夢舞台・蒼雪祭【2】
 アルメイスの学園生活の思い出に上げられる様々な行事。
 それは、蒼雪の月に行われるので『蒼雪祭』と呼ばれていた。

 今回の蒼雪祭において、グループ発表として申請が上がっていた物は、保留となっている1件を除き、天文部や蒸気研も含めてほぼ希望通り許可が降りている。
 成果発表に参加する生徒達は、そろそろ制作に追い込みを掛け始めていた。

 そんな中、レダも忙しく走り回っていた。もちろん、校内だと怒られるので走るのはもっぱら校外だ。この時期になると手伝いも忙しくなってきているようだ。
 そんなレダの様子を見て、普段のレダを知るものは必ずあることを尋ねたという。
「お? レダ。アルファントゥには乗らないのか?」
 1週間の謹慎が解け時計塔へ戻ってきたキックスも、アルファントゥに乗らないレダを珍しく思って、他の人と同じようにそう尋ねた。聞かれたレダは、自分の横にいるアルファントゥを見ながら笑顔でこう答える。
「うん。今、だいえっと中なんだよ〜。もうちょっとで6エルスだから、そこまではアルに乗らないでがんばるんだ〜」
 聞けば、レダは仕事の他にも、時計塔の周りを朝晩ジョギングしているのだとか。
「走ったら走っただけ、体重がへるんだって」
 明るくそう言うレダの笑顔は、いつもと変わらなかった。

 レダの頑張りに応えるように、マリー達の飛行機械の制作も着々と進んで行った。あと1週間もあれば、無人での飛行実験も開始できるだろう。
 組み上がって行く飛行機械を見ながら、マリーは急に大声を上げた。
「そうだ! 肝心な事忘れてたわ」
 何事かと尋ねる他の者達に、マリーはこう答える。
「この子の名前決めてなかったわ。何か良い名前つけなくちゃ」
 マリーの作る発明品には、『デスマシーンEX』や『ホワイトアローEX』の様に名前が付いている事が多い。今回も同じように名前を付けようと、マリーはグルーメルを飲みながら考える。
 だが、しばらく考えたあと、マリーは珍しく頭を抱えた。
「いつもだと、すらすらと名前が浮かぶんだけどなぁ……」
 飛行機械の製作の方に思考を奪われているのか、マリーがいくら考えても名前は浮かばなかった。
「だからといって、いつまでも『飛行機械』とだけ言うのも言いにくいし、この子がかわいそうだし」
 そこまで考えたマリーは、飛行機械の名前を公募する事にした。
「『飛行機械の名前、大募集! 優秀作には、マリエージュ・シンタックス謹製手作り発明品をプレゼント!』っと」
 簡単なポスターを描きあげ、マリーはレダにポスター貼りを頼む。
「これで、製作に専念出来るってものね」
 マリーは1人そう頷くと、飛行機械の製作に戻っていった。


 仕事以外にも、当日の見学の計画や、後夜祭に行われるフォークダンスのパートナー探しも外してはならない重要なポイントだ。
「そう言えば、フォークダンスって何をするんですの?」
 演劇の練習の合間に、ふとリッチェルがネイに尋ねる。
「あ、そっか。リッチェルは去年いなかったっけ。普通は『ハンネルン・シェイク』って曲に合わせて、2人で手をつないで踊るんだよ。こうやって……」
 ネイがリッチェルに説明するが、そこへ3点鐘が響く。
「練習再開します!」
 ネイは立ち上がってそう宣言した。

 演劇の練習も日を追うごとに熱を帯びていった。真剣な役者達に、真剣な演技指導の声が飛ぶ。これもまた一つの戦いだ。
「……ごめんなさい……。こうするしか、仕方がなかったのよ!」
「そこで剣を振り下ろす! もっと動きを大きく!」
「私は許さない! 私を許さないこの世界を! 私を許さない全てを!」
「もっと悲壮感と情熱を込めて!」
「違う! 目を閉じるな! 例え全ての世界が、お前を許さなかったとしても……! 俺は……俺は!」
「そこはもう少し間を取って、タメを作ってください!」
 舞台では連日夜遅くまで練習が続いたという。それに応えるように、道具班の道具製作も急ピッチで進んでいた。

 だが、ここで残念な事件が起きてしまう。リッチェルがまたも暴漢に遭ったのだ。
 場所は時計塔からほど近い川岸。時間は夜。どうやら、リッチェルは合同で演劇の練習を終えた後、その川岸で更に演劇の練習をしていたらしい。
 そして、事件を発見したのはまたもレダであった。状況も場所を除いては以前のペガサス事件とほぼ同じである。夜のジョギングを終えた後寮の部屋まで帰ろうとしていた時に、叫び声を聞きつけたレダが川岸でリッチェルを見つけたのだ。
「……どうしたの?!」
 地面に倒れていたリッチェルをレダが抱き上げると、リッチェルは言う。
「どうしたもこうしたも……ありませんわ……。不覚を取られて、襲われましたの……」
「大丈夫? 病院まで送る?」
 リッチェルの様子を見て、レダはそう言った。すると、リッチェルは頷いてこう言ったという。
「是非お願いしますわ……。レティー・ダーク……。アルファントゥ……」
 その言葉に、レダはリッチェルを軽々と抱え上げ、アルの背中に乗せた。

 その翌朝、入院したリッチェルの元にネイが訪れた。聞くと、リッチェルは頭を強く殴られ、全治一週間ほどの怪我という。
「……残念ですけど、こんな状態では練習も満足に出来ませんし、演劇は辞退しますわ……。ネーティアさん。もう1人の方によろしく言って下さいな」
 ネイは頷くと演劇の練習の場に戻り、他の参加者に言った。
「他の皆さんは練習を続けて下さい。ただ、状況が状況ですし、夜遅くまで練習した後は、帰る時に十分気をつけてください」
 その後、ネイは演技指導の生徒や総元締めであるマイヤと相談する。その結果、母親は代役の希望者が立たない限りはダブルキャストをやめること、現場は演技指導が中心になって練習を進めること、何かあったらマイヤに連絡すること、等が決められた。
「これは私たちへの挑戦です。皆様はここで屈することなく、一層の奮起をもって演劇に全力投球して下さい。この件は、私が解決してみせます」
 ネイはそう言って一人調査に向かった。


 他の生徒が忙しく立ち回る中、アルフレッド寮長だけは普段と同じ仕事をしていた。だが、どうやら彼の生真面目さと苦労性は、今の状態を良しとしなかったようだ。実行委員に混じって巡回を行う傍らで、こんな提案もしていた。
「多分、今のままだと、結構な数の生徒が蒼雪祭当日『ただ成果発表を見て回る』だけになると思う。でも、そんな人にも何らかの形で蒼雪祭に参加して欲しいと思ってね」
 そう言うと、寮長は手製の木箱を取り出す。
「そこで、『成果発表の人気投票』を行おうと思うんだ。成果発表を見て回った人は、どこの発表が良かったか、この箱に投票して貰う。得票数が一番多い発表を行った所には、自分が粗品を出す。発表を行う方も張り合いが出ると思うんだが、どうだろう?」
 その提案は後に双樹会側からの奨励もあり、承認される事となる。早速、寮長は成果発表のリストを元に、投票用紙とポスターを作り始めた。


 時は待ってくれない。蒼雪祭本番は着々と迫ってきていた。

■咲く花・散る花■
「近づいてきたね。蒼雪祭!」
 蒼雪祭実行副委員長の“六翼の”セラスが言う通り、蒼雪祭本番は刻一刻と迫ってきていた。
 本番が近づくにつれ、実行委員達の仕事も増えていく。
「では、私は見回りに行ってきますわ」
 そう言うのは“桜花剣士”ファローゼ。彼女は、前回不祥事を起こした「茶屋『山茶花』の見回りを重点的に行っていた。その後ろ姿を見送りながら、“光炎の使い手”ノイマンが、苦言を呈す。
「学園祭というのは、生徒の努力の結晶であるべきだ。運営の人手不足はこの通り見て承知しているが、手が回らなかった所を懲罰で補うのはどうだろうか?」
 すると、様子を見に来ていたマイヤがそれに答える。
「規律を守れない者へ、情けをかける気はありませんよ」
 生徒として相応しくない行動は律されるべきだと、マイヤは答えた。ノイマンは更に話を聞こうとしていたが、時間はそれを許さなかった。
「襲撃事件の方を見てくる」
 ノイマンは“旋律の”プラチナムと共に、警備と平行してリッチェル襲撃事件の捜査に協力することにしていた。また、セラスや委員長の“風曲の紡ぎ手”セラも、リッチェル襲撃事件に関しては出来る限りの便宜を図るつもりでいた。
「それでは、私は演劇の方を見てきましょう」
 マイヤがそう言って、部屋を出て行こうとする。セラとセラスも、自分がすべき仕事をこなすべく部屋を出た。

 実行委員会本部を出たファローゼは、先程言っていた通り山茶花の作業場所へ向かっていた。ただ、その途中で彼女は山茶花の話とは少し違う事を考えていた。
(寮長は、働いていないと落ち着かない人なのですわね……。セラさんと何事か約束していたという噂もありましたし、やはりきちんと休みを取らせなければ)
 だが、彼女の願いはあっという間に破られる事となる。ファローゼが山茶花の作業場所に着いた時、そこにはアルフレッド寮長が居たのだ。
 ファローゼは思わず寮長に言った。
「何をしてらっしゃるのですか?!」
 すると、寮長はその勢いに少し驚きながらも、こう答える。
「山茶花から2人程問い合わせがあったのでね。説明がてら出向いたんだ」
「2人……ですの?」
 ファローゼが尋ねると、寮長は頷く。
「ああ。まず1人はガッツ君からだ」
 “黒い学生”ガッツの名前が出た瞬間、ファローゼは近くにいたガッツの方を見る。
「……何だよ。さすがに自分がまいた種だし、寮長に任せてサボろうなんて事は、今は考えてねぇよ」
 そう言うガッツの手には、ペンと紙。
「ガッツ君からは、小冊子の内容をどうしようかと言う相談を受けたんだ。もちろん、他の人と相談して決めて貰うのが良いんだが、アドバイスは出来るだろうと思ってね」
 寮長の言葉に、“熱血策士”コタンクルがフォローを入れる。
「もちろん、大まかな部分の原稿は決まっている。各グループに今回の件を侘びると同時に、小冊子用の紹介文章を書いて貰うつもりだ。ガッツにはそれ以外の印刷や文字起こしをして貰っている。で、そこで1つ疑問が出たので、寮長に尋ねに行ったのだ」
「疑問?」
「ああ。寮長が企画の人気投票をすると聞いたんでな。この小冊子にその事を載せるのかどうか聞いた。載せるとなると構成を変えなければならない。この修正をするとまた時間が取られる」
「なので、私が出向いたと言うわけだ。私の企画で迷惑を掛けるわけにはいかないのでね。構成について相談していたんだ」
 そこまで聞いたファローゼは、1つの提案をした。
「それならば、普通に投票用紙を刷って、小冊子や貧乏sの蒼雪祭マップに挟んでおけばよいかと思いますわ。良ければ、私が受付で回収致しますの」
 寮長はしばし考えた結果、その提案を受け入れることにした。
「そうする事にするよ。山茶花のみんなの時間を私が削るわけにはいかないからね。エンゲルス君やエドウィン君には私から頼んでみることにしよう。すまないね。相談に時間を取らせてしまって」
 それを聞いたコタンクルは、自分の当てが外れた事を悟った。
(ううむ。変更に時間が掛かるから、山茶花の発表用に寮長へ本当の桜を咲かせて貰えるように仕向けるつもりが……)
 だが、それを言ってる時間はやはり無かった。“深緑の泉”円がコタンクルに話しかける。
「……コタンクルさん。そろそろお詫び回りに行こうと思うです。……ガッツさん。冊子制作の方、よろしくお願いしますです」
 円の言葉にコタンクルは頷いて、原稿用紙を手にして円と共に部屋を後にする。それを見送った後、“闘う執事”セバスチャンがガッツに言った。
「ガッツ様。『今』も『これから』もサボることは考えず、しっかりと作業をこなしてくださいませ。山茶花の汚名返上に協力して頂きますよ」
 その言葉に、あわよくば寮長に作業を変わって貰おうと考えていたガッツは、観念して作業をすることにした。
「では、私は投票用紙を作るので、出来たらまた来るよ」
 寮長もそう言って部屋を後にする。ファローゼは人気投票の打ち合わせをするべく、寮長の後に付いて行くことにした。


