白きものども
 修学旅行に行った生徒達の中に、イミールで噂されていた飛行物体を探した者がいる。
 彼女らが苦労の末見つけたのは、翼を持った白馬だった。
 そして、予知は白馬の行く先をこう告げている。
 「それはアルメイスの時計塔に現れる」と……


 修学旅行から帰ってきたリッチェルは、先日の自爆での怪我が癒えてからマイヤの所へ向かった。
「……というわけで、その飛行物体の捕獲をしたいのですわ。時計塔の辺りでの活動許可を頂きたいのですけど」
 すると、マイヤはあっさりと許可を出す。
「破壊活動とかをしなければ、それは構いませんが」
 早速、リッチェルは捕獲の人員を集めようと、校内に張り紙を貼る。それにはこう書かれていた。

『神秘に包まれた純白の天翔る羽馬【ペガサス】を捕獲します。協力してくれた方には、幾ばくかの謝礼を。詳しくは、リッチェル・ララティケッシュまで』


 次の日、食堂で優雅に食事を取っていたリッチェルの元に、生徒達が集まってくる。その中には、意外な人物も混じっていた。
「あら。あなたは?」
 リッチェルがその意外な人物に尋ねる。
「私はマリエージュ・シンタックス。ペガサスを捕まえるって聞いて、協力に来たんだけど」
 マリーがそう名乗ると、リッチェルは意外そうな顔のままマリーに尋ねた。
「あなたのことはネーティアさんから聞いていますわ。無類の機械好きと噂されるあなたが、今回のようなミステリーじみた話に協力するのは何故ですの?」
 マリーはいつもの笑顔で、その問いに答える。
「理由は単純よ。空を守りに来たの」
「空を……守りに?」
「ええ。ほら、この前、隕石事件があったでしょ? その時作った『ハイパーホワイトアローEX−L』を改良して、今『ランカーク・ザ・ガーディアンアローEX』を作ってるの。今回はその試験に打って付けなのよ」
 そこまでマリーが言った時、リッチェルは驚いた。
「ちょっとお待ちになって。わたくしは、出来ればペガサスは生け捕りにしたいのですわ。撃ち落とされては困りますわね」
「その辺は大丈夫。工夫次第でどうとでもなるわ!」
 マリーが自信たっぷりにそう言うのを聞いて、リッチェルや他の生徒達は不安にかられる。だが、マリーはそれには構わず、こう話を続けた。
「そもそも、ペガサスがアルメイスに来て、平和に帰って行くとも限らないわけよね。撃ち落とす必要も出てくるかもしれないでしょ」
「どういう事ですの?」
 リッチェルが尋ねる。
「ペガサスがアルメイスに来る『理由』の話よ。何しに来るのか分からない以上、生け捕り自体には反対しないけど、不測の事態には備えるべきって事。そもそも、ペガサスが1頭しかいないかどうかも、分からないのよね?」
「なるほど。その通りですわ」
 不意にマリーが真っ当な事を言ったせいか、思わずリッチェルは納得していた。それを見て、マリーは話を更に続ける。
「私には隕石事件の時に空を守った経験があるわ。その経験からアドバイスさせて貰うと、あのときと同じように他の生徒達にももっと協力を求めるべきね。捕獲するにしても、撃ち落とすにしても。人がいると心強いものよ」
「確かにそうですわね。わかりましたわ。マリエージュさん、よろしくお願いしますわ」
 リッチェルが頷く。
 捕獲計画はペガサス対策チームと名前を変え、マリーが加わることになる。そして張り紙はこう書き換えられた。

『神秘に包まれた純白の天翔る羽馬【ペガサス】からアルメイスの空を守ります。協力してくれた方には、幾ばくかの謝礼を。詳しくは、ペガサス対策チームのリッチェル・ララティケッシュかマリエージュ・シンタックスまで』


 その次の日。食事をしながら対策の打ち合わせをしようと、マリーは食堂でリッチェルを待つ。
「……お待たせいたしましたわ」
 程なくそこに姿を見せたリッチェルは、何故か言葉少なだった。
「どうしたの? 何か体の具合でも悪いの?」
 昨日とは違うリッチェルの様子に、マリーが心配そうに尋ねる。すると、リッチェルは封筒に入った手紙を取り出した。
「今朝、わたくしの部屋の扉に、こんな手紙が挟まっていたのですわ」
 その言葉に、マリーはリッチェルから手紙を受け取る。
 封筒の表には『ペガサス対策チームへ』とだけ書かれている。裏には何も書かれていない。そこまで確認して、マリーは封筒から手紙を取り出した。
「えーと、何々? 『白き天馬の邪魔をする者には、災いが降りかかるだろう』? 何だ。タダの脅迫状じゃない。こんなのハッタリよ。ハッタリ」
 マリーはその手紙を一笑に付した。あまりにもあっさりと終わった話題に、リッチェルもいつもの勢いを取り戻した。
「そうですわね。たかが悪戯の脅迫状に悩むなんて、馬鹿馬鹿しいですわね」
 だが、次の瞬間、リッチェルはマリーの顔から血の気が引いていくのを見た。
「こ、これ……そんな……ありえない……」
 マリーは手紙を持つだけの力もなくなったかのように、テーブルに手紙を置く。
「どうしましたの? 何かおかしな所でもありまして?」
 リッチェルが尋ねると、マリーは手紙の最後の署名を指さす。
「これ、差出人が『秘密結社NIS』よ……」
 秘密結社NIS(なんとなく・いつも・白い服)とは、構成員が白い服を着ていること以外は一切謎の結社である。主立った活動をしているわけでもないので、一種の都市伝説であろうというのが世間の一般的な見解であった。
「この手紙の最後に書いてあるマークも、秘密結社NISのものよ」
 マリーがそう説明すると、リッチェルが言った。
「それこそ悪戯ではなくって? 噂にしか出てこない秘密結社なんて、誰が存在を信じるといいますの?!」
 リッチェルが最後に立ち上がってそう怒鳴ると、生徒達は2人の方を一斉に振り返り、マリーは黙ってしまった。
 そこへ、ネイが姿を見せる。その手にはいつものようにチルミワサラダ。どうやら、ネイは食堂で食事中だったらしい。
「リッチェル。声が大きいよ」
 ネイが宥めて、リッチェルはようやく席に着く。
「で、何があったの?」
 ネイの問いに、リッチェルが事のあらましを説明した。すると、ネイは両手を組み、目を閉じる。
「なるほど……。私の銀色の脳細胞にも、ピンと来ました。これはタダの悪戯じゃありませんね」
 ネイは1人納得したように頷くと、他の2人に言った。
「この件、私が調べてみるよ。決して悪いようにしないから。もちろん、マリエージュにも。だから、2人は普通に対策チームの仕事をしてて」
 ネイの言葉に、マリーは黙って頷く。

 その翌日には、『ペガサス対策チームに、秘密結社NISから脅迫状が!』と言う噂が街に流れたのは言うまでもない。当然、これはネイの仕業である。噂を流して、変わった動きや情報を手に入れようとしたのだ。
 だが、それは裏目に出た。犠牲者が出たのだ。
 事件を最初に発見したのは、意外なことにレダだった。どうやらレダの夜更かし癖はまだ治ってなかったらしく、その日も遅くまで隠れ家で宝物と戯れた後、寮の部屋まで帰ろうとしていた時にそれは起こった。
「きゃあああっ!」
 絹を裂くかのような叫び声が、夜の闇に響き渡る。何が起こったのかと、レダはアルファントゥを走らせた。
「……どうしたの?!」
 現場に着いたレダが見たのは、地面に倒れていたリッチェルの姿だった。レダがリッチェルを抱き上げると、リッチェルは息も絶え絶えにこういう。
「どうしたもこうしたも……ありませんわ……。不覚を取られて、暴漢に襲われましたの……」
「大丈夫? 病院まで送る?」
 リッチェルの様子を見て、レダはそう言う。
「これくらいは日常茶飯事ですけど……お願いしますわ……。レティー・ダーク」
 その言葉に、レダはリッチェルを軽々と抱え上げ、アルの背中に乗せた。

 次の日の朝、対策チームの打ち合わせに姿を見せたリッチェルはこう語る。
「いきなりだったので顔は見えませんでしたけど、帰り際に男の声で『これは警告だ』と言っていましたから、きっと秘密結社NISとやらの仕業ですわ。でも、わたくし達はこんな事で負けるわけにはいかないのですわ!」
 最後にリッチェルはそう力強く言うと、包帯の巻かれた自分の頭をさすった。

