蒼い薬包紙の秘密
「……火が!」
「どこから火が出たんだ!」
「薬品保管庫です!」
「どうしてそんなところから火が……!」
「消火は!」
「水を!」
「駄目です! 火勢が強くて……」
「煙が……げほっ……!」
「煙に気をつけろ……!」

 翌日。マイヤは前夜の火災の報告書を読み上げる。
「延焼はほぼ防がれましたが、火の回りが速く、能力開発研究室の薬品保管庫内は全焼しました。放火の疑いもあるとして、調べております」
「薬品保管庫ね……小さい部屋だったかと思うけど、火の気はなかったはずね。放火……」
 学園長はマイヤを見た。
「レアンだと思う?」
「おそらくは」
「目の敵にしてるわね」
 学園長は厳しい表情で目を細めた。
「残りは被験者の手元に半月分程度です」
「ではダイネムの研究所にストックしている分をわけてもらうように請求して」
「承知いたしました」
「向こうにもいくらかあるでしょう。向こうで今、被験者がいないなら全部、いるなら1ヶ月分でもいいわ。その間に新しいものの生産を急がせて」
「はい……ですが……」
「なに? なにか問題があるの?」
「確か原料の一部となる薬草の収穫は夏なのです。確認してみなくてはなりませんが、おそらくまだ育っておりません」
「……そう……あの子には、ないと困るのに……」
 とにかく確認をと、学園長はコツコツと机を神経質に叩きながら言った。
「運搬には十分に気をつけて。彼の目的が薬なら、きっとまたくるわ」
 新しく作る薬、あるいは運ばれてくる薬を狙ってと。
「では学生も徴用しますか?」
 マイヤの問いに、学園長はいいえと首を振った。
「修学旅行も控えているし……まだ動きを知られないほうがいいでしょう」


「列車来ないねえ」
 クレアが隣のカレンにあくび交じりの声で語りかける。
「そうね……ちょっと遅すぎるかしら」
 ルーもその隣で、線路の彼方を眺めていた。
 ここは中央駅。
 クレアとルーは一緒に荷物を受け取りに来て、駅でカレンと出会ったのだ。カレンも同じく、別に荷物を受け取りに来たのだという。
 だが、待てども待てども貨物列車は来ない。
 待ちくたびれて、クレアが座り込んだ頃……やっと遠くに蒸気機関車の煙が見えた。
 そして、遅れに遅れて到着した列車からもたらされたものは荷物ではなく……
「列車強盗が……! 荷物を半分持っていかれた……!」
 列車強盗の報。以前より何度かリットランド〜アルメイス間に出没している、列車強盗団に襲われたのだと言う。
「強盗……」
 強盗団は銃や大砲などの武器まで有すると言われているが、なによりも脅威なのはボスと思われる男がリエラを使うらしいということ。
 クレアたちの待っていた荷物も、カレンの待っていた荷物も、列車には残っておらず、強盗団に奪われた中に含まれてしまったようだった。他にも、学生たちの荷物や仕送りが被害を受けたようだ。フランの体調を心配したエルメェス卿がロランドで取り寄せたという薬も、奪われた中に含まれていたという。


「やはり、収穫期前のために一部の原料の調達は難しいようです」
「そう」
「はい……それでですが」
 マイヤは、国内で早くに手に入る場所がないかと探してみたと学園長に告げた。
「リットランドのさらに南、レイドベック公国との国境近くに野生のものがあるという情報が。そちらもまだ成長しきっていない可能性はありますが、こちらよりもずっと暖かいはずですので……多少速い発育のようです。本来の収穫までもたせられるのではと」
「……また厄介な場所ね」
 学園長は考え込む。
「奪われた荷物が残ってるなら、それを取り戻すほうが速いし確実なのだけど」
 送られてくる途中で奪われた薬。強盗団がただの強盗団で、奪ったのが偶然ならば、取り戻せる見込みがある。だが強盗自体にレアンが関わっていたなら……もう薬は処分されているだろう。関わりあるか否かは、現時点では不明だ。
 学園長は、わずかに考えて決断を下した。
「わかりました、採集のほうに人を送りましょう。修学旅行から帰ってくるのを待って人を集めて……レアンがちょっかいを出してくる可能性もあるわ、マイヤ、おまえも行ってちょうだい」
「かしこまりました。ところで、情報はいかほどまで公開いたしましょう……?」
「火災で薬品保管庫が焼失して、必要な薬品が不足していること。その原材料が『きわめて危険な場所にある』こと……リットランドに着いたら、どのように危険かは説明して。情報が漏れて迎え討たれても困るから、それまでは内密に。それで嫌がる子はリットランドから送り返して」
「了解いたしました」


「強盗団め〜!! 私がレディフランのために用意したプレゼントをっ」
 アドリアン・ランカークはいきりたっていた。
 例の列車強盗によって、ロランドから取り寄せた高価なアクセサリーが奪われたからだ。フランへのプレゼントのつもりだった品で、金にあかせて入手したらしい。
「しかもレディフランの荷物まで奪われたというじゃないか!」
 サウルはその横で、開いていた新聞を閉じた。
「悔しがってるね……まあ、わかるけれどね。そんなに悔しいなら、取り戻したらどうだい?」
 そして、ランカークにそう言う。
「……取り戻す……」
「強盗団なんてものがのさばっているのは、僕としても面白くない。やるなら手伝うよ?」
 サウルに煽られて、ランカークはがしッと拳を握り締めた。
「取り戻しましょう! サウル様のお力添えがあれば、強盗団なんぞ一網打尽ですな!」
 レディフランの荷物も取り戻せれば……と、ブツブツ呟いている。なにやら取らぬ狸の皮算用も始まっているらしい。
「よし! 強盗団討伐だ! 人を集めるんだ! ポスターを用意しろ!」
 顔を上げたランカークは従者に命じる。
 またですか、という言葉を飲み込んで、従者は訊ねた。
「修学旅行はどうするのです? ランカーク様」
「……あ? えーと……」
 拳を振り上げたままランカークは固まった。忘れていたようだ。
「……私が帰ってくるまでにレディフランへのプレゼントを取り戻せていたら、そいつには報奨金を出そう!」
 だが、じきに固まったランカークも溶けて、宣言する。戻って来るまでに取り戻せていなかったら自分で強盗団討伐と盗品奪回を指揮する、ということに決めたらしい。

 キーワードは、『薬』だ。
 薬剤保管庫の火事、アルメイスに向かう列車から奪われた薬、危険な場所に生えている薬草。
 共通する言葉は、薬。
 狙われた薬の功罪は、まだ秘密のベールの向こう側にある……

■修学旅行の裏側で■
 訓練旅行という側面はあるものの、皆で旅行は楽しい行事だ。だが、それに行かずに残った者も、もちろん多くいる。普段と変わらぬ生活をしていた者もいたし、修学旅行に出かける直前に起こった事件の調査に向かおうという者もいた。
「君たちは旅行には行かなかったんだね」
 ランカークの報奨金の話を聞きつけて、あるいは自ら列車強盗退治に向かう仲間を求めて、ランカークの屋敷にはパラパラと人が集まってきていた。
 ランカークは修学旅行に行っているので、自称列車強盗退治の本部となったランカークの屋敷で留守番しているのはサウルだ。主不在で客が留守番しているのだから、遠慮もあろうかと思いきや、サウルは普段と変わらない様子で屋敷に出入りする者の相手をしている。
 サウルとランカークが二人いると、この家の主は一体どっちだというような様子だが、サウル一人だともはや、使用人さえ迷う様子もない。これは屋敷を乗っ取られるのも時間の問題ではないかと、なんだかんだとランカークの面倒にかかわりあってきた“貧乏学生”エンゲルスなどは思う。
 余談だが、サウルも他に普段暮らす屋敷を探してはいるそうだ。一応、この屋敷に居つくつもりではないらしい。ちなみに既に学園生徒として所属しているので、寮にも部屋はある。ほとんど使っていないが、時々は部屋にいるともいう。
 さて今回、列車強盗討伐隊本部となったランカークの屋敷の応接間には、サウルを含めて7人が集まっていた。正確には、人の姿はもう少し多い。学生が九人、その連れている人型の自存型リエラを加えると軽く十人を越える。
 “宵闇の黒蝶”メイアは、いつものことのように、すっかり秘書の顔でサウルの隣に控えている。涼しい顔は見せているが、個人的に強盗には怒りを感じていた。早く荷物を持ち主に返してあげたいと思っての参戦だ。
 後は、エンゲルスに連れてこられた“蒼空の黔鎧”ソウマ。
 ソウマは修学旅行の者たちが帰ってくるまでに強盗団を倒そうという意気込みで、放っておくと暴走しそうだったので、エンゲルスはここに連れてきたのだ。
 同じく“桜花剣士”ファローゼも、ソウマと同じ意気込みで臨んでいる。強盗団のボスはレアンだと決め付けているところが少々難だったが、やる気は十分だった。
 他には、駅で列車強盗の話を聞き、人づてに仲間を求めてやってきた“蒼き星の風”昌。
 修学旅行に行った者たちが戻ってくるまでに多少なりとも準備をという“抗う者”アルスキールと“幼き魔女”アナスタシア。
 そして、修学旅行に行った仲間たちを待たぬつもりの彼らを心配してやってきた“静なる護り手”リュート。
「僕はアルメイスに来たばかりだったし、大学部の研究室からはあんまり参加者がいないみたいだったから、参加しなかったけど。結構行く人って、少ないのかな」
 サウルは、集まってきた顔ぶれを見回して言った。ランカークが戻ってくるまでは、このぐらいの数も集まるとは思っていなかったらしい。
「自由参加ですから。人によっては行きたくないこともあるでしょうし」
 そんなアルスキールの模範的な答えをかき消すかのように、ソウマの声が轟く。
「いや! これが正義だからだ!」
 隣にいたエンゲルスは耳を塞ぎ、昌とアルスキールあたりは顔を顰めているが、ソウマはそんなことは気にも留めていない様子だ。
「悪党の好きにはさせないぜ! 悪事は正義が必ず砕く!」
「……やる気はいいけど、ちょっと声が大きいかなあ。あまり声が大きいと、どこかで悪い奴が聞いているかもしれないよ」
 サウルは喉の奥でクスクスと笑うように言う。からかっているのだろうが、言われたソウマは大真面目だ。
「なんだと!? どこに隠れてる、悪党!」
 大真面目に、ばッ、ばッ、と辺りを大振りの動作で左右や後ろを窺う。そのまま放っておいたらテーブルの下やソファーの下まで覗きそうな様子に、さらにサウルは笑い出す。
 こんな陽気なサウルはメイアも初めて見たが、どうしてなのかはわからなかった。いつもと違うことはと言えば、ランカークが旅行に行っていていないところだろうか。だが、素がこれで、普段ランカークの前で気取っているというわけでもないとも思う。
「ああ、ごめん、笑ってる場合じゃないね」
 やっと落ち着いたのか、サウルは改めて集まった顔ぶれを見回した。
 集まったとは言っても、強盗を退治しよう、あるいは盗品を取り返そうという、同じ目的のために集まってきたに過ぎないとも言える。今はまだ烏合の衆の、そのまた卵といったところだ。
「さて、どうしようか。まずは何か案がある人はいるかい?」
 一人では無理だと思ったから人手を求めて集まって来たのなら、人の手を借りれば出来ると思っていることがあるだろう。それをサウルは促した。それに最初に応えたのは、昌だった。
「襲われた場所とかから、強盗団のアジトを見つけ出すのが、まず第一だろうな」
「そうですね。襲撃地点から、そうアジトは離れていないと思います」
 アルスキールが同意する。そのあたりは、アルスキールも同じような予測を立てていたようだった。
「そう簡単にわかるでしょうか……」
 しかしリュートが、控えめに反論した。
「すぐわかるだけ、ちょっと聞いてきたんですけれど」
 リュートは駅とアルメイスタイムズ社を軽く回ってから、ここに来た。どこで襲われたのか……詳しい場所まではわからなかったが、その場所はリットランドからアルメイスの間で、結構ばらつきがあるらしい。
 それは、ある意味当然ではあった。列車強盗が起こったのは今回初めてではない。それが極めて特定の場所で繰り返されているのなら、被害を受ける鉄道を管理している帝国、そして軍も警察も相当に腰抜けだ。襲われる場所がわかっていて、対策の一つもたてていないのなら。殲滅に出向かないまでも、襲われるがままになっているというのはありえない話だ。
 だとすれば、直近の事件も襲撃場所が絞り切れないことに起因していると考えるべきだろう。警察や軍部は列車を巻き込むような形でのリエラ戦闘を警戒して、そういう事態になる対策は避けていると考えられる。この先強盗団がのさばり続けるなら、列車にフューリアの警護を乗せて等の直接的な対策も視野に入ってくるだろうが……まだ早いと考えていたのだろう。少なくとも先日の襲撃までは。
 ともあれ、リットランドよりの場所からアルメイスよりの場所まで、襲撃場所には幅がある。特定の場所で襲われているのではないことは、ある程度相手に機動性があることを示している。
 だがそれは、ある程度止まりでもある。強盗団は、リットランドの向こうロランドよりや、アルメイスを越えてガイネ=ハイトに近い場所で仕事はしていない。機動性か、あるいは隠密性か、いずれにせよ軍事的拠点となりうる大都市近辺をすり抜けて移動することには難しい理由があるわけだ。
 リットランドからアルメイスの間。それぞれを含まないとしても……その襲撃地点の最東端と最西端から単純に『アジト』を求めるには、ちょっと広すぎるか。その距離は、急行列車で約半日。普通列車なら一日の距離だ。間には、線路沿いと少し奥には小さな町がそれなりに、線路から離れたところにならば村は相当数ある。
「強盗団の行動範囲はそれなりに広く、襲撃地点だけから拠点を割り出すことは難しいのではないかと思います」
 リュートは、そうまとめた。
「襲撃場所の東端と西端の中間地点あたりではあるでしょう」
 アルスキールは考え込む。それでも、絞れたとはやはり言いがたい。
「本当に機動性が高いのなら、リットランドからアルメイスの間にこだわる必要もないはずですから。強盗団にしても食料補給が必要なので、アジトは町からそう離れてはいないと思いますし……」
 極端にアルメイスよりやリットランドよりの場所ではないだろう、とは考えられる。
「荷物を半分だけ奪うというところから、人数も予想できるかと思ったのですが」
 それにはサウルが応えた。
「どうかな。予想はあくまで予想だ。僕たちはすべてを知っているわけじゃない。予想しえない手段を取っていることもありうるから……」
「つべこべ言ってないで、調査に行くぜ!」
 だが言い終わる前に、またソウマの声に掻き消される。
「食料の買出ししてる奴らの足取りを追うにしても、行かなきゃ話になんねえ! 俺は行くぜ!」
 まあ待て、とエンゲルスが飛び出して行きかけたソウマをすんでのところで抑えた。
「服は私服に着替えていってください。アルメイスの制服は目立ちます。フューリアだと看板背負ってるようなものですから、下手にそのまま動き回ると警戒されます」
 む、とソウマは踏みとどまる。
 自存型を連れている3人は、そのあたりに気を遣っても大した意味がないかもしれないが、交信を上げなければエリアと区別はつかないソウマやアルスキールには服を変える意味がある。
「まあ、フューリアであることが相手にわかるのには、いい事もあるんだけどね。やっぱり警戒はされるなぁ」
 調査の間は私服のほうがいいね、というサウルの後押しを受けて、エンゲルスは続けた。
「強盗団に逃げられますよ」
 最後の一言が効いて、ソウマは完全にその場に立ち止まり、きょろきょろする。
「服ないか?」
 ないなら寮まで戻らないといけない。
「僕のか、ランカーク卿のならあるけど、君に合うかなあ?」
「……レースがヒラヒラしてたりするんでしょうか」
 エンゲルスはそれなら自分の服を取りに戻ったほうが、と警戒心もあらわに訊ねる。
「そういうのもあるけど、普通のもあるよ」
 くすりと笑って、サウルは立ち上がった。すぐに行きたいなら、貸すけど? とサウルは自分にあてられた客室のほうへ向かう。
「地味なのがいいかな……」
 ともあれ、行く先はアルメイスからリットランドまでの間にある町。少々気の遠くなるような調査は、ここから始まった。