「すまないね。君も色々忙しいだろうに」
「そんなことありませんわ」
 そんな事を話しながら、寮長とファローゼは寮長の部屋に着く。すると、そこには“夢への誘人”アリシアが待っていた。
「あ、ァレフ。待ってたょ」
 そう言うアリシアの格好は、まるでどこかへ旅行するかの様だった。
「おや。どこかへでかけるのかな?」
 寮長がそう尋ねると、アリシアが頷く。
「そぅ。ェルリントに会ぃに行くんだ。でも、その前にどぅしても聞いておきたぃことがあるんだ」
 エルリントと聞いた寮長の表情は、少し険しくなっていた。だが、寮長は努めて冷静に応える。
「ふむ。何かな」
「ァレフ、レダに隠し事してるょね?」
 アリシアはレダの母親エルリントについて調べていた。そこで、以前に聞いた時に疑問に思ったことを、こうして聞きに来たのだ。
「ァリシァはね、レダは出来る限り真実を知るべきだと思ぅ。だから、隠し事があるなら、教ぇて。レダの為に」
 それを聞いた寮長は、立ち話もなんだからとアリシアとファローゼを部屋に入れ、椅子を勧めた。
「私も聞いて良いのですの? 何だか大切そうなお話のようですけど」
 ファローゼの言葉に、寮長は頷く。
「大切な話だけど、秘密ではないからね。少し考えれば判ることなんだ。敢えて言わなかっただけで」
 そう言うと、寮長は話し始める。
「私は地のティベロンのフューリアだ。そして、私の前にティベロンのフューリアだったのは、私の師匠エルリントだ。ここまでは以前に話したと思う」
 その言葉に、アリシアは頷く。それを確認して、寮長は話を続けた。
「師匠エルリントの名字は『ダーク』と言う。だから、私は直接聞いたことはないが、レダ君と何らかの関係がある可能性は大きい」
「やっぱり!」
 思わずそう言うアリシアを宥め、寮長は話を続ける。
「ところで、ティベロンを含む四大リエラは、複数のパートナーを持たない。これは聞いたことがあるかな」
 ファローゼは、幸いについ最近同じ事を聞いたことがあった。それは誰からかと言えば、他ならぬ火のアルムのパートナー、エリス。
 寮長は話を続ける。
「つまり、私がティベロンのフューリアであると言うことは、私以外にティベロンのフューリアはこの世にいないと言うことになる」
 遠回しに言った言葉に、ようやくアリシアは気づいた。
「……じゃ、エルリントって……もぅ」
「ああ。残念ながら、リットランドの森を守ろうとして、その命を落とされた。私がそこに行った時には、何もかもが遅かった……」
 そう言う寮長の顔は、やり場のない悔しさであふれていた。だが、すぐに気を取り直して、話をこうまとめる。
「もし、師匠エルリントがレダ君の母親だとしたら、私は『母親は死んだ』と告げるべきではないと思った。だから、あの時は敢えて言わなかった。師匠エルリントは、今はリットランドの森の中で静かに眠っている」
 アリシアは荷物を降ろした。エルリントに会いに行くことが叶わないと理解したからだ。
「……私の話はこれだけだ」
 アリシアはそれを聞き、静かに頷いて寮長の部屋を後にする。
「……では、打ち合わせをしようか」
 後味の悪さを打ち消すように、寮長はファローゼにそう言った。


 その後、投票用紙の原稿も出来、山茶花制作の小冊子と合わせて印刷に入った。こちらは引き続きガッツと監視役のセバスチャン、および“福音の姫巫女”神音が担当し、急ピッチで印刷機を回す。それと平行して“硝子の心”サリーがデザインした蒼雪祭のポスターも出来上がり、印刷機はフル回転を続けていた。
 その後もグループ員は頑張り、期日1日前に山茶花は与えられた全ての作業を終えた。そして、その期間中にファローゼの木刀が振り下ろされることも無かった。
「では、保留解除とします」
 程なく、そう通達が届く。山茶花の面々は準備の遅れを取り戻すべく、最後の追い込みに入った。


■準備は進む■
 本番まであと一週間。発表を行う他のグループも、追い込みに入っていた。
「手伝い募集のせいかもあって、ここも賑やかになったのぅ。ふぉっふぉ」
 ここは、“鍛冶職人”サワノバの成果発表企画。その名もズバリ『鍛冶職人』の作業場である。
「若人が回りにいると、鍛えたくなってしまうのぅ」
 手伝いに来た者達を見ながらサワノバがそう言う隣で、“自称天才”ルビィは一人頷いていた。
(ムフフ。店の雰囲気もずいぶんと華やかになってきたぜ。これも、集会室でのナンパ……もとい、呼び込みの成果!)
 これはルビィの妄想でも誇張でも何でもない。実際、ルビィは集会室に行き、そこで雑談していたユリシア=コールハートや“眠気覚ましに”まどかをナンパ……もとい、勧誘に成功しているのだ。
(フランもいるし、ここはまさに楽園!)
 ルビィは自分の計画が上手く行っているからか、気分は上々だった。
(この流れのまま、フランにフォークダンスを申し込む。完璧だぜ)
 運気が自分に向いていると感じていたルビィは、この機を逃さずに手伝いをしていたフランの元へと向かう。
「フラン。ちょっと良いか?」
 だが、運気はほんの少しだけルビィから離れた。まどかがフランとルビィに話しかけてきたのだ。
「このおもちゃって、どんな風に梱包したらいいのかしら。やっぱり、子供が好むようなもの?」
 まどかがそう言って取り出したのは、『おはようイルズマリ』と名付けられた至高倶楽部の『蒸気式目覚まし時計』用組み込みユニット。蒸気圧を利用してイルズマリの羽の駆動を再現した、“完璧主義者”レイディンの力作である。
「そうですね……。こう言う感じにしてはどうでしょうか?」
 まどかとそう話しているフランの肩の上で、イルズマリは自分を模した機械をみて複雑な顔をしている。
「うむむ……。何というか、不思議な気分である」
「……では、発売を取りやめましょうか? イルズマリ様の気分を害するわけにはいきませんし」
 レイディンがそう尋ねると、イルズマリは羽を翻してやんわりと否定する。
「いや、それには及ばないのである。ただ、吾輩がこの様になるとは想像も付かなかったのである」
 そう言うと、イルズマリはおはようイルズマリの顔をしげしげと見つめた。その視線の先で、おはようイルズマリはフランとまどかの手によって梱包されていった。
 タイミングを失ったルビィは、フラン達のそんな様子を見ながら考えを巡らせる。
(まだフォークダンスへ誘うチャンスはある。それなら……)
 考えをまとめたルビィは、そこにいる面々に言った。
「ちょっと気苦労を減らしに行ってくるぜ」
 そう言われたフラン達は、何のことか判らないままルビィを見送った。


 セラは委員長としての職務の合間を縫って、自分のグループ「トリック・オア・トリート」(以下、ToT)へ様子を見に行く。
(うちのグループは大丈夫ですかしら……?)
 その頃、当のToTはと言うと、“笑う道化”ラックが調達してきた衣装合わせを行っていた。ラックは1人1人に衣装を手渡す。
「はい。これ」
 “七彩の奏咒”ルカは、早速受け取った衣装を確認した。
「ルカはこの吸血鬼の服ですね」
「そうや〜。最近流行ってるらしいんや〜」
「……流行ってるって……最近の吸血鬼は猫耳でゴスロリなんですか」
 ルカはそう言いながらも、衣装を身に纏った。
「ラッククン。わたしの衣装って、これ?」
 怪訝そうな顔でそう言うのは、“待宵姫”シェラザード。
「ん? 何か変な所でもあったん?」
「だって、これって裸にマントだけの格好よ。こんな格好で客引きやらせようとするなんて……」
 ラックがその言葉に一瞬驚いたところへ、セラが部屋に入ってくる。
「……いったい、何の話をしてらっしゃるんですの? 裸とか聞こえたのですけど」
 セラの登場に狼狽したのは、意外にもラックではなくシェラザードの方だった。
「……あ、あははは、や〜ねぇ。冗談よ。冗談」
 そう言うと、シェラザードは別の衣装を取り出した。それを見た時、ラックは状況を理解する。そう。先程までシェラザードが持っていた衣装は、ラックを驚かせる為に彼女自身が用意した偽物だったのだ。
「皆、迷惑掛けてセラちゃんに怒られんようにね♪」
 ラックの言葉が、シェラザードの胸に突き刺さる。その後、シェラザードはコウモリ羽と悪魔の尻尾と言う悪魔っ娘スタイルに落ち着いたという。
「ところで、企画の進み具合はどうですの?」
 セラは委員長として、そしてグループ員として状況を尋ねた。
「ばっちりや。ね?」
 ラックが話をシェラザードに振った。彼女は頷くと、ゾンビの格好をしていた“貧乏学生”エンゲルスと吸血鬼のルカに準備をするように言う。2人は頷くと、奥に引っ込んだ。
「こんな仕掛けを作ってみたわ」
 そう言うと、シェラザードは暗がりを指した。セラがそこを見ていると、ぼんやりと2人の姿が浮かび上がってくる。
「クスクス……」
 ルカの笑い声が響く中、シェラザードは2人に触れようとするが、手は空を掴むばかりであった。そのうちに、エンゲルスの指が腐ったかのようにぽろりと落ちる。そのまま見ていると、2人の姿は闇の中へとかき消えていった。
「どう?」
 そう尋ねた時、天井から声が響いてきた。
「ふははは! ちょっと驚いたけど、まだまだでござる!」
 思わず振り返るToTの面々。その天井には、逆さまにぶら下がる黒い影。
「色々と仕掛けを作っているようでござるが、拙者達のお化け屋敷に勝てるでござるかな?」
 そう。その黒い影は、隠密同好会の“爆裂忍者”忍火丸であった。彼女は企画的にライバルであるToTの偵察兼冷やかしに来ていたのだ。
「降参はいつでも受け付けて……む?」
 以前のように華麗に半回転して飛び降りようとしていた忍火丸だったが、様子がおかしい。どうやら、天井に張り付く時に使った命綱のロープが絡まってほどけなくなっている様だ。
「ここをこうして……あ!」
 ロープから無理矢理脱出しようとした忍火丸だが、次の瞬間、彼女のロープは一気にほどけた。バランスを崩した彼女は、床に顔をしこたま打ち付ける。
「はめられたでござる! 覚えておくでござるよ!」
 鼻血を出しながら、忍火丸は逃げ帰っていった。
「なんやったんやろ?」
 彼女の行動に、ラックもどこからツッコんで良いか判らずそう言うばかりである。そんな中、セラは冷静にシェラザードへ尋ねた。
「さっきの仕掛けはどうなっていたのですの?」
「あ、あれはね。斜めにガラスを立てて、客から見えない所で2人に動いてもらったのよ。そうすると、それがガラスに映りこんで、半透明のお化けが出来上がりと言うわけ」
「なるほど」
 セラは納得すると、他の所の様子を見に行くと言ってそこを後にした。
「ほな、ボクもちょっと出かけてくるから、後よろしくな〜」
 ラックもそう言うと、シェラザードに仕掛けを任せ、部屋を出る。その後ろで、エンゲルスの声が響いてきた。
「ああっ! 仕掛けとはいえ、もったいない!」
 どうやら、先程腐って落ちた指は、キャンディ製らしい。


