運命の選択
 レアン・クルセアード逮捕。それがアルメイスタイムズの一面を華々しく飾ることはなかった。ただ紙面の片隅に、テロリストの容疑者が一人身柄を確保されたと出ただけだ。その記事からは、その者がその後どうなったかは窺いしれない。
 タイムズ社局長ロバート・ブルックリングにそのことについて聞いたなら、
「やってらんねえよ」
 と、珍しく彼がくさっている様子が見られただろう。
 圧力があったかなかったかというところには言及はしないが、なんらかの取引はあったようだった。ロバートはいずれの見返りにか、違うネタを手に入れたようだ。しかし、もちろんそのまま鵜呑みにして記事にするようなことはなかったが……記者としてのプライドによって。裏が取れるなら、ソースがどこであれスクープに違いないだろう。しかし、提供された情報とその入手経路のすべてが真実だったと仮定しても、それには少し時間がかかるだろうと思われた。
 ロバートはどうするべきかと考えているようだった。レアンについて記事にすることも、まだ諦めきれてはいないようで。彼が捕まった夜に同時に起こっていた数々の出来事についても、まだこっそりと調べているらしい。
 そう、それは現場にたくさんのアルメイスの学生がいたことや、その夜から行方の知れなくなった一人の女生徒のことについて。その夜まで続いていたリエラの力による破壊行為が、止んだことについて。
 新聞はマスコミュニケーションである。真実を白日の下に曝すのに、効率的かつ効果的な媒体だと言えるだろう。
 その真実の向こう側には……やはり転落が待っているのだろうか。


 身柄を確保されたはずのレアンのいる部屋には、鍵はかかっていたが……それは外部からの侵入者からレアンを守るためだった。逆を言うならば、レアンの逃亡を阻止するための鍵はない。屋敷の主の言い分としては、「無駄だから」である。逃げられるほどに回復して、逃げるつもりならば、鍵があってもなくても変わらないというわけだ。レアンにどんな拘束も意味はない。それは事実だ。そして最も効果的であろうという方法が屋敷の主が丸一日見張っていることだというあたり、実に現実的でない。
 限界まで傷つき消耗して身動き一つできないような有り様だったから、彼は捕まったのである。その後……あまりレアンは回復していない。レアンとしては帝国の手に落ちたという認識であり、食事もろくに取らないからだ。だが、そういう態度でも、彼が死ぬには普通の者よりも少し長くかかるらしい。アークシェイルの加護が、その死を緩慢なものにしているようだった。
 屋敷の主としては、話を聞くなりするなりしたいようだが……レアンは今のところ、語ることはなく、聞く耳は持たぬという態度であるようだ。
 そのままベッドの上で……ゆるゆると死に向かい、レアンにも疑問はあったようである。手をつけない食事も、欠かさず三食供される。しかも毎回、目の前で毒見して見せてまでだ。だが話を拒む中では、疑問を訊いて確かめることもできなかったのだろう。
 そんな中で、いくらかの日が過ぎる。
「そろそろ、覚悟してくださいね」
 レアンの枕元で、屋敷の主サウルが言った。
「そろそろ……来る。おわかりだろうと思うが、鍵も何も、彼女には意味がない。というか、多分、この屋敷の空間ごと吹き飛ばすと思う」
 レアンが自ら死ににいくのを待ってくれるほどに寛容な人物ではないことを、サウルは知っているようだった。ならば運び出せば良いだろうとレアンは思う。その気持ちを読んだかのように、サウルは続けた。
「このままなら、あなたを荒野にでも放り出す以外に、被害を最小に抑える方法はありません。だが、僕の立場ではそれは無理だ。あなたを放逐するようなことは。それに、あなたが死ねば結局大きな被害に繋がる。それがわかっているから、僕はあなたと心中するか……あなたと協力するしかない」
 協力という言葉に、レアンは胡散臭そうな表情を見せる。
「でも、あなたには協力する気はない……お手上げだ」
 だからせめて覚悟を、ということのようだ。死にゆく者に覚悟というのも、おかしな話かもしれないが……少なくともサウルが、そして逃がさないのなら周辺の住民もレアンと共に心中することになる。その覚悟をという意味なのかもしれなかった。
「もう、残された時間は短い。あなたに会って話をしたい人は他にもいる。聞くかどうかはともかく、会うくらいはしてあげてほしいな。みんな、中途半端に関わって、気分がすっきりしないこともあると思うし。真っ最中に、一緒に吹き飛ばされないとも限らないが……」
 会うときには自分が立会い、下手な手出しはさせないことを約束するともサウルは言った。
「あなたが望むなら、密談してくれてもいいけどね……」


「いかがいたしましょうか」
「どうにも……必ず、あそこに現れるわ。でも、どうにもならない。あの回りの住人を、避難させる言い訳を誰か考えてちょうだい」
 学園長……ルーはこめかみを押さえながら……立ち上がる。きつく厳しい顔つきだ。マイヤはそれを視線で追った。
「私に現場を押さえられるならいいけれど……そうできるとは限らないわ。今、アークシェイルの力が媒介の弱化で限りなく弱まっている分……近くでないと、こちらの圧力も効き辛いのに」
 ルーがずっとそこに居続けることは……現状ではできないだろう。そこは、サウルの屋敷なのだ。ルーにしてみれば、敵の手中に飛び込むも同然の行為。
「頼んだわよ。私も、気をつけておくけれど……」
 ルーが頭を悩ましていることの一つには、クレアがレアンに会いたがっていることもあった。


 カレンは、自分がどうするべきかを考えていた。
「……せめて食べない?」
 そこは、もちろんランカークの屋敷だ。その地下で、最近のカレンはほとんどの時間をすごしていた。
 そこにいるのは、主人であるランカークではない。地下室の片隅で、膝を抱えているのは……やつれ果てたフラウニー・エルメェスだ。
 ランカークはフランを心配はしているけれど、フランが望まないので立ち入らないようにはしている。代わりに、カレンがフランの面倒を見ていた。
 だから、フランがずっと眠っていないのをカレンは知っている。求められるままに、カレン自身が薬も調達してきたからだ。だが、もうフランが限界であることも知っている。
 食事もしないで、眠りもしないで、人がもつはずがない。
 この屋敷にフランを連れ込んだのが誰であるのか、カレンは知らなかったが……
 見当はついていると思っていた。
 どうするべきか、カレンは真剣に考えていた。

 この運命に、それほどに選択肢はなかったのかもしれない。
 多くの者は、破滅を望みはしない。それは自らのものもであるが、当然に自らが属する世界のものも、である。
 ゆえに、多くの者は望まなかった。世界のバランスが崩れることを。
 しかし、その上に乗った人々のバランスは更に危うかった。
 その現場となった場所は、街中の一つの屋敷だ。それは『お屋敷』と呼んでもいい広さの、しかし瀟洒な建物だった。
 そこには、多くの客が訪ねてきた。運命の鍵を握る一人が、そこにいたからだ。
 だが、彼は運命の鍵を握っていることを知ってか知らずか、そのコントロールを自ら放棄しようとしているかのように思われた。
 だが彼らについては、間違いやすいことがいくつかあった。
 その間違いはささやかながら、すれ違いを産む原因となるだろう。

 ――彼らは、自ら望んだわけではない。
 ――彼らは、一方的に選ばれた、世界のための生贄なのだ。力はその副産物に過ぎない。

 彼らは世界そのものと言える力が、人を想うための……人の存在する世界を想うための、生贄だ。
 深淵の果てにあるものは、人の価値をあまりに軽い物にしてしまう。それゆえに。
 世界の化身が、あまりにも人の価値を軽く見てしまわないように。
 これもまた、いつかかけられた呪いなのかもしれなかった。
 人が世界を繋ぎ止めるために。
 人を想う誰かが。
 人の繁栄を望む誰かが。
 人が世界の化身たちを忘れないために。
 世界の化身たちに、自らが存在できる理由を忘れさせないために……
 どちらが欠けても、互いに存在しえぬことを忘れないために……

 彼……レアン・クルセアードがやる気に満ち満ちていて、世界を救おうと言ったのならば、何も問題はなかっただろう。
 だが、そうではなかった。
 逆に世界などどうでも良いと、そう思っているわけでもない。そもそも彼を含む四人は、自分に課せられたものの中に、世界を救うために何かしなくてはならない、何かをしてはならない……そういったことがあると知っていたとは思えなかった。
 人はすべてを知っているわけではないし、理解できるわけではないから、それはやむをえないことだ。
 そして更に、調和するために選ばれる生贄には、崩壊させるための呪いが付きまとう。遥かな時空を超えて。彼らを揺さぶるための呪いが存在する。
 すべてを知りえぬことも、やむをえないことかもしれない。
 まず……彼に理解させねばならなかった。
 その命一つの喪失で、世界が揺らいでいくことを。

■運命の現場■
「サウルさん、お客様が」
 “春の魔女”織原 優真は、自分のリエラのシャルや“真白の闇姫”連理に酷く反対されたが、今日もサウルの屋敷にいた。
 反対する者たちの理由は、ここは危険だからだ。その『瞬間』が来たときには、誰にも助けようがないかもしれない……予知能力など持っていなくても、誰にでも危険なことがわかっている場所だった。
 それでも優真に限らず、サウルの屋敷を訪れる者は後を絶たない。
 危険を押しても、ここに来なくては会えない者がいるからだ。また、その危険を回避させたいと思う者も、ここに来なくてはならなかった。ここに注目する者たちには同時に、そのまわりに住む者たちを追い払わねばならないという命題もあった。目的はそれぞれで、手段もそれぞれであったけれど、ここを訪れなくてはならない者は多かったのだ。
 その多くを、優真が出迎えた。
 そして、客を待たせてサウルを呼びに行く。優真自身にも、サウルに問いたいことはあったが……すぐにはその機会は訪れなかった。
「ああ、今行くよ」
 お盆を持って、階段を登ろうとしていたサウルが振り返る。
「お食事、わたしが運びましょうか」
 サウルの持つ盆に乗っているのは、スープのポットだ。レアンのところに持っていくものである。優真は訪ねてきた者が持っていたものも知っていたが、それが必要ないとは思わなかったので。
 優真が手を伸ばすと、サウルは少し迷ってから盆を優真に渡した。
「じゃあ、頼もうかな。すぐ行くから……置いておくだけでいいよ」
 毒見は、自分がするという意味だ。
「わかりました」
 優真は微笑んで盆と部屋の鍵を受け取り、階段を登っていく。
 サウルはそこから応接間のほうへと戻り……
「優真さん」
 階段を登りきったところで、レアンのいる部屋の手前で立っていた“不完全な心”クレイが優真の名を呼んだ。
 クレイはいち早くサウルのところを訪れて、警備をすると申し出たのだ。クレイの望みは極力レアンのいる部屋に張り付いて、彼を害しようという者の侵入を防ぎたいわけだが……突然やってきて、そう言っても当然に信頼されきるはずもない。
 しかも実はクレイ自身が、サウルのことを好意的に思っていなかった。それでも必要だからとここへ来たが、好意を抱いていないことは伝わるものだ。そう言いはしなくても。
 一度ははっきりと「君のほうが怪しい」とサウルに突っぱねられたが、個人的な感情は関係ないことをクレイが言い募り粘った結果……最終的に、その扉の少し手前がサウルとクレイの妥協点となった。どの道、二階に上がってくる階段は一つしかないのだから、と。
 完全にその言葉に嘘がないと信頼を得るためには、もう少し時間がかかるだろう。
 クレイには本当に他意はなかったので、その後は真摯に警備を行っていた。新参者であることは自覚していたので、ずっとこの屋敷に通っている優真に疑いをかけるようなことはしたくなかったが。
「何をしに……?」
 それでも、姿形だけなら、彼女の姿も真似られる者はアルメイスにはたくさんいる。問わないわけにはいかなかった。
「サウルさんにお客様がいらしたので、代わりにお食事を持ってきました。後からサウルさんが来て、お毒見は自分でするそうですけど」
 通してくださいますか、と優真は微笑む。
 それを阻むだけの理由は、クレイにはなかった。道を空けて、優真を通す。そして思い直して廊下を進んだ優真を追い抜いた。盆を持っている優真から、扉の前で鍵を受け取って、その代わりに扉を開ける。
 中が見えても、すぐにはレアンのいるベッドは覗けなかった。扉を開けて、すぐさまレアンに攻撃を叩き込むようなことはできない。当然窓際からも離されている。その程度の基本的な対策は行われているが……
 二人も十分にわかっていることだったが、レアンを狙う本当の脅威は、そんなレベルで防げるものではない。
「お食事を持ってきました……起きてますか? レアンさん」
 優真だけが部屋に入り、ベッドに近づくと、レアンは視線だけを優真に向けた。
 サウルに次いで長い時間優真はレアンを看病していたが、まだ食べもしてくれないし、話もしてくれない。それは、優真がサウルに近すぎるからかもしれなかった。
「せめて……少しだけは食べてくださいね」
 他を巻き込んでレアンを殺そうとする彼女を止めて欲しいと優真はレアンに望んだが、未だ返事はない。ただ、それを聞くレアンの表情は、どこか複雑そうなものに見えた。
 葛藤があるのだということは、察することができる。帝国に対して意地と信念はあっても……仮にその信念のために被害が出ることがあったなら耐えられても……今の状況は、覚悟あるものとは違うということなのだろう。
 こんな場所に自分を拘留しているサウルが悪いと突っぱねることもできるが、それをされたら自分は奔放なる者の手にかかるまでもなく命を落とすだろうということもわかっているのだ。そうしないことを考えなく責めることは、難しい。自分が死ぬから……だけではない。善意故かもしれぬところを踏みにじるのは、人として難しいことだ。
 どんなにか激しかろうと、レアンもまた、本来は包み込む愛のアークシェイルの使徒である。偏りはあっても、想いがないわけではない。
「もうじきサウルさんも来ますから」
 レアンは視線を逸らす。
 レアンは葛藤の中にいる。優真にはそれが感じ取れた。
 何が彼を苛んでいるのか……それは、様々な過去に違いなかった。古くは帝国に疎まれたことが、帝国に抗って生きる道を選んだことが、近くは友人の喪失が。おそらくは、そのすべてが彼が彼であるがゆえに。彼が生き延びるために。
 レアンは、ただ単純に帝国に対して意地をはって食べないだけではない……生きることに迷っているのだ。
 幾つもの喪失感を越えてきて、今に至る。その喪失感が臨界点を越えたとき……あのとき死んでいれば良かったと、誰なら思わずにいられるだろう。