「最近、やたらたくさん食料品を買い込む奴はいねえか?」
 濃い土色の毛織物のジャケットに、似たような色のズボン。頭には似たような色のハンチング帽。それぞれは程よくくたびれていて、ソウマの手足の長さとは少し合っていなかった。軽く袖と裾を折りあげて、小さな町の食料品店の親爺に訊ねるソウマの姿は、丁寧とは言えない喋りかたともあいまって、どこのスラムのチンピラかという様子だった。
「そんな奴ぁいないね」
 親爺は胡散臭げに、そっけなく答える。
「本当か!?」
「本当だよ」
「そうかい、邪魔したな」
 チンピラ……もとい、ソウマが立ち去って、親爺はほっとしたようだった。
 ソウマが店を出ると、アルスキールがちょうど戻ってくるところだった。
「どうでした?」
 アルスキールはゆったりしたシャツの上に、濃灰の少し大きめのベストと制服のズボン姿で、中流から上流の生まれの育ち盛りの少年に見える。実はシャツは二人とも同じ白シャツなのだが、印象には大きな差があった。
 ソウマの服一式とアルスキールのシャツとベストは、サウルから借りたものである。アルスキールは着替えに戻っても問題なかったが、一緒に調査に行くソウマがそれを許さなかった。
 だから、服のサイズもサウルのものだ。ソウマは長袖の服でも少し丈があわないくらいだったが、アルスキールには大きすぎたのでシャツとベストだけを借りた。ベストはわりといい仕立てだったが、ソウマの借りた上下は……いかにも古着で、くたびれた風だった。サウルがこんな服を持っていることを何故だと問いただしても、すっきりした答はなかった。
 アルスキールの姿を見て、改めて食料品店の親爺の胡散臭げな顔を思い出し、ソウマはやはり何か納得できない気分に駆られながら、首を横に振ってアルスキールに答える。
「こっちもです。この町ではなさそうですね」
 アルメイスから普通列車で四半日弱ほどもきた町で、二人は聞き込みを始めていた。この町は、最後に列車強盗が襲撃してきた地点と最も近い町だ。ただし、そのとき襲われたのは貨物と乗客を乗せた急行列車で、この町の駅に停まる列車ではなかった。
 ここから、有力な情報を得るまでリットランド方面に向かって移動を続ける。一日で終わるとは思っていないので、最低でも数日は授業もサボりだ。幸い、修学旅行期間は一人二人いなくてもあまり気にされないし、自習も増えるので学習の遅れる心配も少ない。色々都合もあるので、修学旅行組が帰ってくるまでには、一度アルメイスには帰りたいところだったが……
 心配は列車の切符代が馬鹿にならないことだったが、多少はサウルが援助してくれるというし、ソウマが学生課のお姉さんをどうたらしこんだものか複数の外出許可証を調達してきていたので、めでたく学割で切符を購入して現在に至っている。
「戻りましょうか」
 アルスキールが促した。ソウマもうなずいて、歩き出す。どこへ戻るかと言えば、待ち合わせ場所のパブへだ。
 聞き込みの旅に出てきたのは、もう一人。
 服の持ち主、サウルもだった。三人で列車に乗り込んできたわけだ。いつものようにメイアがサウルについて来たがったが、メイアのリエラは自存型のため、今回はアルメイスでお留守番である。
 修学旅行に行かずにランカークの屋敷に集まってきた中で、自存型を連れた三人とアナスタシア、エンゲルスの二人は自らの希望でアルメイスに残った。彼らはアルメイスの中での調査にあたって、エンゲルスがそれを取りまとめている。それはそれで別の話として……
 聞き込みの三人と、留守番の五人。残りの一人、ファローゼはどこへ行ったかと言うと。
 襲撃を待ち伏せすると言って、リットランドとアルメイスを急行列車で往復している。
 確かにけっして日に何往復もしている列車ではないのだが、一往復だけというわけでもない。夜行を含めて3〜4本が走っている。単線だが、途中駅ですれ違うので、すべての列車に余さず乗れるというわけではない。
 なので列車で襲われるのを待つというやりかたは、普通にギャンブル性が高い。そしてファローゼが乗っている間には、強盗団は襲ってはこなかった。
 以前ならば、このぐらいの間隔で強盗が行われていたのも事実だったが……最後に襲われたのはランカークたちの荷物が奪われたときで、少し強盗団の仕事の間が開いているようではある。理由はわからない。
 アルスキールとソウマがパブの戸を開けると、濃灰色の地味な上下をラフに着たサウルの姿が目に入った。『高貴な人』であるはずのサウルも、今の服だとせいぜい『普通の人』だった。人によっては、今のソウマと同種の胡散臭い人物と見るかもしれない。
 そんなサウルの前に人が一人立っている。何を話しているかは戸のところからは聞こえなかったが、二人が話をしているのはわかった。サウルと話をしている男も労働者のような上下を着て、ハンチング帽を目深にかぶっていた。
 パブの中に入った二人に、サウルはすぐに気づいて手を小さく振った。近づくなという意味には思えなかったので、そのまま二人がテーブルに向かうと、サウルの前にいた男は二人とすれ違う形で外に出て行く。
「あの人は?」
 アルスキールが訊ねると、サウルは少し考えるように答えた。
「情報屋、かな。そっちはどうだった?」
「ダメだ、全然手がかりはねえ」
 ソウマはぶんぶんと首を振る。
「そうかい……何か飲むかい?」
 ソウマはサウルの前に飲みかけのエールのジョッキがあるのを見下ろして、かなり悩んでから答えた。
「……グルーメル」
「じゃ、僕も」
 その答えを確認してから、アルスキールが追いかけるように言う。グルーメル二つ、と慣れた様子でサウルはカウンターの主人に向かって注文を出した。
「情報屋って、何かいい情報はありましたか?」
「強盗団が来るのは、線路の南側かららしいよ。馬が移動手段の主体のようだね」
 騎馬と馬車。大砲などとずいぶん大掛かりなものを使うわりには、移動手段は普通のようだ。
「南側……」
 場所によっては、2日も歩けば楽々レイドベック公国との国境線というところもある。馬車を使えば1日の距離。南側には北側ほどの町や村はない。
「奴らのアジトは南側にあるということだな」
 ソウマは、盗み聞かれてはいないかときょろきょろと辺りを見回す。時間帯が中途半端なので、客はまばらだ。店の主人はグルーメルのカップを持って、カウンターを出てくるところだった。やっぱり胡散臭げな顔をしていた。
 主人がカップを置いていくのを待ってから、ソウマはテーブルに身を乗り出して声を潜めた。
「じゃあ、南側の町に行って聞き込みだな」
「そうだね。南側には、前の戦争の時に捨てられた集落跡とかもあるからね……そういう場所かもしれないな」
 戦争に巻き込まれやすい国境近くの集落は、危険ゆえにいくつか捨てられたという。普通の人の訪れは乏しくなった廃村に住み着く山賊は、一昔前にはよくあったことだった。最近は都市部のほうが荒れているので、話題になることは少なくなったが……
「南側の町っていうと、3〜4駅先でしたっけ」
「確かね。駅に行こうか。あまり遅くなると、次の町で泊まりだ。列車の中でエンゲルス君の持たせてくれた弁当でも食べよう」
 サウルは足元にあった黒鞄を持った。ソウマとアルスキールは最後にグルーメルに口をつけ、口の中を湿らすと、その後についてパブを出た。

 さて、弁当を持たせたエンゲルスのほうはと言えば……エンゲルス自身は外には出ず、集まってきた情報をレポートにまとめている。
 主にはリュートとアナスタシアが、過去の強盗事件の記録を洗っていた。馬が移動手段の主体であろうということは、ここでも浮かび上がっている。
「奪った荷物は、毎回半分なのじゃな」
「そのようですね……」
 金目のものを中心に、毎回奪っていく荷物は貨物車に乗っているものの半分。量には若干の波があるが、多くても少なくても約半分だ。馬や馬車で運べる量の限界も、関係していそうだが。はっきりした理由は、新聞等の事件の記録からは得られなかった。
「亡くなった方もいるんですね」
 リュートが沈んだ声で呟く。アナスタシアは、ふむ、と相槌をうっただけだったが。アナスタシアにしてみれば、強盗の規模のわりには、死者は少ないほうに思えたからだ。
 襲った列車に客車がついていても、強盗団はそちらにはあまり手出しをしていない。毎回最初の銃撃や砲撃で数人から十数人の重軽傷者が出ているが、止めはささないでいくようだ。抵抗しなければ生き残れる確率は高い。実際に乗客には死者はいない。抵抗した乗務員に、最終的に助からなかった者がいるということだった。
 列車の向きには、こだわりはないらしい。アルメイスを出てリットランドに向かう列車も、リットランドからアルメイスに向かう列車も、襲われている。
 列車を止め、荷物を奪い、その後の強盗団の逃亡はのんびりしているようだ。毎回機関士に動かすように命じて、列車が再度動き出すのを待ってから撤収しているという。その代わり、強盗団が、どこに向かって引き上げて行くかを確認できたケースはない。方角に関係することでわかっているのは、『線路の南側から襲ってくる』ことだけだった。
 昌とメイアも手伝って、得られた情報はこの程度だった。アジト発見に直接繋がるようなものはない……ように思われた。
「さすがに、アジトの位置までは高望みかのぅ」
 エンゲルスが集めてまとめたレポートを読み返して、アナスタシアは唸る。
「……列車は何故停まったんじゃ? その辺りがないのう」
「砲撃で壊された……とか」
 昌が首を傾げる。
「その後、列車は走って次の駅には到着しているからのう」
 砲撃を受けても、致命的に壊されたわけではないのだろう。列車を止めないで走り去れば、破壊の被害は受けても、荷は奪われずに済むのかもしれないのに……でも、列車は止まっている。
「強盗団のボスのリエラの力が考えられますよ」
 メイアは、調べた中にリエラを使うというボスの情報が少ないことを指摘する。そもそも最初から『らしい』という、曖昧な情報だが。
「リエラは見えにくいか……わかりにくいのかもしれませんね」
 リュートがそう、締めくくった。


 数日が経ち、アルスキールたちはアルメイス〜リットランドを繋ぐ線路の、ちょうど中央からややリットランドよりの南側にある町で、ようやく有益な情報を掴んでいた。一度だけ、大量の食料を仕入れていった男たちがいるのだと食料品店の店主は言った。
「でも、一度だけだよ」
「一度だけ……ですか」
 馬と馬車でやってきて、買えるだけ買っていったという男たち。状況的に、強盗団の一味である可能性が高い。だがその一度だけということは、普段は違う場所で食料は調達しているということだろう。
「予定が狂ったかして、食料が足りなくなったんだろうね」
「それで手近な町で食料を調達した、か?」
 なら、この近くに強盗団のアジトはあると考えられる。
「この近くに、廃墟とかって……ありますか?」
「廃墟? そんな大したもんは……ここからずっと南のほうに行けば、戦場跡はあるよ。昔は人も住んでたはずだけど、建物はほとんど残ってないかなあ。普段は誰も近寄らないしね」
 普段は誰も近寄らない。それは強盗団には好都合のはずだ。
「国境守備隊は、その辺りには展開していないので?」
 サウルが訊ねる。
「国境自体は山脈の中だからね。そんなに頻繁に守備隊は回ってないと思うよ」
 もう少し南西だと、山脈が終わって、その麓から伸びた森が国境線だ。その辺りはレイドベックからの侵入も十分警戒されているようで、頻繁に巡回しているようだけれどということだった。
 食料品店を出たところで、アルスキールはその怪しい場所を偵察に行く事を提案した。ソウマも乗り気だ。だが、サウルは慎重にことを進めるべきだと主張した。
「もう、修学旅行に行った方たちが戻ってくる。一度アルメイスに帰ろう」
「早くしないと、奪われた荷物が売られちまうかもしれないだろう!?」
 ソウマは自分たちだけで取り戻す気さえあるが、さすがにサウルの協力なしに可能だとまでは思ってはいないらしい。
「急いてはことを仕損じるよ。まだ、相手の情報は不足している。この程度で……相手の戦力すら曖昧なままで、侵入を企てるのはちょっと無謀かな。一度戻れば、別の情報も得られるかもしれないだろう?」
 アルスキールの望む偵察自体は、それからでも遅くはなかろうと。ソウマの意向は、またその後の話だ。
「情報を得るためにも、侵入してみるべきなのではありませんか?」
 アルスキールはこの先の討伐のことを考えたなら、少しでも多くの情報がいると思っていた。それはけして間違っていない。だから、サウルの主張は少し慎重過ぎるような気がした。
 しかし、サウルはまた別のことを考えていたようだ。
「でもね……この強盗団は、本当にただの強盗団かなぁ?」
「え?」
 アルスキールとソウマは、顔を顰めた。ただの強盗団でなかったなら、なんだと言うのだろうかと。

