握った。
「コートの上で激闘を演じた2人が、今、がっちりと握手を交わしています!」
 実況がそう言うと、誰言うともなく拍手が巻き起こり、2人を讃えたという。


■ゲームセットは晴れやかに■
 全試合が終わり、アリーナでは閉会式を残すのみとなっていた。
 営業を終え、売店のスタンドを片づけていたエドウィンの元に、マリーがやってくる。ノーブルクレイで身体を動かしたからか、どことなくすっきりとした表情だった。
「……やっぱり、エドウィンの言った通りだったなぁ」
 マリーは笑顔で言った。結局、マリー・ラザルスペアは付け焼き刃の練習しか出来ず、1回戦で早くも負けていたのだ。
「でも、良いアイディアが浮かんだのも確かだから、みんなには感謝してる。エドウィンも、ありがとね」
「気にするな。俺はマリーの研究に期待してるんだ。先行投資って奴さ。良いアイディアが出たなら、良かったじゃないか」
 エドウィンは穏やかにそう返すと、マリーの目を見て言った。
「いつか、俺みたいなデカい奴も乗れる機械を作ってくれよ?」
「じゃ、まず今技術大祭用に作っている飛行機械の積載量を出来る限り上げるように、頑張ってみるわ」
 決意を新たにするマリーに、エドウィンは売上金を渡した。それは優に、目標額を上待っていたという。
「古人曰く、塵も積もれば山となる、だな」

 晴れやかな顔をしたマリーとは反対に、ラザルスは沈んでいた。何しろ、エグザス達との賭けに、圧倒的な差で負けたのだ。ちなみに、今回の賭にはエグザス・シルフィス・ラザルスの他に至高倶楽部のルビィやノイマンも参加して、「ノーブルクレイで最も勝ち上がれなかった者が『アレ』を行う」と言う話になっていた。
「文句なく、ラザルスがアレだな」
「そうね」
 エグザス達の言葉に、ラザルスはぐうの音も出ない。何しろ、1回戦負けはラザルスだけだったのだから。
 ラザルスにも幸いなことがあった。アレの候補として考えていた「マリーの超発明が出来た時に、最初の実験台になる」は、マリーが暫く技術大祭用の発明にかかり切りになる為に、いつ行われるか確約出来ない状態だったのだ。
「じゃ、別の何かを考えないと」
 今は難を逃れたとはいえ、ラザルスの命運は風前の灯火であった。
 そこへ、ノイマンが運営委員会としてそこにやってくる。
「そろそろ、閉会式が始まるぞ」
 ノイマンの言葉に、エグザスとシルフィスは特設ステージへと向かった。


 閉会式はコートの横に特設ステージが作られ、そこで行われた。
 今回、優勝者にはゴールデンラケットが贈られるが、それとは別に優勝者にはその証として記念盾が贈られることになっていた。また、準優勝者にはその証として、優勝者よりも一回り小さい記念盾が贈られることになった。
 ステージ上では優勝者と準優勝者が待っている。そこへマイヤがこう宣言した。
「栄誉をたたえて、これより盾と賞品を授与します。まずはシングルス準優勝、アルフレッド君」
 その言葉にアレフがマイヤの前に立ち、準優勝の盾を受け取る。続いてエグザスとシルフィスがそれぞれ盾を受け取り、観客からの拍手を受けた。
「それでは、次にシングルス優勝、ソウマ君」
 名前を呼ばれたソウマがまずは盾を、そして賞品のゴールデンラケットを受け取る。続いて、ジークとカレンがそれぞれ盾とゴールデンラケットを受け取った。そこへ改めて拍手が巻き起こり、優勝者達を祝福する。

「すごかったですねぇ。必殺技の応酬でしたねぇ」
 客席で拍手をしながら、ルカはフランに話しかけた。
「ええ。そうでしたね」
 フランも拍手を送りながら、隣に座っていたランカークの方を見る。ランカークはと言うと、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
(アベルの奴め……。キリツを特訓する為に庭まで借りておきながら……)
 シングルスの優勝者、ソウマは正義の代名詞のような男だ。裏取引に応じるとはとうてい思えない。シングルスの優勝賞品が自分の元に来ないと判ったランカークの耳に、だめ押しとばかりにこんな話が入ってくる。それは、優勝者インタビューでのソウマの談話だった。
「ソウマさん。賞品はどうされますか?」
 ソウマは正義の血を燃やしてこう答えたという。
「実家に送る!」