「お待たせしたね」
 サウルが応接間に入ると、そこでは“福音の姫巫女”神音と“白衣の悪魔”カズヤが待っていた。
「あのね、レアンクンに会いたいんだけど」
 訪ねてきた理由を隠しても、遠まわしにしても意味はないので、神音はサウルが前に座るや否や、すぐさまそのように身を乗り出した。
「俺に、レアンを介抱させてくれ。できるならつきっきりでしたい。奴に暴力を振るおうってのがいたなら、必ず止めるが……俺に見張りが要るなら、他につけてくれ」
 サウルは二人を見て、少し考え込んだ。
「ただ会いたいだけなら良いよ。何か話をするのも構わない。だが、返事があるとは限らないが……」
 神音の願いに問題はない。問題があるのは、ずっとそばにと望むカズヤのほうだった。
「君の希望は、現状では無理だね。必要な時間は一人にして、考えさせてあげたい。他人がいたら、考えられないこともあるし……それにレアンとは、誰かが会うときには僕が同席すると約束してるから」
 そして、来客の都合でずっとサウルがレアンに張り付いていることはできない。
 優真は、そういう意味では特別扱いだと言えるだろう。少なくともサウルには、全面的に信用されているということだ。
「僕と一緒のときだけで、良いなら……で、どうかな。それが駄目なら、諦めてくれ」
 何かを諦めるとして一部をかすべてをかならば、普通ならば一部でも願いが汲まれるほうを選ぶ。カズヤにしても、それに例外なところはなかった。
「まあ、それでいいさ。すぐに信じろってのも無理な話だ」
 サウルがこれからレアンのところへいくと立ち上がったので、それを追うように二人も席を立つ。
 そして、クレイの前を通り過ぎて部屋に入る。まだそこで、優真は待っていた。
「お待たせ。君に会いたいという人を連れてきたよ……まあ、冷める前に食事の支度だけはしよう。話は、その後でいいね」
 サウルはポットからスープを皿に注ぎ、それをスプーンですくう。
「……食事、取ってるのか?」
 カズヤが訊ねる。
「いいや。僕が知る限りは食べたことないな。でも、だから支度しないってわけにはいかないしね」
 そう言いながら、スープを口に含む。
「……それは、口移しで食べさせるのか?」
「ん? これは毒見だよ。やっぱり、不安だろう?」
 信用できない者から与えられる食事は、と。だから何も危険な物が入ってないことを示すために、目の前で一口食べて見せるというわけだ。他人の使った食器が嫌ならば、新しい物もある。……どちらにしろ、レアンは食べたことがないわけだが。
 そこで神音は少し沈む。やはり自分のことも信用はできないんだろうな、と。
「俺に貸してくれ、意地でも食わしてやる」
「……お手柔らかにね。無理をするなら帰ってもらうよ」
 カズヤが差し出した手に、微妙な顔をしながらもサウルはスープの皿を渡した。
「さて、やっと会えたな、レアン。俺はあんたを尊敬してたんだぜ。おまえはいつでも弱い者の味方だった。これからもそうあるべきだ。他のやつらが巻き込まれるのは、おまえも望まないだろ。まずはここから動けるようになろうぜ……まずは、飯を食え」
 カズヤはスープをすくって、口元に持っていく。だが、レアンは口を開けなかった。
「喰えよ、口移しとかされたいか?」
 レアンは動かない。そんな脅しでは、レアンの心を動かせない。
「あの……」
 見ていた優真のほうが心配になって、強制するのを止めようとおずおずと声をかける。
「無理やりは……」
「そこまでにしておいてくれるかい」
 重なるようにサウルも止めた。
「嫌がることを強要するのなら、帰ってくれ。僕は食べて欲しいが、彼には、望むのならば死ぬ権利はあるよ」
「なんだよ、それ」
「生きることが許されなかった者に、今になって死ぬことも許さないなんて言いたくないだけさ。僕がしても良いと言えることって、そんなに多くはないんだけどね」
 たとえばサウルが、いつでもレアンが望めば逃げれるようにしておきながら逃げろとは言わないのは、そうは言えないからだ。そう言うことは、サウルには許されない。だがカズヤには、そういったことはわからなかったらしい。
 サウルはカズヤの手から皿を取り、サイドワゴンに載せる。そして、「これで」と、二人に退室を迫った。
「待って、ボクまだ話してないよ! 少しだけだから……」
 慌てて、神音はもう少しだけと請う。そしてわずかの時間を惜しむように、レアンに問いかけた。
「レアンクンは今、何がしたいのかな? 聞かせてくれたら嬉しいな」
 視線が少し動いた。だが、口元は迷うように震えて、そしてまた閉じた。
 神音は少し早口で続けたが……支離滅裂なことになった。続けてレアンの反応がないことを見て取ってから、サウルがその肩に手を置く。
「もう終わり……? ボク、頭良くないから……ゴメンね、わかんなかったかな」
 カズヤと一緒に部屋を出て行くときに、振り返って神音は言った。
「あのね……! レアンクンにだって幸せになる権利はあるよ! ボク、誰にも死んで欲しくないよ」
 レアンがそのとき神音の声を追うように視線を動かすのを、やっぱり優真だけが見ていた。それが、まさにレアンの迷いそのものなのだと……思われた。


■生の必要条件■
「ラジェッタちゃん……」
 ラジェッタと親交のあった者は、一度はラジェッタの様子を見に来ていた。父を失った悲しみは、いかばかりか。より皮肉であったことは、ラジェッタの元に、その形代だけが帰ってきていること。だが、その中味が異なることは、誰にでもわかることだった。その姿形が同じでも、その声が同じでも。
 エイムと同じ姿のリエラは、部屋の隅で静かに存在していた。ラジェッタとの交信によって、事情はすぐに把握したのか、誰かにそれを聞くことはなかった。だが、自分がそこにいることを思い悩むことはなかったようだ。一方で、エイムについて語ることもなかった。
 そこに隠された事実は窺い知れない。多くの自存型リエラがその発生を語らぬように……彼も語らなかった。
 “のんびりや”キーウィは、ラジェッタを慰めるために歌を歌ったりもした。だが深く塞ぎこむラジェッタが、それくらいでは笑顔を見せることはなかった。
 ラジェッタの周りに集った者たちの願いは、ラジェッタがこれ以上悲しまないですむようにすること。そのためには、レアンにまで死なれては困る。これ以上、ラジェッタの大切な人が死んでは困るのだ。
 レアンに生きろと望んだ者は多かったが、見知らぬ誰かのためでなく、世界などと掴み所のない大きすぎる物のためでもなかった、彼らの願いが最もリアルであったかもしれない。
 だからラジェッタの様子を少し見たら、キーウィにしろ“銀の飛跡”シルフィスにしろ、部屋を出て行った。どこに行くとは告げぬままに。
 ずっと残っていたのは、“猫忍”スルーティア一人だ。一人遅れてきたのは、女子寮を訪問する許可を待っていた“轟轟たる爆轟”ルオー。
 ルオーが訪ねてきて……
「ラジェッタちゃんは、おじちゃんを助けたいん?」
 そして、そう訊ねた。
 ラジェッタのためにレアンに生きていてもらわなくてはと思った者の中でも、そう直截に訊ねた者はルオー一人だった。
「おじちゃん……?」
 どこか呆然と、ラジェッタは呟いた。
 そのとき、ラジェッタの意識はようやく外に向いたのかもしれなかった。元来喜怒哀楽の激しい少女は、父を失った悲しみにくれて、それ以外のものが見えなくなっていたのだろう。
「おじちゃん、どうしたの?」
 今どうしてるの? と、ルオーにすがるようにラジェッタは問いかける。
 ラジェッタは、レアンの居場所すら知らなかったようだ。そこでどうしているのかも。
「おじちゃん、ごはん食べてないんやって」
「なんで!?」
「なんでやろなあ……食べたくないんかもしれへんなあ」
 そこで、ラジェッタはうつむいた。
「ラジェも、ごはんたべたくなかった……おとうさんがいなくなっちゃったあと」
 複雑なことはわからないまでも、どうして食べたくないのかの理由の一つは、幼心にも理解できたようだった。それは、まさに自分と重なるからだ。
 おじちゃんとおとうさんがかつて友達だったことは、ラジェッタもわかっている。悲しい経緯は知らないまでも、二人にすれ違いがあったことまでもわかっている。なぜなら、エイムはラジェッタに深い交信を許していたからだ。
 レアンは同じものを失って、同じ悲しみの中にいる。
 そこで初めて、ずっと内側の悲しみを見つめていたラジェッタも、エイムを失って嘆いている者が自分一人ではないことに気づいたのだ……
「おじちゃん……まだごはん、たべたくないの?」
「食べたくないんやろね」
 細かいことを説明する気はルオーにもなかったので、それにはただうなずいて。
「おなかへってるよ……」
「やろね。動けないんやって。ラジェッタちゃんが目を覚ましたとき、動けなかったみたいに……食べないから、動けるよにならんのや。せやけど、そんななのに、おじちゃんの命を狙ってる人がおるんや」
 ラジェッタは思いつめた顔で、ルオーを見上げる。
「……あのときのひと?」
 あの時。それが、ラジェッタにとっては運命の時だった。自分も限界まで消耗して命を落としかけ、そして父エイムは消滅した。大好きなレアンおじちゃんも限界まで弱って……
 今また、その人物はレアンの命を奪おうとしているという。
「ラジェッタちゃんのお願いなら、俺、おじちゃんにごはん食べるように言いに行くで。他にも、おじちゃんの助けになることがあればしてくるで。動けるようになったら、おじちゃんはあの人にも負けへんよ」
 そう言いはしないが、ラジェッタのお願いであれば、ルオーも覚悟を決められる。そう思っていた。
 レアンのところへ行き、その助けになろうとすれば、自動的に自分も危険にさらされる。そのことはルオーも理解している。
 うん、と、ラジェッタはうなずいた。ラジェッタは、その辺りのことはわかっていない。わかっていたなら、躊躇っただろう。
「おねがい、おにいちゃん」
 そか……と、ラジェッタの返事にルオーが微笑んだところでだった。
「おべんと、作ろっか、ラジェちゃん」
「スルーティアおねえちゃん」
 それを見守っていたスルーティアが、そう言った。
 そこまでレアンのことを思い出す余裕もなかったほどに塞ぎこんでいたラジェッタが、少し前を見る力を取り戻したことをスルーティアも感じ取ったからだった。今が、ラジェッタを立ち上がらせる機会だと、スルーティアには思えたからだ。
「それで……レアンさんに届けよ?」
 レアンがラジェッタにとって大きな存在であることは、わかっていた。だから、少しでも会わせたいと思っていたのだ……ラジェッタのためにも。
 まだ、ラジェッタには大切な人が残っていることを、その身で確認してもらうためにも。
「……わたしね……っ、レアンさんに、お礼を言いたいな……! もう、直接エイムさんには言えないから……ラジェちゃんにも、言いたかったよ。ありがとって。ラジェちゃんと、エイムさんと、レアンさんがいなかったら、私たちどうなってたかわからなかった……」
 そして、スルーティアはそっとラジェッタの頭を撫でた。
 じわりと、不意にラジェッタの瞳に涙がにじんだ。
 それは単に悲しみの涙とは違う。代償として失ったものは戻らない……報いの言葉で悲しみを浄化して、その喪失を過去のものへとするための儀式だ。
 ラジェッタは憶えている。「苦しくても我慢できるね」と、エイムに最期に言われた言葉を。それに自分がうなずいたことを。
 ただ、その約束された喪失を納得するために、背中を押してくれる人が必要だった。それは、無駄死にではなかったと。残された者が人を恨まずに生きていくために……存在を賭けた者への、ありがとうの一言が。
 それが、これから先も生きていくための条件。
「うん……!」
 そのラジェッタの返事は明るいものだった。……ルオーにとっては不幸なことに。
「ラ、ラジェッタちゃん……っ、あかん、あかんて!」
 すごい剣幕でルオーにそう言われて、ラジェッタはきょとんとした顔でルオーを見返した。
「危ないさかい、ラジェッタちゃんは来ちゃあかんで。こないだみたいなことは、もう勘弁や……!」
 必死で思い留まらせようとするルオーを、ラジェッタはまっすぐに見詰めて。
「おじちゃんのいるところ、そんなにあぶないの?」
 ラジェッタは心配そうに問う。
「うっ」
 ……と、ルオーは返答に詰まった。内心しまったと思ったが、後の祭りだ。
「ルオーおにいちゃん、あぶないところにひとりでいくつもりだったの?」
 もう泣きそうな顔で、ラジェッタはさらに問う。
「ううっ」
 ……と、ルオーはさらに返答に詰まった。
「そんなのやだ。ラジェもいくの」
「いや……あかんて……」
「いくもん」
 はや消え入りそうなルオーの声に対して、意地になってきたラジェッタの声は強くなる。しかも半べそのままだ。
 泣く子と惚れた女には勝てないものだ。既にルオーの敗北は火を見るよりも明らかだったが……そこで、スルーティアが仲裁に入った。
「少しだけだよ」
 すぐに帰るからと。
 我をはって完敗し、ずっとラジェッタにレアンのところに居続けられるよりは、スルーティアが連れて帰ってくれるなら。そこがルオーにとって、妥協するべきところに違いなかった。
「……ほな、ちょっとだけやで?」
 がくりと肩を落としながら、ルオーは今回こそは運命の悪戯のないことを祈っていた。

 シルフィスとキーウィは示し合わせていたわけではないので、サウルの屋敷を訪ねて行った時間は少しずれていた。だが、応接室で待たされている間に、二人は合流することとなった。
「ちょっと待ってね……前の人が帰るまで」
 後から来たキーウィを応接間に案内した、“炎華の奏者”グリンダがそう言う。サウルの体は一つしかないので、他の誰かがレアンに会うのに立ち会っていたら、訪問者の相手もできない。けれど、レアンに会わせられるかどうか許可の判断ができる者はサウル一人しかいないのである。
 タイミングが悪いとずいぶん待たされることもあったし、何人もがまとめてになることもあった。
 順番待ちはシルフィスたちの前に、もう一人。“黒き疾風の”ウォルガがいた。
 ウォルガはそわそわして、膝の上に乗せている包みを気にしている。その挙動不審な様子に、とうとうグリンダがその膝の上を覗き込んで訊いた。
「粥を持ってきたんだが……もう、冷めてしまいそうだ」
 いつも真剣なウォルガは、粥を作るのにも真剣に取り組んできたようだ。食べやすく胃に優しく、料理が得意なウォルガにとっても力作だったようで、粥が冷めて食べにくくなってしまうことを気にしていた。でも持ってくるまでにも時間があったし、予定外に待たされたことで、深底鍋は冷めてしまったようだ。手で触って、布包みの上からでもだんだん冷たくなるのがわかったので……それが挙動不審になっていたわけである。
「じゃあ、あっためてくる? お台所、貸しましょうか」
 グリンダの提案に、「いいのか?」とウォルガは身を乗り出す。
「毒見するから、食べにくいのは私もちょっとね」
 それに冷めて不味くなっていれば、余計に危険な物の味の区別はつかなくなってしまうからと、グリンダは手を差し出した。
 ウォルガがお言葉に甘えると立ち上がると、それを追うようにシルフィスも立つ。
「それなら、私のシチューも温めてもらえる? やっぱり少し冷めちゃってるから」
 シルフィスも、抱いていた布包みを差し出した。
「いいわよ。冷たくて不味いよりは、暖かくて美味しいほうがいいわね」
 グリンダはそれにも、どうぞと言って台所に案内する。
「でも……レアンは食べられないとは思うけど」
 だがその途中で、グリンダは二人に釘を刺すように言った。
「もうそんなに弱っているの?」
 シルフィスの問いに、グリンダはうなずいた。
 ウォルガは顔をしかめている。自分の行動がレアンをかえって消耗させる結果を招いたとウォルガは思い、それを気にしているのだ。良かれと思ってしたことが、今現在を招いたのだと。
 人は万能ではないが故に、万全を選ぶことはできない。しかも良い選択も悪い選択も、選んだもの以外は『もしも、そうしていたら』という仮定の話だ。真に比べることはできない……だから実際には、ウォルガが強く後悔しているほどには、あの時点でのウォルガの選択は誤りではなかったのだが。それは今のウォルガには、わからぬことだった。
 もっと絶望的な、もっと悲惨な、そんな未来も隣り合わせにあったけれど……それに比すれば、あのときの被害はごくわずかだったと言えるだろう。それを避けるに、ウォルガの選択は役立ったはずだ。
 ただ、どうしても回避しきれなかった歪みが……
 エイムの存在を消滅させ、レアンを今、死に瀕させている。
 十の死を一に変えられたことを悔やむのは、貪欲な後悔かもしれない。しかし彼ならば、知ってなお悔やむだろう。十全なる善を目指して。より善き未来のために。
 きっと誰もがそうだったなら……世界は、より善き未来を選べるのだろうに。
「私、ずっとここにいるけど……生きてるのが不思議って、ああいうことを言うんだと思うわ。ここの周りの人を犠牲にするなって、さっき来てた人も怒っていったけど……ただそれだけじゃ、早く死ねって言ってるのと同じよ」
 廊下を行きながら、グリンダは問わず語りに語った。
 元々運ばれてきた時点で、レアンは起き上がることもできなかった。そして動けないままに、今に至っている。強いショックを受けていたことも確かだ。そして敵の手に落ちた……と思ったなら、覚悟も決めるだろうし、意地もあるだろう。プライドが、ここまでの彼を支えていた点は否めない。そして人は叱咤されるだけでは、なかなかプライドは捨てられないものだ。
「もうあんまり生きていたくない人にそればっか言っちゃ、逆効果だわ。そりゃね、偉そうなこと言ってたんだからって言うのも、わかるけど。ここに連れて来られたときからやる気満々で、早く回復して逃げようと思ってれば別だけど、そうじゃないわけだから……ね」
 現状で周りを巻き込まないためには、レアン自らこの屋敷から逃亡するか、襲撃の前に死ぬかの二択だ。より現実的で、より安易な選択肢はいずれかと言ったなら……襲撃よりも先に死ね、ということになる。
 むろん、彼……レアンの生存が必須であることを計算に入れれば話は変わってくるわけだが。しかし理由がなんであれ、彼に絶対に生きていなくてはならないと伝えた者は、まだいなかったので。
 レアンはまだ知らぬのだ。いずれかの未来のために、死ぬことさえも許されないということを。
 サウルはなにがしか知っているはずではあるが、死んではならぬと言ったことはないようだ。死ぬ権利もあると言い、だが死を促すことはしない。生きるための支度はしながら、生を強要することはない……それが、公人と私人として彼の折り合いなのかもしれなかった。
 シルフィスは、それを聞きながら考え込んでいた。シルフィスもまた、レアンを焚きつけるつもりで来ていたからだ。だが死を選ぶほうが簡単な解決になる焚きつけ方では、死を促すだけになってしまうと思い直す。
「死んだら駄目だ」
 顰め面のまま、ウォルガは言った。
「俺はレアンを死なせるために行動したんじゃない! それに……奴が死んだらラジェッタが悲しむだろう」
 ウォルガの口からラジェッタの名が出て、シルフィスはハッとウォルガを振り返った。
「そうね」
 グリンダは、それをただ横目に眺めていた。ようやく迷いのない、明瞭な理由で……レアンに死を禁じようという者が来たらしい、と思いながら。
 そうして彼らは台所へ移動し……
 そして二つの鍋を暖め直している間に、屋敷には更にラシーネがやってきた。
 このときの彼らは、かなり長く待たされていたほうだと言えるだろう。
 それだけ長い間、彼らの前にレアンと面会していた者が誰だったかと言えば、“光炎の使い手”ノイマンと“ぐうたら”ナギリエッタ、そしてエリスである。
 正確には、ノイマンの話はすぐに終わって、先に退席している。相変わらずレアンは、聞いているのかいないのかわからない様子で。あまり手応えはなかったようだ。
 ノイマンとしては気に喰わないレアンを一発殴りたいのが、本来の心情だったが……今にも死にそうなほど弱っている者に手を上げる気にはならなかったようだ。代わりに一渇を入れて、それで早々にレアンの横たわる部屋を出て行った。
 同時に案内された中で、残ったナギリエッタの話がえらく長かったのが、次の順番を待つ者たちがひたすら待たされたことの真相だ。
 彼女らがレアンの枕元に立ったとき……エリスが付き合いでついてきただけなのは明らかであったが、エリスの姿にはレアンも少し反応を示した。因縁は深いのだから、それもやむを得まいが。
「先に一つだけ、謝っておくわね」
 ナギリエッタが話を始める前に、エリスは言った。
「手荒な呼び出しかたをして、悪かったわ」
 少しも悪いと思っていないような顔で。レアンはわずかに顔を歪め……それは、苦笑したように見えた。
「あ、あのね……」
 ナギリエッタはそれから、学園の話を始めた。毎日の模擬戦のことや、蒼雪祭のこと。
「カマー教授のことは覚えてる? 温水プールをジャングルにしちゃったことがあったんだょ。虎を元気付けるためだったらしいけど……無茶だょね」
 取りとめのない話は、長く続いた。直接何か強制するなどの手を出さないなら、何をしても止めるつもりはないのか、サウルもただ黙って、その長い時間喋り続けるナギリエッタを見ていた。
「学園て前よりも、自由になってる感じじゃないかな……これって、アルメイスをより良く変えたいって人たちの行動の結果だよね」
 長い長い話がようやく、終わりに近づいたらしい。締めくくりの言葉はこうだった。
「だから……ボクからレアンに、ありがとうって言わせてもらうね。レアンだって、アルメイスを良い方に変えようと思ってたはずだから」
 もう、レアンは喋らないのではなく、喋れないのかもしれないと、このときナギリエッタは思った。
 レアンはただもう開けているのも辛そうな目を、少し細めただけだった。伝わったかもしれないと、思ってもいいだろうかとナギリエッタはエリスを見上げる。
「これで報われた……? もちろん、私が言わせたわけじゃないのはわかるでしょう」
 本気で言っているのよ、この子は、とナギリエッタの視線を受け止めて、エリスが言い足す。
「もう死んでも悔いはない?」
 辛口の言葉に、ナギリエッタのほうがハラハラした。だが、レアンはただ目を閉じただけだ。
「あなたがいた頃の学園は知らないわ。でも、変わったんでしょう。それはあなたにもわかってたはず……認めたくなかっただけでしょう? あなたが不幸だったことも不運だったことも、否定はしないわ。だから私も、迷ったこともあった。でも、あなたの不幸があって、今の学園があるのよ……」
 踏み台にされたことを恨むのか、犠牲を糧に変わったことを善しとするのか……
「たった一人のありがとうじゃ、足りないかしらね」
 レアンの学園への愛憎を清算するには……と。それはもう、つぶやきのようであった。
 そして、二人も部屋を出た。