 ソウマたちがアルメイスに戻ったとき、修学旅行から戻った者たちもちょうどアルメイスについたところだった。


■未だ青き薬草への旅の始まり■
 修学旅行から戻ったマイヤがアルメイスにいた時間は、正味丸一日ほどだった。それは、出かける前に学生課に貼り出された募集を見たり、修学旅行の間などにマイヤから声をかけられた者たちなども同じであったが。
 それだけ、この危険な場所に行く仕事が緊急性を帯びていたということなのかもしれない。それならば、修学旅行には行かずに行えば良かったのかもしれないが……
 マイヤは何も語らなかった。
 直接には14〜5人が募集に応じ、そのうちの何人かが連れて行くべきと主張した者たちも加えて、彼らは出発するという。
 すぐに発つということを聞いて、その出発を見送りに行く者もいた。それは、“笑う道化”ラックだった。
「マイヤ、頑張ってな〜。ボクはこれから、ルーとクレアのところに遊びに行くから参加できへんけど」
 これから急いで仕事をしに行こうという者への挨拶として適当ではなかった、とは言えるだろうか。列車の開いた扉を挟んでラックと向かい合ったマイヤは、笑っていたが……
「君がおらへん間、学園はしっかり守っとくから安心してな」
 ラックが小声でそう言ったとき、にこやかにマイヤは一歩踏み出して手を伸ばした。握手を求めるかのように、ラックの前に。
「そうですか……いえ、頼みますね、ラック君」
 マイヤは一瞬列車を降りて、それから下がるように再び乗りこんだ。
 ぐったりと力を失ったラックを抱きかかえるように。
 それからすぐ、発車のベルがプラットホームに鳴り響いた。
「ラック殿もご同道でござったか? ……いや、どうなされたのでござる?」
 ラックを支えてマイヤが個室の指定席に戻ると、相席に収まっていた“深藍の冬凪”柊 細雪と、“旋律の”プラチナムがラックを覗き込む。
 移動は贅沢に、急行列車の一等車両……個室のある一両を貸切だ。自存型リエラがいる者のための配慮だった。廊下を通り抜ける者がいても、直接には目に触れない。
「寝て……? いえ、気を失っているようですが」
「急に気分が悪くなったようですね。でも、もう列車は出てしまったし……細雪君」
「御前におりますれば」
「君は、幻覚使いの者を連れて行くのが良いと言っていましたよね。彼は優秀な幻覚使いですから、協力してもらえれば、きっととても役立ってくれるでしょう」
「なるほど」
「彼が目を覚まして、体調が悪くて動けないというのでなければ、彼に協力してもらえると良いのではないかと思います」
 君から説得してはもらえませんか、とマイヤは細雪に『お願い』した。言葉は依願の形を取ってはいるが、サムライ細雪が仮とは言えど主君と定めたマイヤの頼みを断るわけはない。命に代えても……は少しオーバーだが、そのくらいの気迫でマイヤの願いを叶えるべく働くだろう。
「承知いたしましてそうろう。ラック殿には是が非でも協力いただけるよう、お話し申し上げまする」
 とりあえずラックの面倒は細雪の仕事になったようなので、プラチナムは再び行きがけに取り急ぎ図書館で借りてきた、図鑑を開いた。なにしろマイヤからは事前にほとんど話を聞けていないうえ、いまだどこに行くかもはっきりしていないので、薬品の材料を調べるのには図鑑を一冊借りて来るしかなかったのである。
 列車はダイネム・ロランド・リットランド行きの急行。切符はマイヤが管理しており、乗り過ごさぬようにか、乗った時点でリットランドで下車することは全員に伝えられた。
 だが、まだそこまでだ。
 続きの話を聞かなければ、プラチナムの考えているように、自分の役立つところをマイヤにアピールすることは難しい。
「細雪君」
 その隣で、マイヤは小さく前にいた細雪を再び呼んだ。
「大したことじゃないんですが……君に、聞きたいことがあるのです」
「なんなりと」
「楼国のしきたりに従って、君は僕を仮の主と定めたと言いましたね。この国にも、個々の主君に従う騎士がいます」
 アルメイスにいると、ピンと来ないかもしれませんが……と、マイヤは少し考えこむ顔を見せた。
「もしも主の身に災いをもたらすかもしれない……いや、もしかしたら今既に災いになっているかもしれぬ者がいて、どうしても信用しきれぬ者がいたとしたら……君ならば、どうしますか?」
 災いは芽のうちに摘み取るべきか、否か。細雪は、そう言うマイヤに自分と同種のものを感じ取った。
「難しゅうございまするな。摘み取るべきかもしれませぬ。ご主君をお守りすることは第一義にて」
「そうですか……」
 マイヤは目を伏せ、さらに顔をわずかにうつむく。いつになく……表情から、考えを読み取られまいとするかのように。


 旅立つ者たちとは別に……別の視点からこの事件を眺めていた者も極少数ながらいた。
 時はほんの少し遡り、まだマイヤたちが出かける支度をしている時分から始まる。
「保管庫は大きくはありませんでしたが、たくさんの種類の薬品がありました。自然発火はしないまでも、中には燃えやすいものもありましたから、火の回りは速かったと思います」
 薬品保管庫の火災原因の調査。一通りは終わったとされているので、厳密には再調査となる。これを調査する許可を“のんびりや”キーウィは双樹会に求め……却下された。
 理由は調査はもう終わっているから、だ。別にそんな人員は募集してないと、一蹴されて終わった。
 初手でつまづいたキーウィだったが、未練に思って、せめて現場を外から眺めに行くと……そこには同じことを考えたらしい仲間がいた。
 それは、“轟轟たる爆轟”ルオー。こちらは、双樹会に許可を取って、などと正攻法は取っていない。個人的なコネと趣味と希望を使って、エイムとラジェッタに現場を案内してもらっていたのである。
 正確には能力開発研究室の研究員であったエイムに、だ。白衣を着て立っていると、今でも職員と変わりなくこの場所に馴染んでいる。
「あの……うちも一緒に話聞かせてくれへん?」
 キーウィが声をかけると、ルオーとエイムは驚いた様子だった。ラジェッタだけは、きょとんとキーウィを見た。
「君は……君も……火事を調べているんですか?」
 ルオーが返答に窮している間に、エイムがそう問い返す。
「そうなんや。でも双樹会からは許可出なくて」
「許可が出ていないのに勝手に調べたら、後で咎められるかもしれませんよ」
「せやけど! ここで火事のこと調べとるんやろ?」
「それは……」
「うちには教えられへんことなんやろか」
 ルオーには答えようもなく、ラジェッタの頭に手を置いて、キーウィとエイムを見守る。
「……いいえ、世間話みたいなものですよ」
 エイムはそう答えた。そして、もう行きましょうと、ラジェッタを抱き上げる。
 そしてキーウィをその場において、歩き出した。ルオーはもちろん、それを追う。
 キーウィが視界から外れてから、ルオーはエイムに囁いた。
「聞かれちゃまずいことやったんか?」
 それをルオーは聞こうとし、そしてエイムは答えようとしていたのかと。
「保管庫の中身については多分、研究室では緘口令が引かれていると思いますよ……もちろん、みんなが知っているわけではありませんが」
 だから自分以外の職員はきっと答えることはないだろうと、エイムは微笑む。言葉と表情が合ってないのと、目の高さにラジェッタの顔まであるので、ルオーは反応に困った。
「これから聞こうと思っていましたが……君には『誰が放火したのか』、考えている人がいますね」
「ああ、そうや。あいつやと思っとる」
「では『どうしてそうしたか』を知ったなら、君もまた引き返せなくなるかもしれません」
「なんでや……! あいつの目的は何なんか、突き止めんとあかん。ラジェッタちゃんのためにも」
「いつか、私たちはあちら側に行くのかもしれない。そのとき、正直に言って、君まで守れるとは思えません」
 きっと自分はラジェッタを守るだけで手一杯だから、と。
「ラジェッタちゃんが優先や、それでええ」
 そこでルオーに迷いはなかったが……
「……だから、他の人は巻き込みたくありません。君も、ですよ」
「そんな……!!」
 どこに向かって歩いているのか、ルオーは考えられなくなった。気がつくと、研究所の裏手のほうへ回ってきているようだった。
「燃えた薬に、そんな秘密があるんか? 俺はちゃんと自分でついてく。足手まといにはならへん……!」
 ルオーの決意の訴えを中断させたのは、ラジェッタの声だった。
「あ、おじちゃん」
 えっ、とルオーが顔を上げると、温室が見えた。そしてその前に人影がある。ガラス窓の多い温室の中には、煙が充満しているのが見えた。そして、人影はルオーたちを見た。
「……レアンっ!」
 表情を変えることなく、レアン・クルセアードは走り去る。ラジェッタはレアンに向かって手を伸ばしたが、エイムの腕の中から出ることはなく……エイムはその場所から動かなかった。
「火事や! 温室が燃えとる!」
 そうルオーが言ったとき、爆発するような火勢が温室から立ち上がった。それは生の草木の燃えかたではないと、一目瞭然だった。
「何か撒いたんか……?」
「いいえ……水と火は打ち消しあいもしますが、近しいものなんですよ」
 お互いのバランスで、相手を強めることができる。温室の中のものの水分を飛ばしたのでしょうと、エイムは言った。
「きっと、石壁の保管庫よりは容易く燃えただろうと……」
「……温室に、何があったんや?」
 火の勢いはまだ衰えず、人の来る気配がする。キーウィが走ってくる。もう一人、キーウィと一緒に走ってくるのは“六翼の”セラスだ。
「薬草が」
 能力開発研究室で使われる薬の元となる薬草が。わずかながら、ここにあった……

 この後、ルオーは事情聴取に長いこと捕まる羽目になった。そしてルオーが解放されたときには、エイムとラジェッタはリットランドに向かう列車の中にいた。
 セラスは、その迎えに来たのだ。
 セラスと“闇司祭”アベルがマイヤに勧めたのは、エイムとラジェッタを採集に連れて行くこと。まだ未発達のラジェッタに使用を依存してなお、高い転移能力を持つエイムは、『極めて危険な場所』において回収した薬の原材料を守るのに必ず役に立つと。
 マイヤにも思うところはあるようだったが、結局二人の提案を受け入れ、出発前の土壇場にセラスを迎えに寄越したわけだった。
 セラスは、ぎりぎり間に合ったと言えるだろう。マイヤからの依頼を盾にして、とりあえずラジェッタとエイムの身柄を確保すると、セラスはそれから改めてエイムに依頼を伝えた。
「ラジェッタちゃんが心配だけど、私、体を張ってでもラジェッタちゃんを守るわ」
 ラジェッタにも危ないところに行くとは説明して……わかっているのかいないのか、ラジェッタは素直にうなずく。
 渋ったのは、やはりエイムのほうだった。エイムは……このとき既に、行き先も何を採りにいくのかも、わかっていたのかもしれない。
「ええっと。お礼と言ってはなんだけど」
 渋るエイムに、セラスは懐から写真を一枚出して渡した。
「ラジェッタちゃんの写真、欲しがってたでしょ?」
 悩みに悩んで……こんなことで悩むなと言われそうだが、行き先の危険も知っているからこそ、歳若い生徒たちがそこに向かうのを知ったからこそ、エイムは本当に悩んで。
 結局、エイムとラジェッタは列車に乗っていったのである。