 謹慎が解けたキックスが戻ってきた天文部も、やはり追い込みに入っていた。
「キックスはん、これ、使ってくれへん?」
 “のんびりや”キーウィがそう言って何かの原稿を渡す。
「……これは?」
「ウチ、本読むの結構得意なんよ。だから、元々キックスはんが覚えるはずやった原稿をウチが読んで、わかりやすく纏めてみたねん。わからへん専門的な話は、デイヴィッドはんにお願いして説明もして貰ったんよ。少しでも遅れを取り戻せる様に使ってくれたら嬉しいんやけど」
 キーウィの言葉に、キックスは一言だけこう答えた。
「……悪ぃな。ありがと」
 その様子を見ていたデイヴィッドは、星空教室の仕掛けを動かす練習をしていた“炎華の奏者”グリンダを呼ぶ。
「グリンダちゃん〜。萌え萌えメオティ入れてくれるかな〜」
 『萌え萌え』とデイヴィッドが言うのは、グリンダが相変わらず宣伝と称して『魔女のお茶会』での蒼雪祭での制服を着ていたからだ。グリンダもそれは承知の上なので、猫耳ゴスロリエプロンドレスでデイヴィッドにお茶を入れる。
「ところで、キックス」
 引き続いてキックスにお茶を入れながら、グリンダはキックスに話しかけた。
「ネイがリッチェル襲撃事件を調査している話、聞いた?」
「ああ。あいつから聞いた」
 キックスがそう言うと、グリンダはポットを降ろし、真剣な表情でキックスに言う。
「調査を進めているネイも襲撃されないとは限らないわ。キックス。女の子の夜道の一人歩きは危険だと思わない?」
「……何が言いたいんだ? はっきりと言えよ」
 そう言われたグリンダは、言われた通り単刀直入にこう言った。
「夜道を帰る時に、ネイを寮まで送って行ってあげるべきだと思うのよ。か弱い女の子だけで夜道を帰れって言うのは、酷い話だと思わない?」
 普通なら、キックスは渋々ながらもグリンダの勧めを拒まなかっただろう。だが、今回キックスはその勧めを拒んだ。
「……あいつにも事情があるんだろ。今は俺と一緒にいたくないらしいぜ?」
「それ、どういう事?!」
 グリンダが驚いて尋ねると、キックスはどこか腑に落ちないといった顔で説明する。
「あいつの方から言ってきたんだ。しばらく自分のことは気にするなって。色々することがあるんだってさ」
「じゃ、前に言ってたプレゼントの話は?」
 プレゼントとは、魔女のお茶会のサービスである『メッセージカード付きの花束』の事である。グリンダは、既にキックスの名前でそのサービスを予約済みだった。
 だが、キックスは首を振った。
「……あいつはあいつなりに頑張っている気がするんだ。理由は聞かなかったけど、あいつの顔は真剣だった。無理に誘わなくても、また今度でいいんじゃねぇか? 気持ちはありがたいけど、今回はパスさせてくれ」
 キックスにそう言われては仕方がない。グリンダは魔女のお茶会に戻って予約を取り消すことにした。
「それじゃ、ちょっと行ってくるわね」
 それを見送りながら、キーウィは悩んでいた。
(今の話やと、キックスはんはフォークダンスの先約はなさそうや。でも……)
 キックスとフォークダンスを一緒に踊ろうと考えていたキーウィにとっては、今の状態は千載一遇のチャンスであるのは間違いなかった。さりとて、事情が事情だけに誘うのも気が引ける。
 悩んだ結果、キーウィは意を決してこう告げた。
「キックスはん、ちょっとエエ?」
「なんだ?」
「こんな時に何やけど、天文部の発表が上手くいったら、フォークダンスを一緒に踊って貰えへんか?」
 キーウィは恥ずかしさと緊張で顔を真っ赤にしながら、キックスの返答を待つ。すると、キックスはあっさりとこう答えた。
「……俺か? 別に構わないけど。さっきの原稿のお礼をしなきゃならないしな」
 それを聞いたキーウィはうれしさの余り、キックスに抱きついた。


■稽古も進む■
 双樹会発表の演劇も、準備や稽古が順調に進んでいた。今は、明日のいわゆる『通し稽古』に向けて、舞台を使っての稽古が行われている。中世風に仕立てた劇の衣装も着込み、気分は本番と変わりない。
「そうだ! もっと人の醜悪さを! 観客までもが嫌悪感を抱かせるまでにしみ出させろ!」
 舞台に向けて演技指導の“闇司祭”アベルの声が飛ぶ。今は、奴隷商が少女と交わした筈の約束を破り、少女をまるでゴミのように売り飛ばすシーンである。
「貴様には、価値はない! 貴様は『人』ですらないのだからな!」
 舞台の上では“朧月”ファントムが“銀の飛跡”シルフィスへ向かって、鬼気迫る形相で罵倒する。ファントムの演技を受け、シルフィスも張り切る。
(みんな凄い真剣ねぇ。私も負けていられないわね)

 場面は進み、クライマックスにさしかかる。少女を救う手になる筈だった母親。だが、母親自身が少女を裏切って奴隷商へ自分を売り払った事が判って、話は坂道を転がるように一気に進む。
「……ごめんなさい……。こうするしか、仕方がなかったのよ! 愚かな私を許して……」
 母親役の“深藍の冬凪”柊 細雪が涙ながらに訴える。だが、その訴えは届かない。
「仕方がなかった……? それが答えなの?」
 ぼろぼろの衣服を纏ったシルフィスが答えると同時に、“憂鬱な策士”フィリップが舞台の仕掛けを作動させる。その次の瞬間、舞台は血のように真っ赤に染められた。
 その中で、シルフィスは細雪に向かって手を伸ばす。不思議な力によって、細雪の体ははじき飛ばされ、血が噴き出す。
「私は……私は決して許さない!」
 シルフィスは全身全霊でそう叫ぶ。クライマックスの有名な台詞に、アベルの演技指導も熱が入る。
「世界をも焼き尽くさんばかりの熱き激情を、もっと前面に!」
「私を踏みにじった奴隷商を! 私を狩り立てた軍隊を! 私を許さないこの世界を! 私を許さない全てを!!」
 シルフィスはそこまで台詞を一気に言い切る。
(練習だからって気は抜かないわ。会場全体を引き込んでみせる!)
 気迫を込めたまま、シルフィスは再び細雪へと手を伸ばした。
「炎よ!」
 しかし、炎は放たれることはなかった。細雪の前に“闇の輝星”ジークが立ったからだ。
「どきなさい! 私は全てを焼き尽くす!」
(私は出来る限りの迫真の演技をぶつける。だから貴方も頑張って欲しいわ)
 そう願いながら、ジークに向けて手を伸ばすシルフィス。だが、ジークはその気迫にひるむことなく、シルフィスへと近づく。
「……世界が全てお前を許さないわけじゃない」
 ジークが静かにそう言うが、シルフィスは手を下ろさない。
「世界中みんな同じよ! 私の存在を許さない世界なんて要らない!」
「違う! 目を閉じるな! 例え全ての世界が、お前を許さなかったとしても……!」
 そう言う間に、ジークはシルフィスのところまで来ていた。
「俺は……俺は!」
 ジークの言葉は最後まで発せられることはなかった。その代わりに、ジークはシルフィスを抱きしめる。
「な……」
 シルフィスの手から力が抜け、ようやく地へ向けられる。
「私を……許してくれるの? 私、人じゃないのよ……」
 シルフィスが尋ねる。
「お前が人であろうとなかろうと、俺にとっては何も変わりない」
 ジークの言葉に、フィリップが再び舞台装置を動かす。舞台は元の様子に戻り、シルフィスは黙ってジークを見つめた。
「帰ろう」
 ジークの言葉に、シルフィスは頷く。
「ありがとう……」
 シルフィスが最後にそう言って、舞台は暗転した。


「今日の練習はここまで」
 アベルの声が響き、練習が終了した。
「お疲れ様です」
 様子を見に来ていたマイヤは、練習を終えた有志の面々にねぎらいの言葉をかける。と、そこへ細雪がやってきた。その格好は先程突き飛ばされ、血糊が付いている状態である。
「マイヤ殿。時に、リッチェル殿の見舞いには参られますでしょうか?」
「そうですね。一度行こうかと思っていますが、時間の折り合いがつかないのです」
 マイヤの答えを、細雪は予想していた。
「お忙しくて参られないのであらば、拙者、代理にて行って参りまする」
「でも、細雪君。先程までの迫真の演技で、疲れては居ませんか?」
 マイヤの心配を、細雪は感謝しながらも否定した。
「心配無用でする。拙者、些少の休憩と飯があれば問題ござらぬ」
「ああ。では、よろしくお願いします」
 と、そこへ“翔ける者”アトリーズが来た。
「行くなら、俺も行くよ」
 アトリーズは、今回の件に自分の責任を感じていた。
(俺がリッチェルを演劇に誘った……だから)
 結局、演劇の有志からは2人がリッチェルのお見舞いに行くことになり、今日は解散となる。
「では、今日は解……」
 アベルが最後にそう言いかけた時、“天津風”リーヴァが自分の心配を告げた。
「ちょっと待った。自滅姫が襲われたと言うことは、道具の方にも被害がでるかも知れない。小道具類は各自で管理して欲しい」
 続けて、フィリップが言う。
「書き割り一枚でも壊されたら、たまったもんじゃない。自分は道具を悪戯されないように、今夜はここで見張っている」
 さすがにこれはマイヤの判断が必要だったが、マイヤは蒼雪祭まで時間がないのも考慮に入れ、特例としてこれを許可することにする。
「それでは、解散」
 改めてそう言って、本日の練習は終了となった。


 次の日、ジークは演劇の練習に行く前に、カレンを探した。自分の出演する演劇を見て欲しかったからだ。
 ジークがカレンを見つけた時、カレンは珍しくクレアと話していた。もっとも、この2人は顔見知りなので、話していること自体は不思議ではない。
「カレン〜。今度の蒼雪祭、私は演劇に出るんだ〜」
 クレアがそう言っているのを聞いた時、ジークは少し焦った。演劇はダブルキャストである。そして、クレアが出る回は、ジークは出ない。ジークのしていた役は、今もクレアの横にいる“怠惰な隠士”ジェダイトが演じるのだ。そして、クレアはジークの予想通り、こう話を続けた。
「もし暇なら、見に来て欲しいな〜」
 カレンがそれに頷くのを見て、ジェダイトがクレアに言う。
「クレア。練習に行こうぜ」
 クレアは手を振って、ジェダイトとその場を離れる。ジークはそれと入れ替わるように、カレンの所へ来た。
「カレン」
 ジークの登場に、カレンはいつものように淡白に答えた。
「何?」
「クレアと同じさ。蒼雪祭の演劇に出演するんだが……もし暇なら観に来て欲しい」
 それを聞いたカレンは、蒼雪祭のタイムスケジュールを見る。今回、演劇は3日間で午前と午後、計6回公演を行う予定だった。
「最終日の午前中なら見に行けるわ」
 カレンの言葉に、ジークは感謝した。他の2日間は、ジークの組は午後からの担当なのだが、この日はシルフィスの都合で午前中担当になっていたのだ。
「チケットがあるから、観るなら使って欲しい」
 ジークがそう言って先行販売のチケットを渡すと、カレンは黙ってそれを受け取った。