■想いと務めと■
 ナギリエッタとエリスを玄関に送り出したときに入れ替わりに訪れたもう一人の客人を伴って、サウルは何時間かぶりに応接間へ戻ってきた。
「みんな来とったんか。なんかほんまに、いつもの面子が場所変えただけやな」
「ルオーはんも来たんや」
 キーウィは新しい客人を見て、少し驚いた。だが、来る理由なら、わかっている。一つしかない。
「ラジェッタちゃんのとこへは……」
 疑問があるとするなら、そこだろうか。
「行ってきたで。ラジェッタちゃんも、これから来よるけど」
 ふう、と溜息混じりのルオーの答に、キーウィは飛び上がる。そんなことのないように先にラジェッタのところに立ち寄って、様子を見てきたのにと。どうしても防ぎたかったのなら張り付いていなくてはならなかったのだろうかと、おろおろする。
「ラジェッタちゃんを利用してとかいう人が来たん? そんなん嫌やったのに」
「……それはちゃうから安心しぃ。俺かて、こんな危ないとこ来させとなかったわ。せやけどラジェッタちゃんが、どうしても来るて言いはったんや」
 夕食の時間までに弁当を作って来ると、ルオーは応接間の飾り時計を見る。
「来るのがわかってるなら、待つかい?」
 肩をもみほぐしながら、サウルが言った。本音は、少し休憩したいというところだろう。
「僕もちょっと疲れたし……彼も少し休ませたほうが良いだろうし」
「あら、じゃあ、もう一回鍋を火にかけてきたほうが良さそうね」
 そこで台所から戻ってきたグリンダたちが、戸口のところから声をかけた。サウルは振り返って……少し渋面で、そこと応接間内にいる人数を数える。既に五人だ。待っていれば、まだ増えるかもしれない。
 それはそれで、考えどころではあったけれど。待つのであればとラシーネが言った。
「順番が逆になるけれど……あなたにも聞いておきたいことがあるわ。ラジェッタが来るなら……その前が良いでしょう」
「僕にかい?」
 ラシーネはサウルに問うと言う。それが穏やかな質問ではないように思えて、優真とグリンダはラシーネとサウルの様子を窺った。
「そうよ……あなたは、レアンとエイムさんの過去、そして今に至る経緯を知っていたの?」
「難しい質問だね。知っていたと言えば、知っていたよ」
 ラシーネは、そこで表情を硬くする。
「なら、私はあなたを信用することはできないわね……理由は一つ、あなたは以前、エイムさんを殺そうとしたからよ」
 ラシーネの険しい目に、サウルはわずかに苦笑した。
「うーん……別に君に信用されなくてはいけないこともないが、一応訂正しておこうかな。僕はレアンと『その友人』との経緯は知っていたけど、『その友人』が誰なのかは知らなかった。『その友人』のそれ以前の記録が所属の関係でとても曖昧なものだったのと、研究機関に預かりになったはずの後の記録が、何故か……失われてしまっていたからだ」
 ラシーネは慎重にその話を聞いていた。それは確かにエイムの告白と合致している。
「だから、君が言っているのは、あのエイム氏が銀色のリエラとして暴走していたときのことだと思うけど。あのときは、エイム氏が暴走リエラだということは、僕は知らなかった」
 多分、学園長は知っていただろうが……と、サウルはわずかに頬を歪ませる。無理に笑っているような、そんな印象だった。記録が失われていたのは、学園長が記録を操作したのだろうと匂わしているのだ。
 さてそこで話を終わらせておけば、ラシーネが敵愾心を解いて丸く納まって終わったのだろうが。
 サウルは、さらに続けた。
「もし、あのとき彼が暴走リエラだとわかっていたなら、僕は彼が暴走していない間にとどめを刺しに行っていたよ。無能と蔑まれるのには慣れているが、そこまで頭は悪くないつもりだ」
 知っていたら、御し易い間に確実に殺していた。それはエイムを知り、親しく付き合っていた者には流しきれない発言だろう。
 だが、サウルの立場であれば、それはある意味当然のことだ。
 それを隠すことはしない……隠し事をしないことが、彼の唯一の主義なのだから。
「ラジェッタという彼を自存型リエラに固定できた存在は、本来想定できない要素だ。彼女の存在は帝国の記録上にはないし、なによりあのときの経緯自体が、歴史の表においては初めてのことだったわけだからね。昔も今も変わりはないが、自我を喪失した暴走リエラはそれだけで力なき者にとっては危険な存在で、しかもあのときは……」
 そこで、いったんサウルは言葉を切った。『姫』と呼ばれる、目的のためには罪のない命を巻き添えにすることを厭わぬ存在が、あのときも関わっていた。そして、その存在にはサウルの力も及ばない。あのとき既に、サウルはそれも正直に言っている。
 サウルが『姫』を正しく理解し、被害の拡大を防ぐつもりだったならば、『他に大きな被害が出る前に、狙われている暴走リエラのほうを始末する』のは当然の選択だ。
 それは、ある意味、今と同じだ。被害が出る前に、レアンに死を選ばせることと。
 そこで、シルフィスが疑問の続きを引き取った。これが、シルフィスの行き当たった壁なのだから。
「……レアンは? それならレアンも殺さなくてはいけないのではないの?」
「彼が死んで、それですべてが終わるのならば、僕は迷わないよ。だが、今はそうじゃない。僕が常に望むことは唯一つ、最も被害が少なくなる道だ」
「今の、これが?」
「賭けに負けたら、多分僕も死ぬが。そのときには、後は生き残った人に頑張ってもらうしかない」
「これで、一番被害が少なくなるって言うの? 周りの住人まで巻き込んで」
「住人を逃がすべき義務と権限を持っているのは、僕じゃないんだ。義務を果たすべき者が果たしたなら、それは回避されるはずさ」
 遅くとも、今頃には手を打っているだろうと……サウルは窓の外を見る。
「あっちがサボって間に合わなかったら、一緒に吹っ飛ばされるかもしれないけど……そのときには、僕がやるべきことはやる。殺すべきならば殺す。今はそうでないから、しないだけだ。……それで僕が信用できないと言う人からは、信用されなくていい。恨まれる覚悟もなしに、生きているわけじゃない。そもそも僕は、他人から信用されるような立場ではないから別に……」
 そうして、言葉の応酬がようやく途絶えようとしたときのことだ。
「サウルさん……! どうしてそんなことを言うんですか」
 優真がキッと、サウルを強い視線で見つめていた。
「いつかサウルさんは、レアンさんが一人で戦わなくても良いっておっしゃいましたけど……それはサウルさん自身にも言えるんですよ」
 立場に囚われて、立場に殉じて、その立場のために選択し……それによって孤立も厭わない。己の想いはすべて殺し、ただそこには公人のサウルがいる。
 優真は、どんなにか辛くても、公人で、皇子であり続けようとするサウルが痛ましかった。
「できることがあるなら、私もお手伝いしますから……レアンさんだって、殺したくなんてないのでしょう? なのに殺すなんて、必要ないからしないだけなんて、言っちゃだめです。そんなことを言うと、誤解する人が出るんです。サウルさんは仕方がないからそうするのでも、殺したいんじゃないかって……そんな誤解されることないんです。サウルさんの気持ちも……大切にしていいんですよ」
 優真の言葉に耐えかねたように、ふいとサウルは背を向けた。
「しばらく、ここで休んで待っていてくれ。僕も少し部屋で休む。ラジェッタが来たら、まとめて案内するから……他に来た人がいても待たせておいてくれ」
 そう言って、サウルは応接間を出て行った。

 自室に逃げ込んだサウルを追って、優真とグリンダはその扉をノックした。
 入っていいよ、と聞こえたので優真が扉を押し開けた。サウルは奥のベッドに腰掛けている。
「サウルさん……あんなところでになってしまいましたけど、ずっとお話しようと思っていたんです。皇子様でないサウルさんが、望んでいることがわかったらいいって……思ってました。ルーさんのことも、反乱じゃない別の方法を取ってもらえるなら、なんとかなるかもしれませんよね?」
 サウルはじっと優真の顔を見て……少し皮肉げに微笑った。
「そうだね。罪にならない方法でなら、僕があの子を裁くことはできないな。たとえ僕が、そうしたいと望もうとも」
「サウルさん」
「でも、誰の心も傷つけず、誰の血も流さない、そんな方法はないよ、きっと」
 そんなに優しく、国を変える方法はない。望まぬ者がいる限り、抵抗する者がいる限り。そう言って、サウルは顔を背ける。
「ですけど……あなたが護りたいのは帝国と民、それに帝室であって腐った貴族たちじゃないですわよね? 彼らをこのまま放っておいたら、それこそ国を食いつぶすかもしれないし」
 グリンダが声を潜めるように言う。
「貴族ならば悪人でも許されるとは、もちろん言わない。罪を犯したなら裁かれるべきだ。だが、富める身分に生まれたことは罪にはならないよ。そして、貴族がすべて腐ってるわけでもない。君たちの学友にだって、たくさんいるだろう? この学園にいて、貴族に友達、一人もいないのかい? そんなに貴族、嫌いかい? 彼らが……君たちの友達の誰かがいなくなってもいいのかい?」
 サウルを弁舌で負かすのは、なかなかに難しい。元々、負かされるような立場を取らないように気をつけているからだ。
「そういう人たちも、いやがおうにも巻き込まれるのさ。望む者も望まぬ者も、皆だ」
 おそらくは普段から無意識に、そうする習慣が身についているのだろう。
「本当にそうかしら? あなたとルーが協力なさるなら、強引な革命をして無駄な血を流さないでも、現状を改革することはできるんじゃないですかしら?」
 グリンダは囁くように言った。それは、そそのかすようにも聞こえた。
「協力? ルーがそんなことを考えるとは思えないが……そして今のままのあの子に、ただ僕が協力するなんてことはありえないよ。それはわかって言っているんだね?」
 ルーが妥協しないのなら、これは現実的な話にはならない。サウルにとってはけして……ルーは、ただ愛しいだけの妹ではないのだから。
 そこには愛もあるだろうか。だがそれ以上に、嫉妬という名の憎悪もある。サウルには望んでも得られぬ力と生きる道を、労なく持って生まれた妹に。それを、破壊を伴うやり方で、捨て去ろうという妹に。であれば……他のすべてを犠牲にしても、助けたいという相手にはなりえない。
「でも、ルーさんが考えを変えたら……? もっと穏やかな方法でなら」
 優真は再び、それを繰り返した。
 サウルは溜息を吐く。
「もし、あの子が危険な考えを捨てて……急ぐことを止めるなら、僕も考えよう。そうだね、たとえばルーが皇帝になると言うのなら、協力してもいいさ。もちろん……今の皇帝をどうにかするような、荒っぽい方法ではなくね」
 それが、サウルにとっての最大の譲歩なのだろう。
 革命が起これば、サウル自身を含む帝室の者たちも、多くの貴族も、平民の富裕層も……おそらく、その命は保障されない。革命を起こす側だって無傷では済まない。なにしろ帝国の貴族とは、すなわち先祖伝来のフューリアの家系なのだから。出生率が減ったと言っても、やはり貴族にはフューリアが多いのだ。
 フューリアを二分し、さらに人造フューリア……エイリアを加えた戦い。こう言われてなお、穏やかなものが想定できる者はいるまい。いたとしたら、相当におめでたい考えの持ち主に違いない。
 そんなことには当然、サウルは協力できるはずがない。サウルが協力するとしたなら……いかなる戦いも前提にないことが、必須となる。
「僕の主君は帝国であり、帝国臣民であり、皇帝だ。皇帝の命ならば、是非もないさ。暴君となれば別だけど、国のためになることならば、好きに改革するがいい。国内を混乱させないのなら、皇帝になったその後でなら、帝政を止めたって……」
 いつのまにか真剣な顔つきになっていたサウルは、そこでふと思い出したように力を抜いた。皮肉げな笑みが戻ってくる。
「でも、僕からそんなことを言っても、信じるとも思えないしね。僕があの子なら、信じない。まあ、そもそもこんな話でいいのなら、革命なんて一足飛びのことを考えやしないさ。だから、あの子が僕にそんな妥協をしてくるとも思えないよ」
「そうでしょうか……? わたしはわがままで欲張りなんです。なんとかなるなら……そうしたい」
 優真は、真剣な顔を崩さない。
 だがここでどれだけ話していようと、どうにかなるものではない。妥協とは、お互いに認めあわなくてはならないのだ。
「ルーに、お会いにはならないの?」
 グリンダはサウルにルーと会って話すべきだと、食い下がる。
「僕は立場上ここを離れられないし、ただ僕があの子を呼び出したって来やしないよ。ただのお茶会にすら、顔を出すのを嫌がるくらいだよ? 罠だと思われるのがおちさ」
 それに、サウルは肩をすくめた。ありえない仮定だと言わんばかりに。
「ルーから、会いに来たら?」
 ありえるとしたら、その可能性だけ。
 そこで、サウルはかすかに笑った。その可能性だけは……あるのだ。ここにルーが来なくてはならない理由が。
 アルメイスを、学園を、生徒たちを、そして自らを守るためにも……まず、レアンに死なれては困るはずで。それはわかっているはずなのだ。ルーも、サウルも。
 駆け引きは、そこにある。
「追い返すようなことはしないよ。あの子を物理的に捕まえておくことなんてできやしないから、安心するがいいさ」
 安心して、務めを果たすがいい、と。
 サウルは嘯いた。