■アルメイスの午後■
 修学旅行が終わった後も、アルメイスは慌しかった。帰ってきた者たちの一部は、早々にマイヤについて旅立っていき。また一部の者は……結構な数が、ランカークの屋敷に集っていた。
 そんな中で、少数だがフランを訪ねている者たちもいた。体調が悪いということで修学旅行にも参加していないし、それで送られてきた薬まで奪われたとあって、不運続きだ。さぞかし気持ちも沈んでいるだろうと、心配になるのも道理で。
 “七彩の奏咒”ルカは修学旅行から戻ると、まずフランのクラスメートの元を訪ねた。休みが多いのなら、ノートがの写しが要るだろうと。
 案の定、話を聞くと授業は休みがちであるらしい。それでも図書館には姿を見せているらしく、会いたいならそちらに行けばいいと言われた。
 体調が悪いと言っていたけれど、実際には気持ちの問題がまだ整理できていないのかもと、ルカはふと思った。気持ちから実際に体調を崩すこともあるので、そういうものなのかもしれない。
 一応ノートを写し、それからルカはランカークの屋敷へ向かった。ランカークも戻り、強盗団のアジトの調査に行っていたという者たちも戻り、修学旅行から戻ってきた者たちも集って、今までで見たことがないほどランカーク邸はごった返していて、ルカはびっくりした。
 きょろきょろしながら、ランカークを探す。
「ランカークなら、あっちだぜ」
 少々ご機嫌斜めの“自称天才”ルビィが、混雑したランカーク邸のホールで、ランカークの居場所を教えてくれた。
 ルビィが不機嫌なのは、狙っていた取りまとめの立場が、もう修学旅行から帰って来たときにはエンゲルスに取られていたからだ。さすがに修学旅行に行かずに仕事をしていた者には敵わない。希望に近い荷物奪還班には所属になったが、一個上の立場でそれをまとめて管理しているエンゲルスはランカークにべったりだから、荷物を思いのままにするのは難しそうだ。
「貴方も討伐に参加するのか?」
 ルビィの案内でランカークの近くまで行くと、何かメモをしていた“黒衣”エグザスが振り返る。
「あ、いいえ、ルカはランカークさんにお願いとお話に来たんですー」
「なんだ? 私は忙しいんだが」
 実際に忙しいのは、この教室一つ分みたいな人数を班分けして、連絡役を立ててと指示を飛ばしているエンゲルスだが。たかが教室一つ分、されど教室一つ分、そのあたりは『学級委員長』とか呼ばれる立場に立ったことがあればわかるだろう。
「すぐすみますので。フランさんの荷物はどうなりましたでしょうか。ルカはこれからフランさんのところにお見舞いに行きます。取り戻せているのでしたら、ちゃんとランカークさんのご厚意と伝言しますので、荷物はルカがお届けしますが、いかがでしょう」
 棒読みのようなルカの問いに、段々ランカークは眉を顰めていく。
「まだだ。この状況で、終わっていると思うか!?」
 ルカはゆっくり周囲を見回して、ランカークに視線を戻す。
「ええっと。じゃあ、お願いが一つあるのですが」
「なんだ?」
 渋い顔のまま、ランカークは聞き返す。
「もしよろしければ、氷菓子の類をお分けいただけませんか。フランさんも食欲ないと治りが遅いと思うんです。ルカには用意できませんでしたが……暖かくなりましたので、冷たいものが美味しいです」
「……氷菓子か。外に出せばすぐ溶けるぞ」
 大貴族の屋敷なら、夏でも氷が食べられるように氷室を持っている場合も多い。フランの別宅のようにこじんまりとしたところでは無理でも、ランカーク邸にならありそうだとルカは考えた。
「急いで届けますので、きっと喜ばれると思います」
「私からだと伝言するんだぞ!?」
 必ず、とルカは答える。
「誰か運ぶの手伝ってやれ。氷と一緒にでなければ、持っていくまでに溶ける」
 そこで、手近にいたルビィとエグザスが指名を受け……エグザスにとっては渡りに船だった。フランのところには、行くつもりだったからだ。
 一方、ルビィはちょっと複雑だ。ここに来る前に、フランのところには立ち寄ってきたので。
「おい、どこに行くんだ?」
 氷と氷菓子の器の入った箱をエグザスとルビィが二人で持って、外に出るとルビィは先を行くルカを呼び止めた。
「フランさんのとこです。図書館にいるだろうって、クラスの人に言われました」
 振り返って、ルカが答える。
「今日は違うぜ。セラが中庭に呼び出してる。茶会だってさ」
 セラというのは、“風曲の紡ぎ手”セラだ。
 氷菓子なんて取りに来たから知ってるんだと思ったぜ、と言うルビィに、ルカは礼を言った。
「ありがとうございます。間違ったところへ行って、氷が溶けちゃうところでした」
 エグザスは何も言わなかったが、無駄足にならずにすんでよかったと内心で思う。
 そして、学園の中庭に急ぐと……
「あら、ルビィ様、忘れ物ですの?」
 芝生に敷き布を敷いて、セラとフランとイルズマリで茶を飲んでいる。人が二人にしては、茶菓子が妙に多いが……三人が着いたときには、修学旅行の土産話をしていたようだ。
「いえ、ルカがランカークさんに氷菓子を分けてもらったのを、ルビィさんとエグザスさんに運ぶの手伝ってもらったんです」
 お見舞いに来ました、と、甘瓜の乗ったバスケットと花束と、ノートを、ルカはフランの前に置く。
「学校にきて、お見舞いってなんか変ですね……」
 そして、きょろきょろあたりを見回す。
「ルカさん……ごめんなさいね、ありがとうございます」
「いいえ、溶けないうちに氷菓子を皆で食べましょう」
 セラはもちろん、エグザスとルビィも相伴に預かって、林檎のシャーベットを口に入れた。
「美味しいですわね」
 食べることは元々好きなフランは、久しぶりに屈託のない笑顔を見せている。
「ああ……それより、貴方が元気そうで何よりだ。荷物を奪われたと聞いているが、今、ランカーク殿のところに強盗団討伐のために人が集まっている。ランカーク殿が自分の奪われた荷を取り返したいということでね……一緒に貴方の荷も取り返したいが、できれば荷物の特徴など聞かせてもらえないだろうか」
 まあ、とフランは口元に手を添える。
「さきほどルビィさんにもお話しましたけど、荷物の形や大きさは、私にはわからないのです」
 父親であるエルメェス卿がロランドに向かう途中にアルメイスに立ち寄り、そのときにロランドから荷物を送ることがわかっていただけだからだ。
 ルビィが先に聞いていたと聞いて、エグザスはルビィの顔を見た。ランカークのところで、ルビィはそんな話はしていなかったからだ。聞いたとわかっていれば、二重に聞くようなことは避けただろう。
 ルビィは、明後日の方向に視線を逸らしている。
「そんなに大きくはないと思いますけど……中身は薬だということですし。それにどんな薬かは聞いてないので……薬と一緒に手紙をつけてくださると、お父様から聞いていました。詳しいことは、そちらにあったようなのです」
「詳しいことがわからないのは残念だ。だが、たくさん協力しているので、きっと取り戻せるだろうと思う」
 あまりに討伐に集った数が多いので、名前を挙げきれないと、エグザスは参加者の名前を書いてきたメモを見せる。
「こんなに」
 フランは、普通にその数に驚いたようだ。
「取り戻せるとよろしいですわね」
 そう言うセラに、フランは嬉しそうにうなずく。
 体調不良が気持ちから来ていたのなら、きっとこれこそが最も良く効く薬だろうと思われた。


 荷物が届かなかったのは、フランだけではない。クレアとルーも、荷物を待っていて待ちぼうけをくらったわけだが。
「よう、飯でもおごってやろうか、クレア」
 届かなかった荷物は仕送り類だと思った“怠惰な隠士”ジェダイトがそうクレアに声をかけたとき、振り返ったクレアの印象がなんだか違うように思えて……あれ、と思う。
 どこというわけではなかったが。
「なに? ジェダイト」
「あ、いや、飯。今月苦しいんじゃないかと思って」
「もう、お昼食べちゃったよ。遅いって」
「悪い。じゃあ肉饅頭でもどうだ?」
「うん、ありがと……と、ルー、大丈夫?」
 ルーがクレアの影から、ジェダイトの様子を窺っている。あまりいい印象は持たれていないようだ……とは思えた。
「取って食ったりはしないから、そんなに警戒するなよ。とりあえず売店行くか」
 そんな風に茶化して、売店まで話をしながら歩くが、どこか何かがぎこちなかった。ルーも、クレアもだ。
「荷物届かなかったんだろ? 苦しいときはお互い様だからな、なんか手伝えそうなことがあったら言ってくれよ」
「ありがとね。でも肉饅頭で十分だよ」
 売店の前で肉饅頭をかじりながら、クレアはそう答える。なんだかいつもと違う……そしてそれは、ふと思い浮かんだ。
 普通なんだ、と。
 そのとき、横合いから声がした。
「こんなところにいたのか」
 ジェダイトは、その声に少し顔を顰める。
 “天津風”リーヴァだ。ジェダイトから見ると、微妙に利害関係が合わない感じがする男。逆も真なりで、リーヴァからジェダイトも微妙な印象かもしれないが。
「クレア君、荷物を盗られたんだって?」
 リーヴァもランカークの組織した討伐隊に参加するからと言って、荷物の大きさなどを聞きに来たのだという。
「荷物……」
 肉饅頭を齧りながら、クレアは首を傾げた。
「多分、普通の大きさの箱だと思うんだけど」
 クレア自身も荷物の外形は知らないのだと、そう主張する。
「まったく? 重さもわからないのか?」
「そんなに大きくないと思う。重さは……どうなんだろう。そんなに重くないんじゃないかなあ」
 そういうクレアの制服を、ルーが引っ張っている。何かクレアに言うわけでもなかったが、そこで会話はいったん途絶えた。
「そうか、じゃあ仕方がないな」
 それらしいのがあったら確保しておくと約束して、リーヴァは行こうとした。ジェダイトはそれを見送ろうとして……
「クレァー」
「クレアさん!」
「クレアちゃーん」
 今度は女の子の声が二人分……と、性倒錯少年の声が一人分。
 それにつられて、リーヴァも足を止めた。
「クレァ、ァリシァと一緒に荷物取り返しに行こうよ!」
 いつものクレアのような理不尽なまでの明るさで、“夢への誘人”アリシアはクレアの懐に突っ込んできた。
「アリシアさん、落ち着いて」
 それをまず、一緒に来た“緑の涼風”シーナは、面食らうクレアから引き剥がすところから始めなくてはならなかった。
 その隙に、“泡沫の夢”マーティがクレアに訊ねる。
「ねえねえ、レアン見なかった?」
 いきなりこれだ。
 クレアもルーも、驚きを隠すような余裕もない。
 マーティには、なんの悪気も意図もないようだったが。
「だって、こないだクレアのところに出てきたんでしょ〜?」
 自分では覚えてないらしく、人から聞いた話としてマーティは語っている。
「出てきたって……偶然会っちゃっただけじゃないの?」
 あっけにとられたように反応できないでいるクレアを庇うように、シーナがマーティとクレアの間に割り込んだ。
「今度はもう平気。わたし、クレアさんから離れたりしない」
 だから、と、シーナはクレアの手をとった。
「ねえ、クレアさん。いきなりだけど……わたし、これからランカークさんの討伐隊に参加するの。みんなの大切な物を盗むなんて、絶対許せないから!」
 それから改めて、やってきた理由を告げる。
 言葉の最後に少し力がこもっているのは、聞く者に伝わった。みんなを困らせる悪い奴が許せない、そんな気持ちだ。
「クレアさんのも盗られたって聞いたわ。一緒に、取り返しに行かない!?」
 そんな気持ちが、クレアを揺さぶったのか。いつもよりも少し無気力な印象の……それで普通くらいではあったが……そんな瞳に、ふっとそのとき力が戻ってきたように、見ていたジェダイトとリーヴァには思えた。
「……行く!」
「……クレア!」
 制服の裾を掴んだルーが、声を上げた。ふるふると、首を振っている。行ってはいけないと言うかのように。
「大丈夫だょ、クレァがサウルと仲悪いの聞いてるから、鉢合わせしないようにァリシァ気をつけるからね!」
 アリシアがそう言うと、ルーのクレアの制服を握る手にはさらに力がこもったようだった。
「ルー……やっぱり行く! 私」
「クレア……!」
「大丈夫だから!」
「クレアッ! あ、危ないから……!」
 そんな短い攻防の果てに……
「それでも、行く」
 少々驚くべきものを、その場にいた者たちは見た。
 クレアがルーを突き放すところをだ。
「……クレア……」
 ルーは驚きに目を見開いている。
 さすがにこの様子には、アリシアとシーナも戸惑った。この二人に喧嘩させようという意図があったわけではなかったので。
「だって、私のことだもん。私、負けない。どんなものにも負けないから」
 戦いに行く者の決意の言葉として、そこに間違いはない。
 間違いはないのだが……
「必ず、乗り越えてみせるから」
 どこか拭い切れない悲壮感が漂っていた。
「本物のフューリアになるために」


 さて、一気に大所帯になったためにランカーク邸自体は混乱していたが、そうなる前にアルスキールたちによって強盗団のアジトと思われる場所は突き止められている。
 人員が整理され、落ち着きを取り戻したなら、すぐに向かうことだって一応は可能だった。
 列車で延々往復していたファローゼも、ようやく諦めて戻ってきていた。
「まあ、そういうわけだからね。囮列車って微妙だなあ」
 できるできないの検証の前に、無意味な可能性が高い。強盗団をおびき出す囮列車の提案をした“影使い”ティルに、サウルは戻ってきたファローゼを引き合いに出して説明した。
 説明されるほうも複雑な顔をしていたが、引き合いに出された側はさらに複雑な顔をしている。
「そうですか……でも、ただの強盗ではないと思うんです。レアンさんがレイドベック公国の工作兵を扇動して、強盗を装って破壊工作をしているんじゃないかと思うのですが」
「そうですわよね! 私もそう思いますわ」
 首魁はレアン。ファローゼも、いまだそれは疑っていない。
 ファローゼの同意を得ても、ティルは微妙な気分がぬぐえなかったが……
「それはいい読みだと思うよ」
 だが、サウルもそれににこやかに同意を示した。顰めかけた顔をゆるめて、ティルはサウルを見た。
「やはり……?」
 そこで、ひょいと“賢者”ラザルスも横から顔を出す。
「やはり、ただの強盗ではないということかの」
 積荷を半分だけ奪う手口が、どうにも怪しい気がしたとラザルスは唸っている。
「積荷を半分というのには、色々意味はあると思うよ。半分残すことによって、抵抗する意思を殺ごうという小細工の意味もあるかもしれないし。実際に全部を奪う運搬力はないんだろうし……必要な荷物のカムフラージュの意味もあるかもしれないけどね」
 かもしれないだけど、とサウルはにこやかに言葉を濁す。
「まあ、レアン自身が襲っているんじゃないかもしれないが。でも、裏で糸は引いてるんじゃないかな」
 エンゲルスのレポートに目を戻しながら、サウルは言った。その小脇には留守中の新聞を抱えている。横でメイアも一抱え持っているので、アルメイスタイムズ社のものだけでもなさそうだった。
「それじゃ、強盗団を更生させるというのは……!」
 勢い込んで彼らの前に出てきた“黒き疾風の”ウォルガが、ショックを隠しきれない顔でティルとサウルを問いただす。
 列車強盗は全員殺さず捕縛して、更生させたいというのが、熱い男ウォルガの主張だった。世間と噛みあわないとか人の話を聞かないところでソウマのほうが上なので、若干目立たない節があるが、単独で見たらウォルガも十分『熱い漢』だ。
 ただし、すぐに拳で語るソウマと、熱い言葉で伝えたいウォルガでは、多分永遠にシンパシーは起こらないが。
「無理でしょう、レイドベック公国の工作員が強盗団を装っているのでしたら」
 ティルにしてみればウォルガの主張はいったい何を言ってというところなので、ズパっと容赦なく答える。
「そんな……ッ!」
「まあまあ……それじゃ取り付く島もない。レアンがボスだと限ったわけじゃないんだし」
 改めてショックを受けるウォルガを、まだ諦めるのは早いだろうとサウルがなだめる。
 それに今度こそ、ティルは顔を顰めた。
「いったいどちらなんですか? サウルさんの意見は」
 サウルの実力と思惑、それを探りたいと思っているティルには、こんなどっちつかずの動きかたをされるとそれが読みきれない気がした。如才ないと言えば、そうだが。媚びる必要もないとも思う。
「まだわからないってことさ。確証もないのに一つになんて絞れないよ」
 だが、サウルはそう肩を竦めてみせた。
 作戦は偵察とアジトの襲撃という構成になるようだった。ティルが観察していたところによると、その作戦に噛み合わないとしたもの以外は、エンゲルスがある程度一つにまとめたようだ。サウルが強いリーダーシップを発揮するということもなく、ランカークもサウルの手前めちゃくちゃなワガママを言って掻き回すこともなかった。
 サウルの力を探りたいティルにとっては、なんだか少し物足りない気がしたが……
 作戦の中で、サウルが強く主張したものは、偵察と討伐本隊との時間的な間を開けないということだけだったようだ。


