金庫には鍵がかかっていたという。 その金庫のあった部屋自体にも、鍵はかかっていたという。 その部屋に窓はなかった。 二つの鍵は何かで壊されていたという。 金庫の中に入っていた試験問題が荒らされ、そこにはエリスの生徒手帳が落ちていたという。 確認のために呼び出されたエリスは、一切弁明しなかったという。 そうして今、エリスの放校処分が話し合われているという。
良くない噂の流れるのはなお早いのか、アルメイスの生徒はゴシップ好きなのか、エリスが試験問題を盗んだらしいという噂は十分に広まっていた。だからだろうか、エリスを取り巻く空気はいつにもまして微妙だった。 エリスがいつものように修練場に入ると、ざわめきが走る。だがエリス自身はそんなことは気にもとめない様子だった。いつもと同じように黙々とトレーニングをしている。修練場にこの時間にいる者は、みんな自主トレーニングをしに来ているので、特に親しくなければ声を掛け合うこともなく過ごす。 ざわめきはざわめきのままに流れていった。 「ねえねえ」 赤い髪をリズミカルに揺らして、クレアは言う。 「エリス、本当に学校辞めさせられちゃうのかな」 リズミカルに飛んだり跳ねたりしながらのトレーニングだが、息は乱れていない。ダンスが得意なクレアは、トレーニングも踊るようだ。 話しかけられているのは、もちろんルーだ。ルーはこの修練場にいながら、ただクレアの近くに立っているだけだったが。 「……わからない、けど……」 「ホントに試験問題とったのかなあ? エリス、実技は問題ないじゃん」 別に筆記が少しくらい悪くたって、落第したりはしないだろう。それ以前にエリスの成績がそんなに悪いと聞いたことは、クレアにはなかった。良いという話も聞かないが、話題になるほど良くも悪くもなかったのではないかと思われる。 成績の良し悪しを言うのなら、クレアの方が悪そうだ。クレアは、ルーがいつも筆記試験の時は面倒を見てくれるから、落第しないですんでいる程度である。 逆にルーは筆記で実技のマイナス点を補っている。ルーは、実技はほとんど0点だからだ。 及第すれすれのきわどいところにいるという意味では、ルーとクレアの方が危なっかしい。 それでも…… 試験問題を盗んだのはエリスだ、と言われている。 「わからないわ……私には……」 いつものように俯きがちに、ルーはつぶやく。 「エリスがなにも言わないんじゃあ、しかたないのかなあ……」 自らにかけられた嫌疑を、エリス自身が晴らそうとしないのならば。けれど、クレアは何か引っかかっている顔だ。 「そう……ね……でも」 ルーは小さく疑問を呈した。 「どうして、放校処分なのかしら……」
「どうして、放校処分なのです?」 双樹会会長マイヤの問いに、学園長はちらりと視線を向けた。 「教授会の話がそういう方向で進んでるからよ」 そして、端的に答える。 学園長の手には教授会の議事録がある。学園長自身は教授会には出席しないので、後から議事録の提出を受けるのだ。 「まだ、意見は割れてて決定はしてないけど。次の会には結論を出すそうよ」 今頃根回しでもしてるんでしょう、と、学園長は議事録を机の上に放り出した。 「よろしいので?」 「教授会で決定したなら、やむを得ないでしょう」 いかに伝説の四大リエラの主といえど。 いや……伝説の四大リエラの主だから、か。 「伝説のリエラは、反逆のリエラ。反抗と破壊と……やっぱりあれも、そのさだめからは逃れられないのかもしれないわ」 やっぱり、あの娘も。思いに耽るように、学園長は目を閉じた。
「いらっしゃるぞ!」 バタバタバタと上品な貴族とはとても思えない足音を立てて、ランカークは走っていた。 誰が来るか、というと、先日アルメイスを騒がせて帰っていった奇妙な客人、サウルである。帰ったと思ったら、すぐまた来るとランカークに連絡が入ったらしい。 どこからか現れた彼の従者は、控えめにランカークに落ち着くように言った。 「今回もおもてなしを?」 「いや、今回は急の用事だということだ。しばらく我が家に滞在なさりたいとおっしゃっている」 ランカークは寮生ではなく、金にあかせて市街地に邸宅を持っている。そこにしばらく泊まりたいということならば、前回よりは長居をするつもりなのかもしれなかった。 「警備は……」 「ほどほどにということだ。前回のがお気に召さなかったのだろうか……」 ランカークは一人悩んでいる。従者は、おそらく気に入らなかったとか、そういう意味ではなかろうと思ったが、それは言わなかった。 しばらく後の予定だったものが、急に来ることになったのだから、なにか用件があるのだろう。しかも、ああいう身分の者が、直接だ。ランカークにだって自分のような従者がいるのだ。彼にいないはずはない。それでも来るのだから、どこかしら他人任せにできないような用件なのだろう。それでわんさか警備に囲まれていたら、動きにくいだろうから…… もっとも、従者にも、サウルが今このときにやってくる理由まではわからなかった。 ランカークに連絡したら、すべてを内密には進められまい。ランカークはやっぱり警備に何人かは調達してくるだろうし、なにかしらもてなしの支度を用意するだろう。それもある程度、計算の内なら…… サウルは、翌々日の早い列車で到着するということだった。
エリスは、荷物をまとめていた。 このアルメイスを出て行くとなれば、帰る場所はあの貧民街しかない。他の行き先は……思い浮かべて、エリスは一人、首を横に振った。 「行くの?」 扉の隙間から、覗く顔があった。赤い髪が揺れている。 「いや……まだ」 一人かとエリスが聞くと、クレアは頷いた。 「ねえ、教授に頼んでみようよ」 エリスは黙っている。 「……あたし、頼んでくる! 他の人にもお願いしてさ」 待ってとエリスが手を伸ばすのは間に合わず、クレアは走って行ってしまった。 |
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