■事件は闇へ■
 アトリーズと細雪は、リッチェルが入院している病室へとお見舞いに向かった。
「姫君。大丈夫かい?」
 アトリーズがそう言って病室を訪れた時、そこには先客が居た。“蒼空の黔鎧”ソウマである。
「リッチェル! 悪党には俺が必ず裁きを与えてやるぜ! 安静にしてろよ!」
「……安静は大げさですわ」
 そう言うリッチェルは、思ったよりも元気そうだった。聞けば、演劇への出演は練習の関係で無理ではあるが、蒼雪祭までには退院出来るとのこと。
「では、姫君。回復したら、ダンスの相手をお願い出来ないか?」
 アトリーズの言葉に、リッチェルは少し考えた後に尋ねた。
「何故、わたくしにそこまでこだわりますの?」
「ああ。キミは面白いし、キミへの興味はまだまだ尽きそうにないから。だから、キミと一緒にいたいし、俺はキミを守ると決めた」
 アトリーズ自身も気づいていなかったのかも知れないが、これはアトリーズの告白だった。そこまで言われたリッチェルは、こう答える。
「……後悔しても知りません事よ?」
 アトリーズは頷いた。
「それじゃ、俺はネイの所に行ってくる!」
 用事を済ませたソウマがそう言うと、アトリーズはそれに付いていくと告げる。
「この件は、俺が演劇に誘わなければ起こらなかった。俺には責任がある。ネイの手伝いがしたい。いや、ダメといっても手伝う!」
「よし! 行くぜ! 心に正義の炎を燃やせ!」
 2人が熱き血をたぎらせ、病室を後にしようとする。だが、そこへ別の生徒が来た。“銀晶”ランドと“泡沫の夢”マーティ。そしてルビィとノイマンである。
「ランド! 丁度良いぜ! 過去視をしたんだろう? 情報交換だ!」
 ソウマの言葉にランドは頷く。だが、その表情は険しい。
「どうした! 犯人の姿を見たんじゃないのか!」
「ああ。でも……」
 そう言うと、ランドは状況を話し始めた。

 時間は少し前に遡る。
 ランドは、今回の件を有効に活用しようと考えていた。
「通り魔事件とは穏やかではないが、解決に協力すれば『占いの館』の宣伝にもなる」
 そう。彼は今回の件を、ミステリー研究会の成果発表の宣伝に使おうとしたのだ。だから、まず筋を通すべく、調査の許可を蒼雪祭実行委員へ取りに行く。
「……ということで、他にも被害者が出て蒼雪祭が中止になるかもしれん。そうなればこれは学園全体の問題だ」
 ランドがそう訴えると、セラスが確認した。
「じゃあ、警備に協力と言うことで良いかな?」
 ランドは頷いた。もちろん、筋を通しに来たのだから異存はない。
「では、わたしが立ち会おう」
 事件捜査に協力するつもりだったノイマンが立ち会うと言って、許可は無事下りる。ノイマンは、元々協力するつもりだったルビィと途中で合流し、結局マーティの過去視はこの3人で見守ることとなった。
「遅いわよ。早く犯人見つけましょ。これで中止になったらたまったもんじゃないわ」
 リッチェルが襲われた河原には、マーティが待っていた。彼は予めレダからリッチェルを発見した時間を聞いていた。あとは、ランドに任せて心おきなく『過去視』を掛けるだけとなっている。
「行くわよ。貴方の過去を見せて頂戴」
 そう言うと、マーティは地面に手を触れ時を遡った。程なく、スパイラルパストが地面の過去を映し出す。もちろん、そこにはリッチェルの姿も映し出されていた。
「……おい。リッチェルがやっていたのは、演劇の練習じゃなかったか?」
 ルビィが疑問を挟む。映し出されたリッチェルは、特に何をするでもなく、河原に身を隠すようにして何かを見つめていた。
 と、リッチェルが身を隠すのを止める。その次の瞬間、リッチェルの背後に影が映った。
「な、なんだって?!」
 ランドはそう叫ぶしかなかった。その影は……ネイの姿をしていたからだ。
「どういう事だ?!」
 疑問を解消する間もなく、映像の中のネイはリッチェルの後頭部をラケットで殴る。リッチェルが地面に倒れ、過去視はそこで終わった。

「……と言うことなんだが」
 ランドが状況を話し終えると、ソウマは叫んだ。
「わかった! 元々行くつもりだったし、ネイに話を聞いてくる! 俺の正義で、悪の気配や殺気を読み取るぜ! 俺は正義だから、犯人の手掛かりを運良く見つけられるはずだ!」
 ソウマは自らの熱き正義魂を信じ、部屋を後にする。付いていくと言った手前、アトリーズもその後を追った。
「リッチェル。お前さんも本当に良く襲われるなぁ。でも、今回の犯人も俺様達が懲らしめてやるから安心しな!」
 ルビィもそう言うと、ノイマンと一緒に部屋を後にした。残ったランド達もそこを後にしようとした時、また別の生徒がそこを訪れる。
「襲撃事件の被害者に話を聞きに来たんだけど」
 彼は“冒険家志望”テムと名乗った。彼はリッチェルから事件の話を聞こうとしていたのだ。
「……それなら、あちらの人達に話を聞いた方が良いかもしれませんわ」
 リッチェルはそう言うと、ランド達を指し示す。ランド達はミステリー研の宣伝という名目もあったので、情報を出し惜しみする必要はなかった。先程ソウマ達に言った情報を、テムにも教える。もちろん、自分の所の宣伝も忘れない。
「なるほど。じゃあ、僕も話を聞きに行ってみよう」
 テムもそう言って、部屋を後にする。
「じゃ、俺達も戻るぞ。準備をしないと」
「何の?」
 ランドの言葉に、マーティが答える。今回、マーティのリエラは、蒼雪祭に関する記憶を喰らったようだ。
「……貴方達も大変ですわね」
 リッチェルの言葉に送られ、ランド達も病室を後にする。全員が部屋から出たのを確認して、リッチェルはこう呟いた。
「……真実を隠したのは、失敗だったかも知れませんわね……」

 ソウマは体内の正義エンジンをフル回転して、ネイの元へと急行した。だが、先にリッチェルの方へ行っていたからか、少し出遅れたようだ。ネイの元には先客がいた。
「おや。丁度良い」
 その先客はアベルだった。アベルは、ソウマ達を見てネイにこう言う。
「この通り、調査役の志願者はいる。それに、貴女が調査中に襲撃をされては、演劇参加の面々も士気に影響を及ぼす。もし、これを我々への挑戦と言うのなら、勝手は慎み我々と共に行動して頂きたい」
 どうやら、アベルはネイに単独調査をやめるように説得していたらしい。事情を理解したアトリーズは、ネイにこう申し出る。
「ネイ。この調査を手伝わせてくれ! ダメといわれてもやるけど」
「どうかね。ネイ」
 援護を受けたアベルが、再びネイに問う。ネイは考えた結果、こう返答した。
「……わかりました。そこまで言われるのでしたら、従いましょう」
 アベルとの話が済んだので、ソウマは早速ネイに問いかけた。
「ネイ! 心に正義の炎は燃えているか!」
「はい?」
 ソウマは暴走気味にネイへ話し続ける。
「俺は正義だ! 正義の心で、悪党を追いつめてぶん殴るぜ!」
 さすがに、ネイもこれらのソウマの話は、一歩引いたところで聞くしかなかった。完全に、ソウマに押され気味である。
「もちろんリッチェルを殴った犯人を見つけようと、この不肖ネーティア・エル・ララティケッシュ、粉骨砕身しています。で、ソウマさん。結局何を言いたいのでしょう?」
 ようやくネイがそう言うと、ソウマも少し落ち着いたのか、普通にこう尋ねた。
「ネイ。情報交換だ! この事件で俺が聞いてきた情報を話すから、そっちも何か情報があったら教えてくれ」
「わかりました。と、言っても、調査の結果は余り芳しいものではないのですが……」
「そうか。こっちは、ミステリー研究会から有力な情報を手に入れたぜ!」
 ソウマの言葉に、ネイは黙ってしまった。ソウマはその沈黙を肯定と判断し、話を続ける。
「ミステリー研究会のマーティが、現場を過去視した。その結果見えたのは、リッチェルを殴った犯人がネイだったと言うことだ!」
 それを聞いたネイは、驚きの顔を見せる。
「私が、リッチェルを? 私が何故そんなことをしなくてはいけないのですか! いくら仲が悪いからと言っても、夜中にいきなり後ろからラケットで殴ったりはしませんよ! それに、過去視なら幻覚かも知れないでしょう。私を誰かが陥れようとしているのかもしれません」
 その様子を見ていたアベルは、今の会話に引っ掛かるものを感じた。
(……私の勘が、矛盾を告げている。それに、前から気になっていたが、ネイとリッチェルの関係は不審な点がある。いったい、どういう関係なんだ?)
 アベルは後で調べようと、今の会話を覚えておくことにした。
 ソウマは最後にこう言う。
「ネイ。アンタが危険を感じた時、俺は必ずそこにいるはずだ! 俺の正義の拳が、一撃で悪を倒すぜ!」
 終始圧倒される形で、ネイとソウマの会話は終わった。

 その後、アベルの言う通りネイは単独での調査をやめ、アトリーズと一緒に調査を続ける事となる。だが、犯人の決定的な手掛かりがないまま、時間ばかりが過ぎていった。
 一方、アベルは独自に調査を続けていた。彼はリエラの能力で姿を消し、ネイの後をこっそり付けたのだ。その結果……
(ネイは、この調査を不当に引っかき回している節があるな……。あからさまに関係のない所を調査している。事件を解決する気がないのか? リッチェルにも会わないし……)
 アベルはもう少し決定的な証拠を掴もうとしたが、ネイの尾行からはこれ以上の情報は得られなかった。ただ、1つを除いては。
(ネイの行く先々で、レダに会うのは何故だ? この事件にレダが関係しているのか?)