 空翔る天馬、ペガサスは自然に存在している生物ではない。
 正確に言えば、その体の構造から考えて自然に存在できる物ではないのだ。

「物理的に、馬が普通の羽で飛べるはずがないのよ」
 ラシーネは言う。羽を使って空を飛ぶには、馬の体は重すぎるのだ。

「羽馬には超常の力が働いているのは間違いがない。リエラが寄生しているか、飛行能力を付与されているか、と言った所か」
 “闇司祭”アベルは言う。

 真実はまだ闇の中である。


■許可■
 事件を聞いた“光炎の使い手”ノイマンは、“自称天才”ルビィと共に双樹会会長のマイヤの所へ向かった。
(今回の事件は、明らかに学園が動くべきレベルの事態だろうしな)
 そう考えながらノイマンは会長の部屋の扉を叩く。
「どうぞ」
 促されて中に入ったノイマン。その後に続いて部屋に入ったルビィ。部屋の中には、マイヤと話している“深藍の冬凪”柊 細雪。そして、もう1人。
 ルビィの視線はマイヤよりも先に、そのもう1人の方、アルフレッド寮長へと向けられていた。
「寮長! 丁度いい。アンタにも話が聞きたいと思ってたところだ」
 それを聞いた寮長は聞く体勢を取ったので、ルビィはすぐに寮長へと尋ねる。
「アンタ。女神事件の時に他の連中に先んじて動けたのは何故だ? もし犯人を知ってたとしても、そいつを殴り飛ばせば済む。わざわざティベロンを出す事もないだろう。もしかして、特別な感知能力でもあるのか?」
 ルビィは、もしそう言う特別な能力があるなら、いつかフランと共に戦う時に役に立つと考えていた。だが、その期待を裏切るように、寮長は首を振る。
「単純に殴り飛ばしたくなかったからだよ。私は犯人を知っていたけど、殴って止めるよりも本人の意志で止めて欲しかった。だから、ああいう方法を取ったんだが、私の見当が誤っていたんだ」
 当てが外れたルビィは、念のため寮長に釘を刺す。
「今度は独断で行動するんじゃねぇぜ?」
「ああ。そのつもりで、今回はここに来たよ。何か手伝えることがあったら、遠慮無く言って欲しい」
 寮長はそう答えると、マイヤに譲った。今度は、ノイマンがマイヤに尋ねる。
「今回の事件について、見解を聞きたい」
「そう言われても、漠然としすぎて答えられませんが。ただ、変わった事件であるとは思います」
 マイヤがそう答えると、ノイマンは考えていた案をマイヤに出した。
「今回の事件に関して、有志での捜査を認めて欲しい。変わった事件である以上、万一の場合の『力』の使用の許可も、出来れば欲しいのだが」
 すると、ノイマンの後ろから“旋律の”プラチナムの声が上がる。彼もまた、捜査隊を組織することを提言しに来たのだ。
「ペガサス対策チームは双樹会の許可の上で活動していたものであり、これに対する妨害は双樹会に対する挑戦とも言えるでしょう。ここは双樹会の手で犯人を捕らえましょう」
 マイヤはそれらの提言に少し考えた後、許可を出した。
「わかりました。『技』の使用は許可できませんが、それ以外は出来る範囲で便宜を図りましょう」
 それを聞いたノイマンとルビィ、そしてプラチナムは早速行動を開始する。マイヤはそれを見送ると、横にいた細雪の方へと向き直った。
「話が途中になってしまいましたね。先程言っていた警邏の許可は出しましょう」
 マイヤがそう言うと、細雪はマイヤに尋ねる。
「マイヤ殿。拙者、此度のNISと言う悪鬼の親玉は、学園の関係者であると思いまする。その際は、マイヤ殿に御裁断頂きたい所存にて候」
 すると、マイヤはふむ、と小さく頷いてからこう答えた。
「関係者だった時は考えましょう」
「では、拙者は早速警邏に参ります故」
 細雪はそう言うと、部屋を後にした。寮長もそれに続いて部屋を後にする。


■疑問■
 会長から警邏の許可を貰った細雪が向かったのは、リッチェルの所だった。彼女は集会室を借りて、そこにペガサス対策チーム(以下、対策班)を集めるという話になっている。
(だが、その集いに間者がいないとは限りませぬ。ここは警戒するが得策)
 そう考えた細雪は、普段結っている髷を解き、羽織を脱ぎ、唇に紅を薄く指す。木刀はそれが入るくらいの大きな楽器ケースに収め、普段の細雪を知るものからは想像も出来ないほど、『普通の』生徒に変装した。
「……リッチェルの所に行ったら、説明しなくちゃね」
 口調から正体がバレないように練習も兼ねて普段とは違う口調でそう呟くと、細雪は集会室へ向かう。
 彼女が集会室に付いた時、そこには既に多数の生徒が訪れていた。その中には、“黒き疾風の”ウォルガの様に「ふぅざぁぁけぇぇぇるぅぅぅぅなぁぁぁぁぁっ!」と内心怒り心頭大爆発な者もいれば、“翔ける者”アトリーズの様に「キミを護らせてくれないか? 未来視の姫君」と何故か芝居がかっているものもいる。
 そして、この集団には最大の問題があった。集まってきたのはいいが、人数とパワーがリッチェルの制御出来る範疇を超えていたのだ。
 マリーはランカーク・ザ・ガーディアンアロー(以下、ランカーク砲)の制作が佳境となっているとの事で、あとから合流という事になっていた。故に、生徒達は口々にリッチェルへと提案や疑問を投げかけていく。その様子を細雪が後ろから見ていると、“蒼空の黔鎧”ソウマがリッチェルにこんな提案をした。
「リッチェル! 提案だ! マリーには悪いが、白衣はしばらく禁止しようぜ!」
 すると、“桜花剣士”ファローゼがソウマに突っかかる。
「って、白い服着てたら、みんな敵ですか?! だったら、研究所の白衣着てる人達、全員退治しますか?」
 何故かソウマも売り言葉に買い言葉が如く、ファローゼに言った。
「ああ。白衣着ていたら、間違って殴るかも知れねぇ! 俺はかなり本気だぜ!」
 こんな状態では、話し合いも何も進むものではない。リッチェルはそこにいた全員に向かって怒鳴りつけた。
「皆様、少し落ち着きなさいな! 10数えるうちに静かにならなければ……」
「ならなければ?」
「自爆しますわ」
 リッチェルの自爆の威力は、そこにいる“影使い”ティル他生徒の何人かが既にその目で見ていた。慌ててその生徒達が他の生徒を宥めにかかる。
 ようやく静かになった生徒達を見て、リッチェルが言う。
「では、どこから始めたら良いと思いますこと?」
 その問いに答えたのは、アトリーズだった。
「では、すまないが先に質問に答えてくれないか? 未来視の姫君」
「わかりましたわ」
 その言葉で、まずは質問会となる。最初に、アトリーズが尋ねた。
「キミを襲った暴漢とやらは、やはり白い服を着ていたのかい?」
 リッチェルは即答する。
「顔は見えませんでしたけど、街灯に照らされて白い服はばっちりと記憶に残っていますわ。まさに白衣でしたの」
「という事は、襲われた場所には、街灯があるのでしょうか?」
 続いて、ファローゼがそう尋ねる。
「街灯はありましたわ。わたくしだって、明かりのない所を歩くほど考え無しではなくてよ」
 その言葉に、離れて様子を見ていた“笑う道化”ラックが、珍しく真剣な顔でリッチェルの方を見る。
(ということは、やっぱり何か理由があって、あんな夜の通りを1人で歩いてたんやろか)
 ラックは今回のリッチェル襲撃に疑問があった。
(自作自演の可能性もあるし、そうでなくても脅迫状が来てるのに夜の通りを1人で歩いてたかは気になるなぁ)
 ラックは、そう考えながらリッチェルの頭にまだ巻かれている包帯に視線を移す。
(それに、リッチェルは襲われたのを「日常茶飯事」って言ってたわけやし。そもそもペガサスの話を振ってきたのは、他ならぬ彼女やしな……)
 だが、今の段階ではリッチェルの『理由』も『事情』もわからなかった。ラックは引き続き、リッチェルの監視を続ける事にする。
 リッチェルへの質問会は続いていた。ファローゼが更に続いてリッチェルへ質問する。
「脅迫状を見せて頂きたいですわ。筆跡などから、何か分かるかも知れません」
「ちょっとお待ちになって」
 リッチェルはそう言うと、近くにあった自分のバックから紙を出した。
「本物の手紙は、事件解決のためにネーティアさんに預けてありますわ。ですけど、多分尋ねられると思って、これだけは写しておきましたの」
 ファローゼが早速その紙を開くと、他の生徒達もそれを一斉に覗き込んだ。そこには、何か目の大きな動物の様なマークが描かれている。
「これは問題のNISのマークですわね? マリーさんはこれを何処で知ったのでしょうか?」
 他の生徒達の視線も、そのマークに釘付けになっている。リッチェルもそれを見ながら、ファローゼの問いに答えた。いや、答えたというのは厳密には違うかもしれない。
「それについては、マリエージュさんには聞きませんでしたわ。ネーティアさんが任せてといったので、最後まで任せるつもりですの」
 リッチェルの答えに、ファローゼは紙をリッチェルに返しながら言う。
「では、ネイさんの方にも話を聞きたいので、失礼しますわ」
 ファローゼが集会室を後にすると、それに続いて襲撃事件の犯人を探そうとしていた生徒達も何人かその後に続く。
「では、質問はこの辺で良いのかしら」
 リッチェルがそう尋ねると、残った生徒の中から“白衣の悪魔”カズヤがリッチェルに近づいた。
「そろそろ、ペガサスの方の話を聞かせて欲しいんだけどな。リッチェルは、ペガサスが来る方向や時間、わかるんだろ?」
 だが、リッチェルは首を振る。
「わかったら苦労はしませんわ。その時間と方角を狙って待っていればいいのですから。残念ながら、わたくしの予知はそこまで正確じゃありませんのよ」
「でも、時計塔が見えたんだょね? だったら、時間はわかるんじゃなぃの?」
 “夢への旅人”アリシアがそう疑問を挟むとリッチェルは記憶の糸をたぐった。
「……薄暗かったから、はっきりとは覚えてませんわね。ただ、3刻頃だったと思いますわ」
「じゃ、もう一つ。校舎と時計塔はどぅいう風に見えてたの? そぅ言うのから、飛んでくる方向がわかるんじゃないかな?」
 アリシアは続けてそう疑問を出したが、リッチェルは首を振った。
「予知を始めた瞬間に映し出されたのが、いきなり時計塔と校舎でしたの。ペガサスがそこに来るのはわかりますけど、どこから来たかまではわからないと思いますわ。どこから来ても、時計塔にたどり着けばその風景が見えますもの。考えたくありませんけど、ペガサスが瞬間移動してきても、予知の結果は変わらなかったはずですわ」
「ぁ、そっか〜」
 アリシアがそう言うと、話を聞いていたカズヤもこれ以上の情報は無理そうだと感じ、質問をやめる。
 その後、リッチェルはしばらく待つがそれ以上質問は出なかった。そこで、リッチェルは生徒達に宣言した。
「質問はここまでにして、少し休憩してから作戦の相談にしますわ」

