今年も終わろうかという慧老の月。街には、1つの噂が流れていた。
「……おい! 聞いてるのか?!」 ここは学生食堂。いつものようにネイとキックスが街に流れる噂について話している。 ただ、2人にはいつもと違っていた点が1つだけあった。今回、話題を提供しているのは、意外にもキックスなのだ。 「ん〜。何の話だっけ?」 逆に、ネイはと言うと、やる気なさそうに生返事をしている。噂が大好きなネイにしては考えられない話だ。 だが、キックスはそんなネイの様子を知ってか知らずか、噂話の続きを始める。 「また、暴走リエラが出てるんだって。聞いてねぇか?」 そう。街に流れている噂とは、暴走リエラの噂なのだ。と、言っても、今回は以前までの話とは少し毛色が違う。 「何が違うの?」 「ああ。まず、形と色が違う。確かに人型なんだが、もっとはっきりと人間の形をしている。色は全身金色。背の高さは俺より高い。マリエージュ先輩くらいかな。んで、大きなふさふさの尻尾が生えてた」 普段より興奮しているキックスに、ネイの冷静な相づちが入る。 「それから?」 「出るのは夜だけ。で、出る範囲は結構狭い」 「それで?」 「姿を現すと、ものすごい速さで走り去っていくんだ。で、路地裏に消えていく」 「目的とかは判ってないの?」 ようやく、ネイも興味を示したのか、質問を始めた。キックスも少しほっとした顔を見せ、いつもの口調でネイに話し続ける。 「……目的ははっきりしないらしいぜ。ただ、夜中に微風通りの店に体当たりをかましているらしい音を、リムが何回か聞いてる」 「なるほど……」 ネイは腰に手を当て考えを巡らせる。が、すぐに顔を上げ、キックスに尋ねた。 「ところでキックス〜。なんで、そんなに詳しいの? いつもなら、興味ねぇとか言いそうなのに」 すると、キックスはいつものふてくされた顔になって答える。 「……俺も見たからだよ。この前、夜中の買い出しに行った時にその暴走リエラをな。それに……」 「それに?」 ネイが尋ねると、キックスは言葉をそこで一度切った。そして、ゆっくりとこう告げる。 「俺が見かけた時、その暴走リエラは止まって俺の方を見たんだ。鼻とか口とかは見えなかったけど、あの目だけはどこかで見たことがある。あいつは、俺に何か言いたそうだった……」
食事を終え、ネイはキックスと別々に食堂を出る。すると、物陰から誰かが彼女に話しかけてきた。 ――どういたしましょうか? ネーティア様。早く手を打たないと、完全に…… 「わかってる。やっと見つけたんだから、このまま崩壊させるわけにはいかないよ。でも……」 ――どうするか……ですわね。 「フューリアとリエラのバランスが崩れてきているんだから、それを元に戻せば良いのはわかるんだけど……。とにかく、そっちは今度出来るって噂の、暴走リエラ対策班の状況を調べてくれる? これ以上バランスを崩されるわけにはいかないから」 ――解りました。お気を付けて。ネーティア様。 ネイの言葉に、声はそう答えて闇に消えていった。
暴走リエラの噂はネイの手を借りるまでもなく、あっという間に広まった。そして、今回は夢工房に被害が出ていることも手伝って、双樹会でも早々に対策を練ろうと言うことになった。 「そんなわけで、今回は私が陣頭指揮を執ることになりました。皆さん、この暴走リエラを頑張ってつかまえて、良い年を越しましょう!」 そう言うのは、マリー。彼女はクラス委員長を務めていることもあって、この手の事件で指揮を任されることもよくある。ただ、結果が必ずしも最良とは限らなかったわけだが…… 「私も、今までの事件から何も学ばなかったわけじゃないわ」 マリーは今までの経験から、こう宣言した。 「今回、発明は使わない」 「……そういう問題なのかしら?」 対策班に早々に参加していたリッチェルが、そうつぶやく。 だが、マリーにはその言葉は聞こえなかった。話を進めるべく、マリーは今まで判っていることをまとめて、黒板に書き出す。 「金色リエラが目撃されたのは、蒼雪祭が終わった辺りだから、先月の終わり頃からね。ただ、今月に入ってから目撃例は増えているわ」 手元のメモ帳を見ながら、地図にいくつか点を打っていくマリー。 「今回のリエラの行動範囲は狭いわ。時計塔広場を中心にしたこの範囲内ね。行動パターンもある程度固まっているから、適当な路地を使って待ち伏せするのが良いとは思うんだけど……」 そこで、マリーは大げさにため息をつく。 「目撃例から計算してみると、リエラのスピードが普通じゃないわけよ。数あるリエラの中でも速い部類に入ると言って良いわ。投げ網とかじゃ、その動きについていけるかどうかは疑問ね。ましてや今は冬だし道は凍っているから、こっちの動きはいつも通りとはいかないし」 マリーはそう言うと、黒板に「投げ網」と書いて、その上に×印を付ける。 「反対に、相手は身体能力も抜群。目撃例のいくつかで、冬道にも関わらず驚異的な反応速度とジャンプ力を見せているの。だから、トリモチとかの定置型の罠はかわされる可能性があるわ。リエラだから、餌を使っておびき寄せるわけにも行かないし……」 そして、マリーは「トリモチ」に×印を付け、最後にこうまとめる。 「場所は判っているけど、上手い策がないのよ。どうしたら良いと思う?」