 リッチェル襲撃事件を調べると宣言していたプラチナムは、同じ蒼雪祭実行委員のノイマンとは別の行動を取っていた。彼には、気になる事が2つあったからだ。
 1つは、今回の事件の凶器である。これに関しては、ミステリー研よりラケットであるとの情報が流れてきていた。
「そこまで判っているなら、人海戦術で捜索を行うことを提案します」
 プラチナムはそう提案していたが、人員が足りずこの提案は却下となる。もっとも、プラチナムは凶器を使って『過去視』を掛けようとしていたため、既にミステリー研で過去視を行っている以上、新たなる発見が出る確率はそれほど高くはないだろうと言うことで、この件はプラチナムが1人で探すことになる。
 もう1つは、今回の事件の第1発見者である。
(襲撃されたリッチェルの第1発見者は、ペガサス事件の時と同じレダです。疑いたくはありませんが、2度の第1発見者となると、念のために調査しておく必要があるでしょう)
 そう考えたプラチナムは、レダの身辺調査とレダの尾行をすることにした。

 そのレダはと言うと、相変わらずダイエットと称して朝晩ジョギングをしていた。最近は、趣味がジョギングだという“抗う者”アルスキールが付き合って、ますますダイエットに励んでいるという。
 プラチナムが様子を見に行くと、レダとアルスキールはジョギングを終えて時計塔前広場の噴水で一息入れている所だった。
「レダ。あまり無理に体重を減らしてませんか? 急激なダイエットは身体に悪いですよ」
 アルスキールが尋ねると、レダは不思議そうに答えた。
「そうなの〜? 今、6エルスなんだけど、ボクは元気だよ〜」
「そうなのですか? レダ、ちゃんと食事を取っていますか?」
 すると、レダは笑顔で恐ろしい一言を告げる。
「ここ3日くらい食べてないよ〜」
「なんやて〜?!」
 正直、アルスキールもレダの答えには驚いたが、この声はアルスキールのものではない。レダとアルスキールが振り返ると、そこにはラックがいた。
「レダ〜。無理なダイエットは良くないで? ボク、特製のお弁当作ってきたから、これ食べてな」
 だが、レダは首を振る。
「ごはん食べたら、太るんだよね? 太ったら、マリーのユメもダメになっちゃうから……」
 神妙にそう言うレダに、ラックは明るく言った。
「これやったら大丈夫! いくら食べても太ったりせぇへんから、安心してお腹いっぱい食べてな♪」
「ホント? ホントに食べても太らない?」
 レダの問いに頷くラック。レダもようやく笑顔に戻り、ラックとアルスキールに言った。
「じゃ、みんなで食べよ〜♪」
 こうして、レダにとっては3日ぶりの晩餐が始まった。食事をとりながら、ラックが尋ねる。
「ところで、レダ〜。蒼雪祭当日の予定はどうなってるん?」
「うーんとね。飛ぶのは1日目の午前中なんだって。でも、雨がすごく降ったら、時間が取れないから中止になるかもって、マリーが言ってた〜。それ以外は予定は無いよ〜」
 それを聞いたアルスキールは、レダに言う。
「レダ。先日の水泳大会の時は、応援ありがとうございました。今度の飛行実験の時は、お返しに僕が応援に行きますね」
「ホント〜? ありがと〜」
 レダはお日様のような笑顔で感謝する。だが、そのお日様はすぐに陰ってしまった。
「……さいきん雨が多いから、その日に雨が降らないように、お空にお願いして。アルスキール」
「わかりました」
 レダにそう言われたアルスキールは空を見上げる。確かに、ここ最近の天候は不順である。温度も急激に冷え込み、先日初雪も降ったのだ。今も、天気は決して良いとは言えない。黒い雲が、まるでアルメイスにのし掛かっているかのように広がっている。
 気持ちまでどんよりとなりそうになったその時、ラックが話題を変えた。
「ほな、フォークダンスの予定は〜?」
「無いよ〜」
 即答するレダに、アルスキールは思わずこう言っていた。
「では、僕の相手になって貰えませんか?」
 不意を突かれたのが幸いして、心の中の勇気が理性に押しつけられる事無く、すらりと言葉となって出てくる。
 そして、レダはその勇気に応えた。
「いいよ〜」
 その答えにアルスキールが喜ぼうとした瞬間、ラックが残念そうに言う。
「ありゃ。先に言われてしもうた〜。ボクも誘おうと思ってたんやけどなぁ」
 すると、レダは笑顔で言った。
「じゃ、ラックとも踊るよ〜。交代して、みんなで踊ろう〜」
 レダの無邪気な答えに、アルスキールはちょっとだけがっかりした。
「……特に変わったことはなさそうだな」
 様子を見ていたプラチナムは、手掛かりが得られずにその場を去る。

 結局、凶器とされるラケットも見つからず、リッチェル襲撃事件は真相が明かされないまま、第2の事件も起こらずに過ぎていった。


■フライングドリーム■
 マリー達の飛行機械も、制作は快調だった。
(ようやくマップも刷り上がったか……)
 自分の発表である蒼雪祭マップを刷り終えたエドウィンは、マリーを手伝おうと蒸気研を訪れる。
 が、エドウィンが蒸気研に着いた時、そこは重苦しい雰囲気に包まれていた。マリーは何故か怒っている。それ以外の人間は、黙ったままだ。
「……何があったんだ?」
 エドウィンがそこにいた“不完全な心”クレイに尋ねた。
「実は……」

 エドウィンが来る少し前、マリー達は順調に飛行機械を組み立てていた。
「マリーさん。休憩しませんか?」
 クレイがそう声を掛けると、マリーは没頭していた作業が終わってから、他の生徒達にも言う。
「休憩しましょう」
 丁度昼時だったので、“黒き疾風の”ウォルガが昼食を作っていた。クレイも昼食を持ってきていたので、休憩はちょっと豪勢な昼食会になっている。
 その席で、ウォルガがマリーに尋ねた。
「そう言えば、飛行機械のネーミングはどうなってる?」
 マリーはその問いに嬉しそうに答えた。
「結構色んな案が来ているよ。『蒼雪一号』とか、『ヘブン・ウィング』とか。あ、『フライング・アルファントゥ』って言うのも来てたけど、これはレダに聞いてみないと使えないかな」
 その様子を見ていた“飄然たる”ロイドは、乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
(……やはり、マリーはこの飛行機械を彼女個人の作品と同列に考えているんだな……。皆で作り上げていると思っていたのだが、名前を公募してると言うことは我々の存在は無視に近しい扱いか……。公募といっているから、関係者である私は応募すべきではないだろうし……)
 すると、マリーはロイドにこう尋ねてきた。
「ロイド。名前のアイディア、無い?」
 この行為は、さすがにロイドの神経を逆なでするものだった。だが、あくまで温厚に、マリーの思いを挫かないようにこう言う。
「公募しているから、関係者である私は応募しないのが良識だと思いますよ」
「そうなの? さっきの『ヘブン・ウィング』って、ラザルスからの応募よ。ウォルガだって、『フライングドリーム』ってのを応募してきてるんだけど」
「うむ。確かに。この飛行機械には空高く舞い上がって欲しいからのぅ」
 “陽気な賢者”ラザルスがマリーの言葉を肯定する。ロイドはこれ以上話を聞くと、どうしてもマリーの行為に文句を言ってしまうので、黙って席を立つことにした。だが、何故かマリーはそれすらも癇に触ったらしい。
「何なの?! 言いたいことがあるなら、はっきり言えばいいじゃない」
 しかし、ロイドは沈黙を貫いた。
(今回の件は、彼女の長年の夢が近いから、浮き足立ってのことだと思いたい。その気持ちを挫いてはならない)
 結果として、珍しくマリーは怒った。
「いったい何なのよ! もう! こんな気分で制作なんか出来ないわよ!」

「……と言うわけなんです」
 クレイが説明を終える。すると、エドウィンはこう答えた。
「なるほどな。良くわからないけど、多分マリーがなんか忘れてるんだろ。マリーは研究に没頭すると、基本的な部分が抜けるからな」
 その言葉に、ロイドとマリーは同時にはっと顔を上げた。どうやら、図星だったらしい。すると、そこへカマー教授がやってくる。
「話は隣で聞いてたわ。今回はどっちも悪いみたいね。ロイドは思ったことがあるならはっきりと言うべきだったし、マリエージュは浮かれすぎ。このままだと、どこかで絶対ミスを犯すわよ」
 カマー教授の言葉に、マリーはしゅんと首をうなだれる。カマー教授はこう続けた。
「結局、名前を公募したのがそもそもの問題みたいね。ロイドは何を思ったのか判らないけど、そこに問題があるみたいだし、公募は中止しなさいな。次に同じような問題があったら、最初の約束通り研究発表も中止させるわよ」
 こうして、飛行機械の名前の公募は中止となった。
「話が終わった所で、マリー。ちょっと良いか? 尋ねたいことが2つほどあるんだが」
 エドウィンの言葉に、マリーは気を取り直して顔を上げる。
「何? エドウィン」
「じゃ、まず1つ。事前の『無人での飛行実験』ってどこでやる気なんだ?」
「あ! 忘れてた!」
 マリーがそう言う。エドウィンの言う通り、マリーは研究に没頭すると基本的な部分が抜け落ちるようだ。ロイドもその様子を見て、自分の考えていた事が間違いではなかったと思い直す。
「アリーナ使う気だったら、それ用の許可を取ってこないとな。あとで一緒に行こう」
「ありがと〜。エドウィン。で、もう1つは?」
 マリーが尋ねると、エドウィンはしれっとこう尋ねた。
「マリー。フォークダンスの予定は? もし無いなら、飛行機械が成功したらでいい。俺と一緒に踊らないか?」
 何と、エドウィンは隙をついてマリーをフォークダンスに誘ったのだ。同じくマリーをフォークダンスに誘おうとしていたクレイが、思わずくずおれる。
「ああっ。今度こそマリーさんをフォークダンスに誘おうと思ってたのに……」
「甘いな。こう言うのは先手必勝だ」
 勝ち組と負け組が決まろうとしたその瞬間、マリーが手を差し伸べる。
「クレイ君がさっき隣で食事の支度をしてた時、私を誘う練習してたの、聞こえてた。今回はみんなに迷惑掛けちゃったし、私で良ければ別に踊るのは構わないよ?」
「ふむ。それなら、わしもお相手願いたいのぅ」
 ラザルスの誘いも、マリーは断らなかった。
「それじゃ、落ち着いた所で、許可を取りに行こうか」
 エドウィンがそう言って、マリーと一緒に部屋を出る。

 その後はロイドも粛々と完成に向けて作業し、ついに飛行機械は完成することとなる。
 無人での飛行試験をすべく、ウォルガとエドウィンは手分けして部分部分に分けられた飛行機械をアリーナに持ち込んだ。そこで最終組上げを行い、飛行機械はその姿を白日の下にさらす事になった。
「……白日というには、天気は相変わらず悪いなぁ……。サワノバのアドバイス、受けといた方が良かったかも」
 マリーがそう言いながら空を見上げる。空からは無慈悲にも小雨が降ってきていた。
 サワノバのアドバイスとは、「実験の時に空間防御能力を持つ者に協力して貰って、大雨や強風対策をした方が良い」と言うものだった。だが、そう言う能力を持っている生徒に心当たりが無く、探している時間も無かった。
 結局雨と雨の間を縫って、無人での飛行試験は無事成功する。あとは、本番だけである。
「……空の気分が良いのを祈るしかないわね」
 マリーがそう言って、空を見上げる。


 そして、蒼雪祭当日がやってきた。
 願いを空が中途半端に聞き入れたのか、空は真っ黒な雲で覆われていたが、雨は降っていなかった。風も穏やかではあるが、この状態ではいつ変化してもおかしくはない。
 開会式を終え、飛行機械製作に関わっていた生徒達はアリーナへ集まる。
「やっほ〜!」
 そこへ、飛行機械のパイロットであるレダが姿を見せる。その後ろには、アルスキールがアルファントゥと一緒に、心配そうにレダを見つめていた。今回の飛行機械にはレダが1人で乗るので、アルファントゥは地上で留守番である。
「雨が降らないうちに始めるわ。レダ、最後に体重を量らせて。出力とか調整しなくちゃいけないから」
 マリーの言葉に、レダは笑顔で頷いて体重計に乗る。
「……5エルス?! 嘘?!」
 結局、レダのダイエットは予定以上に成功していた。
「マリー。ボク、がんばったよ」
 レダの言葉に、マリーは頷く。早速、マリーはロイドと一緒に、蒸気機関の最終出力調整を行った。それが済むと、ロイドの方からレダに説明を行う。
「このレバーを引くと機械が動き出します。戻すと止まります。操縦はこっちのレバーです」
 レダは真剣に頷くと、飛行機械に乗り込んだ。マリーとロイドはそれを確認して、蒸気機関を稼働させる。