■リットランドの夜■
 リットランドのホテルにチェックインした学生たちは、ぎょっとするほど高そうな部屋に集められ、説明を受けていた。
 説明をするのに、全員が納まる広さの部屋が必要で借りたらしい。運の良い女生徒数名はこの部屋に一泊することになっているが、他の生徒たちは基本的にツインの普通の部屋だ。
「明日の行き先は、リットランドから南南西に馬車で半日。レイドベック公国との国境線付近となります」
 この時点で、ええっ、と声が上がる。
 “光炎の使い手”ノイマンは、マイヤに、事情が話せないのなら準備は学園側でしておいてくれ……と出発前に頼んでいたが、こんな戦争と背中合わせな場所だとまでは予想していなかった。そんな場所では、何を準備すればいいのだかという気分にはなる。
 行き先を聞いて涼しい顔をしていたのは、アベルや“銀の飛跡”シルフィスなどだけだった。彼らのように答えに近い予測を胸に秘めていた者は、多くはなかったようだ。
 思い浮かべはしても、覚悟には至らぬというところだろう。“待宵姫”シェラザードあたりは、
「そんなことだろうと思ってたけど」
 と言いながらも、ため息をついている。
「国境近くまで行くのなら、学園の制服は着替えたほうが良さそうね……手配してもらえるのかしら」
 シルフィスが、レイドベック公国軍との接触の可能性があるのなら、フューリアとは極力悟られぬほうが良いと提案する。
「それでしたら、替えの服自体は用意しました。ただの作業着ですが」
 ノイマンに言われて、用意できたものはこの程度とも言える。
「採集するものは、薬草です。背の高い、一年草です。来年も生育できるよう、一ヵ所のすべてを取りつくすということは避け、間引くように刈り取ってもらいます。危険な場所ですが、戦闘は避けてください。やむをえない場合のみ、許可しますが……そのときは……」
「会長! これは危険です。誰かがレイドベック公国とレヴァンティアース帝国との間に、戦端を開かせようとしているのではないでしょうか」
 そんな場所に、薬剤の原材料を取りに行かなくてはならないという状況自体が、と。“不完全な心”クレイは主張した。
「それでも取りに行かねばなりません。他にはないのですから……現地に自生のものがあるということは、間違いはありません。帝国では、その周辺が事実上自生種の北端なのです」
 そこになかったなら、帝国国内に自然のものはないということである。
「通常は輸入に頼っていますので、本来の産地から収穫されたものが届くには時間がかかります。わずかに帝国内で栽培されている分は……」
 マイヤの言葉は、微妙に歯切れが悪い。
 出発直前に二度目の火事の報は届いていて、アルメイスにあった分が焼失したことをマイヤは知っている。だが、他のほとんどの生徒たちは、未だそれを知らなかったからだ。
 その歯切れの悪さに、“求むるは真実”ラシーネは顔を顰める。
「薬は、何に使われるの?」
「それに答えることはできません」
 だが、ラシーネのその問いには、マイヤは人が変わったかのように迷いなく答えた。答えられない、ということを。
「生徒会長のあなたがわざわざ出向かなくちゃいけないほど重要なものなのに、そこは秘密ってわけね」
 シェラザードは、何度目かのため息で合いの手を入れた。
「やましいことに使われるのでなかったら、答えられるはずよ」
 ラシーネは食い下がる。だが。
「用途は機密ですから、君の身分では知らせることはできません。君に知らせた場合、僕も君も処刑されるかもしれません」
 さすがに、この答えにはラシーネも息を呑んだ。
 そして、このやり取りに強い視線を投げかけていた者がいる。シルフィスだ。反応したのは、処刑という言葉にだった。
 それは、レアンを思い浮かばせたからだ。帝国と彼と、どちらが先に裏切ったのかと、次に会ったら問うつもりだった。だが、こちらのほうがしっくりするような気がした。
 知るべきではないことを知って、処刑される者……それはレアンの裏切りか、帝国の裏切りか。あるいは、どちらも信頼を裏切られたと思ったのか。
「……それはやましいことに使うと言っているようなものだわ!」
 驚きから立ち直ったラシーネは、原料を取りに行くべきではないとまわりの者に訴える。
 マイヤはラシーネの主張が一段落するのを待って、それからラシーネ以外の者たちに語りかけた。
「その薬の使い道が正義か悪か、と問われるならば、僕は胸を張って正義だと言いましょう。正義を目指して作られ、正義のために使われると。そのために尽力した人がいることを、僕は知っています……正義とは個人によって違うかもしれませんが、少なくともより良い未来を目指していると思います。でも、今、僕が言ったことも真実です。何に使われるか知れば……別の意味で危険かもしれないということ。これを君たちに事前に知らせることが、どうか最大の誠意だと思ってください」
 危険な採集の、最大のリスクは公国との戦いではなかった。真実を知る者に、背後から死神の鎌が振り下ろされるかもしれないこと。
「だから、追求してはいけません。追求する素振りを見せてはいけません。もしも仮に……気づいてしまったとしても……けっして人前で口にしてはいけません」
 君たち自身と、君たちに親しい人々のためにと。
 ラシーネの主張は、ある意味正しいのだろう。公表できない真実を、そこに少なからず含んでいることは。
 だが、戦争を行う国に、軍隊に、一切の秘密がないことはありえない。勝つために、生き残るために、何かを守るために、必ず秘密を抱えている。
 だから、それは多くにとって意外なことではなかった。……不愉快や、恐怖ではあっても。
「それができない人は、ここから明日の列車で学園に帰ってください」
 誰もが、黙って聞いていた。
「……いいの? そんなことまで言って」
 シェラザードが、ポツリと呟く。
 シェラザードは、訊いてもマイヤは何も答えないと思っていたからだ。確かに薬については答えていないが……
「学園長より、どのように危険かは説明するように命じられています。危険を避けるためには必要な知識を与えなくては、避けられるものも避けられないでしょう……先に言わなくては、手遅れになるかもしれない」
 それが「知ろうとするな、知ったら死ぬぞ」という脅しの言葉だとしても……いや、脅迫と警告の境目は曖昧だ。
「この中にも、危険なことを考えていた方はいるのではないかと思います」
 “蒼盾”エドウィンは見透かされたような気がして、内心でうへえと思う。余分に取って後で売り払うのは、どうやら自殺行為らしい。足が着いたら消されるのに、他に国内で取れないのでは、足が着くのは時間の問題だ。
 エドウィン一人のことではないかもしれないが、日ごろの行いを振り返ると、今釘を刺された中に自分が含まれていることは想像に難くなかった。
 リスクを正しく知れば、天秤にかけるべきものが何かを知ることもできる。命と好奇心か、はたまた金と命か。それが心の中でどちらに傾くかは、当人だけが知りうること。
「俺も一つ聞かせてくれ、マイヤ」
 “白衣の悪魔”カズヤが片手を挙げた。
「そいつは『必要な薬品』なんだよな? 出発前、俺はそう聞いた。誰かが必要としているんだよな? それが誰かも教えることはできないか?」
「できません。それは使い道……ですから」
 マイヤは一度口を閉じた。だが、迷ったようにもう一度開く。
「ただ……近日中に薬を用意できなければ、おそらく学園の生徒で一人、命を落とす者が出ると思います」
 アルメイスにまったく関わりなかったなら、彼らが出向く理由もない。関わりはあるのだ。
「重病なのか」
「実は、代わりになる薬はあります」
「じゃあ、それを使えば」
「でもその薬は、今用意しようとしている薬よりも、はるかに副作用が危険なのです。それが理由で命を落としかねないほどに」
 カズヤは、こめかみを押さえた。
「では、もう一つだ」
 “飄然たる”ロイドが、もう一つ聞きたいと告げる。
「元になる種子があるのなら、寮長の『ヴァルトレーベン』で促成栽培すれば良いような気がするが」
「それは……できません」
 マイヤは、このとき少し苦笑いを見せた。
「彼は、植物には極めて深い見識を持っています。彼にそれを行わせたなら、自分が何を育て、それが何に使われるか、気づいてしまう可能性があります。彼は立場上、普通の生徒より様々な知識に触れるので。あと……理由は言えませんが、ここにいる君たちの……他の誰よりも、それは彼にとっては危険なことなのです。薬草が手に入るなら彼はどうなってもよいとは、僕には言えません……どちらも同じ学園の生徒ですから」
「……おらもだべか?」
 ごくりと息を飲みながら、“土くれ職人”巍恩は身を乗り出す。植物の知識には自信があったし、植物操作の力も同じだ。
「いいえ」
 それには、マイヤはわずかに微笑みを見せた。
「問題は、薬草の正体そのものではないことを理解してください。機密となっている部分は、もっと違うところです。だが、その効能からそこに行き着く者がいないとは限らない……だから、秘密です。……もし気がついても、慎重になってください」
 巍恩に向けて、マイヤは立てた人差し指を口に当てて見せた。
 それに、と付け加える。
「薬草に、リエラの力を加えたものはできれば避けたいのです。どのような影響が出るか、まだ試されたことがないので」
 人の命で初めての実験することには抵抗のある者も多いだろうと言うマイヤは、やはり苦笑いを浮かべていた。
「わたしたちの命は、よろしいんですの〜?」
 “双面姫”サラの言葉には、マイヤは困ったようだった。
「申し訳ありません。ですが、当然全員無事に帰ることを目指しています。フューリアでない者が採取に行くよりも、ずっとその可能性は高い……それで、納得してはいただけませんか」
 それも事実だ。誰かが冒さなくてはならない危険ならば。
「妥当だろう。危険な事態になれば、即時撤退……それで問題ないんだろう?」
 そこまで黙って話を聞いていた“銀晶”ランドが、そう確認する。それにマイヤはうなずいてみせた……
 人によっては、今日のマイヤは普段よりも表情豊かに見えただろうか。普段のマイヤは、ほとんどの場合に微笑んでいる印象がある。だが今日は、表情がよく変わる。何かが彼を迷わせているかのように。
「問題ありません。君たちの命を代償に捧げるつもりはありません……そんなことになれば、僕が学園長に怒られるでしょう」
「しょうがないわね」
 シェラザードが立った。
「明日は早いんでしょ? もう寝るわ」
「シェラザード君」
「わたしは行ってあげるわよ。ここで帰ったら、後味の悪い話も聞いちゃったしね」
 そして、それをきっかけにバラバラと席を立ち、生徒たちは自分にあてがわれた部屋に戻っていった。
 一夜の執行猶予に、考える……
 行くべきか否か、と。


 リットランドの夜。
 ホテルで明日を思う者たちの他にも、アルメイスの生徒はその夜にいた。たった一人で。
 彼女の名は“ぐうたら”ナギリエッタ。最近は“ぐうたら”という二つ名が、合わなくなりつつある。学園から離れたこんな土地まで一人でやってくるだけでも、ぐうたらの所業ではない。ましてや、一人だ。ここ半年ばかりいつも一緒にいたエリスも、今日は隣にいない。
 ナギリエッタがエリスに一緒に来て欲しいと願わなかったのは、リットランドからアルメイスの間に現れるという強盗団の影にレアンの匂いを嗅ぎ取ったからだ。再び出会ったなら、今度こそエリスが連れて行かれてしまうかもしれない。そう思ったから。
 薬の材料採取の一行と一緒にではなく、単身でナギリエッタがリットランドを訪れたのは、強盗団が売ったであろう盗品を回収するためだった。
 強盗団の仕事は先の事件が初めてではなく、その前から続いている。先の事件も、数日前というほどのものではない。もう、荷物の一部、あるいは全部が、さばかれてしまったと考えて間違いはないはずだった。
 現場に最も近い大きな街はリットランドとアルメイス。アルメイスは特殊な都市なので、アルメイスにきて盗品を売っているとは考えにくい。ならば、強盗団の商売の先はリットランドだ。リットランドの、ブラックマーケット。
 ナギリエッタは地味な服を着て、地味な化粧をして、手には制服と所持金を詰めた黒鞄を持って。その懐には、金に困っていそうなチンピラから安く買い取ったブラックマーケットの通行証をしまって……夜の街を急いでいた。
 ガス灯もまばらな、派手な化粧の女や危険な匂いのする男たちのそこここに立つ通りを抜けて、チンピラから聞き出した地下の店へと踏み込む。通行証をちらりと見せて、酒場のような店の中に入る。
 店の中は、灯りはギラギラとして眩しいのに、どこか薄暗い印象があった。
「何の用だい、お嬢ちゃん」
 一番奥のカウンターで、鼻眼鏡をかけた皺の深い男が言った。
「お嬢ちゃんじゃないょ。……探してるものがあるんだょ。最近入った品物を見せてくれないかな」
 テーブルをすり抜けて、カウンターの前まで行く。すれ違った男たちの視線が少し気になった。まるで値踏みをしているような目だ。
「最近かい。どんなのを探してるんだい」
「アクセサリー……ブローチなんだょ」
 ナギリエッタは出掛けに荷物を奪われたとわかっている者たちから、奪われた物のことを軽く聞いてきた。ブローチは、カレンが待っていたという荷物だ。フランの薬は、フラン自身にも形状はわからないと言われ。クレアとルーの待っていた荷物は、普通の箱の包みのはずだと言い、中身については聞き出せなかった。
 他の生徒も割と曖昧なものが多かった。まあ、自分が送ったものではなくて、他人から送られるものなのだから、それも仕方がないだろうか。形状のはっきりして換金価値の高かったものは、唯一カレンの待っていた『アルバイト先に納品されるはずだった』荷物だったわけである。
「ブローチか。最近一つ入ったけど、お嬢ちゃんには手の出ない、高いもんだよ」
「見せて」
 ナギリエッタはカウンターに身を乗り出した。
「……しょうがないね、あんまりお金持ちそうじゃないけどねえ」
 カウンターの向こうで、男は立ち上がった。後ろを向いて、木箱の中から、小さな箱を取り出してくる。ナギリエッタはそれを視線で追いかけていて……
 背後から伸びてきた手に気づかなかった。
「うぅッ!」
 嫌な匂いのする布で、口と鼻が覆われる。一瞬では意識を失わなかった。男たちは、ナギリエッタをフューリアだとは気づいていないのだろう。気づいていたら、一瞬以上意識を保たせるような方法はとらないはずだった。瞬間的に黒焦げにされる可能性だってあるのだから……フューリアだと気づいていたら、エリアはどんな悪党だって、まずこんな杜撰な方法じゃ手は出してこない。
 ナギリエッタは嫌な匂いは薬だろうと思った。リエラを呼ばないと、と思った。
 だが、薬のせいなのか頭がかすんで、集中力が抜けていくような気がして……もう駄目かもと思ったときだった。
「その手を放して」
 なんだか懐かしい声が聞こえた。
「その子にかすり傷一つでもつけたら、ここから1アーリス四方を一瞬で火の海にしてあげるわ」
 私は本気よ……そんなことを淡々と、その声は言った。視界はもう白く濁って、声の主の姿はナギリエッタには見えなかった。