■務めと願いと■
「エリス、行っちゃぅの?」
 サウルの屋敷から出た後、エリスはナギリエッタと別れてどこかへ行こうとした。どこへ行くかは言わないままに。だが、ナギリエッタが憶えているならば、行き先はわかるはずだった……ずっと用があると、探していると言ってもいた。
 ナギリエッタは、そのことを忘れていたのかもしれない。
「ボクは姫様がここに来たときのために、まだ、ここにいょうと思うんだけど」
 ナギリエッタがここで『襲撃者』を待つつもりであることは、前からエリスにも言っている。それでもあえて、行こうというのなら……止められないだろうかと、ナギリエッタは思った。
 その願いを、わかっていたなら、やはり止めたかもしれないが。
 ナギリエッタがここに残るからこそ、エリスは迷いなく行くことを選んだのだから。
 襲撃を事前に食い止められる、もう一つの選択肢を選ぶために。
 それは、フランのところへ行くことだ。
 フランを殺すために。
 レアンを守るという願いを果たすために、ルーとの約束を守るために、ナギリエッタを戦いから遠ざけるために。
 エリスにとっての最良の選択肢は、その他にはない。そうは言わなくとも。
 フランに手を下すことは最後に回してもいい言ったけれど、それは、しないことにしたというわけではない。保留にしただけのことだ。そして最後とは、すべてが終わった後のことではない。すべてが終わる、直前のことだ。
 ならばそのときは、もう来ている。
 選ぶべき時は。
「どこへ行ったんだ?」
 エリスが行ってしまった後、同じように屋敷の回りに残っていたノイマンが、ナギリエッタに近づいてきて訊ねた。何かを察するところはあったのかもしれない。
「……わかんなぃ」
 言い知れぬ不安を胸に、ナギリエッタは呟きで答えた。

 エリスが行ってしまってから、しばらくして……
 突然、サウルの屋敷の近くの建物が半壊した。
 少しの間近隣の家々では何ごとかと騒ぎになったが、事前にテロリストの襲撃の情報が入ったので避難をと双樹会の使いの者と言う者たちが戸別に回っていたため、大きな混乱は起こらなかった。
 その夜までには付近一帯の住民は学生寮や街の逆側、近くに親戚がいる者はそちらへと避難を終え、すっかりサウルの屋敷の周辺には人気がなくなっていた。周辺を歩いているのは、アルメイスの学生服ばかりであった。

 それよりも前の話である。
「さて、どのようなものでござるかな」
 破壊は遠からずある。それがわかっていながら、手を打たぬ道理はない。“深藍の冬凪”柊 細雪は、思いついた案を言い並べていく。だが、どこかに難のあるものばかりだった。
「それほどに難しく考えることはないと思うのじゃがのう」
 “探求者”ミリーが、苦笑いを浮かべて言う。会長室にはマイヤを囲むように、この対策のために集まった者が顔をそろえていた。他には“風曲の紡ぎ手”セラ、“抗う者”アルスキール、“天津風”リーヴァ、そして“闇司祭”アベル。
 細雪が言った中に「はぐれリエラが破壊活動をしていることにする」というものがあった。少しだけ破壊活動をすること自体は、そこに集まった者のほとんどに共通した意見だった。それにはより常識的であったセラとアルスキールが、いささかの難色を示したが、効果の程にあるとなしの差があることは疑いないとは認めざるをえない。
 ただ、はぐれリエラの出現で、過去に大規模な避難勧告が出たことはアルメイスではない。ある意味、それが一番現実に近いのかもしれなかったが。
 セラ、アルスキール、アベル、リーヴァの四人は、それをテロリストに置き換えた提案をしている。
「汚れ仕事は必要になるがな」
 そう言ったアベルはサウルにも同様の提案はしてきたが、そこではマイヤのところにいくのは止めないと言われただけだった。まあサウルは、そういうことがあるということだけを知っていれば良いので、それはそれでとこちらに出向いてきた次第である。予想外なことがあったとするなら、同じことを考えていた者の、この人数の多さだろう。
 アベルの言う汚れ仕事というのは、破壊活動そのものだ。だが……
「すべては拙者の手で」
 細雪はすでに覚悟を決めた様子で、居住まいを正す。
「そう力まんでも。わしも手伝うぞ。建造物破壊なら、割と慣れておる」
 ミリーが落ち着いて考えれば物騒なことを言いながら、細雪の背中を叩き、緊張を解くように言った。そんなわけで、それは細雪とミリーが自らの手でと申し出たので、そこに落ち着くようだった。
「では……お二人にお任せしましょうか。新聞屋さんや、野次馬が近づかないように上手く誘導する必要がありますわね。……これには、アルフレッド様のお力をお借りしたいと思っておりますわ」
 セラの言葉に、今まで黙って話を聞いていたマイヤが表情を動かした。
「アレフ君が協力してくれると?」
「いいえ……まだ、お話に行ってはおりませんが」
「そうですか……」
 マイヤは考え込んだ。もう、黙っているタイミングではなくなったというのはあるだろうか。
「少々荒っぽいですが、やむをえないでしょうね……では、お願いします。僕は退避のほうで……セラ君、アルスキール君らと活動しましょう。他に手伝ってもらえそうな人がいれば声もかけて」
「捕らえたテロリストの仲間が報復で、という言い訳でいいんですね」
 アルスキールが確認し、マイヤはうなずいた。
 そのような話に決まったのが、実際に行われるよりも数日前の話だ。
 その間に準備を終える必要があって、セラは協力を仰ぐために寮長を訪ねていった。
 そこには二人の先客がいた。先に話をしていたのは、“旋律の”プラチナムだ。“鍛冶職人”サワノバは、それが終わるのを待っているようだった。
「ティベロンを得たときのことをお聞きしたいのですが……」
 プラチナムは寮長にそんな質問をしていた。
「……突然だったよ。だが、それは変わったことではないと思う」
 特に寮長は、ティベロンを得ることを望んではいなかったようだ。前兆はあったのかもしれないが、気がつかなかったという。まさに勝手に選ばれたという感が強いようだった。
「ただ、その前に私にはパートナーたるリエラがいたが、それがどうなったのかはわからない。それきり交信はできなくなった」
 元のリエラは自存型ではなかった、とのことだ。
 プラチナムの話が終わると、セラは先に待っていたサワノバに、当然のように先を勧める。誰かと一緒で話しにくいというわけではないが……迂闊な者の耳に入ることは避けたいことでもある。
「さての……良いかの? わしの話は長くなりそうじゃが」
「困るほどでしたら、途中で譲っていただきますわ」
「そうか。では……アレフ殿。本気で動かぬつもりじゃろうか」
「何に……かな」
 この期に及んでしらばっくれるかとサワノバは思ったが……実際に、すべてを誰もが知っているわけではない。サワノバ自身も知らぬことはたくさんあるし、察してはいても確認できてないことも多い。アルフレッドが本当に知らないのか、知っていながらそう言っているのかも、やはりわからないことではあった。そこを決め付けて動いてしまうのは、心の幼い者たちと同じ短慮というものだ。
「ふむ……確かに、どこまで知っておられるかは不明じゃがの。四大リエラの主たちが、理を犯しておる……それはわかっておるのではないかの。それが眠れる者を呼び覚まし、危険を招くということも」
 アルフレッドは目を伏せた。それを肯定するかのように。
「大地の理は動かぬこと。それも一理じゃが……ティベロンが今、女性の姿で現れるのは、大地の持つ包容力や再生力を世界が欲しているからではないじゃろうか」
 しかし、とアルフレッドは言い、そこで黙り込んだ。
「己の理を守ることは大事じゃが、他の者を修正してやることも必要じゃろうて。激流に溺れる者を助けるためにも、力を貸してもらいたいんじゃ」
「……誰を助けたいんだい?」
「フラン嬢ちゃんじゃよ」
 当然のことのように、サワノバは答えた。
「そのために、理を整え直さなくてはならん。アレフ殿だけが理を守り続けても足りぬのじゃよ。他の者の理を、正さねば」
「それは、おそらく私には無理だ」
 その答に、サワノバは眉をひそめる。
「やる前から諦めるのは……」
「正直に言えば、誰に対しても、何を正しいとするのが良いのかがわからない」
 自分にわからないことを、他人に説得することはできない。それは、それが正しいと強く信じている者がしなくてはならないことなのだろう。
「そんな……無理を申し上げるのは良くありませんわ」
 そこでセラも助け舟を出した。
「でも、直接に関わらないことでしたら……お力を貸してはいただけませんか?」
 続けて、セラは微笑む。力を借りに来たのは、同じことだ。
「直接関わらないこと?」
「街の一角の住民の皆様に、避難していただくのですわ。手早く混乱を起こさずに誘導するためには、人手が必要ですの」
 それが有能な人材であれば、もっと良いと。

 ラジェッタがスルーティアに連れられてサウルの屋敷に着いたとき、もうガス灯に火が入る時刻だったが、辺りは少し騒然としていた。身支度をした住人たちが、どこかへ移動していく。角に、住人を誘導する学生服の姿も見かけた。
 そんな様子をきょろきょろと見ながら、サウルの屋敷の玄関の前に立つ。その屋敷は周辺の騒がしさと打って変わって、悠然と構えているように思えた。
「すみませーん……」
 スルーティアが玄関のベルを鳴らし、奥へ声をかける。
「お待ちしていたよ、中へどうぞ」
 しばらく待つと扉が開いて、中からサウルが出てきた。
「あの、この周りの家の人たちは」
「避難するように双樹会から命令が出たみたいだよ。昼間、近くの家が崩れたからね……テロリストの仲間の報復があるかもしれないからってね」
「ええ! ……大丈夫なのかな」
 スルーティアは、後ろを振り返るように気にする。
「大丈夫だと思うよ……壊れたのは誰もいない家だったみたいだし。それに、今逃げるのは、間違いなく良いことだと思うしね。僕はここから離れられないが……」
 とにかく、来るとルオーから聞いたので待っていたのだと、サウルは言った。
「皆待ってるよ。これ以上遅くなるなら、二組に分けないといけないかもしれないと思ってたところだ」
 二組? とスルーティアは首をかしげたが、その意味は応接間に通されて、すぐわかった。
 そこには先にいた者たちに加え、“蒼空の黔鎧”ソウマ、“静なる護り手”リュートの二人が増えていたからだ。正確には自存型のリエラを連れている者もいるので、実際の数はもっと多い。
 サウルは立ち会うはずだし、サウルの護衛みたいな人もいるはずだ、と思うと、スルーティアはこんな数なら二組に分けるのは自然かもしれないと思う。
「分けるの?」
「いいや、このくらいなら部屋に入るだろう。あまり遅くなるのもなんだしね」
 ウォルガとシルフィスが三度暖めなおした鍋を持って、階段を登る。スルーティアもラジェッタと一緒に作った弁当を抱えている。
「今回は時間がかかるだろうから、君も少し休んでいるといい」
 廊下にまだ立っていたクレイにサウルはそう声をかけ、部屋に入った。
「起きてるかい?」
 その後ろから学生たちが続き、広い部屋もさすがに一杯になった。椅子は足りないので、皆立っている。食べ物などは、ベッドサイドのワゴンに置かれる。
 その人の群れの中から、ラジェッタが自ら人をかきわけるように前に出た。それを押し戻すような者はおらず、一番前にラジェッタが出る。
「おじちゃん、だいじょうぶ?」
 背伸びして、覗き込んで、そう訊く。
「……レアン、ラジェッタちゃんのためにも、このまま死ぬことは絶対許さへんで!」
 ルオーが厳しい顔で言う。
「そうだ。あんたに死なれるとラジェッタが悲しむだろう? 俺だって……あんたを死なせるために、あんなお膳立てをしたんじゃないんだ!」
 ウォルガも吼えた。
 やつれたレアンはわずかに顔を動かしたが、それ以上は動けないのか、それは本当にわずかなものだった。
「ああ、待ってください」
 リュートがそれを見かねて、その間に割って入るように、前に出る。
「その前に……僕にレアンさんを回復させてくださいませんか」
 サウルは少し考え込んでから、それを許可した。
「いいでしょう。ただし、僕も交信を上げるけど、それは構わないね?」
 リエラとの交信を上げるということは、武器を持つのと同じことだ。リュートには危険なことをするつもりはないので、問題ないとうなずく。
 自存型が一緒にいる以上、今までもサウルは当然即座に交信状態を上げきれるようにしていたようで、それはすぐのことだった。
 それを待って、リュートはあらかじめ食べ物を十分に与えてご機嫌を取っておいたリエラのティスを近づける。
「治しますね……損傷している部分は癒せても、消耗の回復は大したことないのですが……」
 基本的にはリエラの能力での治癒は、組織が傷ついている部分を回復させるだけだ。
 ……だが、実はレアンのダメージの半分弱は、アルムの攻撃で入っている。元の威力の大きさもあるが、攻撃そのものが空間を挟んだ副次的なもの、ある意味空間の異変に巻き込まれた事故のようなもの……であったために、返るべき衝撃も直接返って来なかったというわけである。
 エリス自身はレアンが傷つき、またおそらく直接自分に跳ね返らぬことまでわかって行ったのかもしれないが、他の者は知らなかった。だからなのか、レアンもこれについて恨み言などは言わなかったが……
 目には見えない損傷の回復は必要だった、というわけだ。体力が落ちていることについては、栄養補給で回復させるしかない。だが最初から食べていたならばともかく、ここまで衰えてしまっては、まず栄養を摂れる体にまで回復させる必要が必要があったのだ。
 ティスの力で癒されても、見た目の上ではレアンに変わりはなかったが。
「少しは、よくなりましたか?」
「……ああ、少し……楽になった」
 サウルが少し目を見開いた。レアンが、ちゃんと返事をしたことに驚いたのだ。もう声を出すのも億劫になっていただろうというのもあったので、回復の効果はあったようだ。
「良かった」
 リュートもだが、スルーティアもほっとする。
「次……わたしいいかな? わ……わたしね、レアンさんにお礼を言いに来たんだよ。助けてくれて……ありがとう。あのとき、レアンさんとエイムさんとラジェッタちゃんがいてくれたから……わたしたち、ここにいられるんだよね。ラジェッタちゃんとお弁当も作ってきたんだ。食べれなくても……受け取ってくれないかな?」
 ラジェッタがお弁当箱を差し出す。弱った体では、弁当のようなものは食べることはできないだろうが……
 少しの間をおいて、レアンはうなずいた。
 それが食べるという意思表示なら、と、他の者もざわめく。だが、食べる気はなく、受け取っただけかもしれないとも思えたが。
 ラジェッタはただ笑顔で、お弁当箱を枕元に置く。
「あ……ありがとう……! あのね、もう一つお願いがあるんだ……わたしたちに力を貸して。今のアルメイスに何が起こってるのかわからないけど……レアンさんは犯罪者なのかもしれないけど」
 わからないことはわからないと、そしてレアンの罪も踏まえた上で、スルーティアは純粋にレアンに助力を願った。そこに駆け引きはない。ただの願いだ。
「レアンさんはわたしたちを守ってくれて……わたしたちに必要な人なんだと思う。今のままじゃ、自分たちの力だけじゃ大切な人も守りきれないかもしれない……! 少なくとも……ラジェちゃんの支えになって」
 いきなり支えになっていた人が二人ともいなくなるなんて、考えられないと。
 キーウィもまた、そこに続いた。
「……アルメイスにラジェッタちゃんを連れてきたときのこと、憶えてはる? おじちゃんはラジェッタちゃんに『おまえが強くなったとき、まだ俺と来たいのなら来るがいい』って言ったんや。あれって、死ぬからラジェッタちゃんにも死んでくれって意味やないやろ?」
 ラジェッタを置いて逝かれては困るのだと、キーウィも言う。
 レアンにとっても、それは弱みなのかもしれない。いくらかの者は察していることだが、レアンは情と義理に厚い。残酷なように見せかけても、冷たくはなりきれない。情に押し流すような話に弱いことは、想像に難くなかった。
「せやから……おじちゃんは、約束を守るためにもラジェッタちゃんが強くなるまで生きんとあかんのやで」
 口々にそう言われたからか、レアンは困ったような表情を見せていた。その表情の動きも、今までにはなかったものだ。
「今……あんたが死んでも、あの亡霊が喜ぶだけだ。生きてて欲しい者がこれだけいることを忘れないでくれ」
 ウォルガは、姫が高笑いするような姿を思い浮かべて歯軋りした。
「その亡霊に呪われた少女が、このまま救われないのはどうなんだ!? おまえが死ねば、彼女も救われないままだ!」
 ソウマも叫ぶ。
 ああ……と、呻くような声がレアンの口から漏れる。
 それが何の意思表示なのかと、周りの者たちも息を飲んで見つめた。
「お粥、冷めちゃうわね。また暖めなおしてきましょうか?」
 グリンダが、鍋に触れて温度を確かめる。
 だが……
「そのままで……いい」
 ざわめきが大きくなった。食べる気になったのだと。
「いや……水を……」
 グリンダは水差しを取り、少し手にとって舐め、それから吸い口をレアンの口元に寄せた。
 ゆっくりながら、水が減る。
 損傷していた部分が回復したことによって、生への渇望が高まったのかもしれない。
「……おまえたちは俺に生きろと言うが……どの道、俺は反逆者だ……」
 そして、口を離すと喋りだした。先ほどよりも、少し滑舌は良くなったようだった。
「かつては濡れ衣だったと俺は思うが……やつらにしてみれば、やっぱり反逆だったんだろう……逆らうことに変わりはないと……その後からは……」
 反逆は真実に変わった。レイドベック公国に付いて、その手先として働いたことは事実として消えない。
「……過去は、償うことができます。生きることで」
 優真は微笑んで、そう言ってサウルを見た。
「レアンさんのこと……許さないと言う人もいるかもしれませんけど。サウルさんは、きっと悪いようにはしないと思います。レアンさんが、それしか選べなかったことをわかっているから……」
 生も死も、レアンが選ぶのを、ずっと待っていたのだと。
「すべてをなかったことにはできないし、約束もできないが。まあ、希望に沿える形になるように、僕にできる範囲で努力しよう」
 過去にも、犯人との取引には前例がある。もっと大きな犯罪を裁くための証人になることで、犯罪者の罪を軽減するような例が。司法が厳格ではないことは、時に悪くもなり、良くもなる。
「そもそも僕は、君の知る帝国の罪も明るみに出したい。過去を清算するべきだと思ってる。この先、帝国がどこへ行くにしても。公の場で、その証言をしてくれるなら……」
 シルフィスはサウルの顔を見つめた。確認するように、呟く。
「あなたが、潰してくれるの?」
 レアンが反逆した理由となった物を。今も、違う形で続いているかもしれないことを。
「絶対必要だとは思えないしね。危なくない研究だってあるわけだから、僕としては、そっちを優先してほしいもんだね。無理する意味は感じない……そのときには、彼の協力はもちろん、彼に生きることを求めた君たちの協力も要るかもしれない。よろしく頼むよ。誰も支持者のいない話を実現できるほどの力は、僕にはない」
 世論の後押しが要るのだと……静かに、だが周囲にいる者のすべてに聞こえるように言った。
 部屋がいったん、静かになった。優真はそこで、水差しを取った。水を替えて来ると言って、部屋を出て行く。
 急ぐべき話が終わったことを、誰もが察していた。
「粥……食えるか? 寝たままで」
 まだ起こすことはできないかもしれないと、ウォルガは鍋を引き寄せながら言った。その手をいったんグリンダが止めて、鍋からもっさりした粥を一口、口に運ぶ。
 それから、少しだけレアンは粥とシチューを食べて……

