アルメイスの学園生活の思い出に上げられる様々な行事。 それは、蒼雪の月に行われるので『蒼雪祭』と呼ばれていた。
今回の蒼雪祭において、グループ発表として申請が上がっていた物は、保留となっている1件を除き、天文部や蒸気研も含めてほぼ希望通り許可が降りている。 成果発表に参加する生徒達は、そろそろ制作に追い込みを掛け始めていた。
そんな中、レダも忙しく走り回っていた。もちろん、校内だと怒られるので走るのはもっぱら校外だ。この時期になると手伝いも忙しくなってきているようだ。 そんなレダの様子を見て、普段のレダを知るものは必ずあることを尋ねたという。 「お? レダ。アルファントゥには乗らないのか?」 1週間の謹慎が解け時計塔へ戻ってきたキックスも、アルファントゥに乗らないレダを珍しく思って、他の人と同じようにそう尋ねた。聞かれたレダは、自分の横にいるアルファントゥを見ながら笑顔でこう答える。 「うん。今、だいえっと中なんだよ〜。もうちょっとで6エルスだから、そこまではアルに乗らないでがんばるんだ〜」 聞けば、レダは仕事の他にも、時計塔の周りを朝晩ジョギングしているのだとか。 「走ったら走っただけ、体重がへるんだって」 明るくそう言うレダの笑顔は、いつもと変わらなかった。
レダの頑張りに応えるように、マリー達の飛行機械の制作も着々と進んで行った。あと1週間もあれば、無人での飛行実験も開始できるだろう。 組み上がって行く飛行機械を見ながら、マリーは急に大声を上げた。 「そうだ! 肝心な事忘れてたわ」 何事かと尋ねる他の者達に、マリーはこう答える。 「この子の名前決めてなかったわ。何か良い名前つけなくちゃ」 マリーの作る発明品には、『デスマシーンEX』や『ホワイトアローEX』の様に名前が付いている事が多い。今回も同じように名前を付けようと、マリーはグルーメルを飲みながら考える。 だが、しばらく考えたあと、マリーは珍しく頭を抱えた。 「いつもだと、すらすらと名前が浮かぶんだけどなぁ……」 飛行機械の製作の方に思考を奪われているのか、マリーがいくら考えても名前は浮かばなかった。 「だからといって、いつまでも『飛行機械』とだけ言うのも言いにくいし、この子がかわいそうだし」 そこまで考えたマリーは、飛行機械の名前を公募する事にした。 「『飛行機械の名前、大募集! 優秀作には、マリエージュ・シンタックス謹製手作り発明品をプレゼント!』っと」 簡単なポスターを描きあげ、マリーはレダにポスター貼りを頼む。 「これで、製作に専念出来るってものね」 マリーは1人そう頷くと、飛行機械の製作に戻っていった。
仕事以外にも、当日の見学の計画や、後夜祭に行われるフォークダンスのパートナー探しも外してはならない重要なポイントだ。 「そう言えば、フォークダンスって何をするんですの?」 演劇の練習の合間に、ふとリッチェルがネイに尋ねる。 「あ、そっか。リッチェルは去年いなかったっけ。普通は『ハンネルン・シェイク』って曲に合わせて、2人で手をつないで踊るんだよ。こうやって……」 ネイがリッチェルに説明するが、そこへ3点鐘が響く。 「練習再開します!」 ネイは立ち上がってそう宣言した。
演劇の練習も日を追うごとに熱を帯びていった。真剣な役者達に、真剣な演技指導の声が飛ぶ。これもまた一つの戦いだ。 「……ごめんなさい……。こうするしか、仕方がなかったのよ!」 「そこで剣を振り下ろす! もっと動きを大きく!」 「私は許さない! 私を許さないこの世界を! 私を許さない全てを!」 「もっと悲壮感と情熱を込めて!」 「違う! 目を閉じるな! 例え全ての世界が、お前を許さなかったとしても……! 俺は……俺は!」 「そこはもう少し間を取って、タメを作ってください!」 舞台では連日夜遅くまで練習が続いたという。それに応えるように、道具班の道具製作も急ピッチで進んでいた。
だが、ここで残念な事件が起きてしまう。リッチェルがまたも暴漢に遭ったのだ。 場所は時計塔からほど近い川岸。時間は夜。どうやら、リッチェルは合同で演劇の練習を終えた後、その川岸で更に演劇の練習をしていたらしい。 そして、事件を発見したのはまたもレダであった。状況も場所を除いては以前のペガサス事件とほぼ同じである。夜のジョギングを終えた後寮の部屋まで帰ろうとしていた時に、叫び声を聞きつけたレダが川岸でリッチェルを見つけたのだ。 「……どうしたの?!」 地面に倒れていたリッチェルをレダが抱き上げると、リッチェルは言う。 「どうしたもこうしたも……ありませんわ……。不覚を取られて、襲われましたの……」 「大丈夫? 病院まで送る?」 リッチェルの様子を見て、レダはそう言った。すると、リッチェルは頷いてこう言ったという。 「是非お願いしますわ……。レティー・ダーク……。アルファントゥ……」 その言葉に、レダはリッチェルを軽々と抱え上げ、アルの背中に乗せた。
その翌朝、入院したリッチェルの元にネイが訪れた。聞くと、リッチェルは頭を強く殴られ、全治一週間ほどの怪我という。 「……残念ですけど、こんな状態では練習も満足に出来ませんし、演劇は辞退しますわ……。ネーティアさん。もう1人の方によろしく言って下さいな」 ネイは頷くと演劇の練習の場に戻り、他の参加者に言った。 「他の皆さんは練習を続けて下さい。ただ、状況が状況ですし、夜遅くまで練習した後は、帰る時に十分気をつけてください」 その後、ネイは演技指導の生徒や総元締めであるマイヤと相談する。その結果、母親は代役の希望者が立たない限りはダブルキャストをやめること、現場は演技指導が中心になって練習を進めること、何かあったらマイヤに連絡すること、等が決められた。 「これは私たちへの挑戦です。皆様はここで屈することなく、一層の奮起をもって演劇に全力投球して下さい。この件は、私が解決してみせます」 ネイはそう言って一人調査に向かった。
他の生徒が忙しく立ち回る中、アルフレッド寮長だけは普段と同じ仕事をしていた。だが、どうやら彼の生真面目さと苦労性は、今の状態を良しとしなかったようだ。実行委員に混じって巡回を行う傍らで、こんな提案もしていた。 「多分、今のままだと、結構な数の生徒が蒼雪祭当日『ただ成果発表を見て回る』だけになると思う。でも、そんな人にも何らかの形で蒼雪祭に参加して欲しいと思ってね」 そう言うと、寮長は手製の木箱を取り出す。 「そこで、『成果発表の人気投票』を行おうと思うんだ。成果発表を見て回った人は、どこの発表が良かったか、この箱に投票して貰う。得票数が一番多い発表を行った所には、自分が粗品を出す。発表を行う方も張り合いが出ると思うんだが、どうだろう?」 その提案は後に双樹会側からの奨励もあり、承認される事となる。早速、寮長は成果発表のリストを元に、投票用紙とポスターを作り始めた。
時は待ってくれない。蒼雪祭本番は着々と迫ってきていた。 |
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