1回目の会議を終えたマリーの元に、レダがやってきた。 「マリー〜。暇?」 暇じゃないのは明らかだが、そこでマリーはレダをむげにはしなかった。 「なーに? レダ。ちょっとだけ忙しいけど、話は聞けるよ」 すると、レダはいつもの笑顔でマリーに言う。 「ぷらんたーるのらんつふぇーるに、パーティしよ〜よ」 銀嶺(プランタール)の聖碑(ランツフェール)とは、平たく言うと年の初めの日である。 「時計塔広場で、年こしのパーティするんだ〜。今、トモダチ誘ってまわってるの〜。みんなで楽しくわいわいしながら、時計塔のかねが年明けを教えてくれるのを待つんだよ〜」 「あら。面白そうね」 マリーがレダの提案にそう答えると、レダはにゅふふと笑いながらこう続ける。 「それにね〜。ぷらんたーるのらんつふぇーるって、ボクの誕生日なんだよ〜。だから、誕生日のパーティも一緒にするんだ〜」 レダの笑顔に負け、マリーはこう答える。 「今のお仕事が終わったら、私も行くわ」 レダはその答えに満足したのか、手を振って帰っていく。マリーも仕事を終えるべく、ある人物の元へ協力を要請しに行った。
「……と言うわけで、キミに協力して欲しいんだけど。ロイズ・フォックナーも、こう言う時に役に立つと思うし」 マリーが向かったのは、キックスのいる天文台だった。先程彼自身が言っていた通り、キックスは暴走リエラが止まっている姿をはっきりと見ている。暴走リエラの目撃例はいくつかあるが、完全に静止した姿を見ているのはキックスだけだった。 だが、マリーは次にキックスがどう返答するか、予想は付いていた。果たして、キックスはその予想通りこう答える。 「マリエージュ先輩の頼みでも、これは聞けません。計画とか組織とか、俺は……」 「あー、最後まで言わなくてもいいわ。まぁ、暴走リエラの話は聞いたし……」 マリーはキックスから聞いたリエラの姿形を手帳に書き留めると、礼を言って天文台を後にする。キックスも、買い出しに向かうからとマリーと一緒に天文台を出た。
時計塔の蒸気式エレベーターを降りて外に出た2人は、そこに意外な光景を見た。 「そうか! それは良いアイディアですよ! これならバランスをとれるかも!」 それは、ネイがそう言ってレダの両手を取っている姿だった。 「……なにやってんだ?」 思わずキックスが尋ねると、ネイがいつものにひっとした笑顔で答える。 「パーティなのですよ。パーティ! 年越しパーティ! 誕生日パーティ!」 学食にいた時の無気力ぶりからは考えられないほどのネイの明るさに、キックスは引き気味である。反対に、レダは協力者が出来てうれしそうだ。 「やった〜! パーティだよ〜!」 「あ、そうだ。レダ。良いことを教えますよ」 うれしそうなレダに、ネイがそう話しかける。レダがネイの方を不思議そうに見ると、ネイはえへんと胸を張ってこう言った。 「故郷イミールでは、年越しの鐘が鳴っている間に大切な人へプレゼントを贈ると、その年はお互いに幸せになると言われています。今回の年越しパーティでも、プレゼント交換会を作りませんか?」 「さんせ〜!」 2人が勝手に話を進めているのを見て、マリーが尋ねた。 「キックス。キミはどうするの?」 だが、キックスは答えなかった。答えるまでもなかったのだろう。 (パーティに参加するのね。きっと)
もちろん、その後、パーティの噂が大々的に広まったのは言うまでもない。それこそ、暴走リエラの噂がかすむほど。 更に、ネイは今回、噂を流すだけではなく招待状も作成していた。それを、レダの知り合いやらそうでない人達やら、とにかく配れるだけ配ったのだ。 招待状の内容は次の通りである。
「慧老の月・章下の31から銀嶺の月・聖碑にかけて、時計塔広場で年越しパーティ&レティー・ダークの誕生パーティを行います。今年最後の夜と来年最初の夜を、みんなで楽しみましょう。なお、当日はプレゼント交換会がありますので、各自プレゼントを持ち寄ってください」
――ネーティア様。これで、バランスは元通りになるのでしょうか……? パーティの準備で夜遅くまで東奔西走していたネイに、物陰から誰かがそう問いかける。 「大丈夫だよ。次の指示がこっちに来るまでには、きっと元に戻っている。ううん。元に戻す」 ネイは視線を地面に落として、そう呟く。 ――ずいぶんと自信があるのですね。 「うん。私は信じてるから。人の繋がりと……思いの強さを」 ネイはそう言うと、空を見上げた。 |
|