 次に目が覚めたときには、ナギリエッタは夜行列車の中にいた。前の席では制服を着たエリスが、駅の貸し本をめくっていた。
 自分も今は制服で、ぼんやりそれを見ていると、あの薄暗い店での出来事は夢だったのかと、そんな考えが湧き上がってくる。
「もう、一人であんなところに行っちゃ駄目よ……馬鹿ね、フューリアだって油断すれば、無事じゃすまないわ」
 だが、本を閉じたエリスがそう言ったので、夢ではなかったんだとわかる。
「あなた、売られるところだったのよ……裏社会のラーナ教徒は怖いわ。野心も欲も強い。フューリアを飼うのだって、ステータスなのよ」
 ラーナ教は、神さえも超えるものと位置づける教義を持つ。上に立つものを超えていくことが、教えに適うこと。どこまでも、どんなことでも……それゆえに、一時的に能力を高めるドラッグ類が蔓延したりもする。信心深い者たちこそが……それに手を出す。
 エリアにとってはフューリアが、超えるべき存在。だから、従えることがステータスにもなる。
 いまさらのように、ナギリエッタはぞっとした。二度とエリスには会えなかったかもしれない……
「荷物はそれだけね? 他にあっても、もう取りには帰れないけど」
 黒鞄が傍らにあって、ナギリエッタはうなずいた。
「……助けてくれたんだね。ありがとぅ……でも、どうしてリットランドにいるのがわかったの? 言ってかなかったのに」
「普段いる子がいなければ、すぐ気がつくわ。それにあなた、色々聞き回って行ったでしょう?」
 何をするつもりかは、すぐに見当がついたようだ。それで追いかけてきて……ぎりぎりで追いついた。
「ブローチ……あったのに」
 すんでのところで逃した品物を、ふとナギリエッタは思い出す。
「諦めるのね……どうしても気になるなら、カレンに見つけたことだけ教えるといいわ」
 カレンならもっと上手くやるだろうとエリスに言われて、少し不思議な気持ちでナギリエッタはうなずいた。


■もう一つの旅立ち■
 クレアとルーがランカーク邸に姿を見せたとき、少しだけ討伐隊に参加する生徒たちはざわめいた。だが、少しだけだ。以前サウルが彼女たちを呼び出すためにずいぶんと揉めたことを覚えている者は、そんなには多くなかったようだった。
 ルーも結局は、クレアについてやってきた。前にサウルに会うことを嫌がっていたのは、どちらかと言えばルーのほうだったので、そのざわめきはルーに向かうものだと言えただろうか。
「……おや、来たのか」
 しかし、サウルはそう言っただけだった。素っ気無いと言えば素っ気無い。表情は意外そうでもあり、かすかに微笑んでもいた。
 特別に二人にかかわることもなく、サウルはそのままエンゲルスとアナスタシアの報告を聞き、いくつかの手配を続けている。
 一方で、クレアとルーは緊張している様子だった。
 ランカーク邸に集った討伐隊は、混乱から抜け出して、整理されていた。もう最寄になる町まで、出発しようという段階だった。
 アルスキールたちが情報を得てきた町までは、アルメイスからリットランド行きの普通列車に乗って出発し、半日弱ほども列車に揺られる。急行列車ならもうすこしでリットランドに着けそうなほどの時間だが、目的の駅に急行列車は停まらない。急行列車と普通列車を乗り継ぐこともできたが、人数が多いので乗り換え時の混乱を防ぐために最初から普通列車で出発することになった。
 移動のための列車は、マイヤたちの旅と同じく個室のある一等車両が借り切られた。人数の関係で、こちらは二両分の貸切だ。急行ではないぶん切符は安いが、二両の貸切には相当な額が支払われただろう。
「時間がかかるんですね」
 “春の魔女”織原 優真は列車に乗り込む際に、乗っている予定の時間を聞いて、そう感想を漏らした。
「そうだな。まあ、そんなに近くにアジトがあっても困るしな」
 “伊達男”ヴァニッシュが後から乗る優真に手を差し伸べる。
「待って!」
 優真がそうして、列車の最後尾についたステップに登ったときのことだ。後ろから数人の、ものすごい勢いで走る足音が聞こえて振り返った。
 発車のベルがかぶるように鳴り始める。
 遅れてきた生徒たちは、優真のいた場所にそのまま突っ込んできた。
「きゃっ!」
「ごめんなさいっ」
「すまんの!」
「申し訳ありません」
 今ぎりぎりに飛び込んできたのは、順に“炎華の奏者”グリンダ、“鍛冶職人”サワノバ、“闘う執事”セバスチャンの三人である。
 列車は動き始め、飛び乗った三人は揃ってほっと息をついた。
 この三人は、ぎりぎりまで情報収集を続けていた者たちだ。何を調べていたのかと言えば、修学旅行居残り組が集めた情報で足りないもの、すなわち強盗団のボスの情報である。
 ボスはレアンだと信じている者たちはすっかりそのつもりだが、そうと決まったわけではない。レアンでないなら、アークシェイルではない、別のリエラが待ち構えていることになる。この相手のリエラの情報がまったく不足していると言うのは、ある意味恐ろしい話だ。
 サワノバとセバスチャンは、それぞれ過去の被害者と、鉄道関係者から聞き込みをしていた。だが、二人のもとにはこれぞというほどの情報が手に入ったわけでもなかった。
 それならばボスはリエラを使う『らしい』という評判が、どこから来たのかということなわけだが……そこまではわかった。
 どうやら強盗団のボスは初めて襲撃した際に、乗務員の強い抵抗にあって、第3段階まで交信を上げて脅しをかけたことがあるらしい。そのとき脅しに吹き飛ばされた草原は、今も大穴を開けたままになっているという。列車の中からも、南側を眺めていればわかるというほど、大きな穴が。
 それならば、確かに『リエラである』ことはわかる。だが、その持っている特殊能力は、それではわからない。
 それ以前の問題で、強盗団のボスのリエラは、形状がよくわからない。
 第3段階まで上げたのなら、必ずそこにいたはずなのに、だ。
「強盗団が襲ってくる前、妙に煙が入ってきたという話がありました」
 とりあえず、飛び乗った者たちも貸切車両まで移動する。その途中で、セバスチャンが言った。その証言は当時の機関士の物らしい。
「そうらしいの」
 サワノバも、それは聞き込んだようだ。
「私も聞いたよ。でも、機関室って窓開けっ放しなんでしょ? 煙が入ってくること自体は当たり前なんだよね」
 だから、それだけでは手がかりと言える形になっていない。
 だが、実はグリンダはもう一つ情報を手にしていた。
 それは簡単なことではなかった。話を聞きたい当時の列車の乗務員と機関士は、普段は列車に乗って行ったりきたりしているわけで。修学旅行から戻ってすぐから駅に張り込んで、出発ぎりぎりまで粘って、話が聞けたのはたった二人。
 そしてグリンダの聞き込みには、けっして口には出せない方法がとられていたが……だからこそ、グリンダだからこそ、一人の機関士の証言に秘められた意味を悟ったのだ。
『前のほうに大砲が飛んできたせいなのか、煙が妙に入ってきて……危ないから停めなくちゃって思ったんだ』
 それで、機関士は機関車を停めた。
 停まれば、強盗団は乗り込んでくる。
 何故、危ないから停めなくちゃいけなかったのか。多分いまだに機関士は気づいていないとグリンダは思った。
 多分、機関士は操られたのだ。機関車を停めなくてはならないと。
 ここで怪しいものは……強いて言うならば煙だ。
 強盗団のボスのリエラ、その能力はおそらく行動操作。濫用はしていないところを見ると、何か発動条件がありそうだが、その条件まではわからない。
「とりあえず……サウル様に報告に行かなきゃね」
「そうですね」
 本来この討伐のリーダーたる人物はランカークのはずだったが、集まってきた生徒たちのほとんどには、すっかりサウルがそう扱われている。否定もないままランカークよりは働くので、そのまま定着した様子だった。
「おつかれさま、間に合わないかと思ったよ」
 サウルのいるコンパートメントで、3人はそれぞれに報告をした。おおよそは重複していたが、やはりグリンダの報告だけが異彩を放っていた。
「なるほどね」
「ではボスはレアンではないのじゃな?」
 ちょうど後ろの通路を通りかかった“探求者”ミリーが、そう口を挟む。
「わからぬよ。フューリアが一人などと決まったわけではないじゃろう」
 それには、サワノバが答えた。
 強盗団のフューリアは、ボスと思われる一人が確認されているに過ぎない。それは二人はいないという約束にはならないのだから。
「……つまり、レアンとそやつがセットなのかもしれぬということじゃな」
「そういうこともあるじゃろうな。違うフューリアがもう一人おる可能性だってあろうよ。甘く見ておると、あっさりひねられるのはこちらかもしれぬぞ」
 相手もフューリアならば、フューリアの弱点は知っているのだから。交信状態になければ、フューリアもエリアと大差ない。銃弾一発で命を落とすことだって、もちろんあるのだ。
「とりあえず、向こうに行ったらすぐ偵察だ。それで何かわかるかもしれないし、わからないかもしれないが、その後はすぐアジトを叩くよ」
「何故にそれほど急ぎますのじゃ?」
 サワノバがサウルに訊ねる。
「だってこの人数が近くの町まで入ったら、内通者が町に一人でもいたら、こっちの動きなんか筒抜けになるよ。そこのグリンダ嬢なんか、鉄道関係者に内通者がいることを疑ってたんだよ?」
 グリンダの疑いが事実でも、やはりこちらの動きは筒抜けだ。今頃、強盗団が超特急で撤収準備をしていてもおかしくはない。
「逃げられてないといいね。学生じゃあ、最初に統制とれてないからなあ。何が起こってもおかしくなかったし……」
 今だって、一緒にくっついては来ていても自由気ままにやろうと統制下に入ることを拒む、“福音の姫巫女”神音などもいる。強制しても仕方がないと考えてはいるようだが、こういう計算できない存在は、どうも嫌な気分になるらしい。
 まったくランカークの募集に応じることなく、独立独歩で動いている者もいないとは限らないと、サウルは警戒していたようだった。
 全体として見たならば、アナスタシアやエンゲルスが細かな事務を受け持ち、集まってきた者たちの大所帯が『組織』として機能するように整えている。それ自体の評価は高いようだ。だが、それで安心することなく、悲観的に物事を考えるのは癖なのかもしれない。
「どっちにしろ、もうばれてても不思議はないね。最初に調べに行ったときは、ばれたらアルメイスまで戻ってるうちに絶対逃げられるから、先にやるのは止めたんだよ。何にもない廃墟をこっそり偵察って難しいからね」
 それで、アルメイスの生徒たちが大量に調査に動き、大量に押し寄せようとしていると相手が知ったなら。
「それは賢明でしたの。暴れん坊もご一緒だったようじゃしの、行けばバレておったじゃろうなあ」
 最悪、グリンダの疑惑が当たっていたとしたら、それはもう一気にたたみかけるしか手段はない。
 ともあれ、列車に揺られて半日。その間に逃げられていないことは、祈るしかなかった。


 遠距離からリエラ能力を使って偵察するのは、リーヴァ、エグザスの二人。
 本番では、陽動の意味も合わせて正面から攻撃する班と、潜入して裏から工作したり荷物を回収する班にわかれる。潜入する者たちの一部には、ラザルスからこっそり拳銃を渡された。壊れていた拾い物を直したものだったが……元が悪いので、またすぐに壊れそうではあった。作戦の間もてば御の字だろう。土壇場で壊れたなら、不運を呪うしかないが。
「まだいるな」
 偵察から本番襲撃まで、一泊は置かない。
 町の宿に荷物を置くと、そこから目指す廃墟までは森側……国境側に大きく回りこむように、一行は移動した。移動は粗末な馬車と、徒歩だ。
 廃墟をぎりぎり確認できる位置まで来て、リーヴァとエグザスは目標をそれぞれの方法で捉えた。
 もう、夜が近い。
 討伐は夜襲になりそうだった。


■薬草の秘密■
 翌日の列車で、ラシーネやラックたちはアルメイスに帰っていった。
 細雪は結局ラックを引きとめきれなかったが、ラックは帰ってみたらクレアとルーがいなくてがっかりした。だが、寄り道がなかったところでルーのペットと遊ぶ希望はどの道果たされなかっただろう。あちらはあちらで、それどころではない。
 保身もあるので、悩んだ者もいた。だが、マイヤの様子からすれば、いきなり口封じということはないだろうとも思う。好奇心に負けなければ、おそらく平穏な生活には戻れる。幾人かが好奇心に負ける可能性もマイヤは考えているようだが、それには警告を発している。「知ったことを悟られるな」と。
 それはマイヤにでもあるだろうし、そうではないモノにでもあるだろう。
 それは帝国の暗部を担うもの。
 時には組織の腐敗を斬り、時には知られてはならぬ秘密を闇に葬る。
 絶対の善でなく、絶対の悪でなく、ただ帝国を生かすためだけに働くもの。
 ただ帝国を守るという正義のもとに。
 それは身内殺しのもの……
 それはかつて、レアン・クルセアードの運命を変えたもの。
 そんなモノに、けっして悟られてはならぬと。
 それがどんな姿をしているものかまで、わかった者は多くはなかったかもしれないが。
 それでも、それなりの数が残留を決めた。打算も、興味も、正義感もあっただろう。