 生徒達は思い思いに集会室で休憩を取り始めた。リッチェルも少し話し疲れたのか、椅子に腰掛けて一息つく。
 そこに、ティルがやってきた。その手には花束。
「あら。どうしましたの?」
 リッチェルがティルに尋ねると、ティルはその花束をリッチェルに渡した。
「修学旅行では悪い事をしたと思って。それと、怪我のお見舞いです」
 リッチェルはその言葉に、素直に花束を受け取った。
「別に気にしてなくてよ」
 そう言われたティルは、リッチェルに自分の疑問をぶつける事にした。
「人前で聞く訳にはいかなかったんですけど、1つ疑問があるんです。普通の『予知』なら、一週間先の未来くらいまでしか見えないんじゃないですか? でも、予知からとうに一週間は過ぎているはず。リッチェルさんの『予知』って、もしかしてものすごく強力なのではないですか? 見えすぎてしまったり、とか」
 ティルがそう尋ねると、リッチェルは首を振る。
「そんなに強力でも無いと思いますわ。普段の予知だと、一週間くらいでその事象は起こりますもの。だから、わたくしもペガサスが来るのが、こんなに遅くなるとは思っていませんでしたわ」
 リッチェルはそのことに悩んでいたようだった。だが、反対にティルはそこに希望を見いだしていた。
「と言う事は、時計塔に天馬が来る未来は阻止できるかもしれませんね。リッチェルさんの見た未来が、崩れ始めて来てるんですよ。きっと」
 ティルの言葉に、リッチェルは納得して頷いた。


■調査■
 会議を途中で退席した“弦月の剣使い”ミスティと“怠惰な隠士”ジェダイト。そして“猫忍”スルーティアは、その足でアルメイスタイムズ社に向かった。
「こういう大衆情報なら、新聞が詳しいだろう。特に、ロバート局長は出来る男だ」
 ジェダイトの言葉に、他の2人も頷く。
 アルメイスタイムズ社に着いた3人は、早速状況を話した。が、ロバート局長は煙草に火をつけると、3人にこう言う。
「確かに、俺の情報収集能力はちょっとしたものだ。あんた達の噂を調べる位はお茶の子さいさいだが、事件となれば話は別だ。取材したネタをあんた達に簡単に教えると思うか? これは新聞記者の仁義だ。知りたきゃ、アルメイスタイムズを買って見た方がよっぽど早い」
 すると、ジェダイトはそれを見越していたかのように、懐から財布を取り出した。
「もちろん、仕事に見合う情報料は支払うぜ?」
「金で俺達記者を買えるなら、新聞なんて読む価値はないと思わないか?」
 ロバートは長く残った煙草を消すと、そう答える。すると、スルーティアが突然リエラ『イグニス』を頭に乗せながらロバートに訴えた。
「じゃ、せめてこのマークだけでも見て。見た事あるかないかだけでも教えてよ」
 ロバートは黙って2本目の煙草に火をつける。スルーティアは、自分の訴えが却下されなかったので、早速マークを見せる事にした。
「『変化』!」
 スルーティアのリエラ『イグニス』は、スルーティアを自分が見た事のあるものに変化させる能力を持つ。今は、先程リッチェルが持っていたNISのマークの描いてあった紙に変化させたのだ。
「どうですか?」
 ミスティがスルーティアの変化した紙を見せて改めて尋ねると、ロバートは煙を吐き出しながらこう言った。
「マークには見覚えはないな。だが、あんた達が本気でこのことを知りたいってのはわかった。図書館にでも行って、12年前の事件を探してみるんだな」
 3人は礼を言うと、アルメイスタイムズ社を後にする。

 同じ頃、“炎華の奏者”グリンダと“のんびりや”キーウィ、そして“春の魔女”織原 優真は時計塔にある天文部を訪れていた。
「……なんだ?」
 仮眠をとる先輩部員の横で、キックスが彼女たちを応対する。グリンダは早速本題に入った。
「ペガサスが時計塔に来るって話、聞いた?」
「ああ、リッチェルの予知した話か。聞いた。あいつが自爆してまで予知したんだから、余程の事なんだろう」
 キックスは普通にそう答える。グリンダはキックスの様子をうかがいながら、話を続けた。
「気になるのは、ペガサスが『何故』来るのかって部分ね」
「時計塔に恨みでもあるんじゃねぇのか? キンコンカンコンうるさい、とか」
 キックスが言った言葉に、思わず吹き出す3人。と、その音に驚いたのか、恰幅の良い先輩が目を覚ました。
「……んー。夕食の時間かなぁ?」
「食事はまだっす。先輩」
 キックスは先輩を宥めると、グリンダに話の続きを促した。グリンダは気を取り直して、話を続ける。
「正直に言うわ。私は時計塔を調べたい。でも、流石に毎日部外者に来られたんじゃ、迷惑でしょ?」
「迷惑も何も、追い出すだけだ」
「で、星にも興味はあるし、天文部に入部したいんだけど」
 キックスはそれを聞くと、先程宥めた先輩に相談する。キックスは天文部の部長でも何でもないのだ。
「んー。動機はちょっとアレだけど、良いんじゃないかなぁ。例の如く見習いからになるけどね。部長には僕の方から言っておくよ〜。もちろん、入ったからにはきっちり部員として活動して貰うよ〜」
 先輩の言葉に、グリンダは頷いた。
「……ところで、キックスはん。……時計塔を調べるのは、部員じゃないとやっぱりあかんのん?」
 話を聞いていたキーウィが、恐る恐る尋ねる。キーウィは、修学旅行の時にキックスを怒らせてしまった手前、下手な事は言えなかったのだ。
「この前は、ホンマにごめんな。ウチがかなり虫の良い事言うてるのは、重々分かってるつもりや。でも、さっきグリンダはんが言ってた『何故』って部分は、うちも気になるんや。もしかしたら、時計塔の中に町全体に影響がある仕掛けがあって、ペガサスはそれを狙ってるとかあったら、大変やし……」
 キーウィがそう言うと、キックスは何故かくすっと笑った。
「……あんた。空想小説の読み過ぎだよ。そこまで大掛かりな仕掛けは、どう考えたって無理じゃねぇの?」
 そう言うと、キックスは先輩に尋ねる。
「先輩。どうします?」
「うーん。グリンダちゃんの手伝いをするなら良いんじゃないかなぁ。一度しっかり調べて、何もなければそれでここも安泰って事だし。後ろの女の子も、それでいいかい〜?」
 先輩の言葉に、優真も頷く。それを見て、先輩は再び眠りに就いた。
「ほな、時計塔の調査をする前に、図書館に行っておきたいんやけど。時計塔に関しての文献を調べておきたいねん」
 キーウィがグリンダに言う。
「じゃ、私は早速見習いの仕事をするわ」
 グリンダはそう言って、キーウィと優真を見送った。

 図書館についたキーウィと優真は、早速時計塔に関しての文献を調べようと、司書の所へ行く。だが、それより前に、閲覧室の方でちょっとしたざわめきが起こった。
「これだ! 12年前のNIS……」
 その声に、キーウィと優真はそこへ向かう。そこでは、ジェダイト達が12年前の事件を調べあてた所だった。
「NISがどうしたのん?」
 キーウィが尋ねると、ジェダイトがその資料を見せる。
「えーと……アルメイスのサークルが不祥事を起こす。サークル『NIS』の部室にて、不審な爆発。学園側はサークルの即時解散と、関係者への処分を決定……と」
 そこまで読んだキーウィに、ジェダイトが頷く。
「これは、はっきりとマリーに問いただす必要がありそうだな」
 そう言うと、ジェダイト達は資料を返しに行く。
 キーウィ達も改めて、時計塔の資料を調べ始めた。だが、ジェダイト達と違って、キーウィ達の調査は成果を上げたとは言い難かった。せいぜい見つかったものと言えば、時計塔の最上部には、設計当初から望遠鏡を据え付ける為のスペースがあったという事くらいか。
「……このスペースは、有事の際に外敵を見張る為に作られるはずだった。だが、完成された時計塔でのそのスペースは、本来の使用目的で使われる事はなかった……」
 そのスペースは、今では天文台となっている。それ以外は、時計塔に隠された秘密というのは見つからなかった。失意のキーウィを、優真が励ます。
「もし何もなくても、ペガサスは時計塔に来るんですから、その時には何故来るのか分かるはずです」
「そうやね」
 キーウィは頷くと、資料を棚に戻す。