 レアンの食事を見届けて、ラジェッタや、すぐに用のない者は帰ることとなった。外や屋敷で警戒しようという者も、部屋から出て行く。
 大勢いたときよりは、ずっと数が減った。だが、残った者もいた。
 ラシーネは、すべてが落ち着いたなら一緒にお母さんのところへ行って、エイムのお墓を作ろうとラジェッタに言って……まだ、その場に残った。
 その約束が現実的でないことはラジェッタにもわかっていたのかもしれないが、ただ笑って答えていた。
「私、あなたに聞いてほしいことがあるの」
 長い話になるから、と、残ったラシーネはレアンに言う。
 話をするのは、ラジェッタがいなくなるのを待っていた。それはエイムが、ラジェッタには聞かせなかった話なのだから。
「エイムさんから聞いたことよ。以前から……亡くなる直前までに、聞いたこと。あなたも知っているかもしれないけど、聞いてちょうだい……私には、もうこれぐらいしかできないから」
 そこから、また長い話が始まる。レアンの返事を求めることもなく、滔々とラシーネは語った。
 部屋に残ったのは、ラシーネの他にグリンダとシルフィス、そして泊り込むことを主張したルオーとソウマ……サウルは帰る者を見送って、戻ってくるはずだった。
 それは少し遅くなり……戻ってきたときには、新しい客を二人連れていた。
 正確には新しい客は一人。“翔ける者”アトリーズだ。もう一人は仕事を終えて戻ってきたアベル。そのときには、ラシーネの話は終わりかけていた。
「あなたも見た深淵には、何があるのかしら……」
 エイムが残した最期の言葉は、深淵への拒絶。
「気になる話をしてるね」
 入ってきたアトリーズは、自然にそこに割り込んできた。
「でも、俺が聞きたい話とはちょっと違うかな……まあ、続けて。終わったら、代わってくれればいいや」
 そう言って、アトリーズはマイペースに椅子を引いた。
「もう終わるわ。ただ、私が勝手に話していただけだもの」
 ラシーネは立ち上がる。その背を追うように、レアンは呟いた。
「深淵には、何もなくて……すべてがある」
 ラシーネには振り返った。
「……どっちなの?」
「さあな……俺も、覗き見ただけだ……入口で捕まりそうになったからな」
「捕まる?」
「……奔放なる者……パティアに、だ。……あれは深淵に棲む化け物だ。……あれは、始祖とか言うものじゃ、もうない。世界に溶けた、人のエゴの亡霊だ……」
 深淵には『知識』という名の、人の知る時のすべてがある。過去も、未来も。だが切り離すことのできない化け物も棲んでいる。捕まれば、喰われて溶けて、その一部になる。己が己でなくなり、後には何も残らない。
 奔放なる者。それは与えられた名。……その化け物の真の名は……
「……エイムさんは、溶けてしまったの?」
 もう、ラシーネのその問いにはレアンは答えなかった。
「そこから戻ってこれた、それがキミの特別なところかい? キミは完全にアークシェイルを制御しているということなのか?」
 アトリーズはこれが機会と見て、自分の疑問をぶつける。
「四大の誰でもなく、キミが狙われたのは」
「……そんなことはない」
 だが、答は端的だった。
「じゃあ、何故? 他の四大の使い手は狙われなくて、キミだけが狙われるのはおかしくないかい?」
「アークシェイルを支配しようとしたのは事実だが……叶わなかった。……その結果どうなっていたかは、知っているんじゃないのか……? ただ」
「ただ?」
「……俺は深くまで、アークシェイルに溶けていた。俺は今、人に戻ったようだが……死ぬときには、再び深淵に引きずられるかもしれない。それが狙いなのかもしれないな」
 レアンごと、アークシェイルを喰うために。その支配下に、自分の枠から出ている理をおさめるために。
「それでも、死ぬつもりだったのかい……? 世界を見捨てて?」
「俺にだって……死にたいことだってあるさ。死なないと詫びられない奴がいたからな」
 ラシーネは、そういうレアンを怒る気にはなれなかった。レアンも、深淵に溶けた姿を、部屋の隅に見ていただろう。それが別人であることも、おそらく気づいていただろう。
 溶けてなくなってしまったのなら、死んで会いに行く必要もなくなったのかもしれない。
 アトリーズの問いは、まだ少し続いた。
「四大リエラは、他のリエラと違いすぎる。あれはなんなんだ? 得て与えられるものは力や知識とは違う。一つの大きな意志を与えられるみたいだ」
「……さあな。意志が与えられるなら、俺の意志はどこに行くんだ。それなら、あの化け物に喰われるのと変わらない……」
 そう言って、レアンは目を閉じた。
「……変わらないのかもしれないがな。何か、と問うのなら、あれは深淵ではないところに起源を持つリエラだ……深淵よりも深き淵」
 そこでふと、ラシーネに疑問が浮かぶ。昔、こんな話をエイムとしたなら、必ず気分が悪くなったものだった。
「……あなたの話を聞いても、気分が悪くならないのは何故かしら?」
「……それは、おまえの無意識が知っているからだ。自分にとって危険な話と、危険でない話が何なのか……」
 アークシェイルは、おまえを喰いはしないだろう、と。


 その夜、中途半端な回復で少し喋りすぎたようだったが、その日以降レアンは少しずつ快方に向かっていった。
 来るべき時は……まだのようだったが。


■運命の満ち引き■
 アルメイスタイムズ社のロバートは、さすがに今は持ち込みのネタには対応できないと言って“冒険BOY”テムを追い返していた。
 手は足りていない。だが、他人に預けられるほど簡単な取材でもなかった。だから“憂鬱な策士”フィリップのアルバイト希望は迷いどころだった。
「じゃ、留守番して、広告の整理でもしててくれるか」
 フィリップは取材希望だったが、素人にスクープネタの取材を単独で預けるベテラン記者はいないだろう。やってもらうなら、誰にでもできるところからだ。残念ながらフィリップは思う通りにならないどころか、必要以上に拘束される羽目となったわけだった。
 逆にこれでロバートは、多少の時間の自由を得ることができた。外へ出ていられる時間が延びた分だけ、能力開発研究所の近くにいる時間も増えていた。
 出入りする人間をこっそりとチェックし、誰彼構わず……ではなかったが、そのうちの何人か、特に学生でも研究者でもなさそうな人物を引き止めては聞き込みを行っていた。
「さぁ? そぅ言ぅ実験に必要な人材って、スラムから調達するのかな? でもエリスは学園に協力的だし、今は人の道に反する実験は行われてなぃんじゃなぃ? スラムで聞き込みとかしてみたら?」
 そのうちの一人が、そんなことを言っていた。今はないということは、昔はあったということなのかと突っ込んで聞くと、それにはよく知らないがあったらしいよ、と答える。
 また、ロバートは逆にそこでエリスの名前が出てきたことに興味を持った。関係なければ名前も出まいし、四大リエラの主の一人の話は嗜み的にロバートも知っていたが、学園に協力的であるという話はよく知らなかった。帝都のスラムに行ってみることは、検討してみるべきかもしれないと考える。
 昔あったというだけでも、十分に記事にはなる。今あるか否かは、今出入りしている一人の情報からは決められない。もっと情報が必要だ。
 その女性はよく喋ってくれると思って、ロバートはもう一つのネタも振ってみた。
「ぇ、レアンの事? レアンのテロって学園で昔あった非人道的な実験のせぃらしぃね? 反逆者って言われてるけど、優しぃ人かもね」
 ほう、と唸りつつ、ロバートはそのコメントを取材帳にメモした。どうやらこの二点は繋がっているらしい。とすれば、記事に対して圧力をかけ、また情報をリークしてきた者の意図も多少は見えてくる気がした。非道な国家の実験と悲劇のテロリスト……これならば、二つを無理なく記事にできるだろう。そして記事にするなら、今、それがどのような形になっているかも必要だ……
 そんな取材の帰りだった。
 ロバートは人通りの少ない路地で、暴漢に襲われた。
 意識を失って倒れているところを、通りすがりの者に発見されて病院に運ばれたのである。
 命に関わりかねないほどのかなりの重傷で、しばらくは意識も戻らなかった。意識が戻ってからも療養が必要で、回復までは取材も中途で止まることとなった。
 犯人は後ろから一撃で、その顔はロバートは見ていない。目撃者もいなかった。そして、彼の持ち物からは取材帳がなくなっていたという……


 アリーナは先日派手に破壊された部分も、もうほとんどわからないほどまでに復旧していた。そんないつものアリーナで、クレアと“緑の涼風”シーナが模擬戦の仕切り直しを終えたころ、他所で一仕事終えたリーヴァと“笑う道化”ラックもそこに戻ってきた。
「どっちが勝ったんや?」
「え……」
 観客席の一番前にいたルーのところまで来て、ラックがそう聞いたが。ルーは試合中はずっと上の空で、市街地の方を気にしていた。なのでラックの問いに急には答えられず、言葉に詰まる。
「シーナだよ!」
 ルーが答えられずに黙っている間に、下から走って観客席まで上がってきたクレアが代わりに答えた。
「負けちゃった」
 明るく照れたようにクレアは頭を掻く。
 その後ろから、勝ったシーナも上がってきた。
 それを振り返りながらも、リーヴァはルーに近づいて、手伝ってきたサウルの屋敷周りの避難の話をする。
「避難もおおむね終わった。ショーゼル街でサウルの屋敷以外に人は……アルメイスの学生くらいしかいない」
 逆に言えば、あちこちに学生の姿は散見できる。先日あまりにも多くの目にさらされた以上、襲撃者の存在は隠しようもない。必ず来る、そう思い、サウルの屋敷の中で粘るだけでなく、その周りにも待ち構えている者がたくさんいるのだ。
 そんな者たちにもリーヴァは、「レアンを襲撃に現れるであろう“奔放なる者”に対しては、四大リエラの加護のない者は無力であるから立ち去るように」と警告を置いてきたが、それに従う者はほとんどいなかった。
 リーヴァにしてみれば、いざというときに四大リエラの主……ぶっちゃけてルーの足手まといになるような者に、近くをうろうろしていてほしくないのだが。本人は覚悟が決まっているつもりでも、ルーがそれを容赦なく見捨てられるとは限らない。いや、見捨てられない可能性も高い気が、リーヴァはしていた。見捨てられなければどうなるか、と言ったなら……先日のアリーナの繰り返しになりかねない。
 それでも、抜かすことのできないものもあるわけで。
「さて……そちらも終わったのなら、クレア君、レアンに逢いに行かないか?」
 リーヴァが言った。先日から意見を翻したことになるが、済ませるものはさっさと済ませたいというところだろうか。
 明るくシーナと模擬戦のときのことを話していたクレアの表情が、リーヴァのその一言でキッと引き締まった。
「うん、行く」
 そして、答えに迷いはなかった。
「クレア」
 ルーの表情もそこで険しくなる。
 レアンのところに行くことは、ただそれだけで危険を伴うのだ。仮に襲撃に遭遇しなくても。レアンがまだ動けないと言っても……安心はできない。今までが今までだったのだから。
「クレアさん、わたしも一緒に行くわね」
 だが、シーナもクレアを止めることはなく、ルーの旗色は悪かった。
「わたし、まだ本当のところはよくわからないけど……クレアさんだけを、危ないところには行かせられないもの」
 周囲ももう理解しているけれど、クレア自身がレアンと会うことを望んでいるのだ。探して探して、ようやくちゃんと向かい合える機会が訪れたのだ。
 唇を噛んでうつむくルーの肩を、ラックが叩く。
「クレアだけ、行かせるわけにいかへんやろ? フランのことだってあるし、サウルんとこに行かずに済ませるのは無理やで」
「…………」
 ルーは黙っている。
 自分が近くまで行くのは構わないのだろうが、屋敷の中まで入ることに抵抗があるのだ。
 サウルの目的が何であるか、耳には入っているのだろうから……だが、ラックはあえて、サウルに会うことを勧めた……声を落として、囁くように。
「大体は聞いたんやけどね、もしサウルと協力できたらどないやろ?」
 ラックに向かってわずかに顔を上げ、ルーはかすかに顔を顰めた。考えられない、という顔だろうか。
「ボクはクレアの意思を尊重したいんや。だから、君をできるだけ助ける。それが、クレアの願いへの近道やと思うからね……」
 ルーに力を貸すけれど、それはルーのためではない。その言葉に、ルーの顔も引き締まる。ラックが見た目通りの甘い少年ではないことは、ルーも知っている。
「ルーの目的がボクの考えてるのなら、サウルと協力することも不可能やないと思うんや。彼が護りたいもんは帝国と王室みたいやしね……クレアを護るためにも会ったほうがええと思うよ」
 ルーが目的のために貴族と名のつくすべてを切り捨てようと言うように、サウルも護るべきもののために切り捨ててくるものがある。それはルーが抱え込む実験の被験者たちだ。それは反逆を知りながら加担する者として扱われるだろう。クレアはその筆頭となる……仮にそうでなかったとしても、言い訳は効きにくい。これだけ、ルーと共にいたのだから。
「協力なんて……あの人は私を……阻止するために来たのよ」
「せやけどね……どうしても妥協はできへんの?」
「何を妥協するの……? 誰もが同じ力を持てたなら、少なくとも力のあるなしでの差はなくなるわ。エリアに生まれた者は、望んでエリアに生まれたわけじゃない。貴族はただ貴族に生まれただけで、支配者としての特典を享受できるのに。私は……今みたいなどうにもならない差をなくしたいだけ」
 誰もが平等に。それが目指すところではあるのだろうが……リーヴァやラックにだって、それが理想論であることはわかる。仮にルーの願いが実現したとしても、そこが完全に平等な世界にはならないことも。今、フューリアの中でも差はある。純粋な強さや能力。四大リエラとそうでないリエラ、あるいは自存型と非自存型。そして、フューリアとエイリア……それらは、どこまで行ってもなくならない。
 だが、ルーは本気なのだ。犯罪と絶望の溢れる街を救いたいという願い。生まれながらにしてできてしまう差を埋めたいという願い。
 世間知らずと言ってもいい心。……いや、そうでなければ、ルーのような皇族に生まれながら、革命までも望むようなことはないのだろう。エリスが同じく望みルーに同調した理由は、世の底辺の辛酸を舐めたからだ。それはもっと切実な願いだろう。ルーは、それとは違う……それは、もっと純粋な。
「それは、無理やり変えることでかの? ……それは世界の理に反することではないじゃろうか」
 階段の下から声が聞こえ、ルーははっと振り返った。サワノバが見上げている。
「世界は調和を必要としておるのじゃ。誰もが我を張るばかりでは、丸くは収まらん……おかげでフラン嬢ちゃんはあの状況じゃ」
 それは、責めるような声音だった。
「他に方法がないと言うのかの? 誰かを犠牲にする方法以外に、ないのかの? 犠牲になる者に、どんな罪があると言うのじゃ。フラン嬢ちゃんが、何をしたと言うのじゃ?」
 望んで呪われた貴族の血筋に生まれたわけではないだろうに……と。