 偽装した馬車で、国境に広がる森の隙間のような場所へと一行はやってきた。
 ここから先へは馬車では進めない。林と言うには樹が密集していて、森と言うには疎らな場所だ。背の高い下草と、蔓性の植物がその隙間を埋めている。
 一行はそこから更に奥へと踏み込んで行った。ここはもう、国境線の緊張地帯。
 作業着は保護色になるように染められていた。緑色は斑だ。バックパックには作業用の鉈と、シェラザードが作って配った弁当が入っている。
「国境警備隊には、話は届いているはずです。そのために、遅らせたのでもありますから」
 修学旅行も、のんきに行っていただけではないのだ。手配には相応の時間が必要だったのもある。
「この辺りはもう、自生地に入っています」
 人の背より背の高い薬草。だが、マイヤ以外はそれの姿は知らない。一本見つけて例にするのが適当だと、マイヤが先を行く。ぴったりと細雪がその後ろについていた。
「この辺り……?」
 一人草むらに踏み込もうとしたシルフィスを、クレイが止めた。
「単独行動は危険です。離れちゃ駄目ですよ」
 クレイは3班程度に別れ、集団で行動することを提案した。この場所で、危険行為はたくさんある。問題の薬草を懐に入れることだって危険行為だと言えばそうだし、戦闘行為だってもちろん危険だ。お互いに監視しあう意味もあって、それは採用されることとなった。
 シルフィスは内心顔を顰めながら、戻ってくる。単独行動を封じられて、少しいらついていた。
 それは、レアンがここに来ると思っていたからだ。誰にも邪魔されることなく会いたかったが、それは無理らしい。
 3班のうち、1班は採集した薬草の管理と防衛、そして哨戒を担当する。残りの2班は採集だ。戦闘は行わない。ここで誰が相手であれ、戦闘を行うことの危険は多くの者が悟っていた。それがピンと来ない者に対して、腕ずくで止める必要もあるから、班分けは重要だった。
「これですね」
「大きいべ……」
 それは、人の背丈より高いくらいの草だった。巍恩は頭の中で、植物辞典をめくる。背の高い、まっすぐに伸びる草。この地が北限。それはつまり、本来はもっと南の地方の薬草。祖国を楼国あたりに持つ者は、実は割合に馴染み深い草でもあった。
「夏には人の背丈の倍まで伸びます」
「もう夏だべ」
 これから盛りになるまでに、そんなにも伸びるのかと……言いながら、巍恩は考えていた。そういう草はある。
「育てきらんで、いいんだべか?」
「量の問題はあるかもしれません。けれど、若い草だからと言って使えないわけではないそうです」
「ならこのまま持っていくべ。土ごとがええべ!」
 鉈で茎を切るのではなく、土を掘り返して巍恩は力任せにその草を引っこ抜いた。
「神の草でござるな、マイヤ殿」
 祈るように、細雪は言った。
「拙者の祖国にては、神事にも、衣服にも、食料にも使われますものゆえ」
 国が変われば、生活のすべてに関わるものでもある。
「……約束です、口にしてはいけません」
「……失礼いたした」
 そこから、本格的に採集が始まる。

 サラにしろ、ランドにしろ、プラチナムにしろ……レアンが薬草を処分に来るだろうと思っていたが、いつ来るかはわからなかった。採集の間にか、その帰路にか。
 採集の間は、いくらか刈り取っては、それを集積場に持って行く。集積場には番をする学生がいて採集した薬草を見張っていた。
 集積場にいたのは、主にはセラスとラジェッタだ。意味があるのは、ラジェッタと共にいる、エイムにだが。仮に襲撃されたとしても、転移で採集した薬草を逃がすことができる。
 この班は他に、ノイマン、ロイド、エドウィンが組んで、周辺を哨戒していた。残りは半分に別れ、レイドベックの国境兵の存在を気にしながら、採集を行っている。
 エイムとラジェッタに参加させるべきだと主張した者に一人、アベルはラジェッタにだってお守り以上の価値はあると言ったが。
 レアンは、ラジェッタごと吹き飛ばすような真似はすまいと。
「わかりませんね」
 だがエイムはそれに、こう答えている。
「彼は昔から私が逃げ足だけは速いことを知っているから、手加減はしてこないかもしれませんよ」
 丸ごと吹き飛ばすつもりで攻撃しても、エイムは最低限ラジェッタを連れて逃げることはできるだろう。だから、と。
 足音を潜め、後ろを気にしながらクレイとランドの班が戻ってくる。腕に抱えている薬草の量は多くなかった。
「マイヤは?」
 マイヤはもう一つの収集班にいる。
「まだ戻らないが、他の者は?」
 二人がロイドの近くまで来て、ランドがそう言ったところで、アベルが姿を見せた。天狗の力で隠れて近づいてきたのだ。
「レイドベック兵です」
 クレイが声を潜めて言う。それを補足するようにアベルが続けた。
「うじゃうじゃ近づいて来ているぞ。まだ見つかってはいないがな」
 あれは、普通の国境哨戒じゃあないだろうと、アベルはふふふと怪しげな笑いを浮かべている。
「おそらく、ここに誰かが来ていると思って探しているのだろうよ」
 誰か……薬草採りの人員が。
「そうでなくては、ああも重装備であからさまに索敵をしているだろうか。ここが緊張地帯とは言え」
「サラとシェラザードはどうした?」
 足りない班員の行方をノイマンが訊ねる。
「サラのリエラはなんと言ったかな、あれの力で、手近な樹の影に隠れてやり過ごしている」
 クレイが接近に気づいたときには、その二人はもう近すぎる位置にいた。サラは慌てて動くことなく、亜空間に隠れる方法を選び、そこに一緒にいたシェラザードも一緒に引っ張り込んだのだ。
「でも、もう、このまま採集を続けるのは危険だ」
 ランドとクレイの意見は一致している。
「撤退しましょう……だから、マイヤ会長と話が」
 そのとき、マイヤのほうの班が戻ってきた。
「会長……!」
 戦いは選ばない。だとすれば、選択肢は一つしかなかった。


■蒼い薬包紙の行方■
 リーヴァが呟いた「まだいる」は、ある意味きわめて正確な言葉だった。
 なぜなら、リーヴァとエグザスが覗き見たとき、もう強盗団の出立の準備はほぼ整っていたからだ。
 大砲は幌つきの馬車に乗せられていた。手下と思しき男たちのほとんどは、腰にガンホルダーを巻いていた。上等のものではないが、実用的なものだった。
 銃は帝国では一般的にはご禁制の品。裏ルートでは出回っているようだが、ほとんどは粗悪品だということだ。だから、強盗団ごときが最初から普通の銃を持っているのはおかしい。当然、大砲だってそうだ。戦場跡から拾ってきて、直したという可能性だってなくはないが……
 移動のための馬車は、けして見た目の良いものではない。ボロだと言って、差し支えないだろう。ただ、重い大砲を支えるために相当に補強はされているようだったが。
 偵察したリーヴァとエグザスの感想は、いくつかの装備がアンバランスに見えるだった。
 ともあれ、今にも出て行きそうな強盗団の様子に、すぐさま対応を考えなくてはならない。
 以前に奪った物と思しき荷物をいくらか残して行くのと、生活臭を残しているところから、出て行くのは逃亡ではなく、襲撃のためだと考えられたからだ。明日のいつかの列車を狙っていると考えられた。
 それも含めて、いくらかの誤算が判明している。
 その中でも大きなものは、『奪った荷物は既にさほど残されていない』ことだった。
 何も残ってないわけではない。残りだと考えられる荷物置き場が存在している。だが、その量は多くない。それが奪われたすべてであるとは、先にそれを見たリーヴァとエグザスには思えなかった。
「既に処分されたということか」
 “闇の輝星”ジークは、そう結論付けた。
 それは自然なことではある。奪われた荷物が全部売られていないより、ずっと自然だ。盗賊が食料を買っているなら、その金には出所がある。それは荷物を売った金だろう。
「どのみち、正面からぶつかるのは危ないだろう。陽動でおびき出さなくちゃならなかったわけだから、回避と引き付けるのを主眼に置いた陽動部隊を少し強化して、戦っているうちに潜入するしかないんじゃないかな……荷物が残っているかどうかは難しそうだけど」
 “翔ける者”アトリーズは考えながら言う。微妙に考えてきた状況と戦力比を逆転させる必要がありそうだったので。
 本当ならば、陽動は陽動で、潜入が本隊のつもりでいた。だが、強盗団の主力が移動を始めようとしているのなら、それと正面からぶつかることになる。陽動が少ないと危険だ。
「隠れるところも、そんなにはありませんね」
 戦いに行くものは、前からか後ろからのいずれかというところだろう。急の作戦変更に、誰もが自分の位置を再確認している。それはセバスチャンもだった。
「……大砲で吹き飛ばされる可能性もあるが、それでも説得に行くかい?」
 サウルはウォルガを呼んで、そう確認した。危険な願いだが、最初からそれがウォルガの願いだ。
「行く! 説得が失敗しても、囮にはなれる。アーズの力が出せるようにしておけば、大砲ぐらいならまったく問題にならないはずだ」
「よろしい、先陣を任せようか。正面から行くといい」
 急遽の変更で、いくらか班の入れ替えがあった。それを手早く終わらせ、打ち合わせをすませたなら……

「前に……!」
 ウォルガは本当に、移動を始めようとした強盗団の前に立った。馬にスピードがのっていたなら、そのままウォルガを跳ね飛ばす選択もあったかもしれなかったが、それは行われることなく、一団は馬の歩みを止めた。ウォルガの隣には自存型リエラのアーズが……あからさまに人ではないものがいたのも大きいだろう。
 正面から向かう者たちは、ウォルガの横に少し離れて展開している。サワノバの提案で、戦闘を考慮して、正面から向かう者には自存型や遠距離攻撃のできる者が多くなっている。
「もうやめるんだ! 抵抗は無駄だ」
「誰だ、貴様ぁ!」
 そうがなったのは、野卑な男だった。
「あいつだよ……! 多分、一番強い!」
 “路地裏の狼”マリュウが仲間たちに聞こえるように、その男を示す。それがボスだろうと思われる。
 レアンではない。
「今、投降すれば恩赦が……」
 ウォルガがそういい終わる前のことだった。
「八光!」
 ファローゼの八光が、主の命によってつっこんでいった。

「なんだ? まだ早いだろう」
 怪訝な顔でジークは振り返った。
 強盗団の一団よりも、ずっと後ろ。アジトに残されたものを確認するために、忍び込んだ者たちのほうも、予定より早い悲鳴と声が聞こえてきて、悠長にはしてられないかと思った。
 侵入は7人。ルビィには嬉しいことに、比率は女性の方が大きい。ルーは戦力外というところだが……女子は他にクレアとシーナ、そしてミリー。男子はルビィの他にリーヴァとジークだ。
 当初留守番の目を盗んで……とジークなどは思っていたが、ミリーは構わず留守番をリエラで黙らせて、先に進んだ。ミリーやラザルスは自分の荷を奪われているので、この討伐に参加しているのだ。だから、他の者より強硬になるのはやむをえないだろう。
「……やはりめぼしいものは、もうないな」
 リーヴァの案内で荷物置き場に着くと、ジークが残っていた荷を手早く確認した。
「ろくなものは残っていない。やはり売られたんだろうな」
 残念ながら、強盗団討伐に参加した者の中に盗品・故売品のルートを確認しに行った者はいなかったので……ナギリエッタは個人的な行動であったので、そちらの情報は彼らにはほとんどなかった。
「ろくなものでなくて悪かったの」
 残された荷の前に屈みこむジークの真後ろに、ミリーが立つ。ぞくりと何故か嫌な予感がして、ジークはばっと後ろを振り返った。
「おまえの荷は残ってたのか、良かったな」
「他人にとってはガラクタ故な。それゆえ処分されておることも考えてはおったがの。逆じゃな、金になるものから処分されていくのじゃな」
 包みの破かれた荷を、ミリーは拾い上げた。
 一方で、ルーとクレアも荷物を探していたが……
「ないの?」
「うん……」
 心配そうに覗き込むシーナに、クレアはうなずいた。
「処分されたんだな。……高価なものだったのか?」
 リーヴァが訊いたが、それにはもう答はなかった。どんなに運が良くても、そこに存在しないものは見つからない。
 それはルビィが探していた、フランの荷物もだった。