■提案■
 対策班の会議は進み、いくつかの提案が出される。例えば、“貧乏学生”エンゲルスはこんな提案をした。
「ペガサスを操っている人がいるなら、その人を捕らえるべきです」
 これは、他の参加者達も少なからず考えていた所ではあった。だが、エンゲルスは目の付け所が違っていた。
「行動操作なら対象を視界に収める必要があるので、時計塔を見る事が出来、かつイミールから来るであろうペガサスを見やすい場所に、その人はいると思います」
 エンゲルスが説明すると、リッチェルが尋ねる。
「具体的に、それはどこなのですの?」
 すると、エンゲルスは地図を広げ、その上を指でなぞりながら説明を続けた。。
「この中央を流れる水路に並走している道です。ペガサスはイミールのある南東から来ると思うので、時計塔から見て南側にいるでしょう」
 しばらくその地図に見入る生徒達。と、“ぐうたら”ナギリエッタが突然何かに気づいて地図を見直す。
「ペガサスって、夜来るの?」
 ナギリエッタの問いに、エンゲルスが答える。
「多分そうだと思います。そもそもペガサスを作ったのは、白いので夜に飛んでいても視認できるからでしょう」
 エンゲルスの問いに、リッチェルが納得して頷く。すると、ナギリエッタは地図を見ながら、自分の推測を説明し始めた。
「だったら、みんなの目をペガサスに引きつけて、その隙にどこかに侵入する人がいるんだょ」
「なるほど。確かに、何かあるとしたら天馬が現れる瞬間だろうね」
 ナギリエッタの意見に、アトリーズが同意する。
「具体的には、どういう事ですの?」
 リッチェルが尋ねると、ナギリエッタはエンゲルスと入れ替わって地図を指さした。
「ペガサスがイミールから来たとすると、アルメイスの南東から飛来する筈だから、侵入者はその反対側……多分、この水路の北側から侵入してくると思ぅ」
「でも、それが本当なら、学園都市アルメイス全域が警戒区域になりますわ……」
 情報が予知しかない以上リッチェル達もその推測は否定できなかったが、もし本当だとすると対策をしなければならない範囲が広すぎて、現状ではとても手が足りない。
 リッチェルがそう言うと、ナギリエッタは言い出した手前、こうも提案する。
「とりあえず、研究所にはボクがトラップを仕掛けておくょ。何故か分からなぃけど、研究所がまた狙われる気がする。万が一って事もあるかも……」
 ナギリエッタの想像する『万が一』の正体は、他ならぬレアンである。だが、先日も研究所に姿を現したレアンの事を考えると、そこまでの策をレアンが取るとは考えにくい。それはナギリエッタも承知の上だった。
「あとは、空からの偵察だな」
 アベルの提案で、空飛ぶリエラを持つ“竜使い”アーフィや“風天の”サックマンなどが哨戒活動を行う事となり、この件はとりあえず一段落となる。

 他にもいくつかの提案が出されたが、マリーは会議には一向に姿を見せなかった。
「これでは会議が進みませんわ」
 リッチェルが黒板に書かれた意見を見ながら、苦々しく呟いた。

 その頃、マリーは“蒼盾”エドウィンや“鍛冶職人”サワノバと共にランカーク砲の制作に当たっていた。
「それにしても、嬢ちゃん。不用心じゃよ?」
 ランカーク砲の砲身を見ながら、サワノバはマリーに言う。
「えー、何が?」
「ポスターじゃよ。ポスターの文章が、最初は捕獲だったのが、次には敵対表現の『防空』になったじゃろ? だから、相手が怒って暴漢事件に発展したんじゃないかと思っての」
「うーん。私はそんなつもりで言ったわけじゃないんだけどなぁ。みんな、私がペガサスを撃ち落としたがっているように思ってるみたいだし」
 マリーはナットを締める手を休めずに、そう返す。
「書き方の問題じゃよ。ペガサスに関しては、ランカーク砲を改造して捕獲出来るようにすれば良いじゃろ。防空の対象だって必ずしもペガサスとは限らんのじゃし、文章が不適じゃよ」
 サワノバの言葉を聞いて、砲手に立候補していた“幼き魔女”アナスタシアが横から話に参加する。
「リッチェルも言っておったが、生け捕りに出来るならそれに越した事は無かろう。捕獲用のネット弾と、撃墜用の砲弾の2種類を用意しておくべきじゃろうなあ」
「まぁ、私も不必要に撃墜するつもりはないわ。リッチェルには言ったけど、私だって生け捕り自体に反対しているわけじゃないし。書き直しは、後でリッチェルにも相談してみるわね」
 マリーはそう言うと、近くにいたエドウィンを呼ぶ。
「エドウィン〜。例のもの、取り付けるわよー!」
「おう!」
 そう言うと、エドウィンは巨大な観覧車のような部品を台車に載せ、ごろごろと押してくる。マリーはそれを砲身の後部に取り付けた。
「それにしても、良いアイディアね。装弾部分を蒸気で回転させるなんて」
 マリーが言うと、エドウィンも据え付けを手伝いながら答える。
「この前マリーが買ってきた観覧車の模型から思いついた。これなら装填時間を短縮できるだろう」
 その様子を見ながら、サワノバも頷いた。
「これで、多弾連射も可能じゃな」
「ああ。ペガサスが何匹現れても安心だ」
 エドウィンがそう言うと、マリーはほっと息をつきながら、時計を見る。
「あら。もうこんな時間か〜。きりが良いし、そろそろ会議にも出ないとね」
 その言葉に、ランカーク砲の制作に当たっていた生徒達は、一度集会室へ向かう事にした。
 だが、集会室に到着したマリーを真っ先に迎えたのは、リッチェルの怒りの声だった。
「遅いですわ! 限度というものがありましてよ!」
「ゴメンね〜。でも、この時間は無駄じゃなかったわ。ランカーク砲、明日にでも試射できるよ」
 マリーは手を合わせて謝りながら、そう報告する。だが、リッチェルの怒りはまだ続く。
「もう、日も暮れましたわ! 夜まで会議して、帰り道にまた襲われたらどうするつもりですの?!」
 リッチェルがそう言うと、ウォルガとアトリーズが同時にリッチェルの所に来た。
「さっきも言ったけど、その時はキミを護らせてくれないか? 未来視の姫君」
「俺のリエラ『アーズ』は、障壁作成が出来る。護衛にはうってつけだぜ?」
 さらには、ソウマも自分のバンダナをリッチェルに渡して叫ぶ。
「俺の正義バンダナを貸すぜ! 御守りだ! やばくなったら、それを持って叫ぶんだ! 悪のある所、必ず俺はそこにいる! 俺が正義だからだ! 必ず助けてやる!」
 しかし、リッチェルは首を振る。
「護衛はありがたく受けますわ。正義はともかく、バンダナもいざというときには使わせて頂きますの。ですけど、今日は流石に疲れたのですわ。あと10エスト待ってマリエージュさんが来なかったら、誰かに伝言をお願いして帰ろうかと思っておりましたし」
 マリーはリッチェルの言葉に反論できなかった。なにしろ、自分のせいで会議が進んでいないのだから。
「わかった。じゃ、今日の会議はここまでにしましょ。明日は先に会議を済ませてから、ランカーク砲作りに行くから。それでいいかな?」
 マリーの言葉にリッチェルが頷く。
「じゃ、明日の同じ時間にここに……」
 マリーが最後にそう言おうとしたのを、“不完全な心”クレイが止める。
「ちょっと待って下さい。どうしても、今話し合っておきたい事があるんです」
 マリーが何事かと尋ねると、クレイは自分の懸念を話す。
「ランカーク砲に不審者を近づけないようにしないと」
「どういう事?」
 リッチェルとマリーがクレイを見る。クレイはこう説明した。
「NISが我々を妨害する場合、ランカーク砲を使用不能にする可能性が高いと思われます。砲身からねじを抜き取って打てなくするだけなら、10エストもかからないでしょう。だから、3交代くらいでランカーク砲に見張りをつけ、不審者が近づけないようにしておく必要があると思います」
「確かに、それはワシも思ったのう。ランカーク砲の作業場の警備と、マリー嬢ちゃんにも護衛をつけるべきじゃ」
 サワノバが同意して頷くと、アリシアが手を挙げた。
「あ、それならアリシアも考えたょ! 偽の捕縛班を囮にするのはどぅ?」
 アリシアも犯人の妨害は予測していた。だから、大々的に囮を出し、襲撃をしてきた所を取り押さえようと言うのが、アリシアの案である。
「そこには、偽ランカーク砲をおぃておくよ。そして、アリシァがマリーに化けて指揮をするね」
 アリシアがそこまで説明すると、マリーが尋ねる。
「ちょっと待って。流石に、偽ランカーク砲を作っている時間は無いよ? 今夜にも犯人が襲ってきたらどうするの?」
「……ぁ! そっか」
 結局、囮案は今夜を乗り切ったら考えるという事になり、今夜はクレイの提案通り、ランカーク砲に見張りとしてクレイとサワノバ、そして「護衛をする代わりに提案を一つ聞いて欲しい」と言う“闇の輝星”ジークを立てる事になった。また、マリーの護衛には、エドウィンが付く事になる。
「それでは、詳しい相談はまた明日と致しますわ……」
 リッチェルの言葉で、本日の長い会議はようやく終了となる。