「ところでサゥル、今の体制を変えようとして、反逆者扱いされる人って可哀想じゃなぃ? もしそれが国民の支持を得られたら、きっと反逆者なんて呼ばれないのに」
 “夢の罪人”アリシアが色々話しかけてくるのを、サウルは適当に聞き流していたが、そのときばかりは真面目な顔で答えた。
「それは違うな。反逆者は、無理やり変えようとするから反逆者なのさ。皆から支持される方法を選ぶような人は、無理やりじゃないんだから、反逆者じゃないよ」
 あれ? とアリシアは首をひねる。自分が言ったことと同じことを言い返されているような気がした。だが、あたかもまったく違うかのように言われている。
「だから濡れ衣でない限り、反逆者が可哀想だというのは間違ってる」
 確かに違うような気もする。何が違うのかと言えば、反逆者の定義が違うのだろう。反逆者は支持を得られる方法を選ばないから反逆者なのだ、と。
「……サゥルは多くの国民が革命を望んで、それが帝国に有害だったら、それ支持するの? 潰すの?」
 首をひねりながらアリシアがそう言うと、くすりとサウルは笑った。
「アリシアは多くの国民が革命を望んだとき、多くが望めば、残りの少しはどうなったって構わないんだ? それを望まなかった君の友達が次々と殺されていくとしたら、黙って見てるの? 助けるの? それとも皆と一緒になって友達を殺すの?」
 絶句したアリシアに、教え諭すようにサウルは続ける。
「誰かを犠牲にして、何かを変えること。それは本当に仕方がないことなのかな。生きていたいのも、幸せになりたいのも、誰だって同じなのにね。誰かを踏みにじるのなら、誰かに踏みにじられることだってあることを忘れていないかな……」
 それは、アリシアに語り聞かせながら、自分に聞かせているかのようだった。それはサウル自身が、時に行うことでもある。何かを犠牲にして、何かを守る……それは、サウルの仕事そのものでもある。
「だから、誰に向かっても『おまえなんてどうなっても構わないんだ』なんて言わないですむ方法を探すのが、一番良いんだよ」
 それは、子どもに向かっての道徳の教えのようだ。
 現実がそれに即していなくとも、徳を説く必要がある。
「……サゥルは?」
「僕はね。『おまえなんてどうなっても構わない』って誰かに言う人を、どうにかするのも仕事なんだ。そう言われて傷つく人、ただ泣くだけの人の代わりにね。『おまえこそどうなっても構わない』ってね。僕自身はそう言う以上は、いつも同じことを言い返される覚悟はしてるよ」
 『おまえなんてどうなっても構わない』と言う者に『勝手なことを言うな』と拳を振り上げれば、ひたすらに傷つけあい憎みあう。ただ泣き寝入るなら、救われない。
 望んでこう生まれ、この仕事についたわけではないけれど……そう言いながら、サウルは続ける。
「革命って言っても反逆って言っても、同じものだよ。僕も、より多数が幸せになれる方がいいと思うけど……だからって、君の言うような『大勢の人が自分の気に入らないものを排除して、自分たちだけが幸せになろうとする』……そんな、狂った世界でなら多数派になりたいとは思わないね」
「……ァリシァは、何があってもサゥルの味方だよ」
 アリシアは泣きそうな顔で言ったが……
 サウルは、そうかい、とまるで本気にしていないような、そんな顔で笑っただけだった。

「ルー、どないすんのや」
 サワノバの追求から逃れるようにして、ルーたちは場所を変えた。
「妥協できひん言うならしゃあないけどね……クレアは会わないわけにいかんし、一度は行かへんとあかんと思うよ? 盤をひっくり返す必要もあるかもしれへんしね」
 早足で歩きながら、ラックはこれが最後と思いながら話しかけていた。ルーがこれでもまったく心変わりをしないなら、後は行くところまで行くしかないだろうかと考えながら。
「……サウルとレアンのところには行くわ……でも、ちょっと待って」
 先にしなくてはならないことがあるかもしれない、と、ルーは普段の内気な少女のようにぼそぼそと呟く。
「なんだい? 何かしなくてはならないのなら、私がしてこようか」
 と、リーヴァが言ったとき、
「ルー!」
 また違う声がルーを呼んだ。
 彼女らのことも、現在という時は蚊帳の外には置いておいてくれない。当事者の一人であるが故に、ルーの姿を求める者は多い。
「妾に少々、力を貸してはくれぬじゃろうか」
 路地の角から姿を現し近づいてきたのは、“真白の闇姫”連理であった。
「あの……私……ちょっと……急いでいるから」
 いつもの、おどおどとした顔でルーは答える。クレアは自然に前に出て、ルーを庇うように立った。少なくともクレアの行動は演技ではない。
「何かなあ。ちょっと行くとこがあるんだけど、後じゃダメ?」
「急ぎのところはすまぬな、じゃが、そう手間はとらせぬ。それにサウルの屋敷に行くのならば、ルーにも有用なことと思うがの」
 連理は、自分がルーの身分とリエラの正体は知っていることを告げ、クロンドルの力を借りたいことを述べた。
 ルーを取り囲む空気に緊張が走る。
「遠まわしに言っても仕方がない。妾は彼の者がいつ襲撃に来るかを知りたいのじゃ。そのための予知をしたいが、そのまま行えば、おそらく彼の者にも通じてしまおう」
 深遠に棲む者は時すらも手玉に取る。知ったことを悟られては、裏をかかれかねない。悟られぬためには……四大リエラのいずれかの助力が必要になるだろう。それに連理はクロンドルを選んだというわけだ。
「彼の者が、来るか来ないか、来るのならばいつ来るのか。ルーにも、それは必要じゃろう? 知って損はなかろうて」
 確かに知ってさえいれば、クレアを無駄に余計な危険に晒さずにすむ。いつのまにか、ルーの顔つきが変わっていた。
「……わかったわ、協力しましょう」
 きつい眼差しが、睨むように連理を見据える。連理はそれに怯むこともなく、図書館から借り出してきた本と残されていたフランのペンを鞄から出してくる。
「急ぐ用事があったんじゃないのかい」
 その様子を見ながら、再びリーヴァは訊ねた。
「……そうね、私だけでもこの場は足りるわ」
 見上げると気がつけば、いつの間にか空が曇っていた。暗雲だ。先ほどまでは雪の合間の冬の青空が覗いていたのだが。しかし、急に天候が崩れることは珍しいことでもないだろうか。
「先に行っていてもらえる?」
「どこへ? サウルの屋敷ではなさそうだが」
「エリスのところ。ランカークの屋敷にフランが匿われていることまでは、調べがついてるの。サウルの手下が彼女が倒れているところを回収して、ランカークを丸め込んで庇わせているのよ。だから、多分、そのあたりにいるわ」
 すべてが自作自演だと、ルーは吐き捨てるように言った。命を賭けた自作自演ではあるが。
 この街と世界の理の一角を守るために、このままならば、ルーはやはりそこへ行かねばならない。言われずとも、わかってはいたのだ。
 目を背ければサウルは勝手に死ぬかもしれないが、後始末に頭を抱えなくてはならない状況だけが残される。それが嫌ならば行って働いてくるしかない。巧妙にサウルに呼び出されていることに、ルーは気づいていた。だから……抵抗があったのだ。
「エリスのところに行って……?」
「……止めてほしいの」
「何を?」
 その告白までには、一拍の間があった。
「フランを殺してほしいと、お願いしたのよ」
 はっきりと口にするには、勇気が必要だったのだろう。それが一番確実だと思ったけれど、安易だったかもしれないと……あやまちを認めるのには。
「望んでそう生まれてきたわけでないのは同じよね……傲慢だったかもしれないわ」
 アルメイスを守る義務を負った者として、それはけして誤った判断ではなかっただろう。かえって今この改めての判断を、後には後悔するかもしれない。
 冷酷になりきれないと言うよりは、ルーはより純粋なのだろう。もしもルーがつまづくとしたならば、過去においても未来においても、その穢れなさゆえだろう。
 だが……今はそれを責める者はいなかった。逆の意味においても。そのどちらが正しいかを決められる者は、この場にはいないのだ。それを決められるのは、未来と言う時の上においてだけ。
「私たちも行こう!」
「うん!」
 クレアとシーナが先に走り出す。
 ラックとリーヴァも、視線を交わしてランカークの屋敷のほうへと走っていった。


■四本の糸で編まれた網■
「カレン」
 “闇の輝星”ジークがカレンを訪ねていくことを、疑問に思う者はいないだろう。そのくらいには、この二人は前から共に行動していることが多い。
 裏口に回ってそちらの門番を通し、ジークはカレンを呼び出した。
「誰かと思ったら、あなただったの」
 音もなく人目を忍ぶように、カレンは裏口に現れた。疲れている様子は窺える。
「……大丈夫か? 少しまいってるように見えるが」
「私? ……私は平気よ。まあ、ちょっと疲れる人を複数相手にしてるから、引きずられてるのかもしれないわ」
 複数というところで、それがランカークだけではないことがわかる。
「何か悩みがあるのなら、話してくれないか? 俺が力になれることもあるかもしれない」
「ジーク……」
 カレンとしては、悩みどころなのかもしれなかった。フランが頼れる者などそう多くはないと、既に幾人かが嗅ぎつけて、カレンに話を持ちかけてきた者もいる。
 “銀晶”ランドは追い返したが、まだ屋敷の周りをうろついていることはわかっていたし……
 “七彩の奏咒”ルカには、カレンのいないところでランカークがその口車に乗せられて、フランのいる地下室にまで入り込まれた。本人には出ていく気がなく、それでフランと並んで膝を抱えている。しかもフランと同じ薬を使って寝ないでいる。……カレンにしてみれば、世話の焼ける壊れた荷物が二つに増えただけのことだ。
 ルカが入り込んだのはランカークのミスだったが、叱責されたのは、もちろんカレンである。結果的に状況がまったく変わらないので、叱責は一過性ですんだが……状況を考えるに、早めにどうにかしたい、どうにかするべきなのは明白だった。自分のためにも、ランカークのためにも。
 そして今このときも、“貧乏学生”エンゲルスがランカークと直談判中である。前々から屋敷に頻繁に出入りしていたエンゲルスは他の客……“蒼盾”エドウィンや“深緑の泉”円のように門前払いを受けることなく、正面から入り込んで、結局正面からランカークに交渉をしている。搦め手を使って来ない分、長期戦の様相を呈していた。これで押し切られれば、おそらくランカークの八つ当たりがカレンに飛んでくるのだ。
 やってられるか、というのが、カレンの本音ではあろうか。
 なので、しばらくジークが「君のことが心配だ」「力になりたい」などと言っていれば、相手が親しいジークということも手伝って、ほだされて自ら語り始めたかもしれなかったが。
 しかしそのとき、裏口に“自称天才”ルビィが現れたことが、結果的に状況を一変させた。
「フランはここにいるんだろう?」
 ルビィの言葉に、カレンの表情はふと改まる。いつもの何を考えているかわかりにくい、飄々としたものに。
「なんのこと?」
 そう返すのも、本当に不思議そうに自然だった。
「会わせてくれ。無理やりにでも、俺様がどうにかしてやるから」
「なんの話だか、わからないわ。この屋敷に用があるなら、表の玄関に回ったらどうかしら?」
 ちなみに表の警備は実に厳重なものになっている。何かがこの屋敷にあろうということは、何も知らない者にだって予想がつくほどだ。だから、門前払いを食った者やランカーク邸の様子を窺おうという者が裏に回ってくるのは、自然なことだった。裏にも警備はいるけれど、全体に水も漏らさぬというほどには人手が回らない。
 そんな正面を強行突破するよりは、今はカレン一人の裏口をとルビィは思ったのか……ルビィは裏口に向かって走りこんだ。
 だが。当のルビィですら何が起こったのか理解できぬほどの速さと鮮やかさで、カレンはルビィを地面に背中から強かに叩きつけていた。そして少しの間もあけず、その片膝から下に、全体重と勢いを乗せて腹の柔らかいところから急所にかけて叩き込む。とっさに腹筋に力を込めても、うめき声はルビィの喉から漏れた。そしていつの間に握りこんでいたのか、短い刃のナイフを喉口に振り下ろす。
「――カレン!」
 ジークの声とカレンの手が止まるのは同時だった。刃の先は少し喉に食い込んでいたが……皮一枚切れただけだ。
「少しリエラの扱いが上手いくらいじゃ油断するのは危険だって、誰からも習わなかった?」
 カレンはまるで恋人に顔を寄せるかのようにして、低い声で甘く囁く。
 ジークは、一連の体術を目の当たりにして鳥肌が立っていた。カレンのことは相当強いとは思っていたが、初めて直接目にしたそれはルールに囚われぬ暗殺者の強さに似ている。
「もしも誰も教えてくれなかったのなら、私が教えてあげるわ」
 ルビィもけして、体術が苦手なわけではなかったはずだが……力でカレンを突破できると思って、さほど警戒もしていなかったとしても、今見たものは一方的だった。
「世の中にはね、フューリアを殺すための訓練を積む者がいるのよ。フューリアの犯罪者とかって、倒すの大変でしょ? ポイントは相手がリエラを出すより早く、とどめを刺すこと。リエラを出されちゃうと、疲れ果てるまで待ってたら被害甚大だし、逃げられちゃうかもしれないし」
 わずかに、喉に食い込む刃が沈んだように思えた。少しでも動いたら、表面張力のような均衡は崩れて刺さるだろう。
「力場が作られる前に、急所を一撃で確実にね。鉄則よ」
 1セグでも速く、相手を屠る技術。それは元を一つとした、いくつかの特定の家系に伝統的に継承されている……ある意味皇家よりも古い、フューリアの家系にだ。
 余談であるが。
 カレンとは異なる家系であるが……まさにマイヤとサウルが、その血を引いている。
 その家系に生まれた者には顕現するリエラも何故か特徴的で、相手を封じたり消耗させる能力に偏っている。肉体的な能力は幼いころから特殊な訓練を積むのもあるだろうが、平均を上回る。だがその代償のように、彼らのフューリアとしての才能は一定以上には伸びないようだった。それらにどのような因果関係があるのかは、判明していない。
 彼らは、その生涯を要人の警護に就くか、主要都市の警邏の任に就いて終える。歴史的に決まっていて、彼ら自身にまったく選択肢はない……
「子どもが作れなくなっちゃったら、ごめんなさいね? お詫びに少しだけ話を聞いてあげる。何がしたかったの? 話次第では考えてあげないこともないわ。でも……ろくな話じゃなかったら」
 カレンは微妙な体勢を変えぬまま、顔だけは可愛らしく微笑んだ。
「そのときは、さようなら」
 にっこりと。位置的にジークからは見えなかったが……その雰囲気だけはわかった。
 忙しいので待つ気はないから手早くと、カレンは容赦なく急かす。しゃべって喉を動かせば、それだけで刃が刺さりそうだったが、力を抜く気はないようだった。ルビィはランカーク邸を守るという職分に踏み込んで、カレンを本気で怒らせたらしい。
「さあ早く。不法侵入者さん」
「……まずはフランに思いつめないように言ってやらないと」
 ふーん、と言いながら、カレンはそんなことは無駄だと思っていた。ルビィにそれができるなら、ルカにもできそうだ。だが、現実にできていない。
「あとはイルに話を聞く……なんか方法があるのをヤツは隠してるんじゃないか?」
 自存型が問い詰められて喋った例は、カレンは知らなかった。これも見込みは薄そうだ、と判断する。そして、最後に。
「それでもだめなら、フランをレアンのところに連れて行くんだ。ここにいても自滅するだけだ。あんただって、この屋敷で自滅されるよりは良いだろうが」
 それでもルビィは、強い視線でカレンを睨みつけながら言った。
「……この屋敷に、フランがいるんだな」
 そこで、考えて込んでいた、ジークが呟く。
「ならば、レアンだけでは足りるまい。かえって、レアンがやられる可能性がある」
 ジークが続けた言葉に内心ルビィは舌打ちしたが、ジークはそんなことには気づかずに……あるいは気づかぬふりをして、ジークは更に言葉を続ける。
「四大リエラの持ち主が、一同に介したほうがいいはずだ……すべて集めてから、フランを連れ出すのが良いんじゃないか?」
 どちらがよいかを、カレンは考えているようだった。だが、最終的には積み重ねの信頼が勝ったようだ。
「レアンが死んだら、困るんだったかしら? ……ジークのほうの案が良さそうだけど」
 安易さと、レアンを倒して帰ってきてしまったり止まらず暴れまわったときのリスクとを天秤にかけて。
「でも、そんなことできる?」
 現実的に考えることも抜かりない。
「全員心当たりはあるから、絶対に不可能ではない……と思う」
 クロンドルの主が世間的には明らかになっていないが、それが誰かは、ジークも薄々気づいていた。先日アリーナに奔放なる者が現れたとき、アリーナにいた9割の者はエイムに転移させられた。残っていたのは、アリーナの中では二人……エリスとルー。それは、巡回でアリーナの周りにいたジークは知っている。そこにはアルムとクロンドルが現れた形跡があって、エリスのリエラがアルムなことは明らかなのだ。ここまでくればもう、引き算の話である。それはカレンも知っているはずで。
「じゃあ、そっちにするわ。あなたのほうは……さようなら」
 ザクリ。
 ……と、行くかと思ったが、身を翻すように立ち上がり、裏口の外にルビィを置いたまま、カレンはジークだけを中に引き入れた。