「なんてことをするんだーっ!!」
「だって絶好の機会ですのよ!?」
 戦場は混乱していた。
 対話は成り立たないだろうと最初から多くの者は思っていたが、こういう形で打ち破られるとは思っていなかったから……というのもある。
 ファローゼは機会を逃がすつもりはなかった。
 強盗団のボスと思われる男の馬にファローゼのリエラ、八光は高速で突っ込んだ。馬は転倒し、男は落馬したが、既に交信は上げている途中だったようだ。そりゃあ、リエラが見えれば警戒もするだろう。
 だから、目に見えるような怪我はボスの身にはなかった。そして煙のようなものがその身にはまとわりついている。
 後ろに回りこんだ班の多くも一瞬、その暴走としか言いようもない事態に天を仰いだが……それほど呆けている暇はなかった。
 そして再度、男に向かおうとした八光を何かの力で吹き飛ばした。……まわりにはいくらか手下もいたが、容赦なく、まとめて。
 味方も一緒に吹き飛ばす様に、学生たちもどよめいた。まだだった者は、急いで交信を上げ始める。交信第3段階の状態で吹き飛ばされたら、こちらも交信第3段階の力場に守られていなければ命はない。相手は味方がいても、味方ごと吹き飛ばしてくるので、それは盾にもならない。
「なんてことを……!」
 ウォルガの嘆きは戦端を開いたファローゼへと、仲間の命を惜しまぬ男への両方へだった。もちろん、そうしなければ八光が男の元に飛び込んでいったのは明らかだったから、彼は自分の命を守るための妥当な選択をしたにすぎないとも言える。
 手下たちも大砲を撃ち、銃を撃ってくる。どう転んでも切実に命がかかっているのだから、必死だ。
 銃弾や大砲の威力は、力場がなければそのままその身に受けなくてはならないし、力場がある程度相殺したからと言って完全に無傷とは限らない。運もある。
「うおおおおお!」
 ソウマも交信を上げ、強盗の手下たちのもとへ突っ込んで行く。
 戦場は、まさに混乱していた。
「行って! 速く!」
 後ろから近づいていた班で、アトリーズが叫んだ。この状況では時間が経てば経つほど混乱が深まる。自分も走るが、何より必要なのはサウルのリエラのキャンセル能力だと思った。
「やられたねえ……そりゃ急ぐけど」
 サウルも急いではいた。だが、もう、交信は上がっている。動きはどうしても鈍い。
 その隣に、セバスチャンがぴったりついていた。サウルがボスのリエラを封じた後、ボスを仕留める者が必要だからだ。
「あっちも第3段階まで上がってるから、あまり長くはもたないよ。一気にとどめをさして」
 後ろからボスに近づきながら、サウルはセバスチャンに囁く。
「それは……」
 セバスチャンがその意図を問い返そうとしたとき、先にサウルから訂正が入った。
「ああ、いや、とりあえず取り押さえて……気絶させてくれ。暴れるフューリアを黙らせる方法は、眠らせるしかないから」
「……わかりました」
 先のことは問わずに、セバスチャンはサウルより前に出た。問いただす暇は、今はない。
 アトリーズもそれについて前に出てくる。
 そして。
 光を吸い込むような黒さの、ごく小さな球体が複数、サウルの元から広がった。それは薄闇に溶けて、ひどく見えにくかった。それがサウルのリエラだ。
 目には見えにくくとも、効果はすぐわかった。強盗団の首領の男の、リエラが力を失ったからだ。
「なに……!?」
 そこへ、アトリーズは催涙爆弾を投げつける。
「うわ!?」
 近くにいた者も巻きこんで、催涙爆弾は効果を発揮した。顔を覆って、逃げようとする者たち。
 戦闘自体は、一瞬沈静化した。
 それが再燃する前に……
「お覚悟を!」
「眠ってろ!!」
「ぐぁッ……!」
 渾身の一撃が二発クリーンヒットして、男は沈んだ。飛び込んだセバスチャンとアトリーズが、首領の男を仕留めたのだ。
 後は、大砲と銃だが……
 気分的に、あちらは劣勢、こちらが優勢であった。

「どう? こっちは」
 マリュウは、潜入した者たちのところにやってきた。
 戦闘は終わったが、強盗団の手下の中には自殺に近い状況で斃れた者もいた。初めて人の死を見た者などは、そこから動けないでいる者もいる。
 リュートが学生の怪我人や、そんな気分を悪くした者たちを癒していた。
 マリュウは死体からは目を逸らしたが、それで膝を折ることはなかった。
 サウルやエグザスと共にアジトの中に向かい、こちらにいたクレアたちに状況を訊ねる。
 クレアは見るからに沈みこみ、シーナが代わりに首を振った。
「そう……」
 気まずい思いで、マリュウも辺りを見回す。
「これは?」
 袋が一つ、隅にあった。
 リーヴァがそれに答える。
「私も見たが……それには手紙が入っているよ。炊きつけにでも使ってたのかもしれないな。中身は開けてない。せめて、それだけでも届けてあげよう」
 袋の中には、手紙状の郵便物がたくさん入っていた。エルメェス卿から、フラン宛のものが中にあったと、リーヴァは言う。
「なんだと!?」
 そこでルビィが声を上げた。ルビィが自分が探しても見つからなかったのに、と悔しそうに唸っている。リーヴァにしてみれば、フランのものが目的ではなかったので、後でまとめて届けてもらえばよいと思って、そのままにしていたのだが。
「手紙……では、それかもしれないな」
 エグザスは、袋を探り、どうにかその手紙を探し出した。
「エルメェス卿は手紙をつけると言っていたそうだし、レディフランは薬が送られてくるとしか聞いていないようだったから」
 その薬が、かさばらない粉薬のようなものなら、手紙の封筒にだって入るだろう。
「これだけでも見つかってよかった」
「そうだね……でも……」
 何の薬なんだろう、と、マリュウはふと不安に駆られる。
 もしもその封筒に入っているのが薬なら。その封筒に納まるくらいの量で、意味のある薬ということだ。それは少量で効果を持つ薬……マリュウの脳裏には嫌なものがよぎる。
 強い薬は、体や心を害する薬のことが多い……
 そのとき、グリンダがそこにやってきた。
「サウル様、生きたまま捕まえられた何人かに聞いてみたんだけど」
 サウルに近づいて、ひそひそと小声で報告を始める。
「手下の半分はレイドベックの工作兵だったみたいです。自害したのはその連中。そっちが武器弾薬の供給ルートだったみたいですね。残り半分は、リットランドあたりのチンピラをボスの男が引きつれてきたみたいです。工作兵の扇動で襲った列車もあったみたいですし、単純に金儲けに襲ったものもあったみたいで……金目の品はリットランドの闇市に流していたみたいです」
「なるほどね、留守番してもらってるランカーク卿には、そう言っておこう。在り処がはっきりしてるなら、自分で取り返せるだろう」
 さっぱりと、サウルはそう言った。初めからランカークの荷物のことは二の次だったのかもしれない。
「あと、先日襲った列車から奪った荷物のうち、一つは、武器弾薬の供給の渡りをつけていた銀髪の男の指示で燃やしてしまった……とか。その列車を襲ったのは、その荷物が目的だったみたいです。あと、目的をわからなくするため半分は奪えと、武器の提供の代わりに指示されていたみたいです」
 強盗団の影にレアンはやはりいたらしい。だが、いたならば、目的の物が処分されているのは当然のことだ。
「グリンダ君」
「はい」
「これ、首領の男に飲ませておいてくれる?」
 そう言って、サウルは懐から紅い薬包紙を出した。包まれているのは少量の粉薬だ。
「……これは」
「やだな、眠り薬だよ。当局に引き渡すまでに、目が覚めたら厄介だろう?」
 しばらくは眠っていてもらわないとね……と、サウルはにこやかに笑った。


■信じる未来のために■
 採集の一行は手早く撤退の準備を始めた。
 採集にあたった時間はそれほど多くはなかったが、元々かさばる薬草だ。必要な薬にどれだけを必要とするのかわからなかったが、ほんの少しもできないということはないだろうと思う量である。
 根ごと土ごと採集したもの以外は、集積所の番人たちの手で手ごろな大きさに刻まれていた。そして、幾人かのバックパックに納まって、運ばれることとなった。
 リットランドに到着した時には、もうとっぷりと日も暮れていた。ここで一泊し、明日の朝の列車で戻ることになるだろう。ホテルは前に泊まったところが、そのまま連泊の扱いになっている。
 そこに、頑丈な紙で包まれた大きな荷物を運び込むこととなった。
 それが女子、しかも初等部の生徒の部屋にあるのも、なんだか奇妙な感じではあったが……防衛の主体に据えられたのが、少女のリエラだったのだから、仕方がない。
 男子学生たちはさすがにその部屋に入り浸ることは出来なかったが、女子学生は何人かその部屋で夜明かしをするつもりだったようだ。
「ずっといるつもりですか?」
 一応、その部屋で『男』に唯一分類される『防衛の主体』がそう訊ねたが、誰も自分の部屋に帰る気はなさそうだった。
「困りまして?」
 そこにいたのはサラとセラス、それからシルフィスだ。
「いや、あなた方が気にならないなら、いいんですが……お身内の方が知ったら、嘆かれることもあるのではと」
「世間の目ってやつね。エイムさんは一応リエラだし、多分平気だと思うわ」
 それよりも、きっと来るであろうレアンのことがシルフィスには重要だった。
「今夜来るかしら……」
 窓の外に、シルフィスは目をやった。

「いくらおまえでも、全員一気に飛ばすのは無理だろう。誰か犠牲になるぞ」
 セラスはラジェッタを抱いて眠ってしまっていた。
 人の気配に目を覚ましたのは、サラとシルフィス。正確には、サラはキラが起こした。
 二人は目覚めた幸運を喜ぶよりも前に、眠ってしまった不覚を悔いた。
 うしみつを過ぎ、夜は朝へ向かう時間だった。窓は開いていた。開けられたのか、開けたのか、それはわからない。
 眠る前より、人影が一つ部屋の中に増えている。背が高く、彼女らを見下ろしている。
「レアン……!」
 シルフィスは拳に力を込めた。ここで聞くべきか否か。観客が多すぎる。ならば、無難なことだけでも、そうわずかの間に思案を巡らせた。
「聞きたいことがあるの。今、真のフューリアはこの世界にいるのかしら」
「そんなことをか……いる。だが、この世界にこだわる者は、真のフューリアとは呼べないかもしれないがな」
「……そうは言っても恐ろしいよ」
 もう一つの答は、銀色の青年からあった。
「あなたは、そうなの?」
「違います」
 シルフィスの問いに、エイムは簡潔に答える。
「どういうこと……?」
 シルフィスは軽い混乱に見舞われた。そのまま、思考がループする。自分は答を知っているような気がするのに、けっしてその答にたどり着けないような。
 そんな隙に、サラはキラに交信していた。そろそろと移動し、薬草の包みに手を伸ばす。
 その瞬間だった。レアンのサーベルがその紙包みを貫く。
 そして、煙草入れから火種を落とした。
「あ……っ!?」
 不思議なほどの速さで燃え上がる紙包みごと、サラとキラの姿は消えたが……
「人がいられる場所ならば、火は消せないだろうな」
 まとめて丸焦げでないといいがな、と、レアンは鼻で笑った。
「……先に飛ばしておくべきでしたね。叱られるな」
「そうしたら、そこに行くまでだ」
 そうして、レアンはエイムを見る。そこには憎しみが混ざっているような、シルフィスにはそんな気がした。
「おまえは、今も帝国に殉じるのか。そうなってもまだ縛られるのか。あれから作られる薬が何に使われるか、おまえだって知っているのに」
「……時代は変わるよ、レアン。あの薬も変わってるんだ。君が知っている薬じゃない……今、君のしていることは、君があれほど憎んだものと同じことだよ……」
「違う……! 今も、あのときと変わりはしない」
 シルフィスは、息を呑む。
 邪魔はいなくなった今、ここで聞くべきだと。
「ねえ……どちらが、先に裏切ったの……? 帝国と、あなたと」
 レアンとエイムの4つの目が、シルフィスを見る。
「帝国だ」
 強い信念の瞳がそう言った。
「……違う、君だ」
 悲しい瞳がそう言った。
 そのとき、廊下に足音が聞こえた。
 レアンはひらりと身を翻す。窓を越えて、薄明るくなり始めた外へと飛び出した。
「ちょっとここ4階……!」
 だが、物が落ちる音はしなかった。ただ、朝靄が流れているだけで。
 サラはその後に影から戻ってきたが……
 薬草の包みは燃え尽き、サラは意識を失っていた。


「おつかれさまでした」
 バックパックを背負った二人が、アルメイスに到着したのには、半日以上の差があった。
 ランドとプラチナム。この二人は、薬草採集後、リットランド到着前からマイヤたちとは別行動をとっていた。ランドとプラチナムも、別行動だ。
 そして、別の列車に乗って帰ってきた。
 プラチナムは、そのまま夜行列車に飛び乗って一足先にアルメイスへ。
 ランドはマイヤ率いる一行より、一本速い時間に出る普通列車で。途中の駅で抜かれて、到着は一行よりも遅かった。
 そして二人の持った薬草……採取した分の約半分弱の量は、無事アルメイスの研究所に持ち込むことができたのである。
「君たちのおかげです。必要な薬は、順次生産に入っています。一部はもう、必要な者に届けられました。残りも、厳重に管理されます」
 マイヤから、そう採集に参加した者たちに告げられた。その行方は、知らされないが。
 一部の者は、気がついていた。あの薬草は乾燥したものを香として炊いて使うものだと。『いい夢』を見るために使われる、一般的にはご禁制の品だ。
 だがそれは、医療に用いられることもある、確かに効能のある薬草でもある。

 蒼い薬包紙に包まれた秘密は、まだ秘密のままに……
 確かに、蒼い薬包紙は一つの命を包んでいた。

参加者

“福音の姫巫女”神音 “飄然たる”ロイド
“天津風”リーヴァ “蒼盾”エドウィン
“怠惰な隠士”ジェダイト “白衣の悪魔”カズヤ
“探求者”ミリー “光炎の使い手”ノイマン
“翔ける者”アトリーズ “静なる護り手”リュート
“笑う道化”ラック “風曲の紡ぎ手”セラ
“双面姫”サラ “ぐうたら”ナギリエッタ
“闇司祭”アベル “紫紺の騎士”エグザス
“銀の飛跡”シルフィス “桜花剣士”ファローゼ
“黒き疾風の”ウォルガ “自称天才”ルビィ
“待宵姫”シェラザード “鍛冶職人”サワノバ
“伊達男”ヴァニッシュ “幼き魔女”アナスタシア
“六翼の”セラス “闇の輝星”ジーク
“銀晶”ランド “深緑の泉”円
“餽餓者”クロウ “闘う執事”セバスチャン
“熱血策士”コタンクル “抗う者”アルスキール
“陽気な隠者”ラザルス “路地裏の狼”マリュウ
“蒼空の黔鎧”ソウマ “土くれ職人”巍恩
“炎華の奏者”グリンダ “拙き風使い”風見来生
“緑の涼風”シーナ “宵闇の黒蝶”メイア
“貧乏学生”エンゲルス “七彩の奏咒”ルカ
“のんびりや”キーウィ “深藍の冬凪”柊 細雪
ラシーネ “旋律の”プラチナム
“轟轟たる爆轟”ルオー “影使い”ティル
“泡沫の夢”マーティ “不完全な心”クレイ
“蒼き星の風”昌 “夢の中の姫”アリシア
“春の魔女”織原 優真