■告白■
 その夜。クレイ達の懸念は現実のものとなった。“黒い学生”ガッツが、蒸気研に潜入しようとしたのだ。
「どけ! 邪魔するなら撃つ!」
 見張りのクレイに空気銃を向けるガッツ。だが、次の瞬間、クレイのリエラ『イビルガード』が障壁を展開する。
「ここを通すわけにはいきません! 『アクセス』!」
 ガッツのリエラは、余程の事がない限りは出てこない。この状態では、ガッツがここを通るのは無理であろう。そう考え、やむなく逃げようとするガッツの首根っこを、意外な人物が捕まえた。
「蒸気研で夜中にうろうろするなんて、良い度胸ね?」
 それは、夜中の見回りをしていたカマー教授だった。

 翌朝。マリーとリッチェルが、知らせを受けて飛んでくる。当のガッツはと言うと、カマー教授からこっぴどく叱られている最中だった。
「何で夜中に忍び込んだのよ!」
 すると、ガッツはマリーの方をちらと見て答える。
「NISのマークを知っているマリーは、NISの一員だからだ。ペガサスを捕獲されることがNISに取って不都合なことだとしたら、捕獲される前に跡形もなく撃ち落とすのが確実だ。だから、マリーは兵器を作っているのだろう? 撃ち落とすだけならリエラで十分事足りるのに」
「だからといって、夜中に忍び込んで良い事にはならないわよ。あなたのした事は不法侵入。あなたの方が犯罪者。わかる?」
 その後、ガッツは初犯であったこと、被害は出なかったことから、今回は厳重に注意してガッツは解放される事となる。そして、カマー教授はマリーにも言った。
「今度あなたの発明品でこんな騒ぎを起こしたら、しばらく発明禁止・蒸気研出入り禁止にするわよ? マリエージュ。アタシも『白衣は今は勘違いされるから』って、マーティからこんな格好させられるし……ホント、良い迷惑なんだから」
 そう言って、カマー教授は普段の白衣の代わりに“泡沫の夢”マーティから贈られた薄青の白衣(?)を見せる。
「すみません……」
 マリーは神妙な顔でそう謝った。

 昨日の約束通り、会議の続きをする為に集会室に移動した対策班の面々。マリーもその場所にいるが、その顔には先程の事件のせいか、疲れの色が見えていた。
 泣きっ面に蜂が如く、そこに追い打ちがかかる。マリーの元に生徒達が集まってきたのだ。
「……何?」
 マリーが尋ねると、集まってきた生徒は質問をマリーに浴びせる。
「ねぇ、マリー。この際だからはっきりさせたいんだけど、結局の所、あなたはNISの一員なの?」
 最もストレートにそう尋ねたのは、“待宵姫”シェラザードだった。他の生徒達の質問も、言葉の程度こそ差はあるものの、大方マリーとNISの関係を問うものである。
 シェラザードは話を続ける。
「私が情報を集めた限りでは、NISのマークを知ってた人はいなかった。でも、さっきガッツも言っていたけど、あなたは一目見ただけでそれをNISのマークだと気づいた。それはどういう事?」
 シェラザードの直球勝負に、マリーは少し疲れた表情のままこう返す。
「……私がNISのメンバーだから、でしょ。それは事実よ」
 マリーは、自分がそのメンバーである事をあっさりと肯定したのだ。
「では、メンバーの人数や詳しい活動拠点とかも知っているんですね?」
 プラチナムが問いかけると、“賢者”ラザルスも尋ねた。
「そもそも、NISとはどういう組織なのじゃ?」
 マリーはラザルスの方を見ると、ぽつぽつと話し始める。
「NISって言うのは、元々は科学全般を研究していたアルメイスのサークルなのよ。ただ、集まった人達に問題があったからか、このサークルは問題を起こしてすぐに解散しちゃったらしいのね。もう、一昔前の話なんだけど。詳しい話はメンバーも余り話したがらないし、私も興味ないわ」
「なるほど。それが12年前の事件か……」
 昨日図書館で調べた事を報告しにきたジェダイト達が、納得する。
「じゃ、今の秘密結社NISというのは?」
「今のNISは、その時の面々が集まって討論や雑談をする為に作った、校外での会員制サロンなのよ。その会員は、自分たちが科学の徒であると言う証に、研究者を象徴する白衣を基本的にいつも着る事になっているわ。だから、会員達は面白がって、自分たちの事を秘密結社NISって呼び始めたわけね。あとは、名前だけが噂で一人歩き」
 そこまで話を聞いたラザルスは、考え込んだ。
「うむぅ。面白そうではあるのう」
「科学好きで信用できる人なら、紹介しても良いわよ? 私もそうやって紹介されて会員になったんだし」
 マリーはこともなげにそう告げる。すると、シェラザードがマリーに尋ねた。
「そのNISのメンバーって、白い服以外に証はないのかしら」
 シェラザードは、もしそう言う証があるなら、それを複製して潜入捜査などに役立てようと考えていた。だが、マリーは首を振る。
「あるけど、信用できない人には教えられないわ。そもそも、会員制サロンになったのは、信用のおけない人を排除するためなんだから」
 マリーはそこで一呼吸置くと、強い口調でこう主張した。
「NISのメンバーは、ちょっと変わった人も多いけど、みんな科学を平和と世の中の発展に使おうとしている。今回の様な事件をメンバーが起こすなんて、考えられないのよ」
「わかりました。そう言う事なら、とにかく協力します。マリーさんとNISがどういう関係であれ、そう決めていましたから」
 それは、“抗う者”アルスキール。他の者も、協力を拒むと言う者はいなかった。1人を除いて。
「では、私は別行動を取る事にする」
 “憂鬱な策士”フィリップはそう言うと、集会室を後にした。


■真実■
 マリーとNISの関係が明かされた事で、事件は新たな局面に向かった。
「結局の所、脅迫状の主がNISだと言うのは、狂言である可能性が出てまいりましたね。もしくは、NISの誰かが単独で暴走して行動している可能性もございます」
 ネイに協力をすると来ていた“闘う執事”セバスチャンが、マリーの言葉を元に推論を話した。
「うーん。私の虹色の脳細胞でも、そこまでは思いもよりませんでした。これは調査をやり直した方が良いですね」
 ネイは腰を手に当てて考え始める。そこへ、“風曲の紡ぎ手”セラが釘を刺した。
「ネーティア様。調査をやり直すなら、こちらが調査している事を相手に知られて警戒されないよう、派手な行動は慎むべきですわ」
 すると、ネイは困った顔を見せた。
「うーん」
「まさか、また何か……?」
 セラの言葉に、ネイは手を振った。
「私じゃないですよ? ただ、複数の生徒が別々に、しかもかなり派手に動いている噂が流れていて、どうしようかと思っているのです」
 複数がバラバラに動いているとなると、セラ1人でどうにかなるものではない。とりあえずネイだけでもと思い、セラは改めて念を押す。
「ところで、そろそろ始めていいかしらん?」
 それはマーティだった。彼が始めるのは『過去視』である。今回は、リッチェルからネイに渡された手紙を過去視するとのことだ。
「そもそも、女子寮の部屋の扉に手紙が朝挟んであったという時点で、まず犯人は女子寮内部の人間でしょうね」
 過去視の準備をするマーティを見ながら、セラが推論を述べる。
「筆跡も女性のものですわね。犯人が女子生徒である可能性は高そうです」
 脅迫状を見に来ていたファローゼもそう言って、マーティの過去視の結果を見守る。だが、その結果は意外なものだった。
「……この方は……どなた?」
 過去視は、早朝の女子寮を映し出す。確かに、そこではセラの推測通り、アルメイスの制服を着ていた女子が、手紙を律儀に扉へと挟んでいた。背格好を考えると、中等部くらいの生徒だろうか。だが、その顔に見覚えがある者は、ネイも含めてここにはいなかった。
「奴が犯人だな?」
 犯人の情報を聞きに来た“悠久の風”リョオマが、過去視の映像を見て部屋を飛び出す。
「……また1人、先走ったみたい……」
 不意を突かれたネイ達は、その様子をそう言って見送るしかなかった。