 結果的に、エンゲルスはランカークを説得することにこだわったために、そこでつまづいてしまった。当然カレンは、ランカークにジークの話を振るような愚行はしない。こっそりと進めることにして……
 地下室のフランにジークが会ったとき、もう話がわかる状態には見えなかった。ただ、それでも語るだけは語る。準備の整わない中で限界が来て、『目覚め』ればどうしようもないと。そして、準備を始める。
 中に入れず周りをうろつく者たちも多い中、ジークがまず向かったのはすぐ外にいたエリスだった。彼女もまた、中に入る機会を窺いながらカレンと牽制しあっていたのだ。
 ただランカーク邸の周りにいても、それだけではやることがないせいか、エリスの周りにもいくらか人が集まっていた。
 問題は、そこにいる多くの学生たちとは、エリスが逆の目的を持っていたことかもしれないが……エリスはそれを自分で吹聴して回るようなことはしなかったので、誰も気づきはしなかったようだ。
 さて、中でもエドウィンはエリスにも話があったので、そこで見かけたのは不幸中の幸いだろうかと思っていた。
「エリス、あんたにも話しておかなきゃいけないことがあったんだ?」
「……なに?」
「なんか四大リエラと始祖に関わる伝承が、あるらしいって話」
 それは『銀の従者』……おそらくイルズマリを消滅させると、“奔放なる者”が一時的に出てこられなくなるらしい、とエドウィンは要約して語った。だが、エリスはそのことについてはまったく知らなかったようだ。考え込んでいた。
 他にそこには、円とランドがいた。エドウィンも含めて、三人ともカレンやランカークにしらばっくれられて追い返された身だ。
 そこへ、ジークがやってきた。
「……エリス、力を貸してくれないか」
 ギャラリーは気になったが、やむを得ない。サウルの屋敷に四大を集めるという話を、エリスに持ちかける。
「そこに、フランを連れて行く」
 エリスはただ、少し目を見開いた。
「フランはやっぱりいるんだな」
 カレンにしらを切り通されたランドが、代わりのように答える。
「フランさんに会わせてください!」
 円は、ジークに縋りついたが……
「俺に何を言っても、フランには会わせてやれない。だが、四大の主が揃えば、そこにはフランを連れて行く」
 運が悪ければ命を落とすかもしれないが、ついてくるのは勝手だとジークは言って……エリスの返事を待った。
 エリスはまだ考え込んでいる。
「フランと話はさせてもらいたいが……一緒にいたいわけじゃない。四大リエラについては俺も同じことを考えていたから、それについては協力させてくれ」
 エドウィンは、ジークに協力を申し出た。
「……協力は、正直助かる。どう贔屓目に見ても、フランはもう長いことはもたない。急ぐ必要があるんだ。限界が来る前に、セッティングを終わらせなければ……」
 すべては、水の泡だ。
「俺に出来ることなら。その代わり、頼みがある。フランに伝えてくれないか……ある、伝承が見つかったと」
 その説明を聞いて、エンゲルスがランカークを説得しているのが聞こえてきたときのことをジークは思い出した。結局エンゲルスはランカークを説得できなかったわけだが、話としてはエンゲルスがしていた物のほうが詳しかったように思った。……まあ、エンゲルスが発見者なのだから、ある意味当然だが。
 エンゲルスに確認すれば、どういう話なのかは詳しくわかるだろうと考え、エドウィンには伝えることだけを約束する。
「あと……今度こそ、助けるからと。フランが、安心して眠れるように」
「……わかった」
「わ、私も……! せめて、ごめんなさいと伝えてくださいです……コタンクルさんが……ごめんなさいと……」
 円も、伝言を預ける。
「それも伝えておこう」
「……行くときには追って行きますから、会わせてください。せめてキキーモラちゃんで、回復を」
「来るのは勝手だ……としか言いようがないな」
 リエラの能力がどんな影響を与えるかはわからない。『その場』でなければ、おそらく許すことは出来ないだろう。
「それで、俺はどうしたらいい? 誰のところに行けば……」
 そう円に答えている間にも、エドウィンがジークを急かすように指示を求める。
「そうだな、まずは寮長のところへ……」
 そう、答えたとき。
「寮長は、動かないだろう」
 そう言った声の主は、“紫紺の騎士”エグザスだ。
「今、行ってきたところだが……言いに来た者もいたようだが、駄目だったらしいぞ」
 幸先の悪い話をもたらしたエグザスだったが、しかし、代わりにと告げた。
「私では代わりにはなれないだろうか。私にはこれがある」
 ティベロンのトパーズと呼ばれる宝石。それを見せて。
「まだ使ってないのか」
 そこでランドが顔を顰めた。
「使っていない……? どういうことだ?」
「そのままじゃ、寮長の代わりにはなれないだろうってことだ……使うんだよ、それを。話はそれからだ」
 使う……と呟きながら、エグザスは考え込む。
「とりあえず、だめもとだ。寮長のところに行ってくる」
 そこで、気長に待っていられないとエドウィンは走っていく。
 そこで、ランドもふらりとそこから離れた。
 ランドは諦められずに、ランカーク邸に忍び込みに行ったのだ。結果的には、一度は地下室のフランのところにまで入り込んだが。
 しかしその半刻後にはルビィと同じ運命を辿って、路地裏に転がされていた。いい加減辟易していたカレンの怒りは、注意してどうにかなるものではなかったようだった……
 話は戻って。
「エリス、どうなんだ?」
 ジークはエリスの返事を促した。
「先に会わせてもらうことはできない?」
「それは駄目だ」
 そこでまた、エリスは考え込む。
 そのとき……
「エリスー!」
 また、走って来る者がいた。
 クレアが先頭で、シーナ、ラック、リーヴァと続く。
「エリス……間に合ったかな」
 息を整えながら、ラックが言う。
「エリス君、ルー君からの伝言だ……お願いは取り下げるとね」
 そしてリーヴァが、用件を伝えた。周りに配慮した言いかたになったが、用件は伝わるだろうと。
 そこで、エリスの理由の一つはなくなったわけだが……
 エリスは走ってきた四人にうなずいてから、ジークに向き直った。
「もう一つ……こっそり、場所を変えることはできない?」
「どういう意味だ?」
「サウルの屋敷以外の場所で、場所を周りに知られないように」
「それは不可能ではないかもしれないが……もう避難の始まっている、サウルの屋敷のほうが無難だと思うが」
「あそこは、学生がいっぱいいるわ。巻き込まれるかもしれない……」
 エリスは特定の顔を思い浮かべていた。
 だが、ランカークの屋敷の地区にはまだ一般人もたくさんいる。
「……避難は呼びかけよう。直前にはなってしまうが」
「……わかったわ」
 いやとは言えないことはわかっているようで、エリスもそれは苦渋の返答のようだった。
「後は、クロンドル……ルーか」
「そっちの話はようわからんけど、ルーならサウルの屋敷には行くて言うてたで」
 ラックがジークの言葉に反応する。クロンドルのことも知っているなら、もう隠すことはないと思ったのかもしれない。
「いつ行くか、今頃、連理と決めてるんやないかな」
「行くのか。なら、後は……」
 寮長か、あるいは……そこで悩んでいるエグザスを代理にか。しかし、ジークにもそれは決められないことだった。


■その者の名は■
 結局、寮長は現れなかった。
 時は、ルーが指定した。
 場所は、サウルの屋敷になった。
 そのときは、最も多くの学生たちがサウルの屋敷の内外にいた。
 これから起こるであろうと知らされて、その『時』もわからぬままに、そこで待とうとしていた者が立ち去るものか。
「ここは危ないから、立ち去ってくれ」
 と、ジークはエリスとの約束通り、その時の前に周囲で待ち受ける者たちを回ったが……
「……シルヴァーノ、あなたは例外に含まれるのでしょうか」
 コルネリアは、去るか否かを自分のリエラに訊ねた。何の例外かと言えば……“奔放なる者”が操れる、リエラについてだ。彼の者は他者のリエラを操れるが、おそらくすべてではない。少なくとも四大リエラはそれに含まれないし……今まで、自存型も操られたところを目撃された例はない。
 しかし、それほどたくさんの例が目撃されてきたわけでもない……だから、コルネリアには訊くしかなかったのだが。
 シルヴァーノから、返答はなかった。
 自存型はいくつかの問題に対して、口を噤む。それは、自らの起源に関わるものについて。何かを恐れるかのように、語らない。
 自らの起源……それは、異世界と呼ばれてきた場所。今ならば、学生たちの一部には遥かなる深淵とも呼ばれる。
 自存型は深淵に戻ることを忌む。
 ならば深淵とは……『何』なのだろうか。それはただ、神の住まう楽園の奥地ではない。寓話の中の深淵とは異なる場所か……否、やはり同じものを指しているのだろう。『そこ』が神話の深淵を生み出したのだろう。ならばそこに眠るものは何か。そこに棲む化け物は……
 神々に反逆したと言われる、四大リエラを嫌うもの。
 だが、返答はなかった。ならば……コルネリアには無理を選ぶことはできなかった。
 けれど、ジークの頼みを聞いてくれたのはコルネリアぐらいだったとも言える。
 “縁側の姫君”橙子はその日も差し入れを持って、屋敷の周りに張り込むノイマンやナギリエッタのところを回っていたし。“飄然たる”ロイドと“影使い”ティルに至っては、少し離れた建物の中で待機していたためにジークの挨拶回りからも漏れている。
 ロイドとティルは、双眼鏡を使ってサウルの屋敷を観察していた。
「……中で始まったら、どうします?」
 ティルの問いに、ロイドは考え込んだ。あちこちで人が動いている以上、彼らの耳にもXデーがいつであろうかは、見当がついている。
 問題は、それはいきなり屋内で開始されそうなことだった。
 こちらの室内には、ロイドが組み立てた『ランカーク・ザ・ガーディアンアロー零型カスタム』が外に向かって鎮座している。これで『標的』を狙撃するつもりで用意したものだったが、サウルの屋敷の中で始まったのでは、中までを狙うことはできない。
「外に出てきたら……」
 それは、屋敷の崩壊と同時に一緒にいるであろう四大リエラの主たちの破滅を意味している条件かもしれなかったが。
 ロイドは、再び双眼鏡を目に当てた。

「揃う前にな」
 フランの到着を待ついくらかの間にも、サウルの屋敷には様々の思惑があった。
 一人はクレア、そしてレアン。レアンは今は、ベッドに座れるところまで回復していた。また立って動けるほどではないが、その回復の速さは驚異的と言っても良いほどだろうか。その前に、クレアがいる。
 レアンの部屋にレアンを守るために陣取っているソウマやルオーのような者たちもいたが、話の邪魔をすることはないようだった。レアンに手さえ出さないならば。
 だがそこには、ルーはいない。同じ時に、ルーは別室でサウルと顔を合わせている。
 レアンはクレアの姿にわずかに顔を顰めた。
「何の用だ?」
 おまえも嘲いに来たのかと、そっけなく言う。
「違うよ」
 クレアは向かい合い……そこで何を言うべきかを、迷っているようだった。そこには何か、胸に詰まるものがあるのだろう。
 レアンはクレアを脅かしてきた者だ。命も存在も、賭けさせられたことがある。
「おまえに謝りはしないぞ。もしも、おまえがいなかったなら……おまえが『成功例』でなかったなら、研究にあれほど躍起になることもなかったかもしれない。きっと、死ななくていい者はたくさんいたはずだ」
「そんなの……クレアさんのせいじゃないじゃない!」
 クレアの代わりにシーナが怒る。
「そんなことはわかってる。それでも……!」
「レアンが知っているような行いは、既に止まっている……というか、ルー君が止めたそうだが」
 リーヴァが、クレアがいなくなったとしても何も変わりはしないと指摘する。
「止まっていると? 本当に? おまえたちはそれを確かめたのか? どこで何を見て、そう言っているんだ?」
 誰かの言葉を鵜呑みにしているだけなのではないか、と、レアンは鋭く指摘した。
 これよりも前に “闘う執事”セバスチャンも同じことをレアンに言っていたが、レアンを折れさせることには失敗している。言葉だけでは、学園長が歪みを正す方向で動いていると言われても、レアンは納得しない。サウルがレアンに、研究を続けている理由を教えたせいもあるだろう。不信感自体は嵩を増しているのだ。
「ならば、なぜまだ薬が要る? なぜ、実験は続いている? 何のためにそれが必要なんだ? ……サウルから話は聞いたがな」
 何のためかの目的も、馬鹿げているとレアンは首を振った。なりたい者が皆、安全になれるならばいい。だが、今、そうではないだろう、と。救う目的のために、犠牲を増やしているのではないのかと。
「おまえが実用に耐えられないと判断されれば、計画は頓挫するだろう。だが、おまえがいるから止まらない。夢を見てしまうんだ」
「私がいるから悪いの?」
 ようやく、クレアは何を言うべきかを掴んだようだった。ずっと、レアンから受けてきたことは……命のかかった、試練だった。
「ただ『いる』だけで悪いの? 存在そのものが」
 レアンは黙る。
「なら、殺せば良かった。できたはずだよね、私、ずっとルーと一緒だったわけじゃない。でもそうしなかったのは……」
 クレアはそこで言葉を切った。
「試してたんだよね? まだ私、合格じゃない? どこまで頑張ればいい? ううん、あなたに認められるために頑張るわけじゃないけど。いつか私、真のフューリアになってみせる。誰よりも強く、誰よりも賢く、そこまで行ったら……認めてくれるの?」
 言葉は問いかけだが、クレアの目の光は強かった。レアンのほうが目を逸らす。いたたまれなさが、感じられた。
「おまえが別格なら……他の被験者とは根本的に違うのだと、研究者どもに思わせるほどになったなら」
 ただ一人の成功例。この時点で、クレアが特別な存在、特殊な例であることは予見されて良かったかもしれない。だがその結論も、まだ導かれてはいなかった。
「なるよ。ルーには悪いけど。他の誰かのためじゃない、私のために」
 いつまでも、被験者ではいないと。その宣言に、レアンは視線を戻してくる。そこにもう、気まずさはなかった。
「……ずいぶんと強くなったもんだな。いいだろう、待ってやる。だから、なってみせるがいい……研究者どもも、そのときには諦めるだろう。同じものは、もう二度と生み出せないと」
 長い間の確執が、そこで終わったわけではない。だが、休戦の約束が一つ成った。
 クレアという少女の生涯においては……価値あるだろう約束が。