 ステージから降りてきたアレフの元に、セラがやってきた。
「お帰りなさいませ。アルフレッド様。お疲れ様でした……」
 セラはそこまで言って黙ってしまう。無敗を誇っていたアレフが破れたことに、セラは何と言葉を掛けて良いか判らなかった。
「負けてしまったね。まだまだ私も修行が足りないようだ」
 気を遣ったのか、アレフの方からその話題が出る。アレフはその事で落ち込んでいる様子はなかった。それどころか、声はどこか明るい。
「一度の敗北で、全てが終わるわけじゃないからね。また、最初から少しずつ登っていけばいい」
 そう言うアレフに、セラは頷く。
「その時は、またご活躍を拝見させて頂きますわ」
「それは心強い。頑張るよ」
 アレフはそう言って会場を後にしようとした。だが、それをセラが呼び止める。
「アルフレッド様! ……ええと……」
 最初こそ勢いがあったが、セラはだんだんと顔を赤くしながらこうアレフに言った。
「……よろしければ筋肉の疲れを残さないように、マッサージなども出来ますが……」
「ん。なら、お願いしようかな」
 アレフの言葉に、セラは俯きながら頷いた。
「……はい」
「あら。でも、お楽しみの前にちょっと待って?」
 唐突に2人に声が掛かる。シェラである。
「入賞した人の記念写真が撮りたいのよ。向こうまで来て貰えないかしら」
「わかった。すぐに戻ってくるから、セラ君はここで待っていてくれるかな」
 アレフは、他の入賞者が集まっている所までシェラと一緒に行くことになった。セラはアレフに言われた通り、その場でアレフの帰りを再び待つ。

「はい。記念写真を撮るわよ」
 シングルスとダブルスのそれぞれの入賞者、合わせて6人がシェラの構えた簡易型写真機の前に立つ。シェラは暫くカメラを覗いていたが、上手く被写体全体を収めることが出来なかったのか、こう言った。
「6人は入りきらないから、シングルスとダブルスで分けるわ。まず、シングルスから行くわよ」
 その言葉に、ソウマとアレフが並んで立つ。2人の手には記念盾。更に、ソウマの手にはゴールデンラケットがある。
「いいわね? はい、チーズ」
 続いて、カレン・ジークペアとエグザス・シルフィスペアがそれぞれ記念盾とラケットを持って、写真機の前に立つ。
「ほら。もう少し寄って!」
 シェラがいくつかの注文をつけ、4人はそれに従った。
「はい。そのまま動かないで。行くわよ」
 ようやく位置も決まり、シェラは最後のかけ声を掛ける。
「はい、チーズ」
 それと同時に、写真機が大切な思い出の時を切り取った。
 写真を撮り終えた入賞者達は、そこで解散した。アレフはセラの元に戻り、エグザス達はアレの相談をしようと帰っていく。ソウマは賞品を実家に送るべく、荷造りをしに戻っていった。
 そこに残っていたジークは、横にいたカレンに賞品のゴールデンラケットを渡す。
「彼がご所望なんだろ? 俺はいいさ」
 カレンは素直にラケットを受け取った。ジークは心の中で、第1回冬季大会から今までのことを思い返す。
(例え、目に見える形で残らなくても、君との思い出は全て心に刻み込んである……。ああ。身体に刻み込まれた時もあったか)
 そんなジークに、カレンは去年の冬と変わらない声で言った。
「……ありがとう。ジーク」

 こうして、夏季球技大会は無事終了した。
 学生達は時に応援し、時に自分の身体を動かし、大いにこのイベントを楽しんだという。
 日常の中のイベントをこのように楽しむことが出来るのは、アルメイスに平和な時が流れている証拠だった。

参加者

“福音の姫巫女”神音 “飄然たる”ロイド
“天津風”リーヴァ “蒼盾”エドウィン
“怠惰な隠士”ジェダイト “白衣の悪魔”カズヤ
“探求者”ミリー “光炎の使い手”ノイマン
“翔ける者”アトリーズ “静なる護り手”リュート
“笑う道化”ラック “風曲の紡ぎ手”セラ
“ぐうたら”ナギリエッタ “闇司祭”アベル
“紫紺の騎士”エグザス “銀の飛跡”シルフィス
“黒き疾風の”ウォルガ “自称天才”ルビィ
“待宵姫”シェラザード “鍛冶職人”サワノバ
“幼き魔女”アナスタシア “六翼の”セラス
“闇の輝星”ジーク “銀晶”ランド
“深緑の泉”円 “餽餓者”クロウ
“闘う執事”セバスチャン “抗う者”アルスキール
“陽気な隠者”ラザルス “蒼空の黔鎧”ソウマ
“炎華の奏者”グリンダ “拙き風使い”風見来生
“緑の涼風”シーナ “爆裂忍者”忍火丸
“貧乏学生”エンゲルス “猫忍”スルーティア
“七彩の奏咒”ルカ “のんびりや”キーウィ
“深藍の冬凪”柊 細雪 “旋律の”プラチナム
“轟轟たる爆轟”ルオー “影使い”ティル
“泡沫の夢”マーティ “黒い学生”ガッツ
“不完全な心”クレイ “三色”アデル
“夢の中の姫”アリシア “春の魔女”織原 優真
“冒険BOY”テム “暇人”カルロ
“真白の闇姫”連理 “演奏家”エリオ
“お気楽翻弄”ケイ “創生の海”アルフィル
“縁側の姫君”橙子