 リョオマは対策班を止める為に、犯人を捕まえてペガサスが来る理由を問いつめるつもりだった。そんな彼が向かったのは、リッチェルとマリーの所である。しかし、直接リッチェル達に目的は伝えず、普通に護衛として2人の側にいることにした。
(中心人物のリッチェルやマリーが再び襲撃される可能性があるだろう。そこを捕まえるんだ)
 念のため、リエラで障壁を作る為に水も携帯し、リョオマは護衛を続ける。
(これでいい。何とかして、リエラが無駄に傷つけられるのだけは避けないと)
 ただ、リョオマは肝心な事を失念していた。
 ペガサスがリエラだという確固たる証拠は、何一つとしてなかったのだ。


 ネイの言った「派手に動いている複数の生徒」の内の1人は、対策班の会議を抜けたフィリップだった。彼は犯人に揺さぶりを掛け、自分を襲わせると言う目的の下、2つの策を仕掛ける。
 1つは、リッチェル宛に「NISは今回の襲撃とは無関係である。我々は名誉を傷つけた偽物を絶対に許さない。必ず見つけ出す」と言う手紙を出す事。
 もう1つは、自分がNIS構成員らしいという噂を流す事。
(不意打ちしか能がない奴らだ。これで自分に向かってくるだろう)
 それとは別に、ノイマンも自分とルビィに注目を集めるべく、校内で演説を行っていた。
「純白の天馬を捕らえましょう! 対策班だけには任せておけません」
 さらに、“首輪使い”アウスレーゼも『対策班として』派手に行動していた。具体的には、リッチェルが襲われた付近を対策班として、夜中にうろうろしていたのだ。
 もちろん、彼らの目的は同じである。「自分を襲撃させて、それを捕らえる」と言うものだ。だが、不幸な事に、ネイが言った通りこれらの策はバラバラに行われていた。少しずつ同じで少しずつ違う噂がいくつも同時に巷に流れれば、相手が愚かで無い限り不自然であると気づくだろう。
 結果として、彼らの目的が果たされる事はなかった。彼らが襲撃される事はなく、更には、リッチェルやマリーが再び襲撃を受けると予想して護衛や尾行を行っていた生徒達の行動も、空振りに終わる事となった。


 だが、犯人の調査は決して進んでいなかったわけではない。意外な所から、意外な手掛かりがもたらされる。それはエイムだった。
「手掛かりを知ってるってホンマか? エイムはん」
 エイムにダメ元でNISの事を聞いてみた“轟轟たる爆轟”ルオーが、逆に驚く。
「知っているといいますか、先日事件が発生した時に同僚から話を聞いたのです。私がここに来てから、5年も経っていませんから」
 エイムの話によると、NISがまだアルメイスのサークルだったころ、この能力開発研究室に共同実験の提案をしてきたサークルのメンバーがいたらしい。
「あまりにも突飛な実験だった為、すぐにその提案は却下されたそうです。同僚も、先日の襲撃事件が起こるまで忘れていたくらいですから、大したものではなかったのでしょう。メンバーの名前も覚えてないそうですし」
「なるほどなぁ」
 そこまで聞いたルオーは、エイムに尋ねる。
「で、何の実験やったん?」
「化学的にリエラとフューリアを融合させる実験だったそうですよ。そんな事は無理だという事くらい、高等部の形而上学で習うでしょうに」
 そう言うエイムは、何と言っていいのか分からないと言う顔をしていた。

 ラシーネは独自に調査を進めていた。彼女は、学園に在学していた者の中に手掛かりがないかと考えていたのだ。
(羽馬の羽は、リエラが変化して馬に取り付いていると考えるのが自然。そして、非自存型なら長時間実体化は出来ないわ。だから、変化能力を持つ自存型リエラの持ち主が関係しているはず)
 自存型は稀である上に研究対象になっている。その中で変化能力を持つリエラならば、数はかなり限られてくるとラシーネは考えていた。ましてや、形状は悪魔型と分かっているのだ。
 だが、調査の結果、彼女の想像以上の事実が判明した。
「12年前に、悪魔型リエラを持つフューリアが、学園から追放されている……」

 ルオーとラシーネの情報は、リッチェル達の所へすぐにもたらされた。
「……という人なのだけど」
 ラシーネが調べたリエラの持ち主の名前を聞かされたマリーの顔から、血の気がさぁっと引いていく。
「……そんな……あり得ない……」
「ほな、知ってるんやな?」
 ルオーの問いに、マリーはこっくりと頷いた。
「NISの副リーダーよ。私もよくお世話になった人。研究を成し遂げるには信念が必要だと教わったわ。ただ、言われてみれば、ここ3ヶ月くらい姿を見てないけど……」
「って事は、そいつが強硬派で、こっちを邪魔しようとしているんやな」
 ルオーが言うと、マリーが横やりを入れた。
「でも、副リーダーは男の人だけど……あ!」
 マリーが途中で気づいて声を上げる。その話を聞いていた“銀晶”ランドがこうまとめた。
「犯人は2人いると言う事だな。マーティの過去視に出てきた、手紙をリッチェルの部屋に置いた女子生徒と、悪魔のような影のリエラを持つNISのメンバー」
「あとは、目的だな。ペガサスが自分の意志でここまで来るわけは無い。ペガサスを操って時計塔まで来る目的が……」
 “天津風”リーヴァがそう言った所へ、ネイとキックスがやってくる。
「大変だよ! マリー! リッチェル!」
 そう言うネイの後ろには、グリンダやキーウィ、優真の姿もあった。
「あれ、仲直りしたの?」
 マリーがネイとキックスに尋ねると、ネイはグリンダの方をちらと見る。グリンダは、ネイとキックスの仲を取り持とうと、天文部の活動や時計塔の調査の合間を縫ってそれとなくキックスに話しかけていたのだ。それが功を奏して、二人が元の鞘に収まったのは言うまでもない。
「ま、こいつは相変わらず危なっかしいし、俺のリエラの能力も必要らしいってエドウィン先輩から聞いたし。時計塔壊されると困るしな」
 キックスが答えると、リッチェルが冷静に尋ねた。
「で、なんですの? ネーティアさん」
「そうそう。それなんだけど、時計塔の歯車の中に、NISのマークが入ってるのがあったんだよ!」
 その言葉に一番驚いたのは、マリーだった。
「……もう、会員制とか言ってる場合じゃないわね。NISに行って、話を聞いてくるわ」
「なら、わしも行こう」
 ラザルスが言うと、他にも数名が付いていくと告げる。
「じゃ、今すぐ行くわよ」
 そう言うと、マリーはすぐに部屋を出た。

 マリーが連れてきた所は、時計塔からほど近い普通の民家だった。マリーが扉をリズミカルに8回叩くと、中から声がする。
「合い言葉は?」
「『白き服は科学の象徴。二つの瞳は真実見抜く鏡』」
 程なく扉が開く。マリーは奥に他の生徒を案内すると、大きなテーブルにて何かを組み立てている白衣の男に向かって話しかけた。
「リーダー! 副リーダーが!」
 リーダーと呼ばれた男は、手を止めるでもなくこう言った。
「……そうか。やはりか……」
 マリーはリーダーの落ち着き払った様子に驚くが、リーダーはそれを気にするでもなく、ぽつぽつと話し始める。
「馬鹿な男だよ。あの男は。何をとち狂ったか、人間を強化してリエラを超えるとまた言い始めおったんだ。そんな事は天地がひっくり返っても無理だと、12年前に説得したはずなのに」
「では、ペガサスはその一環……?」
「だろうな。彼のリエラは、相手への付与が出来る。飛行能力くらいはつけられるだろう。その力をまともに使えば良かったものを、科学とリエラの力とを一緒くたにしようとしたから、こんな話になってるのだろう」
「時計塔を狙っているのは?」
「時計塔には、私の考えた仕掛けがあるからな。彼の計画に賛同しなかった私への当てつけと、自分の力の誇示の為に壊すつもりなのだろうよ」
「……そこまで分かってたなら、何故教えてくれなかったんですか!」
 マリーは思わず叫んだ。すると、リーダーは組み立てていた何かをマリーに渡す。
「私たちは最後まで科学の徒でありたかった。だから、解決は己の科学力で行いたかったのだ。これを持って行け」
 それは、砲弾のようなものだった。
「ネット弾がいるのだろう? バネの力を効率的に使って、より早くかつ広域にネットを広げられる仕掛けを考えておいた」
 マリーはその砲弾を受け取ると、NISのアジトを後にする。


■天馬■
 その日の夕方、黄昏時。
「凶風が吹いておる……」
 襲撃に備えるべく時計塔の壁を背にして、“探求者”ミリーが呟く。特別な感知能力ではないが、彼女の勘はこれから何か起こる事を告げていた。

 異変に最も早く気づいたのは、対策班ではなかった。山岳同好会の“黒衣”エグザスである。彼は幸運な事に、アルメイスに飛来した白き馬ペガサスを誰よりも早く見つけたのだ。もっとも、彼らが双樹会に許可を取って陣取っていたのが、アルメイス南東部のアリーナ付近であった事も幸いしていたのだが。
(ここからなら、ロイド殿が確保してくれた場所も近い。あとは、あのペガサスを保護しなくては……)
 エグザス達は、ペガサスを「捕獲」でも「撃墜」でもなく「保護」しようとしていた。対策班にも、NIS……いや、犯人にも、彼らは協力しないと決めていた。
(ペガサスは自然界には存在しない。だからこそ、実験材料や見せ物にはさせたくない。ペガサスは空を自由に飛べてこそペガサスなのだから)
 山岳同好会のそんな思いが通じたのか、ペガサスは少し高度を下げる。
(このまま誘導して……)
 エグザスはそのペガサスを追いながら、自分のリエラ『ディウム』の能力を発動させようとした。光を屈折させ、対策班の位置を確認しようとしたのだ。
 だが、彼は肝心な事を忘れていた。ディウムが能力を発動する為には、自分の五感を全て奪われる瞑想を30セグほど行わなければならない。エグザスの五感が奪われている間に、ペガサスは当然のようにエグザスから離れていく。瞑想を終えた時には、エグザスは時計塔の方へと飛んでいくペガサスの後ろ姿を見送るしかなかった。