「サウル様、クルセアード氏と学園長を対面できるよう、取り計らってくれませんか?」
 セバスチャンがサウルを訪ねて、そう言ったとき、サウルは少し苦笑いした。
「本人次第だなあ。……て、言われてるよ? ルー」
 部屋の奥に、ルーとラックがいる。だが、ルーからの返事はなかった。それを確認してから、セバスチャンに告げる。
「僕、ちょっとこれから話があるから、遠慮してもらえるかい?」
 大事な話だから、と、セバスチャンを部屋から出して、サウルはもう一度ルーのほうを向いた。
「まあ、レアンとは一度話してみることを僕も勧めるよ。君の考えも、少しは柔軟になるかもしれない」
「私が……頭が固いと言うの?」
「やわらかくはないと思うよ。一つの方法にこだわりすぎているし」
 それが何かとは、サウルは言わなかった。言ってしまえば決定的になる。
「僕には譲れないことがある。逃げ出すことはできない。僕が僕である限り。誰であろうとも、それを犯すのならば、全力で排除する……ところで君は、マイヤーが君を裏切ると思うかい?」
 力のこもっていた言葉は、最後にふと優しくなった。
「……何を突然。マイヤが私を裏切るなんてありえないわ」
「だろうね。僕もそう思うよ。それと同じように、僕は帝国を守る。この帝国の、人々を……守る。誰にも差はつけない」
 貴族にも、平民にも、と。そして、優真のほうを見た。これからフランが来る前に、連理に連れられて優真はこの屋敷を離れる。その前までは、と、優真はサウルの所にいた。
「……僕はね、望んでこう生まれたわけじゃないけど、この仕事は嫌な面もいっぱいあるけど……悪くないこともあるよ。たまにね、感謝されることもある。誰かを救うことができたら」
 それは、そのためだけに、続けられるほどに。誰かが悲しい思いをするのを、防げたなら。
「じゃあ、何故……」
 自分の邪魔をしようとするのかと喉元まで出掛かった言葉を、ルーは飲み込んだ。
「何故なのかは、考えてごらんよ」
「……誤解があるわ、私は別に、何も力で変えようというわけじゃない。ただ……どうにもならない差を埋めたいだけ」
「僕にも、君に手加減してやれとか、協力してやれとか言う人がいる。でも、このままじゃそんなことはできない。この国にできた差は、力を与えても埋まらないからだ。副作用のほうが大きすぎる……少なくとも僕はそう思う」
 サウルは立ち上がった。ルーを威圧するかのように。ルーも、サウルをにらみつける。
「僕も妥協はしよう。まず新規のエイリア開発実験をやめなさい。他の話は、後からでもいい……今して成功することではないからね。タイムリミットは、今回のことが落ち着くまで。その後には、僕は容赦はしない」
 今回の……フランのことが、と。
 ここでも、一つの休戦が成った。だが、こちらの休戦は危うく、そして短いことが容易に予想できた。

 ランカーク邸の裏口から、そっと数人の人影が外へ出た。その時刻、ランカークはカレンがひきつけており、裏口の番も追い払われていた。屋敷からジークが出てくるまでは、エドウィンが門番の代わりをしている。
 ジークとエンゲルス、そしてエドウィンの提案は本質的には同じものであったので、この三人とカレンがこの企みに協力していたが……
 エンゲルスがどう粘っても、どうしてもランカークの了承だけは得られなかった。ジークはもとよりランカークに許可を求める気はなかったし、カレンはランカークの安全と後日の叱責を天秤にかけて安全を取った。エンゲルスは、ランカークを騙してという点と、寮長を事前に説得し切れなかったことが不安であったが……残りの彼らを止めることもできなかった。
 エンゲルスとエドウィン……貧乏ズと呼ばれた彼らだが、今回は二人並んでいても真面目な限りだ。いや、いつも彼ら自身は真面目だったかもしれないが。彼らの希望は、イルズマリを消滅させること。ジークはそこまでは考えていない。四大リエラの主四人が揃えば、フランの変化も押さえきれるのではないかと思っている。
 フランとイルズマリには、ジークは自分の考えは説明をし、何をしようとしているかは教えてある。フランが正直なところ、それを正確に理解しているかは微妙だった。思考能力は、明らかに低下しているだろうと思われた。
 エドウィンは屋敷の中に入ってないので、ジークの口から伝言は届いたが……伝えられただけだ。何をしようというのか、まだ自身では、そこまでの話には至っていない。
 エンゲルスは馬車を用意して、ランカーク邸の裏口近くに時間を合わせて走らせてきた。
 エンゲルスは御者台で、裏口から出てきた人影を認めて馬車を止めた。四人が馬車に近づいてくる。二人の小柄なストールを頭から被った人影が、二人の男子学生……ジークとエドウィンに支えられている。
 馬車まで来て、扉を開けて乗り込もうとしたところに、角からもう一人走り寄る。
「フランさん、ですよね……!」
 円は、行く前に回復をさせて欲しいと頼み込む。
「もたもたしてると気付かれるんだが」
「……すぐすみます……ごめんなさい、フランさん……」
 キキーモラの回復が済むと、少しだけフランの顔色は良くなった。元々、ほとんど死人のような顔色だったので、それはわずかなものではあるが。
 そして、今度こそ馬車に乗り込む。
「外……眩しいですね……フランさん……」
 ルカが俯いたまま、ふふ、と笑った。
「そうね……ルカちゃん」
 フランは焦点の合っていない目で答える。会話になっているのが不思議になるほどの様子だ。その様子を見て、エドウィンもまた、今のフランに説明してわかるのだろうかと不安になる。
「イルズマリ……」
 今も、イルはフランの肩にいる。ストールを一緒に被って、その中に。
「おまえだけでも聞いてくれ」
 エドウィンは、何をするつもりなのか……それを道行きに語り始めた。だが、外から見えないように隠れたイルの顔は、話の間には窺えなかった。

 馬車がサウルの屋敷の前に到着する。
 どちらかがフランだろうと思われる人影が二人、ジークとエドウィン、そしてエンゲルスに付き添われて中に入っていく。中に入れない者たち、入らない者たちはその様子を見つめていた。
 彼らの案内される場所は二階。レアンのいる部屋だ。エリス、ルーがもうそこで待っている。もちろん、それだけではない。希望者のうち、入れるだけの人間がそこにいた。マイヤも、細雪もだ。
 屋敷に訪れる者の接待をしていたうちの一人の優真が去った後は、橙子がその代わりに屋敷の中でお茶を配るなどをしている。お茶を飲みながら、和やかに……とはいかなかったが。
 待っている間……ルーとレアンは、何も語ることはなかった。ルーは無駄な言い訳をする必要は感じなかったのかもしれないし、レアンはこの場をセッティングした者の意図を踏みにじることは避けたのかもしれなかった。その場で橙子が少し、レアンは何を怒っていたのかを訊ねたが……それに対しては、自分がかつてされたことを端的に語ったに留めていた。
 今この時が、クロンドルの守護下において連理が予知した“奔放なる者”の出現の時ではあり、それに間に合わせて、すべては用意された。ただ彼の者に悟られぬようにとされた予知では、そのタイムリミットとなる『時』を探るにしか及ばず、用意する物と者を決めたのはジークたちである。
 なので、これから行われることのその結果は、このときには誰も知らなかった。
 もしも誰かが知っていたならば……それは、その未来は裏切られただろう。
 フランが部屋に入ったとき、寮長の座るべき椅子にはエグザスがいた。だが、トパーズはまだ手の中にある。そしてエグザスの問いには誰一人として答を知る者はおらず、結局中途半端なまま代理の役目を担わされただけで、今に至っている。
 ヒントは唯一つ。ランドが残した「使え」という言葉だけだ……エグザスは、聞くべきを間違っていたと言うべきなのかもしれない。そのトパーズ自体は、奔放なる者を弱めることも封じることもない。そこの場に必要だった者は……「トパーズを使った者」だったのだ。
 寮長のところで話を聞いたセラもやってきて、エグザスの隣にいた。一時的ではあったが……その身に、ティベロンの祝福を得て。
 ランドの他にもう一人、守護石を使った者であるカズヤは、自分の役目は心得ていたようだ。改めてレアンに会い、この場ではその隣にいた。消耗し……また、レアンという人間を経由するがゆえに効きにくくなっているアークシェイルの封じる力を補うために。真っ先に狙われるであろう、レアンを守るために。
「薬が自然に切れるまで……待ってください。これ以上、フランさんの体に負担はかけられません」
 エンゲルスが言う。眠り薬を用いてフランを眠らせることは、結果的にフランを救えなくなってしまうかもしれないと。どれだけ待つかはわからなかったが……永遠ではないはずなのだから、待ってくれと。
 それは予知された時なのだから。
 確かにそれほどに、待つ必要はなかった。
 しばらく俯いていたフランは、ゆっくりと傾ぐ。
 もうすでに十分に限界が来ていたものを、気力だけでもたせていたのもあるだろう。ここまできたなら、眠るときには死ぬときという考えでもたせていたのもあるだろう。それでも自殺はしなかったのは、一縷の望みにかけてだろうか。
 そして迎えが来て、寝ても良いと言うのなら。耐えられるまい。それで、二度と目覚めることのない眠りに就くのかもしれなくても。
 そして……銀の光が肩の鳥を覆い……ふわりと浮かびあがった。

 一番先に動いたのは、ソウマだった。やはりその身には一時的にだが事前に風の祝福を受け、一瞬で力負けしないようにして。
 “奔放なる者”の出現と同時に、ソウマは彼女に予告なく突っ込んだ。その目と口を片手で覆うように塞ぎ、抱きかかえるように……窓に突っ込んだ。
「なっ……!」
 ここは二階だ。
 飛び降りたと言うべきなのかもしれない。ソウマ自身はフランを傷つけるつもりはなかったし、その身で庇うために抱きかかえていたのかもしれないが。
 何も言わなかったことで、唖然とした者もいただろう。特に、この場に四大リエラの主を揃えようと尽力した者は。裏切り者が出たのかと、そうとさえ思ったかもしれない。
 だが、エドウィンはすぐさまに正気に返って叫んだ。
「銀の鳥を狙え!」
 ソウマの奇行の目的は、一時的に鳥の視界から“奔放なる者”が消えるところまで引き離すことだ。彼らが自存型の法則に従うならば、それによって一時的に交信は途切れるはずだったので。
 単体となったアルディエルを……その間に倒すために。
 事前にエドウィンから話を聞いていたエリスとエグザスが立った。エリスは素手であったが、その身は熱気を帯びている。アルムの力をその身に映したように。
「くぅっ! 姫様……!」
 エリスの捨て身に近い攻撃にダメージを受けたのか、銀の鳥……アルディエルは逃れようともがく。エグザスも削れたそこに、挑みかかった……だが、リエラを使うべきか判断できなかったその力は及ばず、エグザスを跳ね飛ばそうとする。
 レアンはその場からは動けなかったが、いつも持ち歩いていたサーベルを、その場で振るった。輝く水が軌跡を描いて、エグザスと銀の鳥の間に降り注いだ。それが二人を分け、そこに弾けるはずだった力を中和する。
 アルディエルは、エグザスを深追いはせず、外に飛び出していった主を追って窓から出る。
 ……ルカもまた、よろめくように、フランを追いかけて……窓から落ちていった。
 窓の下では、落ちたときの衝撃に一拍を置いて立ち直ったソウマが庭を越えてまた走り出していた。外で様子を窺っていた者たちも仰天する。それが可能であることにも、その状況そのものにも。
「離……!」
 それは、フランが限界まで消耗しているせいかもしれなかった。
 遅れて落ちてきたルカは様子を見にきていたノイマンに助けられ、追いついてきたリュートの回復で一命を取り留めている。
「フランさん……フランさんは……」
 うわごとのように、フランを呼びながら。
 ソウマがフランを抱えたまま走って逃げ、外に飛び出したアルディエルもそれを追っていた。この二人とて、交信なしにリエラの機能はしないと言うことなのだろう。
 そしてこの好機を……アルディエルを狙っていた者が逃すことは、なかった。
 ティルが窓から飛び出したソウマとフランの姿を。少し遅れて飛び出してきたアルディエルの姿を双眼鏡で捉える。
「今です……! 出てきた!」
 ロイドは準備していた『ランカーク・ザ・ガーディアンアロー零型カスタム』の照準を合わせる。そして、すでに交信を上げて中に仕込んでいた自らのリエラ、アギルマールを、そこからアルディエルに向けて射出する。目はけして離さない。
 そして……
 主を求めていたアルディエルには、その狙撃を避けきれなかった。
 接触の瞬間、アギルマールの渾身の斬撃が弾ける。
 すでに力を削られていた……また、フランの消耗のために万全ではなかったその銀の体は、耐えられなかった。
 一瞬銀の影は二つに切断されたように見え……そして、消滅した。


「わた……し……」
「フランか!?」
 アルディエルの消滅を、ソウマは振り返って見ていた。そのとき、フランから弱々しい声もした。
 だが一瞬戻ったフランの意識は、すぐに途絶えた。
 それは、眠りの世界に引き込まれたためだ。
 誰にも支配されない眠りに。
 その寝息は規則的なものだった。
 だが、この眠りもまだ一時的なもの。
 次にイルズマリが……アルディエルが、帰ってくるまでの。



 人々が、そんな奔走をしていたころ。
 一人、黙々と図書館で資料を漁り続けていた者がいた。“陽気な隠者”ラザルスだ。だが、彼の望む、“奔放なる者”を本当に滅ぼす方法は見つからなかった。
 やはり、四大リエラの主たちを穏やかな方法で治めるしかないのかもしれない。なぜ、「そう」なのか理由はわからなかったが。そう諦めようとしたとき。
 一つだけ気になる記述を見つけた。
 いや、それは直接に関係はない話なのかもしれなかったが。
 それは……狂った始祖と呼ばれた者の、真実の名。
 その者の名は……アルディエル。
「アルディエル?」
 従えていたリエラの名は、イルズマリ。
「では……あの“奔放なる者”とは、いったい誰なのじゃ……?」
 あの、深淵から来たりし者は。

参加者

“福音の姫巫女”神音 “飄然たる”ロイド
“天津風”リーヴァ “蒼盾”エドウィン
“怠惰な隠士”ジェダイト “白衣の悪魔”カズヤ
“探求者”ミリー “光炎の使い手”ノイマン
“翔ける者”アトリーズ “静なる護り手”リュート
“笑う道化”ラック “風曲の紡ぎ手”セラ
“双面姫”サラ “ぐうたら”ナギリエッタ
“闇司祭”アベル “紫紺の騎士”エグザス
“銀の飛跡”シルフィス “黒き疾風の”ウォルガ
“自称天才”ルビィ “待宵姫”シェラザード
“鍛冶職人”サワノバ “幼き魔女”アナスタシア
“六翼の”セラス “闇の輝星”ジーク
“銀晶”ランド “深緑の泉”円
“闘う執事”セバスチャン “抗う者”アルスキール
“陽気な隠者”ラザルス “蒼空の黔鎧”ソウマ
“炎華の奏者”グリンダ “拙き風使い”風見来生
“緑の涼風”シーナ “貧乏学生”エンゲルス
“猫忍”スルーティア “七彩の奏咒”ルカ
“のんびりや”キーウィ “深藍の冬凪”柊 細雪
ラシーネ “旋律の”プラチナム
“轟轟たる爆轟”ルオー “影使い”ティル
“憂鬱な策士”フィリップ “不完全な心”クレイ
“夢の中の姫”アリシア “春の魔女”織原 優真
“冒険BOY”テム コルネリア
“真白の闇姫”連理 “修羅の魔王”ボイド
“縁側の姫君”橙子