 生徒達が固唾をのんで見守る中、レダはレバーを引く。
 蒸気機関が唸りを上げ、飛行機械はアリーナの中を走り始める。
 次第にスピードが上がり、そのまま飛行機械は直線コースへ入った。
(飛んで!)
 見学者の誰もがそう祈った瞬間、飛行機械は大地を離れた。
 黒い空へ向かって、まるで吸い寄せられるように上がっていく飛行機械。
「おお!」
 見学者の中から、歓声が上がる。
 その歓声の中、飛行機械は少しずつ旋回し、高度を下げてアリーナへと戻ってきた。アリーナの幅をいっぱいに使い、飛行機械は着地する。
 これで無事実験終了……と思った次の瞬間、アリーナの中に衝撃音が響き渡った。
「レダぁっ!」
 アルスキールが叫ぶ。何と、飛行機械は止まりきれず、アリーナの壁に突っ込んだのだ。
 アリーナはアルメイスの中でも、最も頑丈に出来ている。模擬戦をここで行うため、全ての壁は壊れる時にリエラの力を拡散し、被害を抑える工夫が施されている。今回もその仕組みは働き、被害は最小限に押さえられていた。
 だが……飛行機械にはそんな工夫はされていなかった。壁にぶつかった飛行機械は、蒸気が噴き出し、見るも無惨な姿だ。
「レダぁっ!」
「レティー!」
 アルスキールとアルファントゥは、慌ててその場へ向かった。すると、飛行機械の中から、レダがひょっこりと顔を出す。
「マリー〜。うごかすレバー、まちがえちゃった。ごめんね〜」
 そう言うと、レダはぴょんと飛行機械から飛び降りた。そこへ、非常事態の為に医療品を用意しておいたウォルガが駆けつける。
「驚いた……。全く怪我は無いようだな」
 レダの身体を確認したウォルガの言葉を聞いて、様子を心配していた者達はほっと胸をなで下ろした。
「ちゃんと飛んでた?」
 レダの問いに、見学者達は歓声で答える。無事、飛行実験は成功したのだ。
「……ありがとう。みんな」
 マリーはそう言うと、今回協力してくれた全ての生徒に感謝の意を込めて、深々と頭を下げた。


■猫耳流行■
 今回の蒼雪祭には、ある1つの流行があった。どういうわけか、複数の企画で同じような格好が見受けられたのだ。ここでは、その流行を見ることにしよう。

 サワノバの店『鍛冶職人』は大盛況だった。
「いらっしゃいませ!」
 店番の1人、“影使い”ティルの声が響く。このお店の売り物にはおもちゃも多いので、来客は老若男女多種にわたっていた。お陰で客の入りも良く、ティルやユリシアはフル稼働で働いている。その後ろでは、フランも梱包に励んでいた。
「こんなに忙しいとは思ってなかったよ〜」
 ユリシアはそう言いながら、ずり落ちてきていた猫耳を直す。彼女は宣伝になればと、猫耳とエプロンドレスを付けていたのだ。
 と、そこへルカが尋ねてきた。ToTの成果発表から抜けてきたらしく、格好は猫耳ゴスロリ吸血鬼のままである。
「こんにちは〜。お手伝いに来ました〜」
 どうしてなのかは知らないが、この申し出は渡りに船だった。早速、ルカは売り子の手伝いをすることになる。
 だが、これはルカの策だった。ルカは、売り子の手伝いをしながら、ToTのビラを配り始めたのだ。文句を言おうとしたが、そんな暇もなく、2人は仕事をこなしていくしかなかった。
 ようやく一段落付き、ルカの持ってきたビラもなくなった所で、ルカは後ろにいたフランに尋ねた。
「フランさん。この後の予定はどうなっていますか?」
「それなのですが……」
 フランがそう言いかけたところへ、ティルの声が再び響く。
「いらっしゃいませ!」
「いや、あいにくと買いに来たわけではない。こちらにレディフランが居られると聞いてきたのだが」
 そう言うのは“紫紺の騎士”エグザス。自分の名前を呼ばれたフランが、エグザスの方を見る。
「私に……何か?」
「ああ、レディフラン。もしよろしければ、劇を一緒にと思ったのですが」
 劇、と聞いた瞬間、ルカは意外な言葉を発した。
「劇なら、ルビィさんが双樹会の演劇の席を取って下さるそうですよ」
「ええ。聞いています。午後はその演劇を皆さんで見に行くつもりだったのですが」
 フランはそう言いながらも困った顔を見せていた。エグザスの誘いも、むげに断るわけにはいかなかったのだろう。それを察したエグザスは、こんな提案をした。
「聞けば、演劇はダブルキャストとか。もし都合がよければ、キャストの違う回も観るのは如何だろう?」
 要は、ルビィ達と1回、エグザス達と1回、計2回演劇を観ると言う妥協案を出したのだ。そして、フランもこの場を荒立てる気は無かった。
「では、そうすることにしますね」
 こうして、この場は丸く収まった。
(この調子だと、レディフランにはフォークダンスの相手も多そうだな……)
 そう考えながら、エグザスは紫紺のマントを翻しその場を去っていく。

 エグザスは自分のグループである山岳同好会のグループ発表へと戻ることにした。その途中、魔女のお茶会の企画発表会場を通りかかる。
(そう言えば、ラザルスが呼んでいたな……)
 ふとそんなことを思い出したエグザスは、そこへ立ち寄ることにした。
「いらっしゃいませぇ! 魔女のお茶会へようこそぉ」
 ウェイトレスの“幼き魔女”アナスタシアが愛想良くそう挨拶し、早速エグザスを席に案内した。
「ご注文は何に致しましょう?」
 エグザスは適当に注文を済ませ、店内を見渡す。店内にはアナスタシアの他に、“三色”アデルがウェイターを務めていた。少し離れた所では“春の魔女”織原 優真がハープを演奏し、店内は良い雰囲気に包まれていた。
 注文を受けたアナスタシアは厨房に入り、調理担当の“暇人”カルロに注文を告げる。すると、その横で“真白の闇姫”連理が心配そうに店内を見つめながら呟いた。
「不安じゃの……。優真はどうにも鈍い所がある故、妙な輩に絡まれねば良いが」
 すると、アナスタシアは連理に言った。
「我は、迷惑行為をする輩を客とは認めぬ。極力目を光らせて居るつもりじゃ。アデルも、その辺は気をつけるといって居ったのじゃ」
 だが、連理の不安は収まりそうにない。
「優真やそなたの着ているそれは、『ねこみみごすろりめいど』なる物らしいではないか。良くわからぬが、『まにあ』には堪らぬものじゃとも聞いたぞ?」
「それは確かにその通りじゃ」
 アナスタシアの言葉に、連理はついに我慢が出来なくなったようだ。
「妾は、客として喫茶店に居ることにしよう。さすれば、優真にちょっかいを出す輩が居っても、妾が撃退出来るじゃろうしの」
 そう言うと、連理は店の中に入る。と、そこへカルロが注文の品を出した。アナスタシアはそれをトレイに載せ、エグザスの元へと持って行く。
(ここも猫耳か……。それにしても、ラザルスは?)
 エグザスはウェイトレスの猫耳ゴスロリエプロンドレスをそんな想いで見ながらも、辺りを見渡す。しかし、いつまで経ってもラザルスの姿は見えなかったので、エグザスはウェイトレスにラザルスについて聞いてみることにした。すると、ハープを演奏していた優真が手を止め、エグザスの元に来る。その次の瞬間、店内のウェイトレス・ウェイター。そして連理の視線がエグザスに集中した。
(何かしたら、その時は……)
 妙な殺気に包まれた店内で、優真はエグザスに答える。
「ラザルスさんは飛行機械の方のお手伝いに行っています。もう少ししたら戻ってくると思いますよ……。あ。ほら」
 優真が入り口の方を手で示すと、確かにそこにはラザルスの姿があった。その横には、何故かシルフィスの姿もある。
「あ、シルフィスさん。グノーのハープ、お借りしています。ありがとうございます」
 優真がそう言って、ぺこりと頭を下げる。どうやら、優真が先程まで弾いていたハープは、ラザルス経由でシルフィスから借りたものらしい。
 そのラザルスは、エグザスと話していた。
「丁度良い。呼んだのは『アレ』の話じゃよ」
 『アレ』と言うのは、エグザスとシルフィスが勝負をした時に行われる『罰ゲーム』の事である。今回は、水泳大会の時の罰ゲームらしい。
「3日目の午後に、またここに来るのじゃ。アレの内容はその時に発表するぞい」
 そう聞いた時、エグザスはたかをくくった。
(以前と同じように、どうせラージェンだろう)
 用が済んだので、エグザスはそこを後にする。その後ろ姿を見ながら、ラザルスとシルフィスはほくそ笑んだ。

 エグザスがフランと劇を観たのは、2日目の午前の部だった。ただ、エグザスとフランは2人きりで演劇を観たわけではない。
「クレアさんが出る回だし、良かったら一緒に観に行こう♪」
 と、“緑の涼風”シーナがエグザスに言っていたので、結局3人で観ることになっていたのだ。
(そう言えば、ここにも猫耳が……)
 山岳同好会の発表準備を一緒にしていた時にはそれほど気にならなかったことだが、シーナは常に『猫仮装セット』の猫耳を付けていた。もちろん、それは今も変わらない。だが、このところの猫耳の多さに、エグザスは食傷気味だった。
 程なく、舞台の幕が上がる。
 ドリーラはもともと短い話なので、1ザーンほどでクライマックスだ。そして、観ている者にとっては、1ザーンはあっという間だった。
「私を踏みにじった奴隷商を! 私を狩り立てた軍隊を! 私を許さないこの世界を! 私を許さない全てを!!」
 舞台の上でクレアが台詞を一気に言うと、手を細雪に向ける。
「地獄の業火よ! 全てを焼き払え!」
 だが、炎は放たれることはなかった。細雪の前にジェダイトが立つ。
「どいて! 私は全てを焼き尽くすんだから!」
 ジェダイトに向けて手を伸ばすクレア。だが、ジェダイトはひるむことなく、クレアを抱きしめる。
「世界が全てお前を許さないわけじゃない」
 ジェダイトは役の向こうのクレアに伝わるように、想いを込めてこう言った。
「例え全ての世界が、お前を許さなかったとしても……俺は……お前のことを……」

 劇は終わり、幕が下りた。シーナはクレアの元に行くからと早々にそこを後にする。図らずもフランと2人きりになったエグザスは、あくまで紳士的にフランへフォークダンスの相手を申し込み、フランを『鍛冶職人』の所まで送る。
「それでは、後夜祭の時に」
 そう言うエグザスに、フランは黙って頷いた。

 そして、時は流れて、3日目の午後。
 言われた通り再び『魔女のお茶会』を訪れたエグザスに渡されたのは、シーナが付けていたのと同じ『猫仮装セット』だった。
「このセットを付けて、後夜祭直前まで蒼雪祭会場を歩くのじゃ。これが『アレ』じゃよ」
 予想を遙かに超える罰ゲームに、エグザスは悶絶したと言う。
 もちろん、その後エグザスが屈辱に耐えながら、猫耳猫尻尾猫手袋の完全武装で校内を歩き回らされたのは言うまでもない。
「傑作ね♪ フラン呼んでこようっと」
 シルフィスが写真を撮りながらそう言うと、エグザスは懇願した。
「……それだけはやめてくれ……」

