「……火が!」 「どこから火が出たんだ!」 「薬品保管庫です!」 「どうしてそんなところから火が……!」 「消火は!」 「水を!」 「駄目です! 火勢が強くて……」 「煙が……げほっ……!」 「煙に気をつけろ……!」
翌日。マイヤは前夜の火災の報告書を読み上げる。 「延焼はほぼ防がれましたが、火の回りが速く、能力開発研究室の薬品保管庫内は全焼しました。放火の疑いもあるとして、調べております」 「薬品保管庫ね……小さい部屋だったかと思うけど、火の気はなかったはずね。放火……」 学園長はマイヤを見た。 「レアンだと思う?」 「おそらくは」 「目の敵にしてるわね」 学園長は厳しい表情で目を細めた。 「残りは被験者の手元に半月分程度です」 「ではダイネムの研究所にストックしている分をわけてもらうように請求して」 「承知いたしました」 「向こうにもいくらかあるでしょう。向こうで今、被験者がいないなら全部、いるなら1ヶ月分でもいいわ。その間に新しいものの生産を急がせて」 「はい……ですが……」 「なに? なにか問題があるの?」 「確か原料の一部となる薬草の収穫は夏なのです。確認してみなくてはなりませんが、おそらくまだ育っておりません」 「……そう……あの子には、ないと困るのに……」 とにかく確認をと、学園長はコツコツと机を神経質に叩きながら言った。 「運搬には十分に気をつけて。彼の目的が薬なら、きっとまたくるわ」 新しく作る薬、あるいは運ばれてくる薬を狙ってと。 「では学生も徴用しますか?」 マイヤの問いに、学園長はいいえと首を振った。 「修学旅行も控えているし……まだ動きを知られないほうがいいでしょう」
「列車来ないねえ」 クレアが隣のカレンにあくび交じりの声で語りかける。 「そうね……ちょっと遅すぎるかしら」 ルーもその隣で、線路の彼方を眺めていた。 ここは中央駅。 クレアとルーは一緒に荷物を受け取りに来て、駅でカレンと出会ったのだ。カレンも同じく、別に荷物を受け取りに来たのだという。 だが、待てども待てども貨物列車は来ない。 待ちくたびれて、クレアが座り込んだ頃……やっと遠くに蒸気機関車の煙が見えた。 そして、遅れに遅れて到着した列車からもたらされたものは荷物ではなく…… 「列車強盗が……! 荷物を半分持っていかれた……!」 列車強盗の報。以前より何度かリットランド〜アルメイス間に出没している、列車強盗団に襲われたのだと言う。 「強盗……」 強盗団は銃や大砲などの武器まで有すると言われているが、なによりも脅威なのはボスと思われる男がリエラを使うらしいということ。 クレアたちの待っていた荷物も、カレンの待っていた荷物も、列車には残っておらず、強盗団に奪われた中に含まれてしまったようだった。他にも、学生たちの荷物や仕送りが被害を受けたようだ。フランの体調を心配したエルメェス卿がロランドで取り寄せたという薬も、奪われた中に含まれていたという。
「やはり、収穫期前のために一部の原料の調達は難しいようです」 「そう」 「はい……それでですが」 マイヤは、国内で早くに手に入る場所がないかと探してみたと学園長に告げた。 「リットランドのさらに南、レイドベック公国との国境近くに野生のものがあるという情報が。そちらもまだ成長しきっていない可能性はありますが、こちらよりもずっと暖かいはずですので……多少速い発育のようです。本来の収穫までもたせられるのではと」 「……また厄介な場所ね」 学園長は考え込む。 「奪われた荷物が残ってるなら、それを取り戻すほうが速いし確実なのだけど」 送られてくる途中で奪われた薬。強盗団がただの強盗団で、奪ったのが偶然ならば、取り戻せる見込みがある。だが強盗自体にレアンが関わっていたなら……もう薬は処分されているだろう。関わりあるか否かは、現時点では不明だ。 学園長は、わずかに考えて決断を下した。 「わかりました、採集のほうに人を送りましょう。修学旅行から帰ってくるのを待って人を集めて……レアンがちょっかいを出してくる可能性もあるわ、マイヤ、おまえも行ってちょうだい」 「かしこまりました。ところで、情報はいかほどまで公開いたしましょう……?」 「火災で薬品保管庫が焼失して、必要な薬品が不足していること。その原材料が『きわめて危険な場所にある』こと……リットランドに着いたら、どのように危険かは説明して。情報が漏れて迎え討たれても困るから、それまでは内密に。それで嫌がる子はリットランドから送り返して」 「了解いたしました」
「強盗団め〜!! 私がレディフランのために用意したプレゼントをっ」 アドリアン・ランカークはいきりたっていた。 例の列車強盗によって、ロランドから取り寄せた高価なアクセサリーが奪われたからだ。フランへのプレゼントのつもりだった品で、金にあかせて入手したらしい。 「しかもレディフランの荷物まで奪われたというじゃないか!」 サウルはその横で、開いていた新聞を閉じた。 「悔しがってるね……まあ、わかるけれどね。そんなに悔しいなら、取り戻したらどうだい?」 そして、ランカークにそう言う。 「……取り戻す……」 「強盗団なんてものがのさばっているのは、僕としても面白くない。やるなら手伝うよ?」 サウルに煽られて、ランカークはがしッと拳を握り締めた。 「取り戻しましょう! サウル様のお力添えがあれば、強盗団なんぞ一網打尽ですな!」 レディフランの荷物も取り戻せれば……と、ブツブツ呟いている。なにやら取らぬ狸の皮算用も始まっているらしい。 「よし! 強盗団討伐だ! 人を集めるんだ! ポスターを用意しろ!」 顔を上げたランカークは従者に命じる。 またですか、という言葉を飲み込んで、従者は訊ねた。 「修学旅行はどうするのです? ランカーク様」 「……あ? えーと……」 拳を振り上げたままランカークは固まった。忘れていたようだ。 「……私が帰ってくるまでにレディフランへのプレゼントを取り戻せていたら、そいつには報奨金を出そう!」 だが、じきに固まったランカークも溶けて、宣言する。戻って来るまでに取り戻せていなかったら自分で強盗団討伐と盗品奪回を指揮する、ということに決めたらしい。 |
|