「そう。そのまま飛ぶのよ。ペガサス」
 ペガサスを見ながら、そんな言葉を呟く生徒がいた。彼女はペガサスを追い、アルメイスの中央を流れる水路を北上して時計塔へとゆっくり向かう。そう、まさにエンゲルスの予想通りに。
「いました! あの人です!」
 水路を見回っていたエンゲルスは、自分の予想が正しかった事をその手で証明した。ペガサスを見上げるその女子生徒の手には、小さな杖が握られている。明らかに怪しげだ。
(これで、報酬に学食一食おごって貰えるかもしれません!)
 エンゲルスはそんな淡い期待を胸に、女子生徒の方へと向かう。
「ちっ……見つかった……?」
 彼女がエンゲルスの声を聞いて逃げようとしたが、反対側から別の生徒が彼女の方へと向かってくる。
「あいつか! 俺様のかわいい後輩を襲った不届きな野郎は!」
 それは幸運にもそこを通りかかったルビィとノイマンだった。エンゲルスの言葉に状況を理解したルビィは、すぐに女子生徒の方へと向かったのだ。
(感知能力は無理だったけど、ツイてるぜ!)
 ルビィ達が近づくと、女子生徒は身を翻してそこから離れようとする。だが、次の瞬間、彼女の前に1人の男子生徒が立ちはだかった。
「だ、誰?!」
 彼女が尋ねると、その生徒……ランドは彼女を指さしてこう答えた。
「貴様に不幸を告げに来た」
 突然現れたランドの姿を見て、女子生徒は一瞬ひるむ。さらには、時計塔の警邏をしていた細雪がそこへ到着し、木刀を構えた。
「拙者の刃が冥府の河の渡し賃。悪鬼よ、観念致せ!」
 打ち下ろされた木刀が、女子生徒を地面へと倒す。そこへ、エンゲルスとルビィが飛びかかり、女子生徒を取り押さえた。
「さあ。真相を話して貰うぜ?」
 女子生徒を立ち上がらせ、対策班の所へ連れて行こうとする生徒達。だが、彼女はまだ観念していないのか、夜空を見上げて言った。
「まだよ! ペガサスがいる限り……」
「それはどうだろうな?」
 そう言ってそこに姿を見せたのは、リーヴァ。
「どういう事?!」
 女子生徒が叫んだ視線の先で、ペガサスに2体のリエラが近づく。それは、サックマンのリエラ『リュン』とアーフィのリエラ『ドラグーン弐式』だった。
「それぐらいの追っ手、かわしなさい! ペガサス!」
 女子生徒の声が聞こえたかのように、ペガサスは2体のリエラをかわし、なおも時計塔を目指す。
「まだ天馬を操っているか!」
 細雪はそう言うと、女子生徒へと木刀を振り下ろす。
「くっ!」
 その一撃は、彼女の集中を解くのに十分だった。それと同時に、彼女の手から杖が消える。おそらくその杖が彼女のリエラだったのだろう。
 彼女は薄れゆく意識の中で、ペガサスに向かって言った。
「……行きなさい。ペガサス達……」

「そのまま追跡だ」
 ペガサスにかわされたサックマンはリュンにそう指示を出し、アーフィと共にペガサスの後を追う。
 その様子は、下でサックマンをフォローしていた空羅 索のリエラ『コリン』の伝言で、マリー達にも伝えられた。
「……来るって。準備いい?」
 時計塔広場にて、マリーが他のメンバーに確認する。それに黙って頷いたジークは、装備の胸当てと『黒鉄の破斬剣』を確認すると、交信レベルを上げた。彼の提案とは「攻撃や捕獲をする前に、まず自分にペガサスを宥めさせて欲しい」だったのだ。そして、その提案は対策班に受け入れられ、ジークは今ここに来ていた。
「撃つのは、俺が失敗してからにして欲しい。余計な刺激を与えて、ペガサスを興奮させたくはない」
 ジークがそう言うと、マリーは首を振った。
「……言っておくけど、キミに危険があると分かった時点で、すぐに攻撃するからね」
 マリーの言葉にジークが再び黙って頷く。
 ペガサスはなおも飛び続ける。ジークはすっかり日の暮れた空を見上げ、リエラ『トイフェルリュストゥング』の能力を発動させる。
「……行くぞ!」
 その言葉と共に、ジークの体は宙に浮いた。トイフェルリュストゥングは上空に磁場を発生させる事によって、金属製の胸当てごとジークの体を浮かせたのだ。
 だが、ジークの体はペガサスの飛ぶ高さよりも、更に高い所まで持ち上がってしまっていた。
「……何やってるんだ?」
 何故か上空で待機をしていたカズヤが、その様子を見てそうツッコミを入れつつ、ペガサスへと向かった。だが、カズヤのリエラ『黒曜』の速さはペガサスよりも遅く、ペガサスはあっさりとカズヤをかわす。その瞬間を、ジークは見逃さなかった。
「今だ!」
 トイフェルリュストゥングが磁場を弱め、ジークは不意を突く形でペガサスの背中に降りる。
「よーし、良い子だ。誰もお前に危害を加えたりしないからな」
 ジークは交信レベルを落として、ペガサスの首をさすりながらそう語りかけた。ペガサスは背中に突然人が乗った事で最初は興奮していたが、馬の扱いに長けていたジークのお陰で、次第に大人しくなっていく。念のため、いつペガサスの飛行能力が無くなっても良いように、アーフィがペガサスの側で見守っていた。
「……驚いた。こいつ、どこもリエラじゃねぇ。羽も馬も、呼びかけに返答しねぇぜ?」
 大人しくなったペガサスに追いついたカズヤが、交信の結果を下に伝えた。と、ジークが更にペガサスを宥めてこう話しかける。
「ゆっくり下に降りるんだ」
 女子生徒の行動操作が解けたからか、ペガサスはジークの言葉に従った。少しずつ高度を下げ、キックスのリエラ『ロイズ・フォックナー』の展開された柔らかな場所に降りる。
 これで終わったと生徒達が思った次の瞬間、スルーティアが索の元に来た。彼女は『隠密同好会』として、時計塔からサックマンと連絡を取る役目を受け持っていたのだ。
「大変だよ!」
「どうしました?」
 索が尋ねると、スルーティアはこう報告する。
「お頭から連絡! 2体目のペガサスが、北から時計塔に向かってものすごいスピードで接近中だって!」
「……そっちが本命?!」
 2体目のペガサスは、ナギリエッタの危惧した北の方向から飛来していた。だが、ナギリエッタの仕掛けは研究所の領域のみで、空中にまでは手が回っていない。ペガサスは何者にも邪魔されず、まっすぐに時計塔を目指す。
「こっちも……撃ち落とさせない……」
 対策班から離れて様子を見ていた“小さき暗黒”アミュは、ここぞとばかりにリエラ『ヴェノム』を呼び出し、『空間操作』で一気にペガサスの元まで到達する。
(翼に鎖を巻けば、飛べなくなるはず!)
 そう考えたアミュは交信レベルを落とすと、持っていた鎖を翼に巻き付ける。だが、ペガサスのスピードは落ちない。
「どうして?!」
 そう考える間もなく、彼女はペガサスから振り落とされた。
 地面に向かって真っ逆さまに落下していくアミュ。が、地面に激突すると思った瞬間、ミリーのリエラ『フニクラ』が展開して、アミュを受け止める。
「全く。最近の若い者は、後先考えぬからいかん……」
 ミリーの小言に、アミュはうなだれるしかなかった。

「ネット弾装填!」
 マリーの号令で、ランカーク砲に取り付けられた蒸気式観覧車型装弾シリンダーが回る。それを見て、カズヤは再び夜空へ舞い上がった。先程の経験を生かし、今度は何とかペガサスの背中に無事たどり着く。念のため、先程と同じように羽や馬本体に交信を掛けるが、反応は同じだった。
「こいつもリエラじゃねぇぜ!」
 カズヤはそう言うと、ペガサスの動きを止めるべく、目を手で塞いだ。目標が見えなくなったペガサスは、動きを止めカズヤを振り落とそうと暴れ出す。
「今だ! 俺ごと撃て!」
 カズヤの言葉に、アナスタシアは躊躇うことなく照準を合わせ、発射スイッチを押す。
「こいつで、大人しく捉まってくれれば良いんじゃがの!」
 その言葉と共に、夜空に展開したネット弾はカズヤごとペガサスを包み、そのままフニクラの待つ地面へとペガサスを引きずり降ろしていった。
「これで……何もかも終わりじゃ」
 フニクラの触手に捉えられたペガサスを見て、アナスタシアはそう呟く。だが、2体目のペガサスはむしろ触手に捉えられる前よりより激しく暴れ出していた。
「ふむ。では、わしにまかせい」
 ミリーはフニクラを展開したまま、隣で暴れているペガサスを強い視線で見つめる。すると、ペガサスはまるで借りてきた猫のように大人しくなった。
「……いったい、何をしたの?」
 マリーが尋ねると、ミリーはいつもの表情でこう答えた。
「なに。『大人しくせぬと喰われるぞ』と目で訴えたんじゃが」
 それを聞いたペガサスは、首を振りながら悲しげな声を上げる。


 ラックはまだリッチェルの事を疑っていた。故に、対ペガサス作戦中もラックはリッチェルの事を見張り続けていた。
(プラチナムはんが調べた所やと、リッチェルの頭の怪我はホンマに鈍器で殴られていたらしいけど……)
 そう思いながらラックがリッチェルを見ていると……
(……?! 動いたか?)
 リッチェルは、ペガサスが時計塔の側まで来てジークが空に飛んだのを見て、時計塔を離れる。
(さてと……狩りの時間やな)
 ラックは陰に隠れて、リッチェルの後を追った。すると、程なくリッチェルは誰かと出会い、話し始める。ラックは影に己の身を隠し、その会話に聞き耳を立てた。
「……ネーティア様。今回の事件も外れのようですわ。今回こそはと思ったのですが」
「仕方ないよ。当てのない調査だし。また一度戻って、連絡取ってくれる? こっちは別の事件を探してみるから」
「わかりました。お願いしますわ。ネーティア様」
 ラックは驚いた。リッチェルと話しているのは、ネーティア・エル・ララティケッシュ。つまり、ネイなのだ。しかも、普段のネイとリッチェルとは、全く立場が違う。
(どないする? 怪しすぎるけど、今回の事件の犯人ってわけでもなさそうやし……)
 ラックは悩んだ末、決定的な現場ではないという事で、今は様子を見る事にした。
「では、わたくしは戻りますわ。ネーティア様」
 リッチェルの言葉に、ネイはねぎらいの言葉を掛ける。
「ご苦労様。いつも、ありがとう」
 リッチェルはこっそりと時計塔に戻って行く。ラックも気づかれないように、その後を付いていって時計塔に戻った。
(いったい、何なんや……?)


■終結■
 ペガサスを操っていた女子生徒が意識を取り戻したのは、翌日の早朝だった。もちろん、女子生徒は逃げられないようにロープで縛られた状態になっている。
「う、うーん……」
 目を覚ました女子生徒が一番最初に目にしたのは、自分に詰め寄ってくるソウマの顔だった。
「悪党め! 首謀者はどいつだ! 黙秘は無駄だ! 黙秘を続けるなら、過去視や行動操作で無理矢理吐かせても、文句は言えないぜ?!」
 有無を言わせず尋問に入るソウマ。流石に、これでは脅迫と変わらないと感じたアウスレーゼが、穏やかに女子生徒へ話しかける。
「必要な情報さえ貰えれば、あなたの安全は保証します」
 だが、女子生徒は強気な口調でこう返す。
「そう言って私が喋ると思ってるの?」
「ならば、このままマイヤ殿の御前へとおぬしを連れて行くでござる」
 細雪がそう言って木刀を女子生徒へと向ける。ソウマはソウマで、気迫と共に女子生徒へ更に詰め寄った。
 すると、女子生徒は観念したのか、アウスレーゼに言った。
「話したら解放してくれるんでしょうね?」
 頷くアウスレーゼ。珍しく、ソウマもそれには賛成している。
「だったら話すわ」
 女子生徒はそう言うと、今回の事件が首謀者であるNISの副リーダーと自分の2人で行った事。副リーダーの目的は復讐と自分の力の誇示である事などを話した。
「ペガサスを作ったのは、リエラと他の生命との融合実験の一環なのだそうよ。私もその行く末は見てみたいと思って、こうして手伝っているの。これで全部よ。副リーダーが今どこにいるかは知らないわ」
 それを聞いたアウスレーゼは、約束通り女子生徒を解放する。扉を開け、女子生徒を送り出す生徒達。が、次の瞬間、ソウマは正義の気迫を高めて叫んだ。
「後を尾行る! 俺は正義だ! 多分バレない! 奴は必ず副リーダーとやらと接触する!」
 そう言って、アウスレーゼが止める間もなく、ソウマは女子生徒を尾行すべく部屋を出て行く。その一部始終を見ていたアベルは、内心にいつもの笑みを浮かべながら、ソウマの後を追って部屋を出て行った。
(確かにあの女子生徒を追えば、副リーダーとやらに接触できるだろう。騒動の張本人に聞くのが、一番話を理解するのが早いからな)
 そう考えたアベルは、リエラ『天狗』の特殊能力を使って、体を透明に変化させる。
(リエラとの融合。興味深い命題だ。くっくっく……)

 果たして、ソウマ達の読みは当たっていた。女子生徒がアルメイスの町はずれまで来ると、そこには白衣の男が立っている。どうやら、アジトには戻らずに、ここで落ち合う予定だったらしい。
(さて、どうするか。このまま二人の話を聞いて……)
 アベルはそう考えて様子を窺おうとしたが、ソウマの正義がその策をも打ち消す。
「貴様か! 首謀者は! 悪は必ず正義が裁く! 覚悟しやがれ!」
 悪を前にしたソウマを止められる者は、殆どいないと言っていいだろう。あっという間に白衣の男はソウマに殴られ、あっさりと捕まった。
(……くっ。つまらない事をして)
 アベルは自分のあてが完全に外れたのを見ると、姿を消したままそこを去る。

 犯人の白衣の男ことNISの副リーダーは、とりあえず双樹会に引き渡される事となった。彼は学園の生徒ではないので、処遇をどうするかは判断の分かれる所だったからだ。
 そこへ、ミスティとカズヤがやってくる。2人ははマイヤに犯人との面会を希望した。
「犯人に。NISの副リーダーに話しておきたい事があるのです」
 面会が許されると、ミスティは副リーダーの頬に平手打ちを一発食らわせる。
「どんな理由があったかは知りませんけど、リッチェルさんにした仕打ちは許せません!」
 続いて、カズヤも副リーダーを殴った。
「俺は正式なNISじゃねぇけどな。だが、あんたがNISの名を汚した罪は重いぜ?」


 その後、噂によると秘密結社NISは完全に解散する事になったと言う。
 リーダー以下主なメンバーは、普通の生活に戻った。

 副リーダーは犯罪者として、警察に引き渡された。また、レンシード山脈の山中にあった彼の実験室も、警察の手により押さえられている。
 協力者の女子生徒も、警察に引き渡される事になった。ただ、保護観察処分となって学園に戻ってくるだろうと言う話である。
 ペガサス達はと言うと……能力付与の効果が消え、羽も無い普通の白馬に戻っていた。結局、副リーダーの実験は完全に失敗に終わったのだ。
 その白馬は、引き取り手が付くまで学園が所有する事となった。ただ、付与された羽を定着させる為と称して数々の薬物投与もされていた為、乗馬などには使えないとの事である。


 全てが終わって、マリーはもう使われなくなったNISのアジトの扉に向かって呟いた。
「科学って、何なのかな……」

参加者

“飄然たる”ロイド “天津風”リーヴァ
“蒼盾”エドウィン “怠惰な隠士”ジェダイト
“白衣の悪魔”カズヤ “探求者”ミリー
“光炎の使い手”ノイマン “弦月の剣使い”ミスティ
“翔ける者”アトリーズ “笑う道化”ラック
“風曲の紡ぎ手”セラ “双面姫”サラ
“ぐうたら”ナギリエッタ “闇司祭”アベル
“紫紺の騎士”エグザス “風天の”サックマン
“銀の飛跡”シルフィス “桜花剣士”ファローゼ
“黒き疾風の”ウォルガ “自称天才”ルビィ
“待宵姫”シェラザード “鍛冶職人”サワノバ
“幼き魔女”アナスタシア “六翼の”セラス
“闇の輝星”ジーク “銀晶”ランド
“餽餓者”クロウ “闘う執事”セバスチャン
空羅 索 “熱血策士”コタンクル
“抗う者”アルスキール “陽気な隠者”ラザルス
“路地裏の狼”マリュウ “蒼空の黔鎧”ソウマ
“土くれ職人”巍恩 “竜使い”アーフィ
“炎華の奏者”グリンダ “拙き風使い”風見来生
“緑の涼風”シーナ “爆裂忍者”忍火丸
“貧乏学生”エンゲルス “猫忍”スルーティア
“慈愛の”METHIE “のんびりや”キーウィ
“深藍の冬凪”柊 細雪 ラシーネ
“旋律の”プラチナム “轟轟たる爆轟”ルオー
“影使い”ティル “憂鬱な策士”フィリップ
“泡沫の夢”マーティ “黒い学生”ガッツ
“不完全な心”クレイ “夢の中の姫”アリシア
“春の魔女”織原 優真 “首輪使い”アウスレーゼ
“悠久の風”リョオマ “小さき暗黒”アミュ