 この様に、今回の蒼雪祭では猫耳が大流行だったと言う。


■様々な想い■
 蒼雪祭で発表を行っている生徒には、交代で他の所の発表を見に行く者も多い。ToTもそれは例外ではなかった。
「ほな。今度はボクがちょっと行ってくるで〜」
 エンゲルスが食い溜めツアーから戻ってきたのを見て、ラックは吸血鬼の格好のまま、他の発表の見学に出た。
 彼はまず、レダを探す。
「お、おった。レダ〜。やっほー」
 レダは山茶花の茶屋で一休みしながら、サリーやアルスキールと話していた。その手には、先日の修学旅行の写真。
「あ、ラックだ。やっほー。ちょうど良かった〜。写真見る〜?」
 そう言うレダは、すこぶる元気だった。とても、前の日に飛行機で激突したとは思えない。
「サリーさん〜。これ、お願いですです〜」
 裏の厨房から声が掛かる。サリーはしずしずと立ち上がると、いそいそとそちらへ向かった。
「あの服、すてきだね〜」
 レダがサリーの後ろ姿を見てそう言った。
「あの服やこの服は、楼国の『着物』と言うものです」
 アルスキールが立ち上がって、自分の服を見せる。彼もまた、ウェイターとして着物を着ていた。山茶花の制服は着物なのだ。少し離れた所では、動きにくそうにしながらもガッツが着物を着てウェイターを務めている。
「『幻想的な桜吹雪を楽しめる、落ち着いた茶屋』が、当山茶花のテーマなのでございます」
 近くで投影機を操作していたセバスチャンも、そう説明をした。確かに、壁には桜が映し出されていた。これは、カマー教授から借りてきていた投影機によるものである。
「きれいだね〜」
「そうやね〜」
 レダとラックがそう言いながら団子をぱくつく。すると、ふっと桜の映像が消えた。
「失礼しますよ。セットし直さないと」
 セバスチャンはそう言って投影機の方に向かった。ラック達はお腹もふくれたので、次に向かうことにする。
「アルスキール〜。サリー〜。またね〜」
 レダは無邪気に手を振り、山茶花を後にした。

「こんちは〜」
 次に2人が向かったのは、喫茶『鳩時計』だった。ここは、山茶花と違い、アルメイスの家庭をイメージした店作りをしている。
 特徴的なのは、教室に備え付けられていた暖房器具を上手く利用し、そこに暖炉の外観を被せてあること。そこからは家庭の暖かみが感じられ、寒い外から入ってきた来店者には好評だった。
「いらっしゃいませ〜」
 店長の“拙き風使い”風見来生が出迎えると、横で歌を歌っていたアリシアがレダに気づいてそこへ来た。
「ぁ、レダ……。待ってたょ」
 アリシアはこの瞬間が来るまで、寮長から聞いた話をレダにするかどうか悩んでいた。だが、元々レダは真実を知るべきだと言っていたのは自分なので、初心を貫徹することにする。
「レダ。ちょっとこっちに来て。セシァ〜。音楽、ぃぃ?」
 その言葉に、“水の月を詠う者”セシアは頷いてバイオリンを構えた。アリシアは、レダを抱きしめ、寮長から聞いた話をレダに告げる。
「……レダのママの居場所、聞ぃてきたょ……。リットランドで永遠に眠ってぃるんだって……」
 ラックの側にて伏せていたアルファントゥはアリシアの言葉に驚いて起き上がるが、時既に遅し。レダはそれを聞いて黙ってしまった。
 アリシアは、レダを抱きしめたまま歌を歌い始める。真実を知ったレダの心が、少しでも安らぐように。

 重苦しい雰囲気のまま、レダとラックは鳩時計を後にする。
「レダ。ウチに来ぃへん?」
 少しでも気分を変えようと、ラックはそう言った。
「うん。行く」
 レダはしんみりと答える。
 2人がToTに戻ってきた時、そこにはリーヴァとジェダイト、シーナ、クレア、そしてルーのいつもの5人組が来ていた。
「びっくりしたよ〜」
 そう言うクレア。どうやら、丁度ホラーハウスから出てきた所らしい。
「ルーは行かなくて良かったかも。途中背後から襲われた時は、どうしようかと思ったもん」
 クレアの言葉に、リーヴァが頷く。
「バックスタッブ君も頑張っているようだ」
 リーヴァはそう言っているが、ルーが入らなかったのは内心少し残念だった。
「ほな。入ろうか。レダ」
 ラックはレダを優しくエスコートして、ホラーハウスの中に入っていく。

 ホラーハウスから出てきた時、レダはいつもの笑顔を取り戻していた。
「怖かった〜♪」
 レダが楽しそうにそう言うところへ、声が掛かる。
「お。いたいた」
 それは“風天の”サックマンだった。サックマンの格好は、隠密同好会ではお馴染みの黒装束である。
「何や〜?」
 ラックが努めて笑顔で尋ねると、サックマンは真面目に答える。
「ラック殿の所は、うちと同じような事やってるからな。偵察がてら、挨拶をって思ってね」
「何やってるの?」
 レダが尋ねると、サックマンはチラシを渡した。
「『隠密☆おばけ屋敷』だ。良かったら見に来てくれ」
「うん。行くよ〜」
 レダは笑顔で頷く。ラックもほっとして、レダを見送った。

 偵察を終えたサックマンは、自分の発表に戻ってくる。
「いらっしゃいませなのだ! ……あ、頭領だったのだ」
 受付をしていた“飛竜天翔”ミィユが、サックマンに言う。サックマンは発表の状況を尋ねた。
「お客さんいっぱいなのだ!」
 山茶花もそうなのだが、アルメイス。いや、レヴァンティアース帝国にとって、楼国風の物は珍しい。同じお化け屋敷なら、風変わりな楼国風に客が多く訪れるのも道理である。そして、こちらのお化け屋敷にはToTにない仕掛けがあり、それが好評だったのだ。どういう仕掛けなのかというと……。
「そう言えば、さっき寮長と委員長が入っていったのだ。そろそろ出てくる頃なのだ」
 ミィユがそう言うと、確かに奥から寮長とセラが出てくる。もう少しで出口にさしかかろうというその時、近くの鏡がくるりとどんでん返しをして、中からなんとセラが姿を現した。
「きゃっ!」
 セラが驚いて寮長に寄りかかろうとするその前に、偽物のセラはセラの手にあったスタンプ帳に素早くスタンプを押し、「バイバイ」とどんでん返しで姿を隠す。
「これはなかなかこった仕掛けだな……」
 寮長もこれにはびっくりしていた。
 そう。このお化け屋敷はスタンプラリーになっており、各場所で各メンバーが嗜好をこらしたスタンプ押しをしてくれるのだ。例えば、空羅 索は操り人形を使ってスタンプを押す。先程の偽物は、“猫忍”スルーティアと忍火丸が交代でリエラ能力を使い(許可はもちろん取ってある)、そこに来た人物に変化してどんでん返しで現れてスタンプを押すというものだ。
「びっくりしましたわ……。判っていても、突然出てくるのはやはり驚きますわね」
 セラはまだ寮長に寄りかかりながら、動悸の激しい胸を押さえる。それを見ながら、サックマンはグループ員の頑張りに感謝していた。


■ラストダンス■
 蒼雪祭の後夜祭で行われるフォークダンス。そのパートナー探しを重視していた生徒達は多い。最後を綺麗に締めくくるには、その前に「争奪戦」という名の戦いに勝たなければいけないのだ。
 争奪戦を一番重視していたのは、他ならぬルビィだった。この日の為に、数ヶ月前から様々な根回しをしてきたのだ。今も、フランやユリシア等と一緒に、成果発表を見て回っている。
「次は……お。景品付きの輪投げか」
 それは、“ぐうたら”ナギリエッタとエリスの輪投げ屋だった。ナギリエッタは、ルビィが女の子達を連れているのを見ると、声を掛ける。
「彼女へのプレゼントに、1ついかが?」
 ルビィは良い所を見せようと、張り切って輪投げに挑む。その真剣さたるや、まさに必殺。運も手伝ってか、まるで獲物を狩る鷹のように、規定の輪を全て賞品にと放り込む。
「どうだ!」
「おめでとぅ〜♪」
 ナギリエッタはルビィがとった賞品を手早く包み、ルビィに渡そうとする。と、その時、フランが空を見上げた。
「寒いと思ったら……。雪ですわ」
 蒼雪祭は天候には恵まれていなかった。雨が降るのは時間の問題だと思われていたが、季節がそれを雪へと変えていた。
「濡れると大変だから、こっちに入って」
 ナギリエッタは、こんな事もあろうかと天幕を用意していた。それと、長時間外にいるので、湯たんぽも用意してあった。早速、ナギリエッタはフラン達を屋台の中に避難させ、エリスと協力して手早く天幕を広げる。その後、改めて賞品を包み、フラン達に渡した。
「お待たせしました。はぃ♪」
「じゃ、校舎に入ろうぜ」
 ルビィは女の子達を庇いながら、そこを後にする。ナギリエッタは彼らを見送りながら、エリスに聞いた。
「エリス。大丈夫? 疲れてなぃ?」
「大丈夫よ」
 エリスはそうぽつりと言った。ナギリエッタはほっとしながらも、本降りになりそうな雪を恨めしそうに見上げる。
(雪がやまなかったら……凄く寒そぅ……)
 蒼雪祭が終わったら、ナギリエッタは川沿いの道でエリスへ自分の想いを告白するつもりだった。だが、この雪の様子では、外で長時間エリスを連れ回すのも気が引ける。
 そんなことを考えている内に、次の客が来た。ナギリエッタは心の中で告白の言葉の練習をしながら、応対を続ける。
(エリスはボクにとってトモダチ以上に大事な人なんだ。トモダチじゃなく、恋人として付き合って貰えませんか?)

 3日目の演劇が終わったあと、ジークは客席にいたカレンに会いに行った。
「見に来てくれたんだな。ありがとう」
 ジークは普段と変わらずに、カレンに話しかける。
「俺の出番はここで終わりだ。よかったら、一緒に出し物を見て回らないか。ミステリー研究会で占いをしているらしいんだ」
 ジークはそう誘ったが、カレンは首を振る。
「占いはちょっと……。行かなきゃならないところがあるの」
 カレンの言葉に、ジークは意を決した。この機を逃すと、本当に伝えたいことを伝える事が出来なくなると感じたからだ。
「そうか。それなら……後夜祭のダンスを、良ければ……。いや、違う」
 ジークはそこで言葉を一回切った。そして、改めてこう告げる。
「カレン。俺は、君と、踊りたい」
 自分の意志を確かめるように、ジークははっきりと一語一語をカレンに伝えた。すると、カレンは小さく頷いた。
「1曲くらいなら」
「そうか……。今はそれで十分さ」
 ジークの話が終わったので、カレンは言う。
「そろそろ行かなくちゃ」
「ああ。それじゃ、後夜祭で待っている」
 ジークはそう言って、カレンを見送った。
 その後、ジークは時間も空いたので、成果発表を見て回る。横にカレンがいないのは少々残念だったが、仕方がない。
 問題のミステリー研究会にさしかかった時、ジークはそこに意外な人物を見た。
「よぅ。ランカーク。いつまでこうやって待っているんだ?」
 受付の“白衣の悪魔”カズヤと話していたのは、紛れもなくランカークだった。
「決まっているだろう。レディフラウニーが来るまでだ。エンゲルスの話では、もうすぐ来るはずなのだ」
 どうやら、ランカークはここでフランが来るのを待っているらしい。そして、程なくフランがやってきた……ただし、ルビィ達と一緒に。
(荒れそうだな……)
 ジークはそう思いながら、他の発表へ向かう。その後ろから、カズヤの声が聞こえてきた。
「よぅ。フラン。お前が来るのは判ってたぜ? もちろん、俺に会いに来てくれたんだろ?」
 その後、カズヤが集中攻撃を喰らったのは言うまでもない。
「貴様のような不埒な輩が、レディフラウニーを誘うだと?!」
「カズヤクン!」
 ずたぼろになったカズヤは、気を取り直してこう言った。
「……ま、それは冗談として、相性占いに来たんだろ? ウチのは当たるぜ?」
 そして、フラン一行を部屋に案内する。クレイがオブジェクトとして天井から吊されているシュールな部屋の中で、“探求者”ミリーが一行を待ちかまえていた。
「占って進ぜよう。まぁ、遠慮するでない」
 ミリーのリエラ『フニクラ』が、そんなミリーの言葉に合わせて手招きする。流石に近寄りがたい雰囲気だったが、ランカークは意に介さずミリーの元へ向かった。すると、ミリーはカードを展開しながら言う。
「皆まで言うな。おぬしの占いたいことはわかっておる。……ふむ」
 展開の終わったカードをみたミリーは、こう結果を告げた。
「真に幸福な結末を得る為には、まだ努力が必要じゃ。一層の努力を肝に銘じておくのじゃ」
 続いて他の生徒も占って貰うが、その結果はおおむね当たり障りのないものだった。最後に、ミリーはこう纏める。
「占いは所詮占い。運命はある程度、自分の手で切り開いていかねばならぬのじゃ」
 一行が思わず納得しかけた所に、ミリーはこう続けた。
「それはそうと、あそこに売っているペンダントを買って行かぬか? 運命を切り開いていくのに、役に立つぞ?」
 その後、一行が何も買わずに占いの館を出て行ったのは言うまでもない。


 先程も言った通り、パートナーを得るには争奪戦に勝たなければならない。だが、全ての人が勝利者になれるわけではない。
 舞台の袖、演劇の最終公演を終えたクレアの元に、ジェダイトが駆け寄る。先程まで少女の恋人と言う役を演じていたジェダイトは、劇の余韻と勢いのまま、クレアをフォークダンスに誘う。
「フォークダンスを踊ってくれないか。クレア」
「いいよ」
 クレアは即答した。特に断る理由がなかったからだ。今のところは。
 その様子を見ていたリーヴァは、舞台袖で演劇をずっと見ていたルーの元に行く。こちらも、フォークダンスにルーを誘おうとしたのだ。
「私は、ルー君と踊りたい」
 だが、ルーはびくびくしながらも即座に首を振った。どうやら、まだまだリーヴァに慣れたというわけではなかったようだ。それを見たクレアは、こう言った。
「うーん。ルーが踊らないなら、やめようかな」
 折角の勝利者になったジェダイトは、それを聞いてクレアを説得したと言う。その結果、ジェダイトはどうにか敗北を免れた、とか。
 そこへ、フィリップの声が響いた。
「座席の片づけを手伝ってくれ。雪がやまないから、フォークダンスは体育館で行うらしい。いそいで片づけないと、後夜祭に間に合わないんだ」
 道具係のリーヴァは、それを聞いて仕事に向かった。ジェダイトとクレアもその後を追って手伝いに行く。
 一人残ったルーは、窓から見える雪をじっと見つめていた。


 どうにか体育館の片づけも終わり、無事蒼雪祭の後夜祭が始まった。委員長のセラが挨拶をした後、寮長とファローゼ、そしてノイマンが舞台に立つ。
「この場を借りまして、アルフレッド寮長主催の成果発表人気投票の結果を発表致します!」
 投票の集計は、ファローゼとノイマンが手伝ったお陰で、思ったよりも早く終了することが出来た。あとは、結果発表役を買って出たファローゼが結果を発表するだけである。
「優勝。『隠密☆おばけ屋敷』!」
 ファローゼがそう告げた瞬間、一番驚いたのは当のサックマンであった。驚きながらも、彼は舞台に上がる。そんな彼に、寮長は目録を渡しながら、こう説明した。
「私自身も行ってみて驚いたよ。びっくりしたし、楽しかった。老若男女楽しめる、良い発表だったと思う」
 歓声の中、サックマンは渡された目録を開ける。
「看板?」
「ああ。以前、フラン君は名前入りタオルとハンカチを配ったそうだ。私も何か出来ないかと考えたのが、これだ」
 つまり、寮長直筆の木製グループ看板、と言うのが粗品の内容だった。
「おめでとう」
 拍手に送られ、サックマンはグループ員の所に戻る。
「やったのだ! 頭領」
 グループ員が祝福の声を掛ける中、サックマンはふと辺りを見回した。
「あれ? 忍火丸は?」
 すると、サックマンの背後からこんな声が聞こえてきた。
「さすがのサックマン殿も、拙者の驚異の変装術は見破れなかったようでござるな」
 はっと振り返ると、そこにはいつもの忍び装束ではなく、アルメイスの女子制服を着た忍火丸が立っていた。
「サックマン殿。こんな日に拙者とフォークダンスを踊るのもまた一興ではござらぬか?」
 忍火丸の申し出を、サックマンは驚きながらも受ける。今日は彼ら隠密同好会にとって、最良の一日となった。

 そして、蒼雪祭3日間の締めくくりとしてフォークダンスが始まった。
「ようやっと来たわ〜。このときの為に血の滲むような特訓を積んできたんや。実力、見せたるでー!」
 蒼雪祭の準備期間全てをこの瞬間に費やしてきた“轟轟たる爆轟”ルオーが、ラジェッタの手を取る。それを合図にしたかのように、“静なる護り手”リュートとエグザスが音楽を奏で始めた。
「ラジェッタちゃん。力を抜いて……全部俺に任せてくれればええから。な?」
 ルオーの言葉にラジェッタは頷くが、横で見ていたエイムは今の台詞を聞いて正直不安だった。と、そこへセラスが声を掛ける。
「心配なら側にいて、ラジェッタちゃんに良い所みせてあげません?」
 そう言うセラスは、普段の活発な雰囲気と違って、至って女の子らしい格好をしていた。薄く化粧をし、ビロードの夜会服を着たセラスを見て、エイムは思わず尋ねる。
「……どういう事ですか?」
 すると、セラスは妙に口ごもりながらこう告げる。
「えっと、その、つまり……ダンスのお相手して欲しいんですけど……」
 その誘いをエイムはやんわりと断る。
「ありがとうございます。でも、ダンスは得意ではないんですよ」
 結局、セラスとエイムは並んでラジェッタ達のダンスを見守ることになった。

 フォークダンスを踊っているペアには、色々な組み合わせがあった。キックス・キーウィ組やクレイ・マリー組のように片方の足がおぼつかない危なげなペアもいれば、ジーク・カレン組やアトリーズ・リッチェル組の様に優雅なダンスを披露しているペアもある。変わった所では、マーティとカマー教授の様なやや近寄りがたいペアもいるし、フィリップとそのリエラ『セシル』の様に自分のリエラと踊っているペアもいた。
 そんな様子を体育館隅の本部席で見守っていたマイヤに、細雪が尋ねる。
「マイヤ殿。フォークダンスは踊らぬのですか?」
「ええ。誰かがこの場にいないといけませんから」
「成程。では、拙者も有事の際に備えて、御側にて周囲を警戒して候」
 細雪の言葉に頷くと、マイヤは近くにいたセラに言った。
「行ってきてはどうですか? 約束している人がいると聞いていますよ」
 セラはその言葉に素直に従う事にした。
「……一緒に踊って頂けませんか……?」
 セラからの申し出を受けたアレフは、まるで姫に仕える騎士のように、片膝をついて頭を下げる。
「お受けいたします。セラ君」
 アレフがセラの手を取ろうとしたその瞬間、カメラの音が聞こえてきた。何と、ファローゼがカメラを構えて、セラとアレフを撮っていたのだ。
「上手く撮れていたら、後でグループに届けておきますわ!」
 そう言って、ファローゼは脱兎の如くその場から逃げる。そんな様子を見ながら、マイヤは笑顔で呟いた。
「青春、ですね」


■祭りの後■
 こうして後夜祭も無事終わる。最後にセラが閉会の挨拶をして、3日間にわたって行われた蒼雪祭はお開きとなった。
 雪の降りしきる中、生徒達が三々五々帰っていく。そんな中、アベルはネイの元に来ていた。
「ネイ。ちょっと良いかな」
 だが、ネイは何か考えていたのか、上の空だった。3回目に呼びかけて、ようやくネイはアベルに気づく。
「おや、アベルさん。何か用ですか?」
「いや、この後、サワノバ達やコタンクル達と合同で打ち上げをやるんだが、どうかね? 演劇の面々や蒸気研の面々や、他にも色々誘っている」
 それを聞いたネイは、考えるでもなく即答した。
「良いですね。演劇の人には迷惑をおかけしましたし、お礼とお詫びを兼ねてお付き合い致しましょう」
 それを聞いたアベルは、ネイと一緒に校門を後にした。
「では、行こう。演劇班は、余興として配役シャッフル版ドリーラなんて言うのを考えている」
「それは楽しそうですね」
 アベルとネイが話しながら去っていくのを、離れた所で見ていた者がいた。ソウマである。
(俺の正義と勘は、あの時のネイを悪だと感じた。だが、手掛かりはマーティの過去視だけだった。ネイにはアリバイは無かったが、動機もなかった)
 ソウマの正義は、悪を駆逐しきれなかった事でくすぶっていた。
(俺は……ネイを殴るべきだったのか? あいつは、リッチェルを殴った犯人を捜す為に、心に正義の炎を燃やしていたんじゃないのか……?!)
 行き場のない正義の怒りを、ソウマは積もっていた雪にぶつける。

 雪は、音もなく降り続いていた。

参加者

“福音の姫巫女”神音 “飄然たる”ロイド
“天津風”リーヴァ “蒼盾”エドウィン
“怠惰な隠士”ジェダイト “白衣の悪魔”カズヤ
“探求者”ミリー “光炎の使い手”ノイマン
“翔ける者”アトリーズ 神楽
“静なる護り手”リュート “笑う道化”ラック
“朧月”ファントム “風曲の紡ぎ手”セラ
“双面姫”サラ “ぐうたら”ナギリエッタ
“闇司祭”アベル “紫紺の騎士”エグザス
“風天の”サックマン “銀の飛跡”シルフィス
“桜花剣士”ファローゼ “黒き疾風の”ウォルガ
“水の月を詠う者”セシア “硝子の心”サリー
“自称天才”ルビィ “待宵姫”シェラザード
“鍛冶職人”サワノバ “幼き魔女”アナスタシア
“六翼の”セラス “闇の輝星”ジーク
“銀晶”ランド “深緑の泉”円
“餽餓者”クロウ “闘う執事”セバスチャン
空羅 索 ユリシア=コールハート
“熱血策士”コタンクル “抗う者”アルスキール
“眠気覚ましに”まどか “陽気な隠者”ラザルス
“蒼空の黔鎧”ソウマ “炎華の奏者”グリンダ
“拙き風使い”風見来生 “緑の涼風”シーナ
“完璧主義者”レイディン “爆裂忍者”忍火丸
“貧乏学生”エンゲルス “猫忍”スルーティア
“七彩の奏咒”ルカ “のんびりや”キーウィ
“深藍の冬凪”柊 細雪 “旋律の”プラチナム
“轟轟たる爆轟”ルオー “影使い”ティル
“憂鬱な策士”フィリップ “飛竜天翔”ミィユ
“泡沫の夢”マーティ “黒い学生”ガッツ
“不完全な心”クレイ “三色”アデル
“夢の中の姫”アリシア “春の魔女”織原 優真
“冒険BOY”テム “暇人”カルロ
コルネリア “相克螺旋”サイレント
“真白の闇姫”連理 “修羅の